GIOGAME   作:Anacletus

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この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。


第五十話 シュピオン

第五十話 シュピオン

 

国際原子力機関(IAEA)。

 

その二十一世紀における役割は飛躍的に高まってきたと言える。

 

各国が抱える原子力という力の監視人であるIAEAは【核拡散防止条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)】の守り手であり、今世紀中最も活躍した機関の一つだろう。

 

人類の歴史が争いの歴史である以上、世界を滅ぼして余りある火を欲しがるのは性かもしれない。

 

その拡散を何とか防ぎ、平和利用を謳ってきた彼らの役割は人類の保全という観点からも重要極まりない。

 

ただ、黒の隕石事件以降、核弾頭の宇宙配備や各国の原発の廃炉が続くなどした為、組織全体としての注目度は低下し続けていた。

 

国連主要各国が核弾頭を必要最低限保有しているものの、それでも世界を滅ぼす程の核の脅威がほぼ消え失せたのは彼らにとっても望外の結果だっただろう。

 

残る仕事は膨大な核廃棄物の管理のみ。

 

無論、それも困難な仕事ではある。

 

しかし、核兵器の脅威が遠ざかった事には違いなく、多くの人類にとっては望ましい話だ。

 

例え、終末時計の残り時間が延ばされたという些細なニュースが祝われる程に世界が平穏なものではなかったとしても・・・・・・。

 

そんな一仕事終えた感のある彼らにとって中国軍閥の核弾頭の大量保有は疑惑の一つが現実になったという以上の衝撃を持って迎えられた。

 

ゴビ砂漠の核廃棄物の保管施設は国連が主導して事件の混乱期に作った世界最大の保管庫に他ならない。

 

中国が瓦解し軍閥へと分裂した時にも彼らはあらゆるチャンネルと手段を使って施設を守り抜いた。

 

運よく軍閥間のイザコザによって核の拡散を防いだのはいいものの、何かと注視していたのは言うまでもない。

 

中国国内にも目を光らせていた彼らにとって自らの知らない大量の核弾頭が存在し、それを実際に使われる事態にまで発展したのは正に最悪のシナリオだ。

 

中国・ロシア・アメリカ。

 

その三国の核弾頭の保有数は黒の隕石事件後IAEAの監視の下で一定数に削減された。

 

削減に反対する国は無く。

 

査察にも素直に応じた三国は自国の核弾頭の保有残量を3発まで落とすに至った。

 

無論、三国が他にも核弾頭を保有しているだろう事は彼らの中に疑惑としては残ったものの・・・実際、その保有数が大幅に増えると彼らは考えていなかった。

 

その理由は核弾頭そのものの耐久年数と他国へ直接打ち込む為の長距離ミサイルの陳腐化にある。

 

核弾頭やミサイルの製造コスト・運用コスト・維持コストは膨大な金額であり、並大抵ではない。

 

世界全体で新型核弾頭の開発そのものがほぼ四半世紀以上停滞し、頻繁に新規弾頭を作成するのは世界的な非難の的になりかねないと各国が自主制限する中で黒の隕石事件は起こったのだ。

 

核弾頭本体は製造してから何十年もそのまま、長距離ミサイルの開発はレーザー兵器の進展による防衛力の強化によって現実的に他国の領土まで届き難くなり遅滞するようになった。

 

核弾頭が現実的に他国へ届かなくなるとすれば、戦争は第二次世界大戦前夜のようにスイッチ一つでけりが付かない泥沼となる。

 

ミサイル防衛技術の進展は核という切り札を張子の虎に近づける効果を発揮した。

 

中国は経済(バブル)が衰退(はじけ)て以降、核弾頭やミサイルの更新を遅々としか行ってこなかった。

 

実際に資金の次ぎ込まれた軍事分野が海軍の兵器更新と次世代戦闘機の開発だった事は一重に拡大主義を取ってきた中国にとって正しい選択ではあったのだ。

 

それ故にIAEAにはそれ程中国が核に拘っているようには見えず、大きな懸念は無かった。

 

