先に言っておきます。主人公の転生者バレはありません。絶対にやりません。……いや、今までに書いたSSでそれをやったらたいてい不評だったけど、そうではなく、このSSはコンセプト的にそれをやる作風ではないので。念のため言い添えておきます。
テオは北方へ旅立つ準備を終え、身の周りを整えていた。既に荷物は外に運び出してある。後は外に出るだけだが……。気がかりなことがあり、それが足取りを重たくしていた。荷物を運んだグレミオが後についてくる。
「テオ様、どうかお気をつけて」
「うむ、そのことなのだが……。既に話したと思うが、ティルが配属される近衛隊隊長はクレイズだ。適材適所が鉄則の我が国において、コネで仕官したような小心者が何故あんな重要な地位にいるのか、私は不思議でならないのだが……」
「あの男なら、私もよく存じています。テオ様のお気持ち、お察しします」
どうやらクレイズとはさほど評判の良い人物ではなさそうだ。テオはため息をつくと、廊下を進み、ティルの部屋の前に立った。静かに扉を開けて部屋に入る。
「しばらくお前の顔も見られなくなるな、ティル」
「起こしましょうか?」
グレミオが尋ねる。
「いや、いい。眠らせておけ。再び会えぬ別れでもなし。…………。グレミオ、くれぐれもティルのこと、頼んだぞ」
「はい。テオ様」
マントを
馬上の人となったテオは城壁を出て、街の外に待機していた部隊の先頭に立った。トラン湖を渡り北の国境へ向かう為、まずは西へ進路を取った。草原を進み、トラン湖が正面に見えたところで、テオは側近の部下二人を振り返った。
「アレン、グレンシール……。帝国は、陛下は変わられたと思うか?」
「それは……私にはわかりかねます」
質問の真意を計りかねたように、アレンは言った。
「私も、久しく帝都には戻りませんでしたし、今回の帰還で私は陛下の御前には出ませんでしたから……」
グレンシールがテオの心中を思いながらも答える。
「そうだな、すまない」
テオはそう言うと、朝日の下にそびえるグレッグミンスターを振り返った。先ほどの自分の問いの答えを求めるように。
§
チュンチュン、チュンチュンと雀が鳴いているのが聞こえる。少しやかましい。どうやら朝のようだ。扉が開く音がして、誰かが入ってくる気配がした。がさごそと鳴る物音で、完全に目が覚めた。こんなことをするのは一人しかいない。ベッドから身を起こして音の方に目を向けると、緑のマントと背中で束ねた金髪が見えた。グレミオだ。
「おや、起こしてしまいましたかね。おはようございます。ぼっちゃん」
起きた自分に気づいて振り返るグレミオ。
「あ、ああ、おはよう」
眠い目を擦りつつ、体を起こす。窓の外をみると朝日が空に昇っている。
「グレミオ、父さんは?」
「ぼっちゃんが寝ている間に、テオ様はもう旅立たれましたよ。ぼっちゃんが寝坊だから……。さて、今日からぼっちゃんも帝国の一賃として、頑張らなければいけません。そろそろ支度をしてクレイズ……様のところへ行きましょう」
父さんを見送れなかったのは残念だが、近衛隊の仕事はちゃんとこなして、少しの間だけだが皆に喜んでもらおう。支度をしてくれていたグレミオと共に階下に下りると、玄関には既に装備を調えたクレオとパーンが待っていた。
「おはよう! クレオ、パーン」
「……だから、次の休みの日に……。おっ、来た来た。遅いですよ、ぼっちゃん。今日はぼっちゃんの初仕事、腕が鳴りますね。噂の清風山の山賊退治か、トラン湖の化け物退治か、まあなんにしてもこのパーンにお任せあれ」
赤い服に銀の胸当てをつけたパーンがドンと胸を叩く。それよりパーン今ナニを話していた?
