GIOGAME   作:Anacletus

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この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。


第三十八話 酔いどれ鬼が巣食いたる

第三十八話 酔いどれ鬼が巣食いたる

 

「何と今日の盃杯は輝いている事だろう」

 

薄曇の夜闇に抱かれながら、純米大吟醸が鈍色の器に注がれる。

 

「君は真実よりも虚構と踊れる才に明るい」

 

星も月も見えない世界。

 

「果てる事ない螺旋に今も君は舞うだろう」

 

轟々と音を立てる風と時折吹き荒ぶ弾丸と爆薬の灯に喜色すら含んだ声が続ける。

 

「ならば、惑う時代に君を託してみよう」

 

まるで詩人気取り。

 

「輝く笑顔に咲いているだけの時間を与えよう」

 

繋がれる言葉には何かが足りない。

 

「いつか君が望んだ物語を奏でる為に」

 

道化の如く愉快げに。

 

「安らかなる時が、温もりが、君の常しえとなるように」

 

電子音声が詩を紡ぐ。

 

「ああ、愛しい人よ」

 

掲(かか)げられた器と掲(かか)げた酔っ払いにサーチライト並の光が当てられた。

 

「遠き日の思い出が君に満ちるのを僕は待っている」

 

GIO日本支社屋上。

 

大型輸送ヘリが余裕で着陸できる場所の中央へ複数のロープが落ちてくる。

 

ロープを伝って一瞬で降下してきたのはモスグリーンの戦闘服に身を包んだ若年者達だった。

 

一瞬にして囲まれた酔っ払いのビーチチェアがそそくさと数人に運ばれ、ヘリが降下し膨大な風が周辺に撒き散らされる。

 

ビーチチェアの主は器から儚く散る慰みに笑みを浮かべて、傍らの一升瓶がいつの間にか風で何処かに転がっていってしまったのを惜しく思った。

 

スーツの皺を伸ばすように男が立ち上がり、器が後ろへ見もせずに放られる。

 

器はそのまま風に乗ってビルの手摺をすり抜けた。

 

回りながらビル壁面を落ちていく鈍色の輝きを照らし出すのは時折ビルの中で輝くマズルフラッシュ。

 

ビル屋上へと到達したヘリからタラップが降ろされ、特務筆頭である少女が降りてくる。

 

「会長。いつも言っていますが、貴方はトップだという自覚を持ってください」

 

亞咲の声にチャキリと眼鏡が直された。

 

「持っているつもりって言っても信じてくれない君が今更何を言っているのか」

 

声は相変わらずの電子音声。

 

サーチライトの中で無精髭だらけの顔が映し出される。

 

神経質そうな細面の顔が笑みの形を作った。

 

「それに今は非常体制です。何処で油を売っているのかと思っていましたが、こんなところで酒盛りしている暇があるなら、少しは働いて下さい」

 

「僕の手はそういう事に使う為にはないと何度も言っているでしょうに」

 

苦笑する声。

 

「人の家にテロリストが入ってきてるというのに知らん顔ですか?」

 

やれやれといった様子で三十代後半程にしか見えない男が肩を竦める。

 

GIO日本支社会長。

 

荒崎完慈(あらさき・かんじ)。

 

「人は肩書きだけで生きているわけではないんですよ」

 

「この状態の会社を放って遊び呆けてるならまだしも酒に酔っているのは頂けません」

 

「君も大人になれば解りますとも。人には酔わずにはいられない時があると」

 

次々にヘリから降りてきたGIO特務の人員が最上階へ降りる階段を下っていく。

 

その間にもヘリのエンジンが停止し、風が止んだ。

 

「生憎と永遠の十代です」

 

「僕は永遠の三十代ですが?」

 

「穀潰しですか・・・」

 

ボソッと亞咲に詰られた完慈が笑む。

 

「随分と人間て奴が解ってきたじゃないですか」

 

「表の顔がカッコイイと少しでも思っていた過去の自分を殴りたい気分です」

 

「人間放っておいても結構成長するらしい。親は無くとも子は育つとは・・・真理かもしれない」

 

