究極の安穏生活   作:もも肉

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12/14 最新3話分をまとめて投稿しております。未読の方は第8話からご覧ください。


第10話

 翌朝、オレは日課の釣りに行く前にバニーラさん宅へと向かった。先ほど台所の棚を覗くと、昨日隠していたメンチのサバイバルナイフが出てきたのでそれを返すためだ。返そうと思ってすっかり忘れていたのだが、きっとメンチも忘れていたことだろう。

 

 そして一晩眠れば昨日の疲れもすっかり取れ、体力は十分に回復した。タヌヨシさんの手伝いで消耗した体力が、だ。

 昨日は漠然と何かが搾り取られたような感覚があり、しかしその何かを失ってはじめて気がついたことがある。

 力の泉……とでもいうのだろうか。それに似たものが体の中を巡るのを感じられるようになった。

 ……だからどう、っていうことは別に無いのだけれども。ただ意識すればポカポカとしていて気持ちがいい。それだけだ。

 

 村にはチャイムが無いので、家の扉をノックを数回して誰かが出てくるのを待つ。

 田舎の朝は早い。時刻は5時半を過ぎる頃だが、この時間なら既に家主のバニーラさんは起きていることだろう。予想通り、間もなくしてバニーラさんが家の扉を開けた。

 

「あら、村長おはようございます」

「おはようございます、メンチってもう起きてます?」

「いいえ、昨日はお疲れのようでしたから、まだ眠ってらっしゃいます」

「あー……そうですよね」

 

 やはりメンチはまだ寝ていたようだ。そりゃそうだ。森の中を何日も彷徨って久々の安全な寝床。昨日役所に連れて行ったときも疲労の色は濃かった。バニーラさん曰く、メンチは挨拶もそこそこにすぐ眠ってしまったらしい。

 

「分かりました、朝早くにすみません。また出直します」

「村長がいらっしゃったことはお伝えしておきますね」

 

 オレはいつもお裾分けを貰っているお礼として新鮮な鴨肉をバニーラさんに渡し、そのまま海へと向かった。

 

 

 

…………

 

 

 

 きんのつりざおを取り出していつもの釣り場に辿り着くと、そこには浜辺に座り込んでいるクラピカの姿があった。普段の今頃ならクロウさんとの修行か、自分で組んだ修行のメニューに取りかかっている時間なのだが、一体どうしたというのだろう。

 クラピカはオレが来たことに気がつくと、その場からゆっくりと立ち上がった。

 

「どうしたんだよ。その様子だとオレを待ってたんだろ?」

「うん。そうなんだけど……」

 

 なぜか言葉を濁すクラピカ。オレに思い当たる節は無い。

 邪魔するつもりはないというのでオレはクラピカに構わず釣りを始めることにした。黄金の浮きが遠くの水面に着水する。今日も海は穏やかで少し肌寒い。

 実は、とクラピカが口を開いた。

 

「実は今朝、クロウ師匠に短銃燕(ピストルスワロウ)の狩猟に同行できないかお願いしたんだ」

「ほぉ……」

「危険だから駄目だって言われてさ。オレ、自分では結構強くなったと思ったんだけど」

 

 なるほど。それでクラピカは朝からへそを曲げてたってわけだ。クロウさんも頑固だしなぁ、危険だと判断したなら駄目なものは駄目だろう。短銃燕の危険さは昨日のメンチの口からも説明されている。

 しかし滅多に我が侭を言わないクラピカの願いだ、何とかしてあげたいが——。

 釣り糸を垂らすこと20秒。ぐんっと竿がしなり、これは今日も大物だと確信した。

 

「あーあ、今日もスズキか」

「スズキじゃないって昨日メンチさんが言っていただろ」

「でもだからってこれから何て呼ぶんだよ。スズキカッコカリじゃあ長いだろ」

「そもそもスズキから離れればいいのに」

 

 今日も釣り上げたのはスズキだった。ここまでくると作り手の実力が試されるところだな……。

 オレはもちものらんにスズキを突っ込んだ。

 

「で……オレにそんな話をしたんだ。クラピカは何か思うところがあるんだろ?」

 

 今まで熱心にしていた修行を切り上げてまでオレに会いにきているんだ。きっとクラピカには何か、勝算のようなものがあるのだろう。

 クラピカはこくりと頷いた。

 

「うん。実はコータローからもクロウ師匠にお願いしてほしくて。コータローもプロのハンターの狩りってやつを見たくないか?」

「……いや、プロハンターって言ってもあのメンチだろ? 昨日は世界に少数だの試験は難関だのと聞いたけど、メンチがそんなに凄い奴だとは思えん」

 

 メンチと知り合ってまだそんなに時間も経っていないが、メンチがそこまで優れているとは考えられなかった。これといった根拠は少ないけれど。

 オレの言葉にとんでもないとクラピカは言葉を荒げた。

 

「あの迷いの森を5日間も生き延びたんだ、凄いに決まってる! それこそ森には短銃燕を超える危険な生物がたくさん生息しているんだぞ!」

「……へぇー……知らなかったわ」

 

