GIOGAME   作:Anacletus

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第五十三話 鉄が硝子に変わる時

第五十三話 鉄が硝子に変わる時

 

世界はどんよりと滲んでいた。

 

雨雲は光を遮り、都市を水底に沈めるよう淀ませていく。

 

まるで卵の殻の中で知らず茹で上がる雛の如く、一人の少女はどうにもできない胸の奥の鈍痛を無視した。

 

それがもしも病気だったならどれほどに良かっただろうか。

 

悲しい時、人は体に異常を覚える。

 

「セキちゃん。上がったよ」

 

「あ、はーい」

 

楼野赤(ろうの・せき)は小さな店の窓辺から厨房に向った。

 

都心に程近い住宅街の一角。

 

カフェ兼レストラン兼バー。

 

名前は【料理長】という店だ。

 

あまりの直球に開店当初文句を言っていたものの、それも店が評判になるまでの話。

 

夏の事件以来GIOの最上階で料理長をしていた男の下で赤は暮らしている。

 

何故、GIOで働いているはずの男が個人経営の店なんてしているのか。

 

それはGIO日本支社の機能が回復するまで無職となったからだった。

 

雇われてはいるものの、料理してもらう場が無いと言われ、料理長たるもの料理をせずには鈍るとか何とか言った男が昔から夢だったらしい個人経営の店を期間限定で始めたのがそもそもの始まりである。

 

男の下で世話になる事になった赤は当然手持ち無沙汰だったので、店の店員になるのを申し出た。

 

何かとしっかりした少女の恩返しであり、自分の食い扶持くらい稼がなければと思い立った末の話である。

 

【店員の心得】(電子書籍)を一日くらいでサクッと学んで店に出た。

 

それ以来其処は料理が上手いマスターと可愛い外人の少女が店員をする評判の店として繁盛している。

 

「三番テーブルね」

 

頷いて黙々と仕事をこなした午後三時。

 

一時閉店となった軒先に【くろーずど】の看板を下げた後、赤は料理長が作った恒例の三時のオヤツ(名前がフランス語?)の説明を聞きながら何処か落ち着かない自分に溜息を吐いた。

 

「・・・おいしくなかったかい?」

 

「い、いえ!? とってもほっぺたが落ちるくらい美味しいです!!!」

 

「また古風だ・・・でも、ありがとよ」

 

「は、はい・・・」

 

カウンター越しの視線を感じながら赤は悟られただろうかと顔を赤くする。

 

「あいつなら心配ない」

 

「あ・・・えっと・・・その・・・あ、あいつって何の事ですか?」

 

「もう一ヶ月は当に過ぎてるが・・・ま、そう珍しくない」

 

「珍しく・・・ない?」

 

オズオズと聞く赤に料理長が頷く。

 

「ああ、昔はよく追われながら身を隠して帰ってくるまで結構時間が掛かったもんだ」

 

「その・・・」

 

何と返していいか分からない赤が目を泳がせる。

 

「荒廃した第三世界、テロの温床となった欧州、恐ロシアや麻薬王の楽園南米まで。何処からでも大たい三ヶ月以内で帰ってきた」

 

「オソロシア・・・?」

 

「ああ、あっちは軍隊上がりな人間が多くてな。ガソリンを猛吹雪きの中で被らされた時はどうしようかと思ったもんだ」

 

「それ笑うところじゃありません・・・」

 

思わず半眼でツッコミを入れた赤に男が頭を掻く。

 

「凍傷の部分は再生治療したんだが、新しい神経はさすがに慣れるまで勘が取り戻せなくてな。よくあいつに愚痴った。どうしてお前は無傷なんだチクショウってな」

 

サラリと実話らしい。

 

「風御さんはいつだって風御さんです」

 

「はは、違いない」

 

実際、時折物騒な話をしたりする男だったが、肝心な中身などをぼかして聞かせてくれる手前、赤は自分がとても大切にされている事を実感していた。

 

「で、だ。そろそろオレも言わなくちゃと思ってたんだが・・・」

 

「・・・はい」

 

緊張する赤に男は淡々と語り始めた。

 

「家に帰るつもりがあるなら取り成すのは簡単だ。これでも肩書きは立派だからな。家出したお子さんを一時預かってましたってな説明程度なら出来る。警察絡みの事は心配しなくていい。GIOってのはこれでも大きいからな。早々世話になる事もない」

 

赤は首を横に振る。

 

「決めたんです。あの人が帰ってくるまでは絶対に待つって・・・」

 

