GIOGAME   作:Anacletus

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この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。


第四十三話 少女達の軌道

第四十三話 少女達の軌道

 

僕は社会の屑だ。

 

だから、屑のやり口は知ってる。

 

【また、お前がやったのか!? これからはもうお前には任せんからな!? 分かったか!!】

 

殴られたものの、違うと言ったところで誰が信じるわけも無い。

 

教師はスタスタと歩き去る。

 

殴った事が周囲に注目される前に消えたかったのだろう。

 

クスクスと嗤う一部の生徒達の仕業だと言ったところで口裏を合わせた連中に敵うはずもない。

 

とりあえず放課後はすぐ学校を出るように心がける事にした。

 

追い討ちを掛けようとする下種がきっといるだろうから。

 

学校というシステムはよく出来ている。

 

社会の縮図とはよく言ったものだ。

 

確かに下種が蔓延る社会を端的に現している。

 

それはきっと間違いじゃない。

 

社会は厳しいなんて大人の代表面をした教師や親は言うのだろうが、弱いもの虐めが社会を回す歯車なのだと潤滑油なのだと声高に言わないだけで体にその縮図を叩き込むのが学校だ。

 

いつの間にか学校からは遠ざかり、いつの間にか夜になっていた。

 

帰らざるを得ない。

 

養われている以上親に心配を掛けては文句が飛んでくる。

 

家は小さな団地の一角。

 

七階の13号室。

 

帰ると親がいた。

 

【あら、帰ったの? とっとと夕飯片付けて頂戴」

 

どうやら文句を言われる程の時間では無かったらしい。

 

ガチャリと後ろでドアノブが回る。

 

すると親の態度はガラリと変わった。

 

【あ、マコトちゃん帰ってきたみたいね。何ボサッとつっ立っんてんのよ。邪魔でしょ!?】

 

そそくさと靴を脱いで食卓に付く。

 

後ろではテンションの高い声がキィキィと鳴っている。

 

【あら、そうなの!? まぁ!? ホント、何処かの誰かさんとは違うわね~~】

 

嫌味のつもりすらない賞賛は他者を貶して行われるべきなのだろうか。

 

だが、それを指摘したところで働いてもいないあんたに何か言われる筋合いはないとキレるのがオチだろう。

 

【今、夕飯作るからちょっと待っててね】

 

イソイソと料理し始める親の背中は嬉々としている。

 

ぼんやり食べずに料理している背中を見ていると弟が反対側の席に付いた。

 

【ほら、ちゃっちゃと食べなさい!? 今、料理出すんだから!】

 

出来あいのパックされた惣菜と冷や飯をモソモソ咀嚼する。

 

希望と絶望の明暗はクッキリと食卓の左右で分かれている。

 

一族希望の星と謳われる弟に対して兄は役立たずの烙印を押された日陰者。

 

別に対して感慨は無いが、明らかな優劣を付けられるのは疲労せざるを得ない。

 

奨学生として高校に入った弟に比べれば、愚劣な兄に構う暇など無いと親の背中は暗に語っている。

 

ごちそうさま。

 

そう呟いてパックをゴミ箱に食器を流しへ盛っていく。

 

丁度出来上がった料理とは入れ違いに台所に立った時、背中から「早く洗っちゃいなさい」との声。

 

あまり洗剤で手を穢すのは好きではない。

 

昔からアトピーが酷いし、洗剤とは相性が良くない。

 

それは知っているはずだったが、親にとっては些細なものなのかもしれない。

 

【あ、それと近所からも言われるんだから、さっさと就職決めてきて頂戴よ! 働き口一つ見つけられないんじゃ良い笑い者なんだから。見付からなかったなんていい訳聞きたくないからね?!】

 

食事中に背中越しで語るべき事柄ではないはずだったが、どうでもいい事柄をとやかく話し合う気は毛頭ないのだろう。

 

軽く頷いてから部屋に戻る。

 

随分と薄暗い部屋の中。

 

何となく虚しくなって机の棚から一冊アルバムを取り出す。

 

開いたアルバムには過去の平穏だった日々が載っていた。

 

弟が親にとって生きがいになる前。

 

