「はぁ?」
俺は困惑を露わに答えた。
エスメラルダと話してから事の真偽を確かめるために蜘蛛爺の家を訪ねたら、土産の酒を渡す前に、庭先で先手を打って尋ねられてしまった。
――ここに永住するのか? と。
蜘蛛爺は杖でコツコツと庭先の地面を叩いてから言った。
「ワシらも一枚岩ではない。お主たち余所者に対して悪意を抱く者も少なからずいる。安定したこの国に紛れ込んできた余所者が不安で仕方のない臆病な連中じゃよ。彼らを安心させるためには、お主たちを余所者でなくしちまうしかないのじゃが……」
牡丹の花が咲き乱れる色彩豊かな庭の小道を歩きながら、俺は答えを探した。
蜘蛛爺の言うことは分かる。
どこの町でも余所者を嫌う連中はいた。
それはここ土蜘蛛の国でも変わりない。特にエスメラルダはあまり歓迎されていないようだ。蜘蛛爺は「お主たち」と言ってくれたが、もっぱら嫌われているのはあの不死鳥のほうだろう。俺だったらもっと早期に直接的な手段で脅しに来ていたはずだ。
――まあ、そっちのほうがやりやすかったかね?
俺は石ころを蹴飛ばしてから言った。
「早いうちにここを出る」
「ほぅ……また旅立つのか? 何のために?」
蜘蛛爺の黒くて丸いつぶつぶした眼がこちらを見つめてきた。
「世界を救うんだよ」
「お主らしくないのぅ」
「その通り。本当はこんなこと、俺がやるはずじゃなかったんだ」
アルフレアの火山を踏破したり、沼地を歩いたり、リザードマンと決闘したり、碧鱗ノ國に行ったり、髑髏の魔術師と戦ったり…………最近は遺跡荒らし(俺)らしくないことばかりやっている。
「何故だ? 何がお主をそうさせる?」
「ちんけなプライドが俺を動かしているんだよ。俺なら世界を救えるはずだ、ってな」
「解せんな。外の世界はお主にとってそうまでして守りたい場所だったかのぅ?」
「大嫌いさ。世の中なんて。良いことなんてほとんどありゃしなかった……」
そう言ってから、ふと沼地で出会ったリザードマンの顔が目に浮かんだ。
ガロオム。
アイツと出会えたことは良かった。初めて虫使いとしての自分の生き方を認められたような気がした。エスメラルダとの出会いも悪くない。自分の心を曝け出して語る機会なんて、この先どれだけあるだろうか……
白い玉石の敷き詰められた砂利道を踏みしめた。
「でも、最近はそこまで悪くない」
「ほぅ……お主にとって世界はどう変わった?」
「相変わらず外の世界は暗くて痛いが、その向こうに温かい光があることに気が付いた」
「迷える蟻が蜜に辿り着いたか。人は妻を持つと変わる。お主の顔も以前より少し明るくなった。しかし、世界の終焉はもうすぐそこまで来ておる。薄暗い地下に引き籠っていても外界の淀みが日々酷くなっていく変化を岩盤越しに感じる」
言葉を切って、蜘蛛爺が天井を見上げた。
分厚い岩盤の向こうに広がる外の世界はそれほど淀んでいるのだろうか?
俺も岩盤を見上げながら呟いた。
「狂霊嵐(エレメンタル・ストーム)が来るらしい……」
「すべてを無に帰す破滅の嵐じゃ」
――やっぱり、知っていたか。
胸の内に渦巻いていた迷いがストンと腹の底に落ちた。
土蜘蛛の国で過ごした日々の思い出があるせいで、俺の目もだいぶ曇っていたようだ。ここに迷い込んだとき、虫たちが離れていったとき、エスメラルダの魔術の転移先が勝手にここに書き換えられたとき。警戒すべきタイミングは何度もあった。
「なぁ、蜘蛛爺。この際だからハッキリしてもらおうか」
俺はローブの内側に隠していたハンマーを取り出して構えた。
ハンマーがいつもより重たく感じた。
まるで土蜘蛛の国の思い出が染みついているみたいだ。
蜘蛛爺の孫たちと殴り合った庭先。きっとこの白玉のどれかに俺の血が付いているはずだ。滅多に雨の降らない地下迷宮にできた狂った空間では物事がやけにゆっくりと流れていく。遅々として進まず。
――ああ。だから俺はここを出たのか。
この国には変化がない。
空気に魔素がないということはそういうことなのかも知れない。人間に変革をもたらした魔法の存在しない世界。大陸中が土蜘蛛の国のような魔素の漂っていない空間であれば、狂霊嵐は起きない。
ただ、痛みのない平穏なときだけが無限に続いていく……
――ふざけるな。
俺は何かを叩き潰すようにハンマーを素振りした。
蜘蛛爺の背後の草むらからバッと数人の若い土蜘蛛が飛び出してきて、俺と蜘蛛爺の合間に割って入った。こうなるであろうことは蜘蛛爺の家を訪れる前から分かっていた。俺はハンマーを構え直しながら尋ねた。
「アンタら、本当は何者なんだ?」