GIOGAME   作:Anacletus

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この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。


第四十話 ヴェスペラム

第四十話 ヴェスペラム

 

全てが早回しの映像。

 

そんな光景だった。

 

弾丸が通る廊下を人間とは思えない速度で二人の少女が駆け抜けていく。

 

照らし出される通路に跳弾する鉛玉は火花を散らし、世界を彩る。

 

三十メートルという地獄の距離は踏破されるまで四秒弱。

 

黄金の髪が靡き、黒い銃身が吼える。

 

無数に飛ぶ弾丸の流れに逆らうのは一発。

 

それが完全に統制の取れた兵隊達の中央。

 

男達が持つ自動小銃の一つに命中した。

 

銃口が跳ね上がりあらぬ方向へ逸れる。

 

流れに出来た僅かな隙間。

 

一秒もあれば消えてしまうだろう隙間へソラ・スクリプトゥーラは己を捩じ込む。

 

突然の奇襲に見事反応した速度は褒められて然るべきものだったが、それでも軍閥側の兵にとって相手は悪過ぎた。

 

黒の外套がはためき、バリケードを身を縮めながら難なく跳躍してすり抜けたソラの手が広がる。

周囲の男達が上に銃口を向けるより先に通路内部が黒い糸に絡め取られた。

 

幅一ミリにも満たない【CNT(カーボン・ナノ・チューブ)】製の極細ワイヤーが引き金部分に巻き付き男達の手から銃を引き上げる。

 

数人はその流れに逆らわず、即座にナイフを抜き、数人は銃に固執して判断を誤った。

 

反応が遅れた者を糸が縛り上げるより先にソラの背後に付いていた少女が未だ通路側を撃っている男達の一角へと踊り込む。

 

ソラとは違い何発か肉体を銃弾に捕らえられながらも小虎(シャオフウ)は銃を持ったまま小さな体でバリケート上に顔を出していた男の顔面を蹴り砕いた。

 

バリケート側にいた四人の内三人までを落下している最中に一発ずつ弾丸で捕らえ、呻きながらたたらを踏んだ男達の懐へ着地したと同時に潜り込んだ。

 

一人目の男を膝の金的で行動不能にし、その股を潜るようにスライディングして二人目の男の睾丸をすり抜け様に撃ち抜き、最後の一人に額へ銃口を向けられながらも後ろ手に隠していたソレを前に出して牽制する。

 

虎の手にしていたのは手榴弾。

 

相手が一瞬の躊躇を見せた時点で勝敗は決していた。

 

刹那の差で【黒星(トカレフ)】が小銃の側面を撃った。

 

弾丸は銃スレスレの弾道を描き出し、安全装置に命中する。

 

金具が回って弾け飛んだ。

 

引き金が引かれ、弾は出ず、手に持たれていた手榴弾が股間を殴り付ける。

 

【!!!!?】

 

目を剥いて崩れ落ちた男の傍で猫のような敏捷さを見せた虎がすぐに周辺の状況を再度確認しようとした時には殆ど全てが終わっていた。

 

「ソラ。終わった?」

 

「うん・・・行こう」

 

虎がNDに分解された弾丸の粉をトレンチコートから払い、周辺に展開していた黒い糸がスゥッと消えていくのを不思議そうに見る。

 

「糸なくていい?」

 

「もう、必要ないから」

 

男達をぐるりと見回して、虎はその言葉が事実なのだと確認する。

 

その場で倒れている誰一人として立ち上がる気配もなく昏倒していた。

 

傷を負った者も出血は止まっていて、死ぬ程の状況には見えない。

 

「NO.08“The Shepherd”は相手の体の機能を掌握する。一日くらい強制的に寝せておく位なら簡単みたい」

 

隣にいるソラが特別な力を持っているのは虎も知っている。

 

それが具体的にはどういうものか知らないものの、それでも信用は出来る。

 

言っている事の半分くらいしか分からなくとも寝かせておけるらしいという言葉は素直に感心できるものだった。

 

「すごい」

 

ソラが苦笑する。

 

「凄くない」

 

二人は油断する事もなく通路を渡っていく。

 

「・・・ヒサシゲ。大丈夫思う?」

 

「きっと・・・」

 

今まで共に行動していた三人がどうして二手に分かれたのか。

 

その始まりは十分程前に遡る。

 

三人の持っていた端末へ繋がるGIO側の回線にアズが割り込んだのだ。

 

内容は中国と台湾に配備されていたIRBM・SRBM(中距離・短距離ミサイル)の運用部隊に変化有りとの報。

 

その情報は核弾頭の発射という最悪の事態が未だ進行しているという事を暗示していた。

 

だが、それよりも衝撃的だったのはアズからのメールにあったGIOの秘密とも言うべき事柄だった。

 

極東の衛星支配能力を管理し、その中枢が日本支社の地下最終階に存在しているという事実。

 

その力があれば核弾頭を止められる。

 

しかし、だからこそ、この局面で日本支社が狙われたのだろうというアズの推測は三人には現実味を帯びて見えた。

 

GIO側の傍では不用意に話せない類の情報だったと断りを入れたアズの文面には時間が無いとも記され、三人を急がせた。

 

請け負った仕事はマスターキーを最上階まで持っていき、VIPルームを開放する事。

 

しかし、それが終わったとしても核弾頭が発射されれば日本は戦争に突入していく。

 

それを誰よりも理解しているのだろうアズの送ってきた情報の末尾にはこう書かれていた。

 

―――――もしも、まだ余裕があるなら、どうか僕の古巣にお節介を焼いてやって欲しい。

 

悪魔のような企業複合体。

 

それに立ち向かう立場であるのは承知で・・・アズはそう記していた。

 

日本や世界の為。

 

あるいは己や仕事の為。

 

そんな言葉は使わずにただ善意を期待するという文面。

 

ソラと久重の二人は同時に同時に溜息を吐いて、顔を見合わせ、頷き合った。

 

この緊迫した状況下ではVIPルームにいる財界や政界のセレブ連中を放っておく事は軍閥側に大きなアドバンテージを与える事になる。

 

同時に時間が無い中で核弾頭の発射を止めるにはすぐさまにでも行動しなければ間に合わない。

 

その二つを同時に解決する方法が二手に分かれるという決断。

 

ソラは久重にテロリストがいるビルに突入した時と同じように力を分け与え、上に行くのを見送った。

 

