三つの軌跡   作:大猫子猫

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職場が急にブラック化したので今まで以上に不定期になりそうです


闇夜の檻

 ――――一体私は何をやっているんだろう……。

 

 静まり切った森の奥地。すでに日は沈み、涼し気な空気と暗さが空間を包み込み、支配している。

 

 人里離れた場所に存在する人工物はこの山小屋だけ。人々が発する声、ざわめき、気配、そんなものとは全くの無縁であり、夜になってからはその静けさもますます深まっている。

 今夜は月も小さく、雲もまばらに散らばっており、分かりやすい明かりが確認できるのは小屋の内部にある暖炉と蝋燭のみ。外界は木々に阻まれ、濃い闇に包まれているようだ。

 人の喧騒もなく、動物の争う音も聞こえず、時々なびく風と、遠くから聞こえる遠吠えなどが存在を主張してきては、静かに消えていく。

 

 この周辺に野生の動物が近寄ってこないのは、この小屋の家主の存在が大きく関与しているのかもしれない。本能的に彼らは察しているのだろう、その禍々しさを。

 暗く、落ち着きのある小さな空間。そんな中で最も強く辺りに響いているものは――――スプーンと器がぶつかってカチカチと鳴っている衝突音。

 

 現在軟禁生活一日目。

 私は監視されつつ、カチカチ喧しく音を鳴らしながら行儀作法を殴り捨て、雑多で味気ない塩味のスープをただ黙々と口へ運んで食べている。

 予想以上にお腹が空いていたようで、先ほど渡されたパンや肉を食べてなお、胃が栄養を求めている。そこで野菜を雑に切って鍋に入れて塩を撒いただけの、簡易的な野菜スープを作ってもらい、長らく得ていなかった程よい量の人並みな食卓。

 それらを二人で囲み、特に会話もなく、ただひたすらもぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐと……。

 

 ……傍から見れば、一見何もおかしくはない普通の家庭風景。しかし、中身はどこまでも非現実的なもので、至る所で常識が欠けている。

 あり得るはずのない天敵同士での穏やかな一時。おそらく史上初の覚醒者と対面しながらの食事は、ひどく凡庸で面白みがなく、胸の中に出てくる感情は疑問と相手の正気を疑うものばかり。

 

 でも、一番不可解でおかしいのは――おかしいと思いながらもこの状況に溶け込んでいる私自身なのだろう。

 

 本当に……私は何をやっているんだろう……。

 

 

「……それにしても意外ね」

「ん? なにがだ」

 

 スープを口へと放り込むことに集中しているようで、目の前の男は顔を向けずに声だけを返してくる。そんな様子に、呆れながらも私はスプーンで口元へと指さす。

 

 ちなみに毒入りだとか、そういった疑心云々はもう気にしてはいない。というか、もう開き直って半ば自棄になっている。

 散々警戒してるのにも関わらず相手はずっとこんな調子なので、なんだか自分が馬鹿らしくなってきた。逆にこんな段階でなにか仕掛けてくるのだったらどんとこいである。

 

「覚醒してもそういった物は食べれるのね。あんたたちって人間の内臓以外受け付けないんじゃないの?」

「別に腹に入れることに抵抗があるわけでも、食ったら死ぬわけでもないんだがな。ただ栄養源にならないってだけだ」

 

 そう言いながら残りのスープを掻っ込み、勢いよく平らげる。しかし豪快な食し方だったにも関わらず、それほど満足感は湧いていないように見えた。

 

「お前、水は飲むだろ?」

「え、水って……そりゃあまぁ、もちろん飲むけど」

「なら空腹時に、皿一杯の肉とバケツ一杯の飲み水、どっちを選ぶ」

「そんなの肉の方に決まってるじゃない」

「そうだ。いくら食事よりも摂る頻度が多かろうが、水は食料の代用品にはならない。俺たちにとっての人間の食物(これ)はソレと一緒だ」

 

 空になったカップを軽く叩き、音が小さく辺りに響く。

 

