第7話 解放軍
レナンカンプを目指すのさ~♪ ふんふんと鼻歌なぞを歌ってみる。僕は今草むらで兎を捕まえたところだ。ちなみにテンションが高いように見えるのは虚勢である。テッドとの、生まれ故郷との別れ、ダメージを受けない訳がない。少しでも強気でいないと崩れてしまいそうなのだ。思考を次の展開へと飛ばす。次にあるのは……あれ、だな。できれば平和に、穏和にいきたいものだ。
「グレミオー! 今夜の晩御飯がとれたよ!」
大声を上げながら皆の元へと戻る。
「随分手馴れてんだなぁ」
ビクトールなどは感心するようにそう言う。
「なぁに。僕は昔から外に出て武術の研鑽がてら狩りを行っていたからね。これくらいは朝飯前さ」
少し自慢するように言う。
「だけどビクトールだって旅慣れているじゃないか。ま、出身地を聞いたりはしないけどさ」
それほど野暮じゃない。特に僕は彼の故郷もそこで起きた事件――惨劇も知っているのだしね。
「……なあ、こいつホントにおぼっちゃんかよ」
疑われてしまった。そんなにスレてないと思うんだけどなぁ僕は。グレミオなどは「ぼっちゃんに何を言う!」と強く言ったりしているが。
§
四日間という見立て通りの旅程を越えて、僕達四人はレナンカンプに到着した。途中カラスや兵隊蟻、いのしいなどの魔物や動物に出会ったが、難なく倒すことができた。鍛えていて良かった。ここいらのザコ敵では死なないようになれた。油断は禁物だけど。
レナンカンプは石畳が敷き詰められた綺麗な街だった。たしかここにはあいつがいたり、あの娘の故郷だったりするんだよね。僕はぽつりとそんなことを思う。まあ今はビクトールだ。
「さ・あ・て、俺はちと出歩いてくる。お前らはしばらくしたら、街の宿屋『けやき亭』に行きな。俺の名前を出せば上等な部屋を用意してくれるはずさ」
「わかったよ」
そう言って人ごみに消えていくビクトール。街の噂などや情勢なんかを聞いて回ったりするのだろうか?
「……奴の言う会わせたい人物とはどういう人なんでしょう。あの男には何か企みが……」
「どうでもいいさ。こちらを害するような素振りはなかったしね。それより私はいい加減にシャワーを浴びたい気分ですよ。ぼっちゃん、良ければ早めに宿をとりませんか?」
クレオがそう言ってきたこともあり、僕達は早々に宿へ泊まることにした。水浴びはしていたが、お湯のお風呂はまた別だ。
「おや、ビクトールさんのご紹介ですか。これはいい部屋を用意しなくてはいけませんね」
確か、この宿の主人って……。俺はまた暗い思考に頭を悩ませた。くそっ。なんでこんなことまで覚えているんだ僕の頭はぁっ! いや、覚えていたのはいいことだ。覚えていたことで防げるかもしれないのだ。前向きに、前向きに!
主人が通してくれた部屋は、三人で泊まるにはもったいない広さと豪華さだった。しっかりとした四つのベッド、窓際に大き目のテーブルがあり、部屋の隅には広い部屋を埋めるように巨大な――僕の身長ほどもある――置時計が置かれていた。
「こっこんな部屋、持ち金が……」
「まあまあグレミオ。せせこましいことは言いっこなしだよ。ビクトールの案内なんだから、お金だって上手く工面してくれるはずさ。とにかく今は休もう。何をするにも休息をとった健康な頭と体でなきゃあできないよ」
「はあ……」
「ぼっちゃんの言う通りさ。さて、私はシャワーを……」
僕はうーんと伸びをすると、ベッドに横たわった、眠るといけないから服や靴はそのままだけど。そうして背筋と精神を弛緩させるのだった。
…………………………………………。
そうして時を過ごすのだが、一向にビクトールが来る気配がない。クレオの一体そんなに何をしていたの!? と聞きたくなるほど長いシャワータイムが過ぎても、彼は姿を現さなかった。仕方ないので食事をしながら口を開く。
「とりあえず一晩だけ待ってみよう。それで彼が来なければ北にいる父さんを頼るために旅立とう」
僕の決断に、二人とも文句はないようで頷いている。
そうして夜が更けていく。………………? 確か、僕の知識が確かなら、帝国兵の御用改めがあるはずだ。お尋ね者の僕がいるという通報を受けてくるはずだが――?
