【完結】チートでエムブレム   作:ナナシ

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7章 後編

 話はマルス達がパレスへと襲撃を仕掛ける前まで戻る。

 

 

 パレスから東にあり、ノルダからは北にある大平原。帝国軍は現在その地点に陣地を布き、反乱軍の進攻に備えていた。

 その陣地の片隅に旧アカネイア軍のテントがある。

 

「………」

 

 テントの中に居る二人──アカネイアの騎士ミディアと勇者アストリアは、燃える薪を静かに見つめながらこれから始まるであろう戦を思っていた。

 戦の相手は解放軍……そう、彼女達の主君ニーナが相手となる。

 二人にとっての主君は今でもニーナだ。故に、いかなる理由があろうとも主君が率いる軍に槍を向けるような真似は出来ない。

 ならばどうする。逃走か。……否、却下である。逃走が露見すると人質が殺される。

 降伏はどうか。それも却下だ。帝国軍は『降伏=裏切り』と見なし、やはり人質を殺すだろう。

 主君と敵対することは出来ず、さりとて人質を見捨てるような真似も出来ない。ならばどうすれば良いのか。彼女達は考えた。

 

 考えて、考えて、考え抜いて──結論を出す。

 

 討たれるのだ。ニーナ達の手によって。

 

 主君であるニーナとは戦えない。帝国側から離れることも人質が原因で不可能。

 ならば討たれるしかない。ニーナ達と戦わず、かつ人質の安全を確保出来る方法はこれしかない……と、ミディア達は結論付けた。

 旧アカネイア軍将兵の意思は固い。彼らは全員、この地で主君に討たれることを、自らの死を選択した。

 

 だが……

 

「よ、っと……。ちょいとお邪魔するよ。あんたがミディアさんかい?」

「──何者だ!」

 

 傍に控えていたアストリアが剣の柄に手を置き、将軍であるミディアを庇うように素早く身構える。

 テントの中に入ってきた赤毛の少年は敵対の意思は無いことを示すように両手を頭の上に置いた。

 

「おいおい、そんなおっかない顔で睨まないでくれよ色男さん。おれ、こう見えても結構臆病なんだからさ。

 まずはこっちの自己紹介──いや、この場合は身分証明が良いかな? えーっと……あったあった。この封筒の右端に押されてる紋章、貴族出身のミディアさんなら何なのか分かるだろ?」

 

 少年が差し出した一枚の封筒をアストリアがまず受け取り、刃等の暗殺用トラップが仕掛けられていないことを確認した後にミディアへ渡す。

 彼女は受け取った封筒に目を落とし、押されていた“それ”を見て硬直した。

 

「……この紋章は、まさか!」

「やっぱりアカネイアの貴族さんには分かるかい。そうさ、それはガトーから預かった手紙だよ。あんたら宛てのね」

 

 少年は腕を組み事も無げに言う。

 魔道都市国家カダインの創設者。全ての魔道士から大賢者と呼ばれし者。生きる伝説──ガトー。その名を知らぬ者はこの大陸には居ない。

 赤毛の少年はガトーの名を聞き戸惑う二人を見てニッコリと笑いかける。

 

「おれの名はチェイニー。今はガトーじいさんの使いぱしりをさせられてる哀れな男さ」

 

 赤毛の少年……チェイニーが持ってきた封筒には数枚の手紙が入っており、その一枚にこう書かれていた。

 

 ──マルス王子が動いている

 

 二枚目以降にはマルスのこれまでの軌跡──タリス島での決起からアカネイアへ来るまで──が、詳細に記されていた。

 

 

 

 

 

 そして時は戻り──現在。

 ミディア達は出撃の準備をしている。斥候から帰ってきた兵から「反乱軍がこちらへと進軍を始めた」という情報が回ってきたからである。それほど間を置くことも無く戦争へと入るのは間違いない。

 

 チェイニーが持ってきた密書の中にあるマルスの名を見て、一度だけ共闘したことのあるアリティアの王コーネリアスのことをミディアは思い出していた。

 コーネリアスは、死刑が目前と迫ったニーナを救出すべく、ハーディンと共にかなり無茶な作戦行動をとった。当時虜囚の身であったミディアは、その作戦時にコーネリアスと出会う。その後、獅子奮迅の活躍をみせ、ついにニーナを奪還するコーネリアス。

 その姿はまさしく英雄──そう断言出来るほど、彼は頼もしかった。

 

 彼らはニーナを脱出させるべく部隊を二つに分けた。

 ニーナの護衛にハーディンと狼騎士団が、囮 兼 殿をコーネリアスがそれぞれ受け持つ。ミディアはコーネリアスの指揮のもと戦った。

 殿戦でミディアは敗北し再度捕縛されたが、ニーナは無事に国外へ脱出。作戦自体は成功したと言っていい。

 コーネリアスは捕らわれたミディア達を救うか否かを迷ったが、戦力が低下し、自身も手傷を負った状態では救出不可能と判断し脱出。ニーナ達の後を追いオレルアンへと発った。

 

 ミディアがコーネリアスと会話した時間は極僅か。しかしその僅かな時間で、コーネリアスという人柄を充分過ぎるほど理解した。

 会話の端々から感じる知性、多対一でも遅れを取ることない武勇、軍を率いる者に必要不可欠な広い視野、感情に流されることのない決断力……。

 英雄に足る素質を持つ勇者──それが彼女がコーネリアスに抱いた印象だった。

 

 そのコーネリアスの嫡子──マルス。解放軍を代表する将の一人、そしてドルーア帝国に滅ぼされたアリティア王国の王子。

 彼女が知っているマルス王子についての情報は、『タリス島で挙兵、解放軍を名乗り、幾つかの町や村を救った』──これだけだ。

 それ以外の情報を知らない。上から情報が一切下りてこないためだ。敵を知らねば戦えぬと情報を引き出そうと試みたが「貴殿にそれを知る権利は無い」と退けられてしまった。情報を与えるつもりが一切無いのは明白である。

