GIOGAME   作:Anacletus

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この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。


第五十一話 クリミナル・リコード

第五十一話 クリミナル・リコード

 

え~国民の自称代表者たる皆様に本日は一つ言っておかなければならない事があります。

 

今回、政府が出します一つの法案に付いての話です。

 

何かと批判が多い同法案を烏合の衆よろしく多くの野党の方々は好意的には受け取ってくれていないようで、このような場を借りてこちらの考えを伝えさせて頂きたいと存じます。

 

長の話になるかとは思いますが、とりあえずお聞きください。

 

さて、まずは皆様の中にある偏見の話に付いて少しお話してみる事にしましょう。

 

無論、何の偏見かと言えば【彼ら】への偏見です。

 

彼らを人々は、いや・・・国民の大半は悪い悪い極悪人のように揶揄する事があります。

 

まず、これが一番の偏見です。

 

彼らはただ天下り先の確保に腐心し、国民の血税によって永らえる害虫のように思われている。

 

多くの利益を得る為に【政治】を行い、政府を裏から操る陰とも言われている。

 

利権と権力に取り付かれている様は正にドラマに描かれる通りに違いないと多くの方は疑わないでしょう。

 

故に皆様は彼らを虐めるのが好きです。

 

国民にしても彼らを虐める法案が選挙の争点になれば、当然のように虐める側に付く。

 

それが政治家の人気取りであろうともそれで良しとする。

 

ですが、それが本当に正しい政治のあり方なのでしょうか?

 

彼らにしてみれば、とんでもないと口を揃えるでしょう。

 

無論、人々にしてみれば彼らの内の極一部を指して【この税金泥棒】と言いたい気持ちがあるのは理解できる話ではあります。

 

しかし、実際国家を運営していく上で彼ら以上に必要な存在はいません。

 

コロコロと代わる政治家の代わりは五万といるのです。

 

それは皆様でも我々与党でも変わらない永遠の真理でしょう。

 

一国の首相の責は重々承知しているつもりですが、あえて私はこう言いましょう。

 

この場にいる政治家の誰一人として長年仕事を勤め上げてきた彼ら以上に国家の運営方法に詳しい人間はいない、と。

 

どう言い訳しようと我々政治家は最後の一線で彼らに勝てない、と。

 

おや、野次があちこちから飛んできますが、そちらは無視しましょう。

 

こほん。

 

彼らは既得権益者層なのです。

 

国家を運営していく上で欠かせない知識の宝庫であり、同時に如何なる国家の中にも巣食う必要悪。

 

ただ一つだけ我が国の彼らが他国の彼らと差別化を図れるとするならば、それは多くの場合一つの事柄に関してでしょう。

 

それは・・・コストパフォーマンスについて。

 

不思議そうな顔をしている方々がいますが、まずはどうか話を聞いて下さい。

 

こう言っては何ですが、薄汚い野郎だとこの国でも罵られ気味の彼らは比較的クリーンな存在です。

 

何処がクリーンなんだとお怒りの方もいるようですね。

 

では、皆さんにお聞きしましょう。

 

彼らが得る利益は多くの場合過大ですが、それで我が国が破綻するような事があるのでしょうか?

 

何十年も続く不況は彼らのせいなのでしょうか?

 

一向に減らない借金が彼らのせいなのでしょうか?

 

いえ、違うはずです。

 

どんなに考えようと彼らのせいであるはずがありません。

 

それらは全て我々政治家のせいであるはずです。

 

国家の財政規律を破綻させ、政治を弄んで国民の人気取りに奔走してきた我々政治家の迷走の結果です。

 

無論、国民が選んだ政治家ではあります。

 

我々が悪いなんて持ち出すとは何て馬鹿な首相かと顔を顰めるのも理解はできます。

 

しかし、ここでこう言わない事には何も始まらないのです。

 

何故、彼らのコストパフォーマンスがいいのか。

 

お教えしましょう。

 

比較してみたんですよ。

 

他国と我々の国の彼らを。

 

お隣の国においては彼らのような既得権益者層になるのは一種の夢なのだそうです。

 

権力には金が寄ってくる。

 

それは何処でも普遍の話であり、お隣の国では金を得る最良の方法は権力を握る事に他ならない。

 

だが、それは同時に腐敗の温床であり、大きな社会問題となっている。

 

その体質を変えるのは今世紀中には不可能であろうというのが大きなシンクタンクの結論の一つでもあります。

 

返って、我が国の彼らはそれ程に腐敗していると言えるでしょうか?

 

ええ、無論新聞を賑わせるくらいには彼らも権益が大好きです。

 

ですが、だからと言って法を曲げたり、仕事を放棄しているような人間は皆無です。

 

いないとは言いませんが、無数に不正や買収が横行しているなんて新聞どころかどんな国のメディアにだって取り上げられてはいません。

 

彼らに掛かる費用が膨大であるのは認めますが、それだって国が傾く程に逸脱しているわけでもない。

 

要点だけを言えば、彼らは御伽噺に出てくる魔法の鏡そのものです。

 

その鏡に【お前を破壊する方法は?】なんて質問をしてはトンチンカンな答えが返ってくるのは道理ではありませんか。

 

他にもお前の力を奪う方法は?とかお前の力を落として人気を得る方法は?なんて言う馬鹿がいるのですから呆れます。

 

魔法の鏡を維持するには大きなお金が必要です。

 

しかし、それを有効に活用しようとする者が皆無ではせっかくの宝も持ち腐れなのです。

 

どうやっても破壊できない大金喰らいの鏡を壊そうと思案するよりは彼らにもっと建設的な意見を問うべきでしょう。

 

例えば、景気を良くする為に経済対策をしたいんだが、その財源を何処から持ってこようかとか。

 

例えば、新たな産業を育成する為に多くの人材を出して欲しいとか。

 

彼らが出す答えが必ず良いものでないのは知っているつもりです。

 

だが、誰がやっても同じだと揶揄されるような政治なら、誰よりも政治を知っている人間を使うのが良い事は疑いようがありません。

 

彼らがそれで新たな利益を得ようとするなら、そうさせてやればいいのです。

 

社会には自浄作用がある。

 

あまりに大きな利益を不当に得ようとすれば、人々は怒り彼らは顰蹙を買うでしょう。

 

我々政治家の仕事は彼らを罰する事ではありません。

 

