GIOGAME   作:Anacletus

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*この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。


第三話 証左無き仕掛け

第三話 証左無き仕掛け

 

【明日を夢見て集え!!】

 

海外留学のポスターが張り出される構内。

 

ストローを咥えてミルクティーを吸い上げている金髪少女ソラは外国人が多数往来する廊下を見つめながら目立たないようラウンジの端で約束の時間を待っていた。

 

(ひさしげ。まだかな?)

 

今はソラの保護者と化している久重が学業を休学する旨をソラに持ちかけたが、ソラはそれを断固拒否し、自分の為に何かを犠牲にしないで欲しいと久重に懇願したからだった。

 

(・・・・・・・・・)

 

朝食後、一人で部屋に置いておく事に不安を感じた久重が多数の留学生を受け入れている自分の大学ならば目立たないはずだとソラを連れ出していた。

 

「ぅ~~~~~」

 

久重の通う大学構内の風景にウズウズと体が好奇心に負けそうなソラが立ち上がろうとした時だった。

 

「これはこれは。学生の妹さんかな?」

 

「!?」

 

ビクリと体を震わせたソラが振り向くと大柄で小麦色の肌をした男が金髪を掻き揚げたところだった。

 

「・・・・・・・・・」

 

警戒心マックスとなったソラが視線を険しくする。

 

男は四十代で大学の講師をしているのか白衣を着込んでいた。

 

「子猫ちゃん。君の飼い主は誰だい?」

 

嫌味の無い口調で爽やかに聞いてくる無礼者にソラが口を開く。

 

「彼方、ステーツの人?」

 

ノリで看破したソラに男が頷く。

 

「如何にも。そういう君はクイーンズの人だ」

 

僅かに日本語に残る訛りを感じ取られたのかとソラが口を引き結んだ。

 

「警戒させちゃったかな?」

 

「初対面の年下を子猫ちゃん呼ばわりするなんて命知らずだわ」

 

「俺の母国ならな。此処はそういうのに寛容な国さ」

 

ソラが男の瞳に気圧されて、反射的に後ろに下っていた。

 

男の持つ雰囲気。

 

覇気のようなものがソラにジリジリと焦りを生む。

 

「彼方、ライオンみたい」

 

「俺がライオン? はは、冗談は止してくれ。これでも大学一の平和主義者で通ってるんだ」

 

獰猛な獣に睨まれたような圧迫感を感じてソラがラウンジから逃げ出そうとした時だった。

 

ポフッとソラの頭が何かに当たる。

 

「どうかしたか。ソラ?」

 

「ひさしげ!!」

 

思わぬ救い主の登場にソラが猫よろしく久重の背中に隠れた。

 

「ひさしげ。そこにライオンがいるわ」

 

久重がソラの指差した先にいる男を見つけ、頭を掻いた。

 

「ん~~確かにライオンって言えばライオンか? 全体的な輪郭が・・・」

 

「お前のお友達か久重!? それはそれはとりあえず赤飯でも奢るか!?」

 

男が大げさに喜びHAHAHAと笑う。

 

「ひさしげ。このライオンと知り合いなの?!」

 

驚くソラに久重が首を振る。

 

「知り合いになりたくない知り合いのナンバーツー。簡単に言うとオレの大学での上司だ」

 

「ふぇ?!」

 

ソラが素っ頓狂な声を上げる。

 

「そういう事だ。子猫ちゃん」

 

男が豪快に笑った。

 

「冶金学の博士。スティーブ・ライオネル・ジュニアとは俺の事だZE♪」

 

無駄なポーズを取りながら変人はソラにキラリ☆と白い歯を見せた。

 

 

変態チックな動きでポーズを決めたスティーブの研究室をソラは久重の背中に隠れながらも訪ねざるを得なくなっていた。

 

「それで久重。今回のプロジェクトから外れたいってのはどういう事なんだ?」

 

「やる事が出来た。それだけだ」

 

ソファーに座りながら、出されたコーヒーにミルクを大量に投下してフーフー冷ましていたソラは二人の会話に耳を澄ます。

 

「いつもの借金返済か? だが、利息くらいは返してるんじゃなかったか?」

 

「ざっと四千万程追加になった」

 

「ほう? 使い道は?」

 

ソラがコーヒーを掻き回すスプーンを止める。

 

