ザコル山の奥のとある一画。
山頂からそれほど離れていないそこでは、普段であれば妖魔どころか凶暴な野獣でさえほとんど生息していない静かな場所であるのだが、現在、慌ただしい空気を作り出していた。
「――――はぁ! ――――はぁ! ――――はぁ! ――――はぁ!」
木々を掻き分け、草花を踏み散らし、脇目を振らず一心不乱になって駆けている一つの姿がそこにある。
肉体はボロボロ、体力は限界。けれど少しも休むことなく、ただひたすら目的地へと向けて走る。
「クソ! クソ! クソ!! あのガキ共が……! クソッ!!!」
走る、走る、走る、走る。
限界に近い体。しかし心とその形相は極限まで熱を帯びており、絶え間なく呪詛を吐き出し、圧倒的な憤怒を身に纏いながら――――――――オリヴィエは、進み続ける。
……先の戦いでオリヴィエが最後に放った一撃。厳密にいえばあれは攻撃ではない。
自らの存在の〝格〟を圧縮させ移動し、それに残りの妖気全てを纏わせ凝縮したもの。いってしまえば存在を丸ごと移し替えた結果だ。
つまりあの種子にはオリヴィエの全てが詰まっており、種子こそがオリヴィエそのものであるといえよう。元々の肉体はあの時点ではただの抜け殻同然の産物と成り下がっていた。
本体を種子に移動させ、然るべきタイミングで攻撃に見せかけ射出。ある程度の距離まで飛ばされ着弾したのちに、種子から解放され人間形態へと戻る。それが一連のプロセスとなっている。
いわば緊急用の脱出装置だ。自身が瀕死の状態になりながらも、相手に気取られることなく離脱する。限界にまで追い込まれた場合にのみ使用される、本当の意味での最後の切り札。
万が一に備えて用意していた方法だが、まさか本当に使う日が来るとは思ってもみず。……ましてや、たかが戦士に追い詰められて使用するとは夢にも思ってはいなかった。
体力も使い果たし、妖気もほとんどなく、覚醒体になれる力すら残ってはいない今のオリヴィエを突き動かしているのは、耐え難い屈辱と、身を焦がすような怒りによるもの。
激情の矛先は自分を追い込ませた戦士たちと、何の役にも立たなかった不甲斐ない味方。そしてなにより……瀕死の状態にまで陥り、今こうして敗走している自分自身が憎たらしくてしょうがない。
出来れば今すぐにでも戻って、一人残らず八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られたが、一方で現在のダメージを捉え、冷静に静止を促している自分もいる。
相反する二面性により、オリヴィエはギリギリのところで正気を保っていた。
――やがてたどり着いたのは古い城跡。……いや、正確にはその廃墟。
ここがオリヴィエの住処であり、軍勢の本拠地。無事に到着できた安堵か、もしくは限界まで来た疲労からか、一番近くの一室に入った途端倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……。くっ、傷が思ったよりも深い。……あの小娘らが。次は殺す。必ず殺す。絶対に捕まえて殺して殺しつくす」
先ほどの戦いを思い出し、一人一人の顔を脳髄へと叩き込ませる。今は下手に動くことが出来ないが、傷が癒えたら真っ先に復讐に向かうために。例えスタフの奥地にいようが構わず襲い掛かる強烈な執着心を抱えながら。
そしてその行程で――――一つの違和感を思い出した。
アエラを拘束し、間違いなく仕留められたであろうあの瞬間。何かによってそれは遮られた。
自分のミスなどではない。間違いなく外部からの横やりだ。タイミングや方向からして、他の戦士からのサポートの可能性は小さく。……そしてそれ以上に、一瞬だけだが身に覚えのある感覚を感じていた。
「……いや、そんなはずはない。それは何かの間違い。……そうよ、そうに決まってる」
頭の中で思いついた有り得ない答えを否定する。状況的にそれが一番正解に近かろうが、オリヴィエの中では最も起こり得ない答えとなっている。
