六門再編記 ~俺たちの物語~   作:みょこすけ

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2-4、敵襲

 翌日。

 俺たちは沼地に居を構える虫使いのリザードマンに会いに行った。

 碧鱗ノ國では虫使いの存在が認知されているとはいえ、その総数も少なく辺境に追いやられていることに変わりはないようだ。それとも、虫たちの都合で沼地にいるのだろうか? たぶん両方だと思う。

 街の寺院を出てからというもの、俺は常に誰かの気配を感じていた。

 瀑布を下りて沼地を歩いている間も、誰かに監視されているような気がしてならなかった。それとなく虫を飛ばして辺りを探らせてみたが、敵の姿は見つからなかった。念のためのトラップ代わりに地雷ミミズを俺たちの通過した地点に撒いてみたが、そちらも何の反応もなかった。

 ――嫌な予感がする。

 俺は道の途中でエスメラルダに尋ねた。

「何か感じないか?」

「いいえ……アングースト。何か心配事でも?」

「ああ」

 俺は少し頭を働かせた。

 『とある召喚術師の手記』を手に入れてからここまでは順調に進んできた。それは未来の出来事が記されている手記あってこその道のりであった。しかし、現在、俺は自らの意思で手記に書かれた世界を捻じ曲げ、新たな世界を歩いている。ぬいぐるみの万能錬金術師(モンブラン)や、鬼神如き戦闘力の魔剣姫(ドラジェ)に頼らない世界――

 俺はブリオッシュより三年も早く動き始めた。

 だから、ダークエルフやオークたちの二手、三手先の手を打てている。おかげで不死鳥のエスメラルダはダークエルフたちに襲われる前にアルフレアの火山を離れて今ここにいるわけだし、俺は碧鱗ノ國を出てからジオテランの森に行き、エルフたちに協力を仰ぐつもりだ。

 敵が動き始めるまでにすべての下準備を整えて、完封勝利する。

 それが俺の計画であった。

 だが、しかし

 ――そんな簡単な相手ではあるまい。

 俺の行動に気付いたヤツラは計画を前倒しするかも知れない。

 いや、もっと簡単な手がある。

「今、敵側の最善手を考えてみたんだ」

「あなたの敵が動き出すのは三年後からでしょう。今はまだ焦るときではありません。あなたは自身の力を付けていくことに専念してください」

「……同じだ」

 ブリオッシュが活躍した世界と同じである。

 『とある召喚術師の手記』では、この余裕と油断のせいで大勢の人々が死んでいった。連合側は常に後手の対策しか講じられず、欲深き皇帝オルクスの怒涛の攻めに太刀打ちできなかったのだ。

 背筋に悪寒を感じた。

 虫の知らせ、というものだろう。

 俺は不死鳥の華奢な肩を掴んだ。

「気を付けろ!」

 先を歩いていた案内役のリザードマンが怪訝そうにこちらを振り返った。

 エスメラルダも似たような表情をしていた。

 ――クソッ! 馬鹿ばっかりだ!

 敵にとって、最善手はイレギュラー要素である俺を殺して『とある召喚術師の手記』を略奪することである。そうすれば、歴史は変わる。おそらく、未来予知の力を得た皇帝オルクスの前ではブリオッシュたちも歯が立たないだろう。

 ほどなくして、俺の予感は的中した。

 俺たち一行の前方の土が瞬きする間に膨れ上がり、爆ぜた。

 不意打ちだ。

「グルォオオッ!」

 案内役のリザードマンは即座に印を組んで水の障壁を作ったが間に合わなかった。

 迫り来る土砂の散弾に体を叩かれ、リザードマンは悲鳴を上げながら後方へ吹き飛ばされた。俺は細かい砂からエスメラルダを庇うように立ち回ってから、背負い袋の中から『とある召喚術師の手記』を取り出した。

「焼け! 燃やしちまえ!」

「何を――」

 エスメラルダの戸惑いが命取りだった。

 敵の二発目の魔法が俺の腕ごと手記を凍りつかせた。

「グォォォォッ!」

 腕に割れるような激痛が走った。

 こちらの戦力が確実に削ぎ落とされていく。賢い狩人のような戦い方である。

「アングースト!」

「俺を抱いて飛べ! 足を止めたらただの的だ!」

 俺は凍っていないほうの腕でエスメラルダを揺さぶった。

 そうしている間にも敵の第三の攻撃が飛んできかねない。案の定、上空から無数の火の玉が落下してきた。なるほど。相手は遥か上空からばんばん魔法を打ってきているわけか。絶望的な状況にも関わらず、俺は感心した。