中国国内に建設された百近い原子力発電所の全てを隕石事件以降停止させ、燃料棒をゴビの施設に移送させたのは紛れも無く彼ら自身であり、核弾頭の新規製造がほぼ不可能と見たのは甘い見方ではない。

 

しかし、そんな見方はたった一夜で覆された。

 

正に遺憾の意ではすまない。

 

彼らの元には日本において発射された核ミサイルの情報が米軍経由でほぼ正確に伝わってきていた。

 

ミサイルはGIO中国が供給していた最新型。

 

だが、問題はそこではなくミサイルに積まれていた弾頭の方だった。

 

アメリカの監視衛星は最新鋭の観測機器を備えている。

 

その衛星が捉えた情報からは日本近海で発射された核弾頭は極最近作られたという結論しか得られなかった。

 

軍閥に分裂して以降、中国国内に核弾頭を製造できるような施設は限られている。

 

施設がある軍閥には多くの監視の目が光っているし、複数の軍閥へ分裂して以来、核弾頭を総合的に製造運用できるような環境は中国国内に確認されていない。

 

それに元手となる核物質を何処から調達したのかという疑問も残る。

 

彼らにしてみれば、旧い核弾頭を大量に隠しているのではないかという疑念を持っていたわけだが、実際には旧い弾頭は日中近海事変で一度も確認されなかった。

 

つまり、過去に製造された分は大方が宇宙に上げられているのはほぼ間違いない。

 

極秘裏にGIOからの供与を受けていたとしても、それだけでは説明の付かない事も多く、彼らにとって正に中国軍閥の動きは予測不能の事態に陥っている。

 

だからこそ、その不可解な状況に陥っている中国とほぼ戦争突入寸前となっている日本政府からIAEAへ直接お呼びが掛かったのはそう不思議な事でもなかった。

 

彼らにしてみれば、どういう事なのかと事情聴取されるのは当たり前に感じられていた。

 

「演説大変感銘を受けました。同じ被爆国としての人道支援・・・並大抵の決断で出来るとは思えません。それが己に銃を突き付けた者に対してならば尚更です」

 

「いえ、そう褒められた話ではありませんよ」

 

そう広くも無い部屋に三人。

 

一人は日本人を褒めるアメリカ人。

 

一人は傍観するフランス人。

 

一人は謙遜する日本人。

 

「これはあくまで人道支援でしかありません。復興や災害救助をするにしてもジェミニロイドでの遠隔操作になるのは確実ですし、国内からの圧力で大きな金額も動かせませんので」

 

笑いながら微笑んでいるのは四十代の男。

 

オールバックの黒髪からは精油の匂いがしていた。

 

「宮松総理。貴方は日本人らしい謙遜をお持ちのようだ」

 

その優男な風貌に似合わない貫禄に二人のIAEA職員は男の内心の評価を多少引き上げた。

 

極東にある経済大国の主。

 

現国連の盟主にして唯一隕石事件で人災を免れた国の統治者。

 

宮松厚志(みやまつ・こうし)。

 

四十代という若さで国を背負って立っているとは思えない物腰の柔らかさは魔窟である国連の職員からしても舐められそうなものだが、七ヶ国語が出来て主要国との会合でも殆ど通訳が要らないというのだから相手にすれば下手なジョーク一つ飛ばす事も出来ない。

 

「いや、それにしてもどうして人道支援を総理自らが? 今朝のネットニュースでは総理が最初にこの件を言い出したのだと書かれていましたが」

 

「ああ、そんな風に書かれてたのか。はは、参ったな。本当は全て官房長官が準備してくれていたんですが・・・」

 

苦笑いした宮松にアメリカ人が聞く。

 

「そう、なのですか?」

 

「ええ、私はただ彼の案に乗っかっただけなんですよ」

 

「なら、どうして総理自らが国連へ? あの有事ならば外務大臣を派遣すれば済む話では?」

 

フランス人からの最もな疑問だった。

 

通常の対応ならば、有事がもう起こってしまっている日本を総理が離れる事は最善ではない。

 

「彼は何処までもリアリストで私は何処までもロマンチストだから、かもしれません」

 

「は、はぁ・・・」

 