溜息しか出ない亞咲が手を完慈に差し出した。

 

「?」

 

「マスターキーを」

 

「ああ、あれなら今頃家のリビングにあるテーブルの上に」

 

「・・・・・・・・・」

 

亞咲が閉口した。

 

「ちなみに今回の件は君に全て任せるという事で。僕はそろそろ支度に向わなければ・・・」

 

「何の、支度ですか?」

 

亞咲の低い声に完慈が唇の端を歪ませた。

 

「旧い友人達が来るそうなので、これからアメリカの方に飛んで仕込みを少し」

 

「旧い友人・・・まさか―――」

 

「これだけの規模で軍閥を動かすとなると、たぶん一人か二人あちらに付いたと考えるべきでしょう」

 

眼鏡の位置を指で直して完慈が今までの笑みを消した。

 

「現場指揮をどうしても手伝わせたいなら、中臣にでも任せておいてください」

 

「あの人に投げっぱなしにするのは遠慮したいところですが」

 

亞咲が嫌そうな顔をする。

 

「多少、絶望する人間と悲惨な死体が増えるでしょうが、彼に任せておけば大概の人間はどうにでもなる。時代さえ違えば十四番目の可能性すらあった男です。踊らされている駒相手なら十分過ぎる」

 

「あの人の戦い方は好きません」

 

「ですが、このビル内部や周辺で戦闘をするなら彼以上の適任はいない事もまた事実、でしょう?」

 

「日本国内ならほぼ無敵、の間違いでしょう・・・解りました。本当に必要ならば召集を掛けます」

 

渋々、亞咲がそう口にする。

 

「もし渋るようだったら時間外勤務扱いで時給三千万くらいで釣ってください」

 

「金に興味ある男ならどんなに楽か・・・」

 

「ははは、面白い奴がいるとでも言えば、飛びつくでしょう。彼以上に人の心に詳しい人間はいない。ジオプロフィット部門を退いたとはいえ、今も彼はジオプロフィットスタイルの創造者であり、臨床心理学の権化ですよ」

 

亞咲が結局頷いて、そのまま最上階へと降りる階段へと走り出した。

 

「気を付けて」

 

ヒラヒラと手を振って見送った後、完慈がビル端の手摺へと歩いていく。

 

やはり月も見えない夜。

 

ビルの地上付近はまるで奈落に続くような闇で閉ざされている。

 

壁面は遠方の街からの明かりに薄らと浮かび上がっているものの、やはり下を見通す事は出来ない。

 

懐から取り出した情報端末から掛かるかどうか解らない番号がコールされた。

 

ルルルルルと呼び出しが始まり、完慈はもうECMが己の会社の部隊によって破壊された事を知る。

 

プツッという音と共に相手が出た。

 

「ああ、GIOの荒崎です。今、かなり忙しいと思いますが、日本の為を思うなら回線はそのまま聞いてください。ええ、どうやらウチにテロリストが来てるようですが、ご心配なく。

 

後二時間以内には収束すると思いますので。ええ、ええ、解っていますとも。その件に関しては遺族に対してウチで賠償金を出させて頂きます。まとめて一千八百億程なら都合出来ますので。

 

そうカリカリせず。ええ、ええ、現在迅速に対応していますので。こちらの死人の数? まぁ、そこは探らぬが吉かと。ちなみに気になっているだろう委託研究中の衛星関連技術のデータはバックアップを含めて流出の可能性は皆無です。

 

ええ、ええ、ええ、そうです。それでお願いがありまして。はい。そうです。出来れば、今回の件は報道関係にあまり乗せない方向で調整して頂ければ。国民への説明? 

 

それよりも戦争寸前との見出しの方がメディアは喜ぶでしょう。こちらでも遺族には話を通しておきますので。先生のお力添えも頂ければ幸いです。ええ、はい、はい、そういう事です。

 

軍閥の空母と原潜が? ああ、その程度ならどうにかする方法が無い事もありません」

 

いきなり端末に怒鳴り声が入る。

 

僅か耳から離して端末の先の人間に完慈が請け負う。

 

「これから所用でアメリカまで飛ぶのですが、大統領辺りに『神の杖』を借りれば迎撃出来るかと思います。まぁ、周辺地域は津波で壊滅、核で海洋汚染被害が出るでしょうが、本土を大規模汚染されるよりマシなのでは? 

