究極の安穏生活   作:もも肉

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12/14 文体に変更を加えました。内容は変わっておりません


第7話

「……だるい」

 

 オレは昼下がりのサイハテ村をふらふらと彷徨っていた。

 いつもの底なしの体力は何処へ行ってしまったのだろう。手足は冷たいし、唇は乾くし、呼吸も落ち着かない。背中を丸めてようやく歩けるといった状態だ。

 もし住人の誰かが通りかかったのなら驚かれるだろうけど、真昼のサイハテ村は忙しく、幸か不幸か人の気配が薄かった。

 

 ……昼は散々な目に遭った。

 

 オレは昼食を終えた後、シロちゃんとの公共事業の打ち合わせを終わらせ、タヌヨシさんから指定された倉庫に向かった。

 倉庫に入ってすぐ、そこには『きょうのぶん』と書かれた張り紙があり、すぐ側には木箱3つ分のリンゴの山とサイハテ印の薬の束が。

 思わず唖然としてしまう程に『きょうのぶん』とやらは想像以上に多かった。

 オレはタヌヨシさんがいつも外に持っていく荷物の量を思い出し、これは軽く2倍はあるんじゃないかと目測で比較した。

 約束の時間になり、勝手に立ち上がるアプリ。画面には『送信する物に触れてください』の文字が。

 

 とりあえず木箱1つ分は送ってみよう。

 そう思い、りんごの木箱に触れ『暫くお待ちください……』の表示が出た後。

 

 ——オレは気がつけば倉庫の床の上で倒れていた。

 時計を確認すると、どうやら10分近く気を失っていたようだった。体を起こそうにも身に襲いかかる倦怠感は凄まじく、這うように移動し、ノートパソコンの画面を確認すると『タヌヨシさんからの荷物を受信しますか?』という文字が点滅していた。受信する、を選択し、手元に現れたのは1枚の紙。「おそい」とだけ書かれていた。童歌『あんたがたどこさ』の歌詞が脳裏をよぎった。

 

 それから、もう1箱送ることに命の危機を感じたため、せめて薬だけはと、無い気力を振り絞り送信を完了させた。

 

 現在その帰り道だった。

 

 

「シロちゃんとの、約束を、先に済ませておいて、良かった……」

 

 “きんのあみ”を取り出し、それを杖代わりにして歩く。

 この体調で村長の仕事なんて、とても出来そうにない。シロちゃんとの公務を先に済ませておいたのは良い判断だった。

 それでも今日の仕事はまだ残っている。村中に植えている花の様子を見て水をやる予定だったし、夕飯の準備もしなければならない。しかしこの様子だと花の水やりは明日以降に延期せざるをえないだろう。

 

 夕飯も今朝の余りで良いかな……でも皆頑張っているし、一番楽しているオレがサボるんじゃ駄目だよな。

 

 そんなことを考えながら、ずるずると足を引きずるように歩いていると、前方から走ってくるクラピカの姿が目に入った。

 確かクラピカはオレがタヌヨシさんの倉庫に入る前から走り込みをしていた。——ということは、今までずっと走り続けていたのだろうか。

 クラピカは顔中汗塗れで髪は乱れ、足取りは重く、呼吸は聞いてる方が疲れてくるくらい引きつっている。歩いた方が速いんじゃないかと思う程のスピードだが、それでもクラピカは走る姿勢を崩さなかった。

 

 そんなクラピカとすれ違い様に目が合う。それとなくオレはクラピカを振り返ると、なぜかクラピカもこちらを振り返っていた。

 お互い肩で息をしながら立ち止まり、相手の反応を待っている。

 

「その……コータロー」

 

「お、おう……?」

 

「少し、話さないか?」

 

 突然の提案。

 オレは今すぐに用があったわけではないのだが、クラピカの表情を察するに、今何かオレに伝えたいことがあるようだった。

 妙な緊張感を漂わせるクラピカに、オレは何かしたっけ? と考えを巡らせたが、心当たりは一つもなかった。

 

 

 

…………

 

 

 

 オレたちがやってきたのはすぐ傍の川縁だった。つい最近完成したばかりのベンチに腰掛け、オレはクラピカから話しだすのを待っている。

 思えば、こうしてクラピカとゆっくり話すのは初めてかもしれない。オレは穏やかな川の流れを見つめ思い返した。

 