久重本人はより危ない地下には自分が行くべきだと渋ったものの、合理的に考えて最大戦力はNDを保有するソラで・・・そこは納得せざるを得なかった。

 

護衛役に残ってくれと虎をソラに付いて行かせたのが久重の妥協だったかもしれない。

 

少女達に危険な仕事を任せる不安を押し殺して「程々にな」と笑った青年に二人の少女は大きく頷き、今に至っていた。

 

「・・・ヒサシゲ」

 

不意の言葉にソラが走ったまま顔を横に向ける。

 

「いつも?」

 

「えっと・・・いつもって?」

 

聞き返した声に虎が何処か真剣な目をした。

 

「危険分かってて笑う」

 

ソラが何を言いたいのか理解して、何と言ったらいいのか困った。

 

「それは・・・うん。そういう時にはいつも大丈夫だって笑ってる事が多いと思う」

 

「ヒサシゲ。幹部と同じ」

 

「え・・・?」

 

「幇の幹部。危険な時笑う」

 

「そう、なの?」

 

虎が頷く。

 

「昔、訊いた。どうして笑う? 強い幹部答えた。人それぞれ。でも・・・戦う人危険な時笑うの未来見てるからだって・・・」

 

「未来?」

 

「ほんの少し楽しい未来。死ななかったら、出会える未来」

 

ソラは思わず隣を見た。

 

「ヒサシゲ。大物・・・」

 

大真面目にそう言った虎の真意が何なのか理解して、少女が微笑む。

 

「そうかも。ひさしげだったら悪の組織とか倒して世界だって救えちゃうかも、ね?」

 

コックリと大仰な頷きが返される。

 

「絶対、生きて帰る」

 

「うん」

 

二人の少女の前には二つ目のバリケートが見えてきていた。

 

 

永橋風御は何故か戦場の最前線を突破していた。

 

正確には撤退していく軍閥の殿へと喰い付いている最中だった。

 

地下に戦力を集中する事にした部隊はトラップを残しながら撤退している途中。

 

「ああ、もう。ただ働きとかダメ過ぎでしょ」

 

愚痴が出る。

 

風御は着の身着のまま部隊の応射を身に纏ったNDで食い尽くしながら百メートル近い廊下を十秒フラットで駆け抜ける。

 

部隊の手前で跳んだ体を捻り、驚いている男達の中へとナイフ片手に踊り込んだ。

 

着地まで閃いた斬撃の数は二つ。

 

最も近い二人の太ももが数センチ程断裂する。

 

痛みにブレた銃口から弾丸が吐き出されるより先に二人の銃口が手とナイフで同時にズラされた。

 

撃ち出された銃弾が一斉に周辺の男達に襲いかかり、腹に無数の風穴を開ける。

 

倒れ込んだ二人の手からアサルトライフルが零れ落ち、地面に落ちる事なく風御の腕に納まった。

 

「はぁ」

 

溜息越しの銃弾で沈む者、多数。

 

殿八人が軽く呑み干された後、その場で背筋が伸ばされた。

 

「どうしてこうなったんだっけ?」

 

自分で言っておいて、そんなのは決まっていると風御の脳裏に苦い記憶が押し寄せてくる。

 

オーストラリア産の美女兵士に転がされた後、中間地点で応戦していたGIO警備に囚われ、男達の集まる前線に連れて行かれた。

 

そうして運悪く最上階からの増援が到着したところに居合わせた。

 

最初警備部に滅茶苦茶怪しい不審者扱いされていたものの、上の階への招待状やら個人データが一致した為、そのまま見逃されるだろうと本人は楽観していたわけだが、そう事態は甘くなかった。

 

最上階から降りてきた特務筆頭である少女『亞咲』が風御に不審な女と一緒にいた事を不問に付す代わりに戦闘への参加を要求。

 

断るにもテロ発生下の不審者としては言い訳できない行為をしていた為、風御は已む無く協力せざるを得なくなっていた。

 

階層をショートカットしようとしたGIO側の警備部隊がエレベーターシャフト内部で仕掛けに引っかかり数名吹っ飛んだのは十数分前。

 

そのエレベーターシャフトの中へ「貴方なら大丈夫でしょう」とかいい加減な感じに亞咲から先陣を切らされたのは風御の身元を最初から知っていたからに他ならない。

 

GIO特製のNDとやらを与えられ、内部に張り巡らされていたワイヤートラップを自然落下しながら避けるという人類にはかなり無茶な芸当を強いられつつ、最速で爆破フラグを回避して当該階層に辿り着いたのはあまり風御本人も思い出したくない思い出だ。

 

追々トラップを丁寧に処理し終えたシャフトを部隊が追いかけてくる手筈だったが、一向に後ろから誰か来る気配はない。

 

「なんだろ。この来ない雰囲気・・・」

 

インカム類は単独行動するよう言い渡されていた為に持たされていない。

 

使っているNDで色々と盗聴はされているのだろうが呼びかけはない。

 

今更に脳裏で予測していた可能性が現実味を帯び始め、風御が唸る。

 

「正規部隊っぽいテロリスト相手に一人で立ち向かえって、どこのラ○ボー。いや、どっちかというとライ○バックかもしれないけど・・・どっちにしろ貧乏籤この上ないって」

 

げんなりと呟いた後、一階の表示を発見して溜息が一つ。

 

風御はようやくかとトボトボ一階玄関ホールへと足を踏み入れた。

 

「「あ・・・」」

 

二階から階段を下ってきた者と地下から階段を上がってきた者がバッタリと一階中間地点の噴水を挟んでお互いを発見した。

 

「お、おま?!」

 

「相変わらず厄介事に追われてるみたいで親友(笑)」

 

永橋風御は皮肉げに笑い。

 

外字久重は驚愕に顔を引き攣らせる。

 

中間地点まで歩み寄った二人が互いを観察した結果、今まで何があったのか大たいの予想を付けた。

 

「・・・そういうのは卒業したんじゃなかったのか?」

 

僅かに顔を顰めた久重に風御が溜息で応える。

 

「人間。業って奴からはそんなに遠ざかれないらしくて困ってる」

 

「まぁ、オレがとやかく言う事じゃないか。それで? 上はどうなってる?」

 

「GIO日本の特務筆頭様ご一行が色々と復旧させながらおっとり刀で駆けつけてくるよ。君こそ、下はどうなってるのか聞いておきたいんだけど」

 

