六門再編記 ~俺たちの物語~   作:みょこすけ

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  2、 アルフレアの不死鳥 その1

 

  2、アルフレアの不死鳥 その1

 

 

 『とある召喚術師の手記』にはこう書いてある。

 

 「僕の最初の冒険は、シノビの里から始まった」

 

 ああいや、すまん。

 引用する箇所を間違えた。

 どこからブリオッシュの冒険が始まったか、ということを説明したかったのだが……まさかこんなクソどうでもいい文章が出てこようとは……宅配のクレームを付けに街から出ただけで冒険とか言うなよ。甘ちゃんが。

 で。

 本来、引用したかった文章はこっちだ。

 

「エスメラルダはただでは死なせない。

 あの死にはなにか意味があった。その死を僕らが見たことで、何かが変わった」

 

 エスメラルダとはアルフレアの火山に住まう不死鳥のことである。

 春のオーブなる宝珠を守っていたが、邪悪なダークエルフたちに襲撃され、春のオーブどころか自身の心臓まで盗み出されて死んでしまう。神格視すらされている伝説の怪物にしては間抜けな最期といえよう。

 ここでは重大な問題がいくつも起きている。

 『とある召喚術師の手記』に明記されているわけではないが、前後の関係性から推測するに、どうやら、春のオーブと不死鳥の心臓は後の大戦争を引き起こしたオルクス3世の復活に使われたらしい。

 要するに、ブリオッシュは最初の一歩で大きなミスを犯した。

 俺が歴史を変えるとしたら、ここからやり直す。

 大きな失敗から始まった『とある召喚術師の手記』の歴史を、この六門世界の未来を、俺がより良く導いてやる! そのためには、まず不死鳥エスメラルダと春のオーブをダークエルフたちに回収されないようにしなければならない。

「さて。どうしたものか……」

 俺は独り言を呟きつつ、人手の入っていない山道を歩いた。

 ゴツゴツした岩が剥き出しになっており、非常に歩きにくい。火口のほうから漂ってくる腐卵臭と熱気にローブの内側の虫たちが苦情を訴えてくる。山を下りたらたんまり御礼を与えてやらねば、虫たちとの信頼関係にヒビが入りそうだ。

 さっそく雪光虫が俺の横腹を爪で引っ掻き始めた。

「待て待て待て。もう少しの辛抱だから、大人しくしてくれ」

 俺は北サザンの町で仕入れておいた干し肉と草をそれぞれの種類に応じて分け与えた。

 こういうときだけは召喚術が羨ましく思える。あいつらは部下たちの食費に頭を悩ませたりはしない。必要なときに呼び出して、ドカンだ。ブリオッシュ曰く、召喚術師にもいろいろと面倒なことがあるらしいが、蟲使いの苦労に比べれば全然大したことはない。

 俺は気を取り直してメルラルズの山を登り始めた。

 今のところ、空に異変は見られない。

 三年後の今頃はダークエルフたちの飛行船がここいらの空域を飛び回って、メルラルズに近づく者を監視していたそうだが、今は飛行船の飛の字も存在しない。

 ――イニシアチブはこちらにある。

 そんな楽観的なことを考えながら邪魔な岩を乗り越えたら、巨大なトカゲとばったり目が合った。足の筋肉の発達した、派手なカラーリングのレプタイル。しかも火山の岩場に生息しているとすれば、答えはひとつだ。

「フレイム・ランナー」

 自分の声で、俺はハッと意識を取り戻した。

 何を呑気にトカゲと見つめ合っているんだ! こいつらは自分たちのテリトリーを冒されて怒っているはずだ。このままぼーっと呆けていたら食い殺されるぞ!

