ラブライブ!~一〇人目の女神様~    作:kurei_jin

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第八話 歌姫と妖精

 

 結局、花陽と凛ともにスクールアイドルへの勧誘については色好い返事をもらえなかった。とは言え雪兎たちの目的は彼女たちではなく作曲ができるだろう歌とピアノの上手い西木野さんだ。メンバーになってくれなかったことは残念だったがスクールアイドルの活動を応援してくれるファンを得れたのは僥倖だった。

 そして雪兎たちは今、その本命である歌とピアノの上手い西木野さんを訪ねて音楽室へと歩を進めていた。

 

「歌が……歌が聞こえる」

 

 音楽室への道を一歩一歩進むにつれ、一曲の歌が耳に入ってくる。

 紡がれる歌詞とメロディは夢を愛することへの賛歌。

 音楽室から漏れ聞こえる歌声はなるほど、確かに抜群の歌唱力だ。

 そうして音楽室の前に到着した雪兎と穂乃果は扉越しにピアノを引きながら気持ちよさそうに歌う一人の生徒を見つけた。

 

「あ、あの子! あの子だよユキちゃん!」

 

 しかして、そこで歌っていたのはツリ眼が印象的な品のいい女の子――件の歌とピアノの上手い西木野さんであった。

 

「よし、じゃあ行こうか。穂乃果、先陣任せた」

「了解!」

 

 合点承知とばかりに敬礼を返した穂乃果は、歌とピアノの上手い西木野さんが気づくように扉の前で大きな拍手を送った。

 

「ゔぇえ」

 

 よほど集中していたのだろう、不意に聞こえた拍手に独特な驚き声をあげる歌とピアノの上手い西木野さんだったが相手が穂乃果だとわかるとあからさまに迷惑そうな顔になる。

 

「いったい何の用ですか? 先日のアイドルの件はお断りしたはずですけど」

 

 取り付く島もないツンケンとした態度にも穂乃果はめげる事なく彼女へと歩み寄る。

 

「うん、そうなんだけど今日はあなたに会いたいって人を連れてきたの」

「私に、ですか?」

 

 初対面で人の事を褒め殺しておきながらアイドルに勧誘すると言うイミワカンナイ前科のある穂乃果に対し訝しげな視線を送る彼女であったが、穂乃果の背に隠れていた雪兎が姿を現すとその表情を驚愕に染めた。

 

「えっ、嘘っ!? よ、よよよよ、妖精さんっ!?」

 

 昔、絵本で見たままの妖精が目の前に現れた現実に彼女の頬は見て分かるほど紅潮する。

 相変わらずの妖精扱いに雪兎はまたしても肩を落としそうになるが、いちいち気を落とすのも非建設的と割り切るとにこやかな笑顔で彼女に挨拶をした。

 

「君が噂の西木野さんだね。僕は天城雪兎。妖精じゃなくて歴とした人間です」

「あ、はい。西木野真姫です。妖精さ……いえ、天城さん」

「真姫ちゃんか。うん、気品ある君に合ったいい名前だ」

「ゔぇ、別にそんな事は……」

 

 名前を褒められたことに照れているのか、歌とピアノの上手い西木野さん改め真姫はそっぽを向いて指でクルクルと髪をいじりだす。

 そうしてひとしきり髪をいじる事で落ち着きを取り戻したのか、真姫は雪兎に向き直ると彼に用件を問うた。

 

「そう言えば、私に用があるんですよね?」

「うん、実は君に聞きたいことがあってね。今歌ってた曲、とても良い曲だった。あれ、君が作曲したんだよね」

「ええ、まぁ」

 

 創作家であるなら自分の創ったモノを褒められて素直に喜べない者は余程のひねくれ者だけだろう。例えばマッチ売りの少女の作者とか、人魚姫の作者とか、雪の女王の作者とか。もちろんそんなマイノリティに属さない多数派である真姫は得意げになって胸を張るが、次の雪兎の言葉でその得意げな表情は一瞬にして吹き飛んだ。

 

「じゃあ、一緒に歌わない?」

「ゔぇえっ!?」

 

 どうしてそうなったと言わんばかりに驚く真姫に、雪兎は笑顔のまま言葉を続ける。

 

「君のピアノと歌を聴いて一緒に歌いたくなったんだ。だから、さっきの歌を一緒に歌おう」

「ちょ、ちょっと待ってください! 一緒に歌うって、あなたと私が? ゔぇえ!?」

「わぁ! ユキちゃんの歌を聞くなんて久しぶり。楽しみだなぁ」

「そこのあなたも何乗り気になってるのよ! もぉ、意味わかんない!」

 

 いきなりの急展開に真姫は大混乱だ。

 そんな彼女に対し、雪兎は笑顔のまま瞳に真剣な意思を灯すと自分の心にある素直な想いをそのまま言葉にする。

 

「素晴らしい曲に出会えて、それを創った人と一緒に歌いたくなった。これが理由じゃダメかな?」

 

 真剣な眼差しでそこまで言われては、さすがの真姫も断ることはできなかった。

 

「……はぁ、わかりました。でも歌詞わかるんですか?」

「聞き耳を立ててた訳じゃないけど音楽室の前で一通り聞かせてもらったから大丈夫だよ。歌い出しは“愛してるばんざい”だったよね」

「え、ええ」

「それじゃあ伴奏よろしくね。タイミングは君に任せるよ。僕はいつでもいいから」

「わかりました。じゃあ、私のタイミングで始めさせてもらいます」

 

