GIOGAME   作:Anacletus

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第五十八話 終末の巨影

第五十八話 終末の巨影

 

どんな戦争も軍資金と兵站無くしては語れない。

それはシステマティックな兵器を持ち寄る昨今だろうと遥か昔の槍と盾の時代だろうと変わらない真理だ。

戦争はパトロンを探す事と同義であると言ったのは誰だったか。

現代の戦には膨大な資本が投入されるのが常だ。

過剰な消費は過剰な需要であり、大国の余りある供給を受け止める唯一の手段と言える。

貿易を主軸とする経済戦争(マネーゲーム)という第六の戦場を人類が構築したのは資本の隆盛がそのまま国の生死に直結するようになってからだ。

電子貨幣(ホットマネー)の海は現実より膨れ上がり、見かけ以上の富を現実に要求する。

それらを上手く扱い得る者が勝者であり、同時に市場の支配を行う者が強者である。

陸海空宇電。

これらが今までの五つの主戦場であった。

陸に戦車(タンク)、海に潜水艦(サブマリン)、空に航空機(ファイター)、宇宙に軍事衛星(サテライト)、電子空間に侵入者(ハッカー)というのがお約束だ。

しかし、此処にもう一つ字を加える。

それが経だ。

対応するのは間違いなく商人(マーチャント)だろう。

これがたぶん人類が歴史の最後まで戦うであろう六つの主戦場。

そして、この幾つもの戦場を制してようやく如何な国も大国と名乗るのが妥当となる。

その意味でG8は少なからず競い合う中であり、ASEANやEUなどの経済統合を進める圏域、横の繋がりも世界経済の中では主戦場に集う群れの一つだろう。

圧倒的な軍資金を持って各国が陸海空を戦ったのが第二次世界大戦だとすれば、これから起こる戦争は必ずしも鉄の槍が降り、鉛玉が飛び、宇(そら)から恐ろしいものが落ちてくるだけに留まらない。

電子の海から現実のインフラや工場や政治中枢を破壊・混乱・欺瞞・錯誤させ、債権と資金と契約書を持って標的とする企業・市場・国家の有する価値を暴落させるのは常套手段となる。

