究極の安穏生活   作:もも肉

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非常に、大変に、お待たせしておりました!


第8話

 リビングに戻ると気を失っていた彼女は身を起こし、ぼんやりとした目つきで鼻をすんすんと利かせていた。屋内に移動していることを不思議に思っているのか、家の中をきょろきょろ見渡している。

 すぐにオレは声をかけようと彼女の方向に足を進めたが、クラピカにやんわりと制された。クラピカの目が警戒を怠ってはいけないと言っている。

 オレとクラピカは意識が覚醒してきたらしい彼女の様子を伺いつつ、持っていたお盆を胸に構えた。

 

「あれ? あたし、確か……獣人の村に来たはず……? って……子供?」

 

 彼女はようやくオレたちの存在に気がついたようだ。一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、「どういうこと?」と眉根を寄せる。

 オレたちの存在は余計に彼女を混乱させたらしく、うーんと唸ったり視線があちこちに飛んだりと忙しない。

 感覚だとしか言い表せないが、何となく彼女は悪い人ではない気がした。

 年齢も本来のオレよりはいくつか下に見えるし、美少女だし、そんな子が村をどうこうしにきたとは考えがたい。クラピカも、村に入れたのならある程度の安全は証明されている、とかなんとか言っていた。

 オレはクラピカと目線を交わすと、警戒を緩めて構えていた盆を下し、彼女に初めて話しかけた。

 

「ここは迷いの森の中にあるサイハテ村だよ。獣人が住む村だけど、オレたち人間もここでお世話になってる」

「そう、なのね……やっぱりここは獣人の村だったのか——ってことは、君たちがあたしを助けてくれたの?」

「助けた、と言ってもオレは君に料理を用意しただけだよ。家に運んだのはこっちのクラピカ」

 

 彼女は初めてクラピカに視線をやった。

 発見したのもここに運び入れたのもクラピカだ。オレはただ見てただけ。手伝おうとも思ったが無理だった。

 彼女の体重が重かったからではなく、今日はどうも昼以降、力が入らない。

 十中八九タヌヨシさんの所為だが……本人に抗議したところで、どうせ有耶無耶にされるだけだろう。……何だかオレはアレを続けるとまずい気がしている。ここはひとつ、近いうちにクロウさんに相談してみるか。

 機嫌が良さそうに笑顔を浮かべる彼女は、やっぱり悪人には見えなかった。

 

「助けてくれてありがとう。あたしはメンチ」

「メンチ?」

「私はクラピカだ。メンチさん、礼には及ばないよ」

「お、オレはコータロー」

 

 彼女はメンチという名前らしい。一瞬その美味しそうな名前とクラピカのよそ行きの言葉遣いに戸惑ったが、クラピカに続いてオレも名乗った。

 メンチは不思議そうにオレの顔とクラピカの顔を交互に見比べる。そして頭を傾げた。

 ……おおよそ考えていることはわかる。

 

「兄弟、ではないのよね?」

「まぁね。明らかにクオリティが違うだろ」

「そうよね……」

 

 何でメンチがオレに対して残念そうな表情を浮かべるのか。そこはやんわりとフォローしてほしかった。そんなことはないわよ、って。

「お家には君たち二人だけなの? お父さんお母さんは?」

 というメンチの疑問に、ぼんやり考え込んでいたオレに代わってクラピカが説明をした。

 

「現在同居人は不在ですが、私とコータローは家主の獣人の部屋を借りて生活してます。両親は……」

 

「そう、なのね。ごめんね……悪いことを聞いたわ」

 

 はっと息をのんで急にしおらしくなるメンチ。何を考えているのか、メンチは表情だけで非常に分かりやすかった。何やら勝手に思い込みをしてるようだ。

 変な空気になりつつあったので、オレは「別に」とだけ返して話を流してしまうことにした。

 

「それより、メンチはお腹が減ってるんだろ? 飯にしようぜ」

 

 メンチはどうして分かったの? と驚いたが、どうやら橋での言葉は無意識下の台詞だったようだ。相当空腹が続いていたとみた。それを証明するように、くるると控えめにメンチのお腹が鳴る音が聞こえてきて、行き倒れても恥じらいはあるようで、メンチの頬が赤く色づく。

 メンチはやっぱり分かりやすい性格のようだ。

 

 

 

…………

 

 

 

「獣人の人たちは普段こういった食生活を送っているのねー!」

 

 オレたちが食卓に着くと、メンチは先ほどから抱えていたもやもやとした疑問を全て忘れたようだった。興味津々といった様子でオレの用意した料理を見つめている。オレに断りを入れてカメラで写真も撮り始めた。普通の料理だと思うのだが、食に関心があるのだろうか。

