六門再編記 ~俺たちの物語~   作:みょこすけ

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2-2、蜥蜴人(リザードマン)

 

 

「へっくしょい!」

 俺はくしゃみと共に意識を取り戻した。

 体が寒い。

 上半身が剥き出しにされている。虫たちの感触がないとどうも落ち着かなかった。

 目を擦ってから自分の身体を確認すると、リザードマンの突きを受け止めた胸に内出血の跡が浮かび上がっていた。槍の穂先は鉄鎧蟲が受け止めてくれたものの、突きの衝撃までは殺せなかったようだ。

「やっと目覚めましたか」

「……おう」

 俺はすぐ近くに座っている女の顔を見上げた。

 辺りに目を向けると、ここは硬い地面の上であった。どうやら、倒れている間に陸地まで運ばれたらしい。ちなみに、さっきまで戦闘していた相手のリザードマンはすぐ近くに草を敷いてその上で寝かせてあった。

「なんで向こうのほうが待遇が良いんだよ」

「私の膝枕では不服でしたか?」

「はぁっ!?」

 俺はガバリと跳ね起きた。

 こちらの驚きをよそに、エスメラルダは気だるげに言った。

「冗談です」

「…………」

「それはさておき、無茶もほどほどにしてください。魔法で治すにしても限度があります。胸の骨を折った人間を修復するのは、さすがの私でも疲れてしまいます」

 そう言って、不死鳥が俺の肩に凭れ掛かってきた。

 艶やかな黒髪が俺の鼻をくすぐる。

 どうやら俺は自分で考えていたよりも深い傷を負っていたらしい。戦闘中は興奮して痛みを感じにくくなるから、見誤ってしまったか……思えば、戦闘直後にぶっ倒れるなんて、軽い傷ではありえない。

 エスメラルダの疲労具合から考えるに、相当大変だったのだろう。

 俺は少し申し訳ない気分になりつつ、不死鳥の身体を引き剥がした。

「で、けっきょく何だったんだよ」

「侵入者との戦闘ではなく、武芸者との決闘、ということにさせました」

「決闘にしたって、やることは同じだろ?」

「事後処理が違います。碧鱗の里の掟によれば、決闘で勝利した者は負かした相手にひとつ命令することができます。たとえば、碧鱗の里へ案内してくれ、とか。虫の居場所を教えてくれ、とか」

「……だからリザードマンを呼び寄せたのか……」

 エスメラルダの選択は理に適っていた。

 俺たちには、タルドゥの密林に詳しい案内人が必要だった。また、案内人を雇ったとしても、それとは別にリザードマンたちと何とか敵対しないで済む方法が欲しかった。何百年と生きた不死鳥は、ふたつの望みを同時に叶えてみせた。

 ――敵わねぇな……

 俺は腕を組んで目線を地面に落とした。

 エスメラルダには「落ち着け」と言われたが、そんな暇はどこにもない。

 俺は胸の傷跡がうずくのを無視して立ち上がった。治療のために脱がされていたローブを羽織り、小さくまたくしゃみをした。

「今回、あなたはひとつの大きな間違いを犯しました」

 まるで独り言のように、エスメラルダがそう言った。

 ローブの虫たちの状態を確認していた俺は背を向けたまま尋ねた。

「ひとつで済むのか?」

「はい。細かい改善点なら無数に存在しますが、根本的な間違いはひとつです」

「蜥蜴男を殺そうとしたことか?」

「あれは……私のミスです。申し訳ありませんでした」

 エスメラルダは深々と頭を下げた。

 他人に謝られた覚えのない俺はバツの悪い気持ちで不死鳥のつむじを眺めた。こう、自分が他人から謝られることは珍しい。街でぶつかられたときも、だいたい顔を顰められるか、慌てて目を逸らされる。

 俺は何と答えていいものか迷った。

「……そうか」

「はい。あなたに事情を説明する時間を稼ぐべきでした。きちんと決闘についての知識があれば、あなたのことです。決してあのような愚行を犯さなかったでしょう。だから、あなたがあのことで気を病む必要はありません」

 そう言って、エスメラルダは顔を上げてこちらを見つめた。

 自分の非を認めながら、まっすぐな目をしている。高貴という言葉は、こういうやつのために用意されているのだろう。俺には出来ない顔をしている。今まで俺が見たことない種類の表情であった。