「おい、ティル……」
ぼそっとした声で呼びかけられてびくっとする。
「ビクトール、かい?」
確かに彼の声だ。先にこうなるとは。してみると自分の知識も完全には当てにならないのだろうか? いけないな。僕はこの世界の人間なんだ。生きて、考えて、行動しないと。
「ティル、こっちだ……こっち」
声の方向にグレミオが蝋燭の明かりをかざす。すると、置時計がずらっと横に滑ったのだ。知ってはいたが凄い仕掛けだな。そして空いた空間には下へ向かう梯子が見えた。そこからひょいっとビクトールは現れた。
「早く来な」
「……色々と言いたいことはあるけど、わかったよ。二人共、すまないけど付き合ってくれ」
そう言って梯子を降りる。
「こんな仕掛けが……やっぱりあの男は怪しいです」
グレミオの言葉ももっともだ。こんな人目を避けるような仕掛けなぞ尋常の人間がやることではない。
梯子で降りた先は湿った空気がまとわりつく場所、下水の水路がある所だった。梯子の終点についたので、地面を踏みしめて歩く。すたすたと先へ進むビクトールを見失わずについて行く。と――、
「えっ……!?」
その声は誰のものか。さておき、目の前の人物達である。明るく照らされた地下には、長い栗毛を背中に伸ばし、赤いマントを身に纏った凛と眼を輝かせる女性――。間違いない。人が持つオーラとも言うべきそれを涼やかに放つその人物。僕がずっと会いたいと思っていた女性に間違いなかった。
「貴方が……ビクトールが言っていた会わせたい人、ですか。僕はティル・マクドールです。百戦百勝将軍テオ・マクドールの息子にして、現在は帝国にとある事情で追われる身となった人間ですよ。……貴方は?」
女性は俺の自己紹介にふっと息を吐くと――そんな所作すら洗練されている――わずかに微笑んで答えてきた。
「私はオデッサ、オデッサ・シルバーバーグよ」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。これからご厄介になるのだ、最低限の礼儀である。するとクレオが、
「オデッサ……? 確か、反乱軍のリーダーがそんな名前だったはずだが……?」
クレオは油断なく飛刀を構えた。ぎょっとしてしまう。反乱軍は帝国の領土を荒らし、殺人略奪なんでもござれ、という残忍な組織だという風聞だった。その殲滅などで、父さんが何度となく出撃したことは記憶に新しい。でもそれ嘘……。
と、グレミオも斧をちゃきっと構える。
「怪しい奴だとは思っていましたが、まさか極悪非道な反乱軍とは……こんな地下にぼっちゃんを連れ込んで! 私がいる限りぼっちゃんには指の一本たりとも触れさせはしませんっ!」
「ちょ、ちょちょっと待て、そりゃ誤解だ!」
「グ、グレミオ。クレオ、とりあえず話を……」
甘かった。何がかというと僕の認識である。原作があるんだからその通りになるだろうなどと安穏と構えていたのだ。そしたらこんな険悪な空気になってしまった。誤算も誤算、大誤算である。
そうしてまごついている自分を差し置いて、状況は動いてしまった。オデッサの両脇にいた(オデッサの存在感が大きいので今まで気づかなかった)青いマントの青年と、銀の鎧に身を包んで大刀を構えた男。二人の男が動いたのだ。
「オデッサ! 下がっていろ!」
「…………」
青年はオデッサ大事に、男は無言に武器を振り回してきた!
「や――やめろグレミオ! クレオ!」
だが、止まらない。二人は自分の言葉より自分の身を案じて行動しているらしい。こういう時は融通がきかないんだから! やりにくいったらありゃしない。僕とビクトール、オデッサさんにもう一人は四人をなだめようとしたが、四人は知ったことかと言わんばかりに殺陣を繰り広げた。クレオの飛刀が飛び、青年の剣がそれを弾く。グレミオの斧と男の大刀がぶつかりあう。僕は誰かが大怪我をするのではないかと気が気ではなかった。
だが、やがて戦いは終息した。四人が疲れて武器を収めたのだ。僕はいつ何が起こってもいいように棍を構えていたが、ついぞその機会が訪れることはなかった。不幸中の幸いである。いや、本気で肝が冷えたよ。
「まったく! 二人ともやめてって言ったじゃないか!」
「す、すみませんぼっちゃん。でも反乱軍なんて……」
「首級を持って戻れば帝都に帰れるかと思ったのですが……」
「馬鹿言うな。んーな手柄なんざ、横取りされんのが落ちだろ」
「ビクトールの言う通りだよ、とにかく落ち着いて」
とりあえず落ち着いて会話のテーブルにつくことにした。ちなみに比喩ではなく実際にテーブルはある。
「先ほど言いましたがもう一度、ただいま絶賛お尋ね者中のティル・マクドールです……ほら、二人もご挨拶だよ」
「う……ぼっちゃんの付き人をしていますグレミオと申します」
「同じく、どちらかと言えば護衛をしているクレオだ」
こちら側の挨拶が終わったので視線を相手に向ける。