彼らに対価に見合った労働をさせる事です。

 

その対価が不当かどうかは社会が決定してくれるでしょう。

 

ここまで話しておいて何ですが随分と不満そうな方が方々(ほうぼう)にいらっしゃるようですね。

 

きっと、私が彼らの権益を守る為に立ち上がった大悪人に見えているんでしょう。

 

少しだけ考えれば分かるはずですが、どうやら理解できていないようだ。

 

日本という国は三代富を維持するのも難しい国であるというのに・・・・・・。

 

彼らは確かに高給取りですが、同時に消費者であり、納税者でもある。

 

彼らの消費活動も貯蓄も相続税も回り廻っては国に帰ってくる。

 

本当に警戒しなければならないのは富を海外に流出させる外国資本や多国籍企業。

 

それからグローバリズムを標榜して日本という枠組みを解体しようとする勢力に他ならない。

 

日本には日本の“冴えない遣り方”がある。

 

なのに時代の流れだのこれが最先端のトレンドだのこれからの政策は外国にも開かれているべきだなんて戯言に一体どれだけの価値があるのか。

 

この国から活力と人々の仕事を奪う者達がいて、なのにどうして同じ国民である誰かを叩く事でしか人々の関心を政治家は得られないのか。

 

私は極右という呼び名で呼ばれる事がある政治家です。

 

ですが、日本程に生まれて幸せな国はないと、そう誇れるような国を創る事を目指しているつもりです。

 

今、我々がすべき事は内輪揉めでも自虐思考でも外国にも開かれた国なんて標語でもありません。

 

本当にすべき事は一つ。

 

国民に幸せを掴んでもらう事です。

 

掴ませるでも与えるでもありません。

 

掴んでもらう事です。

 

己の生きている場所を誇り、正しく省みる事ができる教育を受け、己の情熱を傾けられるだけの仕事に就き、生涯の伴侶を得て子を儲け、次の世代により良く在れと願いながら老い、死んでいける世界を創る事です。

 

それには彼らの協力が必要なのです。

 

どう考えても彼ら無しでは夢物語でしかないのです。

 

ですから、私は此処で皆様に申し上げておかなければならない。

 

私の前に立ち塞がり、道を阻む者は斬り捨てられると覚悟して頂きたい。

 

――――――この首相・・・面白い・・・ね? 兄さん。

 

とある時代に首相を務めた男の演説を『日本の名演説百選』なるメモリから読み出して端末で再生させつつ、十六歳程の少年が笑った。

 

「コレ大きな姉さんから借りたんだけど、やっぱり面白い」

 

「良かったな」

 

「うん」

 

その少年の笑みに頷いたのは二十程になるだろう目つきの鋭い青年だった。

 

「ほほう。これは・・・宮松鍵平(みやまつ・かぎひら)総理のあの演説か・・・」

 

「おじさん。知ってるの?」

 

麦藁帽子の似合うダンディーなヲタク系元自衛官【田木宗観(たぎ・そうかん)】は包帯でグルグル巻きの全身を僅かだけ頷かせた。

 

「ああ、若い頃はこの人の演説が政治哲学系のセミナーで結構流行っていてね。一度だけ本人が講演したのを聞いた事がある。何でも本人的には若い頃の自分の声を聞くのは恥ずかしいものだったらしい」

 

感心した様子で少年が田木の座っている車椅子を押した。

 

「へぇ~~」

 

「そろそろ付くぞ」

 

青年が言うと少年が頷いた。

 

「これで大陸ともお別れだね」

 

「ああ」

 

青年と少年と田木は大海原を前にして潮の匂いと共に朝の空気を吸い込んだ。

 

 

【中国沿岸軍閥領内】

 

第二GAMEにおいて全身打撲と内臓破裂と粉砕骨折を負った田木が生死の境を彷徨いながらも何とか生還する事に成功したのは二ヶ月前の事。

 

軍閥との間に抗争を発展させていたGIO中国の裏方達の働きにより、一命は取り留められ、更には最新の医療で車椅子で外出出来るまでに回復していた。

 

大量のNDによる各部の修復や手術による多臓器再建、IPS細胞の高速培養技術で各部の主要器官を補填されたのも大きい。

 

治療面で言うならば軽く十億近い医療を受けた田木だったが、それでも基本的には怪我人であり、未だ全快とは程遠かった。

 

そもそもGIOはもはや中国軍閥領内では追われる立場となっていたのであり、彼らの移動に付き合いつつ治療を受けた田木は何度も近くで銃声を聞いた。

 

何とか遠回りしながらも沿岸部に辿り着いたのは奇跡的な事ではない。

 

綿密な計算と高度な偽装。

 

更には多数の襲撃者達を返り討ちにする二人の男の功績が大きい。

 

少年と青年の名を田木は逃げながら治療される途中聞いた事があるのだが、未だに答えは返っていない。

 

ただ、二人がGIOの裏方である特務の海外組であり、同時にGAMEを取り仕切っていた特務筆頭の亞咲の弟に当るという事実だけは聞かされていた。

 

自分の事を人間とは違う遺伝子組み換え生物である・・・そう淡々と語った亞咲の親類。

 

つまりは遺伝学における優勢種。

 

実際にDNA上の血の繋がりがあるのか怪しいものだったが、彼ら二人の語る【姉】の姿を聞きながら・・・田木は彼らが自身で言う程人間離れしてはいないのではないかと思うようになっていた。

 

確かに少年と青年は強い。

 

只管に強い。

 

二ヶ月で軽く二百人以上の人間を退けてきた。

 

田木を守る為だけに編成されたらしい複数の車両からなる旅団を率いて軍閥領内を横断し、如何なる敵を前にしても切り抜けた強さは軽く想像を超えていた。

 

まるで漫画の世界から抜け出してきたような強さと表現するべきか。

 

車両内部の窓からよく見えたマズルフラッシュ。

 

その大半が軍閥側が差し向けた者達から放たれる弾丸の結果だったというのに傷一つ負わないのは明らかに異常だ。

 

戦術単位での戦闘力は間違いなく自衛隊陸自の精鋭を上回り、先進国の特殊部隊も真っ青な銃撃戦を演じて顔色一つ変えないのは非人間的だろう。

 

しかし、田木の面倒を見て愚痴り、普通に談笑しながら食事を取り、死んだ者には敬意を払う。

 

