ご注文は幼馴染ですか?   作:もんぶらんらん

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 三人称での人の動かし方の練習を兼ねて書いてみました。 おかしな点などがあれば指摘していただけると嬉しいです。



第一羽 春の始まりは出会いの始まり

 まだ微かに肌寒さの残る四月上旬。 美しい風景と歴史ある建物を数多く残す石畳と木組みの街も今日はあまり人が外に出歩かず、どこかしっとりとした雰囲気に包まれていました。

  澄んだ冷たい空気が街全体の時間の流れを遅くしているように錯覚させます。

 そんな街の一角。 人気のない通り道に面した一軒の小洒落た珈琲喫茶店『ラビットハウス』も街の雰囲気に呑まれ、珈琲豆を挽く音だけが静かな店内を満たしていました。

 

「お客さん、来ないね」

 

 喫茶店の制服に身を包み、やや不満げに桃色の髪の少女——保登心愛(ほとここあ)はため息をつきます。 幼さが残るその顔からは”退屈”の二文字がひしひしと感じられます。

 それもそのはず。 心愛はつい一週間ほど前にこの街の学校に通うためにやって来たばかりなのです。

 下宿先であるラビットハウスのお手伝いもいいと思ってはいます。 ですが夢見る乙女な心愛は新天地でもっと刺激が欲しいのです。

 

「今日は一段と寒いからな」

 

 同じく喫茶店の制服を着たラベンダー色の髪をした長身の少女——天々座理世(てでざりぜ)が言いました。 幼さの残るピンク色の髪の少女に対してこちらは大人びた顔つきです。 加えて出るところは出てるナイスボディです。

 心愛が暇をしているのは分かっていましたが、あくまで今は仕事中ということで適当な会話をしながらテーブルを拭きます。 理世はしっかりした働き者です。

 ボーッと机に座って足を揺らす心愛。 テキパキとテーブルを拭く理世。 同じラビットハウスの店員だというのにどこで差がついたのでしょうか。

 この状況をお昼のラビットハウスの主である水色の髪の少女が見逃すはずがありません。

 

「心愛さん。 理世さんを見習って働いてください」

 

 幼げな容姿から発せられるには少々棘のあるトーンで水色の髪の少女——香風智乃(かふうちの)は呆れながら叱ります。

 叱るといっても本気ではありません。 この一週間で心愛にお客さんがいない時も真面目に働け、というのは無理があるのを知ったからです。

 三人の会話は智乃の言葉を最後に途切れ、再び店内に珈琲豆を挽く音だけが響きだしました。

 

 がりがりがりがりがり。

 ざりざりざりざりざり。

 

 店内に程よく珈琲の香りが充満してきたころ、入店を知らせるベルの音とともに店の扉が開きました。

 ガタッ! と、心愛が椅子を倒しながら立ち上がります。

 テーブルを拭き終え、暖房の入った店内の暖かさにうとうとしていた理世も意識を現実に引き戻されました。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 心愛が弾けるような笑みで、

 

「い、いらっひゃいませ!」

 

 理世は若干、寝ぼけながら、

 

「いらっしゃいませ」

 

 智乃はコーヒーミルを動かす手を止めて挨拶をします。

 

「…………」

 

 入ってきたのは大きな黒色のボストンバッグ肩にかけ、銀色のスーツケースを転がす青年でした。 赤いジャージと色褪せた同色のマフラーが特徴的です。

 青年は無言で三人の挨拶に小さな会釈を返しました。

 カウンター席に座るのと同時に智乃がメニューを差し出します。

 

「ご注文がお決まりになったら言ってください」

 

「……オススメってありますか?」

 

「当店オリジナルブレンドがオススメです」

 

「ならそれで」

 

「かしこまりました」

 

 智乃は後ろの棚からガラス状のフラスコを二つ縦にくっつけたような器具を取り出します。

 青年は手際良く用意されるその器具を見て、

 

「それ、なに?」

 

 智乃はやや自慢げに、

 

「サイフォンです」

 

 器具を持ち上げて答えます。

 聞いたことのない単語に青年は首を傾げます。

 すると、智乃が珈琲一杯分の水をサイフォンの下の部分のフラスコに注ぎながら説明を始めました。

 

