究極の安穏生活   作:もも肉

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今回は少し短め。
11/24 19:06 脱字訂正


第6話

 迷いの森、獣人の森、死の森……地域によって呼び名は様々だが、これら全てがサイハテ村がある森を指す単語である。

 物騒な名がついてはいるが、外からの見た目はただの薄暗い森。

 しかしその実態はただの森に非ず、一度入れば並大抵の者は二度と帰って来れない、呪いの森と噂されていた。

 歴史を知る人々曰く、過去に人間から非道な扱いを受けた獣人たちが森に逃げ込み、呪いをかけたのだと。

 それが真実かどうかはともかく、森の呼び名は数あれど、そのどれもが「森に決して入ってはならない」という共通の意味がこめられていた。

 

 ——しかし、昨今も危険を顧みず、森に入ろうとする人間は後を絶たない。

 今日も迷いの森のすぐ側に小さな村を構える人々は、一人の少女を必死に引き止めていた。

 

「嬢ちゃん止めときなって! 帰って来れる連中はほんの一握りもいないんだから!」

「そうだよ、嬢ちゃんはまだ若いから分からないかもしれないけど、親御さんを悲しませたくはないだろう?」

 

 最後に生還を果たしたのは、森の生態について調べにきた学者だったか。つい最近の出来事ではあったが、彼が来る前は4年も生還者を見ていなかった。

 こうして挑戦者たちを説得する役割を数十年、否応無しに引き受けている村の人々は、生還できる人間の特徴のようなものを感覚で理解していた。

 

 ある日の生還者はまるで浮浪者のような格好をしていたが、森に入るというのに荷物はリュックサックただ一つ。そしてまたある日の生還者は老人だったが、彼は荷物すら持っていなかった。

 荷物が少なければ良いというのではない。

 還ってきた者の殆どが「ちょっとした用があるから行ってくる」といった軽い足取りで森へと入っていったのだ。

 

 ——還って来れないのは、準備万端、意気揚々、何かを手に入れてやろうと森に足を踏み入れる者たちだ。

 

 村人たちの目から見て、残念ながら、彼女は生還できないタイプの人間に分類されそうだった。

 歳はまだ20代に届かないであろう若い少女。彼女は今日という日を待っていたと言わんばかりの表情で、革のベルトに収まった獲物のサバイバルナイフに触れている。

 

「大丈夫よ! あたし、こう見えてもハンターだから!」

 

 村人たちの制止を振り切り、とうとう彼女は森へと足を踏み入れた。

 

 こうしてまた一人、森に踏み入らせてしまった。

 少女の姿がどんどん闇に混ざって見えなくなる。

 村人たちは毎度訪れる遣る瀬無さに打ち拉がれた。

 

「……5日後は獣神様が森から恵みを運んでくださる日だったな」

「なぁ、獣神様に今の娘のこと、相談しても良いんじゃないか?」

「やめとけやめとけ。そうやって森に誰か入る度お手を煩わせるつもりかい?」

 

 恐れとはときに信仰を生む。

 山火事、川の氾濫、山賊の襲撃……それらの村の危機を救ったのは、先ほど少女が消えていった森に住む獣人たちだった。

 村の人々は、遠い過去に森で死んだ獣人たちの精霊だと勘違いしているが、未曾有の危機の度、森の奥より現れて圧倒的な力で人々を救っていくその姿に、信仰が生まれていくのは必然だったのかもしれない。

 最近では驚く程赤くて甘いリンゴ、様々な怪我や病気を癒す薬を獣人が一定の周期で運んでくる。

 毎度、森の奇跡をこの村の人々は待ちわびていた。

 

「オレたちは獣神様の迷惑にならないよう、森から人を追い払うだけだ。こうすることでしか恩返しできねぇんだから」

「……そうだなぁ。申し訳ないがそれしかできねぇな」

「これからも私たちに出来ることをやっていきましょう」

 