「呼び方なんて人それぞれだけど、私達はこの組織を解放軍と呼んでいるわ。私はここでリーダーを務めるオデッサ・シルバーバーグよ」
シルバーバーグ……つくづく原作の展開が鬼畜だということを思い知る。シルバーバーグの系譜に連なる人物ならば、能力は保証されているようなものだ。
「……副リーダーを務めるフリックだ」
青いマント、ズボンも同色で、額にしているバンダナまでもが青い。通り名は「
「…………」
「こっちの無口な奴は
「…………」
かなり寡黙な人物らしい。
「私は財政と事務を担当しているサンチェスと申します」
戦いには加わらなかった人物がそう言う。初老で髪の毛は白い。この人は要注意の人物だ。
「……とりあえず、僕達が反逆者として追われている事情を話します」
僕は27の真の紋章“ソウルイーター”に関してのみぼかして、こうなった経緯を話した。
「……そんなことが……」
「ええ、なので兵士に追われる身ではありますが、宮廷魔術師ウィンディが僕らを追っている実質的人物ですね。彼女とのいさかいさえ収めれば帝都へ戻ることもできるでしょうが、少なくとも今は帝国へ帰順することは叶わないでしょう。命がいくつあっても足りません」
正確に自分達の状態を話す。そして今度は彼女達の話が始まった。
「私達解放軍が残忍だという噂は事実無根よ。帝国の悪政に苦しむ人々を救う為に発足した組織で、人々を助ける為にこそ抵抗活動を続けているのが実情ね。手を焼いた帝国がそんな噂を流しているのよ」
ふむふむ、と頷きながら話を聞く。
「そちらの事情もわかりました。だけどビクトール、僕が君に助けてもらうことの対価として提示されたのは、『会う』ことだけだよ。解放軍に入れとは言われていないよね」
確認するように首をかしげながら目をのぞきこむ。
「まあ……確かにその通りだけどよ……」
「…………こいつらはこう言ってるぞ、ビクトール」
フリックがビクトールをねめつけながら言う。
「まあ、なんだ、追々、説得すりゃあいいじゃねーか。他に行くあてもないみたいだしよ」
やれやれ。なんとも行き当たりばったりで連れてきたものだな。呆れながら、とりあえずこの場は一応解散することにした。アジトを引き上げて地上の宿に戻りベッドに寝転ぶ。色々なことがあったな。でもようやく彼女と会えた。今はとにかくそれを喜ぶとしよう。
§
あくる日、僕は二人を説得してもう一度アジトへ足を運んだ。そこでオデッサを始め、フリックやハンフリー、サンチェスとも会話を重ねる。グレミオ達はいい顔をしなかったが、帝国に戻るのにも解放軍のことを知っていれば有利になるだろう、と言って黙らせた。そうこうしていると――。
「オ、オデッサ、様、は……」
苦しげな様子の男がアジトに入ってきた。怪我をしているようなので、とりあえず介抱する。
「す、すいやせん。解放軍に助けを求めに来たんでさあ」
その男は、清風山の山賊だった。予想通りだな。俺は知識通りに起こった出来事にほっと胸を撫で下ろした。
「俺達の首領、バルカスとシドニアの兄貴が殺されちまうんだ! 助けておくんなせえ!」
彼がもたらした情報によると、二人の首領は軍政官であるグレィディの屋敷で磔にされ、餓死させられようとしている、とのことだった。そしてやっぱりグレィディは税金を納めていないらしい。山賊がいなくなったのに。
「馬鹿な! 裁判もなしに処刑なんて、帝国法でも許されてはいないよ!」
とクレオ。
「助けなきゃ……」
「だが、オデッサ。最近は帝国の監視も厳しい。派手な行動はとれないぞ」
「わかっているわ。だけど人々の期待を一身に受けている以上、見過ごすことはできないわ」
さすが、立派なお人だ。僕は自分の行動の結果を清算すべく、申し出た。
「オデッサさん。それは僕らのせいです」
「? どういうこと?」
事情を話す。税金を搾取していたという触れ込みの山賊を退治し、軍政官に引き渡したことを。
「クレオ、グレミオ、僕はバルカスさん達を助ける為に動こうと思う。帝国の軍政官、その不正を正すことは、帝国の為でもある」
きっぱりと、言い放つ。山賊行為で人を傷つけたなら逮捕されるのは自業自得だ。しかし裁判なしの処刑は、それこそ法律に反している。軍政官グレィディはこらしめなきゃならない。
「わかりました」
クレオは迷いなく頷いてくれた。それに対してグレミオはまだ迷いがあるようだったが、自分についてくることは承知した。
「それじゃあ……申し訳ないけど頼めるかしら、ティル」
「任せて下さい」
どん、と胸を叩いて、僕ら三人と「放っておけねえよな、ティル」と言ってついてきたビクトールも一緒に、レナンカンプから北東にあるロックランドを目指すのだった。
後書き
今回の地下における戦いは原作には存在しない戦いです。小説版であった戦いですね。小説版の展開なども織り交ぜていくつもりです。その方が原作知識頼りになりがちな主人公の虚をつけますしね。