 あのコーネリアス王の子供。意図的に止められている情報。大賢者ガトーからの密書。それに書かれている王子達の活躍。

 ミディアは「もしかしたら」と期待してしまう。彼ならば、マルス王子ならばあるいは……と。

 そしてその思いを抱いているのはミディアだけではない。アストリアや、彼等が率いる旧アカネイア将兵全てが彼女と同じく一縷の望みを抱いていた。

 

 

 

 時刻は夜明け前。

 間もなく戦端が開かれようとしていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

5.アカネイアの奇跡

 

 

 少女──ニーナはコテージの天井を見上げながら、これまでの人生を振り返っていた。

 彼女は全てをドルーア帝国に奪われた。家族を、家臣を、友人を。全て、全て奪われた。

 失われた命を思い、何度涙を零したことか。奪われた命を思い、何度怒りに我を忘れそうになったことか。

 

 ──今日、全てを取り戻す

 

 自分の力だけではここまで来れなかった。しかし彼女には多くの味方が居た。

 ハーディン、コーネリアス、シーダ、ミネルバ、多くの将兵達。そして……マルス。

 彼等がニーナを支えてくれた。だから彼女はここまで来ることが出来た。

 

 『全てを取り戻す』、それは誓い。支え、守り、導いてくれた多くの仲間達に報いるため、彼女は祖国を取り戻す。

 多くの者がそれを期待し、そしてニーナ自身もその期待に答えたいと願っている。

 

 ……夜明けは近い。すでにシーダとミネルバの二人が“レスキューの杖”を持ち帰還している。どうやらマルス達の救出作戦は上手くいったようだ。

 全てが順調に行われている。シーダ達も“所定の位置”へ移動し終えている頃だろう。後は……時を待つばかり。

 

 コテージの中へハーディンとコーネリアスが入ってきた。敬礼後、重々しく口を開く。

 

「御時間です、ニーナ様」

「準備はよろしいか」

 

 二人の言葉を受け、ニーナは立ち上がった。

 

「──参りましょう」

 

 彼女の瞳に宿る強い光。それは『王』が持つ決意の光であった──

 

 

 

 

 馬の蹄の音と軍靴の音が地鳴りとなって一帯に響く。

 町に駐留していた反乱軍が北へ向かって進軍を始めた──その報告を受けた帝国軍は、ただちに陣形を整え動き出した。

 先頭に立つのはミディア達 旧アカネイア軍。やや離れて帝国軍が移動している。あからさますぎる陣形。帝国軍は旧アカネイア軍をここで使い潰すつもりだ。

 ミディア達は人質を取られているため抗議など出来ない。現状に甘んじる他は無かった。

 

(現状に甘んじる、か。フッ……)

 

 苦笑する。ほんの少し前までは現状に甘んじる、といった不満を感じる余裕すら無かった。主君に槍を向けた賊軍としてここで討たれる──そのつもりだったのだ。

 だが今の彼女達は『もしかしたら』と言う思いを、一欠片の希望を抱いている。

 ほんの少しの、奇跡に等しい僅かな可能性。しかしミディア達はその希望に縋りたかった。

 

「──む! 全体、止まれ!」

 

 声を張り上げ、行軍を止める。

 前方に、三つの魔方陣が浮かんでいる。彼女はその魔方陣に心当たりがあった。あれは……ワープの魔方陣だ。

 後方にいた帝国軍もミディア達から少し送れて進軍を停止したその時、

 

 

 轟───ッ!

 

 

 突如魔方陣が輝きを強め、一帯に大きな光が生まれる!

 光が眼に直撃し、思わず両手で顔を覆う。必然、騎兵や歩兵の足も乱れる。致命的とも言える隙が生まれてしまった。これが普通の戦場であれば、彼女達はすでに何人か死んでいたかもしれない。

 ミディアはその魔方陣に見覚えがあった。かつてパレスに居た高司祭が、これと全く同じ魔法を使っていた記憶がある。

 

(これは──ワープの魔法か! ならば誰かがこの場にワープして、───!?)

 

 視界が戻ってきた。興奮した馬を無理やり抑え、前方を見やる。

 すると、その視線の先には──

 

「ニーナ、様……」

 

 ──その視線の先に居るのは、三人の騎士と一人の女性。……その女性をミディア達は知っている。

 それは彼女達が待ち望んでいた存在、ミディア達が忠誠を捧げる唯一の主。

 アカネイア王家最後の生存者……ニーナ。彼女がついにこの地へと帰ってきた──

 

 

 

 

 

 レナの“ワープの杖”により、ニーナ達は予定の位置まで転移。護衛としてコーネリアス、ハーディン、ジョルジュの三人も同時に転移してきた。

 目前の軍が掲げる旗に見覚えがある。あれはミディア将軍の軍旗だ。ならばあれは彼女が率いる軍なのだろう。

 その軍に並ぶように立つ他の軍旗にも見覚えがある。全て、全てが旧アカネイア軍の軍旗だ。

 旧アカネイア軍から遠く後ろに離れた位置に陣を敷く軍旗にも見覚えがある。忘れたくても忘れられない……ドルーア帝国軍。

 ニーナは──傍らに立つコーネリアス達も──薄く笑みを浮かべる。これはとても、そう、怖すぎるぐらい都合が良い展開だ。より少ない“犠牲”で彼女達の作戦は完遂されるであろう。

 

「ニーナ様」

 

 ジョルジュが促す。ニーナがコクリと頷き、持っていた杖を天高くかざす。

 そして彼女は力有る言葉を言い放った。

 

「レスキュー!」

 

 その言葉に答えるかのように杖は──レスキューの杖は、黄金の輝きを解き放った。

 

 

 

 

 