「だが、学校にも通ってないのはさすがになぁ・・・」

 

「それは・・・学力なら・・・貰ったお給料で勉強してますから・・・」

 

「別にそういう事を言ってるわけじゃない。学生時代ってのは誰にとっても大切なものだって普遍的な話をしてるだけだからな。これから普通の世界で普通の学生生活を送ってもあいつなら文句なんて言わんだろう」

 

「はい。きっと【セキちゃんは学生服の方が可愛いよ】とか心にもないおべっかが飛んでくると思います。でも、あたしはまだ恩を返していません。あの超絶グータラニートにちゃんと【貴方がいなくたって立派に生きてましたけど何か?】って言ってやるまで帰らないって決めましたから」

 

「・・・頑固なお嬢さんだ」

 

「お母さん譲りです。我が強いって兄にはよく言われてました」

 

男が僅か溜息を吐いて口元を緩めた。

 

「それじゃ夜の営業が始まるまでは自由時間だから」

 

「あ、はい。それじゃ、あたしは買い物に出かけてきます」

 

「警察の職質に気を付けてな」

 

「はい!」

 

笑顔で頷いた赤はオヤツを食べ終えると店内で着替えて街へと繰り出した。

 

あの日、永橋風御と映画館で出会った時と同じスニーカー、同じブランドの秋物を着込んで。

 

 

【北京近郊市街地より97キロ地点。中国軍閥連合緊急救助隊本部野営キャンプ群北地区】

 

スモッグと死体を焼く匂いに紛れて呻き声が飽和していた。

 

運びこまれて来る半死人の山がそのまま翌日には深い穴の底で焼かれる地獄のような光景。

 

それを他所に軍事用のガスマスクを被った一団がそんな溢れ返る【山】を掻き分けるように進んでいた。

 

目的は地区の中央に位置する半径四百メートルに及ぶ巨大なドーム状の簡易建造物。

 

日本の民間から送られてきた第一陣の救援物資の一つだ。

 

外国から齎された救援物資を全て注ぎ込んでも未だ救えているのは十万人にも満たない。

 

多くの者はほぼ一瞬でDNA構造を破壊されて一日もせずに死んだ。

 

他の者にしても距離に応じて被害の度合いが比例し、重傷者は助からない。

 

辛うじて生き残った者達にしても再び市街地へと戻る事はできず家から遠ざかり、飢えと渇きに喘ぐ。

 

難民キャンプに運ばれてくるのは救助部隊の車両に運よく出会い何とか運んでも死なずにいる者だけであり、まだ歩ける者は徒歩での移動を勧められる。

 

怒る者、喚く者、攻撃してくる者、賄賂を渡す者、泣き叫ぶ者、他者を蹴落とす者、人々は様々な顔で救助隊の車両へと近付くものの、厳命としてまだ助かるかもしれない患者のみを運ぶ車両に投げ掛けられるのは基本的に罵詈雑言の類だ。

 

ううううううううううううううううううううううううううううう、う゛―――――。

 

「はい。午後二時十一分御臨終。焼き場に運んで~次の方~」

 

何とか運ばれてきた者達の大半がそうであるように幼い男児もまたすぐに医者の前を通り過ぎた。

 

「あ~しんどいわ~~」

 

日本語で語られる溜息交じりの愚痴にそのテントで文句を言う者は誰もいない。

 

上海近郊では生き残った人間達による日本の陰謀説が実しやかに流れている。

 

そのせいで中国軍閥領内では日本人狩りが横行し、同じ中国人同士を間違えて狩る、あるいは日本と関わりがあるだけで売国奴として殺される事件が多発している。

 

にも関わらず日本語で愚痴る等というのは正に正気の沙汰ではない。

 

何よりも不謹慎なのはその声の主の気の抜けた様子だろう。

 

子供が死んだというのに淡々と流れ作業で新たな患者を診る時点で狂気に犯されているようにも見える。

 

しかし、その言葉が実際に聞いたままの意味である事を知る者はその場にいなかった。

 

そう、いなかった・・・今までは。

 

【ドクター。ドクター・ミーシャ・ベルツはいますか?】

 

振り返ったのは銀髪の髪を無造作にゴムで束ねた三十代程に見える女だった。

 

【う~い。こっちだよ~】

 

その恰好はダボダボの青いジャージと白衣にサンダル。

 

まるで何処かのオバサンスタイルである。

 

容姿がそれなりに整っている事を差し引いてもやはり何処か野暮ったさが抜けない。

 

