GIOGAME   作:Anacletus

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この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。


第十六話 齟齬

第十六話 齟齬

 

羽田了子にとって歩き続ける事はネタを拾い続ける事に等しい。

 

誰も知らない秘境だろうが銃弾飛び交う抗争のど真ん中だろうが何処までも歩き続けネタを拾い続けてきた事、了子とって誇れる事と言ったらそれしかない。

 

「はぁはぁ・・・やっと、着いた・・・」

 

息を切らしながら了子が小さな街を見つめる。

 

山間にある人口数万の寂れた街。

 

都会からのアクセスは日にバスが二本と隣街から通っている私鉄が一本。

 

本来なら電車かバスで行けるはずの街に了子は取材の為、愛車で来ていた。

 

しかし、愛車が突然のエンスト。

 

更に業者を呼んだら「あ~~これは一度徹底的に直さないとダメですね。って言うかどんな乗り方したんです?」との褒め言葉。

 

街から幾分離れた場所を取材中だった了子は取材資金の節約の為にもと涙を飲んで歩く事にした。

 

それから一時間。

 

アップダウンの激しい一本道を歩き続けた末に良子はその街に辿り着いていた。

 

(これで少しはあの男の事も・・・)

 

下り坂を降りる了子は手帳の中央、外字久重の名を睨みつけながらパラパラと新しい手帳に書き込まれた情報を頭の中で整理した。

 

外字久重。

 

20××年5月4日生まれ。

 

現在二十四歳。

 

來邦大学大学院一年生。

 

両親なし。

 

災害孤児。

 

アパート「栄和」在住。

 

出生地に関する情報皆無。

 

ネット上での検索ヒット皆無。

 

電子媒体上の情報ほぼ皆無。

 

大学の紙媒体の完全閲覧不可により基本情報皆無。

 

何らかの意図的な情報封鎖が行われている可能性大。

 

唯一の友人である永橋風御に情報提供を求めるものの話す事なんてもう無いと素気無く断られる。

 

ただ、唯一「あの街」に言ってみればいいとの証言を得ての現地取材だった。

 

「遊ばれてる?」

 

整理したら何やら理不尽な答えが脳裏に浮かび上がり、ブルブルと了子は頭を振った。

 

(と、とりあえず収穫はあったんだから!?)

 

街の最南端に位置する小学校。

 

そこで了子は外字久重の情報を手に入れる事に成功していた。

 

(その当時の先生が一人だけ残ってて生徒を覚えてたなんて、まったく僥倖だったわ)

 

今年で定年を迎えるという女性教師はニコニコしながら了子に久重の事を語った。

 

曰く、外字久重は神童だった。

 

曰く、それを隠していた。

 

曰く、あの子ならきっとどんな職業にでも就けるだろう。

 

(相当に頭が良いってのは確定みたいだけど、どうしてそれを隠す必要があったのか?)

 

街に近づきながら良子が疑問を呈する。

 

(大学に当たってみたけど友人はいなかったし、成績も普通みたいだった。けれど、あの研究室の人間でもないのに招かれて研究に従事してたって事はそういう知識があったって事よね? なら、並みの秀才なわけがない)

 

冶金学博士スティーブ・ライオネル・ジュニア。

 

外字久重が大学在学中に入り浸っていた研究室の長。

 

その功績は調べれば立派以外の言葉が出ない。

 

新合金の開発やその関連の加工技術特許の数は業界関係者の中でもダントツ。

 

現在は過去の観測情報を元に【黒い隕石】の組成を再構成する研究を行っている。

 

産業スパイが横行する昨今、そんな重要な研究をしている研究室に部外者である人間を招き入れるだけでも十分におかしい。

 

それが同じ分野や学部の生徒ならともかく、別の学部に通っている別分野の生徒であるなら尚更に。

 

外字久重はたぶん天才の域にいる。

 

大学卒業後も大学院に残り、校舎で度々目撃されている事からも、研究室へずっと通い続けていたに違いないと了子は推察した。

 

「まずは生家を調べないとね」

 

了子は田が広がる街の端で一端止まる。

 

「待ってなさい。外字久重」

 

意気揚々と新たなネタを求めて了子は歩き出した。

 

 

パーカー姿の少年メリッサにとって仕事=退屈という図式は随分前から出来た代物だった。

 

主に人殺しと雑用を押し付けられる立場の人間であるメリッサにとって上司の有能無能は己の置かれる環境を左右する重要なファクターとして見逃せないものとなっている。

 

