【完結】チートでエムブレム 作:ナナシ
1.ハーディンの憂鬱
「…………」
ハーディンは割り当てられた室内で、無言のまま紙に羽ペンを走らせる。彼は今、下から挙がってきた陳情の処理を行っていた。
ここはワーレンの港町にある宿屋。レフカンディで大勝を遂げ、無事アカネイア領内に入った彼ら解放軍は、オレルアンから続く激戦でh疲弊した兵士達を休ませるため、ここワーレンへ立ち寄った。
ある者は貸し切った酒場で戦友と語り合い、ある者は闘技場で剣闘士達の戦いを観戦し、ある者は港でまったりと釣りを楽しんだ。
解放軍の兵士達は、与えられた休日を港町でそれぞれ楽しんでいるようだ。
史実ではこのワーレンにドルーア帝国軍が駐屯していたはずなのだが、この世界では存在していない。
何故ならここに居た帝国軍──グルニア兵は、レフカンディの戦いで散っていったからだ。
そう、ハーマインはこの地から兵士を大勢引き抜いてあの大軍を作ったのである。
よって本来ならこの地で起こるはずだった戦いは無く、解放軍はアカネイア奪還戦前に平和のひと時を楽しむことが出来たのだった。
もっとも一部の将官には休みなどなく雑務に追われていたが。ハーディンもその中の一人だ。
そのハーディン、しかめっ面のままに仕事をしている。彼は今、レフカンディで見たマルスの戦いを思い出していた。
「マルス王子は心に闇を抱えている……」
『これぞ天を握る最強の剣!!』←必殺の一撃
『イヤァァァ──げぷっ』←首を跳ねられるソルジャー
『このマルスより真のアカネイアの歴史が始まるのだ!! わーはははははッ!!!』
一片の慈悲もなく敵を屠り、その身を敵の返り血で染め、修羅のごとき笑みを浮かべる少年。
彼は、マルス王子は、その心に深い闇を抱えているとハーディンは感じていた。
……最も、王子の経歴を考えればそう感じても無理はない。卑劣な手段で祖国を奪われ、家族と離れ離れになり、住み慣れない土地で二年間もの間肩身の狭い思いをしながら過ごしていた。
16歳という若さも考えれば、自らをそんな境遇へ追いやった帝国軍を憎むのも当然のことだろう。
「コーネリアス殿が倒られた今、私がなんとかせねば……」
溜息をつく。コーネリアスはバーサーク状態のマルスを見て「私の息子があんなバーサーカーなはずがない」と呟き、卒倒した。現在妻リーザの看病のもと、療養中である。彼のことだ、ここを発つ頃には復活しているだろう。
それはともかく、今はマルスだ。一軍の将に相応しい堂々とした姿から忘れている者も多いが、彼はまだ16歳の子供。年齢の離れたあの友人は、本来なら守られるべき立場にある若者だ。
その彼が「ドルーア憎し」の感情で剣を振るっているのならば、なんとしても矯正しなければならない。なぜならばこの戦争、憎しみの感情だけで戦えば必ず死ぬ。ドルーア帝国との戦争とはそういう質の戦争だとハーディンは思っている。感情に振り回された者が戦って勝てる相手ではないのだ。
幸いなのはハーディンやコーネリアスの部下達がマルスに対して恐れを抱かなかったことか。彼らは全員マルスの境遇を知っているため、レフカンディで見せたマルスの狂行を『帝国軍を見れば狂うほどに憎んでいる』と解釈していた。
もっとも、これから解放軍に加わるであろう人達が他の部下達のように理解のある者達ばかりとは限らない。最悪、マルスを『第二のメディウス』と恐れる可能性は大いに有り得る。
よってこの問題は取り返しのつかない大きな問題になる前に早急に解決しなければならないのだが……。
ピッ!と音をたてて書類にサインを入れる。これが本日最後の陳情報告書だった。
さてどうしたものか。ハーディンが解決策を考えているところに「失礼します」と、マルスの姉エリスが御盆を持って入ってきた。御盆の上には紅茶とお菓子が乗っている。
「ハーディン様、お茶をお持ちしました。……もし御仕事の最中でしたら申し訳ありません」
「いや、なんの。今しがた最後の報告書にサインを入れ終えましてな。今日はもう仕事は無いのです」
「あら、調度良いタイミングだったみたいですね」
クスクスと微笑むエリス。そのままテーブルにカップとクッキーの皿を並べる。
書類を片付けテーブルまで来たハーディンは用意されたカップが二つあることに気付く。一つは彼の分、もう一つはエリスの分だ。
ハーディンはやや困惑しながらもテーブルの椅子に座り、それを待ってエリスはハーディンの正面に座る。
「少し、お話しませんか?」
「──私でよければ喜んで」
エリスの誘いに応じるハーディン。二人きりのお茶会が宿屋の一室で開かれた───
◇◆◇
マルスは特殊スキル【狂化】を身に付けた!