「……まずは妖気と肉体の回復が第一だ。それ以外は全て後回し。しばらくしたら彼とも合流できるだろうし、それまで何とか身を――――」
「あらあら。随分とボロきれみたいになってるわね」
「!?」
急に部屋の中から声が聞こえた。
顔を上げると積もった瓦礫の上に、一人の少女が鎮座していた。
「まったく……あいつったら本当に使えないわよね。こんな瀕死の奴一人見つけられないなんて役立たずにもほどがあるわ。結局あたしの方に勝手に出てきたし、これじゃあ命じた意味が全然ないじゃないのよ」
オリヴィエはその少女に見覚えがある。それどころか誰よりもその姿を記憶に焼き付けてある。
小柄な身長、長い赤毛、幼さを残しながらも長い時を生きた賢者のようにも見えるその独特な雰囲気。
何も変化などなく、完全に一致する記憶と現実。このどこか人を小馬鹿にするような態度、相手を見下すような仕草。変わったのは口調のみで、覚醒前も覚醒後も人の神経を逆なでさせるそれは何も変わってはいなかった。
片時も忘れたことはない、自らの人生の憎悪の象徴。全ての元凶。生の目的。
今オリヴィエの中では、先ほどの怒りなど鼻で笑えるほどの激しい感情が蠢いている。
憎悪、羞恥、憤怒、興奮、執着、嫌悪、嫉妬。数多な怨嗟の声に突き動かされ、その名前を口にした。
「――――――――リィィィィィィィフゥゥゥゥゥゥゥゥゥルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥァァァァァァァァアアアアアッッッッッッ!!!!!!!」
「ハーイ、オリヴィエ。久しぶりね、少し痩せたかしら」
かつてのNo1とNo2が、昔と何も立場が変わることなく、こうして対峙した。
◇◇◇
「とりひき、だぁ?」
「ああそうだ。……まぁかといってそんなに難しいものじゃない。至ってシンプルな内容で現実的だから安心しろ」
不可解なことを提案され、ダフは訝し気に目の前のアベルを睨みつける。
ダフは直情的な性格だ。全てをストレートに解決するように思考が働き、駆け引きなんてものは分からない。
加えてアベルのポーズも理解の外。未だ人間形態のまま全くの無抵抗で逃げる気配もなく、格上の自分と向き合っている。ダフにとってそれらは自分の知らない世界であり、故に警戒を強める。
しかし警戒しているということは、自ら不用意に動こうとしないことと同意義。問答無用で攻撃せずにこちらの出方を待っているダフを見て、アベルは内心ほくそ笑む。
「まず要求はこうだ……そこの戦士を俺に寄こせ」
「あん?」
瓦礫に埋もれ、虫の息となっている戦士をダフは横目で見る
そして改めて要求されたものの意味を理解し、……盛大に鼻で笑った。
「はっ、ばかだろおまえ。なんでおれがおまえからそんなさしずうけなきゃならねーんだ」
ダフからしてみれば、自分の遊び道具をわざわざくれてやる道理もなければ、それに応じてやるメリットも存在していない。
まだダフはこの戦士との遊びに飽きてはいない。なら壊れるまで使ってやらなくては気が済まない。途中で捨てるなどもってのほか。
それに、今更ながら自分の楽しみを邪魔されたことを思い出して、段々と怒りが出始めていた。
やはり聞くだけ無駄だったかと、これ以上の会話をやめ、攻撃を再開しようとする。
「代わりにこちらが提示する対価は――オリヴィエの現在地、その正確な情報だ」
しかし、そのアベルからの贈り物を聞き、ピクリと反応させ動きを止めた。
その様子を見てアベルは満足げに笑う。
「……お前、西の深淵の命令でオリヴィエを獲りに来たんだろう? だが妖気を辿って来たのはいいがそこは戦場跡地で、肝心のオリヴィエは影も形もない。それで半ば八つ当たりに近い感じでこいつと遊んでいたわけだ。違うか?」
ほぼ正確な解答。ダフは知らず知らずのうちに臨戦態勢を解除していた。
「……おまえ、おりゔぃえとなかまだってきいてたぞ」