まだ平等に過ごしていた頃。

 

まだ自分の顔には笑顔があった。

 

【あ、それとあんた!! 学校から連絡あったけど、謝ったんだからね!!? 何したか知らないけど、家に迷惑掛けるのだけは止めて頂戴!! マコトちゃんの将来にだって関わってくるんだから!!】

 

声を抑えているとはいえ、それでも怒気が伝わってくる。

 

学校への『出頭』は拒否したらしい。

 

一々、こんな屑に構ってられないという本音が透けて見える。

 

もう両親の期待は弟に掛かっているし、冷たい視線しか向けてこない。

 

そんな二親であるものの、養ってもらっている以上は不満など口に出せるはずもない。

 

片や成績も振るわず進学もせず働く事を強いられる兄。

 

片や成績優秀にして文武両道を得意とする有名公立志望の弟。

 

どちらが人に良く思われるのかは理解している。

 

だが、居場所がないのは酷い話ではないか。

 

しかし、そんな愚痴を聞かそうものなら親はキレるだろう。

 

誰が養ってやっていると思っている。

 

働いた事もない子供は黙っていろ。

 

少しは弟を見習ったらどうだ。

 

そんな言葉が返ってくると知ってから反論も議論もする気は失せた。

 

昔は多少慕ってくれていた感のある弟も目に見えて自分より優秀ではない人間を見下す態度が酷くなっている。

 

品行方正で通っている学校でも何処か能力が劣っている奴に向ける視線は冷たい。

 

逆にどんなに品位の無い相手だろうと目上の相手や強者に対しては従順で覚えがめでたい。

 

きっと社会に出たなら出世するタイプだろう。

 

居場所の無い家に長居は無用。

 

すぐにコンビニ言ってくると言い添えて何か言われる前に街へと繰り出した。

 

何かが決定的に壊れたのはそう遠い日ではない。

 

二人の人間が同時に同じ病に倒れ、その際にケガをした衰弱の激しい弟を救う為には珍しい血液型で同様の型を持っている兄から輸血しなければ助からないと医者は言ったらしい。

 

その兄は血など抜かれようものなら死ぬかもしれない状況。

 

だが、両親の言葉に躊躇など無かった。

 

意識の霞む最中で両親は言った。

 

どうかお願いします先生と。

 

迷う事など無かったのだろう。

 

危険を承知で行いますかと言われたのに躊躇など無かったのだろう。

 

それはとても正しいがとても悲しい言葉だった。

 

生き残るなら優秀な方を選ぶ。

 

そう暗に言ったのだから。

 

【ああ、神様良かった】

 

医者がすぐに戻ってくると言い添えてその場を後にした時、そう親は言った。

 

助かるのを喜ぶ声。

 

だが、見捨てる事は厭わない声。

 

表側しか見ていなければ、その声の後ろにある下劣さは分からない。

 

結局、二人同時に回復して事なきを得たものの、これが最後だと聞かずにはいられなかった。

 

何を聞いたのか正確には覚えていない。

 

ただ、言われた事だけは覚えている。

 

【何処で育て方を間違えたのかしらね】

 

まるで拗ねる子供のような声で、苦々しい顔で、そう言われては何も言い返せはしない。

 

か弱い弟の為に何かしたいと思うのが兄じゃないのかとそう聞き返された時は腹すら立たなかった。

 

弱さなんて言葉で糊塗された中身を知っている身からすれば、吐き気がした。

 

【ちょっと、君】

 

その声には振り向かない。

 

たぶん警官が一人。

 

気付かないフリをしてコンビニへと早足に入る。

 

どんな横暴な警官もコンビニの中にまで押しかけて職質しようとは思わない。

 

人の目がある場所で横暴な行為をする事はない。

 

嘗て、横暴な警官に補導された事を忘れはしない。

 

親の答えに疲れ、繰り出した先で警官は容赦なく追い討ちを掛けてきた。

 

怒りすら湧かなかった。

 

警官には警官の事情があるのだろうから。

 

だが、明らかに自分よりも柄の悪い男達が自分の近くにいたというのに声も掛けないのはどうかと思っただけだ。

 

コンビニで数時間も粘られたら巡回中の警官はの場を離れないわけがない。

 