同僚であり同時に自分の管理者でもあるターポーリンという存在を上司にしてからというもの、メリッサの周辺環境は劇的に変わった。

 

まずは仕事の質が上がった事を筆頭に多くの点でメリッサ自身に利するような特典が付くようになった。

 

例えば、一仕事を終えると定期的に自由時間が設けられるようになり、規則なども緩められた。

 

おかげでメリッサは日本で仕事をする度に幾分かの休日を得られるようになっていた。

 

別に趣味も無いメリッサにとって休日とは多くの場合、自分の次の仕事や自分の周辺に関する情報を集め、己を鍛える時間であり、自身の肉体や能力に対する見識を深める時間でもある。

 

【連中】から管理される立場にあるメリッサにとって科学技術全般の知識はそういった管理からの離脱や逸脱を行う為のカードの一つであり、決して学習や情報収集は疎かに出来ない。

 

そんな日々を送っていたメリッサに長期休暇という名のお使いが頼まれたのは監視任務の引継ぎ後だった。

 

「先輩も人使い荒いよなぁ・・・」

 

情報隠蔽と経費節約の名目で殆どの乗り物や交通機関を使わず足だけで移動する事を余儀無くされているメリッサはトボトボと山道を歩く。

 

暮れ掛けた山間に差し込む夕焼けが妙に赤かった。

 

「・・・・・・」

 

メリッサは幾つかのお使い内容の内を反芻する。

 

外字久重の身辺調査。

 

情報操作や隠蔽を常とするメリッサ達にとって外字久重という存在は久しぶりに現れた謎の人物だった。

 

表面上の軽い情報は幾らでも手に入ったが、特定の情報が如何にも何かありますよと言わんばかりに電子媒体上から削除されていた。

 

電子情報で解らない事など無いと言われている時代に地道に足で情報を稼ぐしかないという馬鹿げた状況は殆どメリッサ達にとって悲劇だった。

 

無駄な行動は情報として残る。

 

それを承知で情報を足で追う。

 

現代ではありえないようなアナログ極まる方法で正体を探る。

 

その煩雑さに探偵でもあるまいし、とメリッサは内心で愚痴った。

 

日本という国の地形は森林が多く起伏が激しい。

 

更に言えば、道路には多くの場合カメラが設置されていたりする。

 

無用な情報を残さない為だと山道をわざわざルート指定する辺り、本当に極秘なお使いなのだろうとメリッサは感じていた。

 

「あーテンションが・・・・」

 

歩く内に落ち込む気持ちにメリッサは頭の中を空っぽにする。

 

何とか山道を抜け、山にありがちな畑と私道を抜け、誰も通らないような獣道を抜け、ようやく目的の街に付いた時、メリッサは空っぽの頭を殴られたような気分で空を見上げた。

 

「・・・・・・先輩。まさか、何か知ってたんですか?」

 

今までメリッサが歩いている最中にまったく気付かなかった空の異常。

 

小さな山間の街。

 

その上空に巨大な黒い岩塊が制止していた。

 

それが何であるか知識上は常識として知っているメリッサだったが、そんなものが日本の田舎街の上に鎮座している等という情報はどんなに事前情報を漁っても出てこない。

 

【黒い隕石】(ブラックメテオ)

 

人類を滅ぼしかけた原因。

 

何故か、そんな馬鹿げた映画にしか出てこない滅亡が街の上で鎮座している。

 

背筋に伝う冷たい何かを押さえ込み、メリッサはもう傍にいない少女の名をポツリと呟いた。

 

「ソラ・・・」

 

己を奮い立たて再びメリッサは思考を再開する。

 

(【連中】はこの事を知ったのか? いや、それなら僕がここまで辿り着くなんて在り得ない。くそ・・・情報が足りない)

 

自分や自分を操っている【連中】こそ世界を裏から動かしている陰謀論者達の敵だと思っていたメリッサにとって、その光景は自分達すら誰かの掌上に踊らされているのだろうかという疑問を抱かせた。

 

言い知れぬ不安を抱えながら、その異常な街へと降りようと震えそうな足をメリッサは踏み出した。

 

 

外字家の朝は早い。

 

否、早くならざるを得ないと言うべきかもしれない。

 

十畳一間の主である外字久重の朝はまず超人的な勘によって何かされるより先に起きる事から始まる。

 

