「お邪魔します」
「いらっしゃいませ……って雪兎さん! いらっしゃい!」
暖簾を潜った雪兎を割烹着姿の女の子が元気な声で迎え入れる。
ここは和菓子屋《穂むら》。雪兎の幼馴染の一人である穂乃果の実家である。
ちなみに雪兎を迎えたのは高坂家次女、穂乃果の二つ年下の妹である雪穂――件のしっかり者の妹だ。
「やぁ、雪穂ちゃん。店番かい?」
「はい。今ちょっとお父さんとお母さんがお店空けててその代わりに。雪兎さんはお姉ちゃんですか?」
「うん。先に海未とことりも来ているはずだけど、上かな」
「はい。皆さんお姉ちゃんの部屋にいますよ」
「じゃあ僕もお邪魔させてもらうよ。それといつものヤツお願い」
「穂むらまんじゅう一〇〇個ですね。来るのを聞いていたので準備できてますよ。もうお姉ちゃんの部屋に持って行ってますのでそちらで召し上がってください」
《穂むら》名物、穂むらまんじゅう。略してほむまん。
老舗の味にして海未の大好物であるそれは雪兎の舌をも唸らせるほどの一品である。
「それにしても相変わらずたくさん食べますね。お父さんとお母さんがいつも言ってますよ。雪兎さんのお陰で商売繁盛だって」
少なくとも二桁単位で、しかも頻繁に買ってくれる雪兎は《穂むら》大のお得意様。お代のやりとりをする雪穂もホクホク顔だ。
「あと、うちにお嫁さんに来てくれたら看板娘が増えるのにって言ってました」
「まったく小父さんと小母さんったら、穂乃果と雪穂ちゃんって言う自慢の看板娘が二人も居るのにね。あとそれを言うならお婿さんでしょうに」
「いいえ、雪兎さんはお嫁さんの方が断然しっくりきます。どうです。お姉ちゃんがダメなら私のお嫁さんになりませんか?」
「こらこら。あまり年上をからかうものじゃありません」
「は~い」
「うん、よろしい。じゃあ、上がらせて貰うよ。店番がんばってね」
わかればよろしいと大仰に頷いた雪兎は雪穂に手を振りながら店の奥、高坂家の自宅エリアへと歩を進める。
「でも、お父さんとお母さんは結構本気なんだけどなぁ。雪兎さんのうちへの嫁入り」
背中から聞こえた不穏な言葉は聞かなかったことにしよう。
そそくさと高坂家に上がれば勝手知ったる他人の家。幼い頃から幾度も出入りしているので穂乃果の部屋を間違うこともない。とは言え一応相手は年頃の女の子なのでノックの後返事があってから入室する。
「お邪魔するよ」
「もぉ、ユキちゃん。わざわざノックなんてしなくてもいいっていつも言ってるのに」
出迎えたのは膨れっ面の穂乃果だった。
どうにも雪兎の他人行儀な行動がお気に召さなかったらしい。とは言え雪兎にも譲れない一線がある。
「親しき仲にも礼儀あり。そして何より僕男の子、君女の子。異性の部屋に入るのにノックするのは常識でしょ」
「……ユキちゃんは男の娘だもん」
「うん? そうだよ、僕は男の子だよ」
何か微妙に噛み合っていない会話に雪兎は小首を傾げるがいい加減お腹も空いている事だし、まぁいいかと流す。テーブルの上に山の様に鎮座する穂むらまんじゅう一〇〇個が雪兎を待っているのだから。
「くぅくぅお腹が鳴りました。っと言う訳で、いただきます」
にっこり笑顔で手を合わせた雪兎は穂むらまんじゅうをパクつき始める。堆く積まれた一〇〇個の穂むらまんじゅうが毎秒二個のペースで消えていく様は圧巻の一言だ。
とは言え、穂乃果たちにとっては見慣れたいつもの光景なので別段驚くことはない。彼女たち――とりわけ、ことりの視線は雪兎の持ってきた手荷物に向けられていた。
「ねぇ、ゆきくん。もしかしてそれって――」
「はむはむ。うん? ああ、ごめんごめん。コレ渡すために来たのに食べるのに夢中になっちゃって」
「じゃあ、やっぱり!」
「うん、君たちの衣装。完成したから持ってきたよ」
そう言って手提げ袋から取り出してみせたのは同じデザインでピンク、黄緑、水色と三食色違いのアイドル衣装だった。
「うわぁぁ、可愛い! 本物のアイドルみたい!」
テレビの向こうのアイドルたちが来ていても何ら不思議ではないほど非常に出来の良い三着の衣装に穂乃果の眼が輝く。
「すごい、すごいよ! ユキちゃん、ことりちゃん!」
「そんなことないよ、本当にすごいのはゆきくんだよ。私がしたのはデザインと簡単な部分を縫っただけで、型紙と縫製の難しいところは全部ゆきくんがしてくれたから」
「僕からしたらこのデザインを生み出したことりの才能の方がすごいと思うよ。縫製はどんなに難しいものでも経験さえ積めば誰にでもできる様になるけどデザインは才能とセンスがモノをいうから」
「えー、それを言うならゆきくんの型紙もすごかったよ。立体裁断なんて私初めて見たもん」
「何を言っているか私にはサッパリだけど、こんな素敵な衣装を作れる二人はやっぱりすごいよ!」