グローバルスタンダードなんて言葉が世界中の国々が持っていた従来の境界を崩壊させた現在、何処にも戦場ではない地域など残っていない。

距離という概念が何処までも縮小してしまった世界では戦争をするという意味がボタンを押すという行為と然程変わらない。

無論、極端な話で戦争はそう単純なものではないが、効率化されていく全てはいつか決定するボタンすら必要なくなる世界を生み出す。

これはSFの話ではない。

人の意識に反応し、人の意思を反映する機械がこの科学全盛の時代、既にある。

どんなに遠い場所だろうと大陸弾道弾は届くし、どんな地域にも広大な電子の海は広がっている。

そこから齎される利益は世界を強力に繋げ、同時に安全地帯など何処にも無い幻想だと人々を教育する。

己の人生も他の人生もいつかボタン一つすら必要なく消え去る時代が確実に迫っている。

だからこそ、なのか。

新しい戦場における兵站(ネット)は現実の流通経路にも似た。

世界を動かし安全を担保する血管の一つとなった。

世界の株価が連動しているように国々を繋ぐ経済活動という血管は何処かが傷付けば、其処に関係する場所が出血の衝撃を受ける。

国家をボタン一つで消し去れる時代にそれでも人間が自制を保って滅ばない理由があるとすれば、因果応報の図がまるで必然のように形作られたからではないか。

嘗て軍資金や兵站という頚城が繋いでいた戦争という怪物は自在の広がりを持って、新たなフィールドへと突き進んでいるが、同時にその在り様を制限されてもいる。

それが人の叡智であると自惚れる者は無いだろうが、歴史に学ばない人類自身に対する僅かばかりの叛意だという見方もある。

そう、だから、戦争遂行が可能な個人なんて孤立した存在(じょうだん)がいる時点で人類の破滅は加速する以外無い。

因果応報とは大概民に説かれる場合、俗物的な自制を求める理屈なのだ。

【あ・・・ぅ・・・あ・・・】

何一つとして意味も持たないと思われるような呻きが場を支配していた。

【クソッッ!!? いつからステイツはSFの惑星になったんだ!!! チクショォオオオ!!!!?】

其処は何処にでもあるような基地だった。

滑走路が無駄に広い事を覗けば、何て事の無い寂れた場所。

兵達は近くのバーで今日も呑んだくれて夜中には基地にこっそり帰る予定であった。

【ウォオオオオオオオオオッ!!!!? 死ねよッッ!!!! 化け物ッッッ!!!!】

乱射される自動小銃。

投擲される手榴弾。

一抱えもあるだろう車輪付きのライトが明かりも吐き出さずに敵へ向けられた。

兵隊の間で大きな電子レンジと呼ばれている【攻性指向電磁照射機(BIG・E・OVEN)】が敵を沸騰させる。

【第三小隊!!! 背後に回り込まれているぞ!!?】

兵士達の誰も自分達が何に襲われているのかを知らない。

ニューヨークにおいて核が使用された事も、その化け物が【十三人】と言われる者の一人に創られた事も。

ただ、昼間のランチの時間に一方的に正門へ殺到し、衛兵を殺戮し、基地内に雪崩れ込んだソレが敵だと言う事だけは誰の心にも確かだった。

【うぁああああああああああああああ!!!?】

【あいつはもうダメだ!!! 第三倉庫前まで後退するぞ!!!】

連続する銃声。

軍靴の雪崩を打つような音。

兵達の間の動揺は目前の命の危機に押さえ込まれている。

それでも未知の敵を前にして彼らの誰もが内心の恐怖を感じずにはいられなかった。

【クソッッ!!!? あいつらの目的は【FIFTH】の制圧か!!?】

基地の約三割が化け物達によって奪われている。

キマイラ。

そう呼ぶ以外に何と言っていいのか分からない生物。

様々な生物を捏ね合わせて人間に合成したような者達。

【こちらへ!!】

兵士達が次々に基地の一部へと立て篭もっていく最中、逃げ遅れそうになっていた兵士達を数人の白衣の男達が分厚い扉の中へ招き入れた。

【お前ら普通の言葉が喋れたんだな】

完全に密封された鋼鉄の扉の中。

ホッとした様子で兵達が白衣の男達に皮肉げな笑いを浮かべた。

【化け物よりは話が通じる方でしょう】

白衣の中から一人の男が出てくると付いてくるよう兵達に指示する。

基地内部、部外者立ち入り禁止の情報管制棟。

非常電源に切り替わったせいで紅い光に照らされる通路を兵達が疲れた様子で歩き始めた。

【怪我をした方がいたら医務室へ。この棟は地下施設が大半ですのでまだ大丈夫です】

化け物達に占拠されていない区画には多くの兵達が退避している。

最後の殿が彼らだった

【それより、あんたらあの化け物達の目標が何なのか見当は付いてるだろ? 状況はどうなんだ】

白衣達の一人が眼鏡の蔓を押し上げる。

【こんな辺鄙な基地に敵の目標となるものがあるとすれば、それは【Deep Wheel】以外にない。そんな事は分かっています。現在、非常電源に切り替えて稼動し、周辺ブロックは完全に密封されています。此方側から手出しするには大統領権限が必要なエリアになった。そうである以上、この基地の人間が全滅しても敵に【FIFTH】が渡る可能性はありません】

【ご大層な機械があるのは知ってたが、化け物に狙われるような代物とはな。数十年前の映画でももう少し前フリくらいあったぞ・・・クソ】

兵士の愚痴に白衣の男は首を横に振る。

【非ノイマン型のパターン・ベースド・コンピューティング・システムの最高峰。【Deep Wheel】は演算能力自体は量子コンピューターに劣りますが、セル・オートマトンやニューラルネットワークの流れを受け継ぐ最先端のマシンです。もし手に入れる事が出来たなら世界の未来を動かすに足る。情報操作があったとはいえ、それでもステイツそのものと言っても過言ではない。敵にしてみば、米国の喉元に刃を翳しているようなものでしょう】

2000年代初頭。

遊戯において人間がマシンに負ける事は規定路線と為りつつあった。

発想で上を往く人間に対して数億手先まで読む機械。

人間のような知能的問題処理能力が上昇していくマシンはやがて【疲れない達人】となった。

アルゴリズムの改良。

演算能力の飛躍的向上。

ミスをしない機械を相手に最善手を打ち続けるのは人間には難しい。

それはチェスだろうと将棋だろうと戦争だろうと変わらない。

現代、戦争を遂行する上で必要とされる戦略支援システムは各国にとって開発競争が激化した分野だ。

無論、システムが駒の代わりに兵隊を動かすようになったわけではない。

あくまで支援目的の最適な行動を提示する機械として戦闘に携わるようになっただけだ。

しかし、向上していくシステムの回答はとある年代を境に現場指揮官の出す最善手に近くなっていった。

故に戦闘となれば、先進国の軍指揮官は己の作戦に対して複数のシステムからの回答を取り寄せ、吟味を繰り返す事となる。

そのような状況に合わせるべく軍事基地に戦略支援システム専門の技官(システムエンジニア)が入り込むのは現代では常であったが、同時に兵達は技術者というより科学者と言うべき者達との付き合い方に戸惑ってもいた。

彼らにしてみれば、白衣の男達が言っている事は重要だが眠くなる話に他ならない。

【OK。オレにも分かるように言ってくれるか。とりあえずヤバイんだな?】

呆れた様子で白衣の男が溜息を吐く。

【今の状況を簡単に言いましょう。もし【Deep Wheel】が敵の手に落ちれば、米軍の将校の雁首を全て飛ばしても足りない損害が出ます】

【理解した。ステイツの危機って事だな】

【ええ、同時に世界の危機と言い換えてもいい。此処にある【FIFTH】はとりわけ軍事分野での機密が無数にインプットされている。核ミサイルの起爆コードすら入っているとの噂が真実ではないといいですが】