 マルスには一つ疑問に思っていたことがあった。それはステータスUPアイテム“マニュアル”のことである。

 パワーリングやスピードリング等は分かる。天使の衣はゲームとは少し違うが、それでも使ってみれば「ああ、なるほど」と得心が行く。他のアイテムもまた然り。

 ただ“マニュアル”だけが分からない。ゲームでは武器レベルがUPするアイテムなのだが、その武器レベルがこの現実世界でどのような意味があるのだろうか。

 試しにカインやアベルに一つ二つと使わせてみたが、他のアイテムに比べて効果が何も感じられないとの報告を受けた。

 このアイテムにはどのような効果があるのだろうか? 武器レベルとは? マルスの中でそれは解けない謎として残っていた。

 どのような効果なのかは検証を重ねれば良いのだが、残念ながらマルスにその時間が無かった。

 タリス島に居た間は帝国軍に見つからないように息を潜めて過ごしていたし、解放軍を立ち上げて行動を起こした後も机仕事等で時間が潰されてしまった。

 実際に“マニュアル”の検証を始めたのはディール要塞制圧後だ。必要な戦後処理と細々とした事務を終えた後、ワーレンからコーネリアス達がやってくるまでの極短い間ではあるが、マルスは新戦術の開発とステータスUPアイテムの検証を平行して行った。

 その検証にてマルスは“マニュアル”の効果を、マニュアルを使うことによってUPする“武器レベル”の意味を知ることになる。

 

 武器レベル。それはUPすればUPするほど“極み”に近付くというものだった。

 

 剣士ならば剣術、弓兵ならば弓術、魔道士ならば魔法───こう言い返れば理解しやすいだろうか。

 この武器レベルが高くなればなるほど、武器の扱い方、魔道に関する“理解・応用力”が高まっていくのだ。

 

 つまり“マニュアル”を使い武器レベルをUPさせれば『若年であっても、30年以上修業に費やした武芸の達人』という超兵士を即席で作れることが出来るのである!

 

 

 

 

 

 ニーナは戦場へ出る前に100個ほど“マニュアル”を使用した。現在彼女の武器レベルは単純計算で500。魔法に関する技能は(限定された時間ではあるが)この世界にいる誰よりも上を行く。

 彼女は手に持っていたレスキューの杖を振るい、その杖に登録された者全てをこの場に召喚した。

 杖に登録された者───即ち、ミディア将軍達を縛る“人質全員”である。

 

 あまりにも、あまりにも突然すぎるその展開に、ミディア達は愕然と立ち尽くした。彼女達の思考が、この急展開の事態に着いて来れないのである。

 ニーナの近くに現れた集団。あれは自分達を縛る人質だ。その人質が何故ここにいる? そもそもいつ、どうやって彼らは救出された?

 

 レスキューの杖──転移系の魔法は『魔道の極み』に近付けば近付くほど様々な応用が利く。

 かの大賢者ガトーが軍団規模の人間達を『A国からB国へ一斉に転移させることが出来る』ように。“マニュアル”を大量に使用したことで魔道の深淵が見える今のニーナにとって、大規模転移は児戯に等しい。

 だがミディア達はそれを知らない。アカネイア王家の血を引いているとはいえ彼女はただの人間。そのただの人間に、あのガトーと同じ御技が出来るとは誰も想像出来なかった。

 

 驚き戸惑うミディア達に一度だけ微笑み、ニーナは空を見上げた───

 

「聞きなさい、全ての兵士達よ!」

 

 光が彼方より見える。夜が、明ける───

 

「大陸に蔓延する深き闇。それは恐怖であり、絶望。(わたくし)自身の心にも、その『闇』は宿りました……」

 

 右手を伸ばす。まるで“何か”を掴もうとするかのように───

 

「私には民を、人々を守る力や権威がありませんでした。故に祖国を失った。故に多くの命を失った。それはあまりにも罪深き所業」

 

 違う、貴女は悪くない。貴女にはなんの罪は無い。悪かったのは、罪深きは貴女を守ることが出来なかった我らの方だ──ミディア達はそう叫びたかった。

 

「その私に着いてきてくれた方々がいる。もう一度立ち上がるのだと支えてくれた方々がいる」

 

 身体が震える。溢れる涙が止まらない。

 ミディア達は、自身でも気付かぬうちに片膝をつき、彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

「故に私は立ち上がった! 明けない夜など無いことを証明するために! 絶望を祓う希望はあるのだと証明するために──!」

 

 朝日がニーナを照らす。陽の光を纏う彼女の姿は、まるで希望を告げる聖女のように美しい。

 

「立ちなさい、アカネイアの勇士達! 貴方達の主──ニーナ・ウォル・アカネイアが帰ってきた!」

 

 ミディアが、アストリアが、旧アカネイアの将兵達が立ち上がる。

 ある者は鞘から剣を抜き、ある者は槍を握り締め、ある者は弓を持つ手に力を入れる。

 忠誠を誓った主君が帰還し、自分達を縛る人質はすでに無く。故に彼らの心に迷い無し。

 今の彼らにあるのはただ一つ。たった一つの強い決意。

 

『全ては我らが主、ニーナ様の為に!』

 

 怒りを、憎しみを持って戦うのでは無く、主君が掲げる大義のために全霊を賭して戦う。

 ……ニーナは、失ったものの一つをやっと取り戻すことが出来た。誇り高きアカネイア騎士団が彼女の手に戻ったのだ──

 

 

 

 

 

 

 ニーナ達が立つ戦場より遠く離れた山中。その場所より一頭のペガサスとドラゴンが飛び立った。その背に乗るのはシーダとミネルバ。

 彼女達は本作戦<アカネイアの奇跡>の要。二人が放つ“鉄槌”を持って、この作戦は完了する。

 

 ソニックブームという言葉をご存知だろうか? 物体の移動速度が音速の壁を越えた時に発生する衝撃波のことだ。

 この衝撃波は、いとも容易く破壊する。建造物も、自然も、そして人の命も。

 

 オペレーション・スレッジハンマー。それはこの世界ではマルス軍にしか使えない、ソニックブームを兵器へと転用した大戦術のことである。

 

 ステータスUPアイテムをそれぞれ1000個使用したシーダとミネルバ。空気と大地を切り裂きながら飛ぶ彼女たちは、すでに人から戦略級兵器へと転じている。

 哀れにも何も知らない帝国軍本陣の元へ、“二つの凶悪な兵器”が迫りつつあった──

 

 

 

 

 

 

「き、消えた!?」

 