「ああ。だがそれが? 元々俺は暇つぶし目的で混ざったんだ。本気でお前らをどうこうできるなんて思っていない。適当なとこで一抜けする気だったが、なんか知らんうちにあいつの方が俺にのめり込んできてな、逃げようにもどこまでも追ってきそうだったし、正直鬱陶しくてかなわんかった」
故に情報を売る。これ以上続けると自分が巻き込まれる可能性が高くなり、そうならないためにもさっさと頭が死んでくれるのがベスト。それがアベルの目的。
実際ところ、先ほどの戦闘も加勢しようと思えばいくらでもできたが、そういった理由のために救援には全く駆けつけなかった。すでにアベルにとってオリヴィエは生きているだけで邪魔となっている。
ダフは再度戦士を見て、少し吟味する。
正直この戦士で遊ぶのを途中で投げ出すのは気が乗らないし、渡すのも癪だ。
しかし、優先されるべきはオリヴィエの討伐。今まで場所が分からないから遊んでいたのであって、場所がわかるんだったら早めに殺しておくことに越したことはない。第一、ダフにとって西の深淵は――リフルの言葉は何よりも遂行しなくてはならないもの。
「どうやってばしょなんてわかるんだ? しにかけなんだし、ようきがちいさすぎてわからないだろ」
「あいつには一つプレゼントしてある。……俺の肉片で作った腕輪だ。俺の肉体は特別な匂いがしてな、切り離して物質化した一部は、例えこの地の端だろうがどこだろうが問題なくその妖気を探知できる。有りがたいことにオリヴィエはそれを大層大事に装着してて、まず外すことはないだろう」
そしてダフの決心をさらに固める為にもうひと押しをする。
「何も悩むことはないだろ? そこの死にかけ一人を俺に渡せばお前はオリヴィエを殺しに行ける。後は仕事を完遂したことをご主人様にめいっぱい褒めてもらい、手でも繋ぎながら仲良く帰ればいい」
「なぁっ!?」
みるみる赤くなる顔面。
本人の性質は粗暴で残虐性の塊のようなものなのに、酔狂しきっている相手に関してはとことんウブになっている。仲良く手をつなぐというのを想像しただけでこの通りだ。
実際のところ、アベルにとってこの状況はあまりよろしくない。ダフがここにいる以上、自分が動かないにしても観戦目的でリフルが近くにいる可能性が高く、ただ観ている分には問題ないが、変に出張ってこられると全てが台無しになるので、早急に終わらせたいのだ。
内心余裕そうにしてはいるが、目の前にいるのは自分より格上の存在で、さらにその背後には空の上の実力者。まさに綱渡りと言えるような場面だろう。
「……ちっ」
ダフは恥じらいを隠すように舌打ちをすると、倒れているアエラの首根っこを掴む。そしてそれをアベルに向かって放り投げた。
「うそついたら、てめぇしょうちしねーぞ」
「分かってるよ。……今奴はここよりも山頂寄りにある寂れた古城にいる。まぁあいつの家みたいなものだな。方角はここから北だ。そんなに離れてないからすぐに辿りつけるだろう」
それを聞くや否や、ダフは踵を返して移動する。
だが、走り出す前にふと一つ気になることを問いかけた。
「おまえ、わざわざそんなやつてにいれていったいなにがしたいんだ?」
至ってもっともな疑問。考えてみても特にメリットは見当たらない。
アベルはその言葉にキョトンとすると、笑ってこう答えた。
「――――気まぐれ」
その返答に少し訝しげになるが、それ以上は特に何も言うことなく目的地へ向かって走り出した。
後に残されたのは一体と一人。
アベルはアエラを担ぐと、そのまま帰ろうとする。しかし、ふと何かを思い出したかのように方向を変えた。
戦場だった地点から少しだけ離れた場所。周辺の木々がなぎ倒され、地面が抉れている。その中心には一本の〝杭〟が突き刺さっていた。
方角的には先ほどの戦場から飛んできたもの。……もっと言えば、最後のオリヴィエと戦士二人との攻防戦の付近が、ルートに入っている。
そしてその杭には、周りの木々とは違う、
