約束の一週間目。
研ぎ澄まされた俺の聴覚がこの演習場に人の来訪がある事を告げる。……来たか。
「おっ、今日早いな。」
「時間見えないんで。」
「ああそうか、悪いな。因みに今は7時半だ。」
母さん俺演習場に8時なんだって言ったよねなんでこんなに早く起こすの。アナタ目を瞑って行くんでしょう?普段より早めに出ないと。俺そろそろ慣れてきたんだけど……。
朝の会話を思い出す。母さん……あなたの息子は本当に慣れてきてるんですよ本当なんですよ。
俺がそんな事を思っていると、シカクさんが俺の背後に移動した。なん……だと……!?
「いいか、今太陽があっちの方角であの高さにある。わかるか?」
「いやあの、目瞑ってるんであの、って言われても分からないんですけど。」
「光の位置の確認だ。出来なかったら朝の空気と草の臭いで時間を見るんだ。最初は難しいかもしれないが慣れれば簡単だぞ。」
「……えっと、今日で目を開けてもいいんじゃ?」
そう俺はその為に今日を楽しみにしていたのだ。普通に歩きたい!!目を開きたい!!
「そういえばそうだったな。うーん、アラタ、お前目を開けたいか?」
「勿論です!」
溜め息を一つついてシカクさんが俺の前に移動する。上忍の足音って静かだよなぁ。耳に優しい。
「お前、敵を目を閉じたまま倒したり、見えないのに攻撃を避けたり当てたり、仲間が幻術にかかってる時に1人で敵を見つけて解除したりとか、そういうのが出来るのってどう思う?」
「スッゲーカッケーです!!」
「よし、なら次は1ヶ月だな。」
「サー!イエッサー!!」
こうして俺はシカクさんにまんまと乗せられ、俺の目は役目を殆ど失った。
「あっ、でも着替えとか新しい服とか買うときくらいは目開けてもいいですか。」
「それくらいならな。でも着替えは目閉じても出来るようになれよ。」
「後ろ前わかんないです。」
「タグ確認するか、何か印しでも縫い付けておけ」
「母さんに言ってみます。」
さて、今日も授業を始めるぞー。おー。そんな緩い感じで今日も授業が始まる。
「さて昨日の復習だ。匂い袋を兎に持たせる。上手く捕まえろよ。」
「勿論!噛まれるドジ属性じゃないぜ!!」
「じゃあ今から兎を放すからな。10分待ってから開始だ。」
「え!?」
「当たり前だろう本当は授業開始30分前に放す所、授業自体が早まったんだからな。」
「真面目すぎてスミマセン。」
「いや、良いことだ。ただ変な方向にだけは張り切らないでくれよ。」
それから何故か超過して30分みっちり算数のお勉強をして俺のうさぎ探しが始まった。
「匂いはこれだ。見つけてこい。」
「行って来ます!!」
軽く鼻で息を吸いあげ、足に力を入れる。匂い袋の香は極小な上に風で霧散している。森に入れば様々な臭いが混ざり合っていて微かな匂いを追いかけるのは大変だ。
でも昨日も見つけられたのだから見つけられない訳がない。
普段は意図して麻痺させている鼻を更に意図して動かす。機能すればあとは探して捕まえるだけだ。
枝の上に立ち、微かな風の音を聞く。次に飛び移る枝を見極めて跳んだ。
「っと、」
ヒヤヒヤする移動だが、匂いを見つけるのには効果的だ。
更に移動して草に紛れるうさぎを探す。たまに似ている匂いをした動物を捕まえそうになるが近付けば気付く程度の匂いなので問題ない。
すると耳がカツカツと何か……この匂いは草だな。を食べている音とメチメチ……カサカサ……と何か……大きいものが移動する音を拾った。草の匂いに紛れて匂い袋の匂いが漂ってきていた。ビンゴ!!
俺は大きい何かを無視してウサギを捕らえに動く。しかし大きい何かも同時に動いた。もしかしてこいつ……補食しようとしてる!?
素早くウサギをひっつかみ、ホルダーからクナイを取り出す。この大きいの結構早い!!
「クソ!」
目を閉じたままでは俺はまだ其処まで早く地形を把握出来ない。
一瞬止まった隙にソイツが襲いかかってきた。それをクナイで受けるが身体が軽すぎて吹き飛ばされる。
「うぐっ!!」
「ブッ」
木にぶつかって一瞬呼吸が止まる。ウサギが驚いて息を漏らした。
ヤバいウサギ死んだかも。
クテンとなった肉の塊を抱き締めて次の攻撃を避ける。いやに攻撃が早い。もっと集中して敵を感じ取る。嫌な予感と怖気が身体を震わせた。
こいつ……コイツ、まさか……!!