兵達が絶句した。

【核とかマジかよ】

米軍が所有する総合戦略支援システム。

【Deep Wheel】

米国本土、五つの基地に設置された五台のコンピューターは常にネットワーク上の情報を収集し、与えられた問題にそれぞれ独自の特色を持った答えを出し、互いに精査する。

一号機【FIRST】は米国国民の生命・財産の保護を優先した回答を。

二号機【SECOND】は軍事・国力の維持を優先した回答を。

三号機【THIRD】は同盟国・国連の協力を優先した回答を。

四号機【FOURTH】は共生・平和の理念を優先した回答を。

五号機【FIFTH】は敵・仮想敵の殲滅を優先した回答を。

相互補完の関係にある機体の中でも五号機は特に軍の使用頻度が格段に高い。

兵達の間にそれが噂であると笑い飛ばせる者はいなかった。

【チッ、それでそのイカしたマシンであの化け物共をどうにか出来ないのか?】

【施設内端末からの干渉は五分前から物理的に不可能となりました。出来るのはマシンの吐き出した答えを覗き見る事くらいでしょう】

【洒落にならねぇ】

苦虫を噛み潰したような顔で兵の一人が吐き捨てた。

【主任!! 【FIFTH】監視班から報告です!!! 突然、他の命題への回答を途絶!!! ただ一つのコードを繰り返し発信しているようです!!!】

【何だって!?】

【おい。どうしたんだ!?】

白衣の男達が慌てて視界の中で手話のようにハンドサインを出す。

動きを読み取った彼らの網膜に張り付く極薄のデバイスが瞬時に電子情報を投影した。

【―――【JNF】・・・何のコードか分かる者は!!】

主任と呼ばれた男の声に白衣の男達が全員首を横に振ろうとして、一人だけ凍り付いた男がいた。

【何か心当たりが?】

【は、はい・・・THIRDの保守に友人が携わっているのですが、その・・・末尾がNFというコードを保守点検の際に見たと聞いた事が・・・】

【だから、それは一体何のコードなのかと訊いて―――】

途中で主任が言葉を切った。

話を聞いた男の顔が真っ青になっていた。

【何か重要な?】

男が重苦しく呟く。

【その領域の他のコードから類推した友人は冗談だと思いますが、その・・・ニュークリアーフォーマットの略ではないかと】

【―――まさか】

さすがに否定しようとした主任だったが、確かめる方法がある事に気付き、他の機体の情報にアクセスする。

【これは・・・】

一つの命題に対して五つの機体が互いの行き過ぎを防ぎつつ最善の答えを出す【Deep Wheel】の特性上、重大な決断は他の機体の判定を受けて多数決となる。

ネットワーク上には【FIFTH】からのコードを受けて他の四機からの回答が既に出ていた。

否決2。

条件付賛成2。

ゾワリと主任の鳥肌が立った。

【主任・・・】

白衣の男達も状況の不味さに気付く。

【一つ訊きます。最初のJは何を指しているのか分かりますか?】

主任はもうその答えを半ば予想していたが、敢えて聞いた。

【その時友人が見たコードは『CNF』だったそうです。普通ではアクセス出来ない領域内で採決されていたらしく。それが【日中近海事変】の当日だった事からCは―――】

【分かりました】

主任は最後まで言わせなかった。

(頭文字が国名だとすれば、まさかJは・・・在り得ない・・・とまでは言えないですか)

近頃のステイツが日本と距離を取っている事はネット上の情報を見れば一目瞭然だった。

【とにかく外部からの増援を待ちましょう】

当たり障りの無い事を言って誤魔化したものの、その場の誰もが不安そうな顔をした。

条件付賛成が一つでも賛成になった瞬間、何が起きるのか予想した者は唾を飲み込む。

(だが、どうして表層に情報が・・・何かしらの攻撃を受けているのか?)

そうして、米国に新たな危機は到来した。

 

深刻な事態が連鎖していく最中。

些細な変化を敏感に感じ取った者は多くなかった。

米国だろうと日本だろうと。

多くの人々は何が起きているのか把握すら出来ず。

ただただ状況に流されていくのみ。

その中心にいる者すら、その自覚は無かったかもしれない。

それ故に。

海上をセダンで走破していく二人は気付かなかった。

何もかもが一点に向って集約されていく。

奇妙なまでの偶然(ひつぜん)の折り重なりを。

海の先に続く簡易ゲートを突破した車両の一団。

先頭を走る久重とソラは最後の確認をしていた。

背後の車両を乗っ取って走ってくる悪夢の如きND群を破壊する術を。

「分かった。後は任せろ」

「うん・・・」

顔を俯けて唇を噛んだ少女の頭が運転を自動に切り替えて後ろを振り返った手に撫でられる。

「そんな顔するな」

「でも、久重ばかりにこんな役・・・」

「NDの中の人間が死んでるか生きてるかは知らない。ただ、この方法は一番合理的だ。そして、オレはそれを支持して自分から役を買って出た。それだけだろ」

「・・・・・・」

「それじゃ、頼むぞ。ソラ」

「・・・絶対、絶対にあのNDは一網打尽にしてみせるから」

「五秒後に開ける」

後部座席の扉のロックが外れた。

「四」

微かな緊張感。

青年の背中を見つめてソラは拳を握った。

「三」

絶対に青年だけは死なせない為に。

「二」

己の為に他者を切り捨てるという選択を後悔しない為に。

「一」

(必ず、成功させてみせる!!!)

「今だ!!!」

ドアが開き、大きく跳躍したソラが海上の道を逸れて海へと身を躍らせた。

二人を追いかけてくる車両達の挙動が一瞬だけブレる。

しかし、結局は前のセダンを追う事にしたらしかった。

対象が二人に分かれる。

だが、ND群を二つに分けるのは危険。

そして、何よりも二人の面は割れている。

ならば、先に高速で逃げる車両を追って、後に移動手段の無い方を追えばいい。

そう合理的な優先順位を持って二人を追うND群はソラの方には見向きもしなかった。

車両の全てが高速で己から離れていく事を確認して。

海の中、ソラが久重にも殆ど見せない表情の無い顔で己の額を撫ぜた。

薄い輝きが文字列を浮かび上がらせる。

【SE】Fragment Accumulate.

Exclusive Control Mode.

Link Protection Connect.

Delusion Amulet Stand By.

Execution.

Function File Open.

【Devil1】Central Core Closed System 【Fatalist】.

Intervention Start.

Invade Collapse Rate 32.3323%.

Limited OS Ver.2.22 Open.

Super Resemble Closely Replica Increase.