フランス人がよく分からないという顔で頭に?を浮かべた。

 

「本当なら今、この椅子に座っているのは彼だったかもしれない。いや、もしも私がいなければ彼をと押す声は党内に多かった。ただリアリストが首相では国民の理解は得られない。

 

外国と戦争となれば、リアリストは明確に被害の想定と妥協案の構成に取り掛かる。それは国民にとって耐え難い数字や妥協となるかもしれない。逆にロマンチストは国民の理解は得られても理想の為に犠牲者を出してしまう。たぶん、リアリストよりも大きな支払いが待っているでしょう。

 

だから、この有事でも私は人が信じるに足る理想を掲げに此処へ出向き、彼は数字を整える為に国で働く。要は適材適所という事です」

 

「・・・どうやら謙遜だけではなく理念もお持ちのようだ」

 

フランス人の声が僅かな尊敬の念を宿した時だった。

 

バタンと扉が開いた。

 

「ロシア外務大臣のお越しです」

 

SPが180cmはあるだろう白髪で壮年の男を部屋に通す。

 

外でロシア側のSPと話し合いでも持たれているのか妙に騒がしい。

 

大臣が己が何か言うとすぐ屈強な男達が日本の護衛者達の横へ加わった。

 

「申し訳ない。ウチのSPがやたらと頑固で」

 

そうジョークを飛ばした外務大臣がソファーにゆっくりと腰掛ける。

 

イワン・ゴドノフ。

 

ロシア外務省のトップ。

 

五十七歳にして最も大統領の椅子に近いと言われる男。

 

「どうぞ」

 

その細い体に反比例するように弛んだ場所など一欠けらもない肉体がアメリカ人から出されたカップを優雅に持ち上げる。

 

「ありがたく」

 

先だって中国軍閥領内からの侵攻に対し、各国に裏から非難声明を出させ、金融面でも商業面でも孤立化させる事に成功した立役者。

 

各地に散らばる今や四千万人とも言われる華僑の企業家等に対しても太いパイプを持ち、本国のやり方にケチを付けさせた事でも本国で多大な支持を得た怪物。

 

日本国内のロシアからの諜報活動を一手に取り仕切っていると専ら噂に上る人物を前に宮松は欠片も緊張せずニコニコと応対した。

 

「では、役者も揃った事ですし、本題に入りましょう」

 

宮松が小型端末を取り出してテーブルの上に置いた。

 

すぐにレーザーによる立体図が四人の中央に立ち上がる。

 

その鮮明さにイワンが僅か笑んだ。

 

「ほほう? これは・・・」

 

それはまるで新しい玩具を見つけた子供のような笑みと言っていい程に無邪気なものだ。

 

「現在経産省が官民一体で取り組んでいる次世代型の3Dホログラフ投射装置を内臓した端末です」

 

宮松のそう誇るでもないサラリとした口調にIAEAの二人が目を丸くした。

 

「このサイズで此処までの鮮明さを・・・日本の技術にはいつも驚かされる・・・」

 

フランス人が感心した様子で繁々と端末を見つめた。

 

「来月アメリカで行われる予定の先進技術の展覧会には出すつもりだと報告を受けています。もし良ければ是非現地で確かめてみてください。それではまずはこちらに注目を」

 

映し出された地図に全員が注目する。

 

描画された地図は日本海から中国北部近郊。

 

「現在、軍閥の一つが所有しているゴビ近郊の核燃料棒及び高レベル核廃棄物の貯蔵施設が此処です」

 

音声認識で拡大された上空からの地図が今現在最も地球上で重要な地域の一角を映し出した。

 

「これは・・・リアルタイム映像ですか?」

 

アメリカ人の声に「ええ」と宮松が頷き、虚空の映像をズームアップする。

 

「我が国の【UAV(無人高空偵察機)】からの映像を処理して送ってもらっています。見ての通り・・・施設上部は完全に破壊されている」

 

イワンが目を細めた。

 

「では、少し地下施設の状態も見てみましょう」

 

それに気付きながらも宮松は気にした風もなく虚空に画像を触った。

 