 

ええ、ええ、最後の手段として? そうですか。では、これからコンタクトを取ってみますので、後でこちらから折り返し連絡差し上げます。

 

ええ、ええ、はい。ああ、もしも不安でしたらこちらから社員を数人派遣してもいいですが? では、そのように」

 

それから幾つかの話題を話し合い数分間の会話が終わる。

 

通話の切れた端末を投げ捨てグシャリと踏み潰した完慈は超高層ビルにしてはまったく問題ありまくりだろう低い手摺を跨いだ。

 

吹いている風にスーツをはためかせて、封鎖された数キロ先を眺める。

 

未だあちこちで光が瞬いている。

 

陸自と警察と軍閥が入り乱れている。

 

混沌の内に死体が沈んでいく夜の空気を吸い込んで、完慈が軽く眼鏡の位置を直した。

 

「・・・まったく・・・教育せねばなりませんか」

 

足がビルの端から消えた。

 

眼鏡を抑えたまま直立不動で落ちていく。

 

自殺行為中にも関わらず顔色一つ変わらなかった。

 

「コード【PCA】発動」

 

完慈が落ちていく間にもビルに変化が起きる。

 

電源を奪われ完全に沈黙していたはずのビル内部で一部の者しか知らない独立電源が稼動し始めた。

 

ビル壁面に幾何学的な光が行く筋も奔り、一定階層毎に壁面に亀裂が生まれた。

 

亀裂内部から人一人分はあろうかというメタリックなブロックがボロボロと零れ落ちる。

 

膨大なブロックが吐き出されていく光景は滝の如く見えるに違いなかった。

 

「オペレーターは僕こと荒崎完慈が務めます」

 

一斉に地面へと突き立ったブロックの滝が爆発するかのように砕け散り、粒子上になってビル周辺を覆い尽くす。

 

完慈の体が膨大な銀の粉塵へと突入していく。

 

【承認されました。【Fatalist NO.03】より第一操作権を荒崎完慈に認めます。こんばんわ。荒崎完慈様。貴方は記念するべき第一号操作資格者となりました。システムを継続運用する為に後続の操作資格者に対してログを残しますか?】

 

「YES」

 

どんな手品を使っているのか。

 

ガクンと急激に落下速度が落ち始める。

 

【では、どうぞ】

 

「この音声を聞いているという事はGIO日本支社に再びの侵攻があったと認識します。このログは今後このシステムを継続運用する上でのガイドラインとして記録するものであり、操作資格を持つものにとっての簡易マニュアルでもあります。聞く暇が無ければ、片手間に聞き流しても結構です」

 

遠方で何かが光った。

 

「では、第一にこのシステムは何を操作しているのかに付いて説明しましょう」

 

音速よりも早い砲弾がビルへと迫り、それを完慈が認識するより早く、銀の粉塵に触れ分解された。

 

ビル壁面にパラパラと細かく砕け勢いを失った鋼の砂が弾ける。

 

「貴方に適切な助言と適切な戦闘方法を教えてくれているのは【運命論者(Fatalist)】と呼ばれるGIO日本のメインサーバー内で稼動している一つのシステムです」

 

砲撃が立て続けに行われた。

 

戦車でも隠していたのか。

 

それとも自走砲の類でも密輸したのか。

 

どちらにしても平和な国には似つかわしくない音が連続する。

 

何故、砲撃が行われているのか。

 

最初から人質になりそうな連中は切り捨てても構わなかったのか。

 

それとも最初からビルに異変があった場合は「そのつもり」だったのか。

 

どういう理由だとしても困ったものだと完慈は軍閥のやり方に眉を顰めた。

 

「そのメインオペレーターとしてシステムの掌握する全ての兵装を操作する権利が貴方には発生します」

 

完慈が目を細めると同時に見ようと思っていたものが視界にGIO日本支社周辺にあるあらゆる観測機器からリアルタイムで届けられる。

 