Power Level Maximize.

「倒してみせる。博士・・・力を貸して・・・」

少女の呟きが夜気に溶けて。

すぐ近くまで迫っている大きな海洋建造物へと向けられた。

戦場は人々の憩いの場。

そうして外字久重は決死の作戦へと挑む事となる。

 

稼動。

待機状態を維持。

最適化を開始する。

情報を書庫に蓄積。

状況開始まで約3分32秒。

輸送ヘリの進路上にある低気圧の影響で+-44秒。

目標情報を再確認する。

耐久度最低。

戦術精度最低。

個体差による戦力誤差軽微。

増殖能力極大。

DNA情報の更新速度極大。

感染範囲測定不能。

DNA情報を持つ種は全て汚染されている可能性大。

目標中核の索敵を最優先。

変異種を更新中。

現在432項目の動植物で汚染確認。

変異種の消去優先度B。

完全変異前に焼却指定。

変異完了まで推定72時間。

装備再確認。

気象操作用ND12トン。

汎用恒常性ND2トン。

高速精密切断用ナノワイヤ140キロ。

マイクロ・ハイ・テルミット弾88発。

観測用XFELパルス発振器四基。

大出力CO2レーザー砲十門。

攻性電磁照射機二門。

機略戦用思考ルーチン開放。

時速140キロでの高速戦闘を推奨。

彼我兵力1対18。

作戦地域半径40キロ圏内での全力稼動の承認受諾。

光量子通信網に接続。

稼動個体同期。

【D‐NON】降下開始。

 

ガコン。

 