 俺はなるべく巨大トカゲを刺激しないようにゆっくり後退した。

「…………」

 大きな眼がこちらの様子をじっと観察している。

 夜宴蝶の幼虫が俺の背中のあたりに溜まった汗を吸っている。よほど咽喉が渇いていたのだろう。虫たちの苦しみを思い出して、俺は後退していた足をぴたりと止めた。

 ――このまま逃げても、俺の望む未来は得られない。

 ここがフレイム・ランナーのテリトリーになっているということは、彼らが生活を営むのに適した環境が揃っているに違いない。暖かい天然の寝床に彼らの餌となる小動物や水分。

 そう。水分だ。

 あまり知られていないが、フレイム・ランナーも水を飲む。

 こういった細かなモンスター知識を頭に溜め込んでおかなければ、遺跡内で何日も生活することはできない。子供の頃、最初にダンジョンに潜ったときに嫌というほど思い知らされたおかげで、今では一端の学生よりも博識なのではないか、と自惚れているくらいだ。

 とにかく、ここでフレイム・ランナーを逃したら終わりだ。

 劣悪な環境に耐えきれなくなった虫たちは大人しく死ぬか、本来の凶暴さを剥き出しにして俺に襲い掛かってくるだろう。一匹一匹なら大したことない虫たちでも、複数体に同時に攻められたら、あっという間に人間を殺してしまう。

 ――ここが正念場だ。

 俺はさりげない動作で後ろの背負い袋に手を伸ばした。

 フレイム・ランナーの頭がピクリと震えた。

「チッ、勘の鋭いヤツだな……」

 スコットやブリオッシュとは大違いだ。

 俺はフレイム・ランナーを見据えたまま手探りでハンマーの柄を掴んだ。いくら人間より巨大なトカゲであろうとも、頭をカチ割ってやればすぐに大人しくなるだろう。

 勝負は一瞬だ。

 向こうもすでにこちらの殺気を感じ取って身構えている。

 不意打ちを望める状況ではない。

「……………」

 額で生じた汗が、スコッタの目と鼻の間を流れ落ち、顎の下で動きを止めた。

 顎先に溜まった汗が、雫となって地に落ちる。

「セェェィイッ!」

 背負い袋の内からハンマーを引き抜き、フレイム・ランナーの眉間目掛けて投げつけた。

 抜刀術のような一連の動作だった。

 元々は厄介な追い剥ぎ相手に使うことを想定して身につけた技であったが、意外と応用が利く。俺の十八番のひとつであった。俺の手から放たれたハンマーは縦に回転しながら巨大トカゲに迫った。

 しかし、相手も野生の怪物(モンスター)。

 おそらくこちらが何をしたかも理解していないだろうに、反射的に横っ飛びに地面を蹴りやがった。おかげでこちらの攻撃の狙いは外された。だからといって、まだ俺の攻めは終わっていない。

 右手の袖に仕込んだ虫を叩いて叱咤した。

「行け! 鉄砲蟲!」

 ギギッ。

 鉄砲蟲は返事とともに動いた。

 俺のシャツの袖を引き千切りながら、弾丸のような速度で鉄砲蟲が俺の右腕から打ち出された。緊急回避の直後で体勢の崩れていた巨大トカゲにこの弾丸を避ける術はなかった。パンッ、と乾いた破裂音とともに、鉄砲蟲もろともフレイム・ランナーの首から上が弾け飛んだ。

「ジュ……ジュグ……」

 フレイム・ランナーであった肉体が声にならない呻きを上げた。

「まだ死んでないのか……」

 俺は驚愕して目を見張った。

 頭を失った巨大トカゲはよろよろと足を左右によろめかせながら、それでもまだ立って歩いていた。戦意を無くしたのか、それともただ体に刻み込まれた本能に従って動いたなのか、フレイム・ランナーだった肉体は乱れた足取りで俺から離れていった。

 ――そのまま、俺たちを巣へ導いてくれ。

 俺は心の中で祈りながら、フレイム・ランナーの後ろをつけていった。

 

 

 