「水にも味はある。美味い不味いを判断することもできるし、空腹時には大量に飲んで腹を誤魔化すことだって出来る。だがそんなのはどれも一時しのぎだろう? 本来の充足感を得るには多くが足りなさすぎる。――まぁ人体構造の関係上、水分補充の必要性を考えれば、お前たちの方が摂取する重要度は遥かに大きいが」

「……じゃあ、今この行動には何の意味もないって、こと?」

「結果だけ見ればそうなるな。言ってしまえばこんなものはただの嗜好品だ。味覚を刺激させて遊んでいるだけ、暇つぶし以上の意味合いはない」

 

 パンも肉も野菜も水分も、私たちが生きる為に必要な材料全てが単なる娯楽の品。

 そのこと自体については特に思うことはない。元々生物としての組み分けが別物だと思っていたし、むしろ理由がどうあれ、人肉以外を口に入れている事実に驚いた。

 長い時を生きる絶対者にとって気を紛らわすための遊び心は、どのようなカタチであれ必要不可欠なのかもしれない。

 

「……この食卓はただの遊び、一般的な飲み食いだと栄養補給も満足度もない、と――――じゃあ覚醒者にとって食事って……人の内臓って何なのよ? 同じ口に入れる作業なのになにが違うわけ?」

 

 何気なく発言した疑問だったけど、相手は少し驚いたかのように、目をこちらへと向ける。

 

「……人側に立っているのに、人の味やその感想を知りたいのかお前?」

「別に、情報収集は戦術の初歩でしょ。敵の情報を探るのにおかしな点がある?」

「確かに間違ってはいないが……なんというか、思ってたよりもストイックなんだな」

 

 人が餌扱いにされていることに対してはそれなりに思うところもあるが、激情して食いつくほどではない。――いや、多分だけど仲間の多くはそうなるだろうし、そういった反応をとるのが人間として正しいのだろう。

 だけど私自身、それぐらいのことはすでに割り切っている。相手は人間を食らう化け物で、だからこそ私たちが戦う。そんなことは初めから知っている常識のはずだ。今更事実を再確認したところで何かが変わるわけでもないし、タブーとして口を紡ぐ謂れもない。むしろ食す側の方が私を気遣っているのだから、そこが少し可笑しかった。

 

「人間の内臓とは知っての通り我々唯一の食糧だ。美味くて栄養も摂れて腹も満たされるただ一種のもの。それに加えてアルコール過剰摂取者にとっての酒と似た感覚と価値も持つ。二つの方向から迫って来る耐え難い食への欲求。なら、夢中になるほかないだろう?」

 

 情報収集と言われながらもしっかりと答えてくれている。舐められているのか特に気にしていないのか。

 先ほど私を代わり者扱いしていたが、淡々としながらも素直に答えてくれるこいつも充分変人だろう。

 

「それと味の方だが、若い方が鮮度もうま味も帯びていくな。と言っても、さすがに幼子は食いごたえがなくて詰まらんが。……逆にひどく老化された肉、つまり年寄りは駄目だ。鮮度が薄く硬くてまずい、妖気がない分辛うじて食い物としての価値があるってレベルだ。後は個人的な好みだが、男よりも女の方が俺は好きだな」

「ふぅん。となると、それなりに成長した若い女が一番の好物ってわけ。……あ、じゃあそんな好みにドンピシャな私はどう? もしかして今にも襲い掛かりたくて仕方ないんじゃないの」

 

 冗談交じりにそんなことを聞いてみた。

 自分で言うのもなんだけど、多分実年齢的に見れば、全戦士の中でもかなりに若い方なんじゃないかと自負している。子供時代も過ぎ去って、大人へとなったばかりの段階。女性としては大分ベストな時期だろう。

 ……まぁ、ピーク時の肉体で成長が止まる半人半妖の特性がある以上、年齢による体の瑞々しさなんか、あんまり意味ないけど。

 

「そうだな。確かに全身に行きわたっている妖気の臭さがなければ、今すぐにでもしゃぶりつきたい理想的な時期だが……ま、所詮はifの話の空論だ。実際に目の当たりにしなければ分からん」

 

 ……あれ? なんか少し予想していた答えと違ってて違和感を感じる。

 

 ――――食料の確保が覚醒者にとって優先される行動なのに、ただの人間を想像して〝迷う〟なんてことがあるのだろうか?