その姿を見ては彼らを化け物とは思えない。

 

「兄さん。後十分でお迎えが来るよ」

 

人気の無い海岸線沿い。

 

手の付けられていない浜辺まで降りてきた三人が背後を振り向くと十五メートル以上ある長方形の黒い箱型の物体が透明になっていくところだった。

 

クラクションが鳴るとそのまま音もなく僅かな違和感を抱えたまま箱が走り去っていく。

 

「見えない車両か。同じようなものは陸自でも開発されていたらしいが、使い道が無いと技研の人間が嘆いていたな昔・・・」

 

機能性に溢れた快適な内部を思い出して田木が感慨深そうにステルス車両を見送る。

 

聞いた話によればGIOの特注品。

 

静穏性能は日本車の技術でほぼ最高。

 

ステルス技術は米軍の次世代型で最新のレーダーにも小鳥程度にしか映らない。

 

問題は消費電力の高さで様々な医療機器や電子機器を備えている為、隠密行動しながらの移動距離が日に約百五十キロという事らしい。

 

「あれは何処へ向うのか聞いてもいいかね?」

 

「各地の人員をピックアップしてから南方に向うって言ってたっけ」

 

弟の方から答えが返る。

 

「GIOはやはり軍閥から手を引くのか・・・」

 

「軍閥側が瓦解を始めている以上、もはや利用価値は無いって大きな姉さんが判断したみたいだから」

 

「大きな姉さん・・・あの亞咲と名乗った彼女の事か」

 

「そうそう。まぁ、まだ日本の割譲は諦めてないみたいだけど」

 

「そこまで知っているのか・・・」

 

クスクスと少年が笑う。

 

「おじさんには意外だった? まぁ、確かに僕達は末端に過ぎない。けど、GIO特務の中で僕らは末端でありながら同時に権限も保有してる」

 

「権限?」

 

「最初のウチは負傷率が高かった僕らの要望でアレが送られてきたし、僕らが言えば大きな姉さんはお金も物も大体は用意してくれる」

 

「・・・・・・」

 

田木が少年を複雑な面持ちで見つめた。

 

「おじさんの臓器を培養した設備も元々は僕らの体が欠けた場合に使うものだしね」

 

「そうだったのか・・・」

 

「あの設備があれば手足が一本吹き飛んだくらいなら何とかなるし、僕らは大体世話になってる」

 

「・・・そこまでして特務という仕事をする必要があるのか?」

 

田木の本音に少年が今度はおかしそうに笑った。

 

「僕らは人間じゃない。人間みたいに振舞うし、遺伝学上は人間(ホモサピエンス)だけど、常人より遥かに優れた学習能力と隔絶した肉体を持ってる。生まれ方は人間と同等に代理出産の形を取るけれど、それはあくまで商売上の話であって母親と言える人間はいない。僕らにとっては自分と同質の存在が家族であり、友人であり、父や母、姉や兄、妹や弟になる。その長である大きな姉さんはこれか―――」

 

「その辺にしておけ」

 

「・・・兄さん・・・うん」

 

青年に遮られて少年が頷いた。

 

「それで今度はステルス船でも来るのかな?」

 

それ以上は聞かず。

 

田木が話題を変えた。

 

「ステルスの船舶が黄海付近にいたら良い的だ」

 

青年がボソリと呟いた。

 

「・・・まぁ、そうか」

 

最もな話だった。

 

第二次日中戦争になるかどうかの瀬戸際。

 

アメリカの監視衛星や日本の対潜哨戒機や原潜の視線がウヨウヨしている中国近辺の海であからさまにステルス機能が付いた艦船が発見されようものなら追撃は免れない。

 

「ふむ」

 

ならば、何が来るのか。

 

思案した田木が答えを出す前に結果が現れた。

 

「来たみたいだね」

 

少年が車椅子を押して波際まで往く。

 

浜辺に向って海の中から近付いてくる影が少しずつ大きくなり、やがて姿を現した。

 

水中を進んできたらしい車両がそのハッチを開く。

 

「コレお客さンよ。手早く運んデ」

 

三人ほどの男達が青年と少年に頭を下げると田木の車椅子を持ち上げて車両に載せた。

 

二人が乗り込むと即座にハッチが閉まり、再び海の中へと潜っていく。

 

「あんたがCEOから手配された人?」

 

少年の言葉に頷いたのはでっぷりとスーツをはち切れんばかりに膨張させている鼻が赤い五十代の男だった。

 

「ソウよ。良い額ダたネ」

 

その言葉に田木が目の前の男を誰が手配したのかすぐ理解した。

 

「じゃ、運ンだら指定の場所に置いてクよ」

 

田木がこれから何処に運ばれるのかぼんやりとだが把握する。

 

数分後。

 

車両が揺れた。

 

そして、同時にハッチが開かれる。

 

「これは・・・」

 

そこは鋼色の世界だった。

 

ヘリとコンテナが詰まれた大きな倉庫程もあるだろう場所。

 

「原潜・・・か」

 

赤鼻の男が頷く。

 

「正シくは揚陸艦だけどネ」

 

巨大な空間を見回して、田木がその艦の非常識さを認識する。

 

「・・・揚陸潜水艦?・・・これだけの規模・・・GIOはこんなものまで持っているのか・・・」

 

田木の反応は正常な軍人なら当たり前のものだろう。

 

ステルス性能、静穏性能、長期航行性能、更には運用面でもあらゆる困難が伴う事を思えば、常識的に巨大潜水艦なんてものは無用の長物だと誰でも理解できる。

 

それが【揚陸潜水艦】なんて冗談だとすれば、正に夢でも見ているのかと疑う方がまだ安い。

 

潜水艦というのは基本的に通常の艦船よりも運用に膨大な資金が伴う。

 

原潜ならば尚更。

 

しかも、大きさに比例して武装も多量に積んでいるとすれば、その力は一企業が抱え切れる規模を超えている。

 

核魚雷、核ミサイルを積まれていれば、ステルス潜水艦というだけで正に悪夢だろう。

 

(どうやって此処まで・・・これだけのデカブツがこの状況下で中国本土付近まで近づけるわけが・・・)

 

図体のでかい艦に苦労があるのはよくある話だが、それはあくまでも技術や運用面での事だ。

 