近頃、朝からやってくるセレブ女子高生と同居中の謎美少女が微妙な視線を交わしあいながら、微笑み会っていたりするので油断できない。

 

油断すると部屋の空気がいつの間にか戦場のような雰囲気にガラリと変わっていたりするのだから・・・しょうがない。

 

朝から食事を作りたがる同居人が女子高生にニコニコしながら教えを受け、ふふふふと笑い合いながら朝食を分業で作っている姿は竜虎を想起させて見ていられない。

 

胃への負担からか。

 

連日の背筋に冷や汗を禁じえない光景を見ていたからか。

 

そういう朝はそそくさその場を後にしてトイレで着替え、サクッと軽いノリで朝の挨拶をするのが吉であると久重のブレインは冷静な判断を下せるようになった。

 

「ひさしげ様。どうぞ」

 

ご飯のお代わりをニコニコしながら盛ってくるのは亜麻色の『縦ロール』(チョココロネ)を持つセレブ女子高生、朱憐だった。

 

久重は無言で頷いて盛られた白米を口に運ぶ。

 

「はい。ひさしげ」

 

鮭の切り身を口に運ぼうとして視線を彷徨わせた久重に金色の少女ソラがニコニコしながら醤油を差し出した。

 

やはり久重は無言で頷いて醤油を受け取る。

 

「ソラさん。その切り身にはもう塩が掛かっていますわ。ひさしげ様のお体を考えたらお醤油は要りません」

 

キッパリと言い切って醤油瓶を遠ざけようと久重の手からひょいと取り上げた朱憐の手をガシリとソラの手が掴む。

 

「ひさしげはちょっとしょっぱいのが好きだから別にいいと思う」

 

ニコニコしながらソラが反論するとギシリと醤油瓶が軋む音がした。

 

「ソラさん。日本にはこんな諺がありますわ。過ぎたるは及ばざるが如し。調度いい塩加減こそが人間にも求められているのです。ひさしげ様も自重くださいませ」

 

ニコニコと瓶を手放す事もなく朱憐の指に血管が浮く。

 

「ひさしげ。必要ないわ。人間は好きなものを食べるのが一番健康だもの」

 

「同じものを食べ続けるのは偏食ですわ。ソラさん」

 

ミシ、ミシッ、と少しずつ何やら不吉な音がし始める瓶に久重が口を挟むのも恐ろしく視線を逸らした。

 

「ひさしげ様?」

 

「ひさしげ?」

 

二人が同時に久重に意見を求めようとした時だった。

 

玄関がバタンと開いた。

 

ビクリと驚いた二人の手から何故か醤油瓶が飛んだ。

 

どれだけ力を入れていたのか。

 

瓶は弧を描いて玄関の開け放たれたど真ん中にストライク。

 

ガツンという非常に硬い音がして、瓶が地面に落ちて割れる。

 

飛び散った醤油に下半身を汚されて、ドアを開けた主の頭からブチリと何かが切れる音がした。

 

久重の目に飛び込んできたのは・・・人形のように無表情な戦略兵器搭載型少女シャフが底冷えするような笑みを浮かべるというシーンだった。

 

十分後。

 

必至なソラと久重が謝り倒し事なきを得た一室で三人の少女が微妙な間を持って対峙していた。

 

「それで、その・・・こちらの方はソラさんのお友達ですか?」

 

「う、うん。そうなの。ね? シャフ」

 

慌てたソラが言い訳気味に笑って肘でシャフを急かした。

 

「・・・ええ」

 

微妙な間を置いてシャフが答え、非難の視線をソラに向ける。

 

「それでその・・・シャフさん、でいいですか?」

 

「ええ」

 

「シャフさんとひさしげ様はどういうご関係ですか?」

 

「関係・・・殺(や)るか殺(や)られるか?」

 

「や、犯(や)るか犯(や)られるか!?」

 

「な、何かシュレン絶対間違ってる気がする」

 

「そろそろ学校じゃないのか?」

 

「え? あ、もうこんな時間!?」

 

慌てた朱憐は身支度を軽く整えてからシャフに笑いかけた。

 

「シャフさん。これからもソラさんと仲良くしてあげてください。今度来る時にはお菓子を用意しておきますわ」

 

ペコリと頭を下げてから朱憐が玄関を出る。

 

妙な沈黙がその場を支配し、いたたまれずに久重が台所に食器を持っていく。

 

