究極の安穏生活   作:もも肉

2 / 10
第2話

 橋の建設場所の下見の時間がやってきたので、オレは時間通り間に合うよう家を出た。

 道すがら村の家々が目に入ったが、ここ最近ようやく資材の目処が立ったということもあって、随分と様変わりしたように思える。雑草まみれだった芝生は刈り取られ、今では綺麗になったスペースで花を植えたり、畑を作って楽しんでいる家庭も多く見られた。邪魔な木が伐採されたことで村の中はだいぶ明るくなったと思うし、道の整備も粗方完成しつつある。

 今後は村の景観にこだわって、花壇でも作ってみようか。

 それにしても村の人たちはよくぞあの状態になるまで耐えたと思う。住人の皆が困ると分かっていながら失踪した、前村長の行方が気になるところだ。

 

 

「あ、コータロー村長!おはようございます!」

「おはようございます、皆さん」

 

 広場に到着すると、そこには既に数人の住人と、村長の秘書であり総務のシロちゃんがオレを待っていた。本名シロエ、通称シロちゃんは真っ白のフワフワとしたイヌの獣人で、オレが村に来てすぐ、村の役場に挨拶しに行ったときに初めて出会った。笑ったときに見せる犬歯が可愛らしく、この村のマドンナで種族性別を問わず人気の女の子だ。オレも例に漏れず、村長村長と言ってワンピースからのぞく揺れる尻尾を見た日にハートを矢で打ち抜かれた。

 今日は他の村人の意見も聞くために、二人っきりでデートというわけにはいかなかったが、こればかりはまぁ仕方が無い。

 現実的に考えて村のあれこれを、何の断りもなしに余所者のオレが好き勝手に弄るわけにはいかなかった。加えて、ゲームのプレイヤーは公共事業の出資の殆どを賄えたが、現実の村長(オレ)は一文無し。ヒモである。

 オレはこほんと咳払いし、住人達に向き合った。

 

「それでは皆さん、第一回公共事業、石橋建設の下見を開始致します!」

 

 軽い拍手をもらった後、広場のすぐそばに流れる川へと向かった。

 山から流れる川は村の中心を走り、広場を避けるようにして海へと続いている。晴れた日には穏やかな清流だが、前日に雨が降ってしまうと濁流と化し、橋無くして渡ることなど不可能だった。数年前までは吊り橋が架かっていたが、年月とともに風化しとうとう壊れてしまったそうだ。

 

「そうだシロちゃん、今回は石橋を作るわけだけど、他にはどんなものが作れるの?」

「他の公共事業ですか?」

 

 川縁に立って、オレは土の状態を確認しているシロちゃんに声をかけた。以前シロちゃんに「村長のお陰で私、公共事業に取り組めるような能力を作れました! ありがとうございます!」と身に覚えの無い感謝をされたのだが、他にどんな公共事業が現在出来るのか、詳しく聞いたことが無かった。

 シロちゃんはオレの目の前で両手を合わせると、手で本を開くような仕草をしてみせた。するとシロちゃんの手のひらにどこからともなくカタログのような冊子が現れ、シロちゃんは誇らしげにそれをオレに手渡した。見た目は普通のカタログのようだが、不思議なことに全く重さを感じない。

 

「現在着工可能な公共事業のリストです。価格と必要な土地の面積に加えて、展開見本も確認できます」

「お、おぅ……」

 

 えっへん、と胸を張るシロちゃんははっきり言って可愛い。シロちゃんに促されるまま、オレはパラパラと冊子をめくった。

 村人の要望で次回の建設候補にも上がっている、風車や井戸、外灯の他、キャンプ場やカフェのページもあった。

 個人的に一番温泉が気になるところだが、村にとって優先順位は高いとは言えないだろう。なんとかして作りたいものだが、費用としておよそ10万ジェニーかかってしまう。これなら外灯3本作れてしまう程度の費用に匹敵してしまうし、安い買い物ではない。今回の石橋にしたって13万ジェニーもかかるし、けして裕福とは言えない村にとっては大きな出費だ。

 それより今気づいたのだけど、どう○つの森の通貨って、ジェニーであってたっけ?