 そうして村の人々は無意味となった説得を終えると、再び各々の仕事に戻っていった。

 村にとってこのような説得は日常茶飯事だったが故に、還ってこなかった人間を気にしすぎると今後が辛かった。

 しかしこの行為が獣神様へのせめてもの恩返しになると考えていた。

 これからも村の人々は、森の侵入者へ説得を続けるのだろう。

 

 ——5日後、軽装で村に現れたいつもの獣人が、何も無い場所から売り物を出現させる光景を見て「やっぱり獣神様はすごい」と村の人々は信仰の決意を新たにしたのだった。

 

 

 

…………

 

 

 

「まっ……たく、この森は一体どうなっているのよ……!」

 

 彼女の名前はメンチ。花も恥じらう17歳の美食ハンターだ。

 この若さでハンターの資格を持つ程の実力、料理界に貢献した実績や、その美貌から美食ハンター会のアイドル、今噂の期待の新人といえる少女だった。

 

 そんな彼女は現在、魔境と名高い獣人の森へと足を運んでいた。

 

 独自の生態系を確立し、ここでしか見ることのできない動植物は軽く100種類を超えるそうだ。

 この森に入って行方を眩ました人間は数知れず。古くから獣人が護るとされているこの森は、一部のハンターからはえらく興味を持たれていた。

 神秘の護りが現在も続く森は悪人を寄せ付けない。

 ——この神秘の護りとやらにハンターの大半がピンと来たのだろうが、その実態は未だ明らかにされていなかった。

 しかし今回はその神秘の護りに用があったのではない。

 

 わずかな情報しかない獣人の森に入ることになった理由は、およそ1ヶ月前、獣人の森から生還したハンターが、絶滅したとされる短銃燕(ピストルスワロウ)の群れを見たと証言したからだった。

 

 この情報はすぐさま箝口令が敷かれることとなった。

 つまりはそれほどまでに重要で機密性の高い情報だったということだ。

 

 最後にその姿が確認されたのはおよそ100年前。

 短銃燕の見た目はツバメ科の特徴そのままで、全長はおよそ25cm。光沢のある鉛色の羽毛に、素早い飛行に適した細長い体をしている。

 性格は臆病で、子育て中の巣に近づくのは極めて危険とされている。

 読んで字のごとく、短銃燕はまるでピストルの弾のように攻撃対象へと飛んで行くのだ。

 威力もピストルそのもので、巣の存在に気づかず、いつの間にやら体に風穴が空いていた、なんて事例もあったそうだ。

 子育て中の短銃燕を警戒をするのなら、鳴き声を聞き逃さなければ大丈夫だ。

 その小さな体に見合わない、低くゴロゴロとした鳴き声は巣を持っている番にのみ発せられる鳴き声で、外敵から雛や卵を護るため、低い音を出すことで大きな獣と錯覚させるためと考えられていた。

 

 そんな短銃燕がなぜ絶滅したのか。

 かつては世界各地に生息していたとされる短銃燕は極上の肉を持つとされる鳥だった。

 その味は主に富裕層からの受けが良く、高額で取引されるため、短銃燕専門の狩猟者が当時は存在した。

 しかし小柄な体からは僅かな肉しか得られない。そのため大量に捕獲され、次々とその数を減らしていった。

 また短銃燕の巣に美容成分が豊富に含まれていることが判明してからは、更にその数を減らして行くことなった。

 

 今や、短銃燕の巣はヨークシンのオークションで高額で取引されるまでの希少ぶりだ。

 

 そんな短銃燕の群れが獣人の森で発見された。

 その情報はすぐさま絶滅した短銃燕のため、というよりは身の程知らずのハンターたちが森で命を散らさないよう情報規制されることとなった。

 それでも美食ハンター会のアイドルであるメンチの耳にはすぐさま届いた。

 

 ハンターという職業の数ある役割として、希少動物の保護も代表的な例として挙げられる。本来なら捕獲、保護をすべきところだろう。

 

 ——だがしかし、できることなら食べてみたい。

 

 発見されたのは“群れ”だというのだから、少しくらいなら良いんじゃない?