「アンタに教える事じゃない」

 

スティーブが「ふむ」とコーヒーを啜る。

 

「大学院を休学するわけじゃないってのはいい。論文はもう大学時代に出してなかったやつを三つ提出済みで審査を待ってるだけだから問題も無い。だが、俺の研究にはお前が必要だ」

 

「オレは別にアンタの研究室から出たわけじゃないし、あくまで研究への参加は自由って事になってたはずだ」

 

「そんな事は解ってるさ」

 

「なら、何が問題だ?」

 

「解析結果が出た。ほら、これだ」

 

手渡された紙を見つめて久重が溜息を吐く。

 

「お前がこのプロジェクトから抜ければ、これからの研究に十年は掛かる。研究が此処で減速すれば、プロジェクトの規模は縮小されるだろう」

 

「だが、アンタと研究室の連中だけでも出来ないわけじゃない」

 

「研究が完成すれば各方面からの資金提供と特許の使用料も入ってくる。特許の二つ三つに関してはお前の名前で登録しても構わない」

 

「随分と豪気だな?」

 

「それがお前を引き止めるに足る材料なら、その程度の利権ぐらい手放すさ」

 

それからの沈黙が長かったのか短かったのか。

 

ソラが久重の顔を見上げた時にはもう答えが返されていた。

 

「悪いが降りる。オレは別に金持ちになりたいわけじゃない」

 

「世の中にはそんな台詞を吐けない人間が五万といる」

 

「アンタがオレを特別視してくれるのは光栄だと思ってる。今までの恩もある。でも、それはオレの人生じゃない。アンタの人生だ。オレの人生じゃなくてアンタの人生を賭けるべき問題だ」

 

「天才と秀才の違いが解らないわけじゃあるまい?」

 

「スポーツの才能があったからってオリンピックに行くかどうかはそいつ次第なはずだ」

 

「この我侭小僧め」

 

スティーブが仕方なさそうに笑う。

 

「ああ、アンタに扱かれて育ったからな」

 

「なら、行け。お前の進む道がオレの研究より凄かったら、その時は祝福してやる」

 

その言葉に頭を下げて久重はソラを伴い研究室を後にした。

 

大学の廊下を歩きながら、ソラが久重の袖をクイクイと引っ張る。

 

「ねぇ、ひさしげ」

 

「何だ?」

 

「断って良かったの?」

 

「ソラが気にする事じゃない」

 

「気にするわ。気にならないわけない・・・だって、協力してれば借金返せたかもしれない。私の事なんか放って置いてもだい―――」

 

それ以上ソラに久重は言わせなかった。

 

唇の上に人差し指がそっと乗せられる。

 

「今現在、オレの人生を賭けるべき問題は此処にある」

 

コツコツと人差し指がソラの額を突いた。

 

「ひ、ひさしげ・・・」

 

照れくさそうにソラが視線を逸らす。

 

「とりあえず、これからアズと合流する」

 

「うん」

 

二人の足音は講義の時間となった誰もいない廊下に重なり合った。

 

 

久重とソラが大学の正門を出るとクーペが一台止まっていた。

 

運転席からヒラヒラと手を振るアズが二人の様子を見てニヤリとする。

 

「おい。何だその笑み?」

 

久重が助手席にソラが後部座席に乗り込むとクーペが発進した。

 

「いや、仲睦まじいとは良き事かな、とね」

 

バックミラーに移ったソラのそわそわした様子にアズが目を光らせる。

 

「で、そっちの首尾は?」

 

「上々だよ。色々と生活に関するマニュアルも組んでおいたから。ソラ・スクリプトゥーラ嬢。君の足元にあるバッグを開けてくれないかな?」

 

「は、はい」

 

ゴソゴソと足元のバッグを開けたソラが?マークを頭に浮かべた。

 

「出して着てみてくれるかな」

 

アズに言われるままソラがバッグから取り出した灰色の外套を着込んだ。

 

袖が余り手先が隠れるくらいの大きさにソラが戸惑う。

 

「あ・・・」

 

着込まれた外套の表面に自動で不規則な文様が浮かんだ。

 

「夏にそれは無いだろ?!」

 

突っ込みを入れた久重にソラが驚いたように首を振った。

 

「ひさしげ。これ凄く涼しいわ」

 

「涼しい? それが?」

 