獲物が誰でもいいなら点数を稼ぐ為に他の誰かを漁るだろう。

 

警察の傾向は明確だ。

 

性質の悪い者よりも目先にいる怪しいとか暗いとか如何にも警察にビビリそうな人間に声を掛ける。

明確に観察すれば分かる事だ。

 

怪しいものに職質は掛けても、怖いものには声を掛けない。

 

真理だろう。

 

警官の影が消えたところで百円の品をレジに持っていき、そそくさとその場を後にする。

 

繁華街方面には近づかないよう気をつけながら警察をよく見かける場所を避けて移動する。

 

しかし、そんな事は警察が嫌いな人間なら考え付く事で道に補導確実そうな風体の若年者が増えていく。

 

そして、すぐにいつもの如く絡まれた。

 

問答無用で引きずり込まれ、殴られ、財布の中身を漁られて、何も入っていないのかよと捨て台詞を吐かれた挙句に路地奥へと消えていく。

 

今日も酷い目に会ったと溜息を吐いた。

 

ハズレに構っている暇はない。

 

アタリを引かなければならない。

 

とりあえず、そのまま周辺の人気が無さそうな場所をうろつく事にした。

 

約四十分の散歩コース。

 

自分が好みそうな場所をフラフラしながら周囲に気を配っていると声が聞こえた。

 

とても僅かな声は若い女のものらしく。

 

怯えている様子だった。

 

何をしているのかと声のした方角に向う。

 

約二キロ先の廃ビルだった。

 

鍵が掛けられているはずのドアは揺ら揺らと風に吹かれて開いていた。

 

内部に侵入すると警報装置も切られているらしく。

 

まったく問題なく現場へと近づけた。

 

声は一階からのものらしい。

 

二階まで吹き抜けになっているエントランスが見えたので二階に上がってこっそりと一階を覗き見る。

 

「止めて下さい?!」

 

下卑た声が幾つか重なる。

 

これが所謂暴行の現場というものなのだろう。

 

未だ触られていないようだったが、不良っぽいグループはニタニタと怯える子羊を見て嗤っている。

 

よく見れば、グループのほぼ全員があの少年が言っていた通り『モドキ』だった。

 

暗い室内にも関わらず夜目が利いているらしく少女の姿をしっかりと捉えている。

 

他にも肉体の幾つかの部分が一般人よりも僅か盛り上がっている。

 

決して普通の人間には分からないだろう些細な事だったが、同じような人間からすれば一目瞭然。

 

盛り上がり方は個々人でバラバラなものの、一部分が強化されたらしい。

 

「や、止めて・・・」

 

まったく一部分が強化されたというよりはただ単に下半身の欲望だけが強化されたのではないかと疑う。

 

呆れるものの、そのまま見ているわけにもいかない。

 

そっと袖に仕込んでいるソレを手袋越しで指に挟んで関節の力だけで投擲する。

 

空を切るソレは移動中ただの針状の塊に過ぎない。

 

「じゃ、お楽しみタイムと行きますか♪」

 

過ぎないが、敏感な鼻に触れた瞬間に展開し、通り抜け、元に戻った。

 

ポロンと今にも手を掛けそうだった男の鼻が落ちる。

 

何かが落ちた事に気付いた男は床にあるものを摘み上げ、愚鈍にも程がある感覚をようやく自覚したらしかった。

 

「ひ、ひぁあああああああああああああ?!!!」

 

思わず後ろに倒れこんだ男の手からポロリと鼻が落ちた。

 

手元に残っているソレを次々に投擲する。

 

男達は体の一部を削がれて悲鳴を上げ蹲る。

 

少女は何やらその凄絶な光景にトラウマを作った様子で震えながら立ち上がり、駆け出した。

 

微妙に人助けっぽい事をしてしまったものの、別にそれが目的ではない。

 

結局、今日も空振り。

 

得物をお手製のリールで巻き上げる。

 

作業は単純で一センチ程のリールのボタンを押すだけ。

 

即座に反応したリールはソレの尻に付いている二十メートル程の糸を五秒で回収した。

 

そのままその場を立ち去り、誰かに見付かる前に元来た道に向う。

 

