GIOGAME   作:Anacletus

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この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。


第四十八話 少年少女のミステリヨ

第四十八話 少年少女のミステリヨ

 

【おのれ!!! 我が野望を!!? 道を阻むのは誰だ!!?】

 

風が吹く。

 

月下に輝くのは白銀の杖。

 

強大な力を持つ者の怨嗟に応えが返る。

 

【ゼロ金利だって何のその!!! どんな介入も許さない!! ワロスの魔を退治する為、今日も明日も売り抜けて、外貨を融かす魔女の道!!!】

 

ビルの上に華麗なドレスを纏った少女が一人佇んでいた。

 

【お、お前は!!?】

 

【数字の魔術を操り、ありもしないバブルを発生させたその罪許し難いわ。神様にお祈りはした? これからガクガク震えながら取り立てを食らう準備はOK?】

 

【ま、まさか!?】

 

【まだその紙切れに価値があるなんて思ってるなら救い難いわね。格付け会社がランクを上げた時から全ては決まっていたのよ】

 

【お前は―――】

 

【金融と株価の使者。『詩亞』只今見参!!! 他人の金で肥え太った魔よ。正しき流れに戻れ!!!】

 

【や、止めろ!!? そ、そんな事をしたら、どれだけの人間が首を吊らなきゃならないと思っている!!?】

 

【知った事じゃないわね。正しい数字を使わなくなった時点で破滅は決まっていたのよ】

 

【こ、この禿鷹がぁああああああああああああああああ!!!!】

 

【はッ、やらせるかよ!!?】

 

野太い声の白い獣『ヒランヤちゃん』が逆上した化け物の攻撃から少女を守る。

 

【皆を正気に戻す魔法の言葉――――きゃぴ☆ふら!!!!!】

 

少女の杖から演出過剰な輝きが幾重にもエフェクトを纏いながら迸った。

 

「――――――きゃぴ☆ふら」

 

「「「・・・・・・」」」

 

印度産ヲタク少女カウルは一人こっそり深夜再放送していた『神裸フリークス』を与えられた小端末で見ていた。

 

「ぁ・・・ッ~~~~~~~~~~~~!!!!?」

 

そして、今世紀最大の恥ずかしさに悶絶し、しおしおと萎びた菜っ葉の如く縮こまると布団の中に潜り込み、震えながら沈黙の海に沈んだ。

 

「「「・・・・・・」」」

 

外字家の家主と二人の居候仲間の少女達はカウルの様子に少しだけ笑みを浮かべてから何事も無かったように再び深夜の布団へと戻っていく。

 

和やかな夜。

 

世間では『EDGE』と呼ばれる殺人鬼が朝の紙面を賑わせる事件を起こし、都市は夜通し騒がしい警察のサイレンで核の影に怯える事となる。

 

翌日、仕事の一つである切り裂き魔探しに出る事になっている青年は耳に残る少女の声に苦笑しつつ夢の中に意識を落とした。

 

 

AR技術というものがある。

 

現実拡張。

 

実際の現実の映像に様々な電子情報を上乗せして投影する技術だ。

 

ジオプロフィットの進展と共に簡便なプロフィットの視覚化に一役買ったAR技術は人々に眼鏡やコンタクトの使用を半ば強制するようになった。

 

ARグラス。

 

AR情報を端末から受信し映し出す眼鏡は現在市場の主力商品になっている。

 

眼鏡市場が眼科医療技術の向上に伴い縮小していた嘗て・・・眼鏡を売る会社にとってARグラスは正に救世主だった。

 

その市場規模は高齢者から子供までと幅広い。

 

2000年代。

 

携帯電話や小型端末を持つのが当たり前になっていったようにARグラスもまた人々の生活に欠かせない商品として根付いた。

 

街に出れば数多くのAR情報が視覚の中を飛び交い人々の消費活動の一翼を支えている。

 