 クラピカはあまり口数の多い方ではない。話しかければ返事はするが、村に来たばかりの頃はいつもどこか遠くを見ていた。以前は一緒に村の中をまわって仕事をしていたが、そのときの会話といえば、村の今後とその日の夕飯について。一方的にオレが話しかけるばかりで、クロウさんとの修行を始めてからは毎日疲れているようだし、とうとう会話なんて殆どなくなってしまった。

 

 ——しかし……言葉は少なくとも、オレは夢へと邁進するクラピカの気持ちを理解しているつもりでいた。

 

 ベンチに腰掛けた今、お互い疲れていて中々会話は始まらない。

 数分経ってようやく、クラピカは最初の一言を絞り出した。

 

「その……忙しいだろうにごめん」

 

 クラピカの目にはオレが多忙であると映ったようだ。いつもならそこまで忙しいわけではないのだが、今日は特別酷かった。

 オレは「全然へーき」とだけ返す。実際は今もクタクタだったが、体を休ませることでさっきよりは随分と回復したと思う。

 クラピカは人の様子を極端に気にするきらいがある。未だサイハテ村はクラピカにとって慣れ親しんだ環境というわけではない。

 オレは兄貴分として、同じ人間として、クラピカに遠慮をしてほしくないと考えていた。

 

「そういうクラピカの方こそ大丈夫なのか? 修行の途中だったんじゃないの?」

「午後は基本自主修行だから大丈夫」

 

 クロウさんも一日中クラピカを見てやるわけにはいかない。クロウさんが居ないその間、クラピカは自主的な修行を自身に課しているのだが、そんなときは村の中を走っているのをオレはよく目にしていた。

 頑張るものだ、とオレは内心呟く。

 

「この村でお世話になることになって、本当にコータローには感謝している」

「どうしたんだよ、急に」

 

「自暴自棄になりそうなときもあったけど、最近はクロウ師匠に修行を見てもらうようになって、ようやく周りのことが見えるようになってきた。

 そして思い出したんだ。そういえばコータローにいつも面倒をかけているのに、ちゃんと心からお礼を言ってないって」

 

「え……? いや、そんな気にしなくてもいいよ、本当に大したことはしてないし!」

 

 ……どうやらクラピカの用とは、オレへの感謝を伝えることだったらしい。何だかこう改まられると恥ずかしい。

 確かにオレはクラピカを特別気にかけてはいたが、そこまで手を焼いた記憶は無かった。

 クラピカは物覚えもよく、食べ物も好き嫌いはしない、子供なら一つや二つ言うであろう我がままも言われたことが無い。オレの今の見た目がクラピカと同い年程度だからなのかもしれないが、それでもクラピカは同年代のオレに不満の一つもこぼさなかった。

 だから「大したことはしていない」と言ったのだが、クラピカはその言葉に「そんなことはない」と首を振った。

 

「村の皆は今でもオレを、まるで腫れ物に触るような態度で接してくる……コータロー自身、オレについて気になることもあっただろうに、何も聞かず、修行のサポートをしてくれる。村にこんなに早く馴染めたのもコータローが居てこそだった……ずっと言おうと思っていたんだけど、今まで中々切っ掛けがなくてさ……感謝している、ありがとう」

 

 そう言って頭を深く下げたクラピカに思わず言葉を失った。

 はじめはクラピカも村の常識に慣れるのに苦労していた。住んでいる人種が異なれば文化も異なる。オレは何も知らないクラピカの前に橋を架けてやったに過ぎない。

 

「本当、特別なことはしてないよ。ただオレは、些細なことでクラピカの歩みを止めたくなかったし……夢を応援するのは当然だろ?」

 

「夢……? 夢……夢……」

 

「どうかしたのか……?」

 

 会って間もない頃なら気にも留めない変化だが、クラピカの纏う空気が一変したのをオレは察知した。

 先ほどまで穏やかだったクラピカの雰囲気が、徐々に不穏なものへと変化していく。

 おもむろにクラピカは立ち上がり、オレを振り返らず、じっと川の先を見つめた。

 

 ——何かクラピカの心の琴線に触れてしまったのだ。

 

 クラピカの見つめる先は川ではなく、きっといつもの、どこか遠い場所だ。

 重い空気の中、クラピカは口を開いた。

 

「夢なんかじゃない、これは使命だ。誰がなんと言おうと、これだけは譲れない、オレの……」

 

 クラピカの瞳はオレには見えない。しかしその後ろ姿と声色は真剣そのもので、剣のようなそのオーラに気圧された。

「……本気、なんだな」

 オレの言葉にクラピカはゆっくり頷いた。

 