「調子にのるんじゃないよ。あんたは暴れることしか能がないんだから。私達の仕事はぼっちゃんを守ることなんだよ」
やはり銀の胸当てをつけ、腰に何本も飛刀を提げたクレオが言うと、パーンは口を曲げて肩をすくめた。
「もちろんわかってるって。さあ早くお城へ行きましょうや」
そこに革の袋に包んだ斧を肩に担いだグレミオが出てきた。これで全員揃った。いや、一人足りない。
「テッドがまだ来ていないね」
「彼も行くんですか?」
クレオが言うと同時に、玄関奥の客間からテッドの声が響いた。
「おーい、待ってくれよ、ティル。酷いなぁ」
小さな足音が響いて扉が開くと、弓を手にしたテッドがみんなの前に姿を現した。昨夜は客間に泊まっていたのだ。
「このテッドがいなけりゃ寂しいってもんだ。そうだろティル?」
「もうしょうがないなぁテッドは。……さあ、行こうか」
(先の短い近衛隊生活だけど、せめて任務はちゃんとこなそう)
ここで頑張れない人間なら、どこへ行っても頑張れまい。そう思い、力を尽くすことにした。
§
僕達一行はグレッグミンスターの街へと出ると、城へ向かった。城の広間を抜けたら近衛隊の控え室へと入る。そこでクレイズが昨日と同じ格好で椅子に腰掛けていたので、挨拶をする。
「ふん。テオの小倅か。遅かったな。いつまでもおぼっちゃん気分では困るぞ」
昨日と同じく高圧的な態度で接してくる。それに反論しようかと口を開きかけたが、初日から上官に口答えするのも悪いと思い、矛を収めた。
「早速だが、お前の初仕事だ。一度しか言わんからよく聞いておけよ。グレッグミンスターの北東に、魔術師の島がある。ここに占い師のレックナート様が住んでいる。そこへ行って“星見の結果”をもらってくるのだ」
「はい、わかりました」
僕は任務の内容を正確に把握し、返事をした。いよいよだな。レックナート、か。彼女は大事な人だ。
「魔術師の島には船は出ていない。代わりに
ウィンディの妹だから、という理由では緊張しない。だが、彼女本人の人格やその他もろもろでは気をつけざるをえない。それと、僕の知識が確かならあの二人は直接の姉妹ではないはずだ。同じ一族の女性は全て姉妹として扱うとかなんとかで、血の繋がりは非常に薄いらしい。
「は、はい」
近衛隊の控え室から出ると、緊張していた息をふぅっと吐いた。
「ぼっちゃんの初仕事だから張り切っていたのに……。なんだよ、おつかいかよ。僕たちゃガキじゃないんだぜ、なんか、こうもっと血のたぎるような……」
パーンがパッとしない任務に対してぼやく。お使いも重要だよ。するとクレオがそれを
「そう言うなパーン。それに“星見の結果“は国を治めるのに、大事な意味を持つ。お前が言うほど悪くない仕事さ」
「そうですね。それに、この仕事なら危ない目に遭うこともないだろうし……」
グレミオは自分のことを気にしているらしい。そんなに気を回さなくてもいいのにな。自分だってもう一人前の男だ。自分の尻は自分で拭けるさ。
「あ、いえ、決してぼっちゃんが頼りないとかそういう訳ではないですけど」
そう思っていたらグレミオがフォローしてきた。どうやら彼は自分が一人前であろうとなかろうと心配するらしい。
「よし! それじゃあしっかりと仕事を終えて、クレイズ隊長を驚かせてやろう」
沈んだパーンの調子を取り持つように奮起させるように言葉を放つ。爽やかにいこう! どうせこの後は暗くなるんだし。……えいくそ。
「そうだな! それにティル、どうやら俺達竜に乗れるみたいだぜ。それに竜騎士にも会える!! いいなぁ竜騎士、かっこいいよなぁ。早いところ行こうぜ!」
テッドは竜に乗れることが嬉しくて仕方ないらしい。僕も竜を見たいという気持ちがあったので、少しばかり急いで家畜小屋に向かった。
家畜小屋の前には、クレイズの言った通り竜がいた。黒い色の竜で、全身を覆う黒い鱗を日の光の下で輝かせている。背中の翼の間には、