手の中にすっぽりと納まるソレと一式を袖に仕込み直しながら、そろそろ帰るかどうか悩んだ。

 

あまり長い夜は禁物。

 

だが、アタリを引かない事にはたぶん自分の命は無い。

 

あの日出会った少年の事を思い出す。

 

少年は言った。

 

助かりたいなら三人アタリを見つけろと。

 

たぶん、戦ったところで少年には勝てない。

 

それが本能的に分かってしまっていて、そうするしかないのだと理解している。

 

気分が落ち込んでくるものの、このまま夜の街を彷徨っては要らない情報を残す事にもなりかねない。

 

「・・・・・・」

 

いつもの帰り道へ辿り着くまでもう少し。

 

そんな時だった。

 

ガチャリと何かが背中に押し当てられた。

 

「動かないで」

 

心臓が飛び出るかと思った。

 

「貴方の武器をゆっくりと置きなさい。妙な真似をした時点で命は無いわよ」

 

とりあえず速攻で殺される事は無さそうだと安堵するものの、相手がどういう類の人間か分からない。

 

袖の中のソレをゆっくりとした動作で地面に転がす。

 

無論、リールだけを・・・。

 

「糸巻き? こんなので貴方さっきみたいな事をしたの?」

 

用心深い。

 

すぐに凶器へ意識を向けるなり飛びつくなりしてくれるのなら、相手によってはここからでも挽回できるのだが、そう上手く事は運ばないらしい。

 

「何処の漫画よ・・・糸が特別製って事かしら?」

 

どうやら呆れているらしい。

 

確かに糸を使って戦う漫画の人間はいる。

 

だが、実際には重さの無い糸で即座に何かを切断するなんて事はできない。

 

もし、そうするとなると糸の先に錘でも括り付けないといけなくなるだろう。

 

ガシャンと地面に何かが放られる。

 

手錠だった。

 

「それを自分で付けて。そうしたら、ゆっくり立ち上がってこっちを見なさい」

 

酷い話だ。

 

しかし、飲まざるを得ない。

 

言われた通りに手錠を嵌めた後、ゆっくりと立ち上がり、後ろを向いた。

 

「あ・・・」

 

何てこったと間抜けな自分を責めたくなる。

 

其処に居たのはついさっき自分が助けたはずの少女だった。

 

ポニーテールの制服姿。

 

かなり可愛い。

 

清楚な感じがするものの、視線は鋭い。

 

どうやら嵌められてしまったらしい。

 

襲おうとしていた連中が仲間とは到底思えないから、こちらの出現を待っていたのかもしれない。

 

手には予測通りというかお約束通りというか拳銃が握られている。

 

「貴方が近頃世間を騒がせてる『EDGE』ね?」

 

声を録音されている可能性も考慮して黙ると少女が目を細める。

 

「そう、だんまりを決め込むわけね。いいわ・・・なら、今からする質問にイエスかノーで応えて」

答えを返さないのは理解しているのだろうが、こちらの表情から色々と読み取る事は出来る。

 

何が目的かは知らないものの、個人情報が流出した時点で人生オワタとなるのは目に見えている。

 

さて、どうするかと悩むより先に少女の声は続けた。

 

「貴方、近頃○○区に行った?」

 

まったく行った事の無い地域だった。

 

首を横に振る。

 

「じゃあ、貴方は近頃の犯行現場でこの人を見た事ある?」

 

少女が用心深く写真をこちらに向ける。

 

見た事も無い顔の男だった。

 

無論、顔を見る前に鼻を削ぎ落としたかもしれないので断定は出来ない。

 

首を横に振ると少女の視線は一段を険しくなる。

 

「本当に? 本当に知らないの?」

 

ブンブンと首を横に振る。

 

「自分が殺した人間の顔なんて覚えてないってわけ?」

 

蔑むような表情に背筋が凍り付く。

 

殺る気満々。

 

いつ撃たれてもおかしくない。

 

だが、そう思う一方で『その誤解はいつか受けると思っていた』のは事実であり、一応言っておくべきかと口を開く。

 

この際、声を録音されようが構わなかった。

 

少なくともやっていないものはやっていない。

 