「・・・外字久重。大学院生の傍ら借金返済の為にアズトゥーアズと呼ばれる日本屈指のフィクサーに仕える男。大まかな表側の情報はあるものの電子媒体上での個人情報は皆無。現在調査中」

 

背後からの言葉に振り返った久重はシャフにジッと見つめられていた。

 

「よく調べたな」

 

「別に自分で調べたわけじゃないわよ。それに」

 

「それに?」

 

シャフが半眼になる。

 

「【連中】に調べられない人間なんて例外中の例外だわ。それこそ紙や電子媒体上でも情報が殆ど載ってないって事になる。買い物をするだけで殆どの人間は情報が追跡できて中身まで丸裸にできる時代だってのにアンタは買い物の中身から上辺の情報しか探れなかった。【連中】が推測出来たのはアンタがボットみたいに特定のパターンに沿った買い物しかしてないって事。それこそアンタは電子媒体上でプログラムでも走らせただけなんじゃないかってくらいパターンに入ってる」

 

「オレは正真正銘ただの人間だが?」

 

「でも、本当の買い物は電子情報が残らないようにされてる。この部屋の中に存在するもので見える限り十一個、電子情報上は買われた痕跡が無い」

 

「よく解るな」

 

感心する久重に呆れた様子でシャフが溜息を吐く。

 

「更に言えばアンタの身辺事情は複雑過ぎるわね。大物フィクサーに大財閥を牛耳る名家のご令嬢。ノーベル賞ものの冶金学博士に元【ADET】の関係者。極めつけにSFなナノマシンを持った美少女。ふざけてるわ」

 

「お前がソラをどう思ってのかは解った」

 

「皮肉よ!? 解るでしょ!?」

 

「ああ、はいはい。ツンデレ乙」

 

サラッと久重が適当に流す。

 

「何その態度!! アタシにそんな態度でいいと思ってるわけッ!?」

 

喚いたシャフに久重がやれやれと肩を竦めた。

 

「それで今日は朝から何しに来たんだ?」

 

久重を睨み続けていたシャフだったが、不満げに息を吐いて、冷静さを取り戻す。

 

「アタシの任務はアンタ達の監視よ。アンタ達の情報を得て上に報告する義務があるわ。アタシが選ばれた理由はアンタ達が手を出せないから。つまり、アンタ達の傍で堂々と監視しないわけないじゃない」

 

「「・・・・・・」」

 

久重とソラが同時に沈黙する。

 

「な、何よ・・・」

 

「暇、なのか?」

 

「何でよ!?」

 

真顔で聞いてくる久重にシャフがちゃぶ台をひっくり返しそうな勢いで立ち上がって拳を握る。

 

「いや、昨日ソラとお前の事を話してたらお前が目の前に現れる理由なんて殆ど無いって聞かされたからな」

 

ギロリとシャフがソラを振り向いて睨む。

 

ソラがそ知らぬ顔でそっぽを向いた。

 

「ソラの話だとそもそもお前があんな風に現れずに監視されても得られる情報は今と殆ど同じだろうって事だったんだが、違うのか?」

 

シャフの眼力に負けたようにソラが見つめ返した。

 

「久重と私を監視してるのはたぶん【連中】がこちらの現在位置を常に把握する為。本当なら最初から手を出せない人間が監視を行うって何かの方法で警告してから監視を受け入れろって言うだけでいい。遠くから監視されてた時に生活圏内の移動ルートはバレてる。ある程度の距離を保って見てるだけで十分な任務のはずだから、わざわざ姿を現して警告する意味なんて無い」

 

「ふん。何て言うかと思えば。そんなのアンタを追い詰める為に決まってるじゃない。アンタは仲間を捨てて裏切ったのよ。一人で逃げて【連中】から自由になった・・・」

 

シャフの言葉にソラが瞳を伏せる。

 

「友達なら祝福したらどうだ?」

 

久重の言葉にシャフが怒鳴り返す。

 

「アンタに何が解るのよッッ!?」

 

久重がちゃぶ台の前に座った。

 

「オレに解るのは今のお前が嫉妬してるように見えるって事だけだ」

 

「嫉妬ですって? 笑わせてくれるわ。世界滅ぼす力持って、人間止めて、仲間も捨てて逃げた先でいつ回収されるのかビクビクしながら暮らしてる。冗談じゃないわ」

 

目に見えてソラが俯いた。

 

「いい? 貴女の運命はもう決まってるのよ? これから【連中】に捕まってモルモットにされて体切り刻まれて実験動物にされて玩具にされて、ただの兵器として永遠に使い潰される。解ってるでしょ? ソラ」

