ゲーム小説 幻想水滸伝   作:月影57令

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前書き
 プレイステーションよ、これがRPGだ!






第一章 運命の始まり
第1話 赤月帝国


「どうした? ティル。緊張しているのか? 安心しろ。“謁見”はすぐに終わる」

 

 そこに立っている自分の姿が映りこむ程、ピカピカに磨かれた大理石。白いその石に震えそうな足を奮い立たせてしっかりと立つ。そうして気を落ち着けていると父親から声がかかったのだ。黄色いマントに鮮やかな銀の鎧、息子から見てもカッコイイと思えるその姿。

 

「はぁーっ、ふぅーっ。そうだね、父さん」

 

「そのままのお前で構わんさ。皇帝陛下は厳しい方だが、恐れる必要はない」

 

 父親――テオの言葉でだいぶ気が安らいだ。ほっとする。父の言葉にはこちらを安心させる度量があった。まるで大樹に背を預けたような安心感を得られるのだ。だけど――僕は未来を思う。この人とも、僕は――。暗澹(あんたん)たる気持ちになる。世界を、恨むよ。

 

「テオ様。ティル様。謁見の準備が整いました。こちらへどうぞ」

 

 お城のメイドが僕達二人を呼んでくれた。案内に従って歩を進める。広間の奥に伸びる赤い絨毯に足を乗せる。これから謁見するんだな――僕は天にも昇るような気持ちになった。胸は高鳴りっぱなしだ。原作が、いよいよ始まるんだ。未来は暗いけど、大好きな物語だ。ドキドキする。

 

「帝国軍大将軍テオ・マクドール様。そのご子息、ティル・マクドール様。皇帝陛下との謁見の為ご入室致します」

 

 その声と共に父が絨毯の奥へと進む。合わせて自分も付いて行く。絨毯の両脇には大臣などが並んでいる。その中で一人目立つ女性がいた。噂の宮廷魔術師ウィンディだ。そしてこの物語の黒幕でもある。ここで殺せたなら――生まれてからずっと考えてきた。でも、当然そんなことはできない。武器なんて持ち込めない。物理的に無理だ。どうしようもない苛立ちを抑える。我慢しろ、今は謁見だ。

 

 絨毯の一番奥には「黄金の皇帝」と呼ばれる誉れ高き皇帝、バルバロッサ・ルーグナー様が玉座に腰掛けていた。この、赤月(あかつき)帝国の皇帝だ。

 

「陛下、ご機嫌(うる)わしゅう」

 

 先に陛下の前に進み出た父テオが(ひざまず)いた。僕も慌ててそれにならう。

 

「よく来てくれたな、テオ。お前と会うのは半年前の出征以来だな。どうだ、変わりはないか?」

 

 広間にバルバロッサ様の声が響く。その声は父よりも深く、落ち着いた声だった。父さんに慣れている僕が驚く程の、貫禄ある声だった。またその容姿も、聞いている話に違わず、恥じないものだった。彫りの深い瞳には限られた人間しか持ち得ない光を宿し、口の上に(たくわ)えた髭には威厳がある。黄金皇帝の由来となった金の鎧を纏った姿に、僕は完全に圧倒されてしまった。やっぱり、凄い。このシーンをずっと想像していたが、想像以上のモノがでてきた。

 

 陛下と言葉を交わしている者以外は跪いたままで――昨晩教わった通りに頭を下げていたが、しかしこれでは陛下の姿が見られないな。仕方ない。僕は二人の会話に耳をすますことにした。

 

「陛下と共に戦った継承戦争の頃と同じく。我が剣、我が軍に衰えはありません」

 

 継承戦争。この世界にとっては重要な出来事だが、これから始まる物語にとってはそこまででもない。まあ知っていれば世界への理解が深まるバックボーンとだけ認識してくれればそれでいい。継承者争いが起こって、バルバロッサ様が勝ったのだ。その時配下にいた六将軍(現在は一人去り五将軍だ)はとても有名。ちなみに争いに負けた相手の名前はゲイル・ルーグナー。

 

「頼もしい言葉だな。そうは思わんかウィンディ」

 

 ウィンディというのは、帝国お抱えの宮廷魔術師の名前だ。今は亡き前妻クラウディア王妃に似ていることから、バルバロッサ様の寵愛を受けているとの噂もある。……噂じゃないんだけどね。玉座に向かって左側にその女性の声が響いた。

 

「そうですわね。さすがは大将軍のお言葉です」

 

 少しだけ目を上げて見てみると、目を(みは)るような美人がそこにいた。ああ、美しい(ヒト)だなあ。僕の思考をよそに二人の会話は続く。

 