 こう素直に謝られると、怒りも引っ込んでしまった。

 ――うまいもんだな。

 そのうち、コイツから交渉術のひとつやふたつ教わっておこうか。

 俺は頬を掻きながら尋ねた。

「じゃあ、俺の間違って何だったんだよ?」

「まだ分かりませんか?」

「……悪い」

 今度は俺が頭を下げた。

 ひょっとして、さっきエスメラルダが先に謝っていたのは、俺に頭を下げやすくさせるためだったのではないだろうか……あらかじめ手本を示すことによって、不慣れな者に勇気を与える。虫たちを躾けるときにも似たような手を使うこともある。

 エスメラルダは不承不承といった態で口を開いた。

「あなたは仲間の使い方がなっていません」

「そうか? 自分で言うのも何だが、虫ならうまく使えているぞ」

「では、私をうまく使えていますか?」

 そう言って、エスメラルダは自分の胸に手を当てた。

 ――ああ。

 思い返してみれば、不死鳥のことは駒の数に入れてなかった。というか、正直なところ、コイツが俺の指揮下に入っていると認識していなかった。確かにアルフレアの火山では「俺のモノになれ」と言った。もちろん本気で口にした言葉だ。

 しかし、相手は不死鳥である。

 俺は頭を掻きながらエスメラルダの話の続きを待った。

「あなたが世界の運命を変えるつもりなら、まず、仲間や部下の扱いを学びなさい」

「なぜ?」

「独力で世界を変えることは不可能です。優秀な人材を手足のように扱えて、初めて世界を動かせるのです。そういう意味で言えば、ブリオッシュには世界を変える才能がありました。あなたも彼のようになれとは言いません。しかし、見習うべき部分は見習ってください」

 不死鳥は優しく諭すようにそう言った。

「俺にその才能はあるのか?」

「あなたに見込みがなかったら、私は今ここにいませんよ」

 そう言われても俺は首を傾げた。

 物心ついたときから一人で遺跡に潜っていた俺である。基本的な読み書きなら問題ないが、それ以上のことを要求されると、どれもこれも怪しい。なかでも、対人関係の問題は一番不安が大きい。考えてもみてほしい。三日に一度にしか他人と会話しない人間が、まともにコミニュケーションできると思うか?

 俺が不死鳥の言葉を訝しんでいると、地面に倒れていたリザードマンが目を覚ました。

 まずは左右に目を走らせてから、一度目を閉じて、それからゆっくりと起き上がる。まるで身体の調子を確かめるような動きだった。

 なるほど。これが武芸者の起床というものか。

 リザードマンは鱗の剥がれた傷跡の生々しいうなじに手を当ててから口を開いた。

「ググルォ、ガル、グォンガ」

「おい。何だって?」

 俺はエスメラルダに通訳を頼んだ。

 この不死鳥は博識であり、どうやらリザードマン語も話せるらしい。エスメラルダはこほんと咳をしてから言った。

「虫は恐ろしいな、だそうです」

「なるほど」

 俺は軽く頷いてからエスメラルダに耳打ちした。

「本当は卑怯だとか罵っているんじゃないのか?」

「はい?」

 きょとんとした顔でエスメラルダが聞き返してきた。

「なぜそう思うのですか?」

「今まで俺が倒してきた連中はみんなそうほざいていたからな。種族は違えど、ヤツだって同じことを考えていると思ったのさ。それともアレか? リザードマンは決闘に勝った者こそが正義だとでも思っているのか?」

「……どれも違います」

 エスメラルダは困った顔で溜息を吐いた。

 そこまで的外れなことを言ったつもりはなかったが、どうやらダメだったらしい。こっちも溜息を吐きたい気分になったが、もし、エスメラルダの言うことが本当なら、リザードマンとも友好的に接せられそうだ。

「ゴォルド、グガ、ガルシュン」

「何を話しているのか、と尋ねてきました」

「グルァ、シュサ、クルルァク」

「シュサ――勝者の権利――について相談しているのか、だそうです」

 リザードマンの青い眼が心なしか不安そうに動いた。

 無理難題を押し付けられたら尻をまくって逃げちまおうって腹じゃない。それくらいのことは種族の違う俺でも読み取れた。これから用件を押し付けようと思っていたこちらとしては有難い性格だが、気苦労の多そうなヤツである。

 コイツが虫だったら、きっと餌の好き嫌いも激しかろう。

「俺がコイツに危害を加えるつもりがないことを伝えてやってくれ」

 エスメラルダにそう伝えてから、俺はふと閃いて言葉を付け足した。

「ああそうだ。それと、まあ、無理だとは思うが……仲間の扱いを学べと言われたから、いちおう訊いておく。アンタの魔法で一瞬でリザードマン語を理解できるようになれないか? 俺もコイツと話してみたい」

 そう尋ねただけで、不死鳥の顔がぱぁーっと明るく輝いた。

 もちろん実際に光を出しているわけではないが、いかにも嬉しそうに目をきらきら輝かせている。手も小さくガッツポーズを取っているし、今まで相当フラストレーションが溜まっていたのだろう。

 エスメラルダは俺の肩を両手でつかんだ。

「やっと私を頼ってくれましたか!」

「ま、まあ……」

「やはり私の見込み通りでした! アングーストはやればできる子です!」

 今にも俺に抱きついてきそうな不死鳥の様子に、リザードマンが困惑している。

 分かる。分かるぞその気持ち!