「蒸気圧を利用して珈琲を抽出する器具です。 フラスコ内を正圧にしてフラスコのお湯を上の部分……漏斗に移動させてフィルターに入れた珈琲の粉と混ぜます」

 

「でもそれじゃ抽出した液体が……ああ、陰圧を利用するのか」

 

「はい。 フラスコの水を加熱していたアルコールランプを外してフラスコ内の気体を冷却します。 そうしたらフラスコ内が陰圧になるので、上の漏斗に吸い上げられたお湯が下のフラスコに吸引されます」

 

「で、完成と」

 

「実際にはもう少し手間がいりますけど、簡単にいうとそうです」

 

「その手間はここで見れるの?」

 

「もちろんです。 サイフォンはその過程でお客さんの目を楽しませるという役割もありますから」

 

「なら楽しむ」

 

「楽しんでください」

 

 そこから暫くはぐつぐつと、お湯が沸騰する音だけが店内を満たしました。

 会話に加われなかった心愛と理世はやや離れた位置から智乃と青年を見守ります。

 

「……どうぞ」

 

 時間にして七分程度でした。

 ですが、この場にいた全員はもっともっと長い時間を過ごしていたかのように感じていました。

 青年は智乃の置いた白いカップに注がれた吸い込まれそうなほど黒い液体を見つめます。 その姿はまるで珈琲の分かる人間のような行為ですが、青年には専門的な知識は一切ありません。 形だけです。

 三人の店員が見守る中、青年はゆっくりとカップ持ち上げ、口元に近づけます。

 今、飲みました。

 三人の緊張は頂点に達します。

 口をつけたカップをセットの皿に戻し、青年は一言、

 

「美味しい……!」

 

「ありがとうございます」

 

 青年の言葉に智乃の口元がほころびます。 心愛と理世も安堵の息をつきます。

 青年はなぜ彼女たちがあんなにも緊張していたか分かりませんでしたが、珈琲が美味しいので細かいことは気にしません。 少しずつ、冷めない程度の早さで飲みます。

 

「……?」

 

 ふと、視線に気づきました。

 横を向いてみると心愛が青年の荷物を興味深そうに観察していました。

 

「もしかして、お引っ越しさん?」

 

「そうだよ。 今日からこの街に住むことになってるんだ」

 

「わあ! 実は私も一週間前にここに来たばかりなんだよ!」

 

「一週間前? そのわりには随分と雰囲気に馴染んでる感じがするね」

 

「心愛さんは変わった人ですので」

 

 智乃の変な人発言に心愛は衝撃を受け、固まります。

 数秒後にはひどいよ智乃ちゃん!と、半泣きになりながら智乃に抱きついていました。 智乃は嫌そうな表情はしますが抵抗はしません。 満更ではないようです。

 

「……あ、そうだ」

 

 まるで姉妹のような振る舞いを見せる二人を眺め珈琲を飲んでいた青年が、ふと何かを思い出したかのようにその手を止めました。

 同じように二人を眺めていた理世に手招きをします。

 理世は直ぐに青年の近くに駆け寄ります。

 

「ご注文でしょうか?」

 

「いや、注文じゃないんだ。 ちょっとこの地図を見て欲しいんだけど……」

 

「地図?」

 

「どこにやったっけな……あったあった、これ」

 

 青年のジャージのポケットから丁寧に四つ折りされた一枚の紙が取り出されました。 桜の花が描かれた手触りの良いとても上品な和紙です。

 理世は手渡された和紙を開きます。 手書きの地図でした。

 道のりを描いた線よりも筆を使って書かれたと思われる達筆な文字が目に留まります。

 

「……"煌めく青春の通り道"?」

 

 地図に記されている通り道の名前にも目が留まりました。

 こんな通り道あったか?