 あまりの急展開に愕然としたのはミディア達だけではない。帝国軍の方も同じであった。

 光の柱と共に突然現れた反乱軍の首謀者。次いで現れた監禁していたはずの人質達。

 反乱軍の首謀者──ニーナのセリフが終わると共に、こちらへと敵意を向けてくる元アカネイア騎士団。

 

 極めつけはこれだ。こちらへ敵意を向けていた元アカネイア騎士団が“全員揃って消え”、その後すぐに“反乱軍の首謀者達も消えた”。

 

 魔道に精通している者はすぐに気付いた。あれは転移の魔法であると。

 しかしこの場にいる者の9割は魔道に関する知識は皆無。何がどうなっているのかまるで理解出来ない、というのが現状だ。魔道士が説明しようと必死になっているが、一度広まった混乱はなかなか治まらなかった。

 ……人は理解出来ないモノを本能的に恐れるという。現在はただの混乱に留まっているものの、それが恐怖へと変わるのは時間の問題だろう。

 

 だが彼らは幸運だった。何故なら恐怖を感じる前に──

 

 

「おい…あれ、なんだ?」

 

 

 帝国軍が見たもの──それは白と赤の閃光。

 だが彼らはそれの正体を見極めることが出来なかった。“それ”はあまりにも速過ぎたため、ただの光の帯としか認識することが出来なかったのだ。

 

 その二つの閃光が彼らの頭上を通り抜ける。

 

 あれは一体何だったのか。そう思う間もなく“それ”がやってきた。

 

 

 轟───ッ!

 

 

 轟く爆音。襲い掛かる衝撃。

 ある者は横に切り裂かれ、ある者は縦から潰され、ある者は地面へと強く叩きつけられ……。

 “二つの閃光”が通った後には、惨状のみが残される。

 

 “二つの閃光”は旋回し、再度突撃。それがトドメとなった。

 

 

 轟───ッ!

 

 

 この一撃によりその場にいた帝国軍は全滅。オペレーション・スレッジハンマーは、ここに完遂される──

 

 

 

 彼らは幸運だった。何故なら恐怖を感じる前に死ぬことが出来たからである。

 

 

 

 

 

 

 アカネイア攻略戦、終結。

 解放軍の犠牲者0、帝国軍は重軽傷者・死傷者・行方不明者多数。勝者は解放軍。

 

 まさに奇跡としか言えない大勝利である。

 

 200人の小軍が1万の大軍を圧倒。

 砦に監禁されていた人質の救出。

 戦うことを強制されていた旧アカネイア軍の解放。

 “鉄槌”による敵軍の殲滅。

 

 誰が聞いても作り話、与太話としか思えない圧倒的大勝利。それを解放軍は真実成し遂げた。

 

 この勝利は『アカネイアの奇跡』として、後の時代まで語り継がれていくことになる───

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

6.マルスの誤算

 

 

 やあ。私です、マルス王子です。パレス奪還から一ヶ月。季節は秋から冬へと移り変わりました。

 いかに精強な軍といえど冬将軍には敵いません。帝国軍との戦争再開は春まで待つことになりました。ドルーア軍にも動きは見られないため、春まで休戦状態は続く───かもしれません。これはあくまでも可能性の話。

 この休戦期間を利用して、解放軍は溜まっていた仕事を全部片付けることにしました。市民への食料配給、街道の整備、治安の維持、軍の訓練……正直やること多すぎです。

 

 解放軍はパレスの近くにある砦の一つを間借りし、そこで暮らしている。私はその砦にある一室を居室とし、新国家建国のため書類仕事に従事していた。

 そう、新国家……新生アカネイア王国である。

 新生アカネイア王国の国王はマルス・ローウェル。つまりこの私。妻はニーナ・ウォル・アカネイア様。……どうしてこうなった。

 

 いや、こういう結果になるのも当然と言えば当然かもしれない。

 占領した地方の復興作業は必ず行っていたし。

 私が金を出していなければ父上とハーディン殿の同盟軍はオレルアンを取り戻す前に瓦解してたし。

 オレルアン合流以降の戦いで犠牲者が最小限で済んでいるのも私が持ってきた装備やアイテムのおかげだし。

 食料・医療品・軍資金等は全部私が用意したものだし。

 吟遊詩人を利用した情報工作のおかげで解放軍の名声は高まる一方だし。

 

 こうして一つ一つ並べると……うん。私の活躍に対する報酬は『ニーナ様との婚姻以外無い』というのが事の真相ではなかろうか。

 正直悩んだ。ニーナ様は私が夫で良いのか、彼女にはカミュ将軍という想い人がいるのではないか──と。

 だがその悩みはすぐに解消される。

 

『カミュ将軍? 確か……グルニア王国にお仕えする将軍でしたか。彼がどうされたのです?』

『あれ?』

 

 はい。“この世界”のニーナ様、どうやらカミュ将軍と会っていないようなのです。何故?(※コーネリアスがカミュのポジションに入ったせい)

 会っていない以上恋心が生まれるはずもなく。だから彼女も私との婚約に納得しているようです。

 

 気になることがもう一つ。ハーディン殿だ。確か彼はニーナ様に惚れていたはずだが……。

 遠回しにだが事情を聞いてみた。すると予想外の答えが返ってくる。

 

『ああ、その件は私がニーナ様とコーネリアス殿に持ちかけたのだ』

『ファ!?』

 

 真相を聞いてビックリ仰天、なんと彼自らが私とニーナ様をくっつけようと裏で動いていたという!

 ハーディン殿曰く、「戦後、混乱した大陸の統治に必要な人物は、コーネリアス殿や私のような者ではない。マルス王子のような人こそ必要とされているのだ」とのこと。

 ……こうやって持ち上げられると凄く申し訳なく思う。私はただのチート使い、ハーディン殿のような立派な男ではないというのに。

 まあチート云々を話す訳にもいかず。私はただ苦笑しその場を誤魔化すことしか出来なかった。

 

 『ニーナ様との婚姻』 これが一つ目の誤算。二つ目の誤算は──

 

 <アカネイアの奇跡>作戦終了後、四人の少女が我が軍にやってきた。マケドニアのペガサス三姉妹と、神竜族の少女チキ。……って、ペガサス三姉妹はまだ分かるとして、チキ?! この子がここで出てくるなんて意外にもほどがありますよ!