「ふふん。久重。君は僕を侮り過ぎだよ」

 

「何なんだ。あのコート?」

 

「都市迷彩仕様の軍事品」

 

「ぐ?! おい。何か物凄い犯罪のニオイが・・・」

 

アズがダッシュボードから書類を取り出すよう久重に促した。

 

数枚の紙の束を取り出した久重がTOP SECRETと書かれた一枚目に顔を引き攣らせる。

 

更にはその紙に描かれている何処かの米印な国の軍事機関のマークに汗を浮かべた。

 

「・・・・・・おい」

 

「ちなみに正規品じゃないから大丈夫」

 

アズが物品の入手方法を得意げに話し出す。

 

「いや、僕に逃がしてくれって頼んできた米軍帰属の元特殊部隊隊員がいてね。金が無いって言うから何か金になるもん持ってないのかと聞いたらソレをね。こうポンと」

 

「で、ただ夏場に着てて涼しいコートなんてのがどうして軍事機密なのか聞いていいか?」

 

「簡単さ。都市部で着てたらまず見つからない」

 

「は?」

 

「ひさしげ!!!」

 

「うお?!」

 

響き渡った大音量に久重が驚く。

 

「ソ、ソラ。どうかしたか!?」

 

「さっきから話しかけてるのにどうして無視するの?!」

 

機嫌を損ねた様子でソラがコートを脱いだ。

 

「いや、話しかけてた・・・か?」

 

「話しかけてたわ。ちょっと声小さかったかもしれないけど、なのに・・・」

 

「わ、悪い。気付かなかった」

 

「そんなにその人とお話するのが好きなんだ。ひさしげ」

 

何故か半眼で睨まれ、久重が慌てる。

 

そんな久重とソラの様子にクツクツとアズが笑った。

 

「効果あるだろう?」

 

「な・・・そのコートの?」

 

「簡単に言うと簡易のパワードスーツみたいなものさ。内部温度の調節と防弾性、耐火性、対電性。それはデフォで付いてるおまけ機能。一番の売りは臨床心理学の研究で出来た人の意識に視覚で干渉する心理的迷彩ってのを真面目に付け加えたところかな。更には最近になって実用化した光学迷彩も装備。超薄型のバッテリーと表面に仕込まれた太陽光と熱から発電するシステムで充電も経済的」

 

楽しげに話すアズの言葉にソラも久重もマジマジと外套を見つめた。

 

「それを着て全迷彩機能を使う限り、監視カメラにも違和感程度しか映らない『怪奇、真夏にコートを着る少女』とかになれるって寸法さ」

 

アズの得意げな顔に久重がげっそりした。

 

「おい。得意げになってるとこ悪いがそのコートのまま行き倒れたらどうする?」

 

「ずっとコートが壊れるまでそのままかもね」

 

微笑むアズが良い事を思いついたとばかりに手を打つ。

 

「そんなに心配ならコートを着ている間は手でも繋いだら?」

 

「な!?」

 

「ふぇ?!」

 

二人同時に動揺する様子にアズがジットリとした視線で久重を見る。

 

「ロリコン」

 

「ぐふ?!」

 

思わぬダメージに久重が呻いた。

 

それに構わずアズが続ける。

 

「ちなみに心理的な迷彩って言っても大した能力じゃない。そのコートの文様を見た人間が次ぎに見たモノを強く印象付けられ、コートを着た人間を見たって記憶が薄れるとかそういう話だったはずだから。記憶自体はあるけど大した記憶として残らないって言うのが正しい効果かな」

 

「だが、ずっと透明人間になってるわけにはいかないだろう? 監視カメラだって都市中にある」

何とか心理的ダメージから回復した久重が訊く。

 

「光学迷彩機能を使わない場合に監視カメラなんかに映ると隠しようはない。けど、都市中の監視カメラに関してはジオネット経由で細工し始めたから、こちらが指定した、あるいは君達が指定した区域での活動なら特定の時間帯は問題無く外出OKだよ」

 

「凄い・・・」

 

アズの説明に正直に感心するソラがアズの横顔をマジマジと見つめた。

 

「で、今日はこれだけか?」

 

「君が昨日僕に借金した額を言ってみてくれるかな久重」

 

「とっても一杯ですはい」

 

久重が額に汗を浮かべて笑った。

 