「テオ、お前も北方での不穏な動きは知っておろう」

 

「ジョウストン都市同盟が、盛んに兵を集めているとの情報が入ってきております。これは間違いなく、我が国の領土を狙ってのものでしょう」

 

 ジョウストン都市同盟。続編の幻想水滸伝Ⅱで舞台となる北の地だ。だが今はこの赤月帝国にとっては外敵だという程度の認識でいい。領土争いが絶えない地域なのだ。

 

「うむ。どうだ、テオ。北方の守りに出向いてもらえぬか? お前が行ってくれるならば安心だ」

 

「もったいないお言葉、ありがとうございます」

 

 すると陛下は一振りの剣を手に取った。

 

「この我が愛剣プラックは、幾度となく私を守った幸運を呼ぶ剣だ。お前に与える。持って行くがよい」

 

 プラックだよ。ブラックじゃないよ。PUだよ。

 

「身に余る光栄……。このテオ、必ずや陛下のご期待にお応えします」

 

 そう言った父は立ち上がるとバルバロッサ様のおそばに寄った。そして皇帝から剣を預かる。その所作を見ながら、僕は少しだけ心細い気持ちになった。父が拝命したということは謁見が終わるということでもある。このままでは自分は下を向いたままで、何もお言葉を頂いていない。せっかくの謁見なのに。

 

「頼んだぞ。無事に戻れよ、テオ」

 

 と、その時だ。

 

「テオ、その者は?」

 

「我が息子、ティル・マクドールにございます。まだ若輩者ではありますが、そろそろ陛下のお役に立ててもよいかと思い同行させました」

 

 その言葉に胸が高鳴る。自分にも陛下のお言葉がもらえるかもしれないのだ。あの陛下の――。

 

「よろしい。ティル、顔を上げるがよい」

 

 陛下の言葉に従い、僕は自分でも興奮しているのがわかる顔を恐る恐る上げてみた。顔が、目が、合う。

 

「ふむ、そちがテオの息子、ティルか。さすがにいい面構えをしているな」

 

「は、はい。恐れいります……」

 

「ティルよ、テオが北の守りについている間、父の代わりにこの帝国に力を貸してくれぬか?」

 

「も、もちろん。喜んで!!」

 

 ええい、どもるな、僕。緊張しすぎだ。

 

「なるほど。父に似て立派なものだ。私の楽しみが一つ増えたな。ちょうど近衛隊に欠員が出ている。明日から従事してもらうがよいか?」

 

 近衛隊――陛下の身辺警護などに携わる名誉ある部隊だ――に入隊が許されるとは。これだけで決めていいのだろうか? とも思うが、それだけ父親のテオを信頼しているのだろう。そう考えていると、父さんが緊張した僕に助け船を出してくれた。

 

「もったいないお言葉、ありがとうございます」

 

 父さんの言葉でようやく心がほぐれた気がした。背筋を伸ばし、陛下に向けて言葉を放つ。

 

「はっ! このティル、必ずや陛下のご期待にお応えします!!」

 

 先程父さんが言った言葉と同じ内容になってしまったが、気にしない。言葉を返すことが重要なのだ。すると横、右手方向から大臣が発言した。

 

「近衛隊隊長・クレイズ殿がティル殿の上官となります」

 

「ふふふ、可愛いぼっちゃんだこと。頑張りなさいねティル君」

 

 ウィンディもまた、自分に言葉をかけてくれた。僕はこの美しい人を殺すことになるのだろうか――? 殺したい、と思うことがあったこれまでの人生。だけどこうして会うと、そこには一人の人間がいるだけだ。僕と同じ人間が。

 

「ティルよ、テオ以上の働きを期待しているぞ」

 

 陛下の言葉に、父が答える。

 

「ありがとうございます、陛下。これで私も安心して北方へ向かうことができます」

 

「うむ、頼んだぞ。テオ」

 

 バルバロッサ様のその言葉で、謁見は終了した。父について謁見の間から退出する。これが、敬愛すべき皇帝であり、大いなる敵となる人物との出会いだった。たった一度きりの出会い。だけど世界はここから回り始める。ここから。

 

「さあ、帰るぞ」

 

 

     §

 

 

 謁見の間から出た僕達二人は、王城から出る途中に一人の男と出会った。

 

「おお、テオか。どうやらいい息子を持ったようだな。うらやましいぞ」

 

 そう言葉をかけてくれたのは、父と同じ帝国五将軍に数えられる「青い月のカシム」と呼ばれる五将軍随一の剣使い、カシム・ハジル将軍だ。

 

