ラブライブ!~一〇人目の女神様~    作:kurei_jin

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第一一話 その名は《μ’s》

 

「差出人のない封筒?」

「うん。それにこれが入ってたの」

 

 真姫の説得を続けるか既存の曲を使うかの話し合いから明けて翌日。学院の屋上にてそう言いながら穂乃果が差し出したのはケースに入った円盤状の光学記憶媒体――いわゆるCD―ROMだった。

 それを受け取った雪兎はCDが入っていたと言う封筒と共に前後を改める。

 

「確かに封筒の表面だけに“高坂穂乃果様”とだけ書かれているね。消印はおろか住所の記載がないところを見るに直接穂乃果の家のポストに投函したようだけど」

「穂乃果ちゃん、これって何時入ってたの?」

「昨日練習から帰った時は夕刊しか入ってなかったから、夜から今朝にかけてだと思う」

「宛名しか書いていない直接投函の、しかも手紙の類も入っていないCDだなんて怪しすぎます。イタズラではないのですか」

「うん、だから私もまだ封を開けただけで再生してないんだ」

「君子危うきに近寄らず。そう言うときは開封以前に捨てるべきです。いえ、今からでも遅くありません捨ててしまいましょう」

「でも、もしかするともしかするかもだから捨てるに捨てられなくて」

「ああ、気位高い子だもんね真姫ちゃんは」

 

 実際面識のある雪兎は彼女の性格を考え深く頷く。

 一度断った手前、気が変わって曲を提供してくれることになっても自分の名前は出さないというのは十分予想できるからだ。

 

「まぁ、それはそれとして穂乃果、よく自分で再生する前に皆に相談したね。穂乃果のことだからよく考えもせずに真姫ちゃんからだと断定して既に再生したのかと思ったよ」

「そう言えばそうです。穂乃果にしてはよく思い止まりましたね」

「ゆきくんも海未ちゃんも言い過ぎだよ。穂乃果ちゃんだって誰が送ってきたのかもわからないCDを再生したりしないよ」

「いやぁ、それが……」

 

 珍しく自制の効いた穂乃果に思い思いの言葉をかける三人だったが当の穂乃果は言いづらそうに眼を逸らした。

 

「えっ」

「穂乃果ちゃん」

「まさか」

 

 言いよどむ穂乃果に三対の視線が突き刺さる。

 

「……はい、そのまさかです。自分のパソコンで再生しようとしたところを雪穂に危ないと言って止められました」

 

 自白は思いの外早かった。

 ちなみに雪穂と言うのは穂乃果の二つ歳下の妹である。これが姉と違ってしっかりした妹でどちらが姉なのかわからないともっぱらの評判だ。

 え、何? 金剛モザイク? いったい何を言っているのか分からないデース。

 

「はぁ……。感心した私が馬鹿でした」

「穂乃果ちゃぁぁぁん!」

「まったく、今回も雪穂ちゃんに感謝だね」

「うぅ、返す言葉もない……」

 

 とは言え、穂乃果の迂闊さについては今に始まったことではないので幼馴染の三人にとってはコレもある意味予定調和ではあった。

 

「まぁ、穂乃果の迂闊さはわりかしどうでもいいから横に置いておくとして」

 

 事実ではあるがあまりの言いぐさに、穂乃果から“ひどい!”と抗議の声が挙がるが雪兎はソレを無視して話を進める。

 

「それよりも問題はコレの中身が真姫ちゃん説得の成果なのかということだよ」

 

 そう。目下の問題は穂乃果の迂闊さではなく雪兎が手にしているCDの正体だ。

 

「それなら直接本人に問いただすのが一番だと思いますが」

「でも、ゆきくんの話通りの子ならどっちにしても自分じゃないって答えそうだけど、どうするの?」

「その心配はいらないよ。真姫ちゃんは良くも悪くも素直な子だから鎌を掛けて反応を見れば一発でわかる。だけどこの手は使えない」

「え、なんで?」

「もし仮にコレが本物なのだとしたら名前を伏せてきたのは僕たちには気づいても触れて欲しくはないというサインだからだよ。メンバーになってくれなくても今後、名無しの作曲家として曲を提供してくれる可能性がある以上彼女に悪い印象を与えるのは得策じゃない」

「うぅん、それだともう再生しちゃうしか確認する方法がないよ」

 

 ことりの言う通り、こうなってはCDの中身を確認する以外に手だてがない。そんな中身不明のCDを中心にどうしたものかと頭を抱える三人娘に雪兎は何てことはないと言った風に解決策を提示する。

 

「じゃあ再生しちゃおうか」

「そうだよね。よし、じゃあ再生だ! ……って、ええぇぇぇぇっ!?」

 

 屋上故、遮る物がなにもない空に穂乃果の叫びが響きわたる。もちろん驚いていたのは穂乃果一人だけではない。

 

「で、でも、誰から送られてきたのかもわからないCDを再生するのは危ないってゆきくんもわかってるはずだよね?」

「そうです、穂乃果をたしなめていた先の貴方は何処に行ったのです! それとも穂乃果の迂闊さが伝染ったのですか!?」

「ちょっと、海未ちゃん! 人のうっかりをバイ菌みたいに言わないでよ!」

 

 穂乃果の抗議は今回も捨て置くとして、雪兎とて正体不明のCD再生のリスクは認識しているし、穂乃果の迂闊さが伝染った訳でもない。

 雪兎が再生を提案した理由。それはこの一言につきた。

 

「だって、他に方法がないんだから仕方ないでしょ」

 

 理由は至ってシンプルだった。

 それにと雪兎は言葉を続ける。

 