 時々ぶつぶつと「誰にも見せませんから」やら「悪い影響は与えませんから」などと呟いており、この光景は酷く不気味だった。

 クラピカもオレと同じことを思ったらしい、そっと耳打ちしてきた。

 

「コータロー、彼女は本当にまともな人間なのか……?」

「おそらく、大丈夫だと思ったんだがな。きっとメンチも獣人の生活に興味があるだけさ……!」

 

 ……早くも彼女の安全性に疑問符が付きそうだ。

 

「獣人の皆だって人間と同じ食生活だよ……肉だって野菜だって普通に食べるし」

「へぇ〜! 初めて知ったわ!」

 

 獣人の皆って世間一般的にほぼ謎に包まれているそうだし、この反応はあって当然なんだ。きっと。そうだよ。……そう思い込むことにする。

 

「急いで作ったからそこまで手は込んでないけど、味は保証するよ」

「大丈夫、すごく美味しそうよ!」

 

 メンチは空腹を忘れ暫く料理を眺めると、ようやく手を合わせ、スズキのスープからスプーンをのばした。

 オレとクラピカもメンチに続き、早めの夕食を食べ始める。

 まずはスープから。ふっくらとしたスズキの身がスープの中でほろほろと解け、シンプルなスープの味に深みを出している。多少塩気が利いているが、口に含んでそのままライ麦パンを食べることで魚介の旨みがさらに引き立つ。パンとの相性は中々良い。

 この組み合わせにクラピカも満足した様子だった。

 

「コータロー、今朝の魚をスープにするという発想は中々のものだな」

「だろ? 正直こいつには飽きてたけど、アレンジ次第ではまだまだ捨てたもんじゃないよな」

 

 褒められて悪い気はしない。オレの料理の腕はクロウさんに比べると劣ってしまうが、最近では応用も出来るようになってきたから、料理を作ることに楽しみを覚えている。今度はスズキのあんかけなんてどうだろう。

 オレは新たなスズキ料理を考えていたが、そこでようやくメンチの異変に気がついた。

 

 メンチは先ほどの興奮は何処へ行ったのか、無表情でスープの中身をじっと見つめていた。お腹を減らしていた筈なのだが、食欲を差し置いてまで気になることがあるというのだろうか。心なしか顔色が悪い。

 

「……ねぇ、コータロー君。この魚は何ていう魚かしら?」

「あぁ、それは……スズキ、だけど?」

 

 語尾には「たぶん」がつく。何かまずかっただろうか。

 ゲームでもおなじみの魚なスズキ。現実ではゲームと違って魚影なんて見えないから、釣りをすると8割これを釣り上げてしまう。珍しくもない魚な一方、食材としては非常に優秀な魚だ。

 メンチは考え込むように眉根を寄せて尚もスープの魚を観察している。

 スズキの皮は剥がずに入れてしまったのだが、もしかしたらメンチは魚の皮を食べない派の人だったのかもしれない。

 

「あー……口に合わなかったか?」

「ううん、とても美味しいんだけど……少なくともこの味、スズキじゃないわよ。それにこの鱗の模様……確か前に図鑑で……」

 

 頭を悩ませるメンチ。オレとクラピカは顔を見合わせた。どうやらスズキ(仮)の正体が気になるそうだ。しかし日常的に食べている魚に今更疑問が浮かんでも困る。

 

「そんなに気にしなくてもいいじゃん。食えれば」

 

 そんなオレの何気ない一言が切っ掛けだった。

 突如メンチがガタンと立ち上がり、唇をわなわなと震わせオレたちを見下ろした。オレとクラピカはメンチの突然の豹変に驚愕し、食事の手を止めてメンチに注目した。

 

「気にしないなんて無理よ! 私、食には命かけてるんだから! 気になって仕方ないの!」

「お、おう……そうなのか」

「料理を提供するなら魚の名称くらい知っているべきよ! そうよね!? 美味しいけど!」

 

 メンチはそう言いきるとはっとして、「食事中に悪いわね」と一応謝り、ゆっくりと椅子に腰掛け食事を再開した。落ち着きを取り戻したようだった。

 メンチの言葉と気迫にはぐうの音も出ないし呆気にとられた。

 スズキ(仮)の正式名称は分からないままだが、それでもメンチは気に入ってくれたようで、きちんとスープを完食してくれた。

 どうやらメンチは食に相当のこだわりがあると判明した。

 オレはメンチの性質が一つ明らかになったな、程度の認識だったのだが、ここで今度はクラピカから疑問の声が上がる。

 

「しかしメンチさん、先ほどはあなたの空腹解消が急がれるから黙っていたが、あなたは一体何の目的でこの村に来たんだ? 食に命をかけている、という言葉から、何かの食材が目当てでは?」

