六門再編記 ~俺たちの物語~   作:みょこすけ

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  1、 俺、遺跡荒らし、アングースト

  1、遺跡荒らしのアングースト

 

 

 

 アングースト。

 それが俺の名前だ。

 他人に名乗るときは頭に「遺跡荒らしの(トレジャーハンター)」を付けることもある。

 要するにならず者と大差ないアウトローの一員だ。

 中背中肉。健康状態は常に頑健。丈夫が取り柄の若者である。

 仕事はほとんどフリーで行う。仲間の蘇生代を稼ぐためだけの奴隷生活に転落したくないから、パーティなんぞ死んでも組みたくない。実の親父が仲間の蘇生代で破産する様を見ていれば、誰だってそう思うはずだ。

 しかし、俺はもうそんなしみったれた生活とは縁の遠い人間になれるのだ。

 この『とある召喚術師の手記』のおかげで!

 

「……まあ、そう上手くはいかねぇよな」

 

 度重なるダンジョン探索で、俺は現実の厳しさを嫌と言うほど味わわされた経験がある。

 あと一歩で宝物が手に入るというところで横から団体様が割り込んでくることなど日常茶飯事だった。向こうが宝物を手にして満足するようなヤツラならまだいいが、後々の禍根を恐れてこちらを消しにかかるクソッたれも山ほどいた。

 だから、知っている。

 世の中、一発逆転なんてそうそうない。

 奴隷が市民に成り上がることはあっても、奴隷が領主になることはない。

「遺跡荒らしはどうだか、な」

 石畳の表通りに設けられた軽食屋のベンチに腰かけてサンドイッチを齧りつつ、俺は『とある召喚術師の手記』のページを捲った。迷宮都市メルラルズからここ南サザンにやってくるまで、何度も何度も確認して、頭の中に叩きこんだ文章が紙の上で踊っている。

「モンブラン、ドラジェ、アーニャ、ブリオッシュ……」

 まるで夢物語だ。

 この俺、アングーストが歩んできた半生とは似ても似つかない素晴らしき冒険の世界。

 美人の魔剣姫に、喋る黄金熊のヌイグルミ、ドラゴン使いの少女……

「欲深き帝王、ダークエルフの皇太子、黒き翼の天使、最後のファラオ、狂霊王……」

 禁断の秘術により復活したオークの暴君に、狂霊嵐(エレメンタル・ストーム)……

 生まれてこの方、肉体労働で汗水を垂らす毎日を送っていたこの俺には、一冊の手記から経済の流れを予測することなどできなかった。手記の内容を暗記することはできても、使い道がまるで思い付かない。

 そんな姑息な思考を吹き飛ばすほどの屈辱を、俺は感じていた。

 ――何故、俺ではないのだ!

 冒険に出たい。

 六皇子のようなバケモノ相手に立ち回ってやりたい!

 博覧強記のヌイグルミと話してみたい! 魔剣姫を一目見てみたい! ドラゴンの背に乗りたい! 魔女の少女とやらに会ってみたい! 夢魔の世界へ行ってみたい! フェニックスを間近で見てみたい! ダークエルフの第十三部隊の顔を拝みたい! ジャイアントの手に乗ってみたい! 風魔の隠れ里に行ってみたい!

 歴史にアングーストの名を刻みたい!

「……俺は、……俺だって……」

 確かめたかった。

 自分とブリオッシュの差を。

 生まれて十七年間、必死に生きぬいてきた自分と、手記を読む限りヌクヌクと過ごしてきただけの大学院(アカデミア)の学生とではどれほど差があるのかを。ブリオッシュが英雄の器であるならば、すっぱり諦めがつくかもしれない。

 サンドイッチの包み紙を丸めて、ベンチから腰を上げた。

 とりあえず、南サザンまで来てみたものの……

「ハッ。俺は何がしたいんだか……」

 ブリオッシュと会って、そこからどうする?

