「ええっ!? ユキちゃんが言ってたライブを手伝ってくれるクラスの子ってヒデコたちだったの!?」
曲とグループ名が決まり、ファーストライブに向け日々猛練習に励んでいた《μ’s》の三人は雪兎の集めた裏方の面々との初顔合わせを行っていた。
「いやぁ、別に隠すつもりはなかったんだけどね」
「穂乃果たち毎日忙しそうだったし」
「邪魔するのも悪いかなって思ってさ」
ヒデコ、フミコ、ミカ。三人揃ってヒフミトリオ。
雪兎、海未、ことりの幼馴染を除いたクラスの中で特別親しいと言える穂乃果の友人たちだ。
彼女らこそ数々の神アシストで後にモブの中のモブ、神モブと呼ばれるようになる伝説のモブキャラたちである。
「ヒデコには照明や音響等の舞台装置の操作、フミコとミカにはお客さんの整理やその他雑用をお願いしてあるからそのつもりでね」
雪兎からそれぞれの役割を紹介されたヒフミトリオは力強く頷くと穂乃果たちにエールを送る。
「ライブ当日のバックアップは任せて」
「穂乃果たちがライブに集中できるようにがんばるから」
「その代わり最高のライブ魅せてよね」
たったの三人。
それでも自分たちを応援し手伝ってくれる学院の生徒が確かに居ることに穂乃果たちは大いに励まされた。
「皆……」
「学院のために行動してるのは私たちだけじゃなかったんだね」
「心強いです」
ヒフミトリオの参戦により彼女たちのモチベーションも高まったところで、本題に入るため雪兎は手を叩いて皆の視線を集める。
「さて、じゃあ心強い援軍とも合流できたところで今日のアイドル活動の話に移るよ。昨日話したことは覚えているかな?」
「もちろんだよ。三日後に迫ったファーストライブを宣伝するためのビラ配りだよね、ユキちゃん?」
「その通り。人頭は生徒数が三学年で全六クラスしかない《音ノ木坂学院》では僕たち四人でも十分なんだけど、メンバー以外の後援者も居るグループだってことを周知するため彼女たちにも来て貰ったって訳」
「ゆきくんが三人を今日私たちに紹介したのはそのためでもあるんだね」
「そう。そしてこのビラ配りには宣伝の他にもう一つ、ライブを迎える上で大事な目的がある」
そこまで言った雪兎はとある方へと視線をやる。まるでその視線の先こそもう一つの大事な目的だと言わんばかりに。
そんな雪兎の視線を追って皆がその先を見やると――。
「やっぱり無理です……」
壁の隅で膝を抱えてうずくまる海未の姿があった。
「もぉ、海未ちゃん! 往生際が悪いよ」
「いきなりライブをやる訳じゃないしビラを配るだけだよ。それに配る場所は学院内だし男の人は居ないから大丈夫だよ」
「ここに一人居るけどね!」
「それでも見ず知らずの人に声をかけるなんて無理です。恥ずかしい……」
間に入った雪兎魂の叫びは置いておくとして、大事な目的というのがまさにコレであった。
練習では歌もダンスも問題なくこなせる。しかし、いざ人前に立つと生来の恥ずかしがり屋の気質が出て緊張から逃げ出してしまうのだ。
「とまぁ、そんな海未をライブまでに人目に慣れさせるってのがもう一つの目的だったんだけど――」
「無理です、やっぱり無理……はっ、そうです! 私の代わりに雪兎がライブに出れば万事解決するではないですか! 歌もダンスも一緒に練習していますし、その完成度は私たち以上。それに私がライブに出ないとなればこのビラ配りの理由もなくなる……っ! これぞませに天啓!」
ある意味予定調和ではあったが、これは思った以上に重傷だった。
とは言え、このままではライブ当日になっても幕を上げることができない。とりあえず海未の妄言は正論でバッサリ斬って捨ててやることにする。
「陸軍としては海軍の提案に反対である。海未だけに――って冗談は程々にして、スクールアイドルのランキングレギュレーションの関係上、僕はメンバーになれないって前に説明したよね。それに宣伝は必要だから、どのみちビラ配りは絶対やるよ」