【狂化】とはデビルソードの呪いに侵食されきった者のみが会得出来る特殊スキル。
このスキルを持つ者は【狂戦士(バーサーカー)】と呼ばれる存在になる。
◇◆◇
2.アリティアの王女 エリス
エリスはファザコンである。
軍を率いては常勝し、剣の腕では並ぶ者なく、善政によってアリティアの民から慕われている父を彼女は好きだった。
どれぐらい好きかというと、
お父様!お父様!お父様!お父様ぁぁぁあああぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!お父様お父様お父様ぁああぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ!お父様の髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
訓練帰りのお父様かっこよかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
アカネイアから誉められて良かったねお父様!あぁあああああ!かっこいい!お父様!かっこいい!あっああぁああ!
吟遊詩人の物語にも出てきて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
ぐあああああああああああ!!!物語なんて現実じゃない!!!!あ…肖像画も詩もよく考えたら…
お 父 様 は 現 実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!
そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!アカネイアぁああああ!!
この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる?肖像画のお父様が私を見てる?
肖像画のお父様が私を見てるぞ!お父様が私を見てるぞ!肖像画のお父様が私を見てるぞ!!
肖像画のお父様が私に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!
いやっほぉおおおおおおお!!!私にはお父様がいる!!やったよマリク!!ひとりでできるもん!!!
あ、お父さまぁぁぁああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!
あっあんああっああんあお母様ぁあ!!アンリ様ー!!ニーナ様ぁああああああ!!!ナーガ神様ぁあああ!!
ううっうぅうう!!私の想いよお父様へ届け!!アリティアのお父様へ届け!
とまぁ、これぐらい好きだ。……大丈夫かこの娘。
ともかく! 彼女は父コーネリアスが大好きなのだ。
しかし不満が一つだけある。それは……
「はぁ。お父様のあの筋肉だけはどうにかならないかしら……」
……それは、コーネリアスが筋肉ムキムキのマッチョメンであることだった。
ある日のこと。風呂からあがり姿見の前に裸で立つ父のその姿を彼女は見た。
───逞しい上腕二頭筋ッ!
───みごとに分断された腹筋ッ!
───ピクピクと脈打つ大胸筋ッ!
暑苦しいまでに盛り上がった自分の筋肉を見て、コーネリアスは呟いた。
『ナーガ神よ わたしは美しい…』
ナーガ神が聞いたら墓穴から這い出て霧のブレスをぶっ放すようなことを呟いたコーネリアスは、鏡に映る自分の姿を見てウットリ。彼は筋肉フェチでありナルシストだった。よく結婚出来たなこいつ。
それを見てエリスどん引き。太すぎる筋肉とナルシーなところさえなければお父様は理想の父なのにと何度思ったことか。
さて。そんなエリスの前に一人の男性が現れる。それは彼女の父の盟友になった男──ハーディン。
戦(いくさ)では常に最前線に身を置きながら軍の指揮を取り、剣の腕はコーネリアスに勝るとも劣らず、多くの部下や民から慕われる。その姿はコーネリアスを感じさせるものがあった。
ただし彼はある一点においてコーネリアスとは違う。
ハーディンはマッスルでもなければナルシストでもない。マッスルでもなければナルシストでもないのだ。大事なことだから二回言いました。
筋肉は確かにあるが、それはモデルのようにスラッとした機能美を追求した筋肉であり、父のようなモリモリとした筋肉ではないのだ!
もはや皆さんも理解出来よう。そう……エリスにとってハーディンは『理想の男性』であり、正しく『白馬の王子様』なのである!
という訳で一目見た時からターゲット・ロック。エリスはハーディンをゲットすべく裏で暗躍し始める。
彼はニーナ王女に恋心を持っているようだが、幸いなことにそれはまだ自覚に至ってない。ならば幾らでもやりようはあろう。
「ふふふ……待っててね、未来の旦那様♥」
『暗黒戦争』とはまた別の『女の戦い』が、解放軍の中で始まろうとしていた──!