衣装を前にきゃいきゃいと話す穂乃果たちだったが彼女たちとは対照的に一人表情が優れない人物がいた。
「やはり短いですね……」
誰あろう、海未である。
彼女の視線は膝上のスカート丈に注がれていた。
「しょうがないよ、だってアイドルだもん。それに海未ちゃんも納得したでしょ」
「それはそうですけど……」
実は衣装制作の課程で調整のために一度彼女たちに袖を通してもらう事があったのだが、その際にスカート丈の短さで海未と一悶着あったのだ。一時は着る着ないの話にまでになったが雪兎の妖精モードの発動で事なきを得たと言うのが事の顛末である。
それでもいざ完成品を渡され改めてそのスカート丈の短さを見ると後込みしてしまったようだ。
そんな海未に穂乃果とことりは顔を見合わして頷くと励ますように声をかけた。
「大丈夫だよ海未ちゃん」
「そうだよ。ほら」
彼女たちの方を見てみると穂乃果とことりは自分たちの衣装を自身に当てて海未に見せていた。
「さぁ、海未も当ててみてごらん」
「あっ!?」
いつの間にか海未の後ろに回り込んでいた雪兎が彼女を抱き込むようにして衣装を当ててやる。
「見て」
そうして耳元で囁かれる雪兎の言葉に従って海未が言葉の先に視線をやるとそこには衣装を当てて姿見に映る自身の姿があった。
いつもの自分なら恥ずかしさから眼を背けただろう。しかし姿見に映る自分と並び立つ穂乃果とことりの姿に海未はハッとする。
元が同じデザインなので当然のことではあるのだが穂乃果とことりもスカート丈の長さは海未と一緒だった。
「一人だけだったら目立つかもしれないけど、こうして並んで立っちゃえば恥ずかしくないでしょ」
そう言って笑顔を見せる穂乃果に海未の表情も幾分か柔らいだ。
「……そう、そうですね。確かにこうしていれば思いの外恥ずかしくありません」
「そう。なら良かった」
「何がですか?」
「明日のライブ、絶対成功させたいって思ってたから」
「穂乃果……」
「歌を作って、ステップを覚えて、衣装も揃えて、ここまでずっとがんばってきたんだもん。皆でやってよかったって、がんばって来てよかったって、そう思いたいもん」
「それは私も同じかな。私も皆でライブを成功させたい」
「ことり……」
穂乃果とことりの明日のライブにかける想いの告白に海未の後ろに立つ雪兎も海未の肩に手をかけながら言葉を重ねる。
「僕は君たちと違ってステージに立つ訳じゃない。だけど僕の想いは準備した舞台に、縫った衣装に、編曲した曲に込めた。その衣装を着て、舞台に上がって、曲を歌う君たちのステージは僕のステージでもある。だから僕も穂乃果たちと思いは同じだ。そしてライブが終わった後で君たちと共にこう思いたい。ああ、楽しかったって」
「雪兎……。そうですね。皆がそこまで明日のライブにかけているのなら私一人だけがベストを尽くさないと言う訳にはいきませんね」
そこまで言った海未は一度言葉を区切ると、顔を上げ宣言するように力強く言い放った。
「わかりました! もう泣き言は言いません。明日のライブ、最高のライブにしましょう。雪兎の作ってくれたこの衣装を纏って!」
「海未ちゃん! うぅぅ、だぁぁいすきっ!」
「きゃっ!? もぉ、穂乃果」
自分たちの想いが伝わったことに感極まった穂乃果が海未へと抱きつく。
ここで海未だけを抱きしめていればキマシタワーな展開であったのだが穂乃果の腕は海未の後ろにいたもう一人の人物をもがっちりと掴んでいた。
「うわぁ! 穂乃果、何で僕まで巻き込むの!?」
「気にしない気にしない。ほら、ことりちゃんも入った入った」
「えっ、ことりもって……まさか!? ちょ、待っ――」
「うん。えぇーい!」
穂乃果に誘われたことりが三人の輪に向かって飛び込んでいく。
そこから先はもう、しっちゃかめっちゃか。
想いを同じくしたことに喜び、明日へのライブに気炎を上げ、腕の中に収まった妖精を愛で、過剰なスキンシップに悲鳴を上げる――それは仲の良い幼馴染四人が繰り広げるいつもの光景。
もはや彼女らの表情に気負いはない。
やるべき事は全てやった。後は神のみぞ知る賽の目次第。
さあ、賽を振ろう。伸るか反るかの丁半博打。賭金はもちろん《μ’s》に
さあ、明日を迎えよう。明日は《μ’s》ファーストライブ――彼女たちの運命の日だ。
「――と、そこで終わると思ったかい? まだ続くよ! あそこで終わったら次回まで穂乃果たちに撫で廻され続けるんだから意地でも続けるよ!」
……とまぁ、二次元世界から三次元世界に干渉する程度の能力を持つ当作品のメインヒロインが終わらせてくれませんでしたのでもう少し続きます。お付き合い下さい。はぁ……せっかく格好良く締めたのになぁ……くっすん。