ハッチの開く音がして、暗闇が掃われる。

同時にハッチの内部から暴風が吹き荒れた。

白く輝く粉塵が上空数千メートルからばら撒かれる。

ほぼ一瞬で粒子は空に解けて見えなくなった。

―――状況開始。

全てのお膳立てが揃った世界に【彼女】が産み落とされる。

巨魁。

空飛ぶ要塞の如き輸送機から高速で落下するのは一塊の何か。

白銀のソレの表面に亀裂が入った。

その筋は微細になりながら分岐し、幾何学模様へと変化していく。

そうして今や周辺に生物の気配を持たないマンハッタン島のビル群の一角に【彼女】は直撃した。

国連ビル爆破の収拾に周辺が賑わっていたのはほんの40分前。

【十三人】の二人が相打ちとなったのは約12分前。

核攻撃に全土の基地が混乱している最中。

支援物資運搬と虚偽の情報によって全てを運んできた輸送機は空中で爆散。

現場の混乱に更なる拍車を掛けて、【彼女】の展開を支援する。

―――支援目標確認。

全土から戦闘機が集ってきている事態の中心で【彼女】が産声を上げた。

それはニューヨークに響き続けていた絶声を掻き消して、あらゆる音響観測装置を破壊し、市全域の窓ガラスを割り砕いた。

―――回収の後、戦闘を開始する。

現場を包囲して今更に防護服で放射性物質から身を守り始めていた警察も軍隊も何が起こっているのかを正確には把握していない。

それでも彼らの多くはその音を喇叭と錯覚した。

終末に天使が吹く音色を。

大気中に撒布されたNDが明確なネットワークを形作り、収集した情報を【彼女】に蓄積していく。

多くの情報の中には人々の顔もあった。

恐怖。

悲哀。

憎悪。

憤怒。

しかし、それに反応する事なく。

既に『汚染されている生物』に対して【彼女】はロックオンを開始した。

その時間約1.23秒。

市全域に渡って存在する遺伝子変異生物はこの短期間で454212個体以上。

尚も増加傾向にある。

それ以上の汚染拡大を防ぐ為、推定される汚染範囲から1キロ圏内の焼却処理が決定。

十数キロ先にいる工作員にコンタクト。

ばら撒いた気象コントロール用NDには多少の互換性がある。

汎用には及ばないものの一時的な修復は実行可能。

地下退避ルートへの移動指示が出される。

そうして【彼女】がビルの上で身動ぎした時だった。

ニューヨーク上空に集ってきていた複数の米軍機からミサイルが発射された。

排除対象に米軍は入っていない。

しかし、障害物に対して過敏に反応する防御機構は瞬時に相手から向けられた武装を解析、既存兵器と照合し、最適な迎撃手段を取った。

白銀の繭の内側から亀裂を上って武装が出現する。

大出力CO2レーザー砲十門。

攻性電磁照射機二門。

未だ落ちていないビルの電源へ侵入したNDが膨大な電力を吸い上げ、巨大な筒達に叩き込んだ。

唸りを上げる機構。

一瞬の間を置いて十門のレーザー砲が瞬時に周辺のミサイルを精密照準して、薙いだ。

同時に上空に向けられた電磁照射機から凡そ航空機のあらゆる電磁波対策を突破して電子兵装を破壊する破滅的な力が発射される。

広範囲に渡って静寂が刹那を支配した。

半径十キロという狭い空域に集結しつつあった米軍機の全てが、米軍最強の航空防衛部隊が、一秒の静寂を突破してただの屑鉄と化し、全て墜落した。

爆発するミサイルの衝撃に煽られ、【彼女】がビルから落下する。

その光景を食い入るように監視衛星から見ていた軍司令部や大統領以下全ての官僚達は頭を過ぎった正体不明のソレに対する勝利の確信を覆され、現実を知る。

【何だ・・・何なんだアレは!!!?】

エアフォースワンの機内。

大統領はそう言わずにはいられなかった。

オンラインで全てを見ていた誰もそれに答えられず。

恐ろしきモノが、落下した道路から立ち上がる。

完全に変異した白銀の巨魁は全高十数メートルの人の形をしていた。

その背後にはまるで骨のように細い砲列やミサイルと思しき翼。

蠢く白銀の表皮は泡立ち、無数の目となって耳となって鼻となってあらゆる生き物を見逃さない。

一つだけソレに人型としての欠点があるとすれば、それは頭部が無い事だろうか。

無論、米国の誰もが知らない。

人に無ければならないものが【彼女】には無いという事など。

【彼女】には中枢がない。

【彼女】には頭部がない。

【彼女】には心臓がない。

それが一体何を意味するのかを彼らはまったく知らない。

オリジナルロット。

博士が残した自立してNDの情報を賄う事の出来る制御コア。

その実態が現時点で人類が到達出来る最高精度ナノデバイスの超高密度集積体であり、独自のOSを積んだND間並列ネットワークであるとか。

コアそのものはエネルギー貯蔵機能を外せば、殆ど自由自在なNDの結合体でしかなく、稼動時間以外の弱点という弱点が存在しないとか。

現時点の人類が保有する兵器では核以外に為す術もないとか。

そんなのは彼らの頭には露程も無い。

だから、彼らに【彼女】の所業は止められなかった。

【彼女】の背後で88発の破滅がそれぞれの目標区画へとロックオンされる。

全てを焼却する業火の矢。

テルミット弾の超小型集積体。

四本のフラクタルな筒がニューヨーク上空へと撃ち上がる。

そして、無数に分裂した子弾がシャワーの如く世界に降り注いだ。

最初に炎が吹き荒れたのは国連ビル。

そうして連鎖が始まった。

吹き荒れる高熱がビルをインフラを生物を高熱に融かし込んでいく。

【こ・・・んな・・・ことが・・・】

市警も軍隊も避難民も、小さな蟲から鼠・細菌やバクテリアに至るまで、半径十五キロ圏内の全ての生物が改良を重ねてきた人類の火の一つに没した。

大統領以下その光景を見ていた全ての官僚達が言葉を失ったのは彼らが人間だったからだ。

あまりにも儚く、何の躊躇も無く、命がまるでただの蝋のように失せてしまったからだ。

戦争。

それは彼らとって現実的な対応を迫られる脅威だった。

しかし、ニューヨークに現出したのはたぶん戦争ですらない。

ただの【消去】だ。

圧倒的。

ただ只管に圧倒的な【作業】だ。

モラルとか人道とか人権とか。

虐殺とか殺戮とか鏖殺とか。

そんな言葉にある人間臭いエゴすら、その【作業】には無かった。

言うなれば、人生という言葉に消しゴムを掛けたような。

【・・・杖の使用は可能かね】

たった一人の会議室。

ホログラフで浮かび上がる閣僚の誰もが大統領の言葉に息を飲んだ。

【大統領お待ちください!!!? それはあまりに早計過ぎます!!!】

【状況を見たまえ。あの兵器か化け物は健在だ・・・あんなものを他の州へ出す事になれば、被害の拡大は必至ではないかね?】

【ッ、それは!!? ですが!!?】

閣僚達が衛星からの映像を絶望的な表情で見つめる。

炎に没した世界の中心で白銀の輝きが確かに確認出来た。

【これが十三人に手を出した報いだとするなら、我々はもう戻れないところまで来ているという事だ。日本に対する核攻撃を推奨する【FIFTH】のコードが承認される結果になった場合、核は無いにしろ・・・彼らのホームである日本の再占領計画は前倒しする】

【大統領!!! それは未だ時期尚―――】

テーブルに拳が叩き付けられた。

【たった十三人・・・たった十三人だぞ!!! アメリカが世界最大の超大国である事は今も変わりない!! だが、その力に奢った結果がコレだ!!? 穀物自給は致命的な打撃を受け、国連ビルは爆破され、挙句に核の使用とあんな化け物を呼び込んだ!!! 【F‐44】へのハッキング!! 【Deep Wheel】を有する基地への攻撃!! 日本政府からの情報途絶!!! 事態の一端は我々にあるとはいえ、我々が触れたのは禁断の領域ではなかったのか?!! どうしてこうなったのか誰か説明してみたまえ!!! CIAやDARPAにこれら全ての責任が取れるのかね!? 私は強いステイツを再びと望んだだけだ!!! それ故に統一されない【半分】の行動を黙認しても来た!!! だが、既に事態は【SB】の計画範疇を大きく逸脱しているはずだ!!! もはや猶予はない!!! 技術奪取計画は即刻凍―――】

【大統領!!!】

【今度は何だ!!? 宣戦布告でも受けたか!? それとも宇宙人でも攻めてきたか!! もう何も驚かんよ!!!】

【ニュ、ニューヨークに現われた白銀の巨人と同タイプが【Deep Wheel】保有基地周辺及び国外でも確認されました!!!?】

【何だと!?】

【今、映像を出します】

六つのウィンドウがホログラフによって開かれた。

【現在全基地に増援を送っていますが、あの巨人の出現により現場が混乱しています。各地の現場指揮官から司令部に指示を仰ぐ要請が!!】

【何と・・・言っている】

【戦うべきか。戦わざるべきか】

【大統領。現在、専門チームが解析していますが、あの白銀の巨人はNDで全身を構成されており、現行の通常兵器では歯が立たないと報告が・・・】

【同胞を見捨てろと言うのか?】

【いえ、様子を見るべきでは、と】

深く。

深く深く半日ですっかり老け込んだ感のある男が溜息を吐いた。

【距離を取ってこちらからの攻撃は控えるよう。だが、もし攻撃された場合は全力で応戦せよ】

【はッッ!!!】

グッタリと椅子に凭れ、目元を片手で解して、男が六つのウィンドウに再び視線を向ける。

【それで国外と言ったが、一体何処に?】

【その、それが・・・】

【ハッキリと言いたまえ】

【は、はい!!! 日本の東京であります!!!】

【どういう事だ。何故、日本にも・・・これは日米に対する同時攻撃だとでも言うのか・・・】

【げ、現在情報を確認中ですが、東京の通信途絶はどうやら潜水艦による首都攻撃の影響ではないかという事です。現地基地からの情報に依れば、東京湾に巨大な影が見えると。それに呼応するように市街地で白銀の巨魁を観測したとの報告が多数・・・】