「君にプライベートな時間なんてあると思ってる? きっちりと体で払ってもらう予定立てておいたから。ちなみに借金の完済までざっと単純計算で五十年。これからも末永く君には働いてもらうよ」

 

「お、お手柔らかに」

 

ソラが二人のやり取りに暗い顔をする。

 

自分のせいで久重にどれだけの借金を背負わせてしまったのか。

 

そう考えるだけでソラの心は沈んだ。

 

「それじゃあ、まずは猫探しでもしてもらおうかな。君も手伝うかい?」

 

「え・・・」

 

ソラが驚いた顔をする。

 

「君の借金は確かに久重が肩代わりした。けれど、君が協力するなら二人分の働きを差し引きして構わない」

 

「おい。アズ」

 

「僕はソラ嬢に訊いてるんだ。久重」

 

アズが久重を訴えを退ける。

 

「どうする?」

 

「やらせてください」

 

「聞こえない。もっと大きな声で」

 

「やらせてください!!!」

 

久重がソラの出した出会った時以来の声に驚く。

 

「決まりだよ。久重」

 

「いいのか。ソラ?」

 

久重の問いにソラが決意を瞳に秘めて頷いた。

 

「私、久重に助けられてばかりだった。だから、今度は私が久重に何かしたいの」

 

「・・・解った。これからよろしく頼む。ソラ」

 

「ッ、うん!!」

 

ソラの溢れる笑顔に久重は思う。

 

それは救えなかった後悔より、強く久重の胸に響く思いだった。

 

この少女にずっとこれからもこういう顔をしていてもらいたいと。

 

(これからが大変だよ。久重・・・・・・)

 

アズが二人の様子にひっそりと目を細めた。

 

 

安アパートの一角。

 

外字との表札が出ている部屋の扉を前にして了子は溜息を吐いていた。

 

「いないのかぁ。やっと見つけたのに」

 

己の伝手と情報網を駆使して、ビル火災現場で確保された重要参考人である人間の名前と住所を突き止めた了子だったが、取材を申し込もうと意気込んでその男の住むアパートに突撃を掛けた結果は空振りだった。

 

生憎の留守。

 

居留守ではないかとしつこく扉を叩いたものの誰も出てこず。

 

アパートの管理人に話しを聞こうとしたがそちらも留守だった。

 

トボトボと萎れた様子で了子がその場を後にする。

 

「外字久重。二十三歳。來邦(らいほう)大学大学院一年生。大学での専攻は位置情報利益学。近頃流行りのジオプロフィットのスペシャリスト・・・か」

 

了子が調べ上げた経歴に「う~~~ん」と唸る。

 

経歴は平凡なものばかりだった。

 

別に何かに突出しているわけではない。

 

それ以前に何か犯罪に巻き込まれるような経歴でもない。

 

それなのにビル火災の現場にいた。

 

一部の人身売買被害者からは自分達を逃がしてくれたとの報告も警察にはある。

 

警察の取調べには淡々と応じていたらしいが、すぐに釈放された。

 

(経歴と行動がチグハグ過ぎる)

 

了子は自分が見逃しているモノの大きさと調査不足を痛感した。

 

(本人に当たれないなら、友人や家族に当たるのが妥当だけど、この人『黒い隕石』騒動で家族失くしてるみたいなのよね)

 

了子がやっと手に入れた学生の個人情報には家族欄の場所があった。

 

殆どが黒塗りで読めないものの、家族欄だけは基本的に開示されていた。

 

その場所には『黒い隕石』被災孤児との名称があった。

 

(友人から探るにしても友人関係の把握がまだ出来てない。ああああああ、もう!! 後出来る事が何かないかな!?)

 

歯痒さに悶絶して、了子はガックリと項垂れた。

 

「一回帰って風呂でも入ろう」

 

トボトボと肩を落として帰ろうとした時だった。

 

ポチコーンとの音。

 

グルリと首が九十度は曲がったような振り返り方で了子がその光景を神に感謝した。

 

外字の表札が出ている扉の前、一人の青年がインターホンを連続で鳴らして諦めたのか帰ろうとしていた。

 

ゴキブリも驚く脅威の瞬発力を発揮した了子の足がハイヒールで百メートル十二秒を叩き出す。

 

「すいませ~~~ん」

 

「はい?」

 

声に振り返った青年に人当たりの良い外面で了子が近づいていく。

 