竜洞騎士団はグレッグミンスターの遙か西、ロリマー山脈に拠点を置く軍事勢力で、帝国とは友好関係にある。騎士団長のヨシュアは一角の人物だ。それ以外にも色々と秘密のある方でもある。
とにかく、帝国と親しい為、僕も時々城の上空を旋回する竜を見かけることがあった。だけどこんなに近くで見るのはさすがに初めてのことだ。小さな部屋ほどもある体は黒い鱗に覆われ、口からは白く輝く牙がのぞいている。足は大人一人なら簡単に握りつぶせるくらい大きく、爪は大鎌ほどもあった。もしもこの竜が暴れ出したら、周囲は酷い惨状になるに違いない。身じろぎしただけで大騒ぎだ。
RPGらしく中世のような世界観である為、当然自動車やバイク、飛行機などと言った乗り物はない。この竜のように空を飛べる魔物でなければ空は飛べないのだ。ちなみに、科学技術などは未発達な世界だが、中には飛びぬけた発明などもあるので、一概に中世と言って馬鹿にできない。
よく見ると、竜の前には一人の少年がいた。歳は僕やテッドよりも幼く見える。実際、確か幼いはずだ。薄い胸当てで体を包み、頭に竜の翼を
僕は少年の目の前で立ち止まった。
「もしかして君が竜洞騎士団の……?」
「あんたらが近衛隊の人達かい? 俺は竜騎士見習いのフッチ。こっちは俺の騎竜ブラック。おい、ブラック挨拶しろ」
少年――フッチがそう言うと、ブラックと呼ばれたその竜が大きく口を開け、雄叫びをあげた。その迫力は凄まじくて、僕達だけでなく、厩舎の馬までが驚くほどだった。ここでフッチと初対面だ。彼も色々と大事な人だ。竜洞騎士団は色々と……ああ、また嫌な思考が。頭を軽く振ってマイナス思考を追い出す。悪いことが山積みの未来だが、その中で最善を尽くすって決めたじゃないか。
「へへっ、可愛いだろ。あんたら魔術師の島まで行くんだってね。このブラックならひとっ飛びさ」
フッチはそのあどけない顔を自慢げに崩すと、肩をすくめた。するとそこにテッドがすたすたと進み出てきて、フッチの前に立ったかと思うと値踏みするかのような目で見回した。
「なんだ。竜騎士って言うから期待してたのに、ガキじゃないか」
テッド、言い方! じゃなくて言っている内容も酷い。そんなこと言われたら相手は嫌な気持ちになるだろ!
「なんだって!! そういうお前だってガキじゃないか! 偉そうに言うな!!」
やはりテッドの見下すような物言いが勘に障ったのか、フッチは口から唾を飛ばしながら食ってかかった。するとテッドも負けじと言い返す。
「なんだと! この俺がガキだって!! こう見えても俺は三百年……」
あほう、激発するな! 秘密が漏れてんぞ! そこでグレミオが二人の間に割って入った。
「はい、はい。喧嘩はそれぐらいにして、早いところ出発しましょう」
「離してくれよグレミオさん! こいつは俺のことをガキって!!」
テッドは収まりがつかないのか、グレミオに背中を掴まれながら暴れている。せ、精神年齢が相応でどうするテッド。もっとおおらかにさ。
「やれやれ、先が思いやられるね」
クレオが嘆くようにそう言った。
「フッチ君。機嫌を直して早いところ、乗っけてくんないかな」
更にパーンも睨み合う二人の間に割って入る。
「ああ、それじゃあとっととブラックの背中に乗りなよ」
フッチはぶっきらぼうにそう言うと、先にブラックの背中に飛び乗った。僕達もその後に続く。背中の篭はさすがに六人も乗ると窮屈だったが、なんとか体を収めることができた。
「ようしみんな乗ったかい? しっかりつかまってないと振り落とされるぜ。まあ、落ちてもいい奴が一人いるけどな」
「なにー!!」
フッチのその言葉にまたテッドが怒りをあらわにする。
「危ないねぇ。篭の中で暴れるんじゃないよ」
クレオが首をすくめながら言う。
「ようし、行け! ブラック!!」
フッチの叫びと共に、ブラックがもの凄い勢いで羽ばたいた。風圧があまりに強く、僕は目を閉じた。篭がガクンと揺れたかと思うと、奇妙な浮遊感が体を襲った。そしてやっと目が開けた時、ブラックは高く高く空を舞っていた。
(空を、飛んでいる――!)