すると今までの上空からの映像が今度は地下施設をワイヤーフレーム状にして映し出す。

 

「ミサイル攻撃によって地下三階までの施設は崩壊。上部の建造物が瓦礫となって燃料棒などの搬入口を封鎖。核ミサイルから漏れ出た放射性物質によって施設周辺は一時間で人間をボロボロに出来る量の放射線を放っています」

 

IAEAの二人が施設周辺の状況を想像して身震いする。

 

「この瓦礫を撤去する為に中国軍閥は現在領内にある大型の工作作業機械を導入してリモートで撤去に当っていますが」

 

瓦礫付近の一角にブルドーザーやショベルカー、ダンプなどの車両が多数存在していた。

 

その列はまるで運河の如く続いている。

 

「ご覧の通り。上手く行っていない。リモートでの既存の重機や車両の操作が難しいというだけではありません。施設に使われた建材の頑強さや重量を考えた場合、化石燃料の輸入が滞っている軍閥領内で他の軍閥からの支援無しに重機や車両を最大限活用するのは不可能に近いからです。

 

況して現場は内陸部。パイプラインも近くを通ってはいない。これで施設を掘り出そうというのが土台無理な話でしょう」

 

ここまではIAEAの職員でも一部の人間には知らされている話だった。

 

無論、資料や監視衛星の探査から判明していたに過ぎないが既知の話ではある。

 

「ですが、ここに来て急な動きがありまして」

 

「急とは?」

 

アメリカ人の疑問に再び宮松が端末を操作する。

 

「モンゴルに近い遼寧付近の映像です」

 

「これは・・・?」

 

アメリカ人とフランス人が同時にその映像に疑問符を浮かべた。

 

映像の中には一面に黒い輝きが蠢いている。

 

「・・・・・・」

 

イワンが目を細める。

 

「ロシア側も掴んでいると思いますが、コレが現在モンゴルに向けて侵攻中です」

 

IAEA側の二人が緊張した面持ちで映像を見つめる。

 

それが何かよく飲み込めていなかった二人はようやく映像の縮尺がおかしい事に気付く。

 

「これは・・・こんな面積が、動いている!?」

 

「宮松総理!? この映像は一体!?」

 

宮松が何も言わずに映像を更に拡大する。

 

「な!? まさか!?」

 

広大な範囲を埋め尽くすように黒い人型の群れが一糸乱れぬ統制で進んでいた。

 

「はい。中国が運用しているパワードスーツ。いえ、ロボットと言った方がいいでしょうか」

 

「ロ、ロボット!? 今の軍閥連合に此処までの力が!?」

 

「ええ」

 

宮松がアメリカ人に頷く。

 

広大な面積を移動するスーツの群れが一体どれだけの数になるのか二人には想像できなかった。

 

「・・・俄かには信じられない・・・」

 

フランス人がそう零したのも無理は無い。

 

黒い隕石事件以降、中国軍閥は目立ったイノベーションが起こらず工業力は低下していた。

 

それこそ大陸中で次々に工場が消え、工業が衰退しているのが現状だと誰だって知っている。

 

「本来、中国軍閥が使っているのは最先端から数世代遅れた強化服であるはずでした。しかも、軍閥に分裂後は更新もされずにいた装備だった。だが、此処に来て何故かその時代遅れのスーツが何処からとも無く現れ、中身の人間も無く、完全にスタンドアローン化された状態で遼寧を横断している」

 

「・・・総理はこの事態をどう見ますか?」

 

イワンがようやく口を開いた。

 

「最悪のシナリオの一つでしょう」

 

「今現在核を使わない大量破壊兵器を所有している日本にとって最悪のシナリオだと?」

 

「このスーツ達の動向を逐一報告させていますが、その行き先を知れば当然でしょう」

 

宮松の言葉にIAEAの二人がハッとした様子になる。

 

「まさか、総理・・・このロボット達は・・・」

 

フランス人に宮松が頷く。

 

「はい。間違いなく核燃料棒の保管施設に向っています」

 

オゥジーザス。

 

そんな声が漏れる。

 