 

 確かにこの食に対するこだわりといい、クラピカの予想は当たっているような気がした。実際メンチもクラピカの言葉にぴくりと反応を示した。

 

「そういえばまだ話していなかったわね。実は、この森にはある鳥を求めて来たの」

「鳥? なんでまた……」

「もちろん食べるためよ」

 

 ですよねー。

 期待を裏切らないメンチの言葉に「ははは」と乾いた声がこぼれた。尚もメンチは語る。

 

「この森にしか生息しない幻の鳥、短銃燕(ピストルスワロウ)

「ピストルスワロウ?」

 

 ……メンチの来村理由を、とうとうオレたちは知ることとなった。メンチの話は短銃燕の説明をし、一方で、その話の8割がたは森でどんな目に遭ってきたかを語るものだった。

 短銃燕が絶滅種と世間では認識されていること、メンチが森にて壮絶な経験を経て行き倒れてしまったことは分かった。そんな危険な鳥が森にいたということも驚きだったが……。

 しかし結局のところ、メンチの話を要約すると――

 

「つまりメンチって密猟者かよ……」

 

 この感想に尽きる。

 メンチはこれに顔を真っ赤にして憤った。

 

「みっ、密猟なんてとんでもないわよ! 狩猟禁止の連絡は来てないし!」

「いや、でも限りなく黒だろ……絶滅種を食べようとしてる時点で」

「報告には“群れ”ってあったから! それにあたしだって森に狩猟を許されたし!」

「森に許された、とか随分とスピリチュアルなことを言うんだな。そんな許可がおりたこと、オレたちは確認しようがないじゃん」

「ここにあたしが生きて存在することそのものが証明になるでしょ!」

「え、なんで」

「は? 逆になんで」

 

 つまり、あたしは森を生きて出られたから、きっと森が許したのよ。そう言いたいのか? うん……訳が分からん。

 しかしこれではっきりした。メンチが所有していたサバイバルナイフは鳥を狩るための物だったらしい。危険だからと隠していたが、後で忘れないうちに返しておこう。

 ……それにしてもオレはメンチの口ぶりがやけに気になった。密猟を正当化するにしても、森に許されたはあんまりだろう。けれど嘘を言っているような表情でもない。

 オレはうーんと頭を捻ったが、一連の様子を見ていたクラピカが、呆れた、とため息を吐いた。

 

「二人とも落ち着け。確かに森の外ではまだ狩猟が認可されているかもしれない。しかし、メンチさんが獣人たちのテリトリーで狩りを行う以上、獣人に一度断っておくのが道理じゃないのか」

 

 鶴の一声。混乱していた場の空気ががらりと変わった。メンチもたじろいで「こ、子供なのに的を射たこと言うじゃない……確かにそうね」とクラピカの正論を認める。

 

「許可がおりるかは微妙なところだが、例え森が狩猟を許したとしても、獣人たちが駄目と言えば、残念だがあなたは今回の狩猟を諦めるべきだろう——本当の密猟者になってしまうからな」

 

 この言葉は衝撃的だったようで、メンチはピシリと固まった。

 “狩猟を諦める”“密猟者”この言葉が決定的だったようだ。密猟者になりたくないメンチは、狩猟を諦める可能性の方が高いことを悟ったのだろう。密猟は許されないことだという認識はあるらしい。

 

「だって、村があるなんて知らなかったんだもん……」

 

 すっかりメンチは肩を落としてしまった。その姿は「ずーん」という効果音が相応しい。危険を冒してまでわざわざ森を越えて来たのに、手ぶらで帰るかもしれなくなったんだ。……そう思うとオレはなんだか可哀想になってきた。

 ここは助け舟を出してやろう。

 

「まぁそう悲観するなよ。オレも一緒に村の上役に交渉してあげるからさ」

「コータロー君……」

「そんなに厳しい人じゃないし、群れなら1羽くらい許してくれるだろ」

「……そう、かもね」

 

 短銃燕なるものが村にとってどんな存在かによって、オレも本当に許しを貰えるかは分からない。けれどメンチにとっては希望の光足りえたようで、徐々に明るさを取り戻していった。

 

「あなたたち二人がいてくれて良かったわ——ありがとね」

「百パー大丈夫って言えないけど」

「構わないわ! さて、そうと決まれば、なるべく早めに村長に会いたいのだけど!」

 

 メンチは元気よく立ち上がる。しかし何の反応も返さないオレたちを疑問に思いメンチは首を傾げた。

 

「どうしたのよ?」

「あー……村長はオレです」

「……ちょっと意味が分からない」


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