 たった一つの言葉が、相手にどう受け取られるかは分からない。煽るつもりは無かったにしろ、クラピカにとって譲れない、大事な決意をオレは測りきれていなかった。

 

「……夢、なんて簡単な言葉で済ませて悪かった」

 

「いいや、そう受け取られるのも無理は無い」

 

「でも、クラピカは一人じゃないから。クラピカの使命を邪魔するやつもいれば、応援する奴だっている。少なくともオレはお前を応援するよ」

 

「ああ……コータロー、ありがとう」

 

 ゆっくりと、緊張した雰囲気が解けていく。

 

 ——どうやらクラピカの覚悟を、オレはきちんと理解してやれていなかったらしい。

 

 クラピカは落ち着いたようにほっと息を吐くと、急に殺気立ったことを詫び、静かに再びベンチに腰をおろした。オレの緊張も徐々に緩んでいく。

 どうやら完全に気を落ち着かせたようだった。代わりにクラピカはオレに気を遣うような口調で問いかける。

 

「その……前からコータローに聞きたいことがあった」

「なに?」

 

「言いづらかったら構わないんだけど、コータローはどうしてこの村に? 

 何か事情があったんだとは思うんだけど」

 

「あー……オレの事情か」

 

 ……クラピカに言ったところで分かるのか?

 

 これまでオレがクラピカの事情について聞いてこなかったからこそ、クラピカもオレに同じことを聞かなかったのだろうと思う。

 オレはクラピカに言われて自分の状況について考えた。

 

 ——この世界には“異世界”という概念があるのか?

 オレの世界にはそんな題材の作品がたくさん存在したから、特別苦労しなくても理解できる。

 ここに来たばかりのとき、クロウさんやシロちゃん、村の皆に説明するのはかなり苦労した。

 結果説明することは出来たのだけど、村の優しい皆ですらオレが来たばかりのときはどこか冷たかった。おそらく頭のおかしい奴とでも思ったのだろう。

 きっかけがあったのかどうかは分からないけれど、ある一定の時期を過ぎたら皆が慕ってくれるようになったが……。

 

 クラピカは? 村の外から来たクラピカなら分かってくれるかもしれないけれど、オレを嘘つき呼ばわりするだろうか……。

 

 ——信用していないわけじゃない。それでもクラピカに正直に話してしまうのは、まだ少し躊躇われた。

 

「ちょっと遠いところから来たんだ。でも事情があって帰れなくなってしまってな」

「そうだったのか……オレと同じだな」

 

 帰りたい? と聞いてくるクラピカの疑問に、オレは思った以上に戸惑った。

 

「……よく考えてなかった」

 

 心残りがあるかと聞かれれば、もちろんと頷く。

 しかしどうやって帰るかなんて、まるで見当がつかなかった。

 誰かに呼ばれたというわけでもない、元の世界で死んだわけでもない。ただ突然、ある日場面が変わるように異世界へと来てしまった。

 帰るヒントも何も無い。それでも——。

 

「まーでも悲観してはいない。オレは急にこの村にやって来てお世話になることになったけど、帰るときだって急かもしれない。それまで楽しもうって思ってるよ」

 

 村は狭いが退屈しない。頑張ったら頑張った分だけ結果が返ってくるし、現代では言われることが少なくなった、心からの感謝の言葉も貰えるようになった。これから村をどう発展させていこうかという野望に似た目標もある。温泉だって作りたい。だから悲しくはない。

 

 オレは明るく務めたが、クラピカの表情は冴えなかった。

 

「コータロー、オレはそう遠くない未来にこの村を出ると思う。そのとき、どうだろう? 一緒に来ないか?」

 

「え…………一緒にか?」

 

「すぐ答えは出さなくていいさ。でも、オレは外の世界に出て勉強して、幻影旅団の情報を集めつつ、各地で色々なものを見てみたい。最初は世界を見たくて集落を飛び出したんだ。

 ……もしコータローが何かを探したり、何かを手に入れたいと思ったのなら、悪い話ではないと思う」

 

 ——クラピカはオレに、自分に似た何かを感じたのだろうか。そうじゃないと、自分の決意にオレを加えようとは思わないだろう。

 

 突然現れた選択肢に自分が思っていた以上に戸惑ってしまった。

 外に出てみたいと思ったことは何度かある。でも、すぐにそうしようと行動する必要性はオレにはなかった。村に助けてもらった恩もある。

 