 まだ狩っては駄目とも言われてないし?

 多少の危険は致し方ないよね?

 

 そう思い、彼女は森に足を踏み入れた。

 

 ――このときの彼女はまだ、獣人の森を侮っていた。

 

 

「さっきもここを通ったじゃない!」

 

 森に入ったはいいが、いつまで経っても辺りは鬱蒼とした木々が生い茂るばかり。川の音も、鳥の鳴き声も聞こえてこない。

 明らかに1度は通った道なのに、つけた筈の目印が見当たらない。

 気のせいか、森から自分を追い出したいという意思が伝わってくるような気がした。

 

 ——そんなまさか、ね……。

 

 メンチはおよそ5日間、森を彷徨う羽目になった。

 寧ろ5日間も森の中を生きて彷徨えたのは、純粋にメンチのハンターとしての実力、そして森にとって悪人ではなかったという理由からだろう。

 悪人ではない、が、森にとって都合の良い人間というわけでもない。そのため生かさず殺さずの状況が只管続いている。

 

 森に入って5日が経ち、メンチが思い出すのは伝承の一つ、悪意のある者を森は拒絶する、ということだった。

 拒絶された人間は帰る意思を持たない限り永遠と森を彷徨うか、森にとり殺される羽目となる。

 

 自分は迷わされているのか?

 

 どうして、と理由を考察する。

 

 例えば、今回短銃燕を狩猟することが、森の意にそぐわないものだったとしたら?

 

 そんなバカな、と唾棄する。

 森での食物連鎖を良しとするのなら、短銃燕を殺してはいけないというその理屈は歪んでいる。

 だからこれは違う。考え方を変えてみる。

 

 私が短銃燕を狩猟することで、森が被る可能性がある不利益とは? 

 

「なるほどね……」

 

 私がこの情報を再び協会に持ち帰れば、まず間違いなくこの森を訪れる人間の数は増大するだろう。箝口令が敷かれているにもかかわらず、馬鹿正直に情報を伝えれば、の話だ。

 死ぬかもしれないと分かりつつも、それだけしてまで得られる利益は計り知れない。

 それはこの森に住むとされる獣人の安寧も、揺るがしかねない事態となる可能性が高くなる。

 

「だったら」

 

 短銃燕を森の外に持ち出さない。

 狩猟の報告を行わない。

 無闇に狩猟しない。

 

 この3つを中心にメンチは森にかたく誓った。

 

 果たして効果はあったらしい。

 僅か30分後、メンチは広大な森と海を見下ろす崖に辿り着いた。その瞬間に届く海の香りと波の音。そして赤や紫の美しい花畑が視界いっぱいに広がった。

 長い間張りつめていた緊張の糸が緩んでいくのを感じる。

 崖から森を見下ろすと、密集した森林地帯にぽっかりと空間があるのを確認できた。

 

「あれは……村かしら……?」

 

 崖を降りてしばらく歩き、忍ぶように村の中に侵入する。

 綺麗に手入れされた古い石壁、色とりどりの花が並ぶ赤レンガで舗装された道、可愛らしいログハウス、日当りの良いベンチ、都会を思わせる美しい外灯。

 これらの光景にメンチは目を丸くした。

 

 魔境とされている獣人の森に、こんなに綺麗な村があるとは思わなかった。

 

 緊張状態が長い間続き、食事もままならなかったために体力が無い。

 村の石橋の上で、とうとうメンチは意識を失った。

 

 薄れ行く意識の中で、誰かに揺り動かされた記憶はある。

 そして気がつけば自分は寝かされており、良い匂いがして起きたわけだ。

 たった数十分の気絶で済むあたり、メンチは相当タフだった。

 

 ——起きて見た光景にメンチは再び驚くこととなる。


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