少し風紀委員のお仕事を頼まれた、次の競技はちょっと行けないかもしれない、という断りの電話を吹寄に伝えた後、アラタは蒼崎橙子の下へやってきていた
彼女はアラタのことを見つけると手をあげるとポケットに手を突っ込んで歩み寄ってくる
「で、入り込んだって?」
「あぁ。今学園都市はこのお祭り騒ぎだ、一般人も入っているから警備も緩くなっている。恐らくそこを突かれたのだろうな」
なるほどなぁ、と手を組んだ
確かに今学園都市は橙子も言っているように開放的になっており、現に今も一般の人たちが歩いている
誰かの両親、兄弟姉妹、はては興味を持ってる一般人
いろんな人種がはびこっているのだから、見逃したって仕方がない
「入ってきたのは?」
「最低でも二人。運び屋のオリアナ・トムソンというものとローマ正教のリドヴィア・ロレンツェッティ、二人とも女性だ。取引相手もいるかもとは思うが、こっちは何とも言えない」
「目的は」
「取引だよ。連中はこの街で、霊装の受け渡しを行おうとしてるみたいでね」
「なんでここで」
「色々とグレーなところだから、だろうな。さっきも言った通り今は警備も緩んでる。だからそれに乗じて少し大胆に動けるということさ」
ふむぅ、とアラタは組んだ手をそのままに大きく息を吐く
これはこれは面倒な予感がピンピンする
「おそらく、このことはお前の友人にも入っているだろう、上条当麻、だったか」
「そうか、アイツも知ってるのか…今回の競技はちょっとズルして休んだけど、休み続けるわけにもいかないしな…どうにか競技しながら対抗策を練っていくか。…ところで、どんな霊装を取引する予定なの? 相手さんは」
「正直、私やお前はたいした問題ではないが…
「激ヤバアイテムじゃんか」
◇
橙子もそれとなく手伝ってくれることらしいのでとりあえず今は大覇星祭に集中することにする
とりあえず次の競技に向けて身体のアップも兼ねて適度に走りながら歩いたり走ったりを繰り返していると公園に差し掛かる
するとなぜか吹寄に引きずられてきた我が友人上条当麻の姿が見えた
何でか知らんが当麻はえらいボロボロである
とりあえず開口一番吹寄にしないといけないのは先の競技で休んだことを謝罪することだ
「あ、ごめん制理。さっきの競技休んじゃって」
「っ! 鏡祢アラタ。…いいわよ、風紀委員のお仕事のお手伝いなら仕方ないものね」
アラタに気づいた吹寄はこちらに気が付くとぺいっと持っていた当麻の服の襟首を離すとそう言ってくれる
捨てられた当麻はがばぁっと勢いよく上半身だけ起き上がると
「やっぱり扱いの差がひどすぎない!?」
「事情があって休むって事前に連絡が来てたもの。やる気がない貴様と違ってね!!」
ひでぇ言われよう、と内心でちょっとアラタは笑ってしまった
別に当麻自身もやる気がないわけではないのだけどちょっと理不尽
「今俺たちのクラスは何の競技やってんだ?」
「二年女子の綱引きと三年男子選抜のトライアスロンよ。応援はどっちに行く?」
「知り合いのいる方で。というと女子になっちゃうかな」
「構わないわ、ほら上条とっとと立ちなさい時間は有限なのよ」
「扱い落差がすごいって! 上条さんも頑張りますから! せめて人間のように扱って!!」
普通に歩き出す二人についてくように起き上がった当麻は駆け出した
これが普段仲良くしてる人としてない人の差なのかなぁ、なんてどうでもいいことを考えながら当麻は二人の後ろを追いかける
「制理は友達と回んなくて大丈夫なの?」
「大丈夫よ。納得してくれてるし、───おまえもいるし」
「?」
喧騒に紛れて最後の部分だけ聞き取れなかった
まぁ友達が納得してるなら問題ないだろう
「鏡祢は? 大覇星祭楽しめてる?」
「楽しめてるよ。せっかくここまで準備してきたんだから、楽しめるときは楽しまないと。な、当麻」
「お、おうっ」
不意に話を振られて当麻はそんな返事をする
吹寄がなんで実行委員に立候補したかはわからないが、それでも彼女は自分から実行委員に立候補したのだ
遅くまで残って準備している彼女の姿を何度も見ているし、何度か手伝ったこともある
そんな姿を何回も見ているからこそ、成功させたいものだ
ふと、そんな時だ
人込みも相まって不意に自分たちの後ろにいた当麻が誰かにどんっ、と押されてしまった
そんな感じで押された当麻をうっかり条件反射で避けてしまった二人の間を通るように体が動きまた倒れようとして
思わず当麻の手を掴んで転倒だけは防ごうとしようと手を伸ばしたが───ぱふんっと当麻の顔が何か柔らかいものに受け止められた
「あ」
「んなっ!!」
それは女性の胸だった
色んな事が立て続けに起こって混乱しつつある当麻は何とか体制を立て直し冷静さを取り戻す