「元々は僕が所属していた研究会において考案された未来志向の兵装統括システム案の一つなので、基本的に変な兵器がてんこもりと思ってください。これは従来の国家が先導開発する兵器群の先を往くものであり、同時にいつかは戦場で試されるだろう兵器の叩き台、その寄せ集めと言えるでしょう」

 

自走砲が数台。

 

ビルに向けて射撃を続けている。

 

「【PCA】とは【Particle Crowd Arms】の略。つまり、日本語で【粒子群兵器】となります」

 

しかし、砲撃には如何なる効果もなく。

 

ただただ砲弾は粉塵の中に消えている。

 

「粒子とは此処ではNDを指し、それを使ったあらゆる武装が【武器庫(Armory)】と呼ばれるGIO日本の書庫より即座に検索・構築できる。それがこのシステムの最大の特徴であり欠点でもあります。

 

このシステムは戦闘力において非常に優れた代物である反面、NDの性能限界や資金的な制約が付きまとい、たぶん二十二世紀中は開発上の予定スペックまで能力が届かないと思われます。

 

ですが、このシステムが完全に能力を発揮出来るNDが開発され資金的な問題をクリアすれば、あらゆる障害は取り去られるでしょう。では、初の実戦テストをしてみましょうか。

 

軍隊規模の敵に対する有効な兵器の使い方をレクチャーします」

 

完慈が手を伸ばし、人差し指と親指で銃の形を作る。

 

「【運命論者(Fatalist)】は人間が直感的に操作出来るようあらゆる武装を瞬時にオペレーターの意思を反映して検索します。今、僕は銃の形を手で作った。それを読み取ったシステムはそれに類する兵装を瞬時に選び出し、貴方の目に映し出すでしょう。様々な選択は目で追ってもいいですし、音声操作でも構いません。システムのチューン・カスタマイズはオペレーターの為すがままですが、今は緊急時ですので省きます。では、特徴的な兵器を一つ使用してみましょう」

 

完慈が兵器の名を告げる。

 

「【内結合性ワイヤー】」

 

粉塵には見かけ上は何の変化も起きない。

 

「単分子ワイヤーという言葉を聞いた事があるでしょうか? これはそんなSF用語の類似品と思って構いません。目に見えない程の極細のワイヤーを無数に生成し、相手を切り刻む武装です。

 

正確には単分子などではないのですが、NDによって相手の構成物質を分子レベルで分解する作用を【線】にした武器と思ってください。細かな設定次第ではかなり汎用性の高い武装です。

 

今回の敵に対して僕はこれをセミオートで使用します。設定は基本設定にある【索敵即殺(サーチ&デストロイ)】。僕が敵と認識する姿を指定し、後はそれに類似するパターンの敵をシステムがほぼオートで斬殺する仕様ですが、使い方を間違えると仲間まで殺しかねません。

 

ですので、出来れば味方や無関係な人間の姿も指定しておきましょう。現在は民間人と仲間に対しての指定がすでに為されていますので被害は出ないと信じて、状況を開始します」

 

急激な変化が完慈の視界の中で起こった。

 

今までビルに砲撃していた自走砲の車両が全て真っ二つとなって爆発する。

 

更にはビル周辺でGIOを封鎖していた軍閥の人間達がやはり様々な線(ライン)を刻まれて、サイコロステーキのように崩れ落ちていく。

 

「ちなみにこの武装が何故『銃』の項目に入っているかと言うと、周辺のND群から対象へNDの塊が撃ち込まれた後、近辺のNDと結合しながらワイヤー状となるからです。

 

ワイヤー状のNDがモノを切断するのではなく、撃ち込まれたNDとNDが内部から対象を破壊しながら結線していく事で最終的に切断されたのと同じ状態になるわけです。

 

硬いコンクリートを樹木が時間を掛けて根で割るような仕組みと思ってください。これを使えば、殆どの軍事用鋼板を内側から切断可能です。現在は雑な【斬殺】になっていますが、肉体の重要部位や血管だけを切って殺す事も容易でしょう。