 メンチは何も死闘を繰り広げてきたとは言わず、ただ迷わされたと言ってきた気がするが……これはメンチの狩りとやらを見るまでクラピカは聞く耳を持たないだろうな。しかしオレも森の中がどうなっているのかは結構気になる。

 

「でも、だ。オレが言ったところでクロウさんは意見を変えないと思うぞ」

「そんなことはない。クロウ師匠はコータローのことを凄く高く評価してる」

「……オレそんな評価されることしたっけ?」

 

 仮に評価されていたとしても、村作りに関してしか思いつかない。その村作りも大きな役割を担っているのは、オレではなくシロちゃんだ。クラピカが狩りの腕を問われたのなら、オレは体を鍛えているというわけではないし、期待値はクラピカ以下だろう。

 

「そうでなくてもクロウ師匠はコータローにはあまいんだ。ねぇ、お願い! 一度で良いから!」

「……まぁ、一応頼んでおくけど期待はするなよ?」

「本当!? ありがとう!」

 

 

 

…………

 

 

 

 ……家までの道のり、クラピカはえらくご機嫌だった。こんなに喜ばれると、クロウさんに断られたときが辛い。

 どうしようもない気持ちを抱えつつ家に入ろうとしたのだが、そのときバニーラさん宅の前でメンチが立っているのが見えた。

 起きてそんなに時間が経っていないのか、髪はまだ昨日のように結んでいない。遠目で見ていると片手を耳に当てているから、早速ハンター協会に電話をしているのだろう。

 

「ちょっとメンチに用があるから先に戻っていてくれ」

 

 クラピカにそう言ってオレはメンチの元へと近づいた。近づいてようやく見えてきたが、電話をするメンチは役所から帰ってきたときよりも増して顔色が悪かった。電話の相手は昨日話していた“会長”とやらだろうか。

 

「——はい——え——申し訳——…………そんな!」

 

 ただ怒られている……というわけでもなさそうだ。あまり良くないことにならなければ良いけれど。

 間もなくしてメンチは通話を切った。

 

「おはよう、メンチ。電話は例の会長さん?」

「コータロー君、おはよう……そうね、今話していたのがネテロ会長よ。ご多忙の身でもハンター試験の真っ最中だったから、無事取り次いでもらえたまでは良かったんだけど……」

「……けど?」

「ちょっと厄介なことになっちゃってね。これからまたジュコウ様のところに行かないと……」

 

 折角連絡が難しいと思っていた会長さんと電話が出来たというのに、短銃燕狩猟までの道のりは随分と遠いようだ。

 米神を抑えるメンチ。これがただ鳥を狩りたいだけの人の表情とは思えない。

 

「ところで連絡がついたってことは近々狩りに行くんだろ?」

「ええ。クロウさんが狩猟の準備を進めてくださっているみたいだし……連絡がつき次第すぐにと言っていたわ」

 

 会長さんと連絡が付いてしまったみたいだし、早くて出発は今日の午後か……悠長に交渉している時間はなさそうだな。メンチがジュコウさんのところに行っている間にクロウさんと話をつけないと……。

 メンチが一瞬こちらを見た気がしたが、確かめる間も惜しいオレは急いで家へと戻った。

 

 

 

…………

 

 

 

 突然だけど、あたしはメンチ。新米の美食ハンターよ。

 新米と言っても世界中のありとあらゆる美食を求め、ハンター免許証(ライセンス)を取って以来、訪れた国地域は50にも上るわ。一度食べた味なら決して忘れない。あたし自身が料理人であり、新たな食への探求者なのだけれど……。

 

 ……そんなあたしは、ここルクソ地方にある迷いの森に入り、奇妙な状況に身を置かれていた。

 

 迷いの森に入って5日後、獣人の村と思わしき村を発見したから、あたしは警戒もそこそこに村へと侵入した。不覚にも村に入ってすぐに気を失っちゃって、目が覚めるとそこは見知らぬ家の中だった。

 どうやらリビングのソファに寝かされていたみたいなんだけど、腰にあるはずのサバイバルナイフが消えていた。鼻を利かせると漂ってきたのは魚介の匂い。それと香ばしいライ麦パンの香りだった。

 武器は隠されたみたいだけど、拘束の類いはされていなくて、少なくとも敵意のある人に拾われたわけではない。そうあたしは推測した。そしてその予想は当たっていた。

 

 起きて目に入ったのは二人の人間の子供。二人とも歳は大体12、3歳くらいに見えたけど、その子供は随分と異質な空気を放っていた。

 

 一人はクラピカ君。目鼻立ちのはっきりした金髪の少年で、細かな刺繍の入った民族衣装を着ていて、そのときは警戒心を露にあたしを見ていた。

 もう一人は黒髪黒目の印象が残り難い顔の少年で、見たことの無い文字がプリントされた、やや大きめのTシャツとジーンズ素材の短パンを着用していた。

 その子は形だけの警戒態勢をとって、人間の子供が居ることに混乱したあたしを理解し、ここが獣人の村であることと、人間の自分たちがお世話になっているということを説明してくれた。