【アジア近辺の衛星からの情報が途絶しているのも東京攻撃の影響かね?】

【それは何とも・・・ただ、大規模なサイバー攻撃が世界中のマスメディアやサーバーに対して継続的に行われている模様です。これらの攻撃元の特定を進めていますが、日本からではないかと】

【大統領。このまま日本占領に動いてはステイツの陰謀と他の諸外国に取られてもおかしくありません!!】

閣僚の一人の言葉に同調する声が次々に上がる。

【もしも計画を前倒しすれば、同盟をこちらから一方的に破っただけのみならず、同盟下の国が攻撃されている最中に攻撃したと非難(バッシング)を受ける事にも為りかねないのでは!?】

ただ一人。

円卓に一人の男は。

重圧に潰されそうな内心の弱気を打ち消して、厳然と周囲のホログラムの閣僚達と見つめた。 

【ここが国の瀬戸際である事は誰もが理解している事だろう。此処で判断を誤るわけにはいかないが、決断を遅らせるわけにもゆくまい。命題への最終回答期限である五時間後【Deep Wheel】の判断を待って日本再占領の時期は前倒しするかどうか決める事とする。ニューヨークと他の地域の巨人に対しては現行戦力での対応が限界と現場指揮官が判断した場合、あるいは【Deep Wheel】の内のどれか一つでも敵の手に落ちるか破壊された場合、日本以外に【杖】による衛星高度爆撃を開始する。これに異論がある者は前へ。この後に及んでの意思決定速度の遅滞はステイツへの反逆に等しい。この場で即刻大統領権限により罷免とする】

誰も。

その男の前に、出る者はいなかった。

それが決定。

世界で唯一超大国として残った人々の決断。

【では、各自。最善を尽くして欲しい。祖国と国民達の為に】

ホログラフの席を立つ閣僚が数人。

通信を始める者が数人。

関係機関との調整を続行する者が数人。

一人。

ただ一人。

アメリカ合衆国大統領だけが、その場で手元の小型端末を見つめた。

彼の横には一つのアタッシュケース。

開かれた内側には窪みが一つ。

(この端末で躊躇い無く撃つと決断した時、私はどんな顔をしているのだろうか)

それは核弾頭を搭載したICBMの発射を行うシステムの端末。

核は無いにしろ。

そうホログラフの先の閣僚達には言ったものの、本当に決断を迫られた時、彼はその端末に指を押し付ける覚悟が出来ていた。

(ただ・・・この破滅の引き金は・・・本当に・・・彼ら十三人に通用するのか?)

彼は横に置かれていた擦り切れる程に読んだファイルを手に取って開く。

その黒いファイルの一行目。

題にはこう書かれていた。

―――●●●●●●による核分裂反応抑止の可能性。

黒く塗り潰されている単語が幾つかある。

ただ、その報告書にあるのはまるで一昔前のSFに出てくるような単語だった。

原子力研究の道を志す者なら一笑に付すだろう。

だが、ファイルの中にはDARPAの文字があった。

嘗てただの軍事技術の研究機関だった其処が新たな道を目指し、多くの秘密実験を行うことになった、陰謀論者達の言うような機関になっていった、その最初の原因。

「核すら決定打とならない世界・・・か・・・」

それは嘗ての第二次世界大戦前夜を彷彿とさせる世界だろう。

核の無力な世界とは人類が滅びない世界であると同時に無限のテロによって疲弊し、永遠に戦いが終わらない事を意味する。

例え戦争が終わってもテロが起こり、テロを止めても、革命が起こり、大国は正面から消耗戦を行うしかなく、戦死者の数を数える仮初めの平和すら、たぶん短い。

抑止力なんて言葉が消え失せるに違いない。

核戦争による人類の死滅と恒久的な先進国の平和は天秤に掛かっていた。

しかし、そのファイルの戯言が現実になれば、圧倒的暴力の統制を失った国家間のバランスは崩れ去る。

博愛の精神を、人道的な価値を、平和への理念を、そんな建前すら失ってしまう国家が多数だろう。

勝てると踏めば、戦いを仕掛け、負けると分かれば、躊躇い無く核を撃つ。

そんな暗黒時代の到来となる。

自国だけでも生き残れる。

そんな共同体(せかい)を理念(げんそう)を壊す技術は要らない。

もし、そんなものがあるとすれば、管理出来るのは唯一アメリカ合衆国のみ。

(そう奢った結果が・・・コレか・・・)