 でもいずれ、クラピカと一緒ならば、外の世界を見てみるのも悪くないかもしれない。

 

 今判断を下すには早すぎる。オレは「考えてみるよ」とだけ返事をし、ベンチから立ち上がった。

 

 

 

…………

 

 

 

 日は高く昇ったままだが、もう少しでサイハテ村は夕闇に包まれる。

 外灯整備が進んだ今日では日が沈んでも外は明るいのだが、暗くなる前に帰るという長年染み付いた生活のリズムが崩れる者はそう居なかった。

 オレとクラピカは今日の作業を終えることにし、現在二人で帰り道を歩いている。

 

 先ほどの微妙な空気を払拭する程度には会話が弾んでいた。

 

「はじめに橋が完成したときなんか大変だったよなぁ、村の皆も驚いていたけど、主にクラピカが!」

「もう忘れてくれ! ようやく村流の事業にも慣れたのだから……」

「ははっ、悪い悪い」

 

 はじめてドグウ君を見たクラピカの反応は、外から来た人ならではの反応だったな。村の人以上に騒ぎ立てるクラピカをオレは今でも思い出せる。

 クラピカははじまりこそあんな感じだったが、今はこの村の常識の数々を肯定し、この前なんて外灯のカンパを集め始めたドグウ君に「いつもお疲れさまです、ドグウ殿」なんて労いの言葉をかけていた。

 

 今日の夕飯はどうしよー、とクラピカと相談しつつ、橋に差し掛かったところだった。

 クラピカがいち早く異変に気がついた。

 

「コータロー、人が倒れているぞ!」

「へ……?」

 

 突然クラピカは橋の上へと駆け出した。

 遠くからクラピカが確かに人を抱き起こす様子が伺える。オレもようやく走りだし、倒れた人のもとへとたどり着いた。

 慌てるクラピカとは対称的に、オレにとって人が倒れているのを発見するのは2回目の出来事だったので、生きてると分かればそれほど慌てることもなかった。

 

「大丈夫ですかー?」

「うぅっ……」

 

 近くで見るとその人は、現代では中々見ない変わった髪型をしているが、よくみれば中々の美少女だった。歳は10代後半くらいだろうか。

 ボリュームのある髪を5つに分けて縛り、色も異世界ならではの奇抜な色。真っ白な腕や足はかなり露出しており、小さな切り傷をいくつか負っている。腰にはサバイバルナイフ。背負っているリュックサックもサバイバルに適したような形をしており、森を探検していたところ、村に迷い込んでしまったのだろうか。

 オレは彼女に見蕩れる以前に、正直森をなめてるとしか思えなかった。こんな格好をしているから倒れる羽目になる。

 ——年中Tシャツ短パン姿のオレがとやかく言えないけど。

 慌てるクラピカを他所に、オレは落ち着き払って彼女を揺り動かした。

 

「大丈夫ですかーこんなところで倒れていたら風邪引きますよー」

「……か……た」

「ん?」

 

 女性の口元に耳を寄せた。

 

「お腹……減った……」

 

 

 

…………

 

 

 

 家へと帰り、行き倒れていた彼女をリビングのソファに寝かせると、オレは彼女の世話をクラピカにまかせ、自分は少し早いが夕食の準備に取りかかることにした。

 今朝使ったスズキの塩焼きをアレンジして魚介のスープをメインに。村の畑で穫れた野菜でサラダを簡単に作り、ライ麦パンをこんがりと焼いた。

 朝食とあまり代わり映えのしない出来となったが、僅かな時間で完成させたにしては中々の出来だと思われる。

 ……調理時間、僅か15分。

 

「大丈夫なのかね……」

 

 彼女が獣人の皆を狙う人間の類いだったらどうしよう。

 話には聞いているし、そういった懸念ももちろんあった。

 しかし助けたクラピカは良い奴だったし、彼女もきっと悪い奴ではないだろう。多分。

 一応サバイバルナイフは隠させてもらったが……。

 クロウさんは遅くまで戻らない。彼女が起きたとき、どうやって対応しようか。

 オレが人知れず頭を悩ませていると、リビングの方からクラピカの声が聞こえてきた。

 

「コータロー、彼女の目が覚めたようだ」

 

「わかったー! 丁度飯も出来たから、クラピカも手伝ってくれー!」

 

 話は飯を食べてさせてからだ。

 オレは夕食の乗ったお盆を持ち、リビングへと急いだ。


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