初めての体験だった。前世の飛行機なんか目じゃない。青空を突き抜ける飛行。それは僕の心にも光を照らしてくれた。前途は、明るい気がした。……多分気のせいなんだろうけど。
§
僕達はトルナ運河の河口にある魔術師の島に到着した。島の中央に立つ魔術師の塔から少し離れた岩場に降り立つ。確かレックナート様は結界を張って閉じこもっているはず。でも結界ってどんなものなんだろう?
「ほい、着いたぜ。あんまり速くて、目を回しちまったかい。さあ、俺の役目はここまでだ。あんたらの仕事が終わるまで、ここで待ってるよ。そいじゃ、気をつけて行ってきな」
大丈夫だ、と強がりたいが、体はまだ不思議な浮遊感に包まれていた。フッチは竜に乗り慣れているようで、何事もなかったように軽い足取りだが、こちらはそうはいかない。
「ありがと、う。じゃあ、また、あとでね」
僕達は塔へ向かおうと、おぼつかない足取りで森へ入る。レックナート様がいるという塔の姿を視界の先に見ながら、森を進んで行った。
森にはひいらぎこぞうや、もさもさと呼ばれる魔物が出たが、僕ら五人は難なくその敵を蹴散らしながら進んだ。手で握れば潰せるほど小さいひいらぎこぞうに、体当たりするしか能のない毛玉のもさもさだ。当然だね。
魔物は世界で流通している貨幣、というより魔物が落とす鉱物を貨幣として世界に流通させていると言った方が正しいが、とにかくそれを落とすので撃破した後はそれを拾う作業が待っている。少々面倒だが大事なことなので忘れずに行う。ちなみに通貨単位は「ポッチ」だ。
それ以外にも特定の魔物は特殊な素材などを落とすこともあるので、それらについても注意が必要だ。まあ普通に戦闘をする時にはそんなことを考えたりはしないけどね。魔物専門のハンターや狩人でもない限り、素材集めなんて別のゲームのようなことはやらないよ。
魔物を倒しながら進んでいると、しっかりした石造りの塔が姿を現した。外壁は灰色だが、苔や絡みつく蔦などによって所々緑色が見える。そして例えようもないほどの高さまで伸びている。一体どうやってそこまで石を運び上げたのか不思議に思うくらいだ。まあ紋章魔法を使ったのかもしれないが。
「さあ、早いとこ星見の結果をもらいにいこう」
僕はそう言うと、塔に向けて足早に駆け出そうとした。
「こんな島にお客とは、めずらしいな。これは早速おもてなしをしないとね。我が真なる風の紋章よ……」
きたな! 声と共に現れたのは、ゆったりとした白い衣服の上に緑色の胴衣を着込んだ一人の少年だった。少年が手をこちらに差し伸べたと思ったら、僕達の目の前にクレイドールと呼ばれる岩石型の魔物が現れた!