「下の連中は半分以上制圧した。今は床で伸びてるはずだ」

 

「で、君は一人で上に何の用?」

 

「コレだ」

 

久重が鍵を見せた。

 

「あーっと何だっけ? 確か・・・マスターキー的な?」

 

「知ってるのか?」

 

「昔、偉い人に見せてもらったことがあるだけ」

 

「お前そういうとこだけはセレブだよな」

「褒め言葉として受け取っておこうかな」

 

二人が一階から外を見る。

 

GIO日本支社を囲むように次々と自衛隊の車両が終結しつつあった。

 

「テロリストと間違われない内に自分達の仕事を果たそうか」

 

「ああ、そうしよう」

 

二人がすれ違いそのまま互い歩き出そうとした瞬間だった。

 

[残念ですが、それは無理かと思います]

 

ほぼ同時に久重と風御が声のした方向に振り返る。

 

自衛隊の集結しつつある正面玄関を悠々と歩いてくる存在に二人が目を奪われた。

 

「――――!?」

 

息を飲んだのは久重だった。

 

その驚いている様子に僅かな笑みを零して、子供特有の高い声が続ける。

 

[周辺自衛隊の掌握はすでに完了しています。残るは軍閥残党とGIO特務。そして、VIPルームの虜囚とADETの王子、イレギュラーたる『連中』の道具と第三位『采覧異言(さいらんいげん)』の確保のみ]

 

サーチライトが後光のようにその存在に影を作る。

 

「いつから米軍は子供兵を採用するようになったのかな?」

 

呆気に取られている久重に代わって風御が訊く。

 

ライトに照らし出されたのは軍服だった。

 

その胸には幾つかの勲章が付いている。

 

[白人の少子高齢化は先例である日本同様深刻です。ステイツも人材不足ですから]

 

歳の割りにまったくもって人を食ったような口調。

 

年上の人間に対する敬いなど欠片も無い。

 

[悪いですが、こうして話している暇も惜しいというのが本音です。ですので]

 

ベキリと風御の左腕が反対方向へと曲がった。

 

[何も理解せず、このまま大人しく確保されるのをお勧めします]

 

「?!」

 

思わず庇いそうになった片腕を自制して、風御が半身に構える。

 

「――――お前は、何だ!?」

 

親友の負傷にようやく我に返った久重もソラから託されたNDの力を完全に解放し、拳を構えた。

 

「外字久重・・・貴方はあのASの手下で『連中』の道具に縁があるとの報告を受けていますが、確保の対象外ですので此処で消えて頂きます」

 

まったく答える気は無いらしく、十四歳程の少女はそっと指を鳴らした。

 

「!?」

 

咄嗟に久重を庇って突き飛ばした風御の全身が、メキャリと鈍い音を立てて崩れ落ちた。

 

「風御!?」

 

転がり立ち上がった久重がその場から即座に走って柱の影に身を隠す。

 

[咄嗟の判断力はさすがです。もしも、永橋風御に近づいていれば、貴方は終わっていました]

 

「どういう事なんだ?! 何で米軍が今更この状況に干渉してくる!!」

 

[日本のMANGAの悪役なら此処で説明でもするのでしょうが、こちらはただの米軍です。付き合う義理などありません]

 

「なら、それはそれでいい!? だが、これだけは答えろ!! どうして・・・どうしてお前は!?」

 

久重の言葉が形になるよりも早く。

 

少女はその疑問を口にした。

 

[連中の道具であるソラ・スクリプトゥーラと同じ顔をしているのか?]

 

コツコツと軍靴の音が響く。

 

ロビー中央まで歩いてきた少女は・・・まるでソラと瓜二つの少女は目を閉じて唇の端を吊り上げた。

 

[一つだけ教えておきましょう。これは所謂日本語で言うところの【メイドの土産】というやつです]

 

太い柱が少女の横を抜けて突き刺さった弾体の炸裂によって吹き飛んだ。

 

「ぐぁ!?」

 

辛うじて直撃を避けた久重が少女の数メートル前に転がり出る。

 

[私の名前はソラ]

 

僅かに名前を聞いた青年の体は硬直した。

 

せざるを得なかった。

 

[【ただ信仰のみ】(ソラ・フィーデ)]

 

狙い済ましたかのように全身に掛かる圧力が久重の骨に亀裂を入れていく。

 

ザラザラとNDによって視界に展開されていた幾つかの数値がブレる。

 

「これは!?」

 

ソラ・フィーデが腰から拳銃を抜き出そうとした。

 

迷っている暇も無く。

 

久重は気付いた事実に基づき、己の周辺に展開しているNDと自分の分離を選択し、実行に移す。

 

銃弾は連続して五発。

 

[しぶといですね]

 

辛うじて圧力から抜け出して久重は銃弾を体の中心に叩き込まれる寸前、床へと転がっていた。

 

その後を追いかけるように銃弾が立て続けに床で弾ける。

 

立ち上がらず、遠心力を利用してゴロゴロと床を丸太のように転がりながら柱の一つに久重は身を寄せる事に成功した。

 

[随分と面白い移動の仕方で笑えます]

 

「ああ、まだライフルの餌食になりたくはないからな」

 

[万が一を考え備えるのは日本人の美点ですが、同時に無駄が多いので悪い癖でもあります]

 

「NDへ瞬間的に干渉する機器でも持ってきてるんだろ? 周辺の自衛隊を妙な技術で黙らせて、ビル周辺にはスナイパーを配置。後は突入部隊で追い立てて脱出したところを一網打尽。当たってるか?」

 

[ノーコメントで。それにしてもそこまで行くと被害妄想にも聞こえますが?]

 

「考えたんだよ。わざわざお前が此処に姿を現した理由って奴を」

 

[どんな情報を組み立てればそうなるのか是非聞きたいです]

 

「NDへの干渉はたぶん一瞬。しかも、素早い対象には不向きな機器だ。それは相手の位置を観測してから干渉を開始してるからで時間稼ぎ役がいなきゃ有効には使えない。違うか?」

 

[飛躍し過ぎていると思いませんか?]

