全ては誰かの笑顔のために   作:桐生 乱桐(アジフライ)

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#52 神に代わって―――

幸い、黒子よりも傷が少なく済んだツルギは黒子をおんぶして、彼女を常盤台女子寮に送って行った

おんぶしている際に耳元に聞こえる彼女の吐息が生々しく、彼女の傷の度合いを改めて知る

 

「…すまない」

「…なんで、神代さんが謝りますの」

 

震える声で黒子は言い返す

こんな時、何かうまい言葉でも言えればいいと思ったが、悲しいかな、何も思い浮かばない

 

「貴方は、巻き込まれただけですわ。何も…悪くない」

「それでもだ。…大口を叩いて、この様だ」

 

もう、と黒子は息を吐く

真っ直ぐな人だ

 

「―――あ、ここまでで結構ですの」

 

流石にこの傷のままで正面から入るわけにはいかない

 

「そうか」

 

ツルギはそう言って黒子を地面へと下ろしてくれる

彼の支えを借りながら黒子はどうにか足を付け、改めてふと、自分の部屋を確認する

なんとか計算式を繋ぎ、彼女は自分の部屋へ空間移動した

 

 

無事部屋に空間転移した彼女は部屋の中をうろついて応急セットや替えの下着、制服を探し出す

それらを手にするとユニットバスのドアを開けて中に入って明かりをつける

 

壁に背を預けながら黒子は、あの女が言っていたある一日を思い出す

そうだ、先月―――ある日だけ変な日があった

 

「…お姉様は夜遅くまで帰らず…、お兄様がご学友と来訪してきて…」

 

考えれば考えるほど、頭の中に考えが浮かんでは消えていく

そうだ、あの後戻ってきたらアラタとその友人はどこかへと消えていて、美琴のベッドの下からクマのぬいぐるみが引っ張り出されたまんまで、しかもその後学園都市の外れの工業地帯にある操車場で爆発や閃光が目撃されたという噂が広まったことも

 

そしてその日を境に、とある噂が広まり始めたのだ

 

「…学園都市最強が、誰かによって倒された…」

 

そんな未確認の情報を、どこかからか聞いた

その〝誰か〟の事は黒子の耳には入ってこなかった

爆発、閃光、そして暴風…それを巻き起こしたのは間違いなくそれは学園都市の超能力者だ

その惨事の中、そいつに挑んだのはどんな力を秘めているのか

 

「もしかしたら…その決闘にお姉様が立ち会っている可能性がある」

 

そして確率は低いが、恐らくそれにアラタも関わっているかもしれない

思い返してみれば、見たんだ

 

その操車場でいろいろな残骸が散らばっている中、黒子はそれを拾った

そのコインは、御坂美琴がよく使っているゲームセンターのコインだ

そこまで考えて、黒子は思考を切り替える

 

確かに先月のある一日は特別だ、しかしそれがこの一件とどこまで関わっているかは分からない

ひとまず、傷の手当だ

その後で、初春に情報を聞かなければならない

因みに初春には寮に帰る前に一度、連絡を取っていた

ツルギの背中に揺られながら、そこで負けた事、ケースを奪われたこと、樹形図の設計者の情報の収集、相手の空間移動能力者の素性、そしてその相手の逃走ルートを可能な限りの追跡…それを頼んでいた

ついでに、自分らが負傷したことも出来うる限り伏せておくことも

この事が警備員(アンチスキル)らに知られれば、黒子の活動が制限される

おまけにこの事が美琴やアラタにバレたら確実に動けなくなる

今、ここでリタイアをするわけにはいかないのだ

 

 

白井黒子が空間移動しそれを見届けてツルギも行動を開始する

恐らくは、彼女も似たような行動に移るだろう

 

「…俺も、出来ることをやらねばな」

 

恐らく、黒子に何か言われてしまうかもしれない

しかし、ツルギもこのままやられたまま終わるつもりもないのだ

同様にツルギも携帯を取り出し、初春に向かってメールを送る

もしかしたら電話は使用中かもしれない、だから彼女が調べたことを簡潔に纏めて返信してくれるようにと軽く一文を添えて彼女に送ったのだ

ほどなくして、了解しましたとの一文が帰ってきた

本当に、初春の手際に驚かされる

とりあえず、体力を回復させるべくツルギは一度、腰を落ち着ける所…ひとまず、公園を探す

リタイアできないのは、ツルギも同じなのだから

 

 

「―――し!」

 

初春との情報交換している最中、人の気配を感じた白井黒子は慌てて通話を切った

そしてふと、ユニットバスの出入り口のカギをかけ忘れてて急いでカギを閉める

ガチン、と結構な音が響きわたり、内心穏やかじゃなかった

 