対して当麻とぶつかってしまった女性はあんまり気にしてはなさそうだ
金髪碧眼の女性、年齢は十八から二十歳の間、それでいてかなりのスタイルをお持ちだ
そんでもって服装もすごい…塗装業なのかツナギを着ているのだが、上半身の作業服は第二ボタン以外止めておらず、下に何も履いていなさそうであり、地肌が丸見えである
ズボンも腰に引っ掛けて履いている様な感じであり、もしかしたら端から尻が見えているのかもしれない
持っていた大きい看板のような何かが包まれた荷物を持ち直しながら女の人は
「あっと、ごめんね? こういう人込み慣れてなくって。どこか痛むとこある?」
「うぅ。全然そんなことはないのだけれど優しさが身に染みてこのまま身体を預けてしまいそう…」
「何言ってんだお前は」
訳の分からない言葉を漏らす当麻を女性から引っぺがす
ところでこの人すごい流ちょうな日本語だな、とアラタは女性を見る
「ふふ、結構元気そうね」
わりかし元気そうな彼らを見て女性は微笑みを浮かべながらす、っと右手を差し出した
「お詫びに、ね。日本ではこういう時こういう方が一般的なのでしょう?」
「そ、そういうもんなの?」
「あら、キスの方がいい?」
「───はい! キスの方がいい!」
流石に看過できなくなってのでアラタの蹴りと吹寄のグーが同時に当麻を襲う
ぐぉぉぉ、と痛みに悶えつつも、笑いながらまた手を差し出してくれる女性の手を
バギンッ、と何かが砕けるような音が響いた
「…え?」
声を出したのは当麻でも、女性でも、アラタでもなく吹寄だ
当事者の二人は何が起きてるか理解してるし、アラタもそれを見て察した
「───さて。そろそろお仕事に戻らなきゃだから。行くわね?」
そう言って女性はこちらの言葉を聞くことなく人込みの中を走りだす
アラタと当麻は互いに顔を見合わせると
「制理、そういえば次の競技とか、実行委員の仕事とかは大丈夫か」
「え? えっと…確かもう少しで実行委員の仕事はあるけど…っと、」
不意に吹寄の携帯が鳴った
彼女は慣れた手つきで電話に出ると、何か事務的な会話を始める
どうやら相手は運営委員のようであり、話の内容から察するに少しトラブルが起きたみたいだ
「ごめん、私行くわね」
「構わない、俺たちも後で行く」
「ありがとう。次はパン食い競争だから、遅れるんじゃないわよ上条当麻!」
「何で俺だけ名指し!?」
そんな風にボケとツッコミを繰り返していると、アラタが先ほどの女性の背中を眼で追いながら答える
「俺が尾ける、お前は元春に連絡を」
「わかった、任せたぜ」
そう言ってアラタは人込みの中、なるべく気配を殺しかなり遠めからその金髪の女性を追いかけ始めた
◇
人込みをかき分けて金髪の女性は進んでいく
同時に浮いてもいる、というのも自覚していたが、予想外の出来事に感情が対処できていない
作業服のズボンのポケットに手を突っ込んで彼女は何かを取り出した
それは主に暗記に用いる紙の束、単語帳だ
何も書かれておらず、真白い紙がリングに通してあるだけの
彼女は一枚歯で咥えて引き千切るとその紙に文字が浮かび上がる
ウォーターシンボル
水の象徴、という意味を名前が黄色いインクで紡がれる
彼女は単語帳をポケットに戻し咥えた一ページをまるで電話のように耳に寄せ
「もしもし? こちらは
<本名は慎むように。貴方の声そのものは周囲に漏れる可能性があるゆえに。そこから正体を見破られると厄介なことになる恐れになると推測されるので>
帰ってきたのは女の声だった
耳に当てた単語帳の一枚から空気の振動を介さない声で
折り目正しい声色にオリアナは
「悪いけど既に巻き込まれているの。私としてはアドリブがたくさんある方が興奮もできるのだけど、そちら好みではないのよね? 〝リドヴィア・ロレンツェッティ〟」
本名を言われた向こうは少しだけ沈黙する
数秒のあと
<あまり卑猥な表現は慎むように。信仰上の理由により貴方に合わせることを禁じられているゆえに>
「そおねえ、焦らされるのが好きな修道女には言葉責めは辛すぎるかもしれないわねぇ。あ、化学方面のお話はお嫌いかしら」
<本題は>
「あら、ごめんなさい。簡単に説明するとお姉さんが使ってた術式が破られちゃったの」
あの術式
名づけた名前は〝
用いたのは一種の保険のようなもので、こちらを追いかけよう、という気を無くさせる術式
向き合ってる間はそうでもないがいったん背を向けると「まいっか」みたいな感じで追っかけようという気はなくなる、そんな術式
それゆえに安心して取引の仕事を完遂できるはずだったのだけれども
「直接的な原因もわかんなくって。お姉さん困っちゃう」
<…代案の提出を>
そうねぇ…とオリアナはニコリと笑いながらちらりと視線を後ろに見やる
「まずは、後ろにいる坊やを撒かないと、ね」