 

「お前が米軍か米軍を騙る奴か、そんなのはどっちでもいい。ただ、米軍と名乗っても問題ないから出てきたはずだ。今まで殆ど舞台に上がってこなかった勢力がいきなり事件に首を突っ込む場合、その行動原理は二通り。漁夫の利欲しさか、止むに止まれずか。この場合は火事場強盗が目的と判断した」

 

[火事場強盗とは人聞きが悪いですね]

 

「もしも、このタイミングで米軍が出てきたとしても、日本国内の米軍が大掛かりに動いては目立ち過ぎる。どちらかと言えば、今の米軍は核の脅威に曝されている日本を守ったという事実の方を欲しがるはずだ。

 

此処を襲撃するのに大規模な部隊を動かしては日本政府の監視に対して襤褸が出かねない。なら、考えられるのは中規模の特殊部隊を投入して、カウンターテロの部隊を善意で送り込んだと言った方が聞こえはいいし、説得力もある。

 

ある程度の情報が流れても日本政府に対して角も立たない」

 

[本当に面白い空想で]

 

「ああ、そうなってくれた方がオレとしてもありがたい」

 

[大人しく出てくれば、話し合う場くらいは持ってもいいですが?]

 

「お断りだ。中規模の部隊でこういう汚れ仕事をしてるって事は暗殺・隠蔽・奇襲はお手の物。取引には一切応じないのは目に見えてる。それ以前に殺すとか言ってたのは何処のどいつだった? 今、こうやって時間稼ぎをしてるのもスナイパーの配置換えと突入部隊のタイミングを計ってるからだろ?」

 

[生憎と嘘は嫌いです]

 

「無理やり突入させないのは突入部隊の人員が少ないからだ。オレみたいなND持ちに対して一撃必殺の攻撃手段があったとしても、それ以外は普通に戦わなきゃならない。不利という程の数ではないんだろうが、追い立てるのが目的なわけだから、この場所で何時間も粘られちゃまずいわけだ」

 

[日本人の妄想は気合が入ってますね]

 

「お前達の目的の順位はたぶん地下にあるGIO日本の中枢から順に特務筆頭、軍閥の司令塔、あいつ、VIPルームの奴らの確保。それ以外は一緒くたに殺害、だろ?」

 

[・・・・・・]

 

ついに喋るのを止めたソラ・フィーデに久重が続ける。

 

「重要な秘密と要人を確保して非合法賭博好きの倫理感ゼロなセレブ連中に貸しを作ったとなれば、そのメリットは計り知れない。しかも、この混乱じゃ誰が誰を殺したかなんて分からないからな。重火器や弾丸はGIOと軍閥のを手に入れてると見た」

 

不意に何処からか飛んできた弾丸が久重の頭部を貫通した。

 

[そこまで理解し、更に時間を稼いだのは賞賛に値します。ですが、幾ら時間を稼いだところで無駄でしたね]

 

ソラ・フィーデが手を上げて前に降ろすと同時に足音が出入り口に殺到する。

 

次々に見えない何者かが上と下に殺到していく。

 

「君は久重って男を軽く見過ぎた」

 

【あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!?】

 

[何?]

 

無様な悲鳴に思わず反応してソラ・フィーデが辺りを見回す。

 

[!?]

 

その瞳が信じられないものを見た。

 

十数人の男が見えない兵達の間を駆け回っていた。

 

全てが同じ顔。

 

それは外字久重の顔に他ならない。

 

[これは・・・]

 

【グゲッッ!?】

 

【ッッ?!】

 

【ゴッ?!!】

 

思わず瀕死で横たわっている風御を見たソラ・フィーデが唇を噛む。

 

「見えない兵隊の欠点は見えない限り誰が負傷したのかパッと見には分からないって事かな」

 

同士討ちを恐れて突入部隊の殆どが銃を撃てずにいた。

 

「しかも、通信や共有情報がジャミングされたら、見えない為に同士討ちを避ける傾向にある」

 

兵達は十数人の久重を押さえ込もうとしたが、その姿はスルリと通り抜けていく。

 

本体が見当たらなかった。

 

[ホログラフ!? こんな安い手で!?]

 

「ちなみにあの親友(笑)は僕も見習いたいくらい体術技能が豊富だよ。つまり、日本の伝統芸能ジャパニーズNINJAって奴かな」

 

風御が皮肉げに嗤う。

 

その間にも兵達の間には混乱が広がっていた。

 

ホログラフなら全て消せば残るは本体のみのはずだという幻想はすぐに打ち砕かれる。

 

「集団を個人で相手取るには幾つも念入りな準備が必要だ。それをこの短時間で行った手腕は凄いよ。裏稼業が生業の僕でも難しい」

 

[本体は何処です?]

 

ガチャリと拳銃が風御の頭に向けられた。

 

「あいつの凄いところはその知識量と応用力にある。ジオプロフィットには様々な学問が使われるけど、その中で最もあいつが得意なのは臨床心理学系統」

 

いきなり、一階のロビーで辺りを染め上げるような輝きが奔った。

 

暗視ゴーグルに焼きつく目暗まし。

 

兵の中にはゴーグルを脱ぎ捨てる者が出始める。

 

[ゴーグルを取らないで!!!]

 

咄嗟に警告したものの、一歩遅い。

 

ゴーグルを『している者』が再び襲われ、その本体がスルリと未だ動き回る久重の群れの中へと合流して散開する。

 

「これで君の部隊はゴーグルを取らないと襲われると学習した」

 

ヒソヒソと呟く風御に少女が唇を噛む。

 

「これはあいつから聞いた話だけど、人間てのはどんなに正しい真実を教えられても、咄嗟の判断には自分で経験した情報を採用する」

 

幾つかの銃声。

 

光源が弾ける。

 

再び周囲が暗闇に沈んだ。

 

また鈍い打撃音と人が倒れる音。

 

ビル外側からの光源の中で【見えない兵達】はかなり心理的なダメージを受けていた。

 

「ここまでで七人脱落。全体の数からすれば軽微だけど、君達が受けたダメージはそんなもんじゃない」

 

ソラ・フィーデの拳銃が予告なく風御の左足を打ち抜く。

 

「―――この練度から言って部隊が落ち着きを取り戻すまでに七分弱ってところかな。そして、その時間は君達にとって致命的だ」

 

脂汗を浮かべながら風御がまた嗤った。

 

[F○ck!!!]