 

本来は人間の手が届かない患部を治療する医療用NDの作業構築技術として開発していたものですが、現在は軍事転用の危険性からGIOが秘匿保存しています」

 

GIO日本支社周辺で今まで戦っていた陸自やら警察やらそれを撮ろうとするマスコミやらが一瞬の出来事に恐慌を来たし、混乱していく。

 

今まで大規模に銃撃戦が繰り広げられていたというのに・・・一瞬で訳も分からず細切れにされた人間を見れば、当たり前の反応かもしれない。

 

「と言っている間にも周辺十キロ圏内の敵はほぼ壊滅のようです。車両・人員・兵器・その他諸々の排除が完了しました。レクチャーはここまでにしておきましょう。ちなみにこのシステムが稼働状態で唯一の弱点らしい弱点はGIO日本支社施設そのものを攻撃対象に指定できない事です。

 

このシステムを動かす為には設備の稼動が必須であり、何か一つでも欠けると効率的な運用は不可能となります。GIOでは小型化まではできませんでした。

 

今回は辛うじて独立電源が生きているおかげで何とかなったようですから、まだまだシステムの改良が必要かもしれません。では、お疲れ様でした」

 

【敵性パターンの消失を確認。お疲れ様でした。コード【PCA】を解除しますか?】

 

完慈が頷くと粉塵がまるで逆回しでも見ているように萎み始め、地上で幾分か堆積が減らしながらも再びブロックの姿を取り戻していく。

 

GIO日本支社から半径十キロ以上に渡って広範囲に薄く銀色の粉が積もっていた。

 

【次回起動時、本オペレーターではない場合にはログが自動再生されます。この設定を変更する場合は再び本オペレーターが起動した際に修整してください。またのご使用をお待ちしております】

 

今の今までゆっくりと落ちていた完慈がそのシステム音声と同時に着地した。

 

服の埃を払って広大な駐車場の一番端に止めてある黒いポルシェの方へと歩いていく。

 

あれだけの激戦だったというのに車体は傷ついていなかった

 

「ああ、無事で本当に良かった」

 

まるで恋人へ愛撫するかのように表面を撫でられ、今では珍しいガソリン車のキーが回される。

 

まったく問題ない排気音。

 

致命的なまでに破壊された駐車場から奇跡的に無傷だった車が走り出した。

 

「・・・君に会えるのは当分先になりそうですね・・・アズ・・・」

 

ぼやきながら完慈が街の方角を見る。

 

幾つもの車両のランプと排気音。

 

近くの基地から陸自の師団がようやく近場へ到着し、支社へと向っていた。

 

「愛しい人に会う時間も無いとは・・・」

 

軽い苦笑。

 

テロリストとはいえ今正に数百の人間を虐殺したにしては穏やかな顔でGIO日本支社会長は軽やかにハンドルを切る。

 

「そろそろ引退を考えるべきか否か・・・」

 

声が風に流れ去った跡にはただ血と肉と骨だけが轢き潰されていた。

 

地獄のような風景に陸自の自衛官達が慄くのはそれから数分後の事だった。

 

 

GIO日本支社地下非表示階層中間部センターフロア。

 

【撃ぇえええええええ!!!! 何としても中央電算室を占拠せよ!!!!】

 

銃弾の応酬が続く巨大な回廊で軍閥とGIO日本支社警備は二十メートルを挟んで睨み合っていた。

 

警備部が背にしているのは下層への直通エレベーター。

 

センターフロアより下へと続く独立電源により確保された唯一の道。

 

そこを突破されれば、一気にGIO側は総崩れとなる。

 

各階へ続くエレベーターシャフトの内で最も重要な場所だけに強固な防衛システムを持っているものの、シャフト内部に侵入されれば、最重要区画であるGIO中枢を掌握されたも同じ。

 

逆に言えば、其処を死守出来たならば、GIO側の勝ちと言っても過言ではない。

 

【外部との回線回復しました!! どうやらECMは破壊されたようです。封鎖部隊からの応答ありません】

 