炎に沈む基地周辺。

燃える大気の先に揺らめいて、白銀の首無し巨人達が佇む。

「終末の天使・・・神を気取った人間が生み出したものならば、なるほど吐き気がする程に皮肉だな」

彼は目を閉じた。

新たな報が来る時を思いながら。

新たな決断が迫る時を思いながら。

優秀な意思決定者とは一重に重要な決断と冷静な判断を行う時以外はただ待つ事が、忍耐が求められる。

それが有事の際ならば尚更に。

「・・・・・・」

チクタク・チクタク。

チクタク・チクタク。

エアフォースワンに唯一備え付けられた彼の趣味が時を刻む。

出口の壁の上。

箱の中、発条仕掛けが動かす秒針が、正確に彼の時間を消費する。

やがて、決断の時がやってくる。

きっと、その日、彼は世界で一番長い時を生きた。

それはたぶん間違いのない事だった。

 

唐突の首都攻撃によって初動の遅れた自衛隊及び米軍は混乱を極めていた。

市ヶ谷の防衛省は沈黙。

地下施設は半壊。

死傷者は多数。

防衛相と高官の殆どが巻き込まれなかったとはいえ、地下にいた者を除いて詰めていた職員は殆どが死亡・重症を負って斃れ伏した。

原潜が出現してからの十五分。

その空白が全てを決したと言ってよかった。

電波という電波の全てが全帯域で妨害され、同時に国内の主要なサーバーが殆ど一時的にダウンさせられ、更に日本が数十年を掛けて国土全域に普及させた光ファイバーのインフラが東京圏内に限って物理的に切断されたのだから、誰が何を知ろうとしても無駄な足掻きだったのはしょうがない。

情報は錯綜すらしなかった。

東京近辺の自衛隊基地からすれば、突如として東京からの通信が遮断された事になる。

一時、核によって東京が崩壊したとの誤情報が駆け巡り、多くの基地で悲観論が多勢を占める事にすらなった。

米軍や日本政府の持つ監視衛星の情報が何とか妨害から復旧し、その大規模過ぎる目暗ましを看破した時には全てが遅かった。

凍り付いた東京湾を渡った戦車砲からの一斉射撃は目標をほぼ全て崩壊させた。

羽田を目指して東京上空を飛んでいた複数のジェット旅客機がECMによって墜落、各区で落ちてくる激甚災害と化した。

変電所など電力供給の要である施設が軒並み破壊された事で大都市の都市機能が一気に落ちる現象が多くのインフラを巻き込んだ。

戦争直前。

そう事前に警戒していた事もあって都民の避難誘導だけは警察主導で迅速に行われつつあったが、砲撃によって崩壊した地区やジェット機の落ちた区域では混乱が続き、地下鉄もかなりの路線間で運行出来ない事から避難や帰宅が困難な人間を多数生み出すに至っていた。

その最中、東京湾で転覆した海上保安庁の船から脱出した数十人の和僑系テロリストはクシャミをしつつ、港湾部から脱出していた。

大牙会の面々である。

恐らく周辺区域でまともに動ける集団としては唯一の男達。

その先頭を往くのは歳には勝てないと近頃思い始めたばかりの我東大牙だった。

「おい。海上保安庁の方々に迷惑掛けるんじゃねぇぞ!!!」

【へい!!!! お頭!!!!!!】

男達が一糸乱れぬ統率で返す。

海上保安庁の職員達は自分達が今まで犯罪者として扱ってきた男達に肩を貸されたり、負傷して運ばれたりしながら、事態の未だ多く理解出来ずにいた。

職員達の中で最も権限が強い船長との一時的な協力関係を経て、湾内の氷を渡って巨大な潜水艦から遠ざかりつつある我東は背後をチラリと見た。

組員達の疲労度は大きい。

ある物は何でも使って転覆した船底をブチ破ったが四十分掛かった。

外に出て何が起きたか大方の予想を付けたのが五分前。

各国を渡り歩く和僑として一通りの軍事の知識を修めていた我東は湾内の巨大な影が想像を超える規模の揚陸潜水艦であると看破したが、だからと言って何が出来るわけでもなかった。

(こいつはまずいな。空と周辺の様子からして完全に制空権を失って、インフラが止まってるんじゃねぇか? だとしたら、港湾への救援ヘリは考え難い。初動が遅れてなきゃ、今頃付近に警察車両がごった返してるはずだが、その気配も無ぇ。気張るしかねぇな)

湾の端に辿り着き、陸に上がる頃には全員が息を切らしていた。

「船長さん。悪りぃが此処からは全員が命掛けで避難しなきゃならないようだ。アレを見れば分かる通り、今の東京は完全にあの黒いのにやられちまってる。この状況であんたの指示を受けられない事もあるかも知れねぇってのは理解してくれ。それと負傷者には最低二人組員を付けて脱出の指示を出すが、残りの奴らに関しての命令はオレとあんたの合意の上で行いたい。どうだ?」

五十代のやや腹が迫り出してきている制服姿の男が僅か躊躇してから頷いた。

「ああ、非常時に我々を見捨てて逃げ出さなかった貴方の言葉を信じよう」

「有り難てぇぜ。感謝する。それじゃ、さっそくだが負傷者と付き添いの連中以外はここら一帯の情報を把握するのに走って貰いたい。端末が使えないようだから、十五分で返ってくるよう言い渡して、避難ルート確保、情報収集、逃げ遅れた奴の捜索を軸に行動する。逃走が心配なら組員と職員は混合で班にしてもいいんだが」

