ふと、シャットアウラは目が覚めた
どうやら自分は壁際へ身体を預けているような状態だった
周囲にアイツの姿は見えなかった
「…」
ちらりと周囲をもう一度見渡す
土砂に塗れ、コンクリートはへし折れ、地面はもうズタボロ
ここは地下駐車場だと、言われなければ誰も気づかないだろう
「…?」
不意に自分の近くに落ちていた落石の一部であろう石を見つける
僅かばかりに血に濡れたその欠片を見たシャットアウラは、アイツは―――鏡祢アラタは怪我を負った状態でここを離れたのか―――
「お。起きた?」
不意に聞こえてきた声色にシャットアウラは振り返る
そちらにはどこからか買ってきたのかペットボトルに入った水を手にこちらに向かって歩いてきている鏡祢アラタの姿があった
頭から流れる血液が彼の右目を潰しており、片目だけで景色を見ているようだ
「き、貴様…! 頭の怪我は大丈夫なのか!?」
すごい普通に歩いているように見える
対してアラタはあー、などと声を上げながら
「確かに痛かったけど、今んとこは大丈夫だよ。それよりほら、生きてた自販機があったからそこで水買ってきた。ほら」
そう言ってアラタはシャットアウラに向かってペットボトルを放り投げてきた
反射的にそれを受け取り、思わずラベルを見てみる
どこにでもある天然水を謳ったペットボトルウォーターだ
シャットアウラははぁ、とタメ息を吐きながら、隣に腰掛けたアラタに向かって
「…おい、顔をこっちに向けろ。顔の血くらいは拭いてやる」
「え? いや、悪いし…」
「いいからこっちに顔を向けろ! 拒否は許さんっ!」
半ば強制的に彼をこっちに向かせると、持っていたハンカチを取り出すとそれに受け取ったペットボトル水を染み込ませ、彼の顔の血を拭う
恐らく血液自体は固まっているだろうから流れてくることはないだろうが、それでも病院の世話にはなった方がいいだろう
「…ほら。わかってるとは思うが、ちゃんと病院には行けよ」
「わかってるよ。とりあえず、一息ついたら出口探して俺達も―――」
そう言った刹那、ピリリ、と通信機が鳴る音が聞こえた
どうやらシャットアウラが持っている通信機から聞こえているようだ
シャットアウラはアラタに確認を取るように視線を向けると、それにアラタが頷く
「私だ。…そうか、鳴護アリサは無事なんだな。死傷者は? …ゼロ!?」
何やら驚いているような声をしたシャットアウラに水を飲みながら視線を向ける
死傷者と彼女が聞いてゼロ、と彼女が返しているとなると…この事故での怪我人とかはゼロなのだろうか
「…そうか、わかった」
そう言って通信機を切ったタイミングでアラタがシャットアウラに話しかける
「なぁ、さっき死傷者とかゼロって言ってたのって…」
「あぁ。察しの通り、この事故での死傷者はゼロだ。鳴護アリサも無事だ、安心しろ」
「お前の仲間もか?」
「あぁ、私の部隊も全員無事だ」
「マジかよ、ラッキーも重なると変な声が出てくるな」
素直にそれはびっくりである
強いて言えば自分が軽く汚してしまったが、その幸運の代償とでも思えばまだいい方だろう
そう自分に結論付けてアラタは再度水を飲む
偶然にも自販機が生きていて助かった、冷たい水が今の自分に心地いい
「…、」
そんなアラタを、シャットアウラは同じようにペットボトルを口に付けながら眺めていた
彼女の視線を知ってか知らずか、半分くらいまで飲み干すとそれをポケットに入れて
「さて、お前さんが落ち着いたら俺達も外に出よう、君の部下も心配してるだろうしな」
「あ、あぁ。…そうだな」
そう言って小さく微笑む彼に面食らったように、もう一度シャットアウラは水を飲もうとして、ずきり、と頭に頭痛が走る
その原因はアラタの持っている携帯の着信を知らせる音楽だった
「…シャットアウラ…?」
様子のおかしいシャットアウラに対して、どうしたものかと考える
少し思考して原因が自分の携帯の着メロにあると判断したアラタは彼女から少し離れて携帯の通話ボタンをオンにした
「…もしもし?」
<もしもし、じゃないわよ。アンタ今どこにいるの?>
返ってきたのは鮮花の言葉だった
<こっちは色々大変だったんだから。元気なら早く美琴ちゃんとかに顔見せなさいよね>
「あ、あぁ。ごめん鮮花さん。わざわざありがとう」
<美味しいご飯で許してあげる。それじゃあね>