【ドクター。中央からお客様です】

 

声の主。

 

モスグリーンの戦闘服にガスマスクを付けた軍閥連合の男はミーシャの前に来ると頭を下げた。

 

【中央~~? 北京終わっちゃって今どこが中央なの?】

 

【分かりません。名目上首都は華南の方にしようとの事で協議が始まっているらしいですが】

 

【じゃ、中央じゃなくて中央(仮)のお客様だね~】

 

【は、はぁ。ですが、とにかくお客様です。どうやら中央の最も上付近にいる方らしくキャンプを預かる中将自らが腰を折っていましたので間違いないかと】

 

【だる~~。ま、会ってあげるから此処に呼びたまえ。王(ワン)君】

 

【はい。了解しました】

 

男がすぐに建物の外に出て行く。

 

するとすぐにワンと呼ばれた男が一人の客人を連れてきた。

 

他の医者にその場を任せてすぐ横の執務室へと二人が入る。

 

執務室と言っても間仕切りがあるだけの簡素なものだ。

 

【こんにちわ】

 

挨拶の主がしているのは軍閥連合軍が使うガスマスクよりも上等なアメリカの最新式。

 

中国軍閥領内でまずお目に掛かれない装備を付けているのは歳若い少年だった。

 

マスクを外そうとした少年を手で押し留めてミーシャがニッコリと笑う。

 

【ここで外すとスモッグで肺痛めちゃうからそのままでいいよ~】

 

【・・・随分資料の印象と違う・・・僕は貴方が科学に取り憑かれているような方だと思っていました】

 

【はは、よく言われる。そうだよね~。ま、事情知ってる連中からしたら世界滅ぼせるとか馬鹿みたいな能力ある化け物マッドサイエンティストだもん】

 

【・・・軍閥に取り入った【十三人】の内の一人がどうしてこんな活動を?】

 

【う~ん。答えてあげてもいいけど、その前に君の素性が知りたいな】

 

【この国の最高指導者に就任予定の子供です】

 

一瞬ポカンとしたミーシャだったが、笑みを深くする。

 

【あはは、そうかそうか。君がこの国の一番偉い人になる予定の子か!】

 

【はい。気楽に日本語でフギと呼んでください。ドクター・ミーシャ】

 

新たな中国軍閥の象徴とも言える皇帝の血筋。

 

富儀は常の傲慢さなど無く頭を下げた。

 

【うん。じゃ、フギ君で。それでさっそくなんだけど、まだ権力とか握ってないはずの君がどうしてこんなお忍び医療活動中の私の事知ってるの? 私、仲間内だと一番情報関係とか疎くてさ。教えてくれない?】

 

【独自の情報網です】

 

【独自の情報網か~。波籐君辺りなら持ってるだんけどな~。いいよね。独自の情報網とか憧れちゃう】

 

【微々たるもので、ようやく貴方を見つけた次第です】

 

【それでも凄いよ~。それでどうしてこんな活動をしてるかだったっけ? えっと、強いて言うなら自己満足かな】

 

【自己満足?】

 

【そう、この事態の元凶って私が軍閥に上げたものが元凶なんだよね~】

 

ほんの一瞬だけ、富儀が沈黙した。

 

【・・・それは貴女の得意とする科学技術に関連した話ですか?】

 

【軍閥のお偉いさんが近頃使った核弾頭の元ネタ作ったの私なの】

 

冶金学博士。

 

ドクター・ミーシャ・ベルツ。

 

材料力学において三十数年前の研究が未だ論文に引用される人物。

 

表舞台から消えて以降の研究は不明であるものの、一部日本の原子炉研究にも携わっていた。

 

代名詞と言える言葉が【核融合炉】という人類の未来を左右するとされた逸材。

 

そう内心で情報を再確認した富儀だったものの、さすがにその回答には息が詰まった。

 

今、目の前で告白された事実を鑑みるならば、その女は正に数百万の命を散らした挙句に中国人を『助けてやっている』という傲慢そのものを今喋ったのだ。

 

そして、まるで悪魔のような鬼のようなと例えるなら、日本に関わっている時点で抗日ドラマの日本人以上に中国人にとって憎むべき対象なのは間違いない。

 

【いや~ホントはさ~電気と水を供給する原子力発電と浄水システムのコアになるはずだったんだ】

 

今度こそ富儀が完全に沈黙した。

 

【・・・・・・】

 