 

「・・・・・・」

 

ソラが言い返せずに俯いたまま瞳を閉じた。

 

それ見た事かとシャフが己の正しさに勝ち誇るが久重が笑いながらソラの頭を撫でる。

 

「させやしない」

 

「え?」

 

ポンポンと軽くソラの頭が叩かれる。

 

大丈夫だと安心させるように。

 

「オレは君を守ると決めた。オレともう家族だと思ってるって昨日言ったろ? 家族を誰かに奪われるなんて、そんなのさせやしない。誰が何と言おうと、な?」

 

「ひさしげ・・・ありがと・・・」

 

シャフがその二人の間にあるものを感じ取って、今までの表情を一変させる。

 

僅かに拳を握り震わせながら、その光景にギリッと歯を軋ませた。

 

「どんなに言い繕おうと結局のところ結末は変わらない!」

 

シャフの言葉に久重はあくまで不敵だった。

 

「ああ、確かにその可能性は高いんだろう。でも、オレは諦めるつもりはない。そして、オレとソラが諦めていないなら可能性は低くとも盤上の形勢はひっくり返るかもしれない」

 

「何を相手にしてるのかも知らない癖にッ?!」

 

「この世の中の殆どの人間は自分が何と戦ってるのかなんて知らない。それでも誰の手にも二つの選択肢が乗っかってる。諦めるか。諦めないかだ」

 

「綺麗事で誤魔化せるわけないでしょ!? 【連中】は確かに世界を動かす力を持ってる。滅びかけた多くの国々に浸透し、政治、宗教、経済、あらゆる分野に根を張ってる。それこそ、ソラの持ってるNDの為ならたかだか先進国一国ぐらい潰してもいいって考えてるわ。そうでなきゃアタシが此処にいるはずないんだから!!」

 

「お前の言ってる通りなんだろう。でも、オレにはお前がそんなに悪い奴には見えないな」

 

「―――アタシがどれだけ殺したか知らないなら教えてあげる。二千万よ。どんな独裁者だって敵わない数でしょ? その気になればアンタの親類縁者同僚職場赤の他人・・・誰も彼も皆殺せるわ」

 

「なら、オレはお前がその気にならないよう気を付ける事にしよう」

 

久重が冷静に返す。

 

「~~~~!!! ああ、そうね!! そうするといいわ!!!!」

 

完全に怒ったシャフが立ち上がる。

 

「おい。何処に行く?」

 

「気分が悪い・・・今日はこの辺で勘弁してあげる。せいぜいその時が来るのを怯えてるといいわ」

 

険しい顔で二人が引き止める間もなくシャフが玄関から出て行く。

 

後姿を見送った久重が頭を掻いた。

 

「悪い。怒らせちまったな」

 

「いい。昔からシャフはちょっと頑固で意地っ張りだったから・・・」

 

「友達、だったんだろ?」

 

「うん。教養分野で一緒だった」

 

「教養分野?」

 

「普通の人間の暮らしに溶け込んで任務を遂行できるようにって研究所(ラボ)には普通の人間の生活様式と礼儀作法なんかを学ぶ場所が設けられてたの。メリッサとシャフは私と同じ教養をそこで培った。だから、こうやって日本語が話せるし、日常生活でも溶け込める」

 

「どんな奴だったんだ? その頃は」

 

「皆小さかったから・・・シャフは凄い能力を手に入れて、いつか【連中】を逆に自分に従わせてやるんだっていっつも言ってた。メリッサは博士のライブラリーから漫画を持ち出して自由に飛べる翼が欲しいって笑ってた」

 

黙って耳を傾ける久重はソラの優しい声が泣きそうだからなのだと気付いた。

 

ソラの唇からは止め処なく言葉が溢れる。

 

「私達に常識を教えてくれたのは英国人の年を取った女の人。皆はグランマって呼んでたわ。研究所で働く人の奥さんで英語と日本語はその人が教えてくれたの。とっても優しい人だった・・・」

 

ソラの瞳の奥で光が揺らめく。

 

「でも、二年前グランマは事故で死んだ・・・ううん。シャフが昨日言ってた通り私が殺したの。稼動データを集めてた最中に【D1】のプロトタイプが制御不能になって、暴走して研究所ごと消滅した・・・」

 

「―――消滅?」

 