 

バリッと少女の服の袖が縦に破け、爪痕が残る。

 

腕を引っ掻いた拳銃を所持する手がきつく握り締められた。

 

「出鼻を挫かれた兵隊程脆いものはないよ。メンタルダメージは尾を引く。押し切れるだけの勢いがあるからこそ、最初の突入に使う部隊は精鋭。それを欠いた予備兵力でのゴリ押しはお勧めしない。下の異変に気付いてるGIO側はこっちからの侵攻を感じて復旧させたビルの機能で徹底抗戦の構えだろうから。さぁ、どうする?」

 

[~~~地下に全戦力を投入!! 全隊、目標CからDまでを放棄!! 目標Aを最優先とします!!!]

 

耳のインカムに怒鳴った少女の息は僅かに上がっていた。

 

「それも間違いだよ。あいつがいたって事は下からもっと厄介なのが来るって事だ」

 

上層階に突入しようとしていた兵達が地下へと向う階段へと雪崩の如く足音を残す。

 

しかし、

 

【は、反応消失!!! 繰り返す!? 地下へ向った部隊の反応消失!!!】

 

インカムから聞こえてきた声に再び部隊の動きが止まった。

 

「だから、言ったのに・・・」

 

[何が来るのか答えて!?]

 

余裕を無くした様子でソラ・フィーデが風御の眉間に銃を叩き付けた。

 

ダラダラと流血する風御がそれでも余裕を崩さず解説する。

 

「軍閥のECMが途絶えてる今、NDを持つ人間に通信機なんて要らないってのは君達にも分かるでしょ」

 

[!?]

 

「ビル内部は電磁波が通らないように設計されてるけど、機能が回復すれば通信設備は復帰する。君達の情報はもうGIO側にも【彼女】にも筒抜けじゃないかな」

 

地下からまるで間欠泉が噴出すかのように十数人以上の人間の雨粒が吹き上がる。

 

[な!?]

 

バラバラと落ちてくる兵隊の半分以上が透明な部分と滑らかなスーツ部分が混じるという奇妙な斑模様の姿となっていた。

 

「同じ顔してる癖に調査不足だね・・・」

 

[NDに対する我が隊の装備は磐石です?!]

 

信じられない様子で地下へ続く階段を見つめていたソラ・フィーデが歩いてくる影に目を見張る。

 

額には光の文字列が流れていく。

 

その瞳はまるで機械の如くNDによる過剰な情報投影によって内側から漏れる光に輝いていた。

 

世闇に浮かぶ黒い外套に黄金の髪。

 

しかし、それよりも恐ろしいのは視線。

 

ソラ・フィーデが事前に押さえていた情報には決して現れていなかった表情。

 

「貴女が・・・久重を撃った人?」

 

己と瓜二つの人間に初対面で会っているというのに動揺など一欠けらもありはしない。

 

まるで巨大な機械的何かを相手にしているような不気味さにソラ・フィ-デの背筋に冷や汗が流れる。

 

[今すぐです]

 

【はッ!!】

 

ソラ・フィーデの意図を正確に汲み取った声が反応した。

 

ビル周辺の部隊の一角。

 

自衛隊の隊員がまるでマネキンのように身動き一つせずに固まっている。

 

その異常な状態の駐車場に大型軍用車両が数台止まっていた。

 

車両内部で情報管理をしていた複数人がキーボードを猛烈な速度で叩き始める。

 

【中継要員の配置完了しました。出力正常。敵性ND照準。全機器動作オールグリーン。いつでも行けます!】

 

[今すぐ!! 出力を全開にしなさいッッッ!!!]

 

一階の数箇所で配置に付いた見えない兵達がその手に持っていた曲面で形成される盾のような装置をソラに向けた。

 

【出力全開!! 照射時間はコンマ七秒。照射開始!!】

 

車両の中でボタンが押し込まれる。

 

だが、その瞬間・・・各所に配置された装置を持った男達の体勢が崩れ、倒れ込んだ。

 

[く?! 対『鉄喰い(Steeleater)』装備の兵にどうやって干渉を!? 敵ND‐P発現を確認。狙撃部隊攻撃開始!!]

 

一見無防備に見えるソラの頭部と胸部に狙撃位置に付いていた部隊から無数の弾丸が放たれる。

 

それは弾丸がNDによって分解される事を見越して創造された特殊弾。

 

『Precede』

 

脳幹と心臓を一撃で破壊し、指先をピクリともさせずに倒すはず一撃の成果を・・・ソラ・フィーデが目の前で確認する羽目になった。

 

[化け物め!?]

 

全ての弾丸がソラに殺到するより先にその弾道を逸らせ、掠りもしなかった。

 

「【CNT defender】readjust mode BANISH」

 

ポツリとソラが呟く。

 

その場の誰にも見えてはいなかったが、幾つも極細の黒い糸がその場に縦横無尽と張り巡らされていた。

 

全ての糸は半分以上固定されておらず、風に靡く旗のように空気中で揺れている。

 

その重量は人の体に感じられない程しかない為、夜に知覚する事はほぼ不可能に近い。

 

そんな糸の群れが弾丸の全てをソラから逸らしていた。

 

どんな弾丸にも言える事だが、進行方向に対しては突き進む力が強く働くものの、横からの力には弱い。

 

張り巡らせられた糸は突き進む弾丸へ僅かずつ接触し、方向に狂いを生じさせ、最終的には弾道に極端な誤差を生じさせていた。

 

「許さない。“Fire bag”readjust mode HALO」

 

ソラの背後に輝く後輪が無数に出現する。

 

[ひ!?]

 

後ろに下がるソラ・フィーデの周辺に展開していた兵達が装備していたアサルトライフルを掃射した。

 

何年経っても変わらない戦場の臭い。

 

硝煙の煙が周辺の視界を閉ざしていく。

 

「Burst up」の文字がソラの額に浮かび煙の中で仄かに明滅した。

 

光の輪が煙を突き抜けて見えない兵達を襲った。

 

ライフルが次々に焼き斬られ地面に落ちていく。

 

腕を負傷した兵の絶叫が上がった。

 

「認識終了。周辺展開部隊数七。総人員七十八人。総員排除まで三十二秒」

 

[な、何を言って!?]

 

ソラがいつもとは別人のような感情のこもらない瞳でソラ・フィーデに告げる。

 

「最終警告。撤退が確認されない場合、十五秒以内に殺害を開始する・・・」

 

[―――総員撤退!!!]