「最初、この軍団を見つけた時、報告を聞いてロシア軍への攻撃に使われるのかと思っていたのですが、移動方向がどうもオカシイという事に部下が気付きまして。ほぼ一直線に目的地を目指している為、簡単にその先にあるのが何の施設なのか分かった」

 

「という事はロボット達の目的は施設の発掘だと?」

 

「監視衛星からの映像を解析した結果、ロボット達の殆どに土建用の装備と思われるものが幾つも発見されました。つい先日立ち上げた専門の委員会に問い合わせた所、不眠不休のロボット達ならば少なく見積もっても一ヶ月以内には施設は掘り出される見込みだろうと」

 

「何てこった・・・」

 

「こんな事が・・・」

 

天を仰ぎそうになった二人が大きく嘆息する。

 

「お二人とも状況は理解頂けたでしょうか?」

 

「ええ」

 

「はい」

 

二人が自分達が何故呼び出され日本の総理を前にしてこんな話をされているのかすぐに見当が付いた。

 

「貴方達はあの施設建造の際、現場にいた。故にあの施設の内部構造には詳しいはずだ。これから日本政府からIAEAに打診があるかと思いますが、お二人にはあの施設を完全に破壊するチームへの参加を頼みたい」

 

二人が思わず慌てた。

 

「施設の破壊!? 総理・・・その・・・ですが我々は!?」

 

「総理。あの施設の施工には日本企業も関わっていたはずです!」

 

アメリカ人とフランス人の言葉を宮松がそっと手で遮った。

 

「分かっています。無論、現地に行って欲しいという事ではありません。戦闘地域や汚染地域に行かせるつもりもありません。ただ・・・今の日本にはあの施設に携わった人間を探している余裕がないのです」

 

宮松が厳しい表情で俯きがちになる。

 

「あの当時の混乱期。日本国内から現地で施工に参加した企業は秘密を守る為、殆どの関係者を退職させてしまった。更にその当時のデータの全ても物理的に抹消。時間を掛ければ当時の人間は集められるかもしれない。だが、我々にそんな時間は・・・唯一外務省に残っていたデータから当時IAEAが派遣していた貴方達の情報を知り、こうして今日は頼みに来た次第なのです」

 

「「・・・・・・」」

 

さすがに一国の首相が厳しい表情をしているという時点で二人は何も言えなくなった。

 

「現在、国内外から施設の破壊に関してのプロフェッショナルを集めている状態です。あのロボット達を破壊する為には大規模破壊兵器などの使用が不可欠なのは規模を見ればお分かりでしょうが、今現在の日本がそれをすれば・・・国際的な非難は免れない。

 

それだけならまだいいが核汚染を引き起こした中国軍閥領内に向けてミサイルを撃ち込む事になれば、軍閥連合を刺激し、戦争の時期は確実に早まるでしょう。

 

撃った時から第三次世界大戦が始まる可能性は高い・・・故に貴方達に我々はお願いするしかないのです」

 

宮松が立ち上がる。

 

「どうか・・・我々にご協力をお願いします」

 

腰が九十度に折れた。

 

「そ、総理!? 頭をお上げください!?」

 

「あ、貴方が頭を下げる必要は何処にも無い!?」

 

慌てて宮松の頭を上げさせた二人が何か葛藤するような表情になった後、キッと宮松に向き合った。

 

「そのお話・・・承りました」

 

「一国の首相に頭を下げられて国を救ってくれと言われたんです・・・男冥利に尽きるというものですよ」

 

二人に宮松が二人の手を取ってガッシリと握った。

 

「ありがとう! 貴方達は我が国の偉大なる友人だ」

 

二人が感激した様子で固くその手を握り返した。

 

それから数分後、二人が仕事に戻っていくのを機に部屋の中には宮松とイワンだけになる。

 

「・・・随分と持ち上げましたね。宮松総理」

 

宮松が無言でポケットから眼鏡を取り出して掛ける。

 

先程まで熱く語っていたとは思えない程に落ち着きを取り戻した様子で瞳がその巨躯に向けられる。

 

「施設の破壊・・・確かに困難だが我々ロシアならば容易いと思ったからこそ、私を此処へ呼んだのでは?」

 