「外字久重さんのお知り合いの方ですか~~?」

 

「・・・アンタ誰?」

 

「あ、私はこういう者です」

 

ササッと懐から名刺を取り出した了子が青年にそれを手渡す。

 

「へぇ、ジャーナリスト」

 

「はい」

 

「・・・この間の件調べてるの?」

 

「ビル火災の現場で外字さんを見たとの話がありまして、それでお話を伺わせて頂こうかと思ったのですが、どうやらご在宅ではなかったらしく、諦めかけていたところに彼方がいらしたので」

 

「つまり、僕に久重の事が訊きたいんだ?」

 

「はい。それはもう是非に!! もし、これからよろしければ喫茶店なんて如何ですか?」

 

「悪いけど行き着けの店以外は行かない事にしてるもんだから」

 

「あ、そうなんですか。それなら乗せていきますよ?」

 

「言っとくけど、高いよ?」

 

「いえ、気になさらないで下さい」

 

「そう?」

 

「ええ」

 

近くの駐車場からセダンを回した了子が内心でガッツポーズ出来たのは外字久重の親友永橋風御の行き着けの店の駐車場に行くまでだった。

 

聳えるホテルの最上階。

 

『これはこれは永橋様』との声に魂が抜けた了子はその日、自分の給料の半分を放棄するかネタを追い求めるかの二択を迫られた。

 

無論、ネタを追う者としての矜持がどちらを選んだかは言うまでもない話だった。

 

 

魂の抜けた了子が黙々とモグモグと行き着けの『喫茶店』自慢の料理を涙半分自棄で頬張る。

 

「凄いねジャーナリストさん。こんなとこで涙流すくらい美味しいんだ?」

 

「い、いえ、あんまりの展開にこう涙が。うぅ・・・喫茶店じゃない」

 

「何か言った? ちなみに此処は僕にとって喫茶店みたいなもんだけど?」

 

「な、何でもありません!?」

 

「で、僕に久重の何を訊きたいわけ?」

 

ゴクリと水でしっかり料理を平らげた了子が本題に入る。

 

「そのお友達の外字さんはどうしてあんなビル火災現場に居たんだと思われますか?」

 

「仕事でしょ」

 

「仕事?」

 

「あいつ何でも屋だから」

 

「何でも屋?」

 

「ま、何でも屋って言っても仕事そのものはあいつが取ってるわけじゃないけど」

 

「それはどういう事でしょうか?」

 

「つまり、あいつは特定の人間から仕事を下請けしてるわけ。内容は言わずもがな」

 

「・・・では、あそこで外字さんは仕事をしていたと?」

 

「そうなんじゃない?」

 

「そう、ですか。では、その今度は外字さんの人柄についてお聞きしてもいいですか?」

 

「人柄? あいつの人柄なんて一つでしょ」

 

「一つとは?」

 

「お人よし」

 

「お人よし?」

 

「昔っからあいつは何かと厄介事に首を突っ込んで貧乏籤引いてたし」

 

「外字さんとは昔からのお付き合いなんですか?」

 

「小学生くらいからの付き合いだけど」

 

「外字さんは昔から人が良かったんですか?」

 

「根っからの善人。しかも偽善て付く方の」

 

「え・・・その、お人よしなのでは?」

 

「だから、お人よしで偽善者。更には貧乏人。そんなんだからかな。僕といつまでも縁が切れないのは・・・」

 

何処か遠い目で言う風御に了子は目を細めた。

 

嘘を言っている様子ではなかった。

 

仕事柄、人を見る目と嘘を吐いているかどうかを見分けられた。

 

了子にとって自然と身に付いたスキルであり、そのスキルは風御の発言が嘘ではないと言っていた。

 

「その、貧乏人というのは・・・?」

 

「文字通り。金が無い。いつも金が無い。そういう事」

 

「外字さんはお仕事なんかはされてなかったんですか? アルバイトでもいいですけど」

 

「言ったでしょ。あいつの仕事は何でも屋。それで食ってる。全うな仕事も出来ないわけじゃないだろうけど、長続きしないだろうね」

 

「長続きしない?」

 

風御が皮肉げに頷く。

 