「冷やかすなよ、カシム」

 

 その後、二人はしばらく会話を交わしたようだが、細かな内容は覚えていない。謁見の興奮と緊張、そして嬉しさのあまりその後のことを良く覚えていないのだ。

 

 いや、覚えていることが一つあった。

 

「クレイズの部屋はここだ。明日からは、お前の上官になる。挨拶して来なさい」

 

 父から案内されたのは近衛隊隊長クレイズの部屋だった。そこで僕はクレイズと会ったのだ。こいつも――。

 

「ふん。お前がテオの息子か? 名前は?」

 

 その人物は、机の向こうで紫とピンク、赤の派手な服を着て座っていた。その男の姿を見た僕は、えもいわれぬ脱力感に襲われた。近衛隊隊長というからには、もっと貫禄のある人物を期待してしまうのに。

 

(これだもんなぁ)

 

 このクレイズという人物は、鎧も着ていなければ剣も持たず、ねっとりと油で撫でつけた髪を光らせ、口の横に細い髭。控え目に言っても軽薄な装いだった。おまけに声は、耳に障るような甲高いものだった。女子高生か。

 

「あ、はい……。名前はティルと言います」

 

 気の抜けた返事をする僕。

 

「ふん。大将軍の息子だろうが、ここでは特別扱いしないからな。わかったか。わかったらさっさと帰るんだな。仕事は明日からだ。明日の朝一番に、ここに来るんだぞ」

 

「は、はい。わかりました。」

 

 その高慢な態度に呆れながらも、僕は答えた。そして素早く部屋から退出する。あまり長居したい気分ではない。

 

「挨拶は済んだか? しかし、あんな小心者がお前の上官とは……。さて、そろそろ帰るぞ。グレミオが心配しているからな」

 

 父さんはそう言うと、自分の前に立って王城から出る道を歩き始めた。

 

 

     §

 

 

 屋敷に着いた。玄関で付き人のグレミオが迎えてくれた。長い金髪をうなじで束ねて背中に伸ばしている。緑のマントを羽織り、左の頬には十字傷。

 

「お、お、お帰りなさい。ぼっちゃん。ど、どうでした。うまくいきましたか? 皇帝陛下の前で失敗しませんでした? ぼっちゃん、グレミオはも~~う心配で、心配で……。でも大丈夫だったみたいですね」

 

 グレミオ、どもりすぎ。少しは落ち着いてよ。しかしそんなグレミオに、まさか自分も固まって言葉が出なかったとは(恥ずかしさも相まって)言えないので、僕は「まあ……、なんとかね」と適当なことを言ってごまかした。そんな僕達二人の横では父さんが笑っている。

 

「そんなに心配するなグレミオ」

 

 そんな父さんにグレミオは今気づいたかのような声を上げる。

 

「あ……! ああ……テオ様。いたんですか」

 

 こら使用人。

 

「い……、いたんですかとはなにごとだ! まったく、お前はティルのこととなると夢中だからな」

 

 呆れたように父さんが言う。グレミオめ。くすりと笑う。

 

「す、すいませんテオ様」

 

 そこで僕は自分の身に起きた出来事を報告した。

 

「そうだ、聞いてよグレミオ! 陛下との謁見で、僕、帝国近衛隊に抜擢されたんだ。凄いだろ!?」

 

 少しばかり胸を張って答える。まあこれは僕が凄いというより完全に父の手柄だが。

 

「な、ななんと、そうですか!! このグレミオ、今までぼっちゃんの世話をしてきた甲斐があるというもの。もちろんこれからも一緒です。私達も行きますから。いいですね?」

 

「え、でも……?」

 

 付き添いなんて許されるのかな? ゲームではそうだったけど、現実に生きるようになってからはその辺りの整合性が合うかどうか一々考えなくてはならない。現実的に考えてそれが許されるのか――? そこに父さんから声がかかる。

 

「いいんだ、ティル。お前にはまだ、みなの助けが必要だ。ティルの従者が三名、近衛隊に加わると隊長に伝えておこう」

 

 三名。グレミオ・クレオ・パーンだね。しかしテッドは……。

 

「お任せ下さい、テオ様! このグレミオ、命に代えてもぼっちゃんを守り抜いてみせます!!」

 

 父さんはその言葉に頷いて、屋敷から出て行く。きっとソニアさんの所だな。帝都を離れるので報告がてら愛……じゃなくて会いに行くのだろう。その後ろ姿にグレミオが一礼した。しかし僕はちと不満だった。

 

「お節介だね、グレミオは……」

 