階層制圧時に幾つかの部屋から引っぺがしてきた合金製の扉やらガラクタやらが積まれた壁の内側から数十人にも及ぶ男達が代わる代わる銃で牽制し続けている。

 

その中央。

 

未だスーツ姿のまま指揮系統の頂点に立つ池内は僅か黙祷した。

 

最初から織り込み済みとはいえ、随分と早く部下の大半を亡くした事はもう分かっていた。

 

【大隊長殿。予定よりも一時間半程早いようです。このままでは・・・】

 

傍らの頭の禿げ上がった男の言葉に池内が決断する。

 

【独立電源の確保は未だ終わっていないが打って出るしかないか。機械化猟兵を投入する】

 

【はッ!!!】

 

その時だった。

 

【うぁああぁあああああああ?!】

 

池内が振り向くと同時にガラクタの壁付近で血飛沫が上がる。

 

兵士の一人が隙間から鋭く突き出されたワイヤーに頭を貫通されていた。

 

【増援が来ました!! あの屑鉄野郎です!!!】

 

数人の兵達が盾となるように二人を囲む。

 

その合間から見える光景に池内の目が細められた。

 

壁の隙間からズルズル這い出してきたのは無数のワイヤーで肉体を構成した機械の化け物だった。

 

【撃て撃て撃てぇええええ!!!】

 

無数の銃弾がワイヤを抉り砕き、内部構造を完全に破壊する。

 

しかし、その壊れた体を捻り出すように再び新たな化け物が隙間から侵入し始める。

 

【猶予は初めから無かったな】

 

傍らの男が池内に頷く。

 

【そのようで】

 

銃声の中で尚響く声が張り上げられる。

 

【これよりワンフロア後退!! 後方に待機していた機械化猟兵を投入!! 独立電源へ向わせた部隊以外に集結の指示を出せ!! 第二目標は破棄!! これより第一目標を最優先とする!!】

 

池内の声にその場の空気が変わった。

 

今まで防戦一方だった兵達が波が引くように後退し始める。

 

それと同時にフロアの上からパラパラと埃が降ってきた。

 

何かが押し寄せてくる気配。

 

【・・・随分と気が立っているようだ】

 

後退する部隊の中央で池内は上にいる部隊の状態をそう測る。

 

【それもまた致し方ないかと。今まで同胞が散るのをただ見守るだけであった事を思えば】

 

【軍閥正規軍の連中にその言葉が吐ければ、この作戦も少しはマシだっただろうが、これも天命と思うしかあるまい】

 

【心中お察し致します】

 

【GAME、か。一国を滅ぼすも生かすも遊びと言うならば、我々はせいぜい遊びを荒らす駒となろう】

 

【中央委員会さえ、意見がまとまっていれば正規軍からも幾分かは動員出来たのでしょうが】

 

【己等の悪行に荒れ果てた領土を見限ったあそこに今更未練がましい思いなど持ち合わせてはいない】

 

【はい】

 

【政争に狂い、私利私欲に溺れ、果ては『あの男』の傀儡となった者達が人民の代表とも思わん】

 

遥か地上から何かが階層を降りてくる。

 

【この作戦は未だ大国気取りのプライドを振りかざし、安全地帯にいる連中の思惑に乗っているのではない。あの地で今も飢え渇いていく者達への道を示す為のものだ】

 

【それ故に我らは・・・貴方に命を賭けるのです。大隊長殿】

 

兵達が階段を上ろうとした時だった。

 

キュルキュルと何かが回る音が響き始める。

 

【知っているか? 日本では鬼とは退治されるものだそうだ】

 

【随分と突然ですが、どういう事でしょう?】

 

【日本鬼子(リーベングイズ)と呼んだ我らこそが、この地では鬼と呼ばれる事となる】

 

突如として大きな黒いものが階段へと降ってくる。

 

兵達が慌てて道を開けると複数のソレが今まで兵達が撤退してきた通路に幾つも並んでいく。

 

その数は一分と待たずに四十を数えた。

 

【機械化猟兵中隊『黒』只今到着致しました】

 

ソレの一つが敬礼するとソレ等も同様のポーズを取った。

 