そう言って通話は切れた
携帯を閉じてシャットアウラの所に戻るとそこには落ち着きを取り戻した彼女の姿があった
「…音楽、ダメなのか?」
「あぁ…気を遣わせたな。…私の脳は、以前の事故で音楽を認識する機能を失ってしまってな。…私にとって、音楽とは耳を煩わせるノイズでしかないんだ」
「…そうか、悪かった。知らないこととはいえ、不快な思いさせたみたいだ」
「いいや。お前は悪くない。変に気を遣わせたこちらの落ち度だ」
「それでもだ。…悪かった」
真っ直ぐ頭を下げてくる彼に対してシャットアウラはバツが悪そうな顔をして
「なぜ謝る。…私は今の自分に満足している。おかげで、歌や奇跡などというものに、惑わされなくて済むのだからな」
◇
出口へと向かっている最中、ふとシャットアウラは自身が気になったことを聞いてみることにした
「…聞いていいか」
「? 何を?」
「お前は死傷者がゼロだと聞いた時、ラッキーだなんだと言っていたな。…なぜだ」
「なんでって…上の状況はわかんないけど、きっとエグイ被害は出てると思ってたからさ。それなのに死傷者はおろか誰も怪我してないだなんてラッキー以外ないだろう」
その言葉を聞いてシャットアウラは心の中で驚きを禁じ得なかった
大衆というものは総じて奇跡など目に見えない蒙昧なものに縋るきらいがあると自身は考えている
歪な欲望は見えないなにかを求め、偶然の連鎖に奇跡という名前をつける
「そりゃあ奇跡とか言いたい気持ちもわからんでもないけどな」
ははは、と笑うアラタに向かってシャットアウラはふん、と短く息を吐いて歩き進める
やがて光が見えてきた
どうやら出口が近いみたいだ
通信機で連絡を入れ最寄りの部下に迎えを来させると、シャットアウラとアラタはその場で別れるのだった
「…あいつもあいつで、複雑なの背負ってんだなぁ…」
そう言ってアラタは携帯を取り出すと少し操作する
とりあえず今度彼女と会った時の為に負担にならないよう着メロを単調なものに設定し直しておこう
だけど、と一人思ってしまう
娯楽であるはずの音楽を認識できないって…結構辛いことなんじゃないかなって
もしかしたら…もう一度音楽を楽しみたいと、心のどこかで願っているんじゃないかって
◇◇◇
先の爆発事故の出来事を、街の連中はみんな奇跡だとしきりに言う
今見えている建物に貼りつけられた大画面からも、その爆発事故の光景は放送されていた
「…奇跡、か」
言葉にすれば簡単だ
だがもし本当に奇跡というものがあるのなら、そもそもあんな事故は起きるものではない
…ワンチャン止められたかもしれないのに、止めることが出来なかった自分にそんなこと言えた義理じゃあないかもしればいが
「どうしたんだい、そんなところで」
不意に自分に向かってかけられてくる声にびくりとする
そちらに視線を向けるととても渋い感じの男性が笑顔でこちらを見つめながら歩いてきていた
「あ、ああ。いいや、大したことじゃあないんです。…ちょっと俺でも珍しく考え事しちゃいまして…」
「そうか。だが悩むことは悪いことじゃあないぞ。それも人生において大切な経験だからね」
そう言って彼はアラタの隣に歩いてきて、そのまま足を止める
「…失礼ですが、貴方は…?」
「おっとすまない。俺は名乗るほどのものじゃないさ。…そうだな、橙子くんの友人とだけ、伝えておこう」
そう言って男性はアラタの肩に手を置いて、笑みを浮かべた後また歩きだした
アラタはその背中を見ながらじっと彼を見送りつつ
「…橙子の、知り合い…? アイツあんな渋めな人と友達だったのかな…」
まぁ可能性はなくはないか
そう結論づけてアラタもまた彼とは反対方向に歩いていくのだった
◇◇◇
数日後にはまた、鳴護アリサのライブ活動が始まる
立花眞人はその中で、警備員としてそのライブで不審者や怪しい人物がいないかなどの見回りを黄泉川から頼まれて、周辺を歩いてるところだった
傍らにはもちろん、いつでも装着できるようにG3ユニットを所持している
今の所そのような人物も見かけないし、怪しい行動をしている者もいない
恙なく聞こえてくるライブの楽曲と観客の熱狂的な声色を耳にして、眞人は安堵する
(…今回は特に問題なく終わりそうだな…)
とりあえず自分も一度一息入れようとして、振り向いたとき、自分の後ろに女性が立っていた