霜山円子(しもやま・えこ)は古臭くゴツイARグラスの蔓を押し上げて、待ち人が来るのを待っていた。

 

土曜の午前。

 

小さなアパートから待ち人が出てくるのを確認して、その瞳が細められる。

 

何処か冴えない暗い顔をした十代の少年。

 

その姿に気を引き締めているのか。

 

顔にはあからさまに厳しい表情が浮かんでいた。

 

「久木・・・」

 

「霜山さん」

 

片や連続不良通り魔。

 

片や復讐の拳銃女学生。

 

早朝から二人を見る者がいれば、きっとぎこちない学生カップルに見えるのかもしれないが、実際にはギスギスした殺されるかどうかという関係。

 

久木は薄い表情に僅か驚きを乗せ、円子は今にも刺し殺しそうな顔で新聞を差し出した。

 

「これ・・・貴方の仕業?」

 

出された新聞が覗き込まれる。

 

「・・・昨日は履歴書を書いてた」

 

「つまり、やってないのね?」

 

首が立てに振られると疑わしそうな顔で円子が久木の顔を見つめる。

 

「それと新聞を良く読んだ方がいい。被害者は斧で頚部を切断されてる」

 

「貴方がそれを出来ない理由にはならないわね」

 

「でも、君のお兄さんの殺害方法とは明らかに異なる」

 

「殺害方法が毎回同じかどうかも怪しいものね」

 

暗にお前が毎回別の方法で殺しているんじゃないのかと言われて久木が頬を掻いた。

 

「確かに僕にもやろうと思えば、斧で頚部を切断できるくらいの膂力がある。普通の人間が斧で頚部を切断するよりは簡単かもしれない。でも、この事件では首を一撃で切断してる。これは僕にも難しい」

 

「何で一撃で切断したなんて分かるの? 新聞にはそこまで――」

 

追求しようとした円子の前に久木が端末を差し出した。

 

「ひ!?」

 

そこには生々しい首を切り離された死体が切り口も生々しく写っていた。

 

「や、やっぱりあな――」

 

久木が端末の端を指す。

 

「○ちゃんねる・・・死体見つけちったイェーイ?」

 

スレの名前を読み上げた円子が顔を顰める。

 

端末が操作され、再び新しいスレが表示される。

 

【馬鹿発見器によって馬鹿が警察に連行されるスレ5667】

 

そのスレの一角に新しいニュースが貼り付けられていた。

 

社会的にアウトな行為をSNSではっちゃける行為が報告されるスレ。

 

その最新の話題は『EDGE事件』のグロ写真を貼り付けた人間の身辺情報。

 

言うまでもなく炎上していた。

 

「そう。言いたい事は分かったわ」

 

死体の切り口を考察する者が結構な数に上っている為か。

 

すぐに書き込みが1000を記録しそうな勢いでスレが流れていく。

 

「なら、良いけど」

 

「でも、さっきの言い分からすると貴方にも可能なのね」

 

「・・・・・・」

 

目を逸らした久木が歩き出す。

 

「あ、ちょっと!!?」

 

慌てて円子が背中を追った。

 

土日は彼らにとって貴重な捜査時間となっていた。

 

 

人気のない早朝。

 

公園の一角。

 

ベンチに座った久木の端末から情報を受け取った円子はそれを熟読していた。

 

「・・・これ、信用できるの?」

 

「信用できないなら、それまでだけど」

 

「・・・・・分かった。今はこのネット上の情報を捜査方針にしましょう」

 

二人が追っている事件は俗に世間では『EDGE』事件と呼ばれている。

 

突然に姿の見えない何者かに襲われ、何時の間にか身体の一部を切り落とされる。

 

その結果として死者まで出しているというのが世間一般と警察の見方だ。

 

最初は指や鼻といった部位を標的にしていたのがエスカレートして今では首を落として回っている通り魔殺人鬼。

 

それが『EDGE』と俗称される正体不明の存在。

 

その本人である久木鋼は事件の初期から起こっているような不良への通り魔以外に手を出していない。

 