それより田木にとって疑問なのは開戦の緊張に震えている黄海を超えて陸地近くに潜水艦が存在していると言う不可解な状況だった。

 

どんな潜水艦だろうと多数の艦にほぼ封鎖されている海域で自由に行動できるはずがない。

 

「違うネ。コレ軍閥ノ」

 

「!? これだけの規模のものを軍閥が? 随分と面白い冗談だ・・・」

 

「ジョーク違うネ」

 

「・・・・・」

 

田木が黙り込む。

 

自衛隊にいた頃の情報には大規模新規原潜が軍閥の何処かで開発されているなんて情報は無かった。

 

日本やアメリカや欧州ならばまだしも軍閥がそんな原潜を保有しているというのは明らかに不自然だ。

 

「数年前から建造されテて。近頃貰っタて。艦長の話ネ」

 

「そうか・・・」

 

事実として乗ってしまっている身からすれば、どんなに不自然な話でも納得する以外ない。

 

無論、目の前の男が嘘を言っている可能性やGIOが偽の情報を掴ませている可能性もあるが、何かと裏道を歩いてきた田木はその手の嘘に敏感だ。

 

【兄さん。どう思う?】

 

【ああ、大きな姉さんに報告しなければな・・・】

 

しかし、艦内を見回しながらボソボソと広大な空間の端でボソボソと話している兄弟や赤鼻の男の言動・仕草に不自然さは無かった。

 

「アズからノ仕事。イツも大変ヨ。丁度軍閥デる人イてヨカた」

 

「軍閥を出る?」

 

赤鼻の男が頷く。

 

「この間、軍の大物逃ゲた。この艦ノ艦長。先見あルからインド辺リ売るテ」

 

(この艦を・・・売る、だと? それほどまでにもう軍閥の瓦解は・・・)

 

脱走。

 

しかも艦船を伴っての離反。

 

それを売るのが日本ではなくインドというのが何とも中国人らしいと田木は思う。

 

日本にはプライドから売れず。

 

周辺諸国には金額的に売れないのは承知済み。

 

海軍の質が低く同時に中国と内陸部で対決姿勢を打ち出しているインドならば、手土産として潜水艦はこれ以上ないものだろう。

 

それが不自然な代物とはいえ軍閥の最新艦ともなれば、日本やアメリカと共同歩調を取っているインドにとっては今後の三国間での外交材料としても有益に働く。

 

何故、軍閥にそれほどの新型潜水艦を新造する余裕や技術があったのか。

 

想像の範囲外だったが、田木は日本に本来向けられていたかもしれない力が他国に流出するという話に僅かな安堵と同時に同型の原潜が存在するかもしれないという不安を抱いた。

 

「GIOはこの艦の事は?」

 

田木の元に戻ってきた青年と少年が同時に首を横に振る。

 

「今回はCEOの手配なんだ。それにしても軍閥がこんなの保有してるなんて・・・最初からGIOは利用されてたのかな? 兄さん」

 

「さぁ、な・・・ただ、これでようやく合点がいった」

 

「合点?」

 

「ああ・・・」

 

青年が頷く。

 

「じゃア、インド洋沖まデ乗せるヨ。後、手配したタンカーよ」

 

赤鼻の男がそう言うと通路へと消えていく。

 

(・・・長くなるな・・・これは・・・)

 

田木達の日本への旅はまだ遠回りが必要なようだった。

 

 

一粒の麦という話がある。

 

地に落ちた麦の一片はやがて無数の実を付ける穂を抱く。

 

故に落ちぬ麦に如何程の価値があろうか。

 

例え話にしては有名な話だろう。

 

大地に落ちる麦は死。

 

そして、そこから始まる稔りは生。

 

世の定めの一端である。

 

「大統領。新しい情報が入ってきました」

 

彼らにしてもそれは賛同するに値する価値観と言えた。

 

一粒の麦が次の稔りを約束する。

 

今までそう信じてきた者達の集りこそ彼らそのものだった。

 

「そうか・・・」

 

会議室の中には異様なまでの緊張が走っていた。

 

軍服に無数の勲章を付けた者が四人。

 

政府関係者が八人。

 

民間からのアドバイザーが二人。

 

そして、巨大なスクリーンの横に議事進行役の諜報機関関係者が数人。

 

「今度は何処だ」

 

「はい。アイダホです」

 

巨大なテーブルの上と会議室に集った各々の前には合衆国の地図が出ている。

 

ただ、その祖国のほぼ半数以上の州には薄く紅い色が広がっていた。

 

「それで状況はどうなのかね?」

 

政府関係者の一人が議事進行役の男に聞く。

 

「どうなのかね、とは?」

 

「今回の件を引き起こした人物は絞り終えたのかと聞いている」

 

「現在、本部の検証チームが【十三人の内の誰なのか】を特定中です」

 

その場の空気に大きな落胆が落ちた。

 

「では、此処で一端状況を整理してみては如何でしょうか大統領。長時間の情報取得で混乱してはいけません。個々人での認識を一致させておく必要があるかと」

 

上座に座り込んでいた大統領。

 

いや、大統領をそろそろ辞任するかもしれない男が頷いた。

 

共和党出の黒人として五人目。

 

そろそろ激務で髪も白くなってきたというのに此処半月でメッキリ老人のような白さを獲得した髪が頷くと同時にハラリと一本抜け落ちた。

 

「では、皆様にもう一度此処二ヶ月で起こった出来事を説明し直しましょう」

 

議事進行役の男がテーブルの端でコンソールを操作した。

 

「事の発端となる情報は我々CIAの【オペレーション・パトリオット】が一時期捕捉した人物から齎されました」

 

地図が消えて、一枚の写真が浮かび上がる。

 

「荒崎完慈(あらさき・かんじ)。言わずとも大統領や政府筋の方なら知っておられる【あの悪魔のような企業】における事実上のトップです」

 

その中で眼鏡を掛けた三十代の男がオープンカーの後ろに一升瓶を山と積んで高速を疾走していた。

 

「彼はGIOが主催するGAME終盤、衛星で姿を捕捉した我々に・・・直接的に声を送ってきた」

 

完慈の唇が動くと四方に配置されているスピーカーから声が発せられる。

 

『【これから友人達が迷惑を掛けるかもしれないが、それは余波に過ぎない。もしも、国が大事なら倉庫と生き物を注意深く見守っておいた方がいい】』

 