何となく胸が痛かった。

 

人に信じて貰えないのはいつもの事だが、人を傷つけてまで嘘を言うつもりはない。

 

もしも、この行為で誰かを殺したならば、いつか裁判になったら殺したと認めようと思っていたし、殺していないならば誰が何と言おうと反論すると決めていた。

 

「僕は例えどんな人間だろうと殺してない。僕が標的にしたのは明らかに他者を害してるのを見かけた不良だけだ」

 

驚いた様子で少女はこちらの反論を聞いていた。

 

「それを信じると思うの? この通り魔!!」

 

「僕が通り魔なのは否定しない。犯罪を犯してるって自覚もある。でも、僕が攻撃した連中を調べてみるといい。大概が手の付けられない下種な連中ばかりのはずだし、病院に運ばれた後、警察に余罪を追及されてる」

 

「正義の味方気取り!? それで人も殺すわけね!!」

 

「あくまで警察の目を連中に向けさせるのが目的であって、それ以外の目的で誰かを攻撃したりはしない。今までも連中の被害者がいる場面で攻撃を仕掛けてきた。それ以外で誰かを攻撃した事はない」

 

「あんたの手口そっくりな傷で死んだ人間がいるのよ!!」

 

激昂する少女はかなり震えていた。

 

銃口もブレている。

 

しかし、それでも近過ぎた。

 

銃を避けるにはもっと致命的な隙を生まなければならない。

 

「それは知ってる。そのニュースは見たけど新聞は読んでない。ちなみにその日に何をしてたかと聞かれれば、ずっと本屋で立ち読みしてたと答える」

 

「この人殺し!!」

 

少女が目を瞑る。

 

そして、撃った。

 

咄嗟に手袋をしていない方でソレを掴んで展開する。

 

ガキュッと銃弾ごとソレがめり込んでくる感覚。

 

しかし、何とかソレが一発目を止めた。

 

手を貫通しなかったのは幸い。

 

目を瞑った少女が再び目を開けて再度銃弾を放つより先に懐へ入る。

 

両拳を鳩尾辺りに打ち込んだ。

 

「―――?!!」

 

ドサリと少女が崩れ落ちる。

 

人生で初めて銃に撃たれるという経験をしたわけだが、足を震わせている暇はない。

 

そのままでは警察がやってくる。

 

ソレの破片を不自由な手で拾い集めて、銃を懐にしまい、少女を担いだ。

 

「死ぬ程痛い・・・」

 

ポタポタと血が地面に落ちた。

 

「やれやれ」

 

まだまだ家に帰れそうもなかった。

 

 

秋の夜空には星を探すのが良い。

 

そう言われた少女は暇潰し用の正座盤を片手に空を眺めていた。

 

夏の気配が去った空気には澄んだものがある。

 

「此処・・・ホクトシチセイ・・・」

 

盤をなぞりながら次々に正座を発見していく中華少女『小虎(シャオフウ)』は星の不思議と美しさに目が輝かせ、幼子の如く無心で星座を見続けた。

 

懐の無線が鳴る。

 

合図に少し残念そうな顔をした虎は傍らに置かれていた自分の身長に届きそうな長さの鉄の固まりをゆっくりと構えた。

 

骨董品に等しいボルトアクション式のライフルだった。

 

今の時代、プラスチックによる軽量化や機械による支援は当たり前。

 

競技用ですら時代の流れを取り入れているというのに少女の持つ銃(それ)は無骨で無機質な冷たい鋼だけで出来ている。

 

狙撃手の相棒である『観測手(スポッター)』もいない。

 

狙撃するにしては何も用意されていない環境と言っていいが、少女は何も気にしてはいなかった。

そもそもが観測機器や正規の銃とは無縁な場所で生きてきた。

 

頼りになるのはいつだろうと五感。

 

闇夜の先を除くには暗視装置の一つもあればいい。

 

そして、その暗視装置は少女の片目に装備されている。

 

轟々と海風が鳴る場所で虎は一人孤独な作業を始めた。

 

狙撃体勢を取り、ライフルを固定し、照準し、目標が移動してくるのを待つ。

 

