「で、作曲できる一年生のみならずアイドルに興味のありそうな一年生二人の説得もそこそこに引き上げてきたわけですか」
一年生三人娘とのファーストコンタクトから一夜明けて翌日。
楽しく歌って踊れるアイドルには体力も必要不可欠――ということで、基礎体力をつけるための練習場所として雪兎がチョイスした神田明神の男坂で雪兎から昨日の首尾を聞いた海未は呆れた様子で息をついていた。
ちなみに穂乃果とことりの二人はひいこら言いながら階段の往復運動の真っ最中である。そんな二人を横目に、穂乃果たちの五倍のメニューを既にこなしたにも関わらず息を乱すどころか汗一つかいていない雪兎が反論する。
「そうはいってもね海未、真姫ちゃんはともかくとして花陽ちゃんと凛ちゃんは他人が説得してどうこうできるものじゃないんだよ」
「どういうことです?」
「花陽ちゃんと凛ちゃんがスクールアイドルに参加できない原因がコンプレックスにあるからだよ」
「コンプレックス……ですか?」
「そう、コンプレックス。花陽ちゃんは引っ込み思案な性格と声の小ささに、凛ちゃんは女の子らしくない自分に対してアイドルなんて似合わないと思っているんだよ」
「なるほど、確かにそれは説得でどうこうできる問題ではありませんね。自身の内面の問題である以上、他人がいくら言ったところで自分で自分を認められなければ問題は解決しないのですから」
納得といった感じで頷く海未に雪兎は説明を続ける。
「そんな二人に対して真姫ちゃんの場合は内面よりも外側、彼女の置かれた環境が原因なんだ。お医者さんになるって夢と大好きな音楽、どちらを取るかその二つを天秤にかけて揺れてる」
「二兎を追う者は一兎も得ず、ですね。夢を取るか好きなことを取るか、今後の人生がかかっているだけに難しい問題です」
「ところがギッチョン、そうじゃないんだな」
「どうしてです? こちらもこちらで相当にデリケートな問題だと思いますけど」
「まぁ、普通はそうなんだけどね。でも真姫ちゃんの性格を考えればまた答えは違ってくるんだよ。真姫ちゃんはね、少し自意識が強くて自信家で素直になれない皮肉屋さんだけど根は真面目で純粋な心の持ち主なんだ」
見事なプロファイリングである。あまりに見事すぎて、話を聞くに連れ海未の表情が消えていくほどに。
「……一日僅かな時間を過ごしただけで、よくそこまで彼女を理解できましたね」
「一緒に歌を歌った仲だからね。歌は正直だよ。その人の人となりも本当の気持ちも全てが赤裸々になる。だからこそ言える、彼女は夢も好きなことも諦めたくないと思っているし、心のどこかでは両立も不可能じゃないと感じているんだとね。なら話は簡単だ。二者を択一するのではなく両得の道を説けばいい」
断る理由が医学部進学のためというのなら、そもそも放課後に音楽室へ通ってると言う時点で辻褄が合わない。勉強で忙しいなら音楽室でピアノを弾いて歌ってる時間なんてないはずなのだから。なのに真姫は放課後には必ず音楽室に通っているという。それこそ彼女が好きなことを諦めたくないと思っていることの何よりの証拠だ。
しかし海未にとって重要だったのはむしろ前半部分に対してのようだった。
「そうですか。一緒に歌を……。そうですか」
ますます眼が据わっていく海未に雪兎は微笑ましげな視線を向けると茶化すよう言ってやった。
「あれ。海未ひょっとして妬いてる?」
「妬いてません!」
「そう?」
「そうです!」
まさに打てば響くといった様子で否定の言葉を重ねる海未だったが、それが言外の肯定である事に気づいているのだろうか。
もちろん付き合いの長い雪兎にはお見通しである。
「ふぅん、まぁいいか。じゃあ話しを戻すとして、そんな真姫ちゃんだからこそ説得の余地があるんだけど、今の海未みたいになかなか素直になってくれない子だからね。急いては事を仕損じると思ったんだよ」
「ちょっ、待ってください! 今聞き捨てならない台詞がありましたよ!? と言うか話しを戻したようでいて全然戻していませんよねっ!?」
「そう言うところがまさにと言った感じなんだけどね。まぁ、海未の場合は恥ずかしがり屋な気質から来るものだから真姫ちゃんとは方向性は違うんだけど」
「はぁ……もぉいいです。貴方相手に口論で適わないことは十二分に理解していますから」
結局白旗を揚げた海未であったが、雪兎がちゃんと自分を理解してくれていることを再確認できた彼女の心中では暖かな気持ちが広がっていた。
とは言え、それを顔に出すのは癪なので表情をキリリと引き締めながら脱線した話しを戻しにかかる。
「では今度こそ本当に話を戻しますよ。貴方のプロファイリングから説得は可能と判断できましたが、素直になれない子だから説得が長丁場になると踏んで昨日は一旦退いたと言うことですよね」
「まぁね。とは言え、根気のいる説得は非常にめんどくさ――もとい、衣装制作の都合もあるから真姫ちゃんの説得は穂乃果に一任したんだけどね」
「さらりと本音が出ていましたよ、本音が。でも穂乃果に任せて大丈夫なんですか?」
「根気のいる説得だからこそ穂乃果が適任なんだよ。思い立ったら一直線の猪突猛進。不屈、根性、必中、気合、熱血の精神コマンド持ちだからね」
ちなみに雪兎の精神コマンドは感応、集中、加速、覚醒、魂のスーパーエース仕様である。彼の場合それに加えて天才や極、二回行動、戦術指揮の特殊技能を持っていそうである。これではむしろラスボスだ。