ずんぐりむっくりとした黒い躯体(ボディー)。

 

腰から足回りに着いた複数の車輪(タイヤ)。

 

完全に人間の形を覆い隠す装甲と背後の蓄電池(バックパック)。

 

まるで宇宙服を二回りも大きくしたかのような姿。

 

それは黒い強化服(パワードスーツ)。

 

米軍が使う物よりも二世代、三世代は旧い代物だった。

 

池内がパワードスーツの内にいる男達へ大声を張り上げる。

 

【これより作戦の最終段階に入る。エレベーターシャフトを確保し、中央電算室への道を拓け。これより我らの目標はただ一つ。GIO日本支社所有の量子コンピューター『采覧異言(さいらんいげん)』を管理下に置き、GIOの衛星支配を打ち破る事のみ!! 機械化猟兵中隊、行動を開始せよ!!!】

 

鬨の声。

 

男達が一斉に振り返って通路を駆け抜けて行く。

 

その先では壁の間から吐き出されるように警備ロボットがウジャウジャと湧き出している。

 

通路へと押し寄せてくるワイヤーと機械の群れに黒いパワードスーツ達は怖じる事なく突撃していった。

 

 

センターフロアで命運を別ける激突が生じた頃。

 

久重達は下水処理施設入り口付近まで何とか辿り着いていた。

 

巨大タンク内部へと続く通路は狭い。

 

人が二人通れるかどうかという幅しかなく圧迫感著しい。

 

通路内部の電源は生きているらしく灯りは付いているものの、三人の口数は少なくなっている。

送られてきた地下のMAPに照らし合わせれば、タンクへ続く道は二つ。

 

一つは広い通常の業務用通路。

 

もう一つは狭い非常用点検通路。

 

二つの道の違いは水密扉の多さ。

 

完全に地下施設を掌握していない軍閥は扉を開ける手間の少ない道を選び、最初からGIOのバックアップを受けられる久重達は完全に扉が解放された道を安全に急ぐ事が出来た。

 

最後の扉を前にしてGIO側から渡された端末に扉が開放される旨が表示される。

 

「ひさしげ。下がって」

 

ソラの声に久重が首を横に振る。

 

「こういう時は男が前に出るもんだ」

 

「でも・・・」

 

「ソラ」

 

「・・・分かった。でも、無理しちゃダメだから」

 

「ああ、分かってる」

 

二人のやり取りを見ていた虎(フゥ)が久重の袖をクイクイと引っ張る。

 

「どうかしたか?」

 

「敵の扱い」

 

まるで明日の天気でも聞くような軽さ。

 

しかし、その内容の真意は死人を出していいかどうかという話だろうと久重にも分かった。

 

「オレが殴り倒し易いように牽制してくれ。此処は戦う場所かもしれないが日本だ。いつ何処で警察の目が光っていないとも限らない」

 

冗談めかした言葉に虎はジッと見上げて、頷いた。

 

「無論、無力化した後、連中が勝手に毒で死のうが失血で倒れようがオレ達に責任はない。それと危なくなったら自分の命を最優先するように。それだけは言っておく」

 

「了解」

 

言っている間に最後の扉のロックが外れ、一瞬で開いた。

 

タンク内部の明かりは点灯していた。

 

「行くぞ!!」

 

タンクの最も上で繋がっている通路の先には内部を螺旋状に降りていく階段があった。

 

滝の如く中層の流入口から流れてくる汚水の音。

 

そして、タンク下に溜められた膨大な水。

 

下は濁って見えないものの、その一番奥に独立電源の中枢施設へ続く扉がある。

 

【!?】

 

久重が走り出す。

 

今正に階段を下りようとしている一団が三人に気付いて銃を向けた。

 

「『CNT defender』」

 

ソラの声と共に相手が見える程に薄いCNT(カーボンナノチューブ)製のカーテンが展開され、走り出す全員の数メートル前を自律移動していく。

 

弾丸は錐のようにカーテンに突き刺さるものの、すぐ勢いを失いタンク下部へと落下していった。

 