機械音声に顔を顰める者が多数。

 

しかし、その理由は声が耳障りだからというよりは二度と聞きたくない声を聞いてしまったという風にも見えた。

 

「彼はこう我々に忠告し、そして忠告の代価として【神の杖】を貸せと秘匿回線に割り込んで言ってきた」

 

政府筋の男達が苦い顔をした。

 

『秘匿回線が聞いて呆れる』

 

ボソリと誰かが言った。

 

その声を咎める者はいない。

 

世界最高のセキュリティーを誇る回線にいつでも割り込んでくる時点で相手は尋常ではない。

 

それを悔しく思いながらも誰一人として納得できない者はいなかった。

 

彼らが相手にしている者の事を思えば、それくらい【在り得ないわけがない】からだ。

 

「無論、我々を通じてこの報を聞いた大統領は拒否された。国の安全保障上最重要の兵器を寄越せと言われて寄越す馬鹿はいません。当然です。ええ、まったくもって正常な判断でした」

 

大統領が己の失態を悔いる如く眉間を揉む。

 

「そして、GAME終了後・・・彼の言葉の意図を探るべく我々は米国行きの旅客機に乗った彼に【話を聞きに行った】わけです」

 

日本製の中型旅客機。

 

テーブルの上にその【聞きに行った最中】の映像が映し出される。

 

黒いマスクを被った完全武装の客達の中、一人スーツ姿でお茶を飲んでいる完慈が指先で小型カメラを弄って己の顔に向ける。

 

完全武装の男達は座席で指先一つ動かせず静かに固まっていた。

 

『御機嫌よう』

 

合成音声が響き、誰もが顔を暗くした。

 

その場にいる半分以上の人間が日本語など分からなかったが、それでも空恐ろしい何かを全員が感じ取った。

 

『【杖】を貸して頂けないのは日本人的な言い方にすると遺憾だという事になるが、どうやらあちらはどうにかなったようだから良しとしよう。この映像は録画して四日以上は上層部に届かない事を考慮して話すものとする。では、これから君達【半分】が直面しなければならない事態を教えておこうか』

 

字幕が映像の下に流れ始める。

 

『まずGIOアメリカ本社のサーバー情報から推測して君達の置かれている事態を簡潔に伝えよう。これからアメリカ全土の穀倉地帯は新型の麦角菌(ばっかくきん)によって壊滅する』

 

シンと会議室の中が異様な静けさに包まれる。

 

『この菌は長期間苛酷な環境でも耐え抜く力を持った代物だ。そして、その最大の特徴は増殖力にある。通常の麦角菌とは違い・・・この麦角菌は薬剤にかなりの耐性を持ち、人間に付着して移動する。アメリカ全土で小麦生産に従事する人間の徹底的な衛生管理が出来なかった場合、約3000時間程で国内の流通小麦の全てが汚染されるだろう。

 

 

汚染された小麦を食べる事はお勧めしない。ヒステリックな女性の叫びや大物セレブの離婚劇、銃乱射事件で紙面が賑わい、車両・航空・医療、その他諸々の事故で社会の麻痺を我慢できるなら問題ないが』

 

ピキピキと頭の血管が今にも切れそうな男達が黙ってその男を凝視し続ける。

 

『倉庫の管理を徹底し、国内の小麦消費を抑え、主食を他の穀物類や芋類・果物に変えれば、数年は持ち堪えられるだろう。

 

穀物メジャーが悲鳴を上げるだろうが、それをどうにかするのは君達の仕事だ。世界各国で穀物価格が急激に膨れ上がればどうなるか君達には自明だろう。

 

まぁ、バイオマス系の燃料や牛肉豚肉を止めれば肥満も解消されて結構健全かもしれない・・・』

 

拳を握っている男達が半数。

 

『今回、この事態を引き起こした人間の予想は付く。が、それに応対するのは君達の仕事であって僕の仕事じゃない。誰かは知らないが、彼ないし彼女はアメリカを潰す気だろう。

 

何故今なのかという問いには時期が来たからだと答えよう。更に潰す理由に付いては君達が知らないわけもない。今の【半分】の構成員で知らない人間がいるなら、除籍されてる古参のCIA職員か勲章だらけの退役軍人にでも聞くといい。

 

どちらも口を噤むだろうがね。今の君達の大勢がどうなっているかに興味は無いし、全て理解しているという前提で話は進めさせてもらう』

 

今にも画面に殴りかかりそうな者が約八割。

 

『君達が生き残る為にはマストカウンターの時期を見極めないとならない。だから、我々の弱点を教えておこう。これは本社を置かせてもらってる義理と理解して欲しい』

 

「義理だと・・・白々しい・・・!!」

 

男達の一人が毒づいた。

 

『僕らのような研究者上がりの人間にとって最も痛いのは研究や実験結果の破壊なんかじゃない。研究はいつだって己の頭があれば何処でも出来る。そこが墓場でさえなければ幾らでも結果を出す機会はある。僕らにとって最も痛いのは研究の為に集めた研究材料(サンプル)の破壊だ』

 

彼らの誰もが映像の内容を再確認する。

 

『我々【十三人】の誰もがとは言わないが、ほぼ全員の共通項・・・それは再現性の無いサンプルの採集に成功した者が新たな扉を叩く権利を得てきたという事だ。

 

現代では再現できない何か。それを再現する事を求めて我々の技術は飛躍的に向上する。ある者は大昔に作られた一つのプログラムに嫉妬して、分野の頂点に立った。

 

ある者は遥か過去の刀に魅せられ、新たなコアマテリアルの生成に成功した。ある者は深海の生物進化に引き込まれ、淘汰の先にある生き物を愛した』

 

言葉の本流は僅かな熱が帯びている。

 

『我々は十三の分野を住み分けたのではない。我々は十三の分野を進んだ先、己にそれしかない事を悟った者だ。無論、誰もが天才であり、秀才である事は疑いない。己の分野以外も一流ではあるが、それでも門外漢の分野に対しては研究速度に限界がある。

 

あの頃からの延長線上にある技術や最新の研究成果を常に吸収する事で一定のラインは保っているだろうが、それでもアメリカの最先端を全て越える事はほぼない』

 

遺憾だったが、その場の男達にとって完慈の語る内容は今後を左右する重要な情報だった。

 