 陛下から命令されたこともあり、僕は近衛隊の役目を一人でも立派にこなせる、ぐらいの気持ちだった。一人で任務をやれと言われてもやる覚悟だったのだ。もう子供ではないことをグレミオに証明してやろうと思っていた。しかし、命に代えても、か。嘘偽りない本心だから困る。僕のことなんてそんなに守ってくれないでよ――。

 

 と、そこで僕はグレミオが調理場のお玉を持っていることに気づいた。鼻をひくつかせると、調理場の方からおいしそうな匂いが。

 

「グレミオ、料理!」

 

「あ! シチュー! シチュー!」

 

 言うなりグレミオは調理場へ駆け込んでいった。立ち話に夢中になって、シチューのことを忘れていたらしい。料理ができるまで自分も二階の自室にいようと階段に足をかけたところで、扉の向こうからグレミオの声。

 

「そうそう、ぼっちゃん。テッド君がお祝いに来てますよ」

 

「ええ? 早く言ってよ!」

 

 初めて聞いた、という演技を自然に行い(十数年演技しっぱなしなのだ、さすがに慣れる)僕は階段を駆け上がる。今日テッドが訪れることは原作知識で当然知っているのだ。二階に上がると親友のテッドがそこにいた。青い服に栗毛の髪、そして決して外さない革手袋。

 

「ティル!! 皇帝陛下に会って来たんだろ! なあ、なあ、聞かせてくれよ。一生のお願いだからさぁ、な? 皇帝陛下の話しだよぉ」

 

 僕がこの人懐こいテッドに出会ったのは、約二年前のことだった。七年前の継承戦争で両親を失い、戦争孤児として各地を放浪していたテッドを、出征していた父さんが引き取って帝都グレッグミンスターに連れてきた。……という触れ込みだ。ホントは戦災孤児じゃないんだけどね。隠し事のある僕に、同じく隠しているテッド、か。

 

 テッドはこの屋敷に住むことを固辞し、近所に小さな家を借りて住みはじめた。戦災で受けた右手の火傷跡を人に見られたくないというのがその理由だった。いつも右手にしている革手袋(……)をのぞけば、テッドはごく普通の陽気な少年で、同年代の知人がいない僕はすぐに仲良くなった。

 

 各地を放浪して様々な体験をしてきた彼から、色々なことを学びもした。歳が十四と近いせいもあり、いつしか僕達はお互いを「親友」として認めるまでになっていた。……親友、か。言葉ではなんとでも言えるよ。自分の醜さ汚さに吐き気がする。僕がテッドと本当の意味で友人になれるのはいつになることか。

 

 二人で僕の部屋に入る。僕は誇らしげに自分が近衛隊に抜擢されたことを話した。少しの誇張を交えて。テッドは話が進むにつれて目を輝かせてきた。話がグレミオ達三人も一緒に入隊することになると、ニヤリと笑った。

 

「ティル、お願いがあるんだ……。一生のお願いだよ。おれもさぁ、仲間に入れてくれよ。孤児(みなしご)だった俺を拾ってくれたテオ様にさぁ、恩返しがしたいんだよ。な?」

 

 “一生のお願い”これはテッドの口癖だ。しかしそれにしても近衛隊の仲間にテッドを入れていいものか、少し迷った。僕の裁量で決めていいことでもないだろうし……。

 

 だがどうせグレミオやクレオもついてくるのだ。参加人数が何人になろうと構わないだろう、と一瞬で思い直した。無理と言われたらその場で考えよう。

 

「もちろん構わないよ、テッド。一緒に行こう」

 

「やった! これで俺を拾ってくれたテオ様に恩返しができるってもんよ」

 

 本当に、父さんに恩を感じているんだろう。すがすがしいまでのテッドの真っ直ぐさに、僕は目を細めた。いいなぁ。純粋に生きられて。

 

「さっすが、親友!! 心の友だぜ! ようし、本題だぞ! 皇帝陛下ってどんなヤツだった? それからさぁ……噂の宮廷魔術師ウィンディ様のことだよ……綺麗だったか? なぁ、なぁ、なぁ、なぁ……」

 

 それと話は別とばかりに聞いてきたテッドに、しょうがないなぁ、と思いながら謁見の様子を話してやる。

 

「なるほどねぇ。俺もウィンディ様の顔を見てみたいなぁ」

 

 テッドは宮廷魔術師ウィンディが気になっているようだ。彼女こそテッドの仇敵なのだが。

 