周囲にある白い建屋群が生み出す複雑な風を読みながら銃口を向ける先を調整する。

 

距離700メートル。

 

遠いが撃てない距離でもない。

 

己の鼓動すら静まったような錯覚を覚えながら、目標が現れるのを待つ。

 

やがて、スコープの中にある一本道の先から十数台のバンが走ってくる。

 

黒塗りのバンは如何にも怪しい。

 

力む筋肉は信用せず。

 

骨を使って固定したライフルの引き金を虎はそっと引いた。

 

火薬が弾け、燃焼し、ガスが発生。

 

押し出された弾丸が風の煽りを受けて角度を微妙に変化させながら宙を飛び、着弾した。

 

一発目が先頭車両至近、左脇の林へ消える。

 

「外した・・・」

 

何となく腕が落ちているのは分かっていたものの、ちょっとショックな気分で虎が次弾を装填し、今度は前よりも近い車両を狙い撃つ。

 

次の弾は吸い込まれるようにボンネットに着弾し、内部のエンジンに潜り込んだ。

 

先頭車両がスリップしながらエンジンを炎上させる。

 

背後の三台が巻き込まれ横転、残りの車両が急ブレーキを掛けた。

 

車両から次々に目出し帽姿の男達が出てくる。

 

辺りを警戒しながら、先頭車両から何とか這い出た者が何かを叫んだ。

 

次々に止まった車のボンネットへ弾丸が着弾し、炎に包まれる。

 

男達は焦った様子で横転した車両内部から何かを取り出して退避していく。

 

その様子をスコープ越しに余すところなく見ていた虎は男達の何人かを撃つべきだと判断したが、事前に人殺しはダメと言われていた事も手伝って、自制した。

 

自分の役目は足止め。

 

後は自分が守るべき人がどうにかする。

 

今からでも現場に駆けつけたい衝動に駆られながら、虎はスコープに映った背中へ声援を送るだけに留めた。

 

「がんばって・・・ソラ」

 

道路の真ん中に一人ポツンと少女が立っている。

 

原子炉建屋屋上からの声が聞こえるはずもないが、金色の髪を揺らした少女は緩く笑みを浮かべた。

 

 

そもそもの始まりは第二GAME終了後。

 

再び日常へと戻った外字久重へ大きな仕事が舞い込んだ事に始まる。

 

GIOの第三GAMEは数ヵ月後。

 

それまではいつも通りの生活に戻る事ができるとGIO側から通達を受けたチーム天雨の活動は休止していた。

 

日本と中国軍閥が関係を悪化させ、いつ戦端が開かれてもおかしくないという状況にはなっていたものの、青年の周りにはあまり関係なかった。

 

何も世界の未来を占なう戦いに参加するだけが仕事でもない。

 

生きていくには金が必要で、その金を手に入れる為には働かなければならない。

 

ならば、何でも屋の仕事に休みはない。

 

最初は負傷した肩の治療に専念していた久重だったが、ソラと虎の献身的な介護やNDによる治療で傷は数日で完治、身体的には何の問題も無くなっていた。

 

当初、新しい仕事の話を青年に持ってきたアズはこれから居候二人を養うなら高収入が見込める仕事は外さない方がいいとその海外での仕事を薦めた。

 

二人の少女はそれを手伝う気満々だったが、生憎と一人で海外という特殊な条件のもので付いていく事は出来ないと判明。

 

それでも付いていこうとした二人に対してアズは久重に本来回すはずだった仕事を宛がう事で自分の食い扶持を稼げばいいと持ちかけたが、本来仕事を回されるはずだった本人は断固拒否の姿勢を取った。

 

だが、子供は大人しく養われてなさいとの過保護な大人全開の青年に・・・少女達は首を立てには振らなかった。

 

話し合いの最中。

 

自分の仕事は他人に誇れるようなものではないし、危険もあるし、時には人を傷つけるものだと自嘲した青年に二人の少女はこう力説した。

 

命を救い、心を救ってくれた。

 

その人の仕事が誇れないはずはないと。

 

その人の為なら自分達は危険も他者を傷つける事も厭ったりしないと。

 

本当は・・・どうやっても裏の世界から抜け出せない少女達にそんな仕事をさせようと青年は思っていなかった。

 