見に覚えのない濡れ衣で殺人犯とされた彼にとって霜山円子の存在はある種毒薬に近かった。

 

今は拳銃の件と兄の捜査が吊り合っている為に通報されていなかったが、それでも事件が解決すればほぼ100%通報は間違いない。

 

放課後の時間を共にして数日。

 

円子の真面目な性格を久木はほぼ把握できていた。

 

二人の間にある空気は未だ悪い。

 

今も兄の首を切り落とした犯人では無いかと久木を疑っている円子の目は厳しく、居心地の悪い久木が視線を逸らすのは常になっている。

 

「コレも端末に入れてみて」

 

「?」

 

小さなメモリーを渡された円子が不審そうな顔をする。

 

「アングラな辺りで話題の探しモノ検索プログラム」

 

「・・・胡散臭い」

 

「プラグインと一緒に入れれば、予め登録してた相手とARグラスで共通のものを探せる」

 

「玩具に興味はありません」

 

「最近の玩具は侮れない」

 

「・・・分かりました。気乗りしませんけど」

 

メモリーを端末に差し込んでデーターを読み込ませた円子がインストールプログラムを立ち上げた。

 

「『詩亞ちゃんと探そう。忘れモノを追え』・・・」

 

かなり白い目で円子が久木を見つめる。

 

「本当に使えるかどうかは使ってみないと分からない」

 

「・・・・・・」

 

「このプログラムは元々作者不明でネットのストレージサイトに転がってたものを有志が発見。色々と使ってみた後・・・恐ろしい代物と分かって、ネット上の大本がクラッキングで削除。その後、裏マーケットで目玉が飛び出るような金額で取引されたとか噂されてる代物でもある」

 

「恐ろしい?」

 

「二年前取得できた最後の時期に確認された取得者の内で顔が割れてる人間は全員生きてない」

 

「!?」

 

ビクリと円子の手が止まった。

 

「二年前の最新端末でも動かすにはハイエンドな高スペックが要求された。しかも、めちゃくちゃな容量を喰う。

 

価値が分からなかった当時、ネット上で取得した人数だけは確認されてて、それが十八人。話題に上ってから取得できた人間は基本的に確認できてない。

 

取得できた内の十四人はネット上で経歴がバレてから数ヶ月以内に全員・・・不慮の事故と自殺と行方不明で消えてる」

 

「な!? 一体・・・これはどういう!?」

 

「そのストレージサイトのURLが乗ってた小さなリンクページにはこう記してあった。核弾頭から迷い猫まで」

 

そのフレーズの胡散臭さに円子が微妙な表情となった。

 

「・・・どうしてそんなものを貴方が持っているの?」

 

「残りの四人の一人が僕だ。危な過ぎて二年前に使ったきりになってたのを引っ張り出してきた」

 

「一体、何を探していたのか教えてくれる・・・」

 

「とりあえず起動して」

 

「・・・・・・・」

 

円子はプログラムを起動するかどうか見守っている久木がどういう意図でそんなものを勧めてきたのか理解できなかった。

 

「このプログラムを開いた途端に危険に曝されるかどうかが知りたいわ」

 

「ただちに危険はない。保障する」

 

保障されたところで信じる以外無い。

 

だが、どういう経緯で手に入れた代物で、どれだけの価値と危険があろうと・・・犯人を追う為の力ならば、使うという選択肢以外円子にはなかった。

 

「・・・分かりました」

 

警察も当てにできずにいた彼女にとって危険を冒さずして何も得られるものはない。

 

それは疑わしい協力者「久木鋼」を拳銃という代価でもって手に入れた事からも明白。

 

リスクとリターンは常に両天秤。

 

ならば、どんなリスクだろうと【取る】のが円子の指針となっている。

 

「これで・・・」

 

プログラムが起動される。

 

すると端末の画面に大量の項目が並べられた。

 