【あはは、驚いてる驚いてる。そうだよね~もしそれが実現してたら戦争しようなんて思ってないだろって考えたでしょ~。でもさ~そういう人が上層部には少なかったんだよね~】

 

【どういう経緯でそうなったのか聞いても?】

 

【ま、簡単に言うと人助けのつもりだったんだよ~。戦争始めるくらいなら綺麗な水と電気で慎ましく暮らしていけるようにってさ。勿論、ただ渡しただけじゃ兵器転用されちゃうから時期も見計らってたんだけど】

 

【時期?】

 

【汚染限界期。要は渇き死ぬ寸前なら兵器にするより平和利用すると思ってたわけ。ゴビの核廃棄物貯蔵施設の封印まで解こうとしてたから、そこまで限界ならさすがに兵器転用しないでしょって思ったんだけど・・・】

 

何処か残念そうに語るミーシャの顔にはまったく悪びれる様子がない。

 

【・・・・・火に油を注いだ自覚はありますか?】

 

【勿論。ただ・・・戦争には間に合わないよう、兵器転用し難いように設計してたんだよ? 他にも波籐君が日本から水が入ってくるかもしれないって情報持ってきたから幇に頼んで貿易会社にちょっかい掛けてみたり。GIOから手を引く切欠に防衛用にしか向かない高威力レーザー砲とか土木作業用のロボット作らせてみたり】

 

富儀は目の前にいるのが中国軍閥を振り回していた力の正体なのだと知る。

 

まるで昨日の夕食の話をするように語られる事実はどこか人間としてズレていた。

 

【でも、お偉いさんはみんな何でも戦争の道具にしちゃうんだよね~。レーザー砲とか言うと戦いにしか使え無さそうに見えるけど、汚れた土を焼いて土埃押さえたり、出力調整と簡単な改造で効率的に暖が取れたりできるよう設計はしてあった。それでも軍閥の上の人軍事力的な側面にしか興味ないんだよねぇ・・・】

 

言われて、富儀は反論出来なかった。

 

中国人が今も先進国とは程遠い状況なのは誰でも知っている。

 

その理由はイノベーションという言葉の理解が遅れているからだ。

 

どれだけ発達した技術を持っても中国人はまずそれで金の儲け方を考える。

 

そして、それが威力になると知るや振り回すようになる。

 

軍事転用できる最新技術。

 

そんなものが与えられたなら、それで生活の質を向上させるより、それで侵略した方が利になると考える中国人が圧倒的多数を占めるのは想像に難くない。

 

【この間作った潜水艦も汚れた海より深いところでお魚取る用だったけど、きっと真面目に使ってくれないんだろうな~】

 

【そんなものまで上層部に・・・】

 

【勿論、魚雷とかミサイルとか積めないよう工夫したよ? あるのは網と巻き上げ機と深海のお魚や鯨とか積める大っきなスペースとお魚が近くでも逃げないような静穏性能、それと中国近くだとあんまり取れないだろうから他の国の海でも漁が出来るようにステルス性能くらい。半永久的に使えるよう『高速増殖炉(FBR)』搭載型だから経済的だし】

 

まるで大丈夫と言わんばかりの胸の張りように「ああ」と富儀は納得した。

 

人間として何処かハズれているのではない。

 

目の前の人間は肝心な場所が壊れているのだと。

 

【仲間内だとみんな私の事を壊し屋とか頭悪いとか酷い扱いなんだけど、君もそう思う?】

 

【ノーコメントで】

 

【う~ん。私より賢い発言だね~】

 

【大たいの事情は分かりました。それで・・・本題に入っても?】

 

【あ、うん。なになに?】

 

富儀は慎重に相手を見据えて切り出した。

 

【今日此処に来たのは今後も中国に留まるつもりかどうか確かめに来たんです】

 

【う~ん。ちょっと、微妙~~ってところ?】

 

【・・・微妙?】

 

【ほら、私達って結構危険人物扱いされてるでしょ? それで日本から離れてた奴が多いわけなんだけど、中国って絶好の隠れ家だったんだよね~。波籐君や御崎さんは日本とかに思い入れが強かったからこっちで生活してたんだけど、そろそろ時期だからって理由で行っちゃったし、一人で残ってるのも寂しいし、波籐君から日本来ないかってお誘い受けたから久々に帰ってみようかな~~と考え中】

 

【そうですか・・・】

 

【これは・・・アレかな? 迷惑だから消えて欲しいって流れ?】

 

【単刀直入に言えば。もう軍閥には関わって欲しくないと今日は言いに来ました】

 