しかし、自分などよりも余程に逞しい少女達の心からの声を否定できはしなかった。

 

だから、ただ一言「分かった」と承諾した。

 

そんなやり取りを見ていたアズは青年の前で少女達に新しい仕事を紹介した。

 

それは『学校』で『普通』の『授業』を受けながら『長期的』に『とあるもの』を探す仕事。

 

青年は思ってもみなかった言葉に自分の雇い主を見て頭を下げ。

 

『他にだって危険な仕事は押し付ける事になる』と雇い主は青年の頭を上げさせた。

 

それから少女達は大学教授の家に預けられながらも学校に通っている。

 

時には危険な仕事を請け負いながら。

 

原子力発電所へのテロ阻止なんて仕事をしながら。

 

『連中がやたら撃つ前に決着を付けようか』

 

イヤホン越しに聞こえてくる声にソラはテロリスト達へ突撃した。

 

気付いた男達が小銃を照り返す金色の少女へ向ける。

 

だが、遅い。

 

致命的なまでに速度が足りない。

 

テロリスト達がワンアクションしている間に少女はもう人間離れした動きで彼らの合間を駆け去っている。

 

星明かり以外、車から立ち上る炎だけが照らす世界に悲鳴すら響かない。

 

引き金に掛かっていた人差し指が捻じ曲がり、喉の内部をNDによって編まれた黒い布が塞いでいた。

 

【――――――!!!】

 

急激に酸素を奪われ、銃を取り落とす男達が痙攣しながら倒れていく。

 

口内へと侵入していたNDが窒息死する前に布を分解するものの、体中を黒い糸に絡め取られた男達は身動きすら許されずに転がった。

 

「・・・制圧完了」

 

『ご苦労様。警察が来る前に引き上げよう』

 

「うん」

 

ソラが撤収する準備を始めようとした瞬間だった。

 

『ご立派な事ね。人殺しなんていけませんってあいつに言われて守ってるわけ?』

 

突如として入ってきた通信に硬直したソラの背後から何かが横顔をすり抜け、正面から同様に何かが肩を掠るように背後へと突き抜けていく。

 

『へぇ、面白いじゃない。弾道を変えた?』

 

ソラが何を言われているのか気付いて、それが【自分の力】ではない事に愕然とする。

 

『まさか、今のを逸らすなんて・・・肩ぐらい持っていけるかと思ったのに残念』

 

『シャフ・・・』

 

同じ周波数でソラが話しかけた。

 

『一体どうやって逸らしたのか興味あるところだけど、今日は挨拶代わりよ』

 

『今まで、何してたの?』

 

『あんたに話す必要なんかないわ』

 

第二GAMEの最中に忽然と消えてしまった【連中】からの監視役である小豆色の外套を着込む少女。

人類を滅ぼすに足る病原体を幾つも保有する管理者(キャリアー)。

 

仕事で抜けますなんて電文をGAMEの終わった後に受け取ったチームからすれば、その動向が気になるのは必然だろう。

 

『何が目的?』

 

シャフが再び接触を試みてきた事がどういう意味を持つのか。

 

ソラには半分以上理解出来ていた。

 

『連中はこれから本格的に動き出す。だから、あんたが忘れないよう教えに来てやったのよ。どんな抵抗したところで無駄だって事をね』

 

『今のは?』

 

『オリジナルロットの解析は進んでる。あんたの通常防御機構を抜ける弾くらい幾ら連中が無能と言っても造れるわ。試作品だけど、完成すればイートモードも楽々貫通って話よ』

 

『どうして教えてくれるの?』

 

『これからあんたは私にぐっちゃぐちゃの顔であたしに許しを請うのよ。それが先に殺されてちゃ興ざめでしょ』

 

僅か唇を噛むソラにシャフがそっと絶望を告げる。

 

『全人員にM計画の中期計画書が告知されたわ』

 

『そんな!? あれは博士がいなかったら二十年以上掛かるって!?』

 

『【SE】の断片捜索は後回しなんじゃない? その前に【兵隊】の方がそろそろ完成する。【博士】が言ってた通りだとすれば、リミッターの掛かってるあんたの【D1】じゃまず無理ね』