 

 彼の名前はコータロー君というのだけど……その子があたしの目にはとても異質に映った。

 明らかに兄弟ではない二人が気になり、一応確認としてそのことを尋ねるとコータロー君に「明らかにクオリティが違うだろ」と言われてしまった。

 

 確かに見た目の違いもそうだけど、“凝”で見た彼のオーラには揺らぎが無くて、流れは静謐そのもの。でも、そのオーラを詳しく見ようとすると、まるでオーラの殻のようなものに包まれているのが分かった。二人のオーラは明らかに別人。そしてコータロー君は念能力者なのではないかと思い至った。

 ……残念ながらそれ以上をコータロー君から解析することは出来なかったけれど、おそらくあたし自身の念がまだ未熟であるという証なのでしょう。

 

 二人は同居人で、両親は既に亡く、獣人の家の一室を借りているという状況らしい。獣人に攫われてきたというわけではなさそうだった。

 

 これだけでも十分驚きだったのだけど……その後あたしは食事を御馳走になり、コータロー君はスズキと言っていたが、明らかに初めて食べる魚と出会った。

 味はとても淡白……スープとの相性は良くて、コータロー君はしょっちゅうこの魚を近くの海で釣り上げているらしい。

 

 ——そのときは言わなかったけれど、スープに入っていたあの魚は大昔に絶滅した『古代魚』の特徴と一致していた。

 丁寧に鱗が剥がされた黒い皮には白い斑点が浮かび上がっていて、スプーンを介してオーラを流すと斑点はみるみる広がり、黒い皮は真っ白に変化した。

 これが決め手だった。

 図鑑や文献には、古代魚はオーラを鱗に纏う魚だったとあり、白い斑点が大きければ大きい程その個体は硬くて強く、優秀だそうだ。

 

 ——あたし、古代魚食べてる。

 

 頭がどうにかなりそうだった。

 現代ではたった数個の化石しか残されていないのに、それをスズキと言って聞かないコータロー君にも腹が立った。

 

 その後二人に森へと来た理由を打ち明けて、一時は密猟者かと不審な目で見られたのは結構堪えたけれど、村の代表者に会わせてくれることになったのは僥倖だった。

 

 初めて出会った獣人は、文献で見た“凶暴で排他的”という文章とは正反対。理知的で温厚という印象を受けた。

 村の代表のジュコウ様は特にその印象が当てはまり、それと同時に途方も無い年月を感じさせる老熟したオーラに圧倒された。あたしはジュコウ様に似た人物をもう一人だけ知っていた。

 その“もう一人”に短銃燕の狩猟に当たって、今回の出来事を話す羽目となってしまったのだけど——。

 

 

 あたしは翌日、早朝のサイハテ村で携帯電話の保留音を片耳に聴いていた。

 昨日のようにあんな条件でも出されない限り、電話越しでもお話しする機会は少ないでしょう。緊張で携帯電話を持つ手が震えた。

 

『もしもしネテロじゃけど』

 

 目的の人物は電話に出た。丁度ハンター試験の真っ最中で、会長は責任者として一カ所に留まっていたことが幸いした。

 あたし自身、今回の事態について後ろめたいと思う感情が僅かながらにある。全てを説明した上で、ネテロ会長が返した言葉は意外なものだった。

 

『誰かしら行くとは思っておったわい。丁度村に誰か派遣したかったところじゃし、グッドタイミング』

「えっと……それだけ、ですか?」

『そうじゃのー、彼奴から聞いたが、メンチくんは条件を三つ出されたんだったか」

「はい……」

『ならもう三つ、今度は村のための願いをメンチくんが叶えること。それで今回の件はチャラじゃ』

 

 達成難度は「E」ってところかの。

 ——通話は以上だった。

 

 話が終わると、今度はコータロー君から声をかけられた。そういえばバニーラさんが少し前にも来てたと言っていた。

 コータロー君は隠していたあたしのサバイバルナイフを返し、大まかなあたしの状況を確認すると、そそくさと去って行った。

 ——あれは何かを企んでいる目だった。

 

 ジュコウ様にネテロ会長とのやり取りを説明すると、ジュコウ様は朗らかに笑った。そんなことを会長が言い始めるんじゃないかと、大方予想されていたらしい。

 予想外の条件だけれど、コータロー君とクラピカ君に言われた通り、危うく密猟者に身を落とすことになりそうだった手前、ここは甘んじて受け入れるとしましょう。

 

 ……でも、狩猟出発直前のこの場に、なぜあの二人がいるのか理解できなかった。

 

「「よろしくお願いしまーす!」」

 

 そう元気よく頭を下げる、金髪と黒髪の子供二人。

 どういうことかとクロウさんに視線を向けると、クロウさんは困ったように頬をかくだけだった。




後半はまた後日!!

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