「…黒子?」

 

薄い板一枚通して、聞き慣れたその声を耳に黒子は聞き間違える筈がなかった

 

「何よ、風呂入ってるの? 帰ってきたなら明かりぐらいつけなさいよ、真っ暗で何してんの?」

 

ドアの外から聞こえる声に黒子は冷や汗を流す

今現在のこの傷ついた姿を美琴に見せるわけにはいかない

そしてこの姿を連想させるような言葉もアウトだろう

 

「省エネですわよお姉様。さ、昨今の温暖化に対するわたくしの小さいばかりではありますが、配慮ですわ」

「へぇ。だけど学園都市って風力メインだからあんまり二酸化炭素って関係なさそうだけどな?」

「あら、そうでしたっけ。これを機にうす暗いムーディーな世界にお誘いしようとしてましたのに」

 

その言葉を聞いてか美琴は大きく息をがいたように声がした

そうして徐に、思い出す

 

―――あら。知らなかったの。…まぁ、常盤台の超電磁砲が知らないまま使用するような人じゃないし…その感じじゃ本当に知らないのね―――

 

何かが起きているのは、何となく分かる

それに美琴が関わっていることも

だけどそれが分かっても、彼女は周囲に対してそう言った素振りを見せない、いや、見せたくないのだろう

誰にだって悩みはある、それは当然美琴にだって

けれど、それは美琴には打ち明けられなくて、その代わりに誰か―――アラタ(お兄様)がその悩みに答えているのだろう

 

だけど、それでも、その二人の為に何かしたいんだ

影から、二人を援護するように

黒子が身体をがっても意味はないのかもしれない

 

(…えぇ、わたくしには詳しい事情なんてわかりませんわ)

 

けど、もう終わりにする

何もかも終わらせて、また笑顔になれるなら

その為なら、他ならぬ貴女の為なら。今一度本気で貴女を欺こう

 

「お姉様はこれまでどちらにいたのですの?」

「ん? いえ、ちょっと〝アクセサリー〟を買いそびれてさ、それを集めてたってとこかしら。ここんとこ探してるんだけどね。今は忘れ物取りに来たってとこかしら。これからまた出かけるけど。あ、土産とかは期待しないでね」

 

もし、自分がいつもみたいについていくなんて言ったら。なんて顔するのか

一瞬考えて、思考を開始する

ここのところ、という事は美琴はまた何かをしていたというのか

精密機械(アクセ)の補助部品(サリー)とは、言ってくれる

その心中を察し、黒子は言葉を投げかけた

 

「天気、崩れないといいですわね。最近は、〝天気予報〟も当てになりませんし」

 

「―――ッ」

 

彼女は一瞬だけ、驚いたように息を呑んだ

それからまた少しの沈黙があった

 

「―――心配してくれてありがとう。早く帰るようにするわ」

 

彼女の声色は少し柔らかくなった

その声の後、ふと扉の前から気配が消える

どうやら部屋から離れ、外へと行ったようだ

 

「―――さ、て」

 

黒子は漸く息を吐くと、替えの制服を掴み、また初春に電話をかける

聞かないといけないことがあるのだ

 

「えぇ。そいつの予想ルートを、早く教えてくれません?」

 

 

しばらくして、ツルギの携帯にメールが届く

内容は自分が聞きたいことをだいぶ簡潔させた文だった

 

まず交戦した女の名前は結標(むすじめ)淡希(あわき)

黒子と同じ空間移動の使い手だが、やはり別系統なのだろう

一応、結標に関する情報もあったが正直ツルギは興味がなかったために軽く見て流した

 

次に樹形図の設計者についてだ

どうやらそいつは、未だに衛星軌道上に浮かんでいることになっているらしい

それに合わせて先月打ち上げた学園都市のシャトルの船外活動スケジュールもそれとは無関係のものだった、という事になっているようだ

因みに別のチームがケースの盗難被害者を確保したらしいが、何も知らなかったらしい

他にも何か書かれていたが…結標が外部組織と手を組んで事件を起こした、と強引に考える

 

そして最後に彼女の用心棒みたいな男についてだ

軽く調査を依頼したが、どうやら彼女とは単に依頼相手だけのようだ

もし自分と同じ家柄なら、己の手でけじめをつけるとつもりでいたが

 

…神代ツルギの家柄は、それなりに名門ではある

しかし、本人の強い意志もあり、彼は学園都市に足を踏み入れた

結果は無能力者だったがそのおかげで、天道やアラタ、当麻と言った、掛け替えない友人を手に入れた

 

そうだ、じいやが言っていた

 

