「お帰りなさいませ、カナン様。山賊どもはどうなりました? えっ、引っ捕らえてきたんですか!! グレィディ様を呼んできます。しばしお待ち下さい」
軍政官の屋敷を訪れると使用人が迎えてくれた。山賊を捕らえてきたことを報告して、クレィディを呼んできてもらう。
「お早いお帰りで。さすがに近衛隊の方々ですね。税金泥棒をこんなに早く捕まえてくれるなんて」
グレィディのその言葉に、縄で捕まえているバルカスが噛みついた。
「税金泥棒だと! そいつはお前のことじゃないか!」
また帝国を税金泥棒呼ばわりだ、やはり帝国は……。山賊行為は山賊行為、税金泥棒は税金泥棒。個別に考える必要がある。だがグレィディは構わずに話を進めた。
「こいつらは、ここの牢に閉じ込めておくことにしましょう」
バルカスやシドニア、それに手下の山賊達が引っ捕らえられて行く。まあ彼らが罪を犯しているなら、帝国軍にいる僕らはそれを取り締まるのが仕事だ。今はこうするしかない。
「カナン様」
「なんだ?」
グレィディは何やら包みをとりだすとカナンに差し出した。
「これをお持ちになって下さい。村からの心ばかりのお礼です」
「おお、これはすまないな。これは物騒だから俺様が預かっておこう」
「カナン様、それは賄賂に当たるのでは……」
僕が口を挟むと、カナンは唾を飛ばして反論してきた。
「何を言うか! 心ばかりのお礼と言われたのが聞こえなかったのか! これはそんなやましいものじゃない!」
賄賂などもってのほかだと思ったが、カナンの勢いに押されてしまった。
(このクソ野郎。今に見ていろよ。悪行には罰を、かならず裁きを受けさせてやる)
「さあ、お前らお・れ・さ・ま・の大活躍で山賊も引っ捕らえた。とっととグレッグミンスターに戻って早くクレイズ様にお・れ・さ・ま・の手柄話を聞かせたいからな」
その言葉を最後に、一行はロックランドを去ることになったのである。僕の胸に、忸怩たる思いを残して。
§
馬を飛ばしてグレッグミンスターに戻って来た。道中魔物の襲撃なども適度にありはしたが、この近辺の魔物はそれほど強くない。物語後半は別だけどね。なんとか無事戻ってくることができた。
「ようし、お前らはここまででいい。クレイズ様へは俺様が報告に行く。お前らは家に戻ってゆっくり休んでいいぞ。ああ、僕様はなんて優しいんだろう。ぐへへ」
カナンは芝居がかった調子で歌い上げるように言う。ぐへへて。
「ああ、ああ、優しくて涙が出て来るよ。あの野郎、手柄を独り占めする気だ」
パーンが小声でぼやく。
「いいじゃないか、パーン。あの程度の手柄、いつでも立てられるよ。それよりも、私は疲れた。早く家に戻って休みたいけどね」
クレオは大きく構えている。本当に手柄なんてどうでもいいと思っているのだろう。器の大きい人だ。
「ぼっちゃん。久しぶりに我が家に帰って来たんですから。今日はごちそうにしますよ」
グレミオのその言葉にテッドが反応する。
「やったぜ。グレミオさんの料理はピカイチだからなぁ」
だがそこにカナンが口を挟んだ。
「テッド。お前は俺様と一緒に来るんだ」
「ん? 何かな」
テッドは不思議そうに返事をした。きた。きやがった。
「何、それほど大した事じゃない。すぐにすむから一緒に来るんだ」
「わかりましたよ。じゃあちょっと行ってくるよ。カナンがなんて言ったって構うもんか。皆がどれだけ一生懸命戦ったかってことを、あのクレイズによく言い聞かせてくるからな。ティル、先に帰っててくれよ。後から行くからさ。それから、話すこともあるし……」
「テッド……」
どうやらテッドはクレイズに取りなすつもりらしい。だけどこの先の展開を思って、僕の胸は痛んだ。すまないテッド――。
「行くぞテッド」
「気にするなってティル。夕食までには必ず戻るからさ」
そう言ってテッドは、カナンと共に馬を歩ませ、城壁に入っていった。絶望の先へと。
「ふう、久しぶりの我が家だ」
パーンが家に着いて軽く息を吐く。
「ぼっちゃん。すぐに食事の支度をしますからね」
やがて夜も更け、グレミオお得意のシチューが食卓に並べられた。嫌なことは全て忘れ、みなで久しぶりの夕食を楽しむはずだったが……。