百メートルを十秒で駆け抜け、反対側の扉の前にいた兵士の顔を久重が殴り抜いて一撃で昏倒させる。

 

相手は動転していたもののナイフを取り出していた。

 

突き出されたナイフを紙一重で避け、クロスカウンター気味の拳で吹き飛ばすという芸当。

 

通常では考えられない。

 

凶器に対して身が竦むのは人間の本能、銃声にもナイフにも躊躇せず突撃する等というのは相当に訓練した兵士でも難しい。

 

少なくとも本能を越えるような怒りで我を忘れたり、正常な判断能力が無い状態でなければ、中々出来ない。

 

そういう意味で外字久重は精神的に非凡と言えた。

 

虎のトカレフによる援護射撃がカーテンの隙間を縫って相手側の足元で弾ける。

 

浮き足立った兵達の中に踊り込んだ三人がそれぞれの役割を自然に選んだ。

 

虎の銃が相手を威嚇・牽制し、ソラのNDが相手の銃弾へ対処し、久重の拳によって相手は昏倒する。

 

凡そデタラメな連携。

 

腕に覚えのある兵士達の頭を正確に打ち抜いて一撃で昏倒させるのは神業だろう。

 

相手の動きを機敏に察知し、火力で圧倒的に劣るにも関わらず先制し、たった一挺の拳銃で場の流れを形成するというのはどう見ても子供の技術ではない。

 

如何に最新鋭のNDの力があったとしても、防御の要であるCNTの防弾機構を自在に操るのは本人の高度な操作能力無しには成り立たない。

 

「ひさしげ!!!」

 

ソラの警告に階段の上部にいた数人を制圧し終えていた二人がタンク下部を見た。

 

銃撃で応戦していた兵士達の数人が汚水へと飛び込んでいく。

 

「ソラ!! 薬品投入までの時間は!?」

 

「後、三分!!」

 

「このままじゃ間に合わないか・・・」

 

さすがに水中戦で三分以内にタンクから兵士達を追い出すのは不可能だった。

 

しかし、このまま放っておけば、確実に独立電源を落とされる。

 

「・・・魚みたい」

 

ソラの横で弾倉を交換しながら、虎が水中に潜っていく兵士達にボソリと呟く。

 

「それだ!?」

 

「?」

 

久重の言葉に虎が首を傾げる。

 

「ソラ!!」

 

何を言われたのか。

 

何を期待されたのか。

 

正確に意図を読み取ったソラがハッとして頷いた。

 

次の瞬間、タンクの片面の壁に黒い網目上の文様が浮かび上がる。

 

それは瞬時に下部へと滑るように移動していった。

 

三十秒後。

 

未だ飛び込んでいない兵士を無力化し終えた三人が階段を駆け上がり、元来た通路に引き返す

 

「いっせーのーでッッッッ!!!!!」

 

ソラの掛け声と共に二百メートル下の汚水から黒い網に雁字搦めとされた兵士達がポーンと一本釣りでもされたかのように飛び上がり上の通路に引き上げられた。

 

「間に合うか!?」

 

「大丈夫」

 

請け負う声の最中も倒れ伏した男達が三人とは反対側の扉の奥へと押し込められるように放り込まれる。

 

「ドアも封鎖する準備は出来てるから」

 

全ての男達が元来たドアに見えない何かで叩き込まてドアがスライドした。

 

ぎゅう詰めにされた男達の姿を見送って三人が退散するより先にタンクに落ちる水にどす黒いものが混じり始める。

 

「―――行くぞ!!」

 

その汚水から水飛沫が上がってくる前に扉の奥へと三人は退避していく。

 

全てが終わったタンク内部はそれから数秒で内部を完全に黒く塗り潰された。

 

争いは終わらない。

 

ある者は置いていかれ、ある者は先に進み。

 

そして、ある者は明日が訪れない眠りへ。

 

世界に朝は遠く、未だ戦いは続いていた。

 




血潮を渡し、供物は換える。
それは連綿と続く代価の話。
命で購った金より重き時間が、破滅と救世の選択に揺れる。
第三十九話「兆し」
正しき選択などあるのか。
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