アベルはそれを見ると満足し、杭に手を触れる。すると杭はたちまちアベルと同化し、やがて肉体へと吸収されていく。
「証拠隠滅も完了。さて帰るか」
やることを全てやり、軽い足取りで帰路に付いた。
◇◇◇
「――――――――キ、サマァァァァァッッッ!!!! 誰の許しがあって私の城に入り込んでるッッッッッ!!!!!」
声を荒げ激情に身を任せるオリヴィエ。リフルはいかにも煩そうに顔を顰めながら両手で耳をふさいでいる。
「――――うっさいわね。体動かす体力もないのになんでそんなに元気なのよ」
その言葉通り、オリヴィエは未だ地面に這いつくばっている。覚醒体への変化はもとより、動き回れる力すら今のオリヴィエにはない。
「というかなに、ここ貴方の家だったの? へぇ……結構悪くないセンスね。なんかもっとこう、ピカピカキラキラするみたいなのが好みかと思ってたわ」
呪い殺すことが可能なほど、濃密な殺気の混ざった視線に貫かれてなお、リフルは平然とし何も変わらず普段通り。対峙している相手がこの有様ではなんの脅威も感じられず……いやそれ以前に、そもそもリフルと正面から向き合っている時点で、どんな状態であろうがオリヴィエの命運はほぼ尽きているといってもいいだろう。
「あ、そういえばここにいる理由だけど、別に大したことじゃないのよ。見学するには最適の場所だからここに居たってだけ。高くて周り見渡しやすいし、住み心地も良さそうだし、最高の物件じゃない? ここ」
「見学――だと!?」
「そうよ。ダフとあんたって強さ同じくらいだし、結構見応えのある戦闘になると思ってね。――まぁ、始まる前からそんなザマになってるとは思わなかったけど。あーあ、結構楽しみにしてたのになー」
自分自身が娯楽物扱いをされていると実感し、オリヴィエの負の感情はさらに深まっていく。
しかし、それとは別に困惑もしていた。
(なぜ、今こいつが出しゃばってきたっ!)
なるべく自身の存在は秘匿していたつもりであり、この場所に覚醒者を集合させ始めたのもここ最近だ。今の今まで派手な動きを控えているので、外部へ漏れている自分の情報なんて微々たるものだ。こんな早い時期に発見されるはずはない。
それに、今は組織の動きも激しい。急増した覚醒者への対策に日々追われており、それが飛び火してくる可能性も高い。仮にリフルが警戒するのだったらそちらを優先し、謎の覚醒者たちの集団行動――しかもほとんどは下位の寄せ集めにすぎない集団への対応など後手に回るべきはずだ。
怒りに交じり、予想外の事態に混乱するオリヴィエ。その様子を見て、リフルはあからさまに呆れた。
「まったく……どれだけあたしを甘く見てるつもりよ。一体何回あんたからみみっちい嫌がらせ受けてたと思ってんの。やってることが昔と大して変わってないし、誰が何をしたいのかすぐに分かったわ。いくら組織の動向を警戒する時期だからって、あれだけうざったらしくて面倒くさい思い出を、簡単に見逃すわけないじゃない」
リフルが気づけた理由はなんのことはない。〝同じことの繰り返しで芸がない〟ただそれだけ。
今回行われたオリヴィエの計画など、いくら以前に比べて規模と精密さが上がっていようが、リフルにとっては戦士時代何度も受け、その都度あしらった、嫌がらせにも似た妨害行動の一つに過ぎない。飽き飽きするほど受けたそれは、消すに消せず記憶に染みついている。
「いやでもね、元々静観に徹するつもりだったのよ。最近暇だったし、いい刺激になるかなって思って。……でも、なんか思ってたのと違うのよね。あまりにもチロチロとした動きをいつまでも続けるんだもの、正直大分鬱陶しかった。地味だけどなんか陰湿な感じがして。で、いい加減見ていられなかったから潰すことにしたのよ」
暗に『お前などその気があればいつでも消せた』と言われたようなもの。どこまで行っても上からな物言い。プライドの塊であるオリヴィエにとってそれは我慢ならないことだ。