壁に背を預けた船長が頷き、職員側の説明へと回った。

一分と経たずして、職員と組員の混合部隊がそれぞれ数人ずつ各方面に散っていく。

残った者は湾近くのコンビニへと退避する。

暗く誰もいない開け放たれている店内で食料やその他の雑貨を確保しながら、我東が負傷者の傷を手当していると職員の女性の一人がポツリと外を見て呟いた。

「夜って・・・こんなに暗いんだ・・・」

「・・・お嬢ちゃん」

「あ、は、はい」

犯罪者とはいえ、それでも年上に敬意を持って応えた二十代後半の娘のような歳の女に我東はゆっくり笑う。

「外国の夜はもっと暗いぜ? 星座だって眩く見えるくらいな」

「そう、なんですか?」

「十八年前からはそりゃもうそんな国が増えた」

「あ・・・その・・・それって・・・」

「あぁ、電気なんか通って無ぇのさ。ただ、それでもな。人間てのは不思議なもんでよ。暗いなら暗いなりに愉しむもんさ。望遠鏡を買う人間が増えたなんて笑い話もある」

「望遠鏡を?」

「オレ達和僑は貿易商を兼ねるのが普通なんだが、あの黒い隕石事件以降、何処の国に行っても日本製の望遠鏡ってのは一定の需要があるんだ。人間てのは死に瀕し、生活すら儘為らないからこそ、ロマンてやつを求める生き物なのかもな」

我東を見つめて、女性が頭を下げた。

「・・・あの・・・ありがとうございます」

「礼を言われるような事は何一つしちゃいねぇぜ?」

「でも・・・貴方達がいなければ、船底の破壊も湾からの脱出も不可能でした。貴方達が犯罪者である事は知っています。でも、貴方達がいなければ、あのまま私達は窒息して死んでいたかもしれない。だから」

そっと頭が下げられる。

「よせやい。こういうのは日本でこそ普通なんじゃねぇのか?」

「え?」

「オレの母親は日本からわざわざ海外に移民した物好きだったんだが、いつもこう言ってたぜ? 誰かを助ける時、誰かに感謝されるような事をした時、こういうのは日本では【お互い様】って言うのよってな」

少しハッとした様子で女性が目を見開く。

「そう、ですね・・・誰だって【お互い様】なんですよね・・・」

「ああ、そうだ。よくこの国の人間の民度が高いなんて外じゃ話に昇るが、実際は民度が高い行為なんて日本人は意識しないだろ?」

「そうかもしれません」

「だから、オレは思うんだよ。人は一人では生きられない。いや、生きていられない。そんな何処よりも過酷な環境だったからこそ、この国の人間はこうして誰かを助けるのが普通に思えるようになったんじゃないのかってな」

「そう、なんでしょうか・・・」

「外でも過酷な環境はある。だが、誰も他者を助けて己が助かるなんて思想あまり持ち合わせちゃいない。施しとか福祉とかはそもそも寄付なんかと同じで金持ちの道楽の部分があるからな。人権が声高に叫ばれても宗教が優先され、災害で現地のモラルが崩壊する事例なんざ至って普通の事なんだよ」

「日本は災害ばかりにあっているから、こうなるしかなかったって事ですか?」

「そうだな。地震雷火事親父。大雨洪水津波に噴火。何でもござれ、災害の総合商社とは日本の事じゃないかと近頃は思ってるな」

女性が困った苦笑を浮かべる。

「あ、あはは・・・確かにあんまりにもそういうのが多くて麻痺してるのかも・・・」

「そういう日本出のオレの母親はよく聞かれてた。どうしてそんな風に助けてくれるのかって移住した現地の人間にな。そうしたら『生きていきたいから』なんて言っててな」

「生きていきたいから?」

「それを聞いて母親の友人はよく分かないと言ってた。が、月日が経って・・・母親が死んだ時、ようやく言葉の意味が判ったらしい」

我東がちょっとだけ頬を掻いた。

少しだけ恥ずかしそうに。

「その時、父親は既に他界してて財産なんぞ欠片も残ってなかったんだが、オレの学費をその母親の友人が出してくれて、オレは何とか学校を卒業出来たんだ」

「それって・・・」

我東が頷く。

「その友人が言うには『貴方がこれからも不自由せず生きていく事が出来るのは貴方の母親のおかげ・・・そして、貴方もきっとそういう人になるわ』だそうだ」

「素敵な・・・お母様だったんですね」

「生きていきたいから。上手い事言うなとその時、オレは思ったよ。きっと、理屈じゃねぇんだな」

我東がゆっくりと立ち上がってコンビニの外を見た。

「そういうのは人から人に伝わっていくもんなんだ。助け合う事を強制され続けた結果だとしても、きっとそれは間違いじゃない。此処は、この国は、そういうえらく危険と隣り合わせな運命を持ったお人よしが多い場所なんだとオレは思ってる」

続々と返ってくる組員と職員達から逸早く報告を受ける為、我東が歩き出す。

「出立の準備を」

たった一声でその場で蹲り、休息していた

誰もが顔を上げた。

コンビニの外からやってくる数台の車両のライトに照らし出され、男の影が伸びる。

「一つ言い忘れてたな」

振り返った男が唇の端を吊り上げて笑みを浮かべた。

「おめーら。連絡先ぐらい残しておかないと罪状が増えるぞ」

クスリと。

今まで我東と話していた女性を皮切りに辺りへ苦笑が広がっていく。

そうして笑いに包まれて負傷者や逃げ遅れた者を増やした一団はコンビニを後にした。

 

誰もいない店内。

 

カウンターには大量のメモ用紙が残され、やがて奇跡的に無傷で発見される事となる。

 

そこには海上保安庁の住所と職員達の名が連ねられた紙もあり、緊急時にしても多い支出額が後に問題となって査問を受ける事となるが、誰もただ己の不徳の致すところですとしか答えは返らなかった。

 

深夜の東京でひっそりと人々の反撃が始まる。

 

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