一晩明けて翌朝。明久は穂乃香の家の前でそわそわとしていた。
昨日は成り行きで明久の家に泊ってしまったが、よくよく考えれば翌日の制服が存在しない。寮にある予備の制服は昨日使ってしまったし、そもそも昨日身に着けていた寝巻だって玲のお古なのだ。一度自宅に戻って、身なりを整えるべきだろう。
そこで問題になってくるのが、穂乃香の家庭環境である。昨日の通り、父親との関係は良好とは言えないし、母親にいたっては前情報が全くない。
明久がそわそわとしているのは、――――他人が首を突っ込んでいい話ではないのだが――――そんな状況に置かれている穂乃香が心配でならないからだ。
「……何にもないと良いんだけど。いや、僕がどうこう言うことじゃない……けど、気になる」
と、一人ぶつぶつ呟きながら、霞宅の前をうろうろとする明久。そろそろ一般ピーポーが警察官を呼び始めないかどうか不安になってくる。
そんな時、ガチャ、という音が聞こえる。ドアが開く音だった。明久はその音源へと顔を向ける。そこには、いつも通りの文月学園の制服に身を包んだ穂乃香が立っていた。
「穂乃香……」
「待たせてごめんね、行こう?」
一刻も早く、ここから離れたい。そんな風に明久には見えた。毎朝がこんな感じだったのだろうかと、明久の心が締め付けられる。
「……ごめんね、明久君。なんか、私たちのごたごたに巻き込んじゃって」
「ううん。穂乃香が僕に話してくれたことで、少しでも重荷が軽くなったのなら、全然大したことないよ」
「……やっぱり凄いよね、明久君は」
最後の一言だけが、誰にも聞こえないような小さな声だった。
うまく聞き取れなかった明久は、穂乃香に聞き返すが、
「ううん、何でもないの。早く行こう?授業始まる前に、予習しなくちゃでしょ」
「……ちょっと待ってよ、鉄人のホームルームの前から勉強するの?」
多少改善されたとはいえ、まだまだSクラスからは(学力的な意味で)かなり遠い位置にいる明久。ホームルームが始まる前から勉強というその姿勢に、脳内がパニック状態に陥る。
「そうだよ、昨日だって、何もしてないんだから、ちゃんとやっておかなきゃ」
「いや、でも、昨日はいろいろあったし」
「それでも、ダメなものはダメ。いろいろあったって言っても……
「…………何もないよ。何もない」
明久と穂乃香は、フレーズから、思春期で恋仲の男女がベッドの中でしてそうなことを想像してしまい、朝っぱらから憂鬱になる。
「ままー、あの人たち、なんであかいかおしてしたむいてるのー?」
「しっ、見ちゃいけません!」
さらに定番の台詞まで聞こえてきてさらに憂鬱に。
二人は朝から同時にその方向に発想が向くことに、うんざりしながらとりあえず文月学園へと歩き始める。