「どぉしよぉぉぉおお!」
学生たちにとって憩いの一時である昼休みを迎えた教室に頭を抱えた穂乃果の叫びが木霊する。
「廃校って事は学校がなくなっちゃう! 学校がなくなっちゃうって事は他の学校入るために受験とか編入試験とか受けなくちゃいけないのに全然勉強してないよぉ! このままじゃ私、高校中退だよぉぉぉおお!」
つまりはそう言うことらしい。
「はぁ……。またこの子は勘違いを」
「あはは、まぁ穂乃果ちゃんだし」
「でもまぁ、ここまで含めて予測の範囲内っと。穂乃果、ねぇ穂乃果ってば」
「ううぅっ、ユキちゃん。もし私が編入失敗したら一緒に高校中退してくれる?」
「え、やだよ」
「即答!?」
「当たり前です。穂乃果、何故貴女の人生に雪兎が巻き込まれなくてはならないのですか」
「じゃあ、海未ちゃんが一緒に高校中退してくれる?」
「お断りします」
「ひ、ひどい! じゃあ、ことりちゃんは――」
「私も高校中退はいやかなぁ」
「うわぁぁぁああん! 私の輝かしい高校生活がぁぁああ」
「まぁ、輝かしいかどうかは別にして君の高校生活については大丈夫だよ穂乃果」
「ふえっ?」
「確かに《音ノ木坂学院》は廃校になりますが、それは在校生全員が卒業してからの話です」
「へっ?」
「少なくとも廃校になるのは三年後ってことだよ穂乃果ちゃん」
「え!? え? 何、それじゃあ――」
「君の心配は完全に勘違いって事」
「なーんだ。そうか、そうだったのかぁ。いやぁ焦った焦った」
ほっと胸をなで下ろしたところで穂乃果のお腹が盛大に空腹であることを告げた。
「えへへ、安心したらお腹空いちゃった。皆お昼にしよう!」
元気を取り戻した穂乃果の号令一下、校舎外に繰り出した四人は木陰に陣取り、それぞれの弁当を広げた。
「いやぁ、今日もパンが上手い! はむっ」
始めて早々に一つ目のパンをぺろりと平らげ二つ目を口に運ぶ穂乃果に海未は呆れ気味に言ってやった。
「太りますよ」
「ふぉれふぉひうはらふひひゃんらって」
「穂乃果ちゃん食べながらのお喋りはお行儀悪いよ」
ことりに窘められた穂乃果は口の中のものを全部の見込むと、隣に座る雪兎を指さし言う。
「ん、んくっ。それを言うならユキちゃんだってたくさん食べてるじゃん」
「ふえ?」
いきまり話を振られた雪兎は大きな海老フライを口一杯に頬張ったまま穂乃果の方を振り向いた。
「まぁ、雪兎の健啖ぶりは今に始まったことではありませんからね」
「いつも思うんだけどすごい量だよね、ゆきくん」
彼女たちの視線の先、もごもご言いながら特大海老フライをお腹に収める雪兎の弁当箱は重箱三段。
一段目には目一杯に白米が敷き詰められ、二段目には揚げ物、煮物、焼き物とおかずが隙なく揃い踏み、三段目には水菓子、洋菓子、和菓子と止めのデザート三拍子。それら量的におよそ四人前の食事を一人で攻略していく様に、いくら見慣れたとは言え見ているだけで胸焼けを起こしそうな光景だった。
「むぅ。これくらい普通じゃない?」
「いえ、雪兎。貴方のそれは世間一般の普通から見て大きく乖離しているのは確かです」
「本当に不思議だよね。ゆきくんって昔からこれだけの量を日に五食は食べてるのに全然太らないんだもん」
「ええ、その件については全くの同感です。私たちとそう変わらない背丈の身体のどこにこれだけの食事が収まると言うのでしょうか。謎です」
「《音ノ木坂学院》七不思議、“妖精の胃袋はどこに繋がっているのか”だもんね。ねね、やっぱりユキちゃんって本物の妖精さんじゃないの?」
「失敬な。僕は紛れもない人間だよ」
ちなみに七不思議の内のさらに一つは“学院には銀の妖精が棲んでいる”だったりする。
「でもその七不思議も学校が廃校になったら解き明かされないまま終わるんだよね……」
不意に上がった七不思議の話題に、そうしみじみと呟いたのは雪兎だった。
七不思議というのは学校という器があって始めて存在できるオカルトだ。器である学校がなくなる以上ともに消えるしかない。
それからというもの話題は自然と廃校についてのものになる。
「正式に決まったら次から一年生は入ってこなくなって来年は二年と三年だけ」
「今の一年生はずっと後輩が居ないことになるのですね」
「……うん」
自分たちの卒業まで学院が存在することが約束されている以上、廃校について彼女たちが気にすることはない。
だがしかし、それではあやまりにも寂しすぎるではないか。
特に一クラスしかない一年生が三年生になった時のことを思うと不憫でならない。
「とは言え、手がないわけではないよ」
「「「えっ?」」」