さて、場面は変わりここは神田明神へ続く道の中程。
あれからファーストライブ成功を神田明神まで祈願しに行こうと言う話になり四人で外へと出ることになったのだ。
その道すがら雪兎は隣を歩くことりに問いかけた。
「やっぱりことりは将来ファッションデザイナーになりたいの?」
ことりの部屋にはファッションの専門誌が多々あったし、彼女の着る服は最近の流行を良く押さえている。服のコーディネートもことりの手に掛かればお手の物だ。
本格的な衣装作りは今回が初めてだったけれど衣装のデザイン画も以前から描いていたし、今回書き上げたステージ衣装のデザインも素晴らしい出来映えだった。それこそ雪兎がことりに才能の片鱗を感じるほどに。
だからこそ問うた。服飾の道に進むのかと、その才能を生かすつもりはあるのかと。
「うぅん、どうなんだろう。あんまり将来のことって考えたことなかったから、なりたいかって言われてもいまいちピンとこないの」
「マラジェラやガッバ&ヴァッギーナ、ギシアン・ウエストウッドピュとかの海外の有名ブランドにデザイナーとして入社したいとか自分のオリジナルブランドを立ち上げたいとか思わない?」
「そんな! 無理無理、絶対無理だよ! そんな大それた事私にはできないよ」
「そう? ことりの才能ならあながち夢物語って訳でもないと思うけど」
「無理だよ。だって私は穂乃果ちゃんみたいに皆を引っ張って行くことはできないし、海未ちゃんみたいにしっかりもしてない。皆が褒めてくれた今回の衣装だってゆきくんが居なきゃあんなに素敵にはなってなかった。私はただ三人について行っているだけ。私には何にもないの」
俯き語ることりの静かな独白は今まで抱えてきた劣等感の吐露だった。
「ことり……」
「でもね!」
しかし一転、その言葉と共にことりの雰囲気が明るいものに変わる。
「ゆきくんとの衣装制作は大変だったけど楽しかったし、穂乃果ちゃんに衣装の出来を褒められた事はすっごく嬉しかった。だからね――」
そこで一度言葉を切ったことりは一つ息を吸うと、雪兎だけでなく自分にも言い聞かせるように続きを――胸に芽生えた夢を語った。
「三人に比べたら何にもない私だけど、こんなお仕事ならがんばって目指してみたいなって、私の作った服で皆が素敵に着飾ってくれたら嬉しいなって、今はそう思ってるよ。あっ、もちろん有名ブランドとかブランド立ち上げじゃなくって小さなアパレルメーカーとかにだからね」
「小さなアパレルメーカー、ね。もう少し欲張っても罰はあたらないと思うけどなぁ」
「いいの! それが今の私のなりたいもの。私の将来の夢」
「そう。そうなんだ」
「うん!」
ことりが満面の笑みで頷いたところで二人の歩みの遅さに気づいた穂乃果が大きく手を振って雪兎たちを呼ぶ。
「お~い! ユキちゃ~ん、ことりちゃ~ん!」
「は~い!」
穂乃果の声に返事を返して駆け出していくことりの後ろ姿を見ながら雪兎は思う。
いつも控えめで自己主張をあまりしないことりが強く自身の夢を語ったのだ。ならば、幼馴染として彼女の夢に力を貸すことに何のためらいがあろうか。
「……よし!」
一つ頷いた雪兎は携帯電話を取り出すとメールアプリを立ち上げ手早く文字を打ち込んでいく。
そして完成したメールにいくつかの写真を添付すると送信ボタンを押した。
「ことり、君は自分には何もないなんて言っていたけれどそんなことはない。君のその才能は誇っていいものだ。だから僕は全力で応援するよ。君の夢を」
誰に聞かせるでもなくそう語った雪兎が握りしめる携帯電話――そのディスプレイから送信済みのメールの文面が垣間見える。
そこにはフランス語でこう書かれていた。
《宛先》
ジャン・P・スタンレー
《件名》
君に見てもらいたい才能がある。
《本文》
やあ、ジャン。電話してもまだ繋がらないってことはまだアマゾンを探検中かな?
いつ帰るとも知らない気分屋な君だからメールを送ることにしたよ。
さて用件は本文にある通り一人の才能を君に見てもらいたいんだ。彼女は以前話していた僕の幼馴染の一人で服飾の道にとても興味を持っている。そしてこの度、とある事情からその幼馴染たちがアイドル活動をすることになって、その衣装を彼女がデザインしたんだ。
型紙は僕が引いて二人で縫製もした。デザイン画と完成した衣装の写真を添付しておくから見てほしい。そして彼女に才能の片鱗があると認めてくれるならどうか彼女の夢に力を貸してほしい。ファッションの本場、花の都で学ぶことはきっと彼女のためになると思うから。
じゃあ、急がなくて良いから返事よろしく。
パタンナーとして君に認められた君の友人より。
ストック尽きたので不定期更新に入ります。