 

「何やらお悩みのようだネ、コータロー村長」

 

 うんうんと唸っていたのが聞こえていたらしく、今回の下見に同行している黒いタヌキのタヌヨシさんが声をかけてきた。

 

「タヌヨシさん……そういえばタヌヨシさんはサイハテ村の経理担当でしたよね?」

「そうだネ、村の財産財源、収益損失は全部ボクの知るところだネ」

「その……非常に聞きづらい話ではあるんですけど……」

 

 オレはひそひそと話すが、目の前にシロちゃんもいるため正直あまり意味は無い。

 

「サイハテ村ってあまり、お金無いですよね……?」

 

 ずばりお金を得るには仕事が要る。サイハテ村はとても閉鎖的な村で、外の世界で仕事をする住人はいない。それはこの世界における、獣人という種族の立ち位置的に難しいからだ、と以前に村の偉い人に教えられた。

 代々サイハテ村の村長は人間が務めてきたとされるように、この世界は獣人だけの世界ではない。森の外は人間の住む世界が広がっている。

 獣人という種族はその種の珍しさから、捕らえようとする人間たちの目から逃れるために、森へと移り住んで来たという過去があるそうだ。……それだけ聞くとゲームで交流を深めて来た動物達の、笑顔の裏に隠された真実を知ったようで切ない気持ちとなってしまうのだが、現実のサイハテ村の人たちはそう悲観してはいなかった。

 森は豊かで食べ物には事欠かなく、不自由はしない。

 つまり何が言いたいのかというと、これまであまり必要ではなかったお金が急に必要となったわけだ。それも何十万単位のレベルで。村の魚や木の実を売るとしても、どれだけの量を必要とするのか、まるで想像がつかない。

 

 タヌヨシさんはオレの不安を知るや否や、やれやれといった様子でため息をついた。

 

「コータロー村長はボクの仕事を知ってるかネ?」

「村の経理、ですよね?」

「経理なんて役職はそこそこのお金が動くことで必要とされる役職だネ。心配しなくてもお金はあるネ、大丈夫ネ」

 

 言われてみればそれはそうだ。お金が動かなければわざわざ経理なんて必要ない。

 

「ボクは経理の仕事の他、外の村で商売もやってるネ」

「そうなんですか!? でも獣人の人たちは外の人間にとって迫害対象だって前に……」

 

「ボクらがこの森に移り住んでからもう200年は経っててネ、森の外は基本ド田舎。獣人なんて知ってる人間は一人もいないネ」

 

「……でも、外の人はビックリしませんでしたか?」

 

 オレの疑問に、話を聞いていたシロちゃんが説明してくれた。

 

「実は30年くらい前、豪雨で外の村々が大被害を受けたときがあったんです。そのときサイハテ村の皆で人間の人たちを助けたそうなんですが……それ以来、助けた村の人たちに限った話ではあるのですが、迫害するどころか歓迎してくださるようになりまして」

 

「寧ろ“獣神様”といって崇めているくらいだネ」

「なるほど……」

 

 獣人が殆どの人々に忘れられた世界。辺境の村々の危機に突如救世主として現れた獣人たちは、当時の人々にとって神様にも見えたのだろうか……。

 

「今でも困ったときは助けてるネ。村へはボクが代表して行っているけれど、大抵のものは高値で買い取ってくれるし、ボクらの存在を言いふらしたりしない。最近じゃあコータロー村長の持ってた高品質のリンゴで果樹園が出来たし、売り物には事欠かないネ。“獣神の村で穫れた奇跡のリンゴ”とでも言っておけば価格もうなぎ登り。間違い無しネ」

 

 信仰はお金になるネ。そう言って黒い笑みを浮かべたタヌヨシさんに逆らってはいけない。オレは誓った。

 