 

「……それにしても、さっきから何でもすんなりと教えてくれるのね。一応敵同士なんだし、もう少し警戒するもんだと思うんだけど」

 

 それどころか会話がやけに弾みすぎている。初対面のはずなのに流れが異様なほどスムーズだ。

 

「特にする必要もないしな。正直、漏れて困る情報なんて何もない。隠す気がないなら黙っている必要もないだろう」

「なによ……私が取るに足らない相手だっていうつもり?」

「お前が、というよりも誰でもだ。そもそもオリヴィエのように隠蔽に躍起になっていない以上、組織の情報記録には俺のことも記載されているはずだぞ。調べようと思えばいくらでも手に入るものに何の価値がある」

 

 ストイックなのはどっちだか。いくら外に出ている情報があるにしても、ここまでオープンになることもないだろうに。なんというか、自分に対しての興味が薄くないだろうか。

 ……けどまぁ、これまでのやり取りのおかげで、こいつの価値観はイマイチ理解できないながらも、何でも正直に話してくれるというその点のみはなんとなく理解した。

 この手のタイプは隠し事をするなら匂わせることさえしないはずだ。ここまでオープンな以上、今聞いた通りの無価値な情報。ならば、一番の謎をそろそろ問いたい。

 

 

 

「それならいい加減教えてほしいんだけど――――私を捕まえた理由はなに?」

 

 

 

 自分が所属していた勢力を大破させた一人を、わざわざ連れてきて軟禁させている理由。

 死にかけのところを助け、寝床を提供させ、食料も配給し、聞かれたことを赤裸々に話す。

 殺しもしない。いたぶりもしない。慰み物にもしない。覚醒もさせない。ただただ淡泊に、だけど大事に扱われていることを実感させる。しかし、快適に回復させてもらえると思いきや、逃げることは許されない。

 ――今日一日を共に過ごして、相手の考えが未だ何一つ見抜けないでいた。

 

 気まぐれで助けたというのならまだ分かる。しかし、その後のお姫様扱いには疑問しか湧かない。

 手懐けようとするためだったら理解はできる。しかし、手駒欲しさなら覚醒させないでいる意図が不明。

 

 ただなあなあと二人で暮らす一日。目的も向けてくる感情も不透明で、嘘か誠かも分からないこの待遇が……ひどく不気味で気持ち悪い。

 

「言っておくけど、私に利用価値を期待しているんだったらお生憎様。特別な情報も特異な能力もない、ただ成長が少し早くてそこそこ腕っぷしに自信があるだけの小娘でしかないんだから」

 

 ……そう、私は何も特別など持ち合わせていない。

 周囲からはNo3の肩書とその若さのせいでで天才などと呼ばれてはいるが、たかがNo3だ。類を見ないほど突出しているわけでも、皆が目を向けるほどの特異性もない。私程度の戦力など歴史を紐解けばいくらでもいることだろう。

 

 正直、私には他のみんなが持っているような戦士としての矜持とか誇りなんてものとは全くの無縁だ。

 こんなのはただの仕事。それも別に階級が上がったところで大量の給料が貰えるわけでもないし、貰えたところで使い道もない。仲間内での待遇に変化は生じるが、そもそも単独任務が多い以上出会う頻度は多くない。仕事が減るわけでもなくむしろ強くなればなるほど要求される役割の難易度が上昇していく。

 

 そりゃあ、少しは強くなった自分を実感して嬉しくはなるけど感想としてはそれだけ。

 皆はナンバーの昇格降格で一喜一憂して、醜態をなるべく隠し、膨れ上がった自慢話に盛り上がってはいるが、それを私は遠くから見ているばかり。

 

 ――――だって私たちは使い捨ての道具だ。組織の人間にいいようにこき使われ、依頼人からは『さっさと終わらせて帰れ』と非難の目で見られる。

 