「ど、どうしたのマリク!?」
「うぐっ……ま、まるすさまぁ……えぐっ……」
とある酒場で酒に溺れているマリクを見つけたマルスは、事情を聞き戦慄する。
もし『英雄戦争』がこの世界でも起こるとしたら、間違いなく嫉妬に狂ったマリクがその中心になる──と。
◇◆◇
3.マルス、ディール要塞へ旅立つ。
ワーレンで身を休めているマルス達の下へ一人のペガサスナイトの少女がやってきた。
彼女の名前はエスト。マケドニア王女ミネルバの部下であり、『ペガサス三姉妹』の一人としてマケドニア国内でも有名な天馬騎士だ。
その彼女が親書を持ってワーレンへとやってきた。彼女はマルスとの謁見を求めている。
マルスは「あれ?ここに来るのってカチュアじゃ……」と自分が持っている情報(原作知識)と違う事態に困惑する。
確かにここに来るのはカチュアが適当だ。それは三姉妹の中でも彼女が一番交渉術に長けているからである。しかし今回彼女は「何事も経験」として末妹に仕事を押し付けた。
風邪をひいてたせいでレフカンディ戦に出れなかったエストは、その失点を挽回するために仕事を引き受ける。
「マルス王子にこの親書を渡せばいいんだよね!」とカチュアに聞くと、何故かばつの悪そうな表情で「え、ええ。お願いね」と答える。不思議に思って周囲を見渡せば、他の人達は揃って明後日の方向を向きエストと視線を合わせようとしなかった。
皆のその態度に「マルス王子って怖い人なのかな…」と一抹の不安を覚えた彼女だが、マルスと直接会ったことでそれは杞憂だったと安心した。
親書──ミネルバからの手紙を読み終えたマルスは、エストに訊ねる。
「エストさん、君は手紙の内容は知っているかな?」
「はい、ミネルバ様から直接伺いました! えっと、マリア様を助けるのに力を貸して欲しい、とか……」
「そうか。それを知っているのならいい。では私の返事だが──『応』と、彼女に伝えて欲しい」
「……?(おう? 王? 追う? 負う? ………???)」
「マルス王子はミネルバ殿の妹君の救出を手伝う、ということだ」
『応』という言葉の意味をいまいち理解出来ていない彼女にハーディンが助け舟を出す。それを聞いてエストの表情が『パァァァッ』と明るくなった。
「ありがとうございますマルス様! それじゃわたし、さっそくミネルバ様に伝えに───」
「ストップストップ! ……私の方でも親書を書くから、それを持っていってほしい」
「え? あっ──ご、ごめんなさい! わたし慌てて……!」
「うん。少しでも早く主に報告したい、それは充分理解出来る。しかし今の君はミネルバ殿の代行だ。君の発言はミネルバ殿の発言、君の行動はミネルバ殿の行動とこの場では受け取られる。彼女を真に想うのならその辺りを重々理解し、恥ずかしくない行動を心がけて欲しい」
「あぅぅぅ……」
わたわたとするエストを見て、マルスは彼女を安心させるように柔らかな笑みを浮かべた。
「ミネルバ殿は幸せ者だな。ここまで主を思ってくれる家臣は、そう居ない……。姉上、エストさんに飲み物をお願いします。親書を作るのに多少時間が掛かりますので」
「分かったわ、マルス」
エリスは紅茶を用意するため台所のある部屋へ向かい、ハーディンは雑務を片付けるため自分の部屋へ戻る。
室内にはマルスとエストの二人だけが残された。
エリスが部屋へ戻ってくる間、二人は他愛無い会話を交わした。血生臭い戦争の話ではなく、年頃の少年少女が好みそうな俗な話ではあったが、二人は揃って会話を楽しんだ。
奇妙な空間だった。エストはマケドニア軍、そしてマルスは解放軍。本来なら命を奪い合う敵同士のはずなのに、ここはそれを一切感じさせない優しい世界だった。
その時間は紅茶を煎れたエリスが戻ってきてからも続き、結局エストが帰ったのは夕方に差し掛かるほど遅い時間帯になった。
ペガサスに乗り夕焼け空の中をマケドニアの方向へ向かって飛ぶエストは、もう見えなくなったワーレンの方へ一度振り返る。
「マルス様……また、会えるかな」
脳裏に浮かぶのは自分の話に相槌をうち、そして沢山楽しいお話をしてくれたアリティアの王子の笑顔。
彼とともに話したあのひと時は、エストにとって大切な思い出となるだろう。
それにしても、とエストは呟く。思い出すのは彼女を送り出した姉達の表情だ。
姉さま達、マルス様のこと嫌いなのかな。とっても優しい人だから、会ってくれたらすぐに好きになれると思うんだけど……。
エストとの出会いから三日後、マルスは自らの軍のみを率いてワーレンから出発した。
ハーディン達も一緒にと申し出ていたが「今回の戦いは私事によるもの」とし、彼はこれを断った。
こうしてハーディンというストッパーが居ない『自重を一切しなくなったマルス軍』が野に解き放たれたのだった!どうするどうなるディール要塞!
次回 ディール要塞編 へ続く───!
【エスト出発前】
ミネ「マルス王子に親書を届けて欲しいのだけれど……」
パオ「えっと」チラッ
カチュ「~~~♪」←パオラの視線をスルー
エス「あ、わたし行きます!(前の戦場に出れなくて皆に迷惑かけちゃったからここで挽回しなくちゃ…!)」
パ・カ「「どうぞどうぞ!」」
エス「えっ」
ミネ「……エスト、心を強く持ってね」
エス「えっ」