「それに穂乃果には対真姫ちゃん用の説得プランを伝授しておいたしね」
「雪兎発案の説得プランですか、それは気になりますね。どのようなプランなのですか?」
「何も別に難しい事じゃないよ。孔明を口説き落とした劉備に倣っただけさ」
「と言うことは三顧の礼ですね」
「別名、押してもダメなら押し倒せ大作戦ともいうけどね」
断られようが門前払いされようが日参して相手が折れるのを待つだけの簡単な説得方法である。これならネゴシエイターの特殊技能がない君でも安心だ。くれぐれも物理的説得になってはいけないぞ。
「確かにその通りと言えばその通りなんですけど、身も蓋もありませんね」
「とは言え、実際のところ穂乃果にはがんばって真姫ちゃんを口説き落としてもらわないと。こと作曲に関しては現状真姫ちゃんしか頼れる人がいないんだから最悪楽曲を提供してくれるところまでは行ってもらわないとね」
その頼みの綱の穂乃果と言うと――。
「ひぃ、はぁ、この坂、きついよぉ」
「もぉ脚が動かなぁい」
ノルマはこなしたものの、ことりと共にバテバテであった。
そんな二人に雪兎は冷やしたタオルとドリンクを持って歩み寄る。
「お疲れさま二人とも」
「はぁ、はぁ、ありがとうゆきくん。ああ、冷たくて気持ちいい」
「んっく、んっく、ぷっはぁぁああ! 生き返ったぁ!」
まさに砂漠にオアシス、地獄に仏。
この時、二人の目には雪兎が荒れた大地を旅する旅人たちを安らぎの場所へと導く妖精に見えた。
だがしかし、忘れてはならない。この練習メニューを組み、彼女たちに課している張本人こそがその妖精であることを。
「ふむ、初日だから流す程度に軽めにしておいたけど、これならもうちょっとだけハードル上げても大丈夫だね。よし、夕方のメニューは少し数を増やそう」
「ええぇぇっ!? これより数が増えるのぉ!?」
「コレで流す程度なんて……。うぅ、ユキちゃんの鬼、悪魔、妖精さん!」
「へえ、元気あるね穂乃果。そんなに元気なら今からもうワンセット逝っとく?」
「いえ、いいです……」
某史上最強の弟子を育成する達人級たちの如く眼から怪光線を放つ雪兎の迫力に穂乃果はすごすごと引き下がるしかなかった。南無三。
そんなこんなを姦しくやりとりする四人の下に見知った顔が声をかけてきた。
「君たち」
「副会長さん?」
そこに居たのは《音ノ木坂学院》の生徒会副会長、東條希その人。しかも巫女装束の装いである。
「その格好――」
「ここでお手伝いしてるんや。神社はいろんな気が集まるスピリチュアルな場所やからね」
ということらしい。
それにしてもアルカナフォース使い……巫女……斎王兄妹……融合次元……うっ頭が……。
「四人とも、階段使わせてもらっているんやからお参りくらいしていき」
頭痛に苛まれるモノローグを後目に、希からありがたいお言葉を頂戴した四人は本殿の前で手を合わすことにした。
「何をお願いしようか?」
「初ライブの成功祈願といきたいけど、まずは真姫ちゃんの説得成功のお願いだね」
そう言って雪兎は財布からお賽銭にする新札の紙幣を取り出した。描かれた人物は慶応義塾の創始者であり学問のすゝめの著者である。
「うわぁ、そのお賽銭はすごい御利益ありそう」
「穂乃果や僕らの想いが真姫ちゃんに円満に通じますようにってね。まぁ、神様に頼るまでもないと思うけど一応ね」
「ほう、それは巫女さんとして聞き捨てならへん台詞やね――て、君それ大丈夫なん? 高校生なんやし無理せんでもええんよ」
雪兎の言葉を聞きつけて戒めに来た希だったが、彼の手にするお賽銭の額に眼を剥く。確かに高校生が奉納するお賽銭の金額としては非常識な金額である。
その希の疑問に対して答えたのは幼馴染である穂乃果たちだ。
「ああ、それなら大丈夫ですよ。ユキちゃんのお家、びっくりするくらいお金持ちですから」
「大蔵、ヤジマに次ぐ日本三大富豪の一角ですからね」
「毎年の長者番付では必ず名前が載るもんね」
お金持ちはお金持ちでも、さらに上をいくトンデモお金持ちのようだった。
「そうやったん。お賽銭の金額の意味もきちんとわかってるみたいやし、そう言うことなら野暮やったね」
そこまで言ったところで、でもと希は言葉を続ける。
「でも神様に頼るまでもないってところはやっぱり聞き捨てならへんな。事と次第によっては“わしわし”やよ」
巫女さんにあるまじき邪悪な笑みと卑猥な手の動きを見せながら迫り来る希に、生物学的に“わしわし”される双丘がないはずの雪兎も身の危険を感じ咄嗟に胸を腕で隠す。
「いや、それは誤解ですよ! 別に神頼みをバカにした訳じゃないんです!」
「ふぅん、じゃあ何でなん?」
必死の弁明が功を奏したのか、一応は構えた両手を納めてくれた希に胸をなで下ろした雪兎は新札を納める白い封筒とペンを胸の内ポケットから取り出しながら言葉を続ける。
「予感がね、するんですよ」
「予感?」
「ええ。何の根拠もない僕の都合のいい願望かもしれないけれど、それでも感じるんです。“彼女”たちはきっと僕たちの力になってくれると。だって――」
確証はない。
だが心に感じた確信を以て雪兎は語った。
「今は花咲く前の蕾で、雲に覆われた夜空で、素直になれない歌姫様だけど――太陽の下に大輪の花を咲かせることを、夜空の星々を凛と輝かせることを、真に歌いたい歌を思うままに歌い上げることを、きっと心の奥底では望んでいるはずだから」