 

ソラ・フィーデの決断は早かった。

 

唇を噛んだままインカムで指示を飛ばし、激しい憎悪を秘めてソラを睨んだまま、何も言わず兵達に護衛されて退いていく。

 

一分もせずに負傷していたはずの兵全てがその場から消え失せていた。

 

それから二十数秒後。

 

撤収が終了したのか。

 

不意に今までマネキンのように固まっていた自衛隊の人員が何事も無かったかのように動き出す。

 

騒がしくなる周辺から危険が去った事を確認して、ソラが今までの表情が嘘のように泣きそうな顔で一階の奥に走り出した。

 

並んだ柱の傍。

 

一見して何も無い空間にソラが膝を折った。

 

「ひさしげ!!」

 

「何とか、なったか?」

 

パラパラと姿を偽装していたNDが剥がれ落ち、生気の失せた顔で体を横たえていた久重が笑った。

 

「今、応急処置するから!!」

 

血塗れの手で押さえられていた左肩にソラが手を翳す。

 

「無理し過ぎ・・・だよ・・・」

 

「悪い・・・」

 

「NDで体を守らずにあんな無茶するなんて・・・馬鹿・・・」

 

あまりにも弱々しい馬鹿の声に無事な手が小さな頭に伸ばされる。

 

「相手のND対処方が分からなかったからな。パージして周辺に配置するのが手一杯だった。何とか呼び戻した量だけじゃ、傷の方まで回せなくてな・・・」

 

「でも!! 戦わなくても・・・隠れてても・・・誰も責めたりしなかった!!」

 

「お前と虎を軍閥と米軍に挟み撃ちになんてさせられないだろ?」

 

「そんなの!!! そんなのひさしげがケガするよりずっと・・・ずっと・・・!!」

 

お茶目なウィンクで誤魔化す青年を少女は叱る。

 

「ホログラフで致命傷は避けたし、結構上手く立ち回ったと思うが・・・そう、だな。ごめんなソラ」

 

「ひさしげ・・・」

 

溢れそうになるものを堪えてNDで傷の応急処置を終えたソラが久重を抱き締める。

 

「ちょっといいか?」

 

「うん」

 

「あいつがどうなったか解るか?」

 

「あいつ?」

 

「ああ、オレの親友がそこらに転がってたと思うんだが?」

 

「あ・・・その・・・ごめん・・・なさい・・・」

 

ソラが顔を申し訳無さそうに顔を伏せた。

 

「連れてかれた、か?」

 

コクリと頷きが返される。

 

「ま、殺されはしないだろ。一応はADETの出だからな」

 

風御の身を思いながらもグッと体を起こして久重が立ち上がる。

 

「ひさしげ?! まだ、安静にしてないと!!」

 

「そうもいかないだろ。そろそろ自衛隊が突入してくる。まだ依頼は完遂してないし、軍閥の件も時間が残ってるとは思えない。早めに行動しないとな―――」

 

グラリと傾いだ体を慌ててソラが支えた。

 

「まだダメ!! これ以上無茶したら!!?」

 

「無理も無茶も承知の上だ。男には踏ん張らなきゃならない時がある。偉い本の受け売りだ」

 

ソラが押し留めようとした時、懐に持っていたGIOからの支給品である端末が振動した。

 

「オレもだな。何かあったか?」

 

互いに顔を見合わせて端末を取り出した二人が目を見張る。

 

届いた最悪の速報にソラと久重は自分達が間に合わなかったのだと知った。

 

【複数の核弾頭発射を確認】

 

リアルタイムで三つの弾道位置が端末に表示されたマップ上を動いていく。

 

息を飲んだまま。

 

二人はその弾道を凝視した。

 

しかし、すぐにその弾道がオカシイ事に気付く。

 

「何処に向ってるんだ!?」

 

久重の焦った声が弾道を予測し指でマップ上をなぞった。

 

「久重。これまさか?」

 

終着点と思われる場所を指が探り当てた時、ソラが驚いた顔で傍らを見上げた。

 

「ああ、間違いない。どうなってるのか分からんが、どうやら弾道は砂漠に向ってる」

 

「それじゃ日本は救われたって事?」

 

「そう考えるのは早計だ。まずはこの情報を送ってきてるアズにそれぞれ確認を取ろう」

 

「それぞれ?」

 

「そろそろ自衛隊が来る」

 

久重の声がした時点でソラが硬い靴音を幾つも外から捕らえる。

 

「時間が無い。オレは上に・・・ソラ、下を任せる」

 

「―――それじゃ、コレ・・・」

 

少女の差し出した黒い塊オリジナルロット【D1】を何も言わずに久重が受け取り頷いた。

 

今まで使っていたレプリカとは違う、本当にSFを体現する超技術の塊。

 

借り受けるのは二度目。

 

もしも、受け取らないならば少女は決して青年の傍を離れないと決意している。

 

だからこそ、何も言わず、外字久重は少女の信頼の証を握り締めて走り出した。

 

それを見送って、本格的に突入してくる自衛隊から逃げるようにソラが元来た道を戻り始める。

 

廊下にはもう電源が戻っていた。

 

付近にあったエレベーターのドアを抉じ開け、ソラが道程を大幅にショートカットする事を決める。

 

「ひさしげ・・・」

 

飛び込んだシャフトを高速で落下していく間も少女は青年の無事を願わずには要られなかった。

 

上の状況はNDから流れてきた情報で大体は把握していたが、それでも狙撃音に心臓を凍らせたのはソラにとっては忘れられない出来事で、結局自分の任された場所を投げてまで助けに行った。

 

(虎・・・)

 

それだけではない。

 

NDの加護を残してきたとはいえ、それでも虎だけに全てを押し付けてきたのだ。

 

どちらの心配をしても内心穏やかにはなれない。

 

すぐエレベーターで行き来出来る最下層まで到着し、強化された肉体能力を駆使して扉の前で壁に指を突き込んで止まる。

 

幾つも扉を抉じ開け、潜り抜けた先。

 

ソラはようやく虎の背中を発見した。

 

「虎!!」

 

安堵の息を吐いて近寄ろうとした時、背後に気配を感じて手刀が閃き。

 

「ダメ!!」

 

虎の声に寸前で留める。

 

「え・・・」

 

自分が貫こうとしたものを確認してソラが目を丸くした。

 

「その子、助けてくれた」

 

「助けて・・・?」

 

振り返った虎がコックリと頷いた。

 

思わず手で己の額に触れて、ソレの情報がすぐにソラの脳裏に流れ込んでくる。

 