「ふーっ食った、食ったぁ。ここのところ、ほしにくばかりだったからなぁ。なんか久しぶりに人間の食い物を食った気がするぜ」
パーンはごちそうを平らげてご機嫌だ。
「何言ってるんだい。腹さえ膨らめばなんでもいいくせに」
「まぁ、そりゃそうだ。ハハハハハハハハハハハ」
テッドを待っていた皆だったが、あまりに遅いため、先に食べることにしていたのだ。普通ならばこの後見られるであろうテッドのふくれっ面を想像してしまった。
「ぼっちゃん。お茶が入りましたよ」
既に食器は下げられ、食後のお茶が入れられる時間になってもテッドは戻ってこなかった。テッドのことが心配でせっかくの食事もあまり味を感じられなかった。
「遅いですね、テッド君。用がすんだらすぐ来るって言ってたのに。シチューが冷めてしまいますね」
グレミオもテッドを心配しているようだ。
「しかしぼっちゃん、気になりますね。いえ、どうも世間では帝国軍の評判があまり良くないみたいですから」
ロックランドの子供のことがあったからだろう、パーンがそんなことを言った。
「そうだな。私達が戦った継承戦争の頃から見れば落ちたもんだな」
継承戦争――それは七年前に起こった皇帝バルバロッサとゲイル・ルーグナーとの継承権争いだ。パーンもクレオも、その頃からテオに従って戦っている。歴戦の猛者だ。
「クレイズやカナンみたいな奴らがのさばっているから、評判が落ちるんですよ」
グレミオも体制を批判する。年若い自分と違って、大人達は移り変わる時代に思うところがあるのだろう。
「テッド、遅いな。僕ちょっと見てくるよ」
僕はそう言うと、食堂を出て階段を下りた。下りた先には、いつの間に玄関をくぐっていたのだろうか、テッドが倒れていた。
「テッド!」
「う、ううう……」
テッドの体はおりから降った雨に濡れて冷たくなっていた。それに傷を負っているらしく、血も出ていた。
(くそっ。なんて傷だよ……もっと早く気づいてやりたかった!)
「ぼっちゃん、こ、これは……」
僕の叫び声を聞いたグレミオが階下に下りてきた。
「クレオさーん!! パーンさーん!! 力を貸してくださーい!」
その声でクレオとパーンも来てくれた。
「テッド君! どうした、大丈夫か?」
パーンがテッドに声を掛ける。
「すごい血、それもこの傷口は普通のものじゃない。魔法か?」
「何をしているんですか。まずは中に運ばないと、ぼっちゃんも手を貸して下さい」
そのグレミオの言葉で、傷ついたテッドに気後れしていた自分は目が覚めた。テッドを助け起こそうとする。
「いいですか、肩に手をかけて、せーの」
§
テッドはみんなで一階のクレオの部屋へ運び入れた。とりあえず傷の手当てをしてある。傷口はお湯で清めた布でぬぐった。テッドの傷は深く、右腕から胸にかけて大きく肉が裂け、その周囲は火傷のように膨れ上がっていた。
「一体何が……城から戻る道で強盗に襲われた。そんなところか? それにしても魔法の傷痕というのはおかしいな」
可能性を考えるとしたらそれぐらいしか考えないか……。
「魔法……。テッドは誰かに、魔法で襲われたっていうのか……」
「おっ目を覚ましたぞ」
「う、う、ん、ティル……こ……ここは? あいつら、近衛隊の……奴らはまだ来ていないのか。た……助けてくれティル」
「心配するな。テッド」
とっさに言葉がでなかった。そんなことしか言えない。
「大丈夫ですよ。安心して下さい。落ち着いたら、慌てずに何があったか、教えてくれますか?」
グレミオが自分の言いたいことを全て言ってくれた。
「グ……グレミオさん……、……実は……」
『早くしてくれよ。腹が減って仕方がないんだ』
テッドは待ちきれないという風にぼやく。
『黙って待ってろ。今クレイズ様がウィンディ様に話を取り次いでいるんだ』
カナンが鷹揚に答える。するとクレイズが部屋から出てきた。
『ふん。ようし、テッド。私と一緒に来るんだ』
『はいはい』
クレイズに連れられて部屋に入る。そこでテッドはその女性と出会った。
『久しぶりね。可愛い少年よ。三百年前とちっとも変わってないじゃないか。うらやましいねぇ』