「故人曰く、虎穴に入らずんば虎児を得ずって言うじゃない。それに賭としては分は良い方だし、仮に外れだとしても僕の端末のセキュリティなら並のウイルスじゃビクともしないよ」

 

 そう言うや否や雪兎の行動は早かった。

 ジャケット内側のポケットからタブレット端末と外付け光学ドライブを併せて取り出すとケーブルでつなぎ、CDをセットする。取り出されたモノの容量がポケットのそれを越えているのは相変わらずである。

 とまぁ、そんな四次元ポケット的な謎はさておき、同期しているタブレット端末に一つの音楽ファイルが表示された。

 精神的ブラクラである可能性も考慮し、まずは雪兎のみで聴くためイヤホンを装着する。そして再生ボタンを押し、しばらくそれに耳を傾ける。

 

「どう?」

 

 十数秒たっても何も言わない雪兎に不安を覚えたのか穂乃果が雪兎に問いかける。海未とことりも言葉こそないが同じく不安そうな表情で雪兎を見つめる中、雪兎に浮かんだのは会心の笑みだった。

 

「待った甲斐があった」

 

 雪兎の笑みとその言葉に穂乃果が身を乗り出す。

 

「ユキちゃん。じゃあそれって――」

「ああ、皆も聞いて!」

 

 イヤホンジャックからイヤホンを引き抜くとスピーカーから音楽と共に歌が聞こえてくる。

 それは新しいスタートを切る者たちへの応援歌。

 そして、その歌を歌う歌声は――。

 

「この声、真姫ちゃんだ!」

 

 ピアノの旋律にあわせて聞こえる歌声は聞き間違いようもない。真姫の歌声だ。

 

「すごい、歌になってる」

「本当にこれが私たちの――」

「私たちが歌う――」

 

 未だに信じられないと言った風に呆ける三人娘に雪兎はオーバーリアクション気味に両手を大きく広げると高らかに宣言してやった。

 

「そう。君たちのために創られた君たちだけの歌だ!」

 

 素人の自分たちのために専用の曲が、しかもこれだけ素晴らしい曲が作られたと言う事に今一つ現実味が乏しかった穂乃果たちだったが雪兎の宣言に紛れもない現実だという実感が沸いてくる。

 

「……すごい、すごいすごいすごい、すごぉぉおおい!」

「やったね穂乃果ちゃん!」

「後は振り付けを考えて踊れるように練習するだけです。これからさらに忙しくなりますよ!」

 

 目下の課題だった曲の問題が解決しファーストライブに向けていよいよ盛り上がる穂乃果たちだったが良い知らせはまだ続く。

 

「そんな君たちに朗報がもう一つ」

 

 その言葉に三人の視線が雪兎に集まったところで雪兎は折り畳まれた紙片を取り出し掲げてみせた。

 

「ユキちゃん、まさかそれって――」

 

 雪兎の掲げる紙片にまさかと期待のこもった眼で見つめてくる穂乃果に雪兎は満面の笑みで以て頷く。

 

「そう。公募していたグループ名だよ」

「入ってたのですか!?」

「本当に!?」

「まぁ、一枚だけだったけどね」

「一枚だけでも嬉しいよ! 早速開けてみよう!」

 

 急かす穂乃果に促され、折り畳まれた紙を開いてみるとそこには《μ’s》とだけ書かれていた。

 

「なんて読むんだろう? ユーズ?」

「恐らくミューズと読むのではないでしょうか」

「ああ、石鹸の!」

「それはミューズ違いだと思うよ穂乃果ちゃん」

 

 さすがに石鹸が由来というのはないだろう。仮にそうだとしたら斜め上どころか三回転捻りの上、顔面から着地するレベルでのぶっ飛び具合だ。

 そんな迷走をみせる穂乃果にユキペディアたる雪兎が名前の由来を解説する。

 

「ギリシャ文字のμを使っているあたり、同じギリシャ神話に出てくる音楽や文芸などの芸術を司る女神ミューズから取ったんだろうね。本来は九人からなる女神なんだけど三人の女神って説もあるから今の穂乃果たちにピッタリなグループ名だと思うよ」

「うん、いいと思う。私は好きだな」

「そうですね。名は体を表すという意味でも良い名前だと思います」

 

 雪兎からの由来の説明にことりと海未からは好感色な意見が出る中、穂乃果は噛みしめるようにその名を一度口にすると大きく頷いた。

 

「《μ’s》……。うん、決めた! 私たちのグループ名は《μ’s》だ!」

「いいの? 可能性としてはかなり低いけどまだ候補が来るかもしれない。もしかするとそれが《μ’s》より良い名前かもしれないんだよ?」

 

 穂乃果いきなりのグループ名決定宣言に雪兎が待ったをかけるが穂乃果の心は決していた。

 

「うぅん、それでもやっぱり《μ’s》がいい! だってこれは運命だよ! 私たちの最初の曲ができた日に入ってた名前なんだから!」

「そうだね。こんなに素敵なことなかなかないもん。私も穂乃果ちゃんに賛成」

「それに験を担ぐわけではありませんが芸術の女神様にあやかるのも悪くはありません。私も賛成です」

 

 他ならぬ彼女たちのグループ名だ。その彼女たちが良いと言うなら裏方の自分がこれ以上口を挟むのは野暮というものだろう。

 

「そうか、わかった。なら君たちは今日から《μ’s》だ!」

 

 こうしてファーストライブに向けての全てのピースは揃った。あとは――。

 

「じゃあ早速、練習開始だ。真姫ちゃんの曲と《μ’s》の名に恥じないライブにするために、皆がんばろう!」

「「「おおぉぉぉぉ!」」」

 

 練習あるのみ。

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