 肩に担いだ袋の中には、あのおんぼろローブも用意してある。

 用事があるのは大学院だ。

 この手記の書き手であるブリオッシュ・ランパートとやらに会うためには、大学院の寮に忍び込まなければならない。ヤツが寮住まいだからである。手記によれば今から二年後のAR849年にはまた実家に戻ることになるらしいが、今は寮住まいなのだ。だから、もしも大学院の寮にブリオッシュ・ランパートの部屋がなければ、そもそもこの手記はでたらめだったというオチがつく。

「まあ、それはあり得ないだろうけどな」

 俺はそう呟いてから本を閉じた。

 待っていろよ。ブリオッシュ・ランパート。

 

 

 

 大学院の警備は思っていたほど厳重ではなく、むしろユルユル過ぎて侵入するこちらが不安になったくらいであった。いちおう、正門の脇には門番が立っているものの、入門手続などは一切なく、異様に古いローブを身につけた俺でも易々通れた。

 大丈夫なのか? 大学院。

 俺はローブの下に仕込んだ商売道具たちを手で確かめた。

 これなら、武器や魔法道具、禁忌の品だって簡単に持ち込めそうだ。

 俺はテキトーに大学院の敷地内をふらついてから、目に付いた学生を捕まえた。

「なあ、ブリオッシュ・ランパートって知っているか?」

「ああん?」

 たまたま声を掛けた相手が悪かったのか。

 俺が呼びかけた体つきの良い男子は怒りをあらわに振り返った。ここで事を荒立てるのはマズイ。俺は慌てて名乗った。もちろん、遺跡荒らしのことは伏せておいた。すると意外なことに向こうも自分の名前を明かした。

「俺はスコットだ」

「スコット?」

 『とある召喚術師の手記』に出てきた名前だ。

 そうか、コイツが「あの」スコットか……南サザンの大学院の召喚術科の学生であり、性格にやや難があるものの、そこそこ優秀な成績を収めているらしい。後年の「キング・オブ・サモナー」ではダイアモンド・ドラゴンを召喚するバケモノだ。

 最初から当たりとは嬉しい限りだ。

 俺はじろじろと相手を観察してから、どうするべきか考えた。

「で、おちこぼれのもやし野郎が何だって?」

「そうだ。そうそう。ブリオッシュだ。ヤツの部屋が知りたい」

「てめぇ、あいつの知り合いか?」

 スコットは俺に敵意を見せた。

 なるほど。

 ブリオッシュが嫌がるのもよく分かる。こういう生意気なヤツは一度、死者の谷へ連れていって一晩放置してやればだいぶ丸くなるのだが、コイツのためにわざわざそこまでやってやるつもりはない。

 俺は黙ってローブの内側を開いてみた。

 すると、相手の顔色が変わった。

「そ、そいつは……」

「心配するなよ。ただの商売道具だ」

 俺のローブの内側では大量の虫たちが蠢いていた。

 親指サイズの芋虫や、瓶詰めの蜘蛛、煌びやかな甲虫に、小振りな繭等々。

 ローブの内側にはびっしりと蟲、蟲、蟲で覆われていた。

 何てことはない。フリーの遺跡荒らしの必需品を見せてやっただけである。魂の糸で操る便利な召喚術とはちがって、一匹一匹きちんと一から飼い慣らした俺の自慢の道具たちだ。コイツラがいなかったら俺のような魔法も召喚術も使えないただの人間がメルラルズの地下三階まで降りられるわけがない。

 俺はローブの内側から手のひらサイズの指切蟲(ユビキリムシ)を取り出した。

 黒光りする甲殻と、身長の半分を占めるほど巨大な鋏が頼もしい。モンスター・プラントに取り込まれそうになったときに、コイツのおかげで九死に一生を得たこともある。指切蟲は苦手な陽の光を浴びて、キキッと顎を鳴らした。

「お前が話したくないなら、俺はコイツラを使わざるを得ない」

「おっ、俺を脅してんのか!」

「はっはっは! ただの世間話にそこまで警戒するなって!」

 スコットの肩を叩いて励ましてやろうと思ったら、怯えきった様子で手を避けられた。

 異常者か犯罪者を見るような目をこちらに向けている。

 アホか。

 頭のぶっ壊れた人間なら、遺跡で何度も会ってきた。そういう連中がまともに話しかけてきたことなど一度もない。しかし、俺はきちんと自己紹介をした。だから、異常者ではないし、俺が犯罪者なら、とっくにコイツを血祭りに上げている。

「なあ、もう一度言うが、俺はブリオッシュの部屋を知りたいだけだ」

「そ、そ、そそんなもん! 大学院の寮に決まってんだろ!」

「その寮がどこにあって、ブリオッシュの部屋が何階にあるのか分からない。案内しろ」

「い、い、い、嫌だ! そんなもん勝手にヒィッ!」

 鼻先に指切蟲を近づけてやると、スコットは大人しくなった。

 なるほど。

 召喚術を使うヒマさえ与えなけりゃ、召喚術師なんてかわいいもんだな。

 俺は指切蟲を突き付けたまま再度頼み込んだ。

「ブリオッシュの部屋に連れていけ」

 今度はスコットも快く引き受けてくれた。

 