「熱量の放出実験中に通常ではありえない熱量を放出して研究所そのものを融解させたの。その後【D1】の自動防衛プログラムが研究所を強制的に再構築して私とその周囲だけは守ってくれたけど、他の職員は全滅。グランマもその犠牲者の一人だった」

 

「それでか? あんなに刺々しいのは?」

 

「シャフはグランマの事が大好きだったから・・・」

 

ソラの罪悪感に押し潰されそうな様子からグランマという老婦をシャフと同じように好きだったのだろうと久重には解った。

 

「私以外で助かった人も殆どは死に掛けてた。そして、黒い繭の中で地獄が始まった。それを後から映像で見たシャフは凄いショックだったと思う」

 

ソラがちゃぶ台の上に手を翳す。

 

黒い粉が虚空からサラサラと流れ落ち、ちゃぶ台の中心で薄く円を形成する。

 

何をしようとしているのか久重が察した。

 

「ソラ・・・」

 

ソラが目を閉じる。

 

すると薄く輝きを帯びるNDの群体が映像を浮かび上がらせた

 

「これが・・・」

 

それは白と黒に分かれた世界だった。

 

黒い世界側から覗いた白い世界では部屋が扉がグズグズに蕩けていく。

 

その中で多くの人型の何かが一瞬で融け消えていく。

 

そして、全てが融けてしまった白い世界を押し込めるように黒い世界が全てを侵蝕し封じ込めた。

 

光も差さない黒の世界での視点は一貫している。

 

ゆっくりと視点が移動し、本来は廊下だったのだろう黒い穴の中を覗いた。

 

「――――――」

 

久重が絶句した。

 

その穴の中で黒く蠢く人型の何かがいた。

 

それは全てを覆う黒いものと同じもので出来ている。

 

蠢いた黒い人型はよく見れば、様々な部分が欠けている。

 

あるモノは手も足も無く。

 

あるモノは体だけが無く。

 

あるモノは頭だけが無く。

 

「人間の機能を向上代替する機能が備わっているオリジナルロットに侵蝕されて、研究所の再構築と同時に再構成されたのが・・・その【人達】」

 

あるモノは欠けた部分が多過ぎて黒く蠢く水溜りのようになっている。

 

「再構築に中身が足りなかったから、NDは人間を人間以外のモノで補完したの」

 

全てが蠢いて一斉に視点の方に視線を向けた。

 

その人型らしき蠢く黒い何かの瞳はすでに人間のものではなく赤い色をしていた。

 

「勿論、足りないものを他のもので補ったからって、そもそも同じになるはずない。それ以前に人間の体を人間に使われていないもので再構成したら、どうなるかなんて解り切ってた」

 

黒い人型のモノがザワザワと蠢いて、一斉に視点に襲い掛かってくる。

 

しかし、ザクンと黒い壁の一角から伸びた鋭いものが人型を貫通した。

 

「NDはより良い材料を探した。その結果が」

 

人型達がざわめき、不意に黒い人型の一体が他の人型に襲い掛かった。

 

瞬間、人型の首から上が頭部とはまったく別の機関に変わる。

 

即ち、顎(あぎと)。

 

「それなの」

 

ただ、それだけとなったソレが他の黒い人型を捕食した。

 

「NDは『無い部分』を合理的な結論として最良のもので補う事にした」

 

「私はNDの最優先保護対象だったから助かった。けど、他の優先順位同列で個人に貸し出されている状態のNDは他のND個体群と競合を起こした」

 

人型が喰い合いを始める。

 

その時点で映像が途切れた。

 

ソラの肩が僅かに震えていた。

 

「結局、あの事故で生き残ったのは二人だけ。私とターポーリンだけだった」

 

「あいつか?」

 

「最後まで頭部を失わずに黒い人型の中で生き残ったのがターポーリン・・・博士の助手だったの。【連中】は生体融合実験の貴重な被検体としてターポーリンを使った。人間に戻す事には成功したけど融合実験は失敗してNDで体を固定化して実験は終了。それでも寿命は五年以下って言われてターポーリンは殆ど死を待つだけになった」

 

己が一度は倒した男の過去に久重は苦い顔をする。

 

「シャフはそんなターポーリンの実験を誰に何を言われてもずっと見学してた。そしてグランマが死んだ時の事を知りたがって今の映像をライブラリから盗み見て・・・」

 

久重は何も言えなかった。

 

「恨まれたって当然なの。家族みたいだった研究所の人をあんな姿にして殺したんだから・・・」

 