「その項目に全部情報を入れれば本格的にスタートする」

 

「その情報は何に使われるの?」

 

「全て使用者のルート設定に使われる」

 

「ルート設定?」

 

「入力と答える項目は約四百項目。知らない項目以外は基本的に全部真面目に埋めた方が色々と精度が高くなる」

 

「よ―――」

 

「後で埋められなかった項目は追加できる仕様になってる。情報をシェアしてる相手には項目は全て閲覧可能になる・・・もしも、不公平だと思うなら後で僕の項目を見てみればいい」

 

久木の言葉に黙々と出てきた項目を埋めていく円子が危険に付いて再び訊く。

 

「具体的にどういう危険があるか聞かせてください」

 

「・・・たぶん、このプログラムの反応がネット上で監視されてる」

 

「どういう事?」

 

「このプログラムの価値と危険性を知った誰か又は何らかの組織がプログラム保有者を消して回ってる。このプログラムを手に入れた当時、一度だけ使ったものの気付かれる前だった事が幸いして僕はまだ生きてる」

 

「まるで被害妄想か誇大妄想じゃない」

 

「でも、その推測は恐らく正しい。そうでなければ、僕は通り魔になれなかった」

 

「?」

 

久木が袖から一本の針を円子の前にぶら下げた。

 

「コレは僕が検索した二年前の結果で造られた。僕程度の人間がこのプログラム一つで正体不明の切り裂き魔になれるんだから、金も地位も権力もある人間がこれを使ったらどうなるか・・・」

 

【EDGE】の暗器。

 

人に知られず人を傷つける恐ろしい威力を発揮する代物。

 

冗談のように人体の一部を切り落とす威力は円子の脳裏に今も焼き付いている。

 

「検索エンジンの類ではないって事?」

 

「これは求めるモノへ使用者を近づけるルートを示すプログラム。推測に過ぎないけど・・・たぶん、それが具体的な目標なら必ず辿り着けるルートを膨大な検索結果から類推してこのプログラムは弾き出す。

 

そのルートに耐える事が出来れば必ず使用者はその目標に辿り着く。実際に使った人間の報告には株で大儲けした奴に人を陥れる事に成功した奴もいた。

 

どんな数式があれば、そんな事が可能なのかは知らない。ただ、金や権力や地位がある人間がこのプログラムを使えば・・・少なくとも核弾頭ぐらいなら作れるかもしれない」

 

「大げさ・・・じゃないの?」

 

「無論、制約も大きい。無数の項目に正しい情報と正しい自分の状況を入力できなければ、ルートの成功確率も下がっていく。

 

アプローチ方法が複雑化したり複数のルートを構築するのも難しくなる。何より検索による情報収集がそのまま死に直結する可能性があるのは痛い。

 

このプログラムでライブ情報を検索した瞬間からどうなるか・・・情報不足だとルートの構築も覚束なくなったりもするから、万能でもない」

 

「・・・まるで使いたくないような物言いね」

 

「僕の探し物も出来れば、コレを使いたくない。どういう手段でプログラムが監視されてるのかまったく分からない以上、リスクを考えれば起動すらしたくない。だから、本当に最後の手段と考えてた」

 

「なら、どうしてこんなものを持ってきたの?」

 

「僕の探しものにも時間が足りないのに放課後の時間はそっちの犯人探しに使ってる。だから、本来の力が発揮できなくても状況を動かすにはコレが必要だと思った」

 

「本来の力が発揮できないって・・・それじゃ意味なんて・・・」

 

「少なくともそう高度じゃない特定の目標を達成するのに必要な情報量ならネットで膨大な検索を掛ける必要がない。こっちで集めた情報をそのまま打ち込んで、他に必要な情報をその都度手に入れていけばいい・・・たぶん・・・」

 

「たぶんって・・・」

 

確証の無い久木の言葉に円子が呆れる。

 

しかし、出会ってからそれなりの日数経っているものの二人の犯人探しが殆ど進展していないのも事実だった。

 