「ロシアに大きな借りを作る程にまだ追い詰められてはいない」

 

冷たい声にイワンが微笑んだ。

 

まるで今ままでとは別人のような視線の鋭さ。

 

外国人はそうそう知らないが、今現在の日本の先頭を切る極右政治家の筆頭に上げられる若人。

 

その本性とも言うべきものを直に感じて、イワンは内心未だこういう政治家のいる日本を少しだけ評価した。

 

「うちの外務大臣が泣き言を言っていたよ。あちらが吹っ掛けてきたと」

 

「あれで吹っ掛けたとは心外だ」

 

イワンがサラリと流し、もう醒めた紅茶を飲み干す。

 

「北方四島全てと秘匿環境技術の七パーセント、財政の苦しいロシアへの開発援助十五年分。日本の国益を損なうには十分な代価だ」

 

「そう仰るなら、何故此処に私を呼んだのか聞いても?」

 

宮松が窓の外を見上げた。

 

「モンゴルの占領後、ロシア領として組み込む事を止めてもらいたい」

 

イワンが宮松の背中を見つめる。

 

常人ならプレッシャーで冷や汗を掻いているだろう。

 

しかし、宮松はまったく気にした風もなく続ける。

 

「独立させろと?」

 

「我々からの要求はそれだけだ」

 

「・・・・・・随分と大それた要求だ」

 

「ウラン鉱の開発利権が欲しいなら国内の大手には手を引かせても構わない」

 

「お断り申し上げる」

 

振り返った宮松の険しい顔に即答したイワンは何事も無かったように笑う。

 

「来年の三月辺りがタイムリミットだと考えれば、それまで十分まだ話し合う時間はある」

 

「・・・・・・」

 

「鎌を掛けていると思われているなら心外だ。我々はそれ程に愚かなつもりはない」

 

「・・・知っていましたか」

 

「あの地域から日本に飛散する黄砂の量を考えれば、分かりそうなものだ。ロシア国内の研究所に試算を出させましたが、何も手を打たなければ、日本全土の汚染は避けられない」

 

宮松はイワンの言葉に急激にボルテージが上がっていくのを感じたものの、顔色一つ変えずにその憤りを胸の内にしまい込んだ。

 

「汚染の度合いは低くとも長期間に渡って汚染が続けば十年、二十年、いや百年後までも禍根は残る。核弾頭3発分程度ならば問題は軽微だっただろうが、施設内部の放射性物質が万が一でも流出する事態となれば、飛躍的に全ては解決困難となる」

 

イワンの指摘は的確だった。

 

「施設からの核燃料の持ち出しはまだ看過できたとしても、持ち出された核燃料の漏出は絶対に防がなければならない。日本の防衛策は四つ。我々にモンゴルを早期占領させ、後に日本の復興援助という形で介入するか。第三次世界大戦を覚悟してモンゴルまで侵攻するか。外交での圧力か。あるいは・・・ただ黙って指を咥えて見ているか」

 

宮松が笑みを浮かべて、射殺しそうな瞳をイワンに向ける。

 

「まぁ、まだ時間はある。我が方はモンゴルにおいて作戦展開中である軍に対して基本的には対処を一任していますが、文句を付ける程度の事は出来る。良く考えた後にまた連絡を頂きたい」

 

そう言い置いて席を立ったイワンがドアを開けようとした時、後ろから声が掛かった。

 

「あの自立制御型の機械群を見る限り、中国軍閥には日本すら凌駕する科学力を有した存在が付いているのは明白。気を付けられる事です」

 

「ご心配には及びません。我がロシアの科学力も劣るものではない」

 

「そうですか。もし、その存在が貴方達の中に浸透しているとしても?」

 

「何・・・」

 

イワンが振り返る。

 

「忠告はしておきましょう。敵に塩を送るというのは聊か流儀に欠けるが、貴方達が崩壊しては我々の身が危ないのだから」

 

「・・・“アリガトウ”・・・若き獅子よ」

 

日本語で獰猛な笑みを浮かべたイワンが扉を開いた。

 

即座にロシア側のSP達が反応し、警護に付く。

 

