新入生歓迎会当日。
学院側主催のメインイベントが終了し各部活動の体験入部が始まる中、ファーストライブの準備のため穂乃果たちを先に送り出した雪兎は一人、校門前で下校する生徒たちに最後の宣伝を行っていた。
しかし当の雪兎の表情は芳しくない。
ビラは順調に捌けている。雪兎が笑顔で差し出すと皆例外なく笑顔で応えて受け取ってくれるし、ビラを受け取った段階での生徒たちの表情には興味の色も伺える。
ただ、その後皆は決まって雪兎にこう聞くのだ。
「ユキウサちゃんもライブに出るの?」
もちろん雪兎はステージに立たない。自分はただの裏方である。
その事を告げると皆表情から興味の色が薄れ、申し訳なさげな言葉と共に去っていくのだ。
あくまで彼女たちの興味は学院で妖精と称される雪兎であってステージに上がる穂乃果たちではないと言うことの証左だった。
先日のビラ配り――雪兎が校舎でにことやり取りをしている頃、穂乃果たちの元を訪れた花陽が観に来てくれることを約束してくれているので観客ゼロと言うことはないだろう。
だが、それでも皆の興味が穂乃果たち《μ’s》に向いていない現状に雪兎はこう思わずにはいられない。
「これは覚悟しておいた方が良いかもしれないね。穂乃果、ことり、海未、三人ともがんばって」
恐らく訪れるであろう過酷な現実に彼女たちが心を強くもっていられるよう祈りながら、雪兎は一縷の望みを賭けて残り少なくなった生徒に声をかけて回るのだった。
そんな校門前から場面は変わり講堂。
そこでは穂乃果たちは準備万端整え、ライブの始まりを待っていた。
「いよいよだね」
「うん」
間もなく始まる自分たちのスクールアイドルとしての第一歩に穂乃果とことりの表情は緊張に強ばるが、それにも増して緊張していたのは海未だった。
「……ぅ、ぅう」
ライブ初体験を迎える緊張にカタカタと身震いする海未の姿に、隣に立つ穂乃果は勇気づけるように海未の震える手を握る。
「ッ!?」
「大丈夫、私たちがついているから」
「穂乃果……!」
穂乃果の手の温かさと励ましの言葉に海未の震えは小さくなった。
それに触れ合って初めて分かったこともある。
「(あの穂乃果も震えている? ……いえ、そうですね。これは穂乃果にとっても最初のライブ。彼女も不安でないはずがありません)」
繋いだ手から感じた小さな震えに、海未は穂乃果も自分と同じように不安と緊張を抱えているのだと悟る。そしてそれはきっとことりも同じだろう。その事実が海未の心を軽くしてくれた。
穂乃果を中心にして手を繋ぐ三人。
それはステージに立つのは一人きりではないことの証。
そして何より今日の《μ’s》の舞台は穂乃果たちだけでなく、雪兎が、真姫が、ヒデコが、フミコが、ミカが、《μ’s》の名前を考えてくれた名も知らぬ誰かが――みんなが力を合わせて作りあげたステージだ。
「(ならば、このステージに立つ以上――)」
「(私は……うぅん、私たちは――)」
「(絶対に一人きりでじゃない!)」
そう思うと心細さは消え、勇気が湧いてくる。
もちろん緊張や不安はまだある。それでも期待や希望が彼女たちの背中を押すのだ。今彼女たちが浮かべる表情は不安や緊張ではなく笑顔だった。
そうなると彼女たちの心にも余裕が芽生えてくる。
ステージに立ってから口数が少なくなっていたことりがいつもの調子で語りかけてきた。
「でもこう言う時って、何て言えばいいのかな?」
もう少しだけ時間があるので始める前の景気付けに何かやった方がいいだろうかと言う話だ。
そんなことりの問いに穂乃果が繋いだ両手を高々と挙げながら叫ぶ。
「《μ’s》ファイッオォォォ!」
「それでは運動部みたいですよ」
「だよねぇ。あっ――」
そこで穂乃果は思い出す。
テレビか何かで見た、とあるアイドルグループの舞台裏。そこで彼女たちが行っていたことを。
「思い出した。番号を言うんだよ、皆で」
「おもしろそう!」
「それはいいですね」
「ようし、じゃあ行くよ! 一っ!」
「二っ!」
「三っ!」
穂乃果、ことり、海未の順にそれぞれの番号を口にした三人は顔を見合わせて可笑しげに笑いあう。
オリジナルの曲を作ってもらい、綺麗な衣装に身を包み、小さいながらもステージに立ち、本番前にかけ声を上げる。それはまるで本物のアイドルみたいだったから。
そうやって一頻り笑い合ったところで時間が来た。
三人は繋いだ手をもう一度だけ強く握りあう。
この緞帳の向こう、そこにお客さんがどれだけ居るか分からない。ひょっとすれば、すごく少ないかもしれない。それでも来て貰ったお客さんに精一杯楽しんで貰おう。そんな想いで三人は繋いだ手を離して前へと向き直った。
「《μ’s》ファーストライブ。最高のライブにしよう!」
「うん!」
「もちろんです!」
さあ、時間だ。
開演ブザーが鳴り、緞帳が上がる。
期待と不安、そして希望を胸に迎えた《μ’s》ファーストライブ。
学院を廃校から救うためのスクールアイドルプロジェクト、その第一歩。大好きな幼馴染が一生懸命準備してくれた晴れの舞台。
しかし穂乃果たちが笑顔で迎えた講堂の客席には――。
「――――――――」
ただの一人も観客は居なかった。