 

その通信内容にソラが愕然とした顔で固まる。

 

『それと【連中】が慌てるような奴が此処(にほん)に来てる。聞いてるでしょ? 『あんた』に言ってるのよ。あんたの昔のご同類・・・随分と愉快な奴ばっかりみたいだけど、とんでもないわね。せいぜいこいつが巻き添えで死なないよう気を付けて・・・あたしの獲物なんだから』

 

『ああ、ご忠告どうも。シャフ嬢』

 

いきなり二人の通信に割り込んできたアズに驚いた様子もなく。

 

シャフの通信が途切れた。

 

『・・・アズ?』

 

『なんだい?』

 

ソラの不安そうな声にカラリとした声が答える。

 

『その・・・』

 

『気にしなくていい。こっちの事情は必ずこっちで片を付ける。君は君の身を第一に考えるべきだよ』

 

『うん・・・』

 

『―――ああ、今回すよ』

 

『?』

 

『ソラ』

 

『虎?』

 

『大丈夫・・・』

 

『あ・・・さっきの虎が?』

 

『狙撃手見つけた。間に合わなくて・・・ソラを撃った』

 

『え!?』

 

『ごめん・・・』

 

気落ちした声にソラが何と言っていいのか分からなくなる。

 

『ああ、ちょっと誤解があるようだから言っておくけど。神業だった・・・君が今無事なのは虎嬢のおかげだ』

 

『どういう事?虎』

 

虎が何かを言おうとするが、アズが割って入った。

 

『簡潔に言うと弾丸を弾丸で撃ち落そうとした』

 

『ふぇ!? 虎!?』

 

『ごめん・・・なさい』

 

驚いたソラに罪悪感に駆られた声が謝る。

 

『あ、別に責めてるわけじゃないから、その・・・』

 

『事実だけを言えば、それは失敗した。けど、弾丸が超至近で交差した瞬間に弾道が変わった』

 

『だから、シャフは・・・』

 

『ソラ・・・怒ってない?』

 

怯えた子供みたいな声。

 

これから怒られるかもしれないという不安に実を縮こまらせている図がすぐソラの脳裏に浮かんだ。

 

『うん。怒ってない』

 

『本当?』

 

『本当』

 

安堵したような溜息。

 

『ふふ。さ、それじゃ乱入者もあったけど、そろそろ帰ろう。さすがに警察が来たようだ』

 

二人のやり取りに微笑ましそうな笑い声が上がり、それと同時に二人にも遠方からのサイレンが聞こえ始めた。

 

『海上保安庁の巡視船が来る前にボートに集合。遅れたら置いていくからね♪』

 

二人の少女は次の瞬間には同時に頷いて走り出していた。

 

『ああ、そうそう。それから明後日にはあのお人よしが帰ってくるから、また忙しくなるよ』

 

『『?』』

 

『某国のお姫様に結婚を申し込まれたみたいでね』

 

『『?』』

 

『聴いてみるかい?』

 

二人がよく分からないという顔をしている間にも何やら通信に雑音が入り、すぐクリアーになる。

 

【本機はこれよりマダガスカル上空に入ります】

 

機内アナウンスに混じってスヤスヤと寝息が聞こえた。

 

【・・・ぁ・・・ん・・・】

 

それに混じって何やらもぞもぞと何かが動く音。

 

小さな鈴を鳴らすような声が微か英語を紡いだ。

 

【・・・ひーちゃんと結婚できたらいいのに・・・///】

 

高度一万二千メートル上空での呟きが白い着ぐるみに向けられているとは知らず。

 

日本の少女達は名状し難い顔で思った。

 

帰ってきたら青年に精一杯甘えようと。

 

一方、自分の一生の秘密になるべき呟きが聞かれているとも知らず。

 

褐色の肌の少女は貨物室の中、ひっそりと着ぐるみに抱き付いていた。

 




大国の寡兵は墓場より敵地を好み。
誇りの徒は牢獄より出でて大海に向う。
彼の地に断末魔が響く時。
災いは都市を呑み込んだ。
第四十四話「旗幟不在」
平和の祈りは無に帰して・・・。
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