「……変わらないわねリフル。その小物を見るような目も、自分の方が上だと信じ切っているその態度も。誰に対しても、いつもそう――――いつも、いつも、いつもいつもいつもいつもいつも!!! その口をズタズタにして黙らせたくて仕方がなかった!! 目を抉って汚物を詰め込みたくて仕方がなかった!! ……いつまでもそんな余裕でいられると思うなよ餓鬼がっ! 次こそ殺す! 確実に殺す! 勘違いしきったその姿を全て消し去ってやる!! 何度失敗しようが何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!!!!!」
呪詛で埋め尽くされる空間。リフル自身、これほどまで自分に対する恨みや執着が強いとは思ってもいなく、少しその剣幕に圧倒される――というよりもドン引きしていた。
「はぁ……なんだかイースレイの気持ちがわかるわ。格下に付きまとわれるなんて本当碌なもんじゃないわね。――――でも、あんただったらまだリガルドの方がマシよ。あんたは何というか、少し陰険すぎ」
「はぁあ? リガルド? ――――アッハハハハハハハ!! あんな一度負けた程度であっさり軍門に下ったような腰抜けと一緒にするな! あれだけ戦士時代は息巻いてたくせに情けないったらないわよ。……私はあんなのとは違う! お前が死ぬまで延々と続けてやる!!」
「え!? リガルドって今イースレイの下にいるの? ……驚いた。あんなに仲悪かったんだから絶対に一緒にはならないって思ってけど。ダフに教えたらどんな顔するのかしら」
主題とは別のところで反応し、いい話題の種が見つかったと少し喜ぶ。正直リフルの興味は、目の前のオリヴィエよりも、この事を話した時の相方の反応へのほうが強くなっていた。
「いつまでも余裕こきやがって小娘がっ! その思い上がった態度がいつまでも続くと思うなよ!!」
「だって、今のあんたを見て一体なんの脅威を感じろって言うのよ? そもそも、本当に貴方一人が寄せ集めの軍隊を作ったところであたしを本気でどうにかできると思ってたわけ?」
その言葉を聞くと、オリヴィエはいきなり笑い出した。先ほどよりも大きくよく響くように、どこまでも笑い転げる。
リフルの視線が狂人のソレを見る目に変わっていく。
「――ハハハハハッ…………一人……? 一体誰が一人でいるのかしら? 私には彼がいる、どんな時でも頼りなったあの人がね、ふふふ」
「彼?」
「ええ、そうよ」
そう言って右腕に付けている腕輪を掲げる。
「私たち二人が相手するのよ。絶対に殺せる。必ず殺せる。彼と一緒に貴様をすり潰して、この地の支配者になる」
「ああ……、さっきから気になってたけどその妖気はやっぱりアベルか。あの男が良く協力してくれたわね」
オリヴィエは先ほどに比べて大きく安定したテンションでいる。これは別に感情を抑えたわけではなく、別の物に向けているだけ。憎むべき相手から、自分のお気に入りの男に矛先を向けたことによって、発散される感情の種類が変わっているだけだ。正直ただのストレス解消をしているにすぎない。
「彼ったらすごいのよ。優しいし、頼りになるし、強いし、気が利く。私の言うことならなんでも聞いてくれるし、望みもなんでも叶えてくれる。軍隊作りだって何か秘策を用意してるらしいし、本当に素晴らしいパートナーよ……どこかの下卑た大男とは大違い」
リフルはピクリと少し反応するが、自慢話に夢中でオリヴィエは気付く様子もない。
「ああいうのをデキる男っていうのよね。容姿端麗で内面も素晴らしく能力もある。二人でならどんなことだって出来る気がするわ。それに――」
「……なんというか、安い女ね貴方。私の知ってる限りアベルの好みとは程遠い気がするし、そんなに分かりやすく優しくされてるだなんて気味悪くてしょうがないわよ。もしかして騙されてない?」
聞くに堪えないと言わんばかりに、言葉を遮る。……リフル自身気付いてはいないが、若干苛立ちが強くなっていた。