「外部でプログラムが待機状態になってる。NDの自己組織化? こんな事って・・・」

 

「連れて・・・行く?」

 

そわそわしながら親に捨て犬を「拾っていい」と訊く子供のような瞳で虎がソラに問う。

 

二人の傍でギギィと声が上がり、ソラはマジマジとそれを見た。

 

可愛らしく首を傾げたのは第一ゲームでソラが操った蟲の一匹。

 

巨大な蜘蛛だった。

 

「・・・・・・どうしよう」

 

居候先の主の反応を想像して金髪の少女はどうしていいか分からず困った顔をした。

 

近くに白い糸で口までぐるぐる巻きにされた兵達が震えているとも知らずに・・・。

 

 

GIOでそれぞれの戦いが終わりに近づいている頃。

 

上海近海上空・・・海の表面スレスレを田木宗観(たぎ・そうかん)は飛んでいた。

 

もはや自棄とも言える超危険行為。

 

バードストライクどころかフィッシュストライクすら起きそうな冗談染みた光景。

 

握り慣れたコントローラーで機体の姿勢制御を微調整しながら、田木は額から落ちる汗も拭わず笑う。

 

常に鳴り響くロックオンアラートを引き連れてホーネットは飛んでいた。

 

「さすがに・・・手の震えを押さえるので精一杯か・・・」

 

複数の艦艇から放たれた対空ミサイルを後方支援のアズが狂わせていなければ、今頃機体は塵も残さず蒸発している。

 

情報戦は衛星情報を狂わせて行われていた。

 

しかし、幾ら情報を狂わせても、その先から正しい情報を軍閥が上書きするというイタチごっこになっている。

 

ミサイルはあらぬ方向にフラフラしながら飛行しているものの、ホーネットを未だ追ってきている。

 

全て承知の上で機体に乗っている田木だったが、それでも次々に背後へ忍び寄る気配は死神の足音にも似て、喉までせり上がってくる吐き気を押さえ込むだけで酷く消耗せざるを得なかった。

 

ピコン。

 

そんなその場に似合わない音がして、キャノピーの有視界に薄く地図が表示される。

 

GIO中国。

 

最終目的地である場所が地図の上で近づいていた。

 

【こちら田木。目的地(ゴール)は近い!!】

 

無線の先にいるアズが応答する。

 

【それは良かった。でも、そう喜んでばかりも要られないみたいだ。悪い知らせと良い知らせがある】

 

【なんだ?】

 

【じゃ、悪い知らせから・・・3発の核が七秒前に発射された】

 

【馬鹿なッッッ!?】

 

【そして、良い知らせもある。今、弾道を追跡してるけど、目標は日本から逸れてる・・・このままで行くと・・・たぶん、中国北部ゴビ砂漠近辺に着弾する】

 

【どういう事だ!?】

 

【僕にも詳しい事情は分からない。ただ、この状況で核が中国側に落ちるとすれば、それにはGIO側の意思が働いているとしか思えない。GIO日本支社側の久重達にも今リアルタイムで情報を送ってる。何があったのか聞き出したいところだけど、GIOの情報セキュリティーシステムが回復してるみたいで無用な連絡はさせないつもりらしい。とにかく、こちら側はまだ問題ない。というか、問題なのはそっちだよ】

 

【何?】

 

【対空ミサイルを上に乗っけてる車両を衛星で確認した。このままだと後三分で射程圏内に入る。ちなみにGIO中国から八キロ地点】

 

【ここまで来て!!? どうにかならないのか!?】

 

【一度に幾つも衛星にちょっかい出してる手前、妨害が激しい。ここで無駄にルートを外れると二度とゴールに辿り着ける保証が無い。それに軍閥側がこっちの情報に気付いたみたいで・・・衛星への干渉がブロッキングされ始めてる】

 

【く・・・このまま最短でゴールに向った場合、どうなる】

 

【ゴールした直後に直撃するね。速度を落とせば背後から追ってくるのにやられる】

 

【・・・直後という事はゴールは出来ると考えていいわけか?】

 

【それにしても上海市街上空を超低空飛行アフターバーナー全開で飛ぶ事になるよ】

 

【それが唯一の道なら構わない。タイミングはそちらに任せる】

 

【了解。進路そのまま。バーナー点火まで後十七秒】

 

カウントダウンが10を切った時点で田木は己の人生を振り返っていた。

 

これより先は振り返る暇すら無いと理解したからこそ、その脳裏に今までの全てを甦らせる。

 

懐かしい景色は本家のある田舎だった。

 

懐かしい姿は初恋の女性だった。

 

懐かしい時は受験に忙しい青春だった。

 

未だ未婚。

 

特段変わった事もなく過ごしてきたはずの人生。

 

だが、己の信じたものを貫き通せた・・・誇りに出来る生き方だった。

 

何もかもが田木の脳裏に押し寄せてくる。

 

【0】

 

アフターバーナーの点火と共に田木の体がシートの上で悲鳴を上げる。

 

ミシミシと背骨が軋み、全ての景色が高速で流れ去っていく。

 

上海の街並みが田木の目にも視認できるまでに近づいていた。

 

【ロックオンを確認。敵発射体勢。今、発射された!】

 

すぐにアラートが鳴り響く。

 

キャノピーには機体が向う方角から発射されたミサイルが確かにレーダーに捉えられていた。

 

【ミサイル接触まで後二十五秒。ゴール地点上空まで後二十三秒】

 

田木が上海の下を見下ろす。

 

本来なら多くの船が行き交っているはずの海上は閑散としていた。

 

【市街地侵入まで後四秒・三・二・一。入った!!】

 

上海の超高層ビル群が田木の目前に迫る。

 

【前方注意。ビル二つ。間を抜けて。タイミングまで後四秒】

 

注文の多い後方支援者に皮肉げな笑みを浮かられる。

 

襲い掛かるGをものともせずにコントローラーへコマンドが叩き込まれた。

 

隣り合った二つのビルの合間をホーネットが機体を滑り込ませるように傾けて通過する。

 

【ゴールまで後十二秒。脱出のタイミングはこちらで指示する】

 

田木が脱出レバーに手を掛けた。

 

【まずい!? 迂闊だった!?】

 

【何だ!?】

 

【GIO中国のビルは二つ。ゴール地点はその中間。ビルの合間に空中回廊がある。今の高度だと激突する!?】

 