 

 

 部屋の前に着いたら、俺はスコットを解放してやった。

 「もういい。ご苦労だった」と労ってやると、スコットは尻に火が着いたようにすっ飛んで行った。捨て台詞のひとつもナシ。あんなへなちょこのガキでも、あと数年のうちにアイスドラゴンを召喚できるようになるから子供の成長は侮れない。

 俺は深呼吸してからドアの横に備え付けられた呼び鈴を鳴らした。

「ブリオッシュ、いるか?」

 『とある召喚術師の手記』に直接書かれているわけではないが、俺はブリオッシュがここにいると踏んでいた。やつは今、召喚術科の初等クラスに所属しているはずだ。これが六月であればブリオッシュも講義を受けに教室かどこかに足を運んでいるのかも知れないが、今は三月。春休みだ。そして、AR850年にモンブランに出会うまで、ブリオッシュは長期休暇の度にやることがないと嘆いていたらしい。

 まったく、良いご身分だ。

 今日を生きるために金を稼ぐ必要がない。

「ハッ」

 俺は自嘲気味に笑ってから、今度はドアを叩いた。

「ブリオッシュ・ランパート。お前と話がしたい! 出てきてくれ!」

 ドア板をガンガン殴りつけていると、ようやく部屋の内側で人が動く気配が感じられた。

 よかった。もうそろそろ背負い袋の中から使い慣れたハンマーでドアをぶち破ってやろうかと考えていたところだった。俺は少しドアから離れて部屋の主が出てくるのを待った。

 開くドアからは距離を取れ。遺跡荒らしの常識である。

「はいはいはい! いったい何なんですか?」

 ドアを開いてひょっこり頭を突き出したブリオッシュはあまりに無防備だった。

 絶好の機会に遭遇してしまった俺は、ドアの隙間から出されたブリオッシュの後頭部をぶん殴りたい衝動に駆られたが、さすがにそこは堪えた。俺はできる限り柔らかい笑みを浮かべてブリオッシュに手をさし出した。

「お前がブリオッシュか?」

「ええと、はい。あの、どちら様でしょうか?」

「俺は……」

 不意に、俺は寒気を感じた。

 もしも、俺がここで名乗ったら歴史が大きく変わってしまうのではないだろうか? ブリオッシュの書いた『とある召喚術師の手記』には俺の名前は出てこない。まだ、ここで名乗らなければ歴史は元のレールの上を走ることが出来る。

 そこまで考えてから、俺はニヤリと笑った。

「俺はアングースト。遺跡荒らしのアングーストだ」

「……はぁ」

 ブリオッシュはぎこちない愛想笑いを浮かべてこちらの手を取った。

 コイツには俺の意図など分からないだろう。しかし、俺は小さな達成感を感じていた。

 もしもここで俺が名乗らずに帰っていたら、おそらく俺の名前が歴史に出てくることはなかっただろう。しかし、未来は変わった。

 どれだけ小さかろうと、俺が歴史を変えたのだ。

 実にいい気分だった。今ならブリオッシュの間抜け面も寛大な心で笑って許せる。

「お前のおかげで生き甲斐が見つかった。ありがとな」

「え? あの、何の話でしょうか?」

「さぁな。今のお前には理解できない話だ」

 俺は首を横に振ってから踵を返した。

 あの程度の甘ったれた坊ちゃんが世界を救えたのだ。俺ならもっと上手くやれる。ドラジェとモンブランとアーニャはいないが、俺には飼い慣らした虫たちと『とある召喚術師の手記』がある。

 ブリオッシュに背を向けたまま、俺は頭だけ振り返って言った。

「ここから先は競争だ」

「競争? 何のことですか?」

「本来、お前が進むべき道を、これから俺が突き進む。俺に与えられた時間は3年間。たった3年間のうちに、お前の成した偉業を越えてやる! お前のように、先祖の名や優れた仲間や召喚術の才能に助けられずとも、英雄になってみせる!」

 突然の宣誓布告に、ブリオッシュは困惑しきった顔を見せた。

 何も知らないコイツの立場では、この宣誓布告の意味はさっぱり分からないだろう。だが、それでいい。よく物を考える内向的なブリオッシュであれば、これから先、どこかのタイミングで俺の言葉に込められた意図を正しく理解するはずだ。

「あの、人違いだと思いますけど……」

「今はまだ、な」

 それだけ言うと、俺は歩き始めた。

 ――やってやるさ。

 今なら空だって飛べるような気がした。

 

 

 

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