【あはは、そりゃ単刀直入だ】

 

ケラケラと笑うミーシャがデスクの脇に置いてあった眼鏡を取って掛ける。

 

【話は分かった。うん・・・新しい時代を作る人がそういうなら支度終わったら此処を出て行くよ。さすがに迷惑掛けちゃったし、これから色々と忙しくなるしね~】

 

【・・・一つ聞いてもよろしいですか? ドクター・ミーシャ・ベルツ】

 

【うん? 何だい】

 

【貴方達は一体何をしようとしているのですか?】

 

その問いにミーシャはしばらく笑顔のまま沈黙した。

 

【そうだね。君にはこれからの軍閥の長として知る権利があるかもね。じゃ、特別大サービスで三つ教えてあげよう】

 

指が三本立てられる。

 

【一つ。私達『秋定研究会(アキサダ・ゼミ)』は世界を救う研究をしていた】

 

(アキサダ?)

 

【二つ。研究の結果を元に世界の救済を行う実行機関として『天雨機関』は発足した】

 

指が二つ折られる。

 

残り一本が折られる前にミーシャがマスク越しに少年の顔を覗き込む。

 

【三つ・・・ここからが重要なんだけど聞く? 一応、聞いたら戻れなくなるって言っておくけど】

 

【構いません】

 

【君はきっと良い統治者になるよ・・・】

 

そう頭を撫でてミーシャが最後の言葉を紡いだ。

 

【三つ。世界救済には人口の削減が不可欠であると私達は結論したんだよ】

 

【人口?】

 

【って言っても皆が皆そういう意見じゃなくて。結局、意見の違いとかでバラバラになっちゃったから、天雨機関に所属せずに何処か行っちゃった人もいるし、機関内ですら意見纏まらなかったんだよねぇ。まぁ、それでも機関はちゃんと役目としての成果を得たから大局的には問題ないと機関にいた全員が思ってるだろうけど】

 

語られる言葉を一言一句聞き逃さないようミーシャを見つめていた富儀は得たいの知れない汗を背に感じた。

 

【まぁ、此処まで話して具体的内容お預けってのも何だかカッコ悪いしサービスで教えよっか】

 

こほんと知りきり直してミーシャが続ける。

 

【色々あって有耶無耶になってるけど、当時の結論から計画を遂行しようとしてる人は十三人の中にも何人かいて、たぶんそれを『M計画』って呼んでる】

 

【Mの意味は?】

 

【マルサスの略。分かるマルサス?】

 

【まさか・・・】

 

富儀が顔を強張らせた。

 

【そういう事♪ それにしても今の軍閥の人にこの話が分かる人少ないんじゃない? そう考えたら中々君も苦労人かもしれないね~】

 

(この女・・・いや、【彼ら】が全員このレベルで人間から逸脱してるのだとすれば―――)

 

恐ろしい程気軽に破滅を提示する女を前にして少年は人間が此処まで非人間的になれるのかと理解する。

 

【・・・さ、話はお終い。そろそろ医者家業に戻らないと。今日一日したら消えるから、そこは大目に見て欲しいな】

 

伸びをして、そのまま再び患者の治療に回ろうとしたミーシャを富儀の片手が制した。

 

【・・・今日はありがとうございました。それともう一つ】

 

【?】

 

人差し指を顎を付けて首を傾げるミーシャに皇帝となる少年は結論を告げた。

 

【我が祖国と人民の未来の為に・・・貴女には死んで欲しい。ドクター・ミーシャ・ベルツ】

 

【え?】

 

【詩亞!!】

 

富儀の肉体内部で約一秒間、超高レベルECMが作動した。

 

周辺百メートル圏内にある全ての医療機器が焼き切れ、同時に一キロ先で扇状に展開されていたドイツ製第五世代型戦車レオパルド4二十両の一斉砲撃がドームへと殺到した。

 

使用された砲弾は一発以外は全て劣化ウラン弾。

 

あらゆる障害を貫き破壊するタングステンに並ぶ主力砲弾だが、その殆どは指定された約五メートル圏内を包囲するように電子制御で緻密な弾道予測の後、放たれていた。

 

そして、砲弾の雨に刹那遅れて、本命の一撃が飛翔する。

 

『対鉄喰い』(アンチ・スティールイーター)。

 

略称AS砲弾。

 

先進国の間で現在試作されている『ND‐P』(ナノデバイス・プロテクション)を抜ける弾丸の一種。

 