『まずは君達の敵を特定したまえ。そして、その者の得意分野以外で勝負する事だ。間違っても同じ分野での争そいは避けるように・・・それが我々の誰であろうと勝ち目はない。

 

ちなみに行動を阻止したいと望むなら同等の者をぶつけるか時間稼ぎをするといい。個人での立ち回りには必ず時間制限がある。流動的に流れていく事態の中で機を逸するのは誰にとっても痛い』

 

語り終えたとばかりに指が伸びて映像が途切れる。

 

『これからこちらは君達の国で色々と準備がある。邪魔はしない方がいい』

 

何様だと誰の顔にも書いてあるが、傲慢なまでの物言いは全て録音でしかなく、内心を露にする者はいなかった。

 

『・・・この状況は君達【半分】が撒いた麦(たね)の一つだ』

 

機械音声には僅かな嘆息が混じる。

 

『収穫の時期を間違えた穂はやがて腐り、地に落ちて、世界を覆い始めるだろう』

 

まるで預言の如く声は男達の間を渡っていく。

 

『呪いのように祝い、嘆きながら祝せよ諸君・・・【あの日さえ】と後悔しながら・・・以上だ』

 

その場に沈黙が下りる。

 

明らかに何かを知っている男が今何処で何をしているのか。

 

アメリカ国内に本人がいてすら誰も知りはしない。

 

それがGIOの本気であり、一国の諜報能力を超える技術力の証左だった。

 

「・・・それで事情を知っている除籍者の行方は?」

 

大統領の言葉に諜報機関の男の一人が首を横に振った。

 

厳しい表情が眉根を寄せる。

 

「如何に我々と同等である【半分】でもこの案件に対する情報を隠せば、国家反逆罪での処罰も在り得る」

 

その男達の中から代表者が一人進み出た。

 

「大統領。この件に関して【SB】は協力的です。除籍者の追跡は現在各地の人員を使い最優先でさせていますが、殆ど発見できていません。それは一重に除籍者や軍OBが逃げているからというよりは・・・死亡しているからだと思われます」

 

「まさか・・・」

 

大統領の声に男が頷く。

 

「この件に関して荒崎完慈の言動から推測された時期の【前任者達】が殆ど消えています。今現在確認できる者に聞いても返答は【NO】としか返ってきません。この案件に続く情報はその頃の【我々】と【そちら側】の間で保護協定となった可能性があります」

 

「残っている資料からの推察はできないのかね?」

 

「残念ながら全ての情報は紙媒体ですら残さなかった可能性があり、死亡した前任者で行方が割れている者の遺品から情報を回収している最中です」

 

「時間が無いと言うのに・・・」

 

大統領が愚痴った。

 

その時、内線がコールされた。

 

すぐさまに端末で連絡を受けた代表者の男が顔色を変える。

 

「ああ、分かった。転送してくれ」

 

「どうかしたのかね?」

 

「今、ほぼ特定されたとの連絡がありました」

 

会議室内がざわめく。

 

「いきなりだが、どういう事かな」

 

今までのやり取りから即座に状況が変わった事を訝しんだ大統領に男が説明し始める。

 

「シカゴの空港で防犯カメラに十三人の内の二人が掛かりました」

 

「二人だと・・・」

 

「はい。1分程の会話の後に分かれたという事です」

 

「誰なんだ・・・」

 

会議室の虚空に二人の男女が映し出される。

 

「現在日本国内でフィクサー・アズ・トゥー・アズを名乗る【亜頭小夏(あず・しょうか)】と」

 

スーツの胸元が覗くアズの全身が虚空に浮かぶ。

 

「情報処理心理学を応用したAIプログラムの第一人者【國導仁(こくどう・じん)】です」

 

狐目の顔に長髪という風体の男がその横に並んだ。

 

「一体どちらだ。いや、どちらもか?」

 

「いえ、アズ・トゥー・アズは十三人の内で唯一こちらと協定を結んでおり、相互不干渉と特定状況下での協力体制を敷いています。確かに可能性はありますが、今回の穀物テロを主導する理由に欠けます。渡航に関してはそもそも実行犯ならわざわざ安全な日本を出るのは聊か不自然に映ります」

 

「という事は・・・」

 

男達が狐目の男を見つめる。

 

「今のところこちらの男が主犯である可能性が高いと検証チームは推定しています。國導仁は十三人の中でも極端な国粋主義で知られ、一時期はネット上で【Fox Face】という多年草のアイコンと通称FFのハンドルネームを使い、主に日本と敵対する国や外交上問題のある国のサーバーを荒らし回っていました。

 

暴露された政治上の重要機密は数知れず。単独で世界中の政府から煙たがられたウィキリークスを上回る被害を出した事からICPOによる特別指名手配が為されましたが未だに捕まっていません」

 

『まさか【FF】による犯行とは・・・』

 

軍人の幾人かがボソボソと互いに会話を交わす。

 

「確か・・・我が国にもそのFFの被害が出ていたと記憶しているが」

 

大統領の問いに代表者の男が頷く。

 

「はい。大なり小なりありますが、最後に被害が確認されたのは十八年前。黒い隕石事件の混乱期に日中が緊迫した際、日本へ配備する原潜及び空母に核が積み込まれた事を暴露され、日本への核配備を事実上阻止された経緯があります」

 

「FFの声明はあの当時に見た記憶がある。確か・・・」

 

『マッチは要らない・・・でしたかな』

 

会議室の中で最高齢だろう軍人の男が遠くを見つめるような顔で呟く。

 

事前に用意されていた箱の中から一つのファイルが取り出される。

 

「その時の様子ですが」

 

呟いた軍人が代表者の男を手で制してそっと話し始める。

 

「此処は当時を知る者が」

 

ゆっくりと息を潜めるように声が語り出す。

 

「彼はその事件当時ペンタゴンのサーバーに対して単独でクラッキングを仕掛け、三十秒間複数のシステムを乗っ取りダウンさせました。

 

軍の技術者連中は揃って言いましたよ。【在り得ない!! きっと悪い夢を見ているんだ!!】とね。クラッキングの後に検証委員会が召集され、その結論として彼は当時世界最高と謳われた我が国のヨッタフロップス級量子コンピューターと同等の性能を持つマシンを数台投入した可能性があるとされました。