真っ直ぐ向けられたその瞳は自分を捉えている
ふいに向けられたその視線に眞人は少しドギマギしていると、女性の方から声がかかった
「貴方が、立花眞人さん、ですか。G3の装着員…」
「え、えぇ…そうですけど…―――!?」
綺麗な女性に言葉をかけられたことなどあんまりない眞人は緊張からか視線を下に動かして、気が付いた
彼女の手には、G3と同じようなユニットバッグを持っている…黒い色をしているそのユニットバッグには眞人は見覚えがあった
「…G4システム…! どうして貴女がそれを…!?」
「…。」
女性はそれに応えることなく、眞人を真っ直ぐ見つめたまままた別の言葉を発する
「ねぇ、貴方はどうして戦っているの?」
不意に投げかけられたその言葉
あまりにも唐突に投げられた言葉に咄嗟に反応できず、ただ戸惑いを見せたまま何も言えなかった
「私は、私を救ってくれた〝あの方〟の為に戦います。その先に死という明確な終わりが待っていようとも」
言いたいことを言い切ったのか女性はそれを言い終わるとくるりと踵を返しそのまま歩き去っていく
思わず手を伸ばしてしまうが、果たしてあの人を止める資格が自分にあるのか
なんで戦っているのか
大雑把に言えば子供たちを守るため…でもあるのだろうが
いつかあの言葉に、自分が答えることができる日が来るのだろうか
◇◇◇
<いよいよ明後日は、エンデュミオンの完成披露式典ですね>
テレビからそんなアナウンサーの声が聞こえる
いくつものカメラのフラッシュが画面に映っているオービットポータル社の社長であるレディリー・タングルロードを捉えている
レディリーはそれらを受けながらも、堂々とした声色で宣言していく
<はい。当日はわが社の総力を結集して、皆様に〝奇跡とはなんたるものか〟というのをお見せできると思います>
<そんなレディリー社長の輝きは…我がザイアコーポレーションも100…いえ、1000パーセントのご助力を添えさせていただきます>
そんな彼女の隣に立つ高身長の男性は〝天津垓〟である
ザイアコーポレーションとは学園都市で若者が遊べるであろう玩具製品を取り扱っている会社であり、チャイルドエラーの子たちには評判が高い
<鳴護アリサさんは、今をときめくアイドル…そんな彼女の歌声を色々な方に知ってもらいたいと考え、今回レディリー社長とご相談の上―――>
「はぁ…色々と展開していってんだねぇ」
ぱきり、とおせんべいを齧りながらふぅ、と息を吐くのはアリステラ
対面には両儀式も座っていて、コーヒーを飲みながらそのテレビを見つめていた
「実際、鳴護アリサさんの音楽は親しみやすいからね。ほら、僕の携帯にもいくつか落としたんだ」
「ふぅん、幹也もねぇ。本当に人気なんだな、アイツ」
少し式が詰まらなそうにふんとしながら再度コーヒーを飲む
今もテレビの前で言葉を話すレディリーのことを、蒼崎橙子はじっと眺めていた
◇◇◇
―――Brand New Bright Step さぁ 今 動き出す 新しい世界 かけがえのない楽園へと…
「奇跡の歌声…平凡ではあるけれど、実効性が伴えば、これほど強いキャッチコピーはないわ。…そうは思わない?」
ライブを中継しているレディリーのとある部屋
開城の熱狂とアリサの歌声を耳にしながら彼女は後ろへ控えているシャットアウラに視線を向ける
しかしシャットアウラにとっては音楽は耐え難いノイズであり、とてもいい顔はしていない
「―――ッ! い、いえ。私は奇跡など信じてはいませんので」
「本当につまらない子ねぇ。失墜するはずだったオービットポータルの命脈を保ったのは八十八の奇跡のイメージよ? ある種、〝奇跡〟というのは我が社最大の〝売り物〟なの」
「オリオン号の事件は、決して奇跡なんかでは―――」
「乗客の八十八人全員が助かっているのに? あれが奇跡でないならなんだというの?」
レディリーの言葉に反論ができず、シャットアウラは口を紡ぐ
黙ったシャットアウラを視界に収め、水城マリアから紅茶を受け取った彼女は一口それを味わった後、おもむろに上を見上げた
「―――さぁ、ようやくこれで…すべての準備が整ったわ…」
小さく歪に笑みを浮かべる彼女の真意を、わかるものは誰もいない―――
ここの天津は着ている衣装と同じで真っ白の予定です(色々