今はまだコスト面の問題から戦車などの大型車両や戦闘に使用する様々な施設にNDが使われていないものの、やがてそうなるのは目に見えている。

 

故にNATOや先進国が開発へと乗り出した最新のND防御層を貫く技術。

 

現在進行形では日本とアメリカ及びEUの一部先進国の研究機関程度しか持ち合わせていないはずの砲弾は発射と同時に強力な磁性を帯び、周辺にある通信を妨害しながら直進する。

 

【・・・・・・】

 

NDの基本的な能力の一つには通信によるONとOFFが存在する。

 

強力な電磁波はNDのそれらの機能を狂わせ、最終的には能力を無力化できる唯一の手段だ。

 

勿論、戦争地帯や先進国では強度の強い電波が常に飛び交っている。

 

そういった電波が存在する地域で使用する事が前提なNDに対抗策が講じられていないわけがない。

 

だが、それでも軍用品のECMに直撃されれば、さすがに能力は半減する。

 

―――無論。

 

大統領だろうが大富豪だろうが首相だろうが独裁者だろうが、ほぼこの世界の全ての人間を粉々にするはずの一撃は一人の科学者に届かなかった。

 

ガシャンとテーブルの横に富儀の肉体だったものが倒れこむ。

 

ジェミニロイド。

 

遠隔操作されていた躯体は内部に仕込まれたECMに駆動系の回路を全て焼き切られて行動不能。

 

通信が途絶した体には本人の意思が通っている様子は無い。

 

【嫌われてるな~。困った困った】

 

今正に砲弾で粉々にされそうになったようには見えない気軽さでミーシャがチリンとベルを鳴らす。

 

それから一分もせずに王と呼ばれた軍閥の男がやってきた。

 

【ドクター!! 今、大きな音がして医療機器が全て壊れました!!?】

 

【とりあえず次の機器が来るまで持ちこたえるよう皆に厳命ね~】

 

【次とは!?】

 

【あ~うん。まぁ、良い子だから責任感じて三時間以内には医療機器来るんじゃない?】

 

【ほ、本当ですか!!?】

 

【本当本当。それと輸送部隊の人が来たら、この躯体返してあげて。それじゃ、そろそろお暇しますか】

 

【ドクター!? 何処へ!!?】

 

ドームの外に出て行こうとするミーシャを慌てて引き止めようとした王だったが、その振り返った笑みに固まった。

 

【悪いんだけどさ。時間切れ】

 

手を合せて「ごめん」と軽く頭を下げた彼女に王は何も言えなかった。

 

【最後の仕事くらいはしてくから、後は頼んだからね~】

 

頭を上げてスタスタ去っていく背中を追掛ける事もできた。

 

しかし、王は彼女が言った通り、踵を返した。

 

それが最善であると彼は知っていたからだ。

 

それから二時間と十四分後。

 

スモッグの中を車輪の列が通り、ドームへと複数のトラックが横付けていた。

 

その列の最後尾には四両の護衛車に囲まれた一台のバンが緩々と走っている。

 

「まったく規格外過ぎる。あんなのがいるなんて理不尽な世の中だよ」

 

軍用の黒いコートを着込んだ富儀が溜息を吐いた。

 

「どうして・・・」

 

横で同じコートを着たマヌエルが呟く。

 

「何?」

 

「どうして自国民がいるドームに戦車砲なんて向けられるんですか・・・」

 

何故か悲しそうな顔で言われて、少年はポリポリと頬を掻く。

 

「言わなかった? 世界最高のテロリストがあのドームにいたってさ」

 

「言いました。言いましたけど・・・だからって」

 

「民間人を巻き込んでまでする事じゃない?」

 

「当たり前です!!」

 

「じゃ、どうすれば良かったか名案でもあるなら聞こう」

 

「そ、それは・・・話し合うとか軍の人に拘束してもらうとか・・・」

 

「あそこにいたのは悪夢そのもの。そして、さっき会話した感触で推測する限り、人間として扱っていい部類の人種じゃない。更に言えば、僕が命令して撃たせた戦車砲なんて効かなかった。これだけ聞けば相手が化け物だってのは理解できたんじゃない?」

 

「そ、それでも難民になってる人達を巻き添えにするなんて断じて許される事じゃありません!!!!」

 

「もし、相手が――」

 

ゴトンとバンが何かを踏み付けて車両が跳ねた。

 

「きゃ!?」

 

思わず声を上げて倒れ込んで来たマヌエルをそっと富儀が抱き留める。

 

「またか・・・」

 