「暴走したのはソラのせいなのか?」

 

「解らない。でも、私が【D1】を制御できていれば、あんな事にはならなかったかもしれない。それが解ってたから事件の後、最後に会った日もシャフはあんな感じだった。それでも・・・まだ・・その時は・・・仲間だって・・・言ってくれてた・・・・」

 

涙声のソラがグッと堪え切って話を続ける。

 

「それから、ターポーリンの生体融合実験のデータを使う事で【D1】は完成した。ターポーリンにしてみれば、私は自分の犠牲の上に成り立ってる存在。許せなくて当たり前だと思う。

 

オリジナルロットの開発が終了した事で博士は【SE(シラード・エンジン)】の研究も飛躍的に進歩させた。一年前に【SE】は完成。博士は私に【D1】を持たせて逃がした。

 

ターポーリンはたぶんそんな博士が許せなかった。自分の敬愛する科学者でありながら、自分の実験データで研究を完成させ、あまつさえ私に成果を渡して逃がそうとした事が。だから、私を逃がした日に博士を裏切って・・・」

 

その時の情景が甦ったのかソラが唇を噛んだ。

 

怯えるように久重を見上げる。

 

「ひさしげ・・・」

 

もしも軽蔑されてしまったら。

 

そんな不安に少女の瞳は翳っていた。

 

「話してくれて嬉しく思う」

 

「ホント・・・?」

 

「ああ」

 

ソラの表情が僅かに和らぐ。

 

「悪いな。辛い事思い出させて」

 

「でも・・・私は確かに裏切り者で・・・皆を死なせて・・・沢山の人に迷惑を掛けて・・・それなのにこんな風にひさしげに支えられてる・・・本当はそんな資格無いのに・・・」

 

「オレにだって誰かに助けられる資格なんて無い」

 

久重の言葉にソラが首を横に振る。

 

「ひさしげは凄く沢山の人に必要とされてるわ。本当は私なんかより朱憐の相手をしなきゃいけないし、アズを手伝って借金を減らなくちゃいけない。本当なら大学院にも通って研究を手伝って、友達ともっと遊んだりしてるはずだもの。みんなひさしげなら助けてくれるわ」

 

自分の事では必死に堪えようとしていたソラの涙が、

 

「ひさしげに私・・・迷惑しか掛けてない・・・」

 

一筋畳に落ちた。

 

「ああ、その、何だ・・・」

 

久重が何と言って慰めたらいいのかと迷ったあげく、ソラの額にペチンと軽くデコピンを喰らわせる。

 

「ひ、ひさしげ?!」

 

「オレはな。今までの生活が結構幸せだった。オレの傍にいる連中は確かに気の良い奴ばっかりだ。どんな贔屓目に見ても恵まれてるのは間違いない。けど、思うんだ。オレは今、昔よりも幸せになったんじゃないかってな」

 

「―――幸せ?」

 

思ってもいなかった言葉を受けてソラが驚く。

 

「君が来てからオレは初めて朱憐があんな風に表情が豊かなんだと気付いた。今まで一緒にいたはずなのに、オレはあいつがあんな風に怒ったり嫉妬したり笑ったりする普通の女の子なんだって事を知らなかった」

 

「そんな・・・」

 

「それにアズだってオレの事をあんな風に思ってくれてると解らなかった。オレの事はまぁ冗談の類だと思ってたし、もしも本当に危なくなったら切り捨てられる側だと思ってたからな。あそこまでソラを脅すなんて思っても無かった」

 

「それは私が・・・危なかったから・・・」

 

「他にもあの大学のライオン親父だって、あんな条件を付けてくれる程にオレを必要としてくれてた。オレが気付かなかったものを・・・君は気付かせてくれたんだ」

 

「私がいなくても」

 

久重はソラに最後まで言わせない。

 

「オレは今まで生きてきて色んな奴に支えられてた事を忘れてた気がする。感謝するどころか何もオレには救えないんだと自分勝手に絶望ばかりしてきた。傍で支えてくれてる連中が大勢いたのに目を向けてこなかった」

 

「ひさしげ・・・」

 

「近頃のオレは銃で撃たれて片腕を飛ばされて肋骨を幾つも折った。でも、辛かった事より楽しかった事しか思い浮かばない。それはソラがいたからだ。だから、言っておく」

 

久重がとっておきの秘密を告げるように囁いた。

 