テッドはその女性の顔を見て驚いた。自分が絶対に会いたくないと思っていた女性だったからだ。
『お前は! あの時の女魔法使い!』
「おや、覚えていてくれたのかい。嬉しいね。もちろん私はお前のことを忘れたことなどなかったけど。さあ、その右手の紋章、今度こそ渡してもらうよ」
『冗談言うな! こいつはお前にだけは渡さない! お前に渡すくらいなら』
テッドは右手の紋章を構えた。
『何をするつもりなの!』
ウィンディが目を大きく開いた。
『呪いの紋章“ソウルイーター”よ。その力を示し……』
ウィンディが力を使おうとするテッドを慌てて止める。
『馬鹿なことはやめなさい。こんな所で力を使ったら、自分もただではすまないわよ!』
テッドは、己の力を、暴走させた。
「ティル……た、頼む……」
テッドはうめくようにそう言うとまた気を失った。
「おい、テッド」
パーンがテッドを詰問しようとする。呼び方が変わっているぞ、パーン。
「駄目です。また気を失ってしまいました」
グレミオがテッドの様子を見てそう言う。
「どういうことだい。どうやら近衛隊に追われているみたいだったが。まさかな……」
「テッド君が何かしたって言うんですか! そんな訳ないじゃないですか!」
「いや、わからんな。クレオ、近衛隊に知らせた方がいいんじゃないか?」
「何故です? ぼっちゃんの親友が帝国を追われるような真似をするはずがありませんよ! なんで近衛隊なんかに知らせる必要があるんです? それじゃあまるで……」
グレミオとパーンが言い争う声がうるさい。考えがまとまらない。宮廷魔術師ウィンディ、ソウルイーター、魔法の傷。近衛隊……考えることが多くて頭が痛くなってくる。
「しかし、もしもという事がある。テオ様がいない時にヘマをするわけにはいかない」
パーンは父テオのことを気にしているようだ。彼は僕に仕えている訳じゃなくて父の部下だから……。寂寥がよぎる。
「ふむ。まあ、テッド君が目を覚ますまで、待とうじゃないか」
クレオが二人の間を取り持つようにそう言った。言い争いはそれで終わった。
「ぼっちゃん、心配しなくても大丈夫ですよ。テッド君が……何かするわけないじゃないですか」
「うん。そうだね。テッドが悪いなんてことあるはずないよね」
悪いのはウィンディ。だけど彼女も悲しい女性なのだ。それを知っている。だけど、友達を傷つけたあの女は許せそうにない。理由があれば許されるって訳じゃないんだぞ、ウィンディ。
「テッド君がさっき言ってた“ソウルイーター”という名前。どこかで聞いたことがあるような……」
クレオはテッドの紋章が気になっているらしい。確かにそれは気になるだろうけど、今はテッドの体のことが心配だ。
扉の外に出ているパーンにも話しかける。
「パーン、さっきは、その」
「ぼっちゃん……テッド君の熱が下がらないようだし、道具屋を叩き起こして、薬を買ってきます」
「……うん、頼むよパーン」
それだけ言うと部屋の中へ戻った。パーン……いつかお前と……。
「雨……やみませんね」
「嫌な雨だな。寒気がする」
クレオが自分の体をさすっている。
「う……うううん……」
「気がついたみたいだね」
「テッド……」
心配して、ベッドに寝ているテッドをのぞき込む。
「ティル……、……め……迷惑……かけちまった……みたい、だな」
「迷惑だなんて、そんなことはないよ」
「そんなことよりも、さっきの話はどういうことなんですか? “ソウルイーター”というのは?」
グレミオがテッドを気遣って優しく尋ねる。僕もテッドの目をのぞきこむ。
「ティル……一生のお願いだ……。俺の……頼みを……聞いて……くれるか……?」
「なんだい? テッド」
テッドの頼みなら何だって聞いてやるさ。
「ティル……俺の……右手の……手袋を……外してくれ……」
ぐいっと手袋を外す。するとそこに現れたのは、
「これは?」
「まさか、27の真の紋章?」
「そう……これは27の真の紋章の一つ……“ソウルイーター”……呪いの紋章……。こいつが
全ての……始まり……俺が宮廷魔術師……ウィンディに……狙われたのも……こいつのせいさ……」
27の真の紋章。この世界を創世した力だ。