「ま、またかって!!? 今、車両が踏んだのが何なのか知ってて!!!?」

 

その激昂を極めて醒めた視線で見て少年が頷く。

 

「でも、知ってて今の君はこの車両に乗ってる。違う?」

 

「―――ッッ」

 

「誰も死者に構ってる暇は無いんだよ。そんなのは誰にだって分かってる。僕らも人間には違いない。軍の人間にしてもノイローゼで辞める奴が近頃後を立たない」

 

「なら、何で!!」

 

「そんな事は君にだって理解できてるんじゃない?」

 

「そんなの!!!?」

 

「この死の霧が晴れた後、残っているのが屍で舗装された道だったとしても、僕は此処を容赦なく掘り返して片付けさせ、アスファルトを敷くよ。もしも、骨が邪魔なら砕いて土に混ぜろと言うね。そして、この先で生きてる人間に次の患者の為に寝台を開けろと命令する」

 

マヌエルの拳が握り締められた。

 

「わ、私なら!!」

 

「君ならどうする? ちゃんと遺体を埋葬する? 道路の骨を拾い集める? 寝台に回復するまで患者を置いておく? で、君は助かる患者に必要な薬が運ばれず、道が無い故に医療機器が無く、死ぬかもしれない患者の列を永遠に消さない気?」

 

事実だった。

 

どうしようもなく事実だった。

 

(私は・・・私は・・・ッッ)

 

安全な専用車両で運ばれている身でそんな言葉は口が裂けても彼女には言えなかった。

 

「僕達には幾許かの余裕があるとしても、僕らの周りの人間はそうじゃないよ」

 

「・・・・・・降ろして下さい」

 

「はい。マスク」

 

壁に掛けてあったマスクをマヌエルに渡して富儀が車両を止めさせた。

 

「私は・・・私に出来る事をします」

 

車両を開けて出て行く姿を見送って、傍らの無線に彼は指示を出す。

 

「あ、今から護衛に五人付けて。後、マスクを与えようとしたら護衛のマスクを彼女に差し出すように言って。そうすれば自分のマスクを他人に渡そうとはしないはずだから。それと泣き出したら回収して本邸に」

 

自動的にバンのドアが閉まる。

 

「・・・・・・」

 

【何で嬉しそうなのよ。相変わらずSよね。アンタ】

 

誰もいない後部座席に音声が響いた。

 

「これでもプログラム相手に喋ってると知られてドン引きされないよう気を使う小心者だよ」

 

富儀が端末を取り出すとそこには魔法少女が一人映り込んでいる。

 

「それで解析結果は?」

 

【ふん。人が仕事してる間に痴話喧嘩とは良いご身分ね】

 

「これでも皇帝だからさ。余裕はあるんだ」

 

【『詩亞ちゃんに教えて欲しいな』とか言ったら教えてやってもいいわよ?】

 

「じゃ、詩亞ちゃ――」

 

【答えるな馬鹿!! ほら、あの女の話の内容を裏付ける資料】

 

「こういうのは何だっけ・・・ツンデ――」

 

【いいから見ろ!!! この馬鹿皇帝!!!】

 

怒鳴られて、詩亞の顔の代わりに出てきた資料やら何かの解析結果を富儀が見始める。

 

(廃坑になってた場所が密かに再開? 資源の行き先がロクに工業地帯もない海辺の街・・・明らかに巨大ビルが丸々建つような量を何に使ってたのか。他にも内陸部に真新しい設備の工廠や過剰な設備投資・・・随分と死んだ連中は入れ込んでたみたいだけど、問題は・・・)

 

呆れた様子で彼が詩亞に質問する。

 

「一枚噛んでた連中の背後関係の資料は?」

 

【今、検索中。それと今ゴビ砂漠近辺で大量のロボットが確認されてる】

 

「彼女の言ってたやつか・・・そんな報告が上がってこないって事は近くの軍閥の上層部が隠蔽してるんだろうね・・・」

 

【たぶん、破壊された核貯蔵施設上部を掘り返す気。操ってる連中がいるにしては動きが単調だから、オートなんじゃない? まぁ、誰かが動かす鍵を知ってたとしても、北京で死んでそうだけど】

 

「また仕事を増やしてくれて・・・死んだ連中の側近の資料も後でまとめておいて」

 

【はいはい。それとあの時何が起きたのか衛星からの情報で一応検証してみたわ】

 

端末の画面が資料から今度は映像へと切り替わる。

 