 ――これは死んだか。

 小さな虫たちでどうこうできる状況ではない。

 そう思った矢先、視界が赤く染められた。

 美しい炎の翼が俺の頭上に広がっていた。

「エスメラルダ!」

「少し手荒に扱います。注意してください」

 本来の姿を現した不死鳥は、巨大な足で俺を掴むと豪風を巻き起こしながら飛び立った。

 敵の火の玉を受けても涼しい顔で不死鳥は大空を飛んだ。それもそのはず。不死鳥にとって炎は水よりも親しいものなのだ。だが、俺は安心していられなかった。狡猾な敵がこんな初歩的な呪文選択のミスを犯すとは思えない。

 火の利かない不死鳥相手に火属性の魔法をぶつけてきた。

 ――ということは

 俺はローブの内側から黒くてツヤツヤした甲虫を取り出した。

 エスメラルダが大きく羽ばたき、薄っすらと空に広がっていた雲を越えた。

 すると、雲の上で胡坐をかいて座っている髑髏の魔術師の姿が見えた。真っ黒に染め上げられた魔術師のローブに身を包み、三つの髑髏の付いた杖を持った、肉のない魔術師。一目見ただけで死を直感するバケモノと目が合った。

「バーンアウト!」

「させるかッ! 黒曜蟲(こくようちゅう)!」

 髑髏の杖から放たれた魔法が完成するより先に、黒曜蟲がエスメラルダの前に躍り出た。

 炎の勢いを増加させ、どんな相手でも焼き殺す〈バーンアウト〉の効力は発揮されず、ただ黒曜蟲の甲殻が妖しく光った。相手の魔法を掻き乱す。それゆえ「魔法(スペル)殺し」とすら呼ばれる黒曜蟲の前では、髑髏の魔術師も動けなかった。

「召喚(サモン)! シャドウ・スピリット!」

 今度は召喚術かよッ!

 召喚門より呼び出された黒い霧のようなシャドウ・スピリットに黒曜蟲に迫る!

「行けっ! 鉄砲蟲!」

 俺はローブの内側から鉄砲蟲を三匹ほど突撃させたが、シャドウ・スピリットはふわふわと後退しただけで傷を負ったようには見えなかった。

「アングースト! 撤退します!」

「ああ! 急いで頼む!」

 追加の虫を飛ばしながら俺は怒鳴った。

 ごうごうと流れる風のせいで大声を出さないとすぐに掻き消されてしまう。髑髏の魔術師が懐から取り出した小さな石を雲の上に並べている姿が見えた。

「まさか、アレは……」

 エスメラルダが何かに思い当ったらしい。

 忙しなく翼を動かしながら、エスメラルダは俺に指示を飛ばした。

「アングースト! サークルストーンを破壊してください!」

「あの白い石ころを壊せってことか?」

「そうです! 早く!」

 エスメラルダの焦り方が尋常でない。

「分かった! 標的変更!」

 俺は追加の鉄砲蟲を伝令役として走らせ、先に展開していた鉄砲蟲を石に向かわせた。それでも嫌な空気を払拭できなかったため、いちおう後詰めとして槍蜂(スピア・ホーネット)を投入しておいた。

 今のところ黒曜蟲のおかげで何とか戦えている。

 しかし、黒曜蟲がやられた場合、どちらが不利になるかは明確である。矢継ぎ早に放たれる髑髏の魔術師の魔法を防ぐ手立てはない。サークルストーンとやらが何であるかは知らないが、エスメラルダのあの焦りようから考えて、黒曜蟲を取り除く装置に違いない。

 不死鳥の焦りが俺にも伝染した。

「召喚(サモン)! カース・エレメンタル!」

「くそっ! また新手か!」

 シャドウ・スピリットより二回り大きな暗黒の塊が鉄砲蟲たちを薙ぎ払った。

 宙に散った鉄砲蟲の後ろから飛び出した槍蜂がカース・エレメンタルの身体に風穴をぶち開けた。暗黒の塊を貫き、あとわずかで白い石に触れられるというところで、髑髏の魔術師が口を開いた。

「時間切れ、ですな」

 印を結んでいた手を解き、冷たい声で言い放った。

「すべての敵を焼き払え! インフェルノ!」

 サークルストーンが赤く輝き、雲の上に地獄の業火を出現させた。

 石に向かっていた虫たちは黒い悪霊もろとも瞬時に焼け焦げ、俺は多くの手駒を失った。業火の中心にありながら、髑髏の魔術師は少しも燃えずに悠然とたたずんでいた。

「これで邪魔な黒曜蟲は消えた」

「アングースト! 準備が整いました!」

 切羽詰まった掛け声をともに、不死鳥の頭上に召喚門によく似た巨大な門が描かれる。

 円状の魔方陣の内側に描かれた六芒星が光り輝き、エスメラルダ体を照らした。髑髏の魔術師は立ち上がり、杖を振るおうとしたが、今度は間一髪でこちらのほうが早かった。敵の魔術が完成するより先にエスメラルダが門の向こうへ飛び込み、彼女の脚に掴まっていた俺も時空の門を潜った。

 白い光に覆われて、俺は右も左も分からなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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