 そういやこの時期のチキってガーネフに洗脳されて手下やってたっけ。……あ! そういや確かディール要塞でガーネフ死んだんだった!(←前話のガーネフに気付いていません)

 ガーネフの死によってチキにかけられてた洗脳が解除されたってことでいいのかな。……誰がこの子を保護したんだろ。大賢者ガトーかな?

 

 私達の下へ訪れた彼女達は三つの書状を持っていた。書いたのはマケドニア国王ミシェイル。一つは解放軍宛て、一つは私個人宛て、最後の一つはミネルバ王女宛てである。

 

 さて、ここでまた一つ誤算が生まれてしまった。私宛ての書状、その内容がまた凄い。ストレートに表現すれば『妹二人側室に送るから講和しようZE☆』である。

 ミネルバ殿宛ての手紙は私のと同じで、解放軍宛ての書状もほぼ同じ内容だ(ただし側室云々書かれてない) ……どうやらマケドニアは我らとの戦争を全力で回避したいようだ。

 講和の申し込みを受けるか否か緊急会議が開かれる。当然のごとく紛糾した。オレルアン側からは『拒絶』の声が、アカネイア・アリティア側からは『講和も止む無し』の声がそれぞれ挙がった。

 オレルアン側はマケドニアとの講和など絶対にイヤだろう。何しろ自分達の国を(彼ら目線で)好き勝手に荒らしていたのだから。マケドニアに対する感情は最悪の一言に尽きる。

 アカネイア・アリティア側にとっては「無駄な戦争を一つ回避出来るのならば」という考えだ。必然会議は平行線を辿り、結論は未だに出ない。

 

 『ミネルバ、マリア姉妹の側室入り。それによって発生する問題』、これが二つ目の誤算。

 そして誤算は続くよどこまでも。やってきました最後の誤算。それは──

 

「は? クーデター?」

「はい。グルニア国内にて反カミュ派によるクーデターが発生しました」

 

 子飼いの商人からの報告に思わず頭を抱え込む。……な・ん・で! ここでクーデターが起こる!?

 

「……前兆は無かったの?」

「ありました。書状にてですが報告も行いました。今から調度10日前です」

「え゙ッ?」

 

 備え付けの金庫を開け、中に保管しておいた報告書を確かめる。……ギャース! グルニアの地方貴族が物資を買い占めてるって報告を見逃してたー! これどう考えても軍事行動の前段階じゃないですかー!

 

「……てっきりわざとスルーしているものかと」

「んなワケないでしょ! この時は色々と忙しかったから──あーもう! フォーチュン(子飼いの商人組織)はカミュ派の貴族と接触、全力で支援したげて!」

「御意」

 

 カミュ将軍のような優秀な軍人がクーデターなんぞで死ぬのは凄く困る! 戦後にこき使う気マンマンなんだぞこっちは! 全力で彼を支援し、勝ってもらわねば!

 というかなんでクーデター起こったんだ? 確か今のグルニアって、病弱な王に代わってカミュ将軍自ら政治を取り仕切ってるんだよな。商人達からは「カミュは善政を布き、民からの評判も良い」って報告が挙がってるから政治センス皆無ってことは無いだろう。

 ……もしかしてそれが気に入らなかった? 軍事だけでなく内政にも素晴らしい手腕を発揮したカミュ将軍に対し、古参の貴族(老害)連中が「我らを差し置きカミュのような若造が国を取り仕切るとは生意気な!」って感じみたいな。カミュ将軍に欠点があるとしたら年齢ぐらいなものだし。……うわぁ、ありそうな気がしてきたぞぉ。

 

 

 『グルニア王国でクーデター発生』、これが最後の誤算。

 出来ればマケドニアのように講和の使者を送って欲しかったのだが、内乱へ突入した今のグルニアじゃそれは無理ってもんだろう。

 

 クーデター問題に関しては、グルニアへの武器・食料の支援ぐらいしか出来ないだろう。軍を動かすとドルーア側もそれに呼応し動く可能性がある。さすがに冬に軍を動かしたくない。つー訳で、カミュ将軍には自分達の手で内乱を鎮圧してもらおう。

 婚約に関しても、まあいい。これは私個人がどうこう言ってもどうしようもない。……ていうか普通に良い女性だよニーナ様。美人だし、気立ても良いし、スタイルも良いし(←重要) ぶっちゃけ不満なんてどこにも無いっすよ!

 

 問題はマケドニアとの講和の件ですよ。この問題をどうするか、頭痛を覚えるレベルで悩んでいる。

 講和を受け入れたらオレルアンの反発は必至。受け入れなかったらマケドニアとの戦争は続行だが、その場合『講和を蹴った』という事実が残る。ドルーアはそれを利用して流言工作を行い、解放軍を内部から切り崩しにかかる可能性がある。ていうか私がメディウスなら絶対にやる。

 ……それは困る。凄い困る。何しろほら、私達は『正義の味方』を自称している訳だし。戦争回避の選択肢を得たのにそれを蹴るとか、全然正義の味方じゃないじゃん。正義の味方っぽくないじゃん。

 そういう訳でマケドニアとの講和を拒否するというのは絶対に有り得ない……のだが。同盟国であるオレルアンの意思を無視することも出来ないのも事実。

 

 あちらを立てればこちらが立たず。どちらを選択しても“しこり”は残る。ぐぬぬ……どうすれば良いというのだ!?

 

 正義の味方。このフレーズがここに来て足を引っ張り始めてきた。なんてことだ……。

 ……………うん? 正義の味方? 正義の味方………。

 

 ここで私は『ある方法』を思いついた。正義の味方──そうだ、正義の味方だよ。

 私の経歴、これまで積んできた実績、そして『原作知識』……。これらを使えば、現在抱えている問題を円満に解決出来るかもしれない。

 

 さっそく私は準備に掛かる。都合が良いことに、行動を起こせる機会はすぐにやってくる。

 一ヵ月後の建国パーティー。その日が決戦の時だ──!