 なぜなら、俺はお前の数十倍困っているからな!

 エスメラルダの手を肩から引き剥がしてから、俺は話を戻した。

「それで、できるのか?」

「多少体に負荷が掛かりますが、〈思念の糸〉で互いの意思を交換するくらいなら可能です!」

「アンタの体力的には大丈夫なのか?」

「他人を気遣うその心意気や良し! それくらいの体力は残してあります!」

「分かった。早めに頼む」

 頭に伸ばされた不死鳥の手を空中で掴みながら、何とか話をまとめた。

 これ以上、テンションの高いエスメラルダの姿をリザードマンに見せると、馬鹿にされかねん。まあ、傍から見たらもうとっくに手遅れかも知れないが、それでも自分の尊厳を守ろうとするのは当然だろう。

「アングースト。私に頭を撫でてもらえるなんて大変名誉なことなのですよ?」

「わ、悪いが、俺にもプライドってもんがあってな」

「後で泣いても、撫でてあげませんよ」

「こっちから願い下げだ!」

 しばらく無言で手を掴み合っていたが、やがて不死鳥が折れた。

 

 

「我らの一族にも虫を使役する者がいる」

 リザードマンはそう言った。

 俺たちは木々に囲まれた陸地に車座になって座り込んでいた。俺はテキトーに虫たちを解き放った。この話し合いの時間を利用して、虫たちが食事を済ませてくれるとこちらとしてもだいぶ助かる。硬い地面に匙を投げた地雷蚯蚓(じらいみみず)を指先であやしてやりながら、俺は話を続けた。

「で、虫使いについてはどう思ってるんだよ?」

「虫使いにとって虫は武器だ。お前は武器を使って戦った」

「卑怯だと感じなかったのか?」

「小技を弄したものの悪い戦い方ではなかった。敗北は私の修行不足のせいだ」

 思念の糸とかいうよく分からないものを繋げてもらったおかげで、俺にもコイツの喋っている内容が理解できた。相手の言葉が直接脳みそに流れ込んでくるみたいで気持ち悪かったが、意思疎通できるだけで御の字である。

 目だけ動かしてエスメラルダのほうを確認すると、何やら集中しているようだった。

 魔法を使っているのだから、話しかけないほうが良いだろう。

 俺は再びリザードマンに目を向けた。

「リザードマンも召喚術を嫌うと聞いたが、虫使いは憎まないのか?」

「お前は散っていった虫のために心を痛めていた。死んだ虫よりもお前のほうが苦しんでいるように見えた。虫たちはお前のことを憎んでいない。むしろ、喜んでお前のために働いていた」

「そう見えたか?」

「褒められたら素直に礼を言え。躾けがなっていないな」

 そう言ってリザードマンは口を開いてエスメラルダに歯を見せた。

 たぶん、微笑みかけたのだろう。

 止せばいいものを、不死鳥も集中を解いて困ったように肩を竦めた。

「まだ勉強途中の身なので大目に見てください」

「良き魂を持っている。素質は感じる。大成したときが楽しみだ」

「うるせぇ!」

 俺はやさぐれた気分になってそっぽを向いた。

 先程からいろいろ話していたが、この二人はよく俺のことを子ども扱いしてくる。リザードマンの年齢を聞いたら俺の五倍以上年取っていたので、まあ、十七の俺が子供に見えるのも仕方ないことのように思えるが、そう簡単に割り切れない。

 何せ、俺は決闘に勝ったのだ。

 ついでにエスメラルダに関しても、いちおうアイツは俺のものとしてここまで付いてきたのだ。つまり、あの不死鳥は俺の手下といっても過言ではない。だというのに、手下が主を子ども扱いするとは……それこそ礼節に欠ける振る舞いだろう。

「それはそうと、里の虫使いとうまく交渉できれば虫も手に入れられるはずだ」

「ありがとよ!」

「私からも感謝の意を伝えさせていただきます」

 エスメラルダは俺とは対照的に礼儀正しく振る舞った。

 

 

 

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