「ウィンディ様が何故そんなことを?」
グレミオが聞く。
「も……目的はわからない。だけど……あの女は……この紋章……を、狙ってる……。だから俺は……三百年の間……世界を……放浪し……に……逃げ続ける……はめになった……。でも、こんなところで……見つかるとは……清風山で……紋章の力を使ったのが失敗のもとさ……」
それは。テッドの力が見つかったのは自分達を助ける為だったということを意味していた。
また、僕はその時、昔に本で読んだ真の紋章に関する記述、そして自分の知識を想起した。真の紋章の所持者は、その力によって不老の体になる、と。テッドは不老になり三百年生きた人間だったのだ。
「清風山のクィーンアントを吹き飛ばしたのはこの紋章の力か」
「ティル……俺は……。ゆ……友情にすがって……こんな事言うのは……厚かましいこと……だ、よな……。友に……不幸を……もたらすと……知っていてそれをするのも……た・正しいことじゃ……ない……だけど……でも……お、俺にはおまえしかいないんだ!」
僕しか、いない。テッドには、僕しかいないのだ。
「“一生のお願い”だ! この紋章を守ってくれ! こ……この呪いの紋章を……あいつに……渡すわけにはいかない。だ、だから、お前に頼むしかない……お願いだ、この紋章を受け取ってくれ……」
僕はしばらく答えられなかった。激しい葛藤が胸をよぎる。だが、僕にできることは、もう決まっている。
全てわかった上で、テッドは頼んでいるのだ。たった一人の親友に、自分の紋章を渡すことを。三百年間、右手の紋章を隠してきたテッド。子供のままの小さな体で、辛い放浪生活を続けてきたテッド。彼がそうまでして紋章を守り通してきた理由を、僕は今の言葉に感じ取っていた。“一生のお願い”……。
「わかった。安心しろテッド」
僕は生まれた時からの悩みを、悩んで、紋章を受け入れることを決めた。例えこれがテッドの身に不幸をもたらす行為だと知っていても。グレミオとクレオは何も言わなかった。僕の意思を尊重してくれているのだろう。
「す、すまない……ティル。この紋章は……お前に……不幸を……もたらすかもしれない……その時は俺を……恨んでくれていい」
「テッドを恨むなんて、そんなことがあるもんか」
むしろ恨まれるなら自分の方だ。この後の展開を知っている自分――。
「ウィンディにだけは……こ……これを……渡さないでくれ。右手を……ティル……」
テッドの言葉に従い、右手を差し出す。僕は、僕は不幸になんて負けないぞ。必ず幸せになってやる。
「ソウルイーターよ、お前に命じる……。今の主テッドの下を離れ、そしてティル・マクドールを新たな主とせよ……!!」
テッドが言い終えた瞬間、その手のひらから光が迸った。
「くっ……!?」
僕は思わず目を閉じていた。しかし光はまぶたをも突き抜け、視界を白い光に染めた。光を受けているはずなのに、底知れぬ闇に落ちていくような恐怖感が、僕の心を、体を包み込む。そして全てが光に呑まれそうになった時。
「テ……、テッド……!?」
やっと絞り出した声と一緒に、光は一瞬にして消え去った。静かに眼を開くと、僕の手の甲に、ソウルイーターが宿っていた。これで、僕は不老になった。歳をとることなく、他の人間と隔絶して生きるのだ。
「これで……俺も……安心して……」
テッドは心の底から安心したのだろう、全身の力を抜いてベッドにその身を預けた。
その時、玄関の方で大きな物音が響いた。勢いよく扉が開いたようなその音に続き、騒がしい靴音が鳴り響く。
「な、なんですか?」
グレミオが不審に思う声を上げた。
「玄関の方だ、ついてこいグレミオ」
「は、はい」
クレオとグレミオが玄関の方に向かう。自分もそちらに行こうとして、テッドに服を引っ張られた。テッドがちらりと送った視線の先には、僕がいつもはめている革手袋があった。僕は無言、頷き、手袋をはめて紋章を隠すと、棍を握りしめて玄関へと向かう。
「ティル……俺は三百年の間……一度もゆっくりと眠ったことが……なかった……よ。これで、初めて……ゆっくりと……眠れそうだよ……」
テッドはうわごとのようにそんなことを言った。テッドが安心して眠れるようになる。このままなら、どれだけ良かったか――。くそぅ。