 

 

 

 

 

 アカネイア暦604年、冬。

 雪が降り積もり本格的に冬に入り始めたその時期に、我ら解放軍はパレスで建国パーティーを開催した。

 パーティーには多くの人が招待されている。オレルアン王、タリス王、ガルダ市長、ワーレン市長、ノルダ市長etc……とにかく沢山だ。来賓が豪華なのは、このパーティーには私とニーナ様の婚約発表も含まれているからだろう。

 冬という体に厳しい季節に、お年を召されたオレルアン王・タリス王の両名がパレスまで来てくれたのはとても嬉しかった。

 

 ……さて。そろそろ時間だ。

 パーティーの司会・進行を勤めるジョルジュが私達の婚約発表を行ったあと、用意された壇上へ上がり演説を行う手筈となっている。

 その時を、その演説を最大限利用する。

 私は今日、世界に対しペテンをかける──!

 

「ではマルス様、壇上へどうぞ」

「あぁ」

 

 ジョルジュに促される。私は胸を張り、堂々と歩いた。

 壇上に上がり、会場を見渡す。……誰も彼もが私に注目していた。

 この土壇場で心が不安で支配される。上手くいくのかどうか。受け入れてくれるかどうか。……否、やらねば私が望む未来はやってこない。父上では駄目。ハーディン殿でも駄目。これは私でなければならないのだ。

 大きく息を吸い、そしてはく。意を決して私は口を開いた──

 

 

◇◆◇

 

 

 

7.英雄王マルス

 

 

 

 パーティ用ドレスで着飾ったミディアは、盛大な拍手の中ゆっくりと壇上へ向かう一人の少年へと視線を置いていた。

 解放軍の“盟主”であり、ニーナの婚約者となった少年──マルス。

 母親に似たのか、女性的な美しい顔立ちをしている。ウィッグを付け、女物の服を纏えば女性と言われても違和感が無いだろう。

 彼を“見た目だけで”判断すれば、解放軍の盟主に相応しくない軟弱者だ。実際、初見で彼を侮る者は多い。王子の功績を知ってもなお……だ。優れた容姿が全てプラスに働く訳ではない良い例と言える。

 

 ニーナの家臣としてこの場に立てているのは王子のおかげであるということをミディアはきちんと理解し感謝している。また、王子自身が成した功績は計り知れないほど大きいことも理解していた。

 だが──それでも彼がニーナの婚約者に相応しいかどうか。そのことを認めても良いのかどうか。それはまた別な話だった。

 王子を婚約者にと薦めたのはハーディン将軍だ。ミディアからすれば、そのハーディン将軍こそがニーナの夫、そして次代アカネイア王に相応しいと思っている。

 帝国の支配によって乱れた国は、ハーディンのような“強く雄々しい男”にこそ纏められる。それがミディア達の考えだった。

 マルス王子も確かに優秀かもしれないが、彼が立てた功績の大部分は『秘密の店』という存在のおかげ。何らかの事情により秘密の店が使えなくなったら、その時点で王子は……。

 

 手に持っていたワイングラスをあおり、中身を一気に飲み干す。そんな彼女のもとへ恋人のアストリアがやってきた。

 

「ミディア」

「アストリア、貴方も来たのね?」

「ああ、警備は部下に引き継いでもらった。……マルス王子は?」

「これからよ」

 

 数日前、彼女達はニーナより『パーティの時、王子から演説がある』と聞かされていた。二人はそれを楽しみにしていた。

 よくよく考えてみれば、ミディアも、アストリアも、マルス王子についてあまりにも知らなすぎる。知っていることといえば彼が立てた功績の数々のみ。性格、口調、趣味、好みなど何一つ知らない。

 個人的に話しをしたいと思ったことはあれど、身分の差や立場の差、それらが邪魔をして面会は適わなかった。彼女達も当然その辺りの事情は理解しているので拗れる事だけはなかった。

 

 その王子が行う演説で、彼の人となりが多少知ることが出来るかもしれない。

 

 ミディアが、アストリアが。ニーナ、ハーディン、コーネリアスが。オレルアン王、タリス王が。多くの者が見守る中。

 

 マルス王子の演説が始まった。

 

 

 

 

 

 

「記念すべき今日という日に、私は皆様にお話しなければならないことがあります。それは“我等が解放軍に置ける正義について”です。

 

 “正義”について語る前に、まず何故我々が“解放軍”を名乗っているのか、そこからお話しましょう。

 解放軍はアリティア軍、オレルアン軍、タリス義勇軍の三軍によって形成されてます。現在はそこにアカネイア軍も加わりました。

 故に本来ならば“同盟軍”と名乗るのが適切でありましょう。将兵の中にそう思っている者は多いはず。

 しかし、であるならば、なぜ我らは同盟軍ではなく“解放軍”と名乗っているのか。

 

 その理由は、我らは“過去に生まれ現在に至るまで存在する全ての因果を解放する”ことを目指しているからです」

 

 

 

 ざわり、と会場がざわめく。彼の、マルスの今の言葉には妙な力強さがあった。

 彼が何を言いたいのか分からない、しかし何か、とても重大な“何か”を言うつもりだ───会場にいる全ての者がそう理解する。

 

 

 

「古き神話の時代。“ヒト”がまだその日生きることが精一杯だったほど古い時代。ヒトは“ある種族”と友好な関係を築き、共に暮らしていたと聞きます。

 そのある種族こそ“竜族”。後にマムクートと呼ばれる一族のことです。

 ヒトと竜族は共存共栄を目指していました。しかし、あることが切欠でその関係が破綻しかけます。竜族の人化───竜人族の出現です。

 竜族は自身の力を魔石に封印し人化をしなければ理性を失い獣へ成り下がるという奇病に犯されました。それを恐れた竜族の多くが石に力を封印し、竜人族へとなりました。──二つの種族の関係に小さな亀裂が生まれたのはこの時でした。