 そう言うと真姫はピアノの前に向き直り、鍵盤に指を置いて眼を閉じる。そして一つ深呼吸すると閉じていた眼を開き鍵盤に置いていた指を躍動させた。

 鍵盤を叩く度に奏でられる旋律。それは美しき調べとなって音楽室を満たしていく。そして序奏が終わり、歌い出しに入ったところで世界は一変した。

 

「――――」

 

 生命の息吹を感じさせる力強くも優しい暖かな雪兎の歌声が無機質な音楽室を包み込んだのである。

 それはまるで妖精郷から聞こえる妖精の歌声。

 歌う雪兎の背にキラキラと銀色に煌めく妖精の羽根を幻視させるほどの、この世の者とは思えない美しい歌声だった。

 その歌声に真姫は自分が歌うのも忘れて聞き惚れる。それでもピアノの伴奏を切らさないのはさすがと言ったところか。そんな彼女に雪兎は一緒においでよと言わんばかりにウインクを送る。

 

「っ!?」

 

 雪兎の目配せにハッとなった真姫は遅ればせながら雪兎の歌に自分の歌を乗せた。

 

「――――」

「――――」

 

 そして紡がれる妖精と歌姫の二重奏。

 最初こそ雪兎の歌に圧倒されていた真姫もいつの間にか笑顔になって楽しそうに彼と歌を重ねていく。

 次第に二人の奏でるハーモニーは極上の調べとなり、愛の賛歌は妖精と歌姫によって高らかに歌い上げられたのであった。

 

「――――。ふぅ」

 

 歌い終えると共に後奏まで弾ききった真姫が満足げに一息つく。その表情にもはや硬さは微塵もなく、共に歌いきった雪兎と笑顔を交わすほどだ。

 そんな二人に唯一の観客だった穂乃果が惜しみない拍手を送る。

 

「すごいすごい、すごーい! ユキちゃんも西木野さんも歌上手なのは知ってたけど一緒に歌うともっとステキな歌になってて、私もぉ感動しちゃったよ!」

「当然よ。私を誰だと思っているの」

「まぁ、これくらいはね。それにそう言う穂乃果だって歌上手いでしょ」

「ええぇぇ!? 私なんて二人に比べたら全然だよ!」

「そうかな? 穂乃果の歌唱力も十分大したことあるレベルだと思うけど、まぁ今その話しを置いておくとしようか。さて――」

 

 歌がもたらした和気藹々とした雰囲気にもうしばらく浸っていたかったが確かめたかったことも確かめられた。そろそろ本題に入るとしよう。

 

「これは僕の持論なんだけれど、物語にせよ楽曲にせよ服飾にせよ、創作物にはその創り手の意思が宿ると思っている。真姫ちゃん、君の創ったこの曲はその名の通り夢を愛することへの強い気持ちで溢れてる。それが一緒に歌っていて良くわかった。やっぱり君は音楽が大好きなんだ。でないと、こんなに心を打つ素晴らしい曲はできないし歌えない。だからこそ、そんな君を見込んで頼みたいことがある」

「……聞くだけ聞いてみます」

 

 雪兎の真剣な語り口に真姫も笑顔から一転表情を引き締める。そんな真姫に対し雪兎も真っ直ぐに彼女を見据えると、ここを訪ねた理由を明かした。

 

「まだ立ち上げたばかりで知らないかもしれないけど、僕たちは学院の廃校を阻止するためにスクールアイドルを始めたんだ。だけど恥ずかしながら誰も作曲できるだけの才能がない。だから君に彼女たちの曲を創ってもらいたいんだ」

「……事情は分かりました。でも私、大学は医学部志望だから勉強以外のことにかまけている時間なんてないんです。だから……ごめんなさい、お断りします」

「学校に生徒を集めるためだよ! 西木野さんの作った曲で生徒が集まれば廃校だって――」

 

 真姫から返ってきた拒絶の言葉に穂乃果が説得を試みるが、それを雪兎が手で制した。

 

「わかった、今日のところはこれで帰るよ」

「ええ!? でもユキちゃんっ!」

 

 納得できないと言わんばかりに食い下がる穂乃果に雪兎は穏やかな表情で彼女に言って聞かせる。

 

「作曲ができる才能があって、音楽が好きで、でも事情がある。そんな真姫ちゃんの事を知れただけでも十分だよ。今日のところはお暇しよう」

「ううぅ……ユキちゃんがそこまで言うなら、わかった」

「とまぁ、そんな訳で僕たちはこれで失礼するよ。お邪魔したね真姫ちゃん」

「あの、天城さん」

 

 別れの言葉と共に穂乃果を引き連れ踵を返そうとしたところで真姫が雪兎を真呼び止めた。

 

「うん?」

「……最初は色々と驚きましたけど、あなたに会えて一緒に歌えて、その、良かったと思います。だから、その……っ」

 

 気恥ずかしいのかチラチラと雪兎に視線をやったり外したりしながら語る真姫だったが次の言葉を言うか言うまいかで逡巡する。

 素直になれずいつまで経っても次の言葉を口に出来ないでいる真姫に、彼女の心情を察した雪兎は真姫が言いたかったであろう言葉を笑顔と共に彼女に贈った。

 

「僕も楽しかった。機会があったらまた一緒に歌おう。じゃあね」

「あっ」

 

 その雪兎の言葉にこちらも何か言葉を返そうと真姫が手を伸ばしたが彼らの背は既に音楽室の外。その手は虚しく空を切るだけだったが――。

 

「いきなり曲の作曲者かと聞いてきたと思ったら、次は一緒に歌おう、挙げ句の果てには作曲してほしいなんて……まったく、もぉ。本当に意味わかんない」

 

 何も掴むことのなかった手を引き戻し、胸に当てながら呟く真姫の表情はどこか楽しげで嬉しそうだった。

 

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