【スモッグで殆ど見えないから処理してあるわ。赤い点が戦車。白いのがドーム。砲撃時の状況がこれ】

 

画面の横に数字によるカウントダウンが入り、ゼロが表示された瞬間、不思議な事が起こった。

 

「ドームが黒くなってる?」

 

【瞬間的にね。それで砲弾はドームを直撃したように見えたんだけど、実際にはこの直後にこうなった。弾道予測を赤い線で示すわ】

 

画面の中で赤い線が幾つもドームに向かい、途中で大きく弧を描いて逸れていく。

 

【ECMで能力を低下させてND‐Pがあろうが諸共破壊する気だったわけだけど、砲弾は強制的に軌道を変更させられてる。何らかの機械が作動したにしてもECMをまともに喰らって動くなんて尋常じゃない】

 

「予想される方法は?」

 

【不明。情報が少な過ぎるわ。現地での情報が集らないと無理よ】

 

「分かった。じゃ、そろそろ付いたみたいだからドーム内部の人間に話を聞いて回ろう」

 

【・・・二年前はただの子供だった癖に今や皇帝様ってのもシュールよね】

 

「主に君のおかげだね」

 

【崇めなさいよ?】

 

「平和になったら詩亞ちゃんランドでも立てるよ」

 

冗談とも本気とも付かない言葉で返した後、富儀がマスクを付けて車両を降りた。

 

護衛に囲まれながらドームへと入った富儀が見たのは包帯を巻かれて呻く老若男女の姿だった。

 

多くの医者が新しく来た医療機器を設置し、走り回っている最中。

 

ガスマスクを付けた男が一人代表者のようにやってくる。

 

【此処の護衛担当者?】

 

進み出て富儀が質問すると敬礼と共に即座に答えが返る。

 

「はい。担当の王健林です!!」

 

【上から言われてるだろうけど、これから質問する事には正直に答えるようにね】

 

「はッッ!!」

 

それから幾つかの質問と答えの応酬があった。

 

いつ此処に来たのか。

 

人柄は。

 

他者との関係は。

 

評価は。

 

働きぶりは。

 

能力は。

 

有能だったのか。

 

諸々の事を聞き終わった後、外国人で更に日本語を話していたミーシャがどうしてドームで治療活動を継続できたのかと最大の疑問が富儀の口から放たれると王は無言でドームの外に導いた。

 

護衛と共にドームの裏手に出たものの夕暮れ時にも未だスモッグは掛かっていて、視界は悪い。

 

「最初反発していた医者の方々も此処を見てからは何も言わなくなりました」

 

【何があるのさ】

 

「・・・この時間帯ならば一瞬晴れる事もあります。しばし、お待ちください」

 

不意に風が吹いた。

 

夕闇に沈む世界から霧が僅かに取り払われていく。

 

【――――――】

 

その場の一同が声を失った。

 

円筒形の短い物体が幾つも幾つも地面に打ち立てられていた。

 

それは誰が見ても分かる程に整然と並んでいる。

 

何キロあるのかも定かでは無い広さ。

 

其処が今正に地獄である事を忘れそうなくらいに鈍く輝く群れ。

 

【これを全部彼女が?】

 

「ええ、ドクターは此処に来てから毎日夜になると出て行って朝になると帰ってきました。そして、その足で患者を見て夜になるとまた出て行った・・・正直いつ寝ているのか定かではありませんでした。ですが、これを見た方々の誰もそれ以来ドクターを詰る者はいなくなった。どうぞ見てみてください」

 

―――×月××日午後十二時二分 体重42kg 女性 腹部に裂傷 頭部に―――

 

円筒形の金属の表面には細かい字で幾つも幾つも『手掛かり』がある。

 

いつか、その人を見つける為に誰かが来る事もあるかもしれないと、運び込まれてきた状況や持ち物・歯並びや古傷の場所まで全て詳細に綴ってある。

 

【・・・霧が晴れた後に動き出す凡人にはまだまだ届かないって事か・・・】

 

「ドクターは言っておられました。鉄が硝子に変わっても鉄だった事には変わりないと」

 

冶金学博士としての言葉だったかもしれない。

 

原子炉では炉の素材となった鉄が硝子のように脆くなる事がある。

 

【生憎と僕の周りにあるのはいつも合金と真鍮ばっかりでさ】

 

再び霧に沈み始める世界に背を向けて、少年は歩き出した。

 

硝子の国の王子様なんて柄じゃないと自嘲しながら。

 

灰かぶりを待つ城へと・・・。

 

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