「は? なに馬鹿な事言ってるんだお前。虚言もいい加減すぎると面白みがないわね」
「じゃあなんで今助けに来ないのよ。あんたの言う頼りになるデキる男だったら、傷付いたお姫様を助けて然るべきなんじゃない?」
リフルの言葉にオリヴィエは何も返さない。そして返答なんて知ったことではないと言わんばかりに、リフルは止まることなく口を動かし続ける。
「いくら想っていようがそれは多分あんたの独りよがりよ。アベルの性格的にこんな分の悪い戦いに本気で乗るなんて考えにくいし、状況を見誤るほど馬鹿でもない」
「……黙れ」
「それでも本気で惚れてるんだったら、こんな勝ち目のなくてつまらない争い全力で止めるか、もっとしっかり高位の覚醒者集めに勤しむ。あんたの話を聞いてる限りだとただのイエスマン。散々褒めちぎってる割にはこの程度の成果しかないし、状況に応じて当たり障りのないことをしてるようにしか思えない。なにも本気を感じられないのよね」
「黙れ」
「まったく本当になにも変わらないわねオリヴィエ。昔からなにも。……思い込みばかりが強くて、思い通りにならない現実に苛立ち、癇癪を起したら目を背けて自分を騙す。……あんたはいい具合に使い潰されて捨てられた哀れな――――」
「黙れ!!!!!」
絶叫が心の拠り所の否定をかき消す。それはまさしく、癇癪を起し駄々をこねている子供にしか見えなかった。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッッッ!!!! 彼のことを何も知らないくせに、ピーチクパーチクほざきやがって!!! お前が何と言おうが彼と私は繋がっている! お前のその聞くに堪えないくだらない戯言なんてなんの価値もない!! ……ははぁ、分かったぞ。お前羨ましいんだな。あんな素敵なパートナーがいる私に嫉妬しているんだ! ……ハハハハッ!! 実にザマァないわねリフル。あんたが持っていないものを私が持っている!! ……ああ、なんて素敵な響きなんでしょう。おかげでとっても気分がいいわ。――――そう、彼のような頼もしい人、お前は絶対に手に入れることが出来ない。お前と一緒にいるのは一人だっけ? すごいわ、思ったよりも人望あるのね。その男も貴方と随分とお似合いだわ! 彼とは似ても似つかない、あんな馬鹿でまぬけで不細工で喋り方が気持ち悪い下品な――――――――」
――――ザシュッ。
鋭い帯のようなものが飛来して、オリヴィエの両腕を切断した。
「ぐ、ぎゃあああああああっ!!!」
「――――いや、まぁそうなんだけどね」
リフルは帯状にさせた髪の毛を元に戻す。そして収納するや否や、それ以上の量の帯を作り、オリヴィエに向かって放った。
「が、ごっ」
「うん、あんたの言うことは何も間違っちゃいないわよ。あいつってドジだし頭悪いし美形でもないわね」
足の指を切断し、その次に足首。腕の取れた両肩を薄くスライスし、顎を深く剃る。
両腕の時とは違い、じわじわとゆっくり細かくしていく。
「ぎゃ、ぐ、がっ!」
「気も利かないし、今回だってこの通り失敗。あんたの言うデキる男ってのには程遠いのは確かね」
太ももをぶつ切りにし、乳房を細切れにさせ、耳をそぎ落とす。
「……でもね、あんなんでも一応あたしの男なのよ」
上半身と下半身を分離させ、声を上げる余裕さえなくなってオリヴィエが正面の少女を見る。
「だから、あたし以外があいつを馬鹿にしているのを聞くと――――なんかムカつく」
最後の宣告を聞きながら顔面へと迫って来る帯をその目に映し、肉が貫かれていく感触をオリヴィエはじっくりと感じていた。
自らを美しく見せようと必死な花は、花びら一枚散り残ることもなく、こうしてあっけなく、跡形もなく消え去った。
◇◇◇
「はぁ……なんか変に熱くなっちゃって、我ながら情けないわ」
リフルは一人ごちりながら目の前の死体を見る。オリヴィエの肉体を原型を一切とどめず、バラバラになっていた。