 頭の打ち砕かれたフレイム・ランナーは、岩と岩の間にできた洞窟まで俺たちを導いてくれた。巨大トカゲの死体が洞窟の数歩手前でバタリと倒れると、同胞の死に気付いたたくさんのフレイム・ランナーたちが洞窟の中から次々と出てきた。

 数にして十二匹。

 一匹倒すだけでもあんなに苦労したというのに、流石にこの事態はマズイ。

 ヤツラは俺を発見するとぐるりと円を描くように取り囲んできた。俺は巨大トカゲ越しに見える洞窟の入口を睨みつけながら歯軋りした。

「せめて、中に入れれば、まだ……」

 水場はすぐそこにあるのだ。

 それに、洞窟のなかに入ってしまえば、フレイム・ランナーたちと一対一で戦うことができる。ついでに言えば、遺跡荒らしの俺は狭い空間で戦うほうが慣れている。洞窟ならば、虫たちを犠牲にせずとも戦えるはずだ。

「ギェェェッ!」

「ギョッギョッギョ!」

 十二匹のフレイム・ランナーたちは威嚇の声を上げた。

 どうやら、こちらをかなり警戒しているようだ。パッと見た限りでは武器らしい武器も持たないただの人間だが、現に仲間が一匹殺されたのだ。俺がフレイム・ランナーでも慎重に構えるだろう。

 巨大トカゲたちの声に、ローブの内側の虫たちの一部はすっかり委縮してしまった。

 マズイマズイ。戦力激減だ。

 この様子では、鉄砲虫も先程のように働いてはくれないだろう。

 ――こうなったら……

 俺はローブの内側から、艶やかな光沢を持つ甲虫を取り出した。

 洞窟などでランタン代わりにも使える、光り輝く高価な虫。煌々蟲(キラキラムシ)。白銀のコガネムシといった形質の体を掴んだまま、高々と右手を掲げる。

 フレイム・ランナーたちの視線が煌々蟲に集まる。

 俺はさっと腕で目を覆った。

「ばーか!」

 宙で足をバタつかせる煌々蟲を握りつぶす。

 すると、凄まじい光が周囲を白く塗りつぶした。煌々蟲が作り出す最後の輝き。光の爆発だ。何もかもが真っ白に染め上げられ、見るものの視界を奪う。

「ギョッギョッギョ!」

「ギャシャァァアアアア!」

「ギギギ、ギェェェェエッ!」

 一時的に目を潰された巨大トカゲどもが喚き声を上げる。

 フレイム・ランナーたちの包囲網に乱れが生じた。俺はその隙を逃がさず、トカゲたちの間隙を突破した。相手が回復するよりも早く洞窟の中に飛び込み、ガンガン奥に進んでいく。ここで稼げた距離によって、生存率が大きく変わる。

 闇に包まれた洞窟の中を駆け抜けながら、俺は手についた煌々蟲の体液を拭きとった。

「こういうときこそ、煌々蟲の出番なんだがな……」

 失ったものは帰ってこない。

 俺はローブの内ポケットから雷鳴蟲の繭を取り出して、指で軽く叩いた。

 小さな白い繭は自衛のために青白く放電した。コバエ程度なら追い払える威力ではあるものの、身体の大きな人間にとっては大したことはない。繭の電気の灯りが消えないうちに、俺は素早く洞窟内の地形を確認した。

 基本的には外と同じく岩肌が広がっているが、所々苔のようなものが生えている。不安定な光のせいで正確には特定できなかったものの、砂漠に見られる乾燥に強い種類の苔だったように見えた。

「水気は……」

 俺は身を伏せて地面の岩肌に鼻をつけた。

 ほんのりと水の匂いがする。

 洞窟の奥へもっと進んだ……やや上のほうからだ。耳を澄ませば、そちらの方向からごく微かに、ぴちょーん、ぴちょーんと水の滴る音も聞こえる。そちらに水源があると考えて間違いなさそうだ。俺は跳ね起きて走り始めた。

 

 

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