 確かに村で作った果樹園のリンゴは順調に育ってきており、実を埋めてから1週間も待たず収穫が可能となった。味も申し分無く、こんなに甘いリンゴは初めて食べる、と試食した人たちから太鼓判も貰ったほどだ。

 ゲームでは一度に3個しか収穫できなかったが、サイハテ村では一度に10個以上のリンゴが収穫できる。木は現在も数を増やして村には現在20本以上の木が育っていた。

 ……となると思った以上に財政は逼迫しているというわけではなさそうだ。寧ろこれからかなり儲かるんじゃないか……?

 

「それより、コータロー村長には感謝してるネ」

「なんのことですか?」

「とぼけなくてもいいネ。もう暫くしたらボクの能力も使えるようになるからネ。楽しみにしててネ」

「は、はぁ……」

 

 タヌヨシさんに突然えらく上機嫌な様子で感謝された。身に覚えが無いのだが、シロちゃんのときも含めてこれで2度目だ。

 

 

 それから問題無く橋の建設予定地は決定し、そのまま着工という運びとなった。当初は下見だけの予定だったはずなのだが、事は急を要するということで、お偉いさん方の了解は得ているらしい。

 

「それではコータロー村長、まずはこの場所に橋を造るという事でよろしいですね」

 

 シロちゃんが緊張した面持ちで最終決定権をオレに委ねる。なんでもそういう決まりにしたんだとか。

 シロちゃんの言う“能力”に要領を得ない他の住人達は、固唾をのんでこの瞬間を見守っている。

 

「うん。ここで決めちゃう!」

 

 オレがそう言い放った瞬間、辺りは眩い光で包まれた。

 光が収まると橋の建設予定地には、ゲームでお馴染みの彼が。周りに居た皆は彼の突然の出現に吃驚したようで、目をまんまるにさせて言葉を失っていた。一方のオレはやはり現れたかと安堵し、シロちゃんは初めての公共事業に興奮した様子である。

 

「ドグウ君です。石橋の目標額は13万ジェニーですが、金額の大半は村の資金で賄います。目標額に達したら次の朝には完成していますので、皆で協力していきましょう!」

 

 土を捏ねて作ったような質感の人形は、休む事無く体をクネクネと動かし続けている。通称ドグウ君。ゲームの通りなら石橋の建設は、たった今現れた彼に任せきりでかまわないだろう。必要な残りの費用や、材料集め、実際の建造の何から何まで勝手にやってくれる。お金さえあれば。

 このことは村の共同掲示板にも書き込む必要があるとして、実際にドグウ君が現れる光景を目にした人たちですら未だに驚愕を隠せないようだった。ドグウ君を召喚? したシロちゃんに多くの質問が投げかけられている。これまでにドグウ君を使った事業を行った事が無いのだろう。百聞は一見にしかず。オレも完成が楽しみなところである。

 

 

「あ、そうだ、タヌヨシさん!」

 

 ドグウ君も無事現れたところで解散となったが、オレは帰宅する人の中からタヌヨシさんを呼び止めた。何だネ? とタヌヨシさんが振り返る。

 

「今度、村の道に花壇を作ろうかと思うんですけど、村で花の種の購入はできますか?」

「花の種……購入できないことも無いネ。でも村の外から摘んできた方が安価で手っ取り早い気がするがネ」

 

 あそこだネ、とタヌヨシさんは村のはずれの崖の上を指差した。その方向はオレがこちらの世界に来たばかりのとき、迷子になっていた方向だった。

 

「種類はそこまでないけど、たくさん花が群生してる場所があるネ。あまり遠くに行かないのなら危険も無いネ」

「分かりました。これから向かってみます」

 

 腕にしているデジタル時計は午前10時を示している。昼食の時間までまだかかるようだし、午後の作業までに見に行くのも悪くないだろう。

 思えばこの世界に来て以来、オレは村の外に出た事が無かった。

 