 

そうでもなければ軍のファイアーウォール突破は不可能だと・・・しかし、日本国内で家宅捜索された際に押収されたのはノートパソコンが一つ切り。

 

ハードディスクが完全に焼き切られていた為、実際の所は分かりませんが、幾つか残されていた彼のメモなどから独自開発したAIプログラムを世界各地のスーパーコンピューターに感染させ、同時多発的にクラッキングを行ったのではないかという事です」

 

静かに口を閉じた軍人に代わって再び男が話し出す。

 

「その後、【国家安全保障局(NSA)】と【中央保安部(CSS)】による合同捜査が行われましたが発見されたのは手口として使われた各国のスーパーコンピューター内の一文のみでした」

 

「一文?」

 

大統領に男が頷く。

 

「【いつでも見ているぞ】と」

 

ゾッとしたように当時の事を話した軍人が背筋を震わせた。

 

「いつでも見ているぞ・・・か」

 

大統領が苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「エシュロンによる追跡は今も続けられていますが、何分一時期とはいえ世界を席巻した男の名です。今でこそ減りましたが、FFのハンドルネームを使う人間は全世界で約百八十万人以上。現在世界中からネットに書き込まれるFFという単語の流通量は一日でもかなりの数に上ります。本人と思われる痕跡は・・・この十八年間の追跡で一度も出ていません」

 

「まるで亡霊だな」

 

愚痴った大統領が眉間を揉み解しながら溜息を吐く。

 

「【君達】の責任ではないのかね? 安易に日本を糧にしようと画策した・・・」

 

長話に疲れミネラルウォーターを呷っていた男がそっとペットボトルを置いた。

 

「【SB】が今後日本に対して実施する作戦の予定は三年後を目処にするものでした。今回の件の検証を進めさせていますが、やはりこの一件の最大の遠因はGIOGAMEと予想外に過ぎる軍閥の急激な変化であると考えられます。

 

彼らが動かなければ【半分】のどちらもこの時期に動く必要は無かった。そして、我々が動かなければ米国が標的にされる事もまた無かったのではないかと。そもそもGIOに【レギオン】単独による作戦など仕掛けなければ、まだ表舞台に上がる事も無かったはずです。

 

その後の中国軍閥での非公式作戦に付いても明らかな越権行為であると我々は認識しています。あそこで軍閥連合の瓦解を加速させる必要は無かった。十三人の誰かが関わっているとはいえ、このままでは制御不能になった軍閥がどう出てくるのか予想が付かない事態になっている」

 

大統領が瞳を細めて男を見た。

 

「・・・それは認めよう。あれは確かに此方側の落ち度だ。しかし、君達は君達で一人の男を単独で日本国内に潜伏させている。この一件が起こるよりも、GAMEが始まるよりも前からだ。五人目の情報がこの一件の引き金になっている可能性もあるのではないかね」

 

「大統領。【我々】は米国に対して不利益を齎しません。五人目の情報を得たいが為に他の十三人の誰か、軍閥にも関与しているかもしれない誰かが、我々に脅しを掛けてきたという事は十分に考慮されるべきですが、荒崎完慈の言葉を借りるなら時期が来たという事になる。 

 

それが何に対する時期なのか。そして、嘗ての我々が撒いた麦(たね)がどういうものなのか。まずはそれを突き止めるのが先決と存じます」

 

両者が視線を交わせる。

 

「・・・いいだろう。【国防高等研究計画局(DARPA)】に【レギオン】の日本撤退を指示しろ。これは決定事項だ」

 

『大統領!?』

 

複数の高官が思わず立ち上がった。

 

「何も本土に引き上げろとは言っていない。【レギオン】はハワイ沖の空母に搭乗させ、いつでも出られるようにしておきたまえ」

 

大統領の命令に軍人達がざわついた後、四十代の黒人の男が立ち上がる。

 

「よろしいのですか? 今、極東情勢を鑑みた場合、【レギオン】が有する超高難度の作戦遂行能力は不可欠かと思いますが・・・」

 

「今回の作戦において自衛隊の研究機関による調査が始まったと【国防情報局(DIA)】から情報が来た。これ以上、日本国内での作戦遂行は日米同盟の妨げにもなる可能性を否定できない。

 

確かに軍閥領内での核弾頭の起爆はやり過ぎた面があるのは認めるべきだろう・・・もし我が国が起爆に関わっていたと知れれば日本との軋轢は今以上になる。それは今の段階では避けたい・・・これが私の考えだ・・・」

 

一歩間違えれば核戦争になっていたかもしれない現実を前にして大統領に面と向かって意見する者は一人もいなかった。

 

「では、引き続き各自の任に当たってもらいたい。本会議はこれにて解散とする。次の提示連絡会議はオンラインではなく生身で会う事になるだろう」

 

大統領が立ち上がると他の全員も立ち上がり、敬礼と共に軍人達や他の閣僚の姿が消えていく。

 

最後に残っているのはCIAの代表者の男と大統領と数人の官僚のみとなった。

 

その会議が終わって幾分気分が緩んだところを狙い済ましたかのように緊急回線が開き会議室内の中央テーブルの虚空にEMERGENCYの文字が浮かぶ。

 

「何事だ!!」

 

代表者の男が端末を確認して唇を噛んだ。

 

「大統領!! 国連ビルで自爆テロです!!?」

 

「何?!」

 

「現在状況を確認中ですが、事前の情報によればそのフロアで宮松総理とロシア外相が非公式会談中であったと!?」

 

「ッ!? 次から次に!! これも攻撃なのか・・・!!?」

 

「分かりません。ですが、【敵】が牙を向いているのは確かでしょう」

 

「すぐさまに対策会議を設置しろ!! 宮松首相の安否の確認を最優先だ!! 現場の指揮は此処から私が取る!!! 機長に行き先の変更を指示しろ!!」

 

「はッッ!!!」

 

事態は大きく動き出そうとしていた。

 

会議室の窓が開く。

 

大空の上。

 

大統領専用機(エア・フォース・ワン)の往く手には積乱雲が鈍するように重く沈んでいた。

 

 

爆炎が吹き荒れる海辺。

 

機械(ジャンク)の群れが列を成して海岸線を埋め尽くしていた。

 

夕日も翳る噴煙を上げているのは一つの工場。

 

