期待を胸に望んだ《μ’s》ファーストライブ。
そんな穂乃果たちを迎えたのは沈黙が耳に痛い無人の講堂。
ただの一人も観客のいない講堂を前に、穂乃果たちはポツンと立ち尽くすしかなかった。
「「「…………」」」
伽藍堂の光景に、これは夢ではないかと、ファーストライブを前にした不安な気持ちが見せる悪い夢でないのかと、目を覚ませばそこは朝を迎えた自分の部屋で期待と不安を胸に学院へ行きファーストライブを迎えるのではないのかと、そう彼女たちは思う。
しかしコレは現実だ。
残酷なまでに明白で、疑う余地のない、紛れもない確かな現実だ。
「……ごめん」
「がんばったんだけど……ね」
そんな心抉る光景にフミコとミカが申し訳なさそうに三人に謝る。
舞台装置の操作をしなければならないヒデコを除いて彼女たちも直前まで講堂前で宣伝を行っていたのだが結果はこの通りだ。力になれなかった自分たちの不甲斐なさにフミコとミカは頭を垂れるしかなかった。
「穂乃果ちゃん……」
「穂乃果……」
心を打ちのめす現実に、泣きそうな顔でことりと海未が穂乃果を見やる。
「…………」
当の穂乃果は未だ呆然と伽藍堂の講堂を無言で眺めたまま微動だにしない。そんな穂乃果の脳裏をよぎるのはスクールアイドルとして活動してきた今までの光景。
脚が悲鳴を上げた階段往復、毎日音楽室に通い詰めた真姫への説得、時間が迫るなか猛練習したダンスの振り付け、皆でライブ成功を祈願しに行った神田明神、そしてどんな時も支えてくれた雪兎の笑顔。
その全ての結末がコレだ。誰一人として観客の居ない伽藍堂の講堂だ。誰からも見向きもされない空虚なステージだ。
報われない――あまりにも報われない最悪の結末だ。
そんな救いようのない最悪な結末に、それでも穂乃果は唇を噛みしめ精一杯の強がりで笑顔を作る。
「そりゃそうだ。世の中そんなに甘くない! ……っ!」
しかし、その穂乃果とて未だ一六歳の少女でしかない。
手探りの中で、それでも懸命に作り上げた自分たちのライブ。みんなで作った最初のライブ。
それが誰からも見向きもされなかった現実に心が押しつぶされそうになる。悲しみと後悔で涙が流れそうになる。
「穂乃果、ことり、海未……っ」
ライブ開始直前に講堂に戻り経緯を静かに見守っていた雪兎も心苦しげに歯を軋ませる。
自身はステージに立たないとは言え一緒にここまでやってきたのだ。彼女たちの気持ちは痛いほど良く分かる。
出来ることなら彼女たちの下に駆け寄りたい。力一杯抱きしめ、良くやった、仕方ないと慰めたい。
だが彼女たちはアイドルだ。
どんな結果であろうとも――例え誰一人観客のいないステージだったとしても、ステージに立つ以上アイドルは笑顔を絶やしてはいけない。アイドルはステージの上で悲しみや後悔の涙を流しちゃいけない。だってアイドルは皆に笑顔を届ける存在なのだから。
プロデューサー的な立場にあった自分の見通しの甘さを棚に上げるつもりはない。ライブをやると言い出したのは他ならぬ自分だ。この結果の全ての責任は自分にある。穂乃果たちからの叱責も甘んじて受けよう。
しかし、それでもアイドルをやると決めたのは彼女たちの意思だ。その最初の尊い意思を、アイドルへの偶像を、穂乃果たちが自分自身の後悔の涙で穢す行為だけは絶対に許容できなかった。
だから雪兎は心を鬼にして彼女たちを叱ろうとした――その時、講堂の出入り口が騒がしいことに気がつく。
「はぁ、はぁ……ああ、もぉ時間過ぎちゃってるよぉ。凛ちゃんが始まるまで時間あるからって陸上部の体験入部に行くから」
「ごめん、ごめん。あ、でも歌は聞こえてないからまだ始まってないのかも。急げばきっと間に合うよ――って、あれ? 西木野さん?」
「ゔぇえっ!? あ、あなたたち!?」
「西木野さんもライブ観に来たの? なら早く入らないと始まっちゃうよ! ほらほら!」
「あ、ちょっと、わ、私は別に、ゔぇええ!?」
慌ただしいやり取りが聞こえた次の瞬間、扉から花陽、凛、真姫の一年生三人がなだれ込んで来た。