【?!】

 

今更、突入を中止するわけには行かなかった。

 

もうレーダーには機体に重なりそうな点(ミサイル)が幾つも表示されている。

 

このままコースを変えても機体を上向けてもどうにかなるとは思えない。

 

脱出時に回廊へ激突して死ぬとしても田木は直進するしかなかった。

 

【――――――!!!!】

 

数秒にも満たない時間。

 

早鐘を打つ心臓。

 

時は無常に流れた。

 

死ぬ寸前。

 

人は走馬灯を見ると言うが、田木はまったくそんなものは微塵も見なかった。

 

キャノピーがGOOLの文字を浮かべて僅か0.5秒後。

 

機体は猛烈なスピードで迫ってきた白い槍に衝突し、爆発した。

 

背後から追ってきたミサイルが次々に爆発に巻き込まれ連鎖的に爆発が膨らんでいく。

 

「・・・・・・・・・」

 

日本の飛行場内部でアズがパソコンを瞬きもせずに見つめて歯噛みした。

 

握り締められた拳がテーブルに叩き付けられる。

 

室内に設置されているディスプレイが不意に明るくなった。

 

今までアズが表示させていた情報が消え、白い部屋が映し出される。

 

『さぁ、得点の程をご覧下さい』

 

車椅子に乗った亞咲が手を掲げると得点順にチームが並んだ。

 

『一位は・・・第一GAMEに続き【チーム天雨】!!! これで連続して一位です!! 加算得点は1562ポイント!!』

 

ワァーとわざとらしい歓声が挿入される。

 

『素晴らしい抜群の成績です。今後のGAMEは波乱に富んだものとなる事は請け合いでしょう!! さて、それでは次の第三GAMEに付いてのお話を・・・といきたいところなのですが、此処で賭けにご参加下さっている方々に残念なお知らせをしなければなりません。

 

今回のGAME中にGIO日本にテロ攻撃が仕掛けられた為、支社機能が麻痺した状態となっています。これを完全に回復する為には凡そですが、三ヶ月から半年程のお時間を貰わなければならない事と相成りました。

 

これも万全の体制でGAMEを推進する為の致し方ない猶予期間とお考え下されば幸いです。尚、今回賭けにご参加なさった方々にはお帰りの際、安全の為にヘリに乗って頂かなければならない事態となりました事を此処にお詫び申し上げます。

 

では、次回GAMEにも奮ってご参加下さい。これにて第二GAMEを終了させて頂きます』

 

プツンと映像が途切れて、再びアズが映していたものに戻る。

 

「・・・田木さん・・・」

 

このまま気を取られていては次なる犠牲者が出かねない。

 

そう切り替えて、再びキーボードが猛烈な勢いで叩かれ始めようとした時だった。

 

【CEO】

 

Sound only.

 

そんな文字がディスプレイの片隅に表示される。

 

【今から硝子の請求書をそちらにお送りします。後で治療費諸々も・・・それにしても近頃の自衛隊員はラ○ボーやライ○バックみたいな超人か何かなのですか?】

 

「―――!?」

 

すぐに通信は途切れた。

 

「まさか」

 

その言葉に再び監視衛星へとハッキングを開始する。

 

たった数秒ではあったものの、爆発で焦げたビル壁面を曝すGIO中国ビルが映った。

 

目を皿のようにして丹念に見つめてアズが気付く。

 

「田木さん・・・」

 

すぐに映像は途切れた。

 

しかし映し出された映像がディスプレイに再度映し出される。

 

爆発でビル壁面の硝子は殆ど吹き飛んでいた。

 

その片方の壁面に何かを擦り付けたような跡。

 

更に拡大するとビルの内部が僅かに映り込んでいる。

 

人一人が座れるくらいの金属製の座席が転がっていた。

 

爆発する瞬間、確かに田木が脱出に成功していた証拠だった。

 

「・・・・・・」

 

機体を真横に倒す事で脱出する方向をビル内部へと変更するという奇跡的な荒業。

 

そんな芸当をあの瞬間に田木はやってのけたのだ。

 

「何て人だ」

 

脱出した座席は操縦者を括り付けたまま硝子を突破し、ビルの中に突入。

 

無事では済まない。

 

全身を強く打ってショック死する可能性があるし、全身の骨と内臓を痛めるのは分かり切っている。

 

だが、それでも生き残った。

 

九死に一生を得た。

 

それは正に映画の中のソルジャーに違いない。

 

「依頼料は完済で結構です」

 

呟いて、アズは再び久重とソラのサポートへと没頭していった。

 

 

【日本海長崎県五島列島沖】

 

海上保安庁の巡視船と海自所属の艦艇が無数に空母四隻を取り囲んでいた。

 

今までのスピードが嘘のように航行を止めた空母に未だ突入部隊は入り込んでいない。

 

再三の呼び掛けにも無言を貫いていた空母群が唐突に止まったのは誰にとっても予想外の事態だった。

 

迂闊に原子力空母を沈めるわけにもいかず。

 

かと言って、そのまま日本に突入させるわけにもいかず。

 

官邸が迷走している間、とにかく航行を止め様としていた現場はもはや混乱の極みに達していた。

 

サーチライトに照らし出される空母の先頭。

 

そのレーダーマストの上で一人白い少年は闇に融けて耳を澄ます。

 

『父様。【こちらにはまだ五発残っていますが】撃たないのですか? はい。了解しました。では、作戦を中止し、これより帰還します』

 

マストから体を離して少年はそのまま海へと跳躍した。

 

海上の監視を行っていた複数の人員がその光景を目撃し、現場には緊迫した空気が流れるも・・・結局のところ、捜索にも関わらず誰も見付かる事はなかった。

 

数時間後。

 

夜明けと共に空母へと突入した海自と海上保安庁の男達が見たものは黒い通路と冷め切ったスープ。

 

【―――――――――此処で・・・何があったんだ・・・?】

 

人体を巡っていたソレと人だった物の成れの果てに足を浸しながら、突入部隊の人員の大半はその日・・・甲板で朝飯を戻す事となった。

 

第二GAMEの終わりと共に新たな事件の幕が上がる。

 




連綿と続いた日常に変化は劇的で。
季節は誰にも等しく移ろう。
役者達は新たな世界にアドリブを強いられ。
全てが再び動き出した。
第四十一話「HELLO WORLD」
新生する破滅に人々は気付いていない。
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