それも海に浮いている幾つものプレートの上に建造された場所だった。

 

巨大なプレートはフラクタルな形状をしていて一枚で二百メートル以上の半径を持っている。

 

それが十数枚と言えば工場の大きさは大企業の心臓部とも言える面積だろう。

 

しかし、今正に崩れ往く六角形(プレート)の大半は崩壊しながら海の藻屑になろうとしている。

 

「あ~~らあら♪ 結構脆いのね此処・・・」

 

機嫌良さげに崩れていく工場の屋根の上で笑っているのは全身赤のスーツを着たラテン系の男。

 

その片腕はギラギラと炎に照り返して輝いている。

 

「BAI・AR・・・そっちは?」

 

裏世界に名を轟かせる犯罪シンジケートADETの幹部【BAI・AR】。

 

今現在中国に進出している組織の先鋒として、あるいは日本の国際世論誘導計画である【人道海廊】の一翼を担う者として軍閥との折衝を引き受けている男は・・・その小さな声を聞き逃さなかった。

 

「FADO? いつの間に来てたの? よくBOSSが貴女の渡航を許したわね?」

 

ドカンと工場内から特大のキノコ雲が上がる最中。

 

それでもまるで動じた様子も無くBAI・ARが目の前の存在を珍しげに見つめた。

 

「BOSSから新しい命令届いてる?」

 

「?」

 

「やっぱり・・・その表情からして届いてない。BOSSから新しい任務が出た」

 

「どういう事かしら?」

 

「たぶん、情報が遮断されてる。誰の仕業かは分からない。これが終わったら早目にそっちに回って欲しいって」

 

「へぇ、ウチのシステムを遮断するなんて【連中】か米国の諜報機関くらいじゃない?」

 

「・・・【人道海廊】の推進と同時に軍閥側の交代したトップとの折衝を任せたいって」

 

「相変わらず人の話とか聞かないわよね。あんた」

 

「そっちこそ」

 

「ま、いいわ。BOSSの命令ならNOなんて無いんだから・・・それで気になってたんだけど、この工場一体全体どうなってるわけ?」

 

「?」

 

「いや、あんたがそんな顔しないでよ。この作戦立てたのアンタでしょ?」

 

「そう」

 

「アタシ的に見たらこんなアメリカにもそうそうない造船プラントを軍閥が秘密裏に動かしてればねぇ・・・」

 

「此処、四年で潜水艦を三隻造ってた」

 

「潜水艦? この規模で潜水艦を三隻って・・・どれだけ大げさなのよ」

 

見渡す限り、様々な施設が所狭しと並んでいる六角形の群れはまるで都市の如く広い。

 

「大げさじゃない」

 

「七百メートル級でも作ってたの?」

 

「一キロ」

 

「1―――軍閥にんなもん造れるわけ?」

 

「これ軍閥のプラントじゃない」

 

「はぁ?! じゃ、一体誰のプラ」

 

屋根の上を弾丸の嵐が通り抜ける。

 

「っとと、どうやらまだいるらしいわね。無人の造船プラントを守るのがロボットとは日本も真っ青なSFじゃない♪」

 

何処か愉快げにBAI・ARが避けた屋根の上から炎に包まれる地上を見つめる。

 

崩落しそうになっている床の上にまるで蟲の見本市のような多種多様なシルエットの機械が集合していた。

 

「あら・・・人型だけじゃなかったのね。で、FADO・・・一体誰のプラ―――ってもういないのね。相変わらず人の話聞きゃーしない。あの女郎(めろう)」

 

ピロリンとBAI・ARの懐で端末にメールが届いた。

 

「次の任務もあるし、さっさと片付けましょうか」

 

ギチリと赤いスーツの内側で筋肉が膨れ上がる。

 

「起動」

 

始動認証された義手内部のシステムが立ち上がり、その力を展開する。

 

「I have control.BMI remote system connecting.」

 

鋼の腕が内側から幾つかの亀裂を発生させ、同時に内部から幾つかの突起を出現させた。

 

「……Fire」

 

光が奔った。

 

BAI・ARの下、蟲の形を得た機械が粉々に砕け散り、爆砕する。

 

同時にプラントの至る場所で区画中枢を完膚なきまでに砲撃が打ち抜いてゆく。

 

遥か数キロ先の沿岸部で数十台以上に及ぶ特殊車両が一列に並んでいた。

 

戦車。

 

現代戦において最も活躍の場を奪われた憐れなる兵器。

 

白兵戦が行われるのも稀な戦場を駆ける抑止力という名の骨董品。

 

それがBAI・ARの義手と連動し、目標を精密射撃していく。

 

崩壊が加速するプラントを見渡して、溜息が吐かれた。

 

「補給無しだと一日三十キロが移動限界とか・・・近頃の戦車ってのはホントポンコツよねぇ。ま、軽くて何処の橋もスイスイ駆動系動かすのに油要らずで電池ってのは助かるけど・・・やっぱり、使うなら陸自の十四式・・・ああ、ホントBOSSに今度オネダリしてみようかしら」

 

ガラガラと砲撃の衝撃で屋根も建物ごと海へと沈んでいく。

 

その上でBAI・ARは次の仕事に向わなければと思いながらも夕闇に沈んでいく崩壊の絶景をしばし見つめていた。

 

「まったく。自分の女もほっといて米軍に捕まるとかホントあいつも物好きよねぇ・・・」

 

愚痴は誰の耳にも入らなかった。

 

 

そんな事が中国軍閥領内で起こっていた時間帯。

 

【起きていますか?】

 

遥か離れた人口の浮き地の奥底でスーパーニートな青年が一人笑みを浮かべていた。

 

漆黒の闇の中、開かれたドアの先で金色の髪の少女が静かに嗤う。

 

【さぁ、今日も楽しい尋問の時間ですよ。ADETの王子(Jack)いえ、ここではこう呼ぶべきですか】

 

明かりが部屋の内部を照らし、全身を拘束具で雁字搦めにされた風御を浮かび上がらせた。

 

【ADET暗殺部隊の中核人物・・・永橋風御さんと】

 

風御の人生で一番長い一日が始まる。

 




闇の中。
放蕩者は思い出す。
己が生まれた日の事を。
初めて友が出来た日の事を。
第五十二話「Fの憂鬱」
闇より出でて還る場所も知らず。
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