 もちろんそんな環境下でも楽しみ事は作ろうと思えば作れるし、無理やりでもネガティブな感情を抑え込める方法もあるのだろう。戦闘力の自慢話なんてのはまさにそれだ。戦う者としてのストレスの捌け口にはうってつけなのだろう。

 だけど私にはそれを見つけ出せる情熱はない――すでに私の心は現状に対して冷めきっている。

 

 向上心も生きがいもなく、親交を深めている仲間にも打ち明けずに胸にしまい込む冷たさ。

 周囲から漏れてくる、恐怖、嫌悪、狼狽、不安、怯え。

 それに伴って湧いてくる痛み、痛み、痛み、痛み、痛み。

 そうした中で淡々と仕事をこなしていく日々。

 

 もはや全てに対して冷めきり、諦めている私に、組織に対しての忠誠心などは欠片もないのは当たり前で、特別扱いなどされるわけもなく、私自身多少の優遇にも組織の深い内情とやらにも興味はない。

 それでも生存率向上のために色々とやることはやっているつもりだが、特段勉強熱心というわけではないので、持っている知識量なんてたかが知れてるし、必要最低限のを頭に詰め込めばいいか、的な考えで過ごしている。

 

 というわけなので、能力、情報、知識。特に提示できそうなカードは何一つ持ち合わせてはいないのだ。

 それをきちんと説明した上で、なお開放してくれないというのなら、最低でも納得のいく説明だけはしてもらえないと、こちらとしても心の踏ん切りがつかない。

 

 私の願望としては、帰らせてもらえるのならさっさと帰りたいのだが正直なところなのだが、それが許されないならせめて真意ぐらいは教えてもらわなくては。今のままだと精神的負担が大きすぎて、いくら好待遇だろうが休まるものも休まらない。大変迷惑である。

 そもそも私一人なわけだし、一対一での力量差は先ほど思い知った。悔しいけどちょっとやそっとじゃ出し抜くことなんて夢なんだろう。

 一人で抜け出す力がない以上、目的を知ろうが知るまいが同じことだ。物理的に抗う術がないのだから、私の内情がどのように変化しようが相手にとっては関係がない。だから早く教えてほしいんだけど……。

 

「ふむ、理由……理由ねぇ…………」

 

 ――――だけど、なぜか当の本人はうんうん唸って変に悩んでいる。それも口外するかしないかを選ぶようにではなく、誤魔化し方を探っているようでもなく、なんというか、問答そのものの意味について悩んでいるように。まるで予期しなかったことを言われて戸惑うような……

 

「ちょっとっ」

 

 いつまでも煮え切らないように思い耽っている姿を見て耐え切れずに声を上げる。しかし、向こうは特に反応を見せずにじっと思案中。

 え、なにこれ。なにこの空気。戸惑ってるのは私の方なんだけど。一番重要で核心的な部分なのに事を起こした張本人が思い悩むってどういうことなの。

 

 万が一、ただ何となく保護して監禁してます。といった内容なら本気で勘弁してほしい。

 そんなあやふやな言い分で連れ去られたというのなら、さすがにショックと混乱でひどいことになるし、自分を抑えきれなくなって思わず飛び掛かるかもしれない。

 

「そうだな。理由……確かに理由は必要だ。んー、だとすると…………」

 

 未だ頭を抱えながら何かを考えており、それに比例していくかのように精神がすり減って私の不安はどんどん大きくなっていく。……やがて、何かを閃いたのかパッと顔をこちらへと向け、何処か納得したような表情をして口を開いた。

 

 

「――あ、それじゃあ〝お前に惚れた〟ていうのはどうだ?」

 

 

 ……と、頭を捻ってようやく出てきた答えはそんな感じのものだった。

 ふむ、なるほど。どんな大それたことを言われるのかと身構えていたけど杞憂だったかな。ただ惚れただけだったのか、そうかそうか。……ん?

 

 …………は?

 

 

 

 ……………………………………は???

 

 

 