「クレイズ! テオ様の屋敷に何の用だ!!」
怒気を含んだクレオの声が玄関に響いた。僕は玄関に出た瞬間、扉のすぐ傍で動きを止めた。数人の近衛兵を後ろに従えたクレイズが、嫌らしい笑みを浮かべ玄関に立っていた。その横にはうつむいたパーンの姿があった。
「ふん、マクドール家のおぼっちゃんもいたか。大人しくテッドを引き渡してもらおう。彼がここにいることはわかっている。帝国に忠実なパーン君が教えてくれたからね」
「パーン! お前!」
「何故です。パーンさん!!」
叫ぶクレオとグレミオに、パーンは静かに答える。
「テオ様のいない時に何かあれば、テオ様に迷惑がかかる。僕にはそんな真似はできない。テオ様の信用を裏切るような真似は……わかってくれ」
「でも……」
「クレオ、これ以上は言わないでやってくれ」
クレオは食い下がろうとしたが、パーンの気持ちを察して、僕が止めた。僕だって辛い気持ちで一杯だった。
「さあ、テッドを引きずり出すんだ」
クレイズの号令に、近衛兵が一斉に剣を抜く。クレオもグレミオも、そして僕も扉を塞ぐようにして立ち、クレイズを睨みつけた。
「そうはさせんぞ、クレイズ。いかに近衛隊隊長といえども、テオ様の家に理由なく入れるわけにはいかない」
「そうです。この斧に誓ってここから先は通しません」
パーンが父を優先させようと、クレオとグレミオは自分に従ってくれている。その事実は僕に勇気を与えてくれた。
「ま……待ってくれ……」
苦しげな声が玄関に響いた。ティルが振り向くと、右手に血塗れの手袋をはめたテッドが、壁によりかかりながら扉の内側にいた。
「テッド! よせ!」
僕がテッドの側に近寄った。クレオとグレミオはすかさず自分達の前に立ち、クレイズ達から二人を守る。
「ふん。大人しく捕まる気になったかな」
声を潜めてテッドが話す。
「ティル……奴らは……まだ俺が“ソウルイーター”を持っていると……思いこんでる……。だから……俺が囮になる……その間に……逃げてくれ……できるだけ遠く、遠くに……」
「それじゃあ、テッド君は……」
「いやだ!」
僕は反射的に叫んでいた。それは世界全体に対する反逆の気持ちだったのかも知れない。クソったれな世界への。
「大丈夫だ……安心しろよティル。おれも……逃げ切ってみせる……ぜ」
「でも、奴らに捕まったら、お前は……」
「俺は……お前を信じている……だ……だから……おまえも……俺を信じて……」
今ここでお前を信じたら、お前が!
「ティル……いいんだ……。お前は、さっき俺の頼みを聞いてくれた……。だから、今度は俺がお前を守る番だ……」
「……ぐ、ぐぅぅ……! ……わか、った」
どうしようもない、どうしようもないんだよ! わかっちゃいるけど! くそ!
「ぼっちゃん! テッド君はあれだけの怪我なんですよ。逃げ切れるはずがありませんよ」
「言うな、グレミオ。ぼっちゃんにもわかっているはずさ。彼の気持ちを無駄にしないためにはここは逃げるしかない。そうでしょう、ぼっちゃん」
「は……早く行け!」
「グレミオ、クレオ、行こう」
「わかりました。ぼっちゃん、調理場の裏口から逃げましょう」
グレミオが提案する。
「必ず! 必ず助けるっ! それまで、待って……」
拳を握りしめ、僕が小声で言った。その言葉を最後に僕とテッドは別れた。いつも突き合わせていたその拳。冗談を言っては笑みに溢れるその瞳。親友の全てが、今自分の前から去ろうとしていた。
「あ……ありがとう……ティル……三百年の間で……お前が……お前だけが……ただ一人の友達だったぜ……」
涙をこらえながら調理場の裏口を抜けて、僕はグレミオ、クレオの二人と共に、雨の降りしきる街へと出ていった。僕は何かを罵った。何かを。ただひたすらに。
後書き
テッドを救えたんじゃないかと思う方は、テッドを救った場合の未来を考えて下さい。シミュレーションすると結局大勢の人間が死に、不幸になる結末が待っていることがわかると思います。ですからここでテッドを救ってはいけないのです。目の前の一人を救う、それは素晴らしいことです。だけど後で痛い目を見ます。