それを冷めた目で見ていると、髪を帯に変化させ、頭上の天井を砕く。
落ちてくる大量の瓦礫。それに押しつぶされ、オリヴィエの痕跡は、肉片一かけら残さず全て消えていった。
「ふう、これでよし。……それにしても本当にいい場所ねここ。場所も広さも十分だし私好みだわ。ホント、こういうセンスだけはあったみたいね」
感心しつつ、壁を叩いて作りを観察する。……とその時、馴染みの妖気を肌で感じ、少しすると今度は聞き慣れた足音が聞こえてきた。
「――――あ、あれ。りふる? なんでここに……おりゔぃえは?」
「ったく、おっそいわね。一体何してたのよ。あんたがちんたらしてるからあたしが全部終わらせちゃったじゃない」
今更ながらダフが到着する。
しかし、もうすでにオリヴィエは没した後であり、ダフの役割は完全になくなったことになる。
「え、でもしたいは……」
「そこの瓦礫の下よ。掘り起こさないでね汚いから。……あーあ、なんか予定が色々と狂っちゃって嫌になるわ」
期待に添えなかったことに気付き、ダフは項垂れる。そして逆にアベルに対しての怒りがひしひしと湧いてきた。確かにダフの目的が達成できなかった以上、アベルの一人勝ちのようにも見えるが、半分は自業自得である。
この怒りをどうぶつけてやろうと、理不尽極まりない理由で模索する。……しかし、そこであることに気が付く。思い通りにいかなかった割に、なんだかリフルが上機嫌そうに見えた。
「――――さて、帰るわよダフ。早く準備をしないと」
「えっと……じゅんびってなんの?」
「んー? 引っ越しよ引っ越し。ここ気に入っちゃった。家に帰って必要なもの回収したらまた戻ってくるわよ」
機嫌よく出口へと向かう。
いきなりの引っ越しにダフは少し困惑するが、それ以上にあまり自分に怒っていないという事実に少なからず安堵していた。なによりリフルが楽しそうにしているのが、ダフにとって何よりも喜ばしいことだ。
『――――手でも繋ぎながら仲良く帰ればいい』
……先ほどアベルに言われた言葉が、頭の中で反響していた。
残念ながら褒められることはないだろう。でももしかしたらという思いで一杯になる。
頼んだら応じてくれるだろうか、それともいつもみたいに馬鹿にされるのだろうか。
そんな期待と不安が混ざりながら、ダフは一つの大切な記憶を思い出していた……。
「――――ダフ、置いてくわよ」
……思いのほかぼーっとしていたようで、いつの間にかリフルは先に行っていた。慌てて追いかけると、ちゃんと出口で待っててくれている。そんな小さな優しさだが、ダフは非常に強く感動していた。
「な、なぁ……りふる」
少し舞い上がっているのかもしれない。普段であれば恥ずかしさと否定される怖さで言えないこと。意を決してそれを伝える。
世間一般的には至って簡単な行為なのかもしれないが、彼にとっては難しく、また非常に意味のあるものであった。
「……かえるだったら、て、つないでかえっても……いいか?」
――――遠い昔に願い、そして軽く拒否された頼み事。初めて出会った時の大事な記憶。
……ダフのその発言に対してリフルは訝しげに睨む。
「はぁ? いきなり何言ってんのよ。そんなおかしなことを頼み込むのにオドオドしてるんだったら、さっさと足動かしなさいよ」
「が、がへ……」
やっぱりダメかと項垂れ、その気にさせたアベルに対して結構な殺意を抱く。
すると……小さな掌が目の前に現れた。
「――――ほら、もたもたしないで。早く帰るわよダフ」
「! う、うん!」
……あの時とは少し違う結末。言ったら答えてくれたその手を強く握りしめる。
自分の全てを捧げた最愛の存在。それと共に歩く幸せを噛みしめながら。
クレイモアって色々な組み合わせのコンビがいますが自分はこの二人が一番好きです
リフルが大好きなダフと、なんだかんだ言ってダフのことが大切なリフルという、強い絆を感じさせられる関係性が特に