「世の中ってさ。妥協とか必要悪とか、悪い事やそれに近い事でも強要されたりするじゃない? 理不尽な事やどうしようもないと目を背けられるような事とかもある。あいつはそういうのが我慢できないタイプだね。例えば、並ばない客。例えば、不当な借金の取立て。例えば、見知らぬ死に掛けのホームレス。例えば、ヤクザに殺されそうなサラリーマン。例えば、花壇を荒らす高校生。例えば、落とした財布を盗む馬鹿。例えば、猫を轢き殺したチャラ男。例えば、男に食い物にされてる女。例えば、年寄りから騙し取る詐欺師。例えば、悪事を働く国家権力。例えば、売り物にされた移民の無戸籍児童」

 

「―――!?」

 

了子が息を呑む。

 

風御が常のヘラヘラした顔のまま瞳だけは真っ直ぐに了子を見つめる。

 

「そういうのが許せないから、あいつに他の仕事は無理でしょ。報われるわけでもない。理不尽や悪が消えるわけでもない。それでも許せないから拳を握れるだけの自分で在り続ける。タフでなければ生きられない。優しくなければ生きる価値がない・・・なんてのはあいつの為にあるような言葉だよ」

 

「褒めてるんですか?」

 

「いや、貶してるけど」

 

「そうは聞こえません」

 

「偽善者って言ったでしょ? あいつはいつだって自分がそういう人間で在りたいから戦う人間だ。そこに自分の感情は差し挟むけど、あいつの芯の部分は他人ではなく自分の為に戦ってる」

 

「誰かの為じゃなくて自分の為にそういう事をしていると?」

 

「そ。だから、あいつは聖人君子や正義漢って奴とは根本が違う」

 

「でも、それは・・・」

 

「ま、だからこそ付き合いは長いんだろうけど」

 

「え?」

 

「考えてもみなよ。本気で誰かの為だけに何かをするなんて傲慢じゃない? 僕は聖人君子的に正義や愛なんかを信じて戦うヒーローに助けられるなんて御免被る。誰の為でもなく自分の為にお前を助けるなんて『綺麗事』を真顔で言える馬鹿にならちょっとは助けられたいと思うけど」

 

「・・・・・・・・・」

 

風御がワインを空にしたグラス置いて立ち上がる。

 

「これが僕が知る外字久重という男だ。少しは参考になったジャーナリストさん?」

 

「はい・・・」

 

「そ。それは何より。じゃ、僕は帰るから。あ、送ってくれなくても結構。此処のマネージャーにタクシー呼ばせてるし」

 

「あの!?」

 

スタスタと歩いていく風御の背中に思わず了子が声を掛けていた。

 

「ん?」

 

「何で、彼の事を教えてくれたんですか?」

 

了子は直感的に風御が外字久重の側にいる人間だと感じていた。

 

どんなに貶しても外字を語る風御は愉快げで楽しげだった。

 

親友と呼ぶからには外字久重を擁護する、あるいは何も話すべきではないと判断してもおかしくは無い。

 

「ジャーナリストさん。あなたがどれだけ調べても解らない事が世の中には沢山ある。そして、その解らないカテゴリーの中にあの貧乏人はいる」

 

「私は・・・ただ・・・」

 

真実が知りたい。

 

そんな言葉を了子は呑み込んだ。

 

「手を引くなら今の内だ。世界なんてのは謎に満ちていて不可解で理解できないまま過ごした方がいい。下手に理解して人生台無しにはしたくないでしょ?」

 

もう言う事は無いと支払いをカードで済ませた風御が店を出て行く。

 

「それでも私は・・・」

 

一人残された了子はポツリと呟いた。

 

 

闇の中に白いスーツの青年が立っていた。

 

その後ろには多くの紅い光が闇に浮かんでいる。

 

光の源は顔を完全にマスクで覆った人間の群れだった。

 

マスクの目元はまるで目隠しをするように硬質な物体で覆われていた。

 

複眼にも見えるフラクタルな眼球部分に小さな紅い明かりが点いている。

 

「では、目標を再確認します」

 

闇の中、真上に巨大なビジョンが浮かび上がる。

 

まったくテレビやAV機器やコードなんてものは見当たらない。

 

虚空に映し出されたビジョンの中には少女が一人笑っていた。

 

「これが我々の殲滅するべき目標Aです。最後に反応があった地点からサテライトを使って探査中ですが、微弱な反応があったと報告がありました。数分で場所が特定できるでしょう」

 