 この街に生まれ育って今年で十七年の理世ですら知らない名前でした。

 よく見てみると建物の名前も"闇夜を照らす星畑"や"銀月と金太陽の恵み"など聞いたことのないものばかりです。

 けれど理世は、

 

「なんだ……この既視感は」

 

 変な名前に何故か既視感を感じました。 デジャヴというやつです。

 つい最近、どこかで見たような名前を——、ネーミングセンスを見た気が、

 

「十六番通りの地図じゃないかなあ。 お花屋さんと八百屋さんがあるし」

 

 青年と理世はお互いのものではない別の声に振り向きます。

 そこには智乃に抱きつくのを止めて地図を覗き込んでいる心愛がいました。

 理世の脳に閃光が駆け抜けます。

 達筆な字、上品な和紙、意味不明なネーミング、心愛が理解することが出来る。 この条件から導き出せる答えは、

 

「甘兎庵のメニュー! この地図は千夜が書いたものだったのか!」

 

 脳裏に浮かぶのは深緑色の和服を着た黒髪ロングの女の子、宇治松千夜(うじまつちや)でした。

 和菓子屋の甘兎庵の従業員兼看板娘を務める彼女の考える独特なメニュー名こそが、理世の既視感の正体だったのです。

 

「千夜のこと知ってるの?」

 理世の反応に青年は少し驚いたような表情を見せます。

 

「まあ、友達だか」

 

「千夜ちゃんは私の大親友だよ!」

 

 心愛が理世の言葉を蹴散らします。 親友の話と聞いて黙ってはいられないようです。

 青年が千夜と関わりのある存在だと分かった途端、心愛の怒涛の質問攻めが始まりました。

 いつから知り合っているのか、小さい頃はどんな子だったのか、好きな食べ物は何か。 千夜に関係あることから無いことまで質問しまくります。

 ざっと三十分ほど質問し続けたところで理世が心愛にストップをかけました。 ろくに息継ぎもせず話し続けたため息を切らしています。

 一分ほど休んで息が整ったところで、彼女は青年から聞いた話をまとめます。

 

「つまり、あなたの名前は高山晶(たかやまあきら)くん十六歳。 十歳までこの街にいてそれから別の街に引っ越しちゃったけど今年から高校に通うために戻ってきて、おまけに千夜ちゃんと幼馴染な関係なんだね!」

 

「自己紹介の手間を省いてくれてありがとう。 だいたいそれで合ってるよ」

 

 青年——高山晶は心愛の説明に頷きました。 自分という存在を非常にコンパクトにまとめた心愛に関心します。

 仲の良かった幼馴染はもう一人いましたが、質問されなかったので心の中に留めておくことにしました。

 

「っと、もうこんな時間か」

 

 楽しい会話は時が経つの早めます。 晶が時計を見ると、時刻は既に十二時に差し掛かろうとしていました。

 財布を取り出し、珈琲の値段ちょうどの小銭を握ります。

 

「地図の場所に向かうのか?」

 

 支払いの準備をする晶に理世が言いました。

 晶は一つ頷くと荷物を担いで立ち上がります。

 

「千夜たちと一緒にお昼を食べる約束をしてるからね」

 

「……行き方は分かるんですか」

 

 智乃の指摘に体が固まりました。

 運悪く晶のいなかった六年間で建物の配置が変わった場所が多かったのです。

 実際、晶はラビットハウスに来るまで道に迷っていました。 地図を解読できたからといって目的地に辿り着けるとは限りません。

 

「はいはいはーい! なら私が地図の場所まで案内してあげる!」

 

 すかさず心愛が元気良く手を挙げました。

 

「いや、ダメだ。 私が行く」

 

「お願いします理世さん。 心愛さんは働いててください」

 

「ひ、ひどい!?」

 

 心愛が致命的な方向音痴であり道草の達人であることを知っている二人は、協力して心愛の行動を阻止しました。

 晶は一瞬、遠慮しようかと考えました。 しかし、どう足掻いても自分一人では目的地に辿り着けないと判断し、素直に案内してもらうことに決めました。

 

「お願いするよ天々座さん」

 

「理世でいいよ。 苗字で呼ばれるとなんかむず痒いんだ」

 

「じゃあ……頼むよ、理世さん」

 

「任せとけ、晶」

 

 理世は力強い足取りでラビットハウスを出て行います。 晶もそれに続いて早足でついて行きます。

 

「いってらっしゃーい!」

 

「気をつけて」

 

 背後から聞こえる声に手を振り、二人は地図に描かれた目的地へと向かいました。

 

 




 なるべくコンパクトに完結まで持っていけるように頑張ります。 どうぞよろしくお願いします
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