「うぇ、はぁ、はぁ……あ、あれ? ライブは? あれ、あれぇ?」
「もしかて始まってないんじゃなくて終わってた、とか……? あぁあ、どうしよう! ごめん、かよちん!」
「あ、えっと、わ、私はほら、そ、そう! ただの通りすがりよ! たまたま講堂の中を通りかかった所をこの子たちに連れてこられただけなんだから! ゔぇ、別にあなたたちのライブなんてコレっぽっちも気にしてなんかないんだからね!」
耳に痛い静寂から一転急に賑やかになった講堂に、駆けつけてくれた一年生三人の存在に、場の空気が変わる。
たったの三人。
それは生徒数の少ない《音ノ木坂学院》全校生徒数から見ても微々たるもので、ライブの失敗は覆しようのない人数だ。
しかし、それでもライブを観に来てくれた。自分たちの想いを届ける相手が居てくれた。その事実が絶望しかけていた穂乃果に力を与える。
「やろう!」
涙を振り払った穂乃果が力強い声でことりと海未に呼びかけた。
「「えっ?」」
「歌おう、全力で!」
「穂乃果……」
「穂乃果ちゃん……」
「だって、そのために今日までがんばってきたんだから!」
大多数は見向きもしてくれなかったけれど、それでも確かに、ココに、自分たちを観てくれる観客は存在する。
だから穂乃果もう一度ことりと海未に呼びかけた。
「歌おうっ!」
穂乃果の声にことりと海未も力強く頷く。
もうそこには涙を溜めた少女たちはいない。彼女たちのその表情と姿勢は紛れもない立派なアイドルのものだった。
「(……どうやら見誤っていたのは僕の方だったみたいだね。穂乃果、ことり、海未、やっぱり君たちは僕の自慢の幼馴染だ)」
なら、そんな彼女たちに祝福を与えよう。今、自分に出来る精一杯の応援をしよう。
それが《μ’s》を導く銀の妖精たる雪兎の役目だ。
「ようこそ、お越し下さいました淑女の皆様!」
右手を胸に当てて一礼する雪兎がスポットライトに照らされる。
予定になかった雪兎の完全なアドリブだが、さすが神モブと名高きヒフミトリオが一角ヒデコ。ナイスフォローだ。
スポットライトの光に照らされ、まるで劇場の支配人の様に振る舞う雪兎は大仰に手を広げながら言葉を続ける。
「本日皆様のお目に掛けるはスクールアイドル《μ’s》の記念すべきファーストライブ。《音ノ木坂学院》を廃校から救うために結成された三人の少女たちによるスクールアイドルプロジェクト、その最初のステージでございます。そんな彼女たちが魅せる最初の曲は始まりの歌。春に、新入生である皆様に、そしてデビューする彼女たち自身に相応しいスタートを切る者たちへの応援歌でございます。それではご覧下さい! 《START:DASH!!》」
それだけ告げた雪兎は後は任せたと言わんばかりに三人にウインクを贈る。
「(ユキちゃん!)」
「(ゆきくん!)」
「(雪兎!)」
この雪兎からのサプライズに穂乃果たち三人は満面の笑みで頷くと、彼の想いに、観に来てくれた一年生たちに応えるべく定位置につく。
「――――♪」
そして音楽が流れ出すとそこから先は《μ’s》の独壇場だった。
生まれたばかり雛鳥が小さな翼を懸命に広げて空へと挑むように手を振り、その先が希望に繋がる道だと信じてステップを踏む。
穂乃果、海未、ことりの三人が歌とダンスで魅せるは始まりの物語。
確かに感じた始まりの鼓動を胸に、明日よ変われと、希望に変われと、眩しい光に照らされた彼女たちはその日が来ることを信じて天高く拳を突き上げる。
それでも現実は非情で、時に躓き道に迷うこともあるけれど、彼女たちは決して悲しみに閉ざされて泣くだけのか弱い存在じゃない。熱い想いを剣に変えて未来を切り開き、明日の夢へと手を伸ばす。
それは遠い夢のカケラだけど、今を動かす夢のチカラが自分と、そして皆にあることを信じて彼女たちは高らかにこう謳う。
“I say……”
“Hey,hey,hey,START:DASH!!”
“Hey,hey,hey,START:DASH!!”