「そうだよ、海未ちゃん。いい加減覚悟決めようよ」
「穂乃果はお店の手伝いで慣れているではありませんか。私には絶対無理です!」
無理、やっぱり無理、絶対無理の三拍子で頑なに拒む海未に何かを思いついた雪兎は穂乃果に耳打ちする。
それを聞いた穂乃果は了解とばかりに頷くとニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら挑発するように海未に語りかけた。
「ふ~ん。海未ちゃん、私が階段五往復できないって言ったとき何て言ったけ?」
「っ!?」
あの穂乃果にそう言われては筋金入りの負けず嫌いでもある海未は黙っていることはできない。海未の心の中で火のついた負けず嫌いが恥ずかしがり屋と激しい鍔迫り合いを見せる。
そして恥ずかしがり屋と負けず嫌い、二つの感情の壮絶な死闘の末、海未の中で勝ち鬨を上げたのは負けず嫌いであった。
「わかりました。やりましょう! ええ、やってやりますとも!」
海未、決死の決意表明。
ちなみにその後ろで雪兎と穂乃果が計画通りと言わんばかりにハイタッチを交わしていたことを追記しておこう。
何はともあれ、海未を焚きつけ……もとい、やる気にさせることに成功した事でようやく今日のアイドル活動開始だ。
「よし。じゃあ改めて《μ’s》ファーストライブ宣伝活動始めるよ!」
「「「「「「おおおぉぉぉおお!!」」」」」」
それからビラを配ること数十分。
「よろしくお願いします!」
「《μ’s》ファーストライブやります!」
「ぜひ観に来てくだいさい! はい、ありがとうございます!」
最初はぎこちなかった海未も人慣れしてきたのか下校する生徒たちに臆することなく接することができる様になってきていた。
その様子に共にビラを配っていた雪兎は満足げに頷く。
「この調子ならライブも何とかなりそうだね」
「うん。そうだね――って、あああぁぁぁああ!」
穂乃果も海未の様子に一安心と雪兎に相づちを打ったところで、目ざとく彼の手元を見ると大声を上げた。
「ユキちゃん、もう自分の分終わってる! 私なんてまだ半分もいってないのに!」
すわ何事かと思ったが何のことはない。雪兎が自分のノルマを早々に捌いただけである。
「横目でちょっと見てたけど差し出された人皆が受け取ってくれていたもんね、ゆきくん」
「さすがは《音ノ木坂学院》に棲む銀の妖精と言ったところですね」
穂乃果の大声により駆け寄って来たことりと海未もしきりに感心しっぱなしだ。
「しかし早く終わっては雪兎も手持ちぶさたでしょう。数枚や半分とは言わず私のを全部どうぞ」
「海未ちゃん!」
「じょ、冗談です。冗談」
ドサクサに紛れて残りのビラを雪兎に押しつけようとした海未が穂乃果に叱られるという非情に珍しい光景に、雪兎は微笑を漏らすと足を校舎へと向けた。
「告知ポスター下に置いてあるのを少し持ってくるよ。皆はそのままビラ配り続けといて」
そう言って校舎内へと足を踏み入れた雪兎は少し急ぎ足で歩を進める。
階段を上り、何度目かの角を曲がったところで掲示板の所に辿りついた雪兎はそこに一人の先客がいる事に気づく。
「あれは――」
そこに居たのはファーストライブ告知ポスターの前で肩幅に足を開き腰に手を当てて仁王立ちする黒髪をツインテールに結った小さな生徒。
そんな彼女に対し、少し思案した雪兎は意地悪そうな表情を見せると抜き足差し足で彼女の後ろに忍び寄ると未だ気づかぬ彼女に笑顔で声をかけた。
「スクールアイドルに興味があるんですか、先輩」
「ひぃぃっ!?」
まるで忍者の如きワザマエなステルス・ジツに、声をかけられるまで気づかなかった小さな生徒は悲鳴を上げた。