所詮は学生。

 

しかも、時間・金銭・地位とあらゆるものが足りない。

 

それを補えるというのなら、どんな曰く付きの代物でも円子は足しにする気でいた。

 

しばらくして項目が全て埋められ、プログラムが起動される。

 

なう・ろーでぃんぐ。

 

そんな文字が躍り、ポロリンと可愛らしい音と共に一文が表示された。

 

【対人インターフェースプログラムの起動を許可しますか。N/Y】

 

無論YESを選択した円子の端末がブラックアウトした。

 

「え・・・」

 

電源は入っているのにまるで反応しなくなった端末に円子が焦るものの、すぐに気付いた。

 

自分の隣に誰か立っている。

 

【うーわ。二年もほったらかしにするとか死んだ方がいいわね。しかも、こんな良さげな女学生GETしてるとか笑わせてくれるわ。

 

何時の間にか根暗が通り魔になってるし、やっぱ犯罪者になったかって感じよね? 一辺、お前なんて借金取りに追われてコンクリ漬けにされちゃえばいいのよ。ねぇ、聞いてるのゴミクズ?】

 

魔法少女。

 

そう呼んで差し支えないヒラヒラした衣装を身に纏う同年代くらいの少女が久木へ悪態を付いている状況に円子が目をパチクリさせた。

 

ARグラスには大体骨振動性のスピーカーも付いている。

 

端末からジオプロフィットの音声ガイドなども聞けるのだが、それにしても・・・声はまるで合成には思えない滑らかさだった。

 

「・・・・・・・」

 

グラスを外せば当然誰もいない。

 

何度も円子が確認する。

 

「最近の玩具は侮れないって言わなかった?」

 

「・・・・・・・・・」

 

『神裸フリークス』主人公【祠堂詩亞】の罵詈雑言は日が高くなるまで続いた。

 

プログラムに悪態を付かれた少年がげんなりした顔をして、少しだけ呟いたのを円子は聞いてしまった。

 

やっぱり最後の手段にしておけば良かった、と。

 

 

丘田雅彦(おかだ・まさひこ)にとって近頃の世界は薔薇色に見えている。

 

世間はテロが多いだのEDGEだの核だの中国軍閥と戦争だの外国勢力と内戦だのと騒ぎ立てているものの、至って普通の学生である雅彦にとっては対岸の火事だ。

 

そんな事よりも大事な事がある。

 

例えば、近頃転校してきた金髪の美少女とか。

 

スレンダーな肢体に丁寧な物腰で少し臆病な子猫みたいな緊張感を持っている美少女とか。

 

一緒に転校してきた中華系の少女と毎日のように昼を過ごしていて時折、華が綻ぶような笑みを浮かべる美少女とか。

 

一言で表すなら可憐。

 

そう言うべきだろうと雅彦は確信している。

 

クラスの男子はその美少女の転校から一週間程で全員「可憐だ」と呟いてしまった。

 

気は利くし、話しかければ気さくだし、とても和やかな空気を纏っている美少女なんていう仮想生物(キャラクター)を見たら誰だってそう思うに違いない。

 

無論、競争率は有名私立大学の受験倍率など軽く超越した。

 

ただ、惜しむらくは美少女の横にいつもくっついている中華系少女【小虎】の恐ろしいまでのガードが並大抵ではないという事だろう。

 

挑戦者の殆どは返り討ちにされた。

 

下駄箱の中身は全て検閲された挙句にゴミ箱へ。

 

美少女に影の如く張り付いている小さな虎は虎視眈々と獲物を待ち構えていたのだ。

 

あまりにも激しい妨害活動に男子の一部が難癖を付けようと校舎裏に呼び出した事もあったのだが、その全員が病院に担ぎ込まれない程度にボコボコにされて脅されたらしく。

 

次の日から「虎怖い虎怖い」とガタガタ震えて布団から出てこないという話もある。

 