「皆、気をつけろ!」
僕は皆に声をかけると、頭に巻いた緑のバンダナを結び直し、自分の背丈ほどの黒い棍をしっかりと握りしめた。敵は岩石が人型に組みあがった形をしている。攻撃の方法も限られているのでそう苦労はしないはず。
戦闘が始まった。僕の棍とクレオの飛刀、テッドの弓矢で牽制し、隙ができたところにグレミオとパーンの息を合わせた協力攻撃、斧の斬撃と拳の打撃を同時に当てる攻撃をメインに攻め立てた。
「はぁっ!」
「オラァ!」
クレイドールの耐久力は高く、何度か攻撃を重ねねばならなかったが、二度目の協力攻撃がヒットしたら敵の体は崩れた。敵の攻撃は自分の体を構成する岩を投げてくるだけだったので、ひらりと回避してやった。
「へええ、すごいね君達。僕の術を破るなんて、さすがは帝国近衛隊というところかな」
少年はこちらが帝国近衛隊だとわかっていてやったらしい。随分と度胸のある人物のようだ。まあ来歴を考えれば当然か。そして術というのは魔物を召喚したことだろう。風の魔法でそれを行ったはずだ。
「ふざけんな! 俺達にウラミでもあるのかよ」
パーンがいきり立つ。
「まあまあ、そんなに興奮しないで下さいよ。ねえ、お兄さん達。聞いていますよ。君達はレックナート様に会いに来たんでしょう。本物かどうか、試してみただけです。どうやら本物みたいですね。こちらへどうぞ。お客様方」
「君は……?」
僕が
「僕はルック。レックナート様の一番弟子さ。お兄さん達は“星見の結果”を取りに来たんだろう?」
ルック……。僕は少しばかりの寂寥を胸に抱いた。
「そうです。レックナート様はいらっしゃいますか?」
ルックの瞳を見つめたまま言う。しかしルックはこちらの質問に答えず、僕の瞳を見据えると笑みを浮かべたまま何度か
「ふうん、なるほどね。そうか、そういうことか」
「そういうことって、何が?」
この時点でもう気づいているのか? 原作にそんな描写は無かった……いや、これはつまり、この世界が現実だという証明だ。彼は一つの命を持った存在なんだ。考え、行動する、一人の人間。だから気づいたのか。
「いや、こっちの話さ。じゃあ、案内するからついといで」
ルックは
「レックナート様はこの階段の一番上にいるからね。じゃあ、僕は先に行っているよ」
「え、ちょ、ま」
ルックはそう言うと、突然白い光に包まれた。ルックの体から大小さまざまな光が飛び出した。思わずまぶたを閉ざすと、その向こうで閃光がやみ、僕が目を開くとルックはもうそこにはいなかった。
「これは風の魔法ですね。瞬間移動なんて、かなりの上級魔法ですよ」
クレオが感心したように言う。僕も頷く。
「さすがはレックナート様の弟子だね。こんな魔法、僕は見たことないよ」
初めて見る高等魔法に感心していた僕達五人だったが、塔を昇り始めてからはそんなことも言っていられなくなった。ながーーーーーーいのだ、階段が。何しろ高い塔である。石の階段で昇ろうと思ったら、スタミナ自慢のパーンが音を上げるほどの長さだ。最後まで昇りきって最上階に辿り着いた時には、その先にいたルックの冷ややかな笑顔に皮肉を言う元気も残っていなかった。僕もそれなりに鍛えているつもりだが、息はこれでもかというほどに乱れている。
(こ、こんにゃろめ)
ルックのそばには背の高い一人の女性が立っていた。この人が、レックナート様。
「お待ちしておりました。帝国からの使者の方々」
レックナート様は、白い絹のローブを纏った、透き通るような肌の美しい女性だった。その美しさに圧倒されつつも、言葉を押し出す。
「初めまして。レックナート様」
「あら、今年は可愛い使者ですのね」
「え?」
驚いて目を見開く。
「可愛いだってさ、どんな気分だいティル。悪い気はしないか?」
テッドがまぜっかえすようにそう言う。いや、そりゃあ悪い気持ちにはならないけどさ。