振り返って見えたリボンの色は緑――即ち三年生だ。
とは言え彼女、実際小さくしかも平坦である。ショッギョ・ムッジョな胸囲の格差社会、我々はその片鱗を今垣間見た。
「大きなお世話よ!」
「誰に向かって言ってるんですか、先輩?」
驚きに悲鳴を上げたかと思えば急に天を仰いで叫んだ小さな生徒改め先輩はキョトンとした雪兎の言葉にハッとなる。
「な、なんでもないわよ!」
端から見たらイタイタしげな醜態を見られたからか、小さな先輩はばつが悪そうにそっぽを向く。
意地っ張りなのか眼を合わせようとしない小さな先輩に雪兎は微笑を浮かべると机の上にあるビラを一枚手に取り彼女に差し出す。
「そうですか。あ、これ僕の幼馴染たちが始めたんですよ。彼女たち今度の新入生歓迎会でファーストライブをやりますから興味があったら観に来てくださいね」
小首を傾げる姿が相変わらず可愛らしい雪兎に小さな先輩は赤面すると差し出されたたビラを引ったくるようにして受け取った。
「じ、時間があったら観に行ってあげるわ!」
「はい。よろしくお願いします。では僕はコレで」
それだけ言うとポスターの下の机に置かれたビラを一〇枚ほど手に取った雪兎は踵を返して立ち去ろうとする。そんな彼を小さな先輩が頬を赤く染めながら呼び止めた。
「待ちなさいっ!」
「はい? 何かありましたか」
「あ、あんたは……あんたは出るの、ライブ?」
「いいえ。僕は彼女たち三人の手伝いですから出ませんよ」
「っ!? そ、そう。なら良いわ。聞きたかったことはそれだけだから」
「そうですか。では今度こそ失礼します先輩」
今度こそ踵を返しこの場を去っていく雪兎の背中を見送りながら小さな先輩――矢澤にこは心の中で盛大な地団駄を踏んだ。
「(なんなのよ、なんなのよアイツ! 男の癖にあんなに可愛いだなんてありえないでしょ! 何よあのキラキラな銀髪、あの宝石の様な碧眼、あの透き通る透明肌! しかもクールビューティ系かと思えば守ってあげたくなる系もこなせるなんて反則にも程があるでしょ! これじゃまるでアイドルになるために生まれてきたアイドルの申し子じゃない!)」
妖精と呼ばれる彼の存在は知ってはいたが間近で見たのはこれが初めてだ。しかし、それがまさかコレ程のものとは思ってもみなかった。
しかも余計に彼女を苛立たせるのは後半のやりとりだ。
「(そのアイドルの申し子を差し置いて素人がスクールアイドル!? ハッ、幼馴染か何かは知らないけどふざけんじゃないわよ! これはアイドルに対する冒涜……そう冒涜よ!)」
自分が認めるだけのポテンシャルを持つ雪兎を手伝いにして自分たちだけが舞台に立とうとする穂乃果たちへの怒りがにこの中で沸き上がる。
もちろん理由あってのことだがそれを知らないにこの怒りはさらにヒートアップする。
「(アイツもアイツよ! 何でそれだけの才能があるのにアイドルをやらずに手伝いなんてしてるのよ! 普通逆でしょ、逆!)」
穂乃果たち《μ’s》の面々と雪兎に脳内でひとしきりアイドルに対しての講釈を垂れたところで多少溜飲を下げたのか落ち着きを取り戻したにこはそこでふとある事に気がつく。
「(あれ? そう言えばアイツ、リボンの色を見る前に私のことを先輩って呼んだ?)」
低い背丈のせいで幼く見られるのが若干のコンプレックスであるにこは学院内でも初対面でリボンの色が分かるまで上級生に見られたことはない。それなのに雪兎は後ろ姿だけでにこを先輩と呼んだのだ。
その事に僅かな違和感を覚えたにこであったが、今はそんな事にかまけている暇はないと思考から追いやる。今目下の問題は別にあるのだから。
「(まぁ、いっか。それより――)」
にこの据わった目の先、そこには雪兎から手渡された《μ’s》ファーストライブのビラが握られていた。