そのガードっぷりから百合属性かと疑われるものの、何だか傍目から見ると仲の良い姉妹のようでもあり、二人の少女が仲良く弁当を突き合う姿は一部の層には人気を博している。

 

そんなこんなで結局の所は誰も告白まで漕ぎ着けていない。

 

と言うのが数日前までの話。

 

雅彦はその鉄壁の虎の防備を潜り抜け、何とか告白するところまで至っていた。

 

正確には告白中に気を失った。

 

何をされたのかまったく分からなかったが、たぶん虎の仕業。

 

一人放課後の空気を大きく吸った雅彦は気合を入れた。

 

「今日こそ!! 今日こそ空さんに告白だ!!!」

 

朝から隙を伺っていたのを虎に知られぬよう慎重に事を勧めてきた。

 

最後の試練は放課後の時間帯。

 

下駄箱やら何やらを先に必ず調べる虎が目標から遠ざかった時に屋上へ誘えるかどうか。

 

常に行動を共にしている少女達が数メートル離れた間隙を狙う。

 

ミッションは難易度ウルトラCと言ったところか。

 

雅彦は階段を下りたソラがいつも立ち止まる下駄箱から少し後ろの地点から接近した。

 

二人の少女が分かれ、たった五秒弱の間隙にさりげなく近づき、後一歩というところまで来た時だった。

 

「空さ―――」

 

「あ・・・」

 

ソラが顔を見知らぬ他人かと思う程に輝かせた。

 

(これは・・・まさか気に掛けてくれてた!?)

 

雅彦が満面の笑みで話しかけようとしたその時、ソラがいつもよりも早く下駄箱の方へと駆け出していく。

 

「へ?」

 

見れば下駄箱を確認していた虎も何やら笑みを浮かべて慌てていた。

 

二人の少女が靴を履き替え、校門へと走った。

 

その先に雅彦は何やら気取ったクラシックカーが路地に止まっているのを発見した。

 

ボンネットに腰掛け、何やら煙草を咥えた二十代の男へ少女達が飛び込むように抱き付く。

 

あまりの光景に呆然とする雅彦の横でやはり驚いた顔をした学生達がポカンとしていた。

 

(え? え? 何が!? 一体何が起こって?!!)

 

二人の少女が学校では見せないような蕩ける笑みで青年に何かを喋っている。

 

そして、いつもソラと話している時以外は愛想の無い虎までもが微笑んでいるという信じられない光景が繰り広げられた。

 

「・・・・・・」

 

あんぐりと口を開けて雅彦が呆ける間にもすぐ後ろへ二人の少女を乗せて車が走り去る。

 

「へぇ、あれが噂の空さんの王子様なんだ。確かにカッコイイわね」

 

魂が抜けたような雅彦の耳にサクッと致命的な言葉が突き刺さった。

「・・・ちょっといい・・・」

 

「ん? 何」

 

「空さんの王子様ってどういう事?」

 

クラスメイトの女子の一人に雅彦が気の抜けたまま聞く。

 

「ああ、男子知らないんだっけ? 空さんて外国からの留学生だから、当然居候先があるんだけど。その居候先の人に凄くお世話になってるんだって。

 

それで女子と話してる時にはすっごく乙女な表情でえっとヒサシゲさんだったかな。その人の事ばっかり話してるのよ。

 

【ヒサシゲはとっても優しくて強くてお人よしなの】とか【寝顔が可愛いわ】とか」

 

「寝顔?!」

 

「あたしらもどういう関係って聞いた事があるんだけど、【私の一番大切な人】って言われちゃぁ後は何も聞けなくなったわ」

 

よくある話だろう。

 

「いや、それにしてもこのご時世にクラシックカーに乗っててカッコイイとか凄い優良物件よね。あ~あ、アタシもそういう人ゲットしたいなー」

 

年上の男性に惚れる年下の少女。

 

「・・・・・・・・・」

 

それが報われるかどうかは別としても少女が青年を好いているのは遠目に見た雅彦にすら明白だった。

 

だが、しかし、納得できるかどうかは別問題だ。

 

トボトボと女生徒から遠ざかって靴を履き替えた雅彦は校門まで歩くと端末を取り出した。

 

(・・・調べてやる)

 

メラメラと燃え上がった男の純情は暴走気味に発火し始める。

 

(お前が空さんに相応しいかどうか!!!)