「貴方も立派な帝国軍人ですもの、可愛いだなんて、失礼でしたね。“星見の結果”は用意してあります。こちらへどうぞ」
ローブの裾を揺らし、レックナート様は扉の向こうにある隣の部屋へと移動した。
「ぼっちゃん。レックナート様のところへ……」
グレミオが促す。
「ぼっちゃん、早いとこ“星見の結果”をもらって帰りましょうよ。腹が減ってきて……」
パーンは腹を空かせているらしい。腹ペコ野郎め。
「ティル、レックナート様って綺麗だな。早く行って来いよ」
「これで、星見の結果をもらえば一安心ですね」
クレオの言う通り、結果を受け取れば任務は完了だ。早いところ行ってしまおう。僕は武器である棍をグレミオに預け、レックナート様を追いかけて隣の部屋へ入った。高い天井を見上げると、壁にはめ込まれたステンドグラスから青い光が差し込んでいる。
(綺麗だ)
僕はその見事さに感嘆していた。たしかここの窓は後で……。と、考えを振り払って任務のことを思い出すと、レックナート様のところへ近寄った。彼女のローブも冴えた青い色に染め抜かれている。
「帝国の使者の方。ここに“星見の結果”があります。どうぞ、お持ち下さい」
僕は「ありがとうございます」と、お礼を言ってそれを受け取ろうとした。
「……!」
結果を受け取った直後、レックナート様が体を揺らした。そしてこちらを見る目が変わった……ような気がした。書状を受け取りながら顔を上げると、レックナートは僕に顔を向けたまま黙り込んでいる。先程まで浮かべていた優しい笑みはなく、代わりに厳しい表情がこちらを見返していた。「僕」に気づいたか。
「貴方、お名前は?」
「ティル……ティル・マクドールと言います」
「そう、ティル……優しい名前ね」
そう言うとレックナート様は黙った。沈黙に耐えきれず、僕は試しに聞いてみた。
「レックナート様、僕のことで何か気になることでもあるのでしょうか? 先ほどの、ルック君でしたか――もそんなことを言っていましたが……」
やっぱり、気づいているのだろうな。この人も。
「ティル……。お聞きなさい」
僕に背を向けて、レックナート様は高い天井を見上げる。
「私は星見の魔術師。星の流れを見て、そこに未来をみとるのが仕事。しかし、未来とは定められたものではありません。私にわかるのは、その大きな流れだけ……。ティル、貴方は世界の大きな流れの中で、厳しい宿命を背負わされています。それは、辛い選択であったり、癒されることのない悲しみかもしれません」
「ぼ、僕が、ですか……?」
驚き戸惑っている演技をする。んなこたーこの世界に生まれた時から知っていますよ。レックナート様が振り返る。
「そして、その結末は私にも知ることはできません。ただ、一つだけ……。貴方の運命は常に貴方の手中にあります。忘れないで下さい。貴方が正しいと思えることを選び取るのです。わかりましたね」
僕の運命は僕の手中に。それと、
(僕が、正しいと思えることを、か)
なら、選び取ってやろう。未来を。命を。
「レックナート様……。貴重なお言葉ありがたく思いますが、突然そう言われましても、僕には……」
戸惑ったように言葉を放つ。演技演技。
「そうですね、ごめんなさい」
レックナート様の表情に、優しさに満ちた笑みが戻る。
「でも、何か辛いことがあった時には、私の言葉を思い出して下さいね」
「わかりました……」
素直に、そうしようと思えた。
「“星見の結果”を渡します。これで、私の仕事は終わりです。しかし、貴方とは再び巡り会うことになるでしょう。これは“星見”ではなく、私の願いですけどね」
僕は、星見の結果を粛々と受け取った。レックナート様の後についてステンドグラスの部屋から出たが、なんだか狐につままれたような気分だった。
「おっ、やっと出てきたな。随分と長かったじゃないか。中で何してたんだ? オイ?」