メチメチメチと聞こえた瞬間俺の精神がマッハで悲鳴をあげた。
持っていたクナイを棄てるためにデカイそいつに力の限り投げつけ、離脱に走る。おぞましい目にあった。きっともう今日は授業受けられない風呂に入りたい。乙女かよ。でもそうだろ?現代っ子は虫に弱いんだよ。
上手いこと刺さったらしくガチガチと背後から音が鳴りながらも距離は開いていく。良かったもう安全だ。しかし油断することなく早めに枝を跳ぶ。背後でバキリと嫌な音が聞こえた。えちょっ、マテマテマテマテ!!!!
バサァッと大きな枝が落ちる音がして直後、ブチリと千切れる音が耳に残った。これは……これは…………!!!
「うわああああああああああああああああああ」
アイツ動かない体を捨てて残りの部分で襲ってきやがった!!さっきより短くなったから動きが早くなってやがる!!
風の音なんて聞いてる暇ねえととにかく跳ぶ。火事場の馬鹿力なのか見なくても景色が見えるような感覚が脳を支配する。
遠くに見知った気配を感じて叫んだ。
「シカクさん!!ヘルプ!!」
「おお、デッカいの連れてきたな。よし、良い機会だ相手をしてみろ。」
「ヒィヤアアアアアアアアア」
動いてくれない!!この人動いてくれない!!マジかよお願いします本当にもう無理ですヤバいくらい無理ですからぁ!!
そう心で絶叫しながらホルダーからクナイを取り出す。ああ俺マジ良い子……。いややっぱ無理だわ無理無理無理無理!!!
「シカクさん!ちょ、マジでお願いしますよ!!」
「お前の力量なら倒せるはずだぞ。取り敢えずやれるだけやってみろ。」
「生理的に無理なんだって!」
「泣き言言うな。忍びは斯くあるべきって教わらなかったのか?」
「それでも嫌なもんは嫌でしょう!!?」
喋りながらも俺は只管攻撃から逃げている。絶対触れたくねえ。忍具だって有限なわけで、金だってかかっている。先程一本棄ててしまったからもう後がない。両親に申し訳ない。
サカサカサカサカと無数の足が空気を動かすのを感じ取る。俺、今日でもう死ぬかもしれない。
いやいやいやいや、諦めるな、諦めたらそこで試合終了ですよって安西先生が言ってた……!!俺って最強だし最強なんだし……最強……最……。
「くるなあああ」
走りながら石を拾い、力の限り投げつける。命中してもヤツは不死身なので少しの時間稼ぎにしかならないが、無いよりはいいはずだ。
「そんなんじゃいつまでたっても倒せないぞー!」
「代わりに倒してくださいー!」
「がんばれー!」
「くそっっ!」
恐怖も最早怒りに変わっていた。奴を殺さないと俺は助からないのだ。癇癪をおこしても仕方がないと思う。
俺は木の裏に行き、足に力をこめて……。
「っっせい!!!!」
ババババババドオン、という大きな音を立たせて巨木を吹っ飛ばした。
奴が!死ぬまで!俺は!自然破壊を!!止めない!!!!
二桁を超える樹木が倒れた後、漸くこの戦いも終止符が打たれたのだった。
「アラタ、これから3カ月は座学だぞ喜べ。」
「目を閉じたまま!?そんな殺生な!!??」
「確かに嫌がったお前を無理矢理戦わせたのは俺だが、忍びらしい戦い方をしないお前にはまず忍びの心得から始める必要があると判断した。この決定に変更はあり得ない。そしてお前の成績の悪さも矯正する。気を引き締めろ。宿題もしっかり出すからな。」
「わ、why……」
喜びの声が何故か物悲しいアラタだった。
アラタ君の初戦闘回でした。相手はムカデ様です。防御を捨てた捨て身の突貫は常軌を逸する。
この後シカクさんにみっちり虫克服教育を施されました。
シ「目を開けろアラタ。相手の生態を知らないから恐怖や嫌悪が生まれるんだ。先ずは虫について知るぞ。」
ア「え、ちょ、虫の腹を見せないでシカクさん!!」
シ「因みに中身はこうなっている。」
ア「うおあああああ」
シカクさん自身は自然破壊に教師の立場として処分が下り給料が少しばかりカット。奈良夫人に烈火の如くボコボコにされました。
シカマル氏はその間家出をしたとかなんとか。