こうして《μ’s》のファーストライブは終わった。
全てを出し切りやり切った穂乃果たちは息も絶え絶えで汗だくだ。それでも彼女たちが浮かべる表情は一点の曇りのない笑顔だった。
そんな彼女たちに皆、心からの惜しみない拍手を贈る。
花陽、凛、真姫、ヒデコ、フミコ、ミカ、そして雪兎。人数にして七人、観客だけで言えばたったの三人。それでも自分たちに向けられる心からの拍手に穂乃果たちの笑顔がより一層輝く。
ちなみにライブ中にもう三人、遅れてやってきた気配がいることを雪兎だけが感知していた。
後ろの方の席に隠れるようにして観ていたにこ、講堂の出入り口付近で漏れ聞こえる音を見守る様にして聞いていた希、そして――。
「どうするつもり?」
生徒会長である絵里がステージに立つ穂乃果たちに歩み寄りながら威圧するような口調で問うてくる。
それに対する穂乃果の答えは単純にして明快だった。
「続けます」
「なぜ? これ以上続けても意味があるとは思えないけど」
「やりたいからです!」
観客が一年生三人しか居ない講堂を見渡して言う絵里に、穂乃果は臆せず胸に灯った熱い気持ちを言葉にする。
「今、私もっともっと踊りたい、歌いたいって思ってます。きっと海未ちゃんもことりちゃんも同じ気持ちだと思います」
穂乃果はことりと海未を見やると二人も彼女の言葉を肯定するよう首を縦に振った。
「こんな気持ち初めてなんです! やって良かったって本気で思えたんです! 今はこの気持ちを信じたい。このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。応援なんて全然もらえないかもしれない。でも一生懸命がんばって、私たちがとにかくがんばって届けたい! 今、私たちがココにいる、この想いを!」
そして万感の想いを込めて穂乃果は宣誓する。
「いつか、いつか私たち、必ずここを満員にしてみせます!」
その穂乃果の想いの告白に絵里が何か言うより早く、雪兎が穂乃果たちの楯になるように絵里の前へと進み出た。
「彼女たちは意思を示しました。自分はこうだ、こうなりたいと願う意思を」
「意思を示したくらいで何だと言うの。意思一つで世界が変わるなら誰も苦労はしない。そんなもの物語の中にしか存在しないご都合主義よ」
「いいえ、それは違います生徒会長。僕の友は常々こう言っています。意思が希望を生んで、希望が夢を育てて、夢が世界を変えるんだって。世界を変える第一歩はいつだって意思を示す事から――願うことから始まるんだって。そして、その言葉通り意思で世界を変えていった人たちが確かに居る事を僕は知っています」
妾の子故に家族から疎まれ屋根裏部屋で過酷なワイン蔵で育った少年が、敬愛する兄に才能を見切られ見放された籠の中の鳥が、それでも夢を捨てず意思を希望に変えて、ついには一度自分を見放した兄に才能を認めさせ、今や世界が認めるパタンナーにまでなったのだ。そして彼は今、ニューヨークでデザイナーである伴侶と共にアパレルメーカーを立ち上げ憧れの存在と同じ世界で今も夢を追っている。
だから雪兎は意思の力を肯定する。
他の誰かが否定しても雪兎だけは《μ’s》の意思を肯定する。
「だから僕は胸を張って言える。きっと彼女たちの意思は世界を変えると! 今語った言の葉は必ず現実のモノになると!」
序盤の山場、ファーストライブお楽しみいただけましたでしょうか。
これにてアニメ一期第一話から三話、起承転結の起の部分は終了です。
次回からは《μ’s》メンバー九人が集まるまでを描く起承転結の承の部分、アニメ一期第四話から八話の話になります。相変わらずの不定期更新になりますがお待ちいただければ幸いです。
さて、第一三話でだいたいの方が見当をつけていただいたかと思われますがクロスオーバー作品一作品目、ヒントが出そろったので参戦作品発表を行います。
遊星、大蔵、マラジェラ、ガッバ&ヴァッギーナ、ギシアン・ウエストウッドピュ、ジャン・P・スタンレー――。
もうおわかりですね。
クロスオーバー一作品目、それはNavelの《月に寄りそう乙女の作法》です。
つり乙と略されるこの作品は夢を捨てきれない少年が憧れの人物が設立した女子校に通うため女装してとある良家のお嬢様のメイドになり、服飾の世界で夢を追うという作品です。一見すると何言っているのか訳わからん内容に見えますがシリーズ四作目発売が来年二月に控えているほどのNavel屈指の人気作です。朝日可愛いよ朝陽。
服飾の世界や上流階級社会を描く作品ですので、ことりの服飾生としての留学話や、お嬢様である真姫と絡めやすく、シリーズ三作品目の《月に寄りそう乙女の作法2》では舞台となるフィリア学院が服飾専門の女子校ではなく共学の総合芸術芸能学校になることからバレエを嗜んでいた絵里とも親和性の高い世界観であるということで《ラブライブ!》とのクロスオーバーに至りました。
気になる当作品内のつり乙の時間軸は無印と2の中間、遊星とルナが結婚し才華と亜十礼の二児を儲けニューヨークに渡ったころとなっています。
ちなみに当作品第六話で雪兎が話していた電話の相手はエロゲーお兄様選手権があればブッチギリで優勝するであろう大蔵衣遠兄様です。山盛りとは二八センチメートル以上の高さを指す、覚えておけ屑がぁッ!
さあ、これにて一作品はヴェールを脱ぎました。
クロスオーバーしている他版権作品は残すところ後二つ。引き続き皆様には予想をしていただければと存じます。
では次回以降もご期待ください。