「なあ、ティル……いや、ははは……なんて言うのかなぁ……。なぁ、ティル。俺、お前に話しておきたいことがあるんだ。ティル、お前は秘密を守れるよな? なぁ、そうだよな」

 

 きた。テッドの秘密。だけど……。

 

「ぼっちゃーん。テッドくーん。夕食の準備ができましたよー」

 

 すると、廊下を(へだ)てた食堂から、グレミオの声が聞こえてきた。いいタイミングだよグレミオ。聞いたらどうなるのだろう。原作と違う未来になってしまうのが怖くて、僕は心の中で縮こまっている。僕はとても弱いのだ。

 

「んっ? お! メシのようだな。行こうぜティル。話はいつでもできるからな」

 

 気にはなったが、彼が自分で話を打ち切ったので、追求するのはやめておいた。

 

 

     §

 

 

 僕達二人は部屋を出て食道へと駆け込んだ。純白のクロスをかけた長いテーブルの上にはグレミオお得意のシチューと焼きたてのパンが並んでいる。うっひゃあ、美味しそうだ。席には父さんの他に二人の居候戦士もいた。

 

「ぼっちゃん、謁見はどうでしたか?」

 

 優しい微笑みを向けてそう言ったのは、飛刀を扱う女戦士クレオ。ある戦いでは、味方の陣を攻撃した騎馬兵数十騎をたった一人で片づけたと聞いたことがある。それほど精強な戦士なのだが、屋敷にいるクレオは、僕にとっても他の二人にとっても、姉同然の存在だ。

 

 その隣でシチューの匂いを嗅いでいるのは格闘家のパーン。継承戦争においては敵方の兵士だったが、大将軍テオの人柄に惚れ込んでその部隊に加わった男だ。それ以来テオに仕えている。信じられないほどの大食らいで、僕にしちゃあこちらは出来の悪い兄貴のようなものだった。ちなみに彼は特殊攻撃用の紋章を宿している。とても強い戦士だ。

 

 テッドに続いて僕も席に着き、グレミオがワインを注ぎ終えるのを待った。やがてグレミオも静かに席に着いた。

 

「グラスは満たされたようだな。みな聞いてくれるか。明日の朝には私は北方へ向けて旅立たなければならない。私がいない間はティルがこの家を預かることになる。皆はティルを助けてやってほしい」

 

 父さんは席を見回し、言葉を続ける。うう、少し恥ずかしいな。

 

「グレミオ。お前にはティルが幼い頃から付き人をしてもらっている。母のいないティルがここまで立派に育ったのも、お前のおかげだ」

 

 母親……か。会ってみたかったなぁ。しかし男のグレミオが母代わりというのもアレだね。

 

「いえ、私は……。これが私にとっては当然のことですし……。それに ぼっちゃんのお世話ができるのは、私にとっても喜びですから……」

 

 僕はグレミオのそう言われて嬉しいような気恥ずかしいような気持ちになった。グレミオはいつもそばにいてくれる。彼の頬に傷を作ったあの時だって。

 

「うむ。これからも頼むぞ。クレオ、パーン。お前達もティルを守り、力になってやってくれ」

 

「はい。テオ様」

 

「もちろんですとも。ぼっちゃんのことは任せといて下さい」

 

 クレオとパーンが返事をする。パーンは尊敬する父に息子である僕を任されたことが嬉しいのだろう。鼻息荒く意気込んでいた。

 

「テッド君。ティルといつまでも良き友であってくれ」

 

「ティルがイヤだって言ってもそうするつもりですよ。なあ、ティル」

 

 テッドがいつものお調子者のノリで言った。

 

「ああ。もちろんさ」

 

 僕も笑いながら答える。だけど心は破裂しそうだった。その横で父さんは、満足げに笑みを浮かべてグラスを手に取った。

 

「これぐらいにせんと料理が冷めてしまうな。皆、グラスを持ってくれ」

 

 皆がそれぞれグラスを持ったのを見てから、父さんが言う。

 

「我が息子ティルと、帝国に祝福あれ!」

 

「祝福あれ!」

 

 みんながグラスを空けて、食事会が始まった。食事の合間に笑い声や冗談が行き交う。美味しい料理で腹を満たし、楽しい気持ちで心を満たした。

 

 僕はこの夜を幸せな気持ちで過ごした。最後の晩餐、という言葉を、必死に噛み締めながら。

 







後書き
 主人公であるぼっちゃんの名前は、小説版の名前を採用しました。というより私が自分で幻想水滸伝を周回プレイする時は、必ずこの名前にしているんですよね。父親がテオなので、同じテの字を使うティルというこの名前、個人的に凄く気に入っています。
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