 

 

…………

 

 

 

 高さ凡そ40m程の崖には岩の階段があり、それを上りきると眼下には広大な自然が広がっていた。サイハテ村はなだらかな山脈の窪地にあり、海と隣接した位置に村を構えている。どこまでも続く水平線。高層ビルらしき建物は見当たらず、背後には薄暗い森が広がるばかりである。

 森に一歩足を踏み入れればそこは魔境と化し、様々な困難が待ち受けている……らしい。らしい、というのはオレ自身森を十分に探索したとは言えないからだった。この世界に来てしまったときも、割と安全なところをウロウロしている内に発見してもらえたため、辛い目に遭うことが無かった。

 魔境と評される薄暗いこの森も、陽の光が当たってしまえば花も咲く。

 

「お、すっげー生えてんじゃん!」

 

 目の前には色とりどりの花が視界いっぱいに広がっていた。

 森も村と同様に雑草だらけだが、崖の階段を上って少し拓けた場所に出ると花畑を見つけることが出来た。花畑と言っても生えているのは赤いコスモスと紫のスミレくらいなもんだが殺風景な村に無いよりは絶対良い。金がかからないことに超したことは無いと、オレは花を“もちものらん”に詰めまくった。

 ところでスミレは春、コスモスは秋の花ってイメージだけど……細かいことは気にしないことにする。あとでタヌヨシさんにパンジーとかチューリップの花も頼んでみよう。薄目で見ればオランダの田舎の風景に見えなくもないサイハテ村をそれらしく華やかにしてくれるだろう。ケチだと噂されているタヌヨシさんも、きっと村の経費でなんとかしてくれると思う。

 

「こんなもんかね……」

 

 オレは“もちものらん”いっぱいに表示されている花のアイコンを確認した。どこからどこまでを『1マス』とするかでもっと詰め込めそうな気もするが、その辺りももっと検証を進めるべきだろう。

 もうすぐお昼だし帰ろう。そう思って立ち上がり、なるべく花を踏まないように足を進める。

 風が吹く度に、まるで草花の海のように波打つ花畑の光景はとても穏やかなもので、皆の言う“魔境”なんておどろおどろしい表現はどうも言い過ぎな気がした。

 

 こうして改めて花畑を見渡すと、一部分だけ不自然に花が咲いていない場所があった。そのときはただ興味本位で、その場所を通るように歩く。

 しかし、そこにあった光景にオレは思わず目を剥いた。

 

「マジ、かよ……」

 

 サァァと自分の顔が青ざめていくのを感じた。

 この森は確かに“魔境”足りえたのだ。

 

 花畑の中心、見下ろすとそこには、ボロボロの死体が転がっていた。

 

 

 

——————

 

 

 

今日の念能力

 

箱庭の小さな現場主任(コウキョウジギョウ)

使用者:シロエ

念系統:具現化系

 

【能力】

 コータローが村長になってからシロエが発現した念能力。村の中に公共事業に関する工事が出来るようになり、オーラで具現化したカタログで着工可能な事業のリストが確認できる。念が発動するとドグウ君が現れ、提示された費用を全額払うことで事業は進められる。工事の難易度に応じて必要とする費用が変わる。資材、人手を使うこと無く次の日には完成している。

 工事が完了した後は術者の介入無しに壊れることは無い。

 

【制約】

・サイハテ村の中でしか念を行使できない。

・1度に1つの事業しか着工できない。工事が完了し、実物が完成した後、次の事業に着手できる。

・必要費用額はサイハテ村の貨幣価値を基準とする。

・自身の独断で事業を選ぶことは出来ず、必ず2名以上の了承を得てのみ発動できる。

・念の発動前後に、村の最高権力者の号令を必要とする。

・術者が死亡した場合、完成済みの事業の所有は村の最高権力者に移譲される。ただし、能力そのものを移譲することはできない。

 

【誓約】

・なし


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。