ビジョン内の画像が差し替えられる。

 

次に出てきたのは白衣の人の手に乗った小さな黒いボールだった。

 

「これが我々の殲滅目標Bです。現在は殲滅目標Aとの融合を果たしているはずですが、目標A死亡後にどうなるか未知数な為、ここで見せておきます。尚、これは初期状態のものであり、この状態で現れるとは限りません」

 

ビジョンが更に刺し替えられる。

 

最後に出てきた画像は一番最初に映されていた金髪の少女が白い部屋で黒いボールを掴んでいる画像だった。

 

「では、これから目標の性能をお見せします。これは目標が実験で出した値ですが、あくまで目安としてください」

 

画像が動き出す。

 

その動画の中で少女以外の声が記録の為か実験の詳細を述べていく。

 

「1200時。これより【情報熱機関(インフォメーション・サーマル・エンジン)】の起動を開始する」

 

白い部屋の各場所で小さな炎が立ち上り始める。

 

「被験者名ソラ・スクリプトゥーラ。実験名【ITEND】集積制御装置【DEVIL1】の人制御による全力稼動実験」

 

炎が少女を取り囲み始めるが、少女はまったく動じずに瞳を閉じて黒いボールを持ったままだった。

 

「尚、本実験において博士によるNDの仕様変更が行われている。現在稼動しているのは熱量閉鎖系の作業構築タイプではなく、熱量開放系の放出特化タイプである」

 

炎が正に白い部屋を完全に埋め尽くし業火とばかりに少女を包んだ。

 

「設定焦点温度は放射線発生の危険を考慮して一万度以下とする」

 

炎が緩やかに少女を取り巻いた。

 

にも拘らず、少女の髪は一本たりとも焼け焦げていない。

 

「破壊対象は全方位の十四層耐火防壁を使用」

 

少女の周囲の壁から炎が完全に消え、少女を取り巻いた炎が意思を持っているかのように蠢き出す。

 

「使用プログラム。NO.3“fire bag”今実験用の特殊プログラムである。このプログラムは作業構築タイプNDを複数繊維状にして一点に貼り付け対象へ瞬間的な熱量の伝達を行い仕様変更されたNDを通して放出、温度を急激に上げるものである」

 

少女を取り囲む全ての壁が中央を瞬時に発光させ、融解した。

 

「このプログラムは通常では不可能な溶接作業を行える可能性があり、本実験後最終調整を経てオリジナルロットに登録される予定となっている」

 

「え・・・・・何?」

 

少女が不意に声を上げた。

 

「どうかしたか?」

 

「どうして?! 熱量が急激に増大して!?」

 

動画の中で少女の周りの炎が膨れ上がる。

 

「ッ、実験を中止!! 全熱量を緊急に放出!!」

 

「だ、ダメ?! 【D1】の制御が、あぅ?!」

 

少女が持っていた黒いボールを落とした瞬間だった。

 

動画が全て白く染まり途切れた。

 

「では、予習も済んだところで出かけるとしましょうか。どうやら目標の位置も特定できたようです」

 

白いスーツの青年ターポーリンがマスク達に号令を掛ける。

 

「全隊、行動開始。目標を完全に殲滅せよ」

 

マスク達がターポーリンの言葉に闇の中走り出していく。

 

やがて、足音が途絶えるとターポーリンが溜息を吐いて上を見上げる。

 

ビジョンが再び現れる。

 

ビジョンの中には紅い大地と白い建物が映し出されている。

 

それが、瞬時に、中心から融解した。

 

融解した建物を中心にグズグズに大地が蕩けていく。

 

やがて、巨大なクレーターの中央。

 

その解けた大地の中心からせり上がるように黒いドーム型の物体が現れる。

 

「・・・・・・博士。彼方はアレも【Dシリーズ】も造るべきではなかった」

 

ターポーリンが顔を伏せるとビジョンが消えた。

 

「さて、今度こそ死んでもらいましょうか。ソラ」

 

闇の中を歩き去る男の背中は何故か悲しみを湛えていた。

 




啼き、震えて、嗤え。
嘗ての仲間を白き魔人が追い詰める。
その声は一体、誰の声か。
叫びは一体、誰の耳に届く。
戦いの先に彼らは懐かしき声を聞く。
第四話「グレムリン」
埋み火を焚いた者は誰か。
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