「帰るぞ・・・?」

 

去っていこうとするイワンの背中に視線が刺さる。

 

それが日本側の視線ではないと気付いた時、SPの一人が呻いた。

 

【!?】

 

即座に対応したSP達の反応は評価に値する。

 

しかし、全てが遅過ぎた。

 

「お、お前!? その目は!!!?」

 

SPの一人が呻いて膝を付いた男の顔を見て、表情を強張らせる。

 

男の瞳の中で紅い光が点滅し、急速に高まっていく。

 

「外相をお守りしろ!!!!!!」

 

咄嗟の判断でSP達が巨漢のイワンを伏せさせ、その上に覆い被さった。

 

次の瞬間。

 

閃光が走った。

 

国連の入っているビルの中層階の廊下が爆裂し、側面のガラス張りの窓が全て崩壊する。

 

――――――。

 

爆発から三十秒後。

 

全身を強張らせていたロシア側のSP達が己の無事を認識し、その理由をすぐ横に見つける。

 

「な―――」

 

驚いたのは何もSPばかりではない。

 

イワンもその光景に内心、驚かざるを得なかった。

 

まるでイワン達を守るように日本側のSP達が一列になって肉の壁となっていた。

 

普通ならば簡単に吹き飛んでいるはずの肉体―――鋼のボディーが融け崩れて倒れる。

 

「日本の首相の安否を!!」

 

誰が最初にそう言ったのか定かでは無い。

 

だが、その心配をするまでもなく崩壊した廊下側へガシャンガシャンと耳障りな声が聞こえてくる。

 

「どうやら思っていた以上に彼らの行動は早いようだ」

 

宮松の声に振り返ったイワンはそこに半分以上外見が崩れた宮松を見つけた。

 

その表皮を消し飛ばされた内側からはSP達と同様の色が覗いている。

 

「ジェミニロイド・・・此処まで精巧な代物を・・・」

 

「ロボット首相なんて呼ばれたくないので普段は秘密にしていますが、もしもの時の備えです」

 

一国の首相が生身ではなく機械の体で演説や外遊を行う。

 

戦場や兵士が自動化(オートメイション)されてから久しい世界にもそれなりに慣れてきていたイワンであるが、その宮松の姿はまるでSFのように感じられた。

 

「生身だとどうしても最後の一線で常人の如くミスが出る。故にこうした何があるか分からない外交上の出国時はコレを使っています・・・早めに此処を出た方がいい。今、待機させていた私設部隊を幾つか周辺で展開させました。アメリカの州軍と連携するように伝えて有ります。避難誘導は要りますか?」

 

「・・・結構だ。お前達、体に異常は?」

 

SP達が確認し、次々に以上無しと告げていく。

 

「では、これより本国に急いで帰国する・・・この借りはいずれ」

 

イワンが立ち上がり、そのまま颯爽と崩れ落ちそうな廊下を歩き去っていった。

 

SP達が完全に崩壊して崩れ落ちたのを見て宮松は廊下の外、窓際に足を向ける。

 

「良い天気だ・・・さて、そろそろ次の国に行くか。織拿ばーちゃんからどやされる前に帰らないと・・・」

 

力みを失った体がゆっくりと崩れ落ちた。

 

国連への爆破テロに震撼するニュースが世界中に流れるも被害はゼロと報道される事になった夜、日本の首相官邸は慌しく遺憾の意を表明した。

 

それから日本政府にアメリカ政府からの謝意が送られる事態となり、その事件は後にアメリカの動きを鈍化させる外交上優位な出来事として語られる事になるのだが、それは未だ一人の首相の頭の中だけで描かれる未来像でしかなかった。

 

何かが変わろうとしていた。

 

世界の終わりを導く程に。

 

機械と人間が鬩ぎ会う。

 

新たな時代の到来に殆どの人々が気付くのはまだ当分先の事だった。

 




暴かれていく真実。
迫り来る廃滅の影。
祖は罪より出でて人を狩る咎。
一粒の麦に泣くは民か。
第五十一話「クリミナル・リコード」
懺悔の時間は未だ遠く。
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