 

男の嫉妬が醜いという事実は人生経験14年の雅彦にとって未だ理解し得ない事だった。

 

 

午後四時過ぎ。

 

久重とソラと小虎はさっそく新たな仕事に取り掛かっていた。

 

「今回の仕事は色々と複数平行して行ってる。下調べやネット上の調査はソラが、本格的な実地調査はオレと虎がやる事になる。此処まではいいか?」

 

「うん」

 

「了解」

 

ソラと虎がコクコク頷いた。

 

近場のファミレス。

 

三人は仕事の打ち合わせを最奥部の席に陣取って行い始める。

 

「で、だ。アズの野郎がオレ達に優先的にやらせたい仕事は幾つかあるらしいんだが、今回はコレだ」

 

パサリと今では珍しい紙資料が二人に渡された。

 

「【EDGE事件】・・・これをアズはあのGAME最中に起こったウィルステロと関連付けてる。資料にはテロ以降、若い学生の間で暴行事件の増加、それから幾つか肉体の異常発達が見られるって話が載ってる。

 

これをアズはウィルステロの後遺症だと踏んだ。【肉体強化】がどういうウィルスによって発症し、どんな経緯があって放たれたのかは結論から言ってどうでもいいと、アズは資料の中で言ってる。

 

本当の問題はこのウィルス後遺症によって暴力事件やそれ以上の事件が【起こり過ぎるかもしれない】事だってな」

 

「起こり過ぎる?」

 

ソラがその表現に首を傾げる。

 

「ああ、アズに言わせれば世の中にはバランスってもんがあるんだと。その天秤が崩れると一気に事態は悪化していく。【EDGE事件】はその前哨戦だとアズは結論した。

 

この事件を放置しておけば犠牲者だけじゃなく後遺症で強化された肉体能力を使った事件件数も飛躍的に跳ね上がっていくだろう。そうなれば国内の治安の悪化は避けられない。

 

それを知った日本の組織の一部が今回の依頼人らしい」

 

「それって警察関係って事?」

 

ソラの疑問に久重が首を横に振る。

 

「いや、資料だと第十六機関になってるな。知ってるか?」

 

虎が首を縦に振る。

 

「・・・日本の暗部」

 

「よく知ってたな。ああ、簡単に言えば日本版のCIAだ」

 

「此処(にほん)来る時、出会ったら逃げろって言われた」

 

「逃げろ?」

 

コクリと虎が頷く。

 

「装備、最新。見付かったら危ない」

 

「そうか。オレは詳しくないんだが、昔アズが言ってたのを鵜呑みにするなら日本国内なら【普通の諜報合戦で負けなし】だそうだ。あまり近づきたくない類の組織だとも言ってたな。何でも政府や省庁に顔が利き過ぎて気持ち悪いくらい日本の内部事情に詳しい奴がいるんだとか何とか」

 

「・・・どうして諜報機関がアズに依頼するの?」

 

ソラの最もな疑問。

 

「これは日本の今の現状では仕方ないそうだ」

 

「仕方ない?」

 

「猛烈に何処の組織も忙しいんだと。それこそ普通の諜報活動じゃ解決できそうにない事件に関わってる暇は無いくらいにな」

 

「どういう意味?」

 

「ウィルステロはもう一つのウィルステロで沈黙させられたらしい」

 

「え?」

 

「資料に寄るとマスコミが騒いでた内容よりヤバイ状況、日本が無くなる瀬戸際だったみたいだな。そこに新しいウィルステロが起こってウィルスの無力化と人体の強化でもって対抗。事態の収束後に強化系ウィルスの作用が強く出た人間が今回の事件を起こしたってのがアズの調査の結果だ」