「―――友情に勝る財産はない。一生の宝にしろ」

 

口の中で小さく呟いて、ツルギはすっくと立ち上がった

戦いは、ここからだ

 

 

バスルームから手当てをした痕跡を隠蔽し、裂けて汚れた衣服を処分すると彼女は再び空間移動で外に出る

現在時刻は、八時二十分弱

この時間帯ではこの都市の交通機関はだいたい眠りについている

夜遊びの防止も兼ねて、バスも電車も最終下校時刻に合わせているからだ

もう渋滞は解消されているだろう

黒子は大きく深呼吸をする

 

<有力情報ですよ、白井さん>

 

繋げていた携帯から初春の声がする

 

「どんな情報ですの?」

<件の結標淡希なんですけど、どうも自分の身体を連続移動させる術はないみたいなんです、書庫(バンク)に記録がありました。どうやら、二年くらい前に暴走事故を起こしたみたいですね>

「それがどうしたんですの?」

 

電話の向こうでカタカタとキーを叩く音が聞こえる

少しして、また声が聞こえた

 

<なんでもその後で、校内カウンセラーを頻繁に使用してるんです。もしかしたら、一種のトラウマになっているのではないのでしょうか。自分を移動させる実験ではいい結果を出せず、無理して体調崩したことも少なくないようです。肉体移動一回につき、決死の覚悟一回って感じですよ。漫画やゲームのラスボス戦くらいの>

「つまり、連続で移動などすれば、それだけで精神が擦り切れてしまう…そんな感じですわね」

 

正直、初春のたとえは分からなかったがきっとこんなんであってるだろう

 

確かにあの時戦ったとき、自分を飛ばしたところは見てないし、第一そんな事出来るならさっさと逃げてるはずだろう

壁も道路も無視して移動できるなら普通の追跡方法では捕まえることはできないのだから

 

黒子だって精神状態で強さが揺らぐ

そのトラウマを掘り起こすことが出来れば、勝利に近づけるかもしれない

 

(…それにしても、あれだけの能力者が、わたくしと同じレベルどまりなのは…やはりそのトラウマのせい…?)

 

苦い感想と共に、黒子は空間移動をし―――ようと思ったとき、視線の先に誰かがいるのに気が付いた

その男の名前は、神代ツルギだ

 

「初春、ちょっと失礼」

 

黒子は初春に断りを入れて携帯を切った

 

そして改めて彼の姿を見て黒子は息を吐いた

これ以上、彼を巻き込むわけにはいかない

 

「なんでここにいらしたんですの、ここから先はわたくしの戦いですのよ?」

「いいや、俺たちの戦いだぞ、〝白井〟」

 

黒子は一瞬、彼の言動に違和感を覚えた

そう感じた思考を振り払い、改めて黒子はツルギに向きなおる

 

「貴方は一般人ですのよ、それに貴方は巻き込まれただけなんですから、これ以上首を突っ込んでこないでください」

「―――御坂もそうだが、白井よ、お前も人を頼る事を覚えた方がいいぞ」

 

小さい笑み交じりでツルギはそんな事を呟いた

彼はゆっくりと黒子の前に歩いていき―――真っ直ぐに彼女を見る

 

「それに、お前ひとりで行っても、結標は何とかなるだろう。しかし、その近くにいるメモリ使用者はどうするつもりだ」

「そ、それは―――」

 

いけない、全く考えてなかった

そうだ、仮に結標淡希を倒せても、ガイアメモリを使うあの男は太刀打ちできない

 

「て、ていうか、なんで貴女があの女の名前を知ってますの? もしかして―――」

「あぁ、初春の力を借りた。最も、彼女にも無理をさせてしまったが」

 

言葉と共に黒子は頭に手をやる

そして初春…なんて毒づくともう一度ため息をついた

 

「…けれど、どうして貴方はここまでわたくしを助けますの。言ってしまえば、わたくしと貴方はただの友達―――」

「それ以上に理由などいらないだろう。俺たちは、友達だ白井」

 

友達、ですか

彼の言葉にそう返しながら黒子は今度は苦笑いをした

 

「貴方はぶれませんわねぇ、神代さん」

「当たり前だ。俺を誰だと思っている」

 

ふふん、とツルギは胸を張る

黒子はなんとなく、帰ってくる言葉は分かってるけど、それをあえて口にした

 

「誰、と申されましても」

「ならば仕方ない、今一度、記憶してもらうぞ」

 

彼は笑みを浮かべると、想像通りの台詞を口にした

 

 

「―――俺の名前は神代ツルギ。その名の通り俺は神に代わって、剣を振るう男だ」


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