「君のおかげで、オレは今幸せなんだ。ソラ」

 

ソラは視界が完全に歪んでしまった事を惜しく思う。

 

その人の笑みをちゃんと見つめたかった。

 

身を寄せて、その人の胸に顔を埋める。

 

「私も、私も今・・・幸せだよ。ひさしげ」

 

未だ現実は厳しい。

 

少女を守る為の戦いは激しさを増すだろう。

 

それでも目の前の少女を守れなければ、この世の何もかもが嘘だと外字久重は思う。

 

こんなに純真で己を責めてしまう少女が幸せになれないならば、こんな世界に価値など無いと思う。

 

「ソラ・・・言いにくいんだが、ちょっとこの体勢は改めた方がいい。怖いお姉さんが見てるぞ」

 

「え?」

 

思わず振り返ったソラの目には未だ歪んでこそいたが、ハッキリと胸元の開いた黒いスーツが玄関に見えた。

 

「久重・・・朝から昼ドラとは良いご身分だね?」

 

「休みじゃなかったのか?」

 

「緊急の要件が出来てね。本当は休みにしてあげたかったんだけど、僕も商売だから」

 

「昼ドラが終わってからでいいか?」

 

「随分と余裕みたいだから借金の利子を上げておこうかな」

 

「それは勘弁してくれ」

 

「・・ふ・・・ふふ・・・あはは・・・・」

 

二人のいつものやり取りにソラが思わず噴出した。

 

「笑われてるよ。久重?」

 

「いや、お前が、だろ?」

 

部屋に流れる温かい空気にソラは内心で誓う。

 

こんな日常を続けて生きていきたいと。

 

こんな日々を守らなければならないと。

 

心の中で何度も、何度も・・・・・・。

 

 

そして、そんな幸せそうな声に小豆色の外套を羽織った少女は近くの公園のベンチで絶望していた。

 

【どうして、何で!? 何なのよ!! どうして貴女だけ、そんな・・・そんな風に笑えて・・・アタシは貴女と同列の力を手に入れたのに・・・何で!!・・・こんなの・・・こんなのありえないわッッ?!】

 

孤独な少女の呟きは深く深く己の内へと沈んでいく。

 

自分と同じ位置にいたいたはずの少女が笑っている。

 

本当に幸せそうな声で笑っている。

 

そう思うだけで少女(シャフ)の脳裏は悲鳴を上げる。

 

大勢の人間を殺し、自分や仲間達を裏切り逃げ出した少女、自分と同じ虐殺者の少女がそんな声で笑う事など許せなかった。

 

【やだ・・・やだ・・・やだ・・・やだよ・・・こんなの・・・許せない・・・許せない・・・許せない・・・】

 

虐殺兵器となった自分と世界を滅ぼせるだろう少女。

 

どっちもどっちだと嗤ってやれるはずだったのに、現実は違った。

 

自分と同じだけ汚れているはずの少女は自分と違って未だ笑えた。

 

一体何を間違ったらそうなるのか。

 

【最初は全部同じだったはずじゃない!!】

 

同じ罪を、自分と同じように汚れた少女(ソラ)を、最初は期待していた。

 

きっと、どんなに言い繕っても内心は自分と同じように穢れているはずだった。

 

そんな少女を楽々連れ戻して【連中】を見返してやれるはずだった。

 

こんな殺すしかできない力を捨てて、あの神の如き力を手に入れられるはずだった。

 

なのに、少女(ソラ)と少女(シャフ)の間には大きな差が溝が明暗が分かれている。

 

ただの笑い声でそれが解ってしまう。

 

【どうして!! どうしてよ?! グランマを研究所のみんなを博士すら貴女は殺したのよ!! それなのに!! 何でそんな貴女の方がアタシより、アタシより幸せそうなのよ?!】

 

しかし、幾ら内心で叫ぼうと自分とは似ても似つかない笑い声をNDは拾い続ける。

 

やがて、少女(シャフ)は呟いた。

 

「奪ってやる」

 

少女は己の名を呟き立ち上がる。

 

「アタシは世界平和を憎む簒奪者なんだから・・・」

 

幽鬼の如くシャフの姿は数分後にはその場から消え失せていた。

 




戦争だ。
地獄への路は善意と血に濡れている。
たった一滴の雫を求めて争うのが人の性か。
代価も無く求める廃国の影が平和という名の偽善に忍び寄る。
第十七話「WWW」
遊戯の始まりが宿世を導く。
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