プロローグ 天より降り来るモノ
東京。
嘗て隆盛を極めた極東国家に存在する一都市。
人口一千万を越す怪物都市の一角で彼らは奇跡を目撃していた。
東京において最も自然を有する地域、奥多摩。
広大な山林や古びた私道、林道、あるいは民家、川、草原、そんな場所の至るところで彼らは空を見上げながら世界最後の日と目されたX-DAYを過ごしていた。
巨大隕石激突なんて映画で使い古されたネタではあった。
しかし、彼らにとって生存不可能という政府広報も十分実感の湧かない冗談だった。
それでも世界各国のマスコミは相変わらず祈る以外にもはや手は無いと言う話を垂れ流していたし、最後の日を家族と過ごそうと大勢の政治家や企業役員、あらゆる業種職種の重役達も家に帰っていた。
世界のリーダー達の帰宅風景が映画さながらに世界中の至る場所で見られ、人々に滅亡を実感させた。
世界中の核弾頭を一斉発射する案や絶対境界線上に宇宙用の核機雷を敷設するなんて方法も国連主体で進められ、全世界の核弾頭三分の一以上が宇宙に上げられていたが、それでも状況は絶望的だった。
地球に隕石が当たれば何処に逃げようと惑星そのものが崩壊する。
そう言われた隕石。
通称【黒い隕石】(ブラックメテオ)
その正体は最新の観測技術によって暴かれた。
地球には存在しない分子組成を持っていて極端な耐熱性を有する半径五キロの巨大隕石。
そんな話が新聞に載れば、誰もが人類滅亡というお祭り騒ぎを静かに鑑賞しようという諦観しか持ち合わせていなかったのは当然の帰結だろう。
諸外国では暴動・略奪・犯罪件数が鰻上りとなり、国家の破綻や経済の破綻が起きていたが、日本の混乱は極めて軽微なものだと新聞は人々の冷静さを伝えていた。
「後・・・もう少し・・・」
草原でノートパソコンを開く若者を中心に人の輪が出来ている。
リアルタイムでカウントダウンされる人類滅亡、隕石衝突時刻を黄昏時の空と交互に見つめていた人々は、ジャスト一分を切って、家族や恋人と抱き合った。
午後七時三分。
カウンターゼロ。
大質量隕石の衝突。
地殻が捲れ上がり、惑星が歪み、一瞬の内に人々は熱波で蒸発する、はずだった。
【・・・・・・】
長い沈黙と死んでいるかもしれない恐怖と安堵とも着かない胸の高鳴りを彼らは奇妙に思い空を見上げる。
夏も近い暮れ掛けた空には雲一つ無く、太陽は未だ穏やかな光で人々を包んでいた。
――――助かったんだ。
誰かの言葉だった。
助かったんだ。
続く言葉を紡ぐ者がいた。
彼らの間に大きな声が上がり始める。
世界は滅んでいない。
地球は滅んでいない。
喜びの声が山林を振るわせんばかりに巨大化し風に乗って渡っていく。
「どうして・・・・・・」
ノートパソコンを持っていた青年はネット上に応えを求めようとして、メールが届いた事に気づく。
「こんな時に人妻もOLもお断りだ。くそったれ」
ダイレクトメールの節操の無さで生きている事を実感してしまった自分に苦笑して、青年はメールを開いた。
「GIO? 何処の会社だ」
メールの添付ファイルを開くと大きな垂れ幕に【祝。人類生存おめでとう。我が社の商品を特定区域の方々にプレゼント致します】の文字。
小さな捕捉項目を呼んで「ああ」と青年は納得する。
特定区域のGPS位置情報を送信する事によってゲーム内でのクーポンやら特典やらを受け取る事が出来るジオゲームと呼ばれる種類のネトゲが最近流行している。
様々な会社が特定のイベントを行う際に様々なネトゲとコラボして特定時間、特定区域の位置情報にクーポンや特典を設置してもらう事も多々ある。
近頃ではそういう客寄せ効果を期待してか、ゲーム会社だけではなく普通の会社もサイトで位置情報特典契約という項目を設けている。
イベント加者が位置情報を送れば特典として何か送られてくる。
そういう話だ。
「それにしてもこんな時に回線込み合ってるはずだろ?」
半ば呆れながら商魂逞しい会社に脱帽しつつ青年はパソコンを閉じる。
青年が伸びをして当たりを見回すと誰も彼もが喜びを互いに分かち合いつつ平静を取り戻し始めていた。
ピロリン。
青年の後方にいた少年が手に持っていたケータイに着信が入る。
ポロン。
青年の前方にいた老人の手にあったスマホにも着信だった。
家族と連絡を取り合った者、電話を終えた者、メールを送り終えた者。
誰のケータイにも着信音が響き始める。
青年はひょいっと後ろにいた少年のケータイを横から覗き込んだ。
そこにはやはり【GIO】という会社名があった。
世界が滅びなかった日、GPS機能を搭載する情報端末約四億台にそのメールが届いた。
新たな世界に響く着信が誰の目にも奇異に映っていた。
続きます。