というテッドの下世話な言葉にもろくに返事をすることができず、曖昧に返答した。ナニを想像したんだ、ナニを。
「早くしないと、フッチの奴が待ちくたびれて帰っちまうぜ。用がすんだなら、とっとと戻りましょうや」
パーンのその言葉に、やっと「ああ、うん」と返事をした。
「まったく、あんたときたらレックナート様に失礼だぞ。それとも、腹でも減ったのか?」
クレオ、パーンはいつもお腹を空かせていると思うよ。
「うるせー」
自分達のそんな様子を見ていたレックナート様が笑う。
「ふふふ、こんな何もない所では退屈でしょう。岸までルックに送らせます。ルック」
「はいはい。わかりましたよ、レックナート様」
「ティル達を岸べまで送ってきなさい。くれぐれもイタズラはしないように」
「もちろんですよ。この僕がそんなことすると思っているんですか? 酷いなぁ」
レックナート様に言われたルックは、不敵に笑って一歩前に出る。するんだなぁ、これが。
「レックナート様、では、これで失礼させてもらいます」
クレオが挨拶の言葉を述べる。すると……。
「貴方……」
レックナート様がクレオの前まで進み出てきた。
「はい?」
「貴方は、ティルを守るのが役目。これをお持ちになって下さい。必ず役に立つはずです」
クレオの手に渡されたのは……紋章の封印球だった。僕の知識が確かなら、火の封印球だ。強力な力を宿している気配がする。クレオにこれが渡るっていうのも象徴的なんだよね。
「ティル。私の話したこと、忘れないで下さい」
「それじゃあ行きますよ。みなさん目をつぶって下さい」
ルックに言われた通り、恐る恐る目を閉じた僕達を強い閃光が包んだ。
「――我が真なる風の紋章よ、その力を示せ」
§
「遅いなぁー。おいブラック、先に帰っちまうか? なーに、大丈夫。近衛隊の方々なら何とかするだろう」
聞き覚えのある声に目を開くと、フッチが
「んっ。うわっどういうことだこりゃ。もう、元の所に着いてるぜ」
パーンが驚きの声を上げる。
「さすがはレックナート様の弟子ですね。全員をいっぺんに移動させることもできるなんて」
「それはいいけど、テッド君の姿が見えないようだが……」
グレミオの言葉を引き継いだクレオの言葉で、ようやくテッドがいないことに気がついた。すると、中空にテッドが光と共に現れた。テッドは空の上に放り出されたことでばたばたと空をかいていたが、やがて地面に落っこちた。
「いててて、ちきしょう! やりやがったな! どうしてこう、こまっしゃくれたガキばかりなんだ?」
その言葉を聞いたフッチが反応した。
「何だって、そりゃどういう意味だ!」
「もういい加減にして下さい。喧嘩にはうんざりですよ」
グレミオが本当にうんざりといった声を出す。
「フッチ君、すまないけどもうひとっ飛び頼むよ」
僕が頼むとフッチはそそくさとブラックに飛び乗る。
「ようし、やっと戻れるのか。さあさあ、乗ってくれ。ぼやぼやしてると置いてくぜ」
その言葉に従って乗り込むと、グレミオが声をかけた。
「み、みんな乗りましたよ」
「くっそ、せめぇなぁ」
パーンが狭い篭の中でばたついている。やめろって。
「ようし、行くぞブラック、帝都までひとっ飛びだ!」
六人が篭に乗り込むと、ブラックが力強く羽ばたき、皆を風の中へと運んでいく。篭は相変わらず窮屈だったが、皆の顔は任務を果たした安堵感から自然とほころんでいた。
しかし僕だけは、雲の彼方を見つめたまま黙り込んでいた。
大きな流れの中で――。
厳しい運命――。
その二つの言葉が、どうしても頭から離れなかったんだ。
後書き
ウィンディとレックナートは直接血が繋がっていない。初めて聞いた時は「え!? 繋がっていないの!?」と驚いたものです。
初めての戦闘、初めてのボス戦。しかし描写はあっさりと。ひいらぎこぞうやクレイドールで何を描写しろってんだよ……。