 

「ウィルステロが二回あったって事?」

 

「ああ、資料じゃそうなってる。第十六機関は多くのテロを予防、監視してる。明らかにオーバーワークらしい。ちなみにそんなウィルスを持ってそうな奴をオレ達は一人知ってるな。GAME中に消えて何処に行ったのかと思ってたが、どうやらそういう事だ」

 

「・・・シャフ・・・」

 

ソラの呟きに久重が頷く。

 

「まぁ、確証は無いが、状況証拠的に行けば、後の方のウィルステロはあいつの可能性が高い。ソラを監視してる【連中】にとっても日本が無くなるようなウィルステロは好ましくないだろう。だから、ウィルステロの後の方はほぼあいつで間違いないってのが報告書の最終的な見解だ」

 

「うん。合ってると思う。まだ、日本には連中も用があるはずだもの」

 

「用?」

 

「日本は【連中】にとっても貴重な技術資源なの。博士も実験機材や新しい理論は日本の大学の研究なんかを参考にしてたくらいだから・・・」

 

「そうか・・・」

 

「博士がいなくなった今、色々と忙しい【連中】にとって日本の重要度は増してるはず・・・そんな簡単に無くなったりしたら困ると思うわ」

 

「なら、あいつが助けてくれたって事で決まりか。色々とオレが帰ってくるまでにあったらしいが、相変わらずだったか?」

 

「うん」

 

苦笑するソラが頷いた。

 

「一応、感謝しとくか。言ったら【あんたらなんかに感謝される謂れなんか無いわよ】って怒り出しそうだが」

 

久重の真似に思わずソラが噴出した。

 

「ひ、ひさしげ・・・似てない」

 

「とりあえず、話を戻すぞ」

 

「う、うん」

 

少し恥ずかしげに咳払いをして久重が資料を再び読み漁る。

 

「アズに言わせれば【EDGE事件】を引き受けた理由は効率の問題なんだそうだ。普通の諜報機関に超技術持ってる【連中】や奇奇怪怪な【GIO】やその周辺の事情を解決できる能力を期待するのは無理な話だ。

 

確かに第十六機関ってのはかなりの組織力を持ってるらしいが、所詮は常識の範囲内。今回の事件の首謀者がたぶん世間的に力の無い若者とはいえ、超技術の一端が関わってたら、解決には時間が掛かる。時間が掛かれば大勢は決まってるのが常。

 

必要なのは軽いフットワークと緻密な情報ネットワーク。そして、機動力のある少数精鋭部隊、だそうだ」

 

「それが私達?」

 

「ああ、【EDGE事件】の犯人が簡単に掴まれば、ウィルステロの後遺症連中も容易に犯罪へ手を出しはしないだろうってのがアズの考えらしいな。つまり、オレ達は事件の解決が抑止力にならなくなるまでに全て終わらせなきゃならない」

 

「うん」

 

「がんばる」

 

二人の少女が同時に頷く。

 

「じゃ、詳細を詰めるか。まずは・・・何処で手に入れたのか知らないが警察の内部資料からだな」

呆れた様子で資料がペラリとまた一枚捲られた。

 

 

【あんな楽しそうに・・・空さん・・・】

 

少年が一人ファミレスで遠目に少女達と青年のやり取りを見ていた。

 

【あれが・・・僕らの敵・・・リア充!!!】

 

三人がきゃっきゃうふふなシーンを繰り広げているに違いないと確信する青少年丘田雅彦の冒険(ストーキング)はまだ始まったばかりだった。

 




巨人の手は容易に全てを覆す。
その足は知らず何かを踏み潰す。
それでも小さき者達は頂を築き。
家を建てるだろう。
第四十九話「虫は知る虫の未来を」
報われぬ者もまた小さき巨人であった。
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