改めて廃校が与える自分たちへの影響に俯く穂乃果たちだったが、一段目と二段目を平らげ最後のデザート攻略に取りかかった雪兎が発した言葉に揃って顔を上げた。
「学院長の発表では入学希望者が定員を下回った場合、廃校にせざるを得ないという話しだったでしょ。と言うことは、逆を言えば入学希望者さえ集まれば廃校を回避できるって訳だ」
「あ、なるほど! じゃあ、この学校の良いところをアピールして生徒を集めればいいんだ!」
「穂乃果、正解。ご褒美にこの芋羊羹をあげよう」
「えぇ~。和菓子は家で食べ飽きてるからやだよ。そっちのティラミスちょうだい」
そういって雪兎の重箱から洋菓子を強奪して頬張る穂乃果であったが問題はここからだ。
「いいところって例えばどこです?」
海未からの問いかけに穂乃果は一所懸命に頭を捻る。
「えぇっと、歴史がある!」
「他には?」
「他に!? 他には……っ! 伝統がある!」
「いや、穂乃果。それは同じ意味だから」
「ええっ!? えっと、じゃあじゃあ……うぅ、ことりちゃんパス!」
「え!? ううぅん、強いてあげるなら古くからあるってことかな」
「いやいや、それもさっき穂乃果の言った歴史や伝統と変わらないよ」
生徒を集めるための学院のアピールポイント、これが難題だった。
これで進学率や就職率が高かったり部活動が著しい活躍を魅せていれば話は違っただろうが《音ノ木坂学院》は歴史と伝統を除けば他に強みのない、それこそどこにでもあるありふれた学校だ。そうそうアピールできるポイントなど転がっている訳がない。
「そっかぁ、じゃあ他にいいところとなると……あっ」
「何か思いつきましたか、ことり?」
「うん! 何で今まで気がつかなかったんだろう。《音ノ木坂学院》には――」
これぞ天啓とばかりに、ことりはズバリと雪兎を指さした。
「妖精さんがいる!」
「いやいやいや、ここでそんな天然発言されてもリアクションに困るよ」
「「おおぉぉ!」」
「そこ! なるほど、その手があったかと言わんばかりに手を叩かない!」
「えー、でも結構名案だと思うけどなぁ」
「穂乃果それは名案じゃなくて迷案もしくは冥案って言うの。それにだよ、仮に僕で生徒数が稼げたとして僕が卒業した後はどうするの? こう言うことは短期的思考じゃなく中長期的に考えないとその場凌ぎにしかならないよ」
「ううぅ。これだけ考えてもアピールできるポイントはゼロ……。ダメだぁぁああっ!」
「考えてみれば、目立つところがあるなら生徒ももう少し集まっているはずですよね」
「そうだね」
意気揚々と始めた廃校を阻止するための試みは早くも暗礁に乗り上げた。
改めて実感する目の前に立ちふさがる高く大きく厚い壁に、三人娘は意気消沈した面もちで俯く。
「……私、この学校好きなんだけどな」
「私も好きだよ……」
「私も……」
そして訪れる静寂。沈黙が痛い。
やはりただの一介の生徒でしかない自分たちでは廃校の危機から学院を救うことは出来ないのかと唇を噛んだその時、パンッと言う小気味の良い音が静寂と沈黙を打ち破った。
「はい! とりあえずここまで」
「「「えっ?」」」
不意に打ち鳴らされた音と声に三人娘は揃って顔を上げる。そんな彼女たちの眼に映ったのは柏手を打ったまま優しい笑顔を向ける雪兎であった。
「議論や思考が行き詰まった時は延々と考えるより一度頭を空っぽにした方が良い案が浮かぶものだよ。だから今日はここまでにして明日また皆で考えよう」
状況は何も好転していない。雪兎の提案だって、ただ問題を先送りにするだけだ。
「うん、そう。そうだよね! いやぁ、私ったら何をうじうじしてたんだろうね。よぉし、今日はヤメヤメ。明日がんばろう!」
「また穂乃果は……。でも、そうですね。確かにここでずっと悲観的になっているよりかは遙かにましなのは確かです。不本意ですが今回は穂乃果に倣うとしましょう」
「私も家に帰ったらお母さんに話を聞いてみるよ。何か切っ掛けが掴めるかもしれないし」
だが笑顔の雪兎にそう言われると、不思議と明日には何とかなるのでないかという希望が湧いてくる。湧き出た希望が現実に姿を変えそうな予感がする。
ちなみにだが妖精の英訳フェアリーはラテン語で“運命”の意味を持つ言葉が由来で、しかもこの妖精は破邪の力持つ銀を冠するのだ。験をかつぐと言う意味ではこれ以上の祝福はあるまい。
そうして彼女たちはその日を銀の妖精の導きに従って過ごし、明けて翌日。
「ねぇ皆、聞いて聞いて!」
銀の妖精の祝福は――
「アイドルだよ、アイドル!」
彼女たちに希望を与えたもうた。