 力を封印することを拒み、結果ただの獣へと堕ちてしまった元竜族は、本能のままにヒトを襲い始めました。ヒトに味方した竜人族が野生化した元竜族を倒しましたが、両者の間にある亀裂は少しずつ大きくなっていきます。

 やがてヒトは竜人族を蔑むようになりました。竜人族は魔石を使えば大いなる竜族の力を振るえますが、その魔石が無ければヒトよりも無力だったからです。

 そのような状況下にありながらも、彼ら竜人族はヒトとの共生を望んでいました。どれだけ蔑まれても、どれだけ横暴な振る舞いをされようとも……。

 

 神竜王ナーガ、その名は皆さんもご存知でしょう。彼はヒト側に立ち、獣へと落ちた元竜族と戦い続けました。

 その彼の指示を受け、竜の祭壇とラーマン神殿を守っていた竜人がいます。

 その竜人こそがメディウス。かつての彼はナーガ神側……即ちヒトと共に生きる道を選んだ竜人族だったのです」

 

 

 

 言葉を切る。マルスは会場をゆっくりと見渡した。

 会場にいる全ての者が壇上に立つマルスを見ている。その視線に動揺や困惑を感じれど、怒りや憎しみは無い。

 マルスは一度深呼吸をし、言葉を続けた。

 

 

 

「彼がナーガ神と袂を分かち敵対した理由。それは……やはり“ヒト”でした。

 ある日のことです。メディウス不在の時を狙い、徒党を組んだ人間の盗賊達が財宝を求めてラーマン神殿へ押しかけました。

 神殿は無残に荒らされ、財宝は奪われ、守りを任されていた竜人族の神官達が皆殺しにされました。

 ……この事件を切欠に、メディウスはヒトに、人間に見切りをつけたのでしょう。現状に不満を抱いている竜人族を集め、国を作ります。

 それがドルーア帝国。我々が知る歴史の始まりです」

 

 

 ──分からぬ! 分からぬ! 我には分からぬ!

 ──友を、仲間を、同胞を無惨に殺されて! それでもなおヒトと共に生きなければならぬのか!?

 ──ならば要らぬ! そんなヒトなど、人間など、我らは要らぬ!

 

 

 マルスの話を聞いた者全てにマムクートの……竜人族の怨嗟の叫びが聞こえたような気がした。今の話はそれほどの衝撃を彼らに与えた。

 マムクートが人間を憎悪しているのはおぼろげながら理解していた。しかし“なぜ憎悪しているのか”までは今まで分からなかった。分かろうともしなかったのだ。

 

 

 

「人は、民は我らを正義の味方と称えてくれます。

 はて、正義とは、そして悪とは一体何なのでしょう?

 全ての真実を知った今、その質問に答えられる人がいるでしょうか。

 

 ……私は出来る。正義とは、悪とは何か! 私は答えることが出来る!

 

 正義とは! 過去から現在へと続く憎しみの連鎖を断ち切り未来へと歩むこと!

 

 悪とは! 真実を知りながらも、なお過去にしがみ付き未来を見ないこと!

 

 その憎しみの因果を“解放する者”、それこそが我ら解放軍!

 

 世界は告げている! 竜を許せと! 悲しみを終わらせよと!

 

 夜の後には朝が来るように! 冬の後には春が来るように!

 

 悲しみに満ちた過去を終わらせ、希望にあふれた未来を目指す時が来たのです!」

 

 

 

 この場に居る者のほぼ全てがマムクート……竜人族に対し怒りや憎しみ、あるいは恐れの感情を抱いている。

 故に多くの者が思った。貴方には無いのか。ドルーアに対する怒り、憎しみ、それらが無いのかと。

 

 

 

(……否! 王子は、マルス王子の心の奥底には間違いなく怒り、憎しみはある!)

 

 ハーディンは、一度だけだがマルスの中にある“憎悪”を確かに見た。

 レフカンディ──今でもあの戦いは鮮明に思い出せる。あの戦場でマルス王子は怒りのままに、憎しみのままに剣を振るい、敵を屠っていた。あの姿こそマルスがドルーア帝国に対し抱いている憎悪の証明だ。

 それを、その憎悪をマルスは捨てようとしている。民のため、国のため、大陸の平和のために自分自身が持つ負の感情を捨てようとしている。

 血が滲むほど強く拳を握り締める。ハーディンの頬をつたう涙は、何に対しての涙なのか───

 

 

 

(マルスよ、私はお前を誇りに思う……)

 

 コーネリアスは寄り添うように立つ妻の手を取り「大丈夫だ」と気遣うように声をかける。それから愛しき息子を見つめた。壇上に立つその姿からは迷いも後悔も感じられない。

 先ほどのマルスの言葉。それが意味するところは『大陸に住まう全ての人々の未来のために、自身が持つ復讐心を捨てる』ということに他ならない。マルスは、彼らの息子は自らの意思でその道を選択した。その決断を下すのにどれほどの葛藤があったのか───

 

 

 

(王子……私は……)

 

 聡明な女性であるニーナは、『彼から“復讐”の機会を奪ったのは間違いなく自分である』と気付いてしまった。

 マルスは解放軍の盟主。そのマルスがニーナと婚姻を結んだことにより“アカネイア次期国王”となってしまったため、彼から“ドルーア帝国へ復讐する”という機会が永遠に失われてしまった。

 解放軍の盟主にしてアカネイアの次期国王、それほど重い立場にある人物が“復讐”という感情に流されるなどあってはならない。明確な“大儀と正義”が無ければ戦争行動を起こすことが許されない立場にマルスは立たされてしまったのだ。

 

 

 

「私、マルス・ローウェルはここに宣言する! 古き時代から現在へと続く憎しみの連鎖を断ち切ると!

 それこそが“解放軍”の役割であり、我らが目指す正義なのです───」

 

 

 

 演説が終わった。あとに残ったのはシンと静まり返った会場のみ。

 彼の演説を聞いた者の多くが思った。“何故、貴方がそれを言えるのだ?”と。

 マルスという人物を客観的に見れば“ドルーアに故郷を滅ぼされた亡国の王子”だ。16歳という年齢を考慮すれば、ドルーアに対し憎悪を抱き、感情のまま復讐に走ってもおかしくは無い、あまりにも重すぎる人生を歩んでいる少年だ。

 

 その少年が“ヒトと竜の共生”を説いている──その先にこそ未来はあるのだと言っている!

 

 敵を倒せば、ドルーア帝国を倒せば全てが終わる。誰しもがそう思っていた。

 ……終わるはずがないのだ。戦争の原因、その根本をどうにかしない限り戦争は何度だって起こりえる。その当たり前すぎる事実に誰も気付かなかった。

 しかしマルスだけが気付いていた。同時に発生するであろう問題を解決する方法も。

 

 弱者に手を差し伸べ、進むべき道を示し、共に歩いていく。

 現実感の欠片もない理想論を語り、しかしマルスはそれを現実のものへとしてきた。

 少数の軍を率いて大軍を破る。

 御伽噺の中でしか有り得ないような奇跡を、しかしマルスはそれを現実のものへとしてきた。

 “徳”と“覇”。王道と覇道。その二つを万人にとって分かりやすい形でマルスは実現してきた。

 

 それは───まさしく“王”ではないか。

 

 その王が言った。目指すべき正義、そして未来を。

 他の者が言ったのならば鼻で笑われるか、逆に怒りや憎しみを向けられるであろう。

 しかしそれがマルスの言葉ならばどうか。

 

 その答えは──────

 

 

 

『マルス様 万歳!』

 

『マルス陛下万歳!』

 

『アカネイア大陸に真の平和を!』

 

『人間に、そして竜人族に輝かしい未来を!』

 

 

 

 ニーナが。コーネリアスが。ハーディンが。

 タリス王、オレルアン王、ガルダ市長、ワーレン市長、ノルダ市長が。

 シーダ、ミネルバ、ミディア、アストリアが。

 マルスの、“我らの王”の演説を聞いた全ての者が立ち上がり、一斉に喝采を送った。誰もが、誰もが王の言葉に輝かしい未来を見た。

 その未来を王と共に歩みたい──いや、共に作りたい。そう思わせるほどの“力強さ”をマルスの言葉から彼らは感じた。

 

 

 この日よりマルスは 英雄王 と呼ばれるようになる。

 

 

 そしてそれは全てマルスの思惑通りであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

8.英雄王マルス(笑)

 

 

 計 画 通 り !

 拍手喝采に包まれる会場を見渡しつつ、私はたおやかな笑みを崩すことなく心の中でグッとガッツポーズをとる。

 これぞ私が用意した策!『亡国の美少年王子様が同情を引きつつそれっぽい理想論を説いて周りを納得させちゃおう作戦』だー!

 

 以前手に入れた黒い水晶球を覚えているだろうか。どうもあれ、闇のオーブだったらしい。そのことに気付いた切欠はペガサス三姉妹とチキが持ってきた四つのオーブ……光・星・大地・命のオーブに触れた時だった。

 彼女達が持ってきたオーブに触れた瞬間、“力”が体の中へと入ってくる感覚がした。そう、黒い水晶球に触れた時と同じように。

 そこで私は察した。あー、あの黒い水晶球、闇のオーブだったのか……と。

 

 五つのオーブの力を吸収したことによって、私は“オーブ”と“封印の盾”の二つの力を手に入れる。

 そのうちの一つ……“オーブの力”を演説中に私は使ったのだ!

 会場全体を“オーブの力”で覆うことにより、会場にいる全員を擬似的な催眠状態に落とし込み、私の言葉が心地良く聞こえるようにし、最終的には全員納得するように誘導する。ぶっちゃけ私がやったことって洗のu(省略)

 

 聞こえ心地良いの言葉を用いた演説。ヒトと竜の確執、ドルーア帝国の始まり、ナーガ神の目指していた未来……という原作知識。そして──オーブの力。

 これらをフル活用した結果が拍手喝采のマルス様コールである。フー! 最高に気持ち良いぜ!

 演説自体はそれっぽいセリフをそれっぽく言ってるだけなんだけどね!

 

 私の策が完璧にハマったことにより一つの大きな“流れ”が生まれた。これから我ら解放軍はその“流れ”に乗り、平和へ向けて大きく歩み出すだろう。

 オレルアンなどがまさにそれである。彼らはこれまでマケドニアとの講和に反対していたが、それを撤回し講和する方向へ話を進めていくつもりみたいだ。

 現在の彼らの心境を表すと「マルス王子が己の心を押し殺し平和を目指しているというのに、我らは個人的な感情で……」といったところ。実直な性格をした人が多いオレルアンには今回取った策が実に効果的だぜ~!

 もともとオレルアン王本人は講和に前向きだった。その彼が講和に反対していたのは国民感情に配慮してのことだ。

 それも今日という日を境に変わる。彼らもまた大陸の平和へ向け動き出すだろう。私が作った“流れ”に乗ってね。

 とはいえ、すぐに『国交が回復、関係が正常化される』というわけではない。あくまでも戦争状態が解消されるだけ。二つの国がまともに交流出来るようになるためには、少なくとも100年近くは時間が必要になるだろう。

 

 とはいえだ。マケドニアに関する問題はこれで解決した。解放軍とマケドニアの講和が確定した。

 それはつまり──私の側室としてミネルバ殿(+マリアちゅわん)を遠慮なく迎え入れることが出来るということ!

 うほほwwwいよいよハーレムが現実的なものになってきましたなぁwwwww

 

『マルス様 万歳!』

『マルス陛下万歳!』

『アカネイア大陸に栄光あれ!』

 

 文字通り熱狂に包まれる会場を最後に一度見渡した後、ゆっくりと壇上を降りる。

 ……さぁ、これで懸念事項はほぼ全て解消された。

 ドルーア帝国よ、私の輝かしいハーレム・ライフのためお前達を倒させてもらうぞ──!




マルス「英雄王 爆 誕」キリッ
ギル「は?(威圧)」
シオン「絶対に許さない」

ニーナ「次回、いよいよ最終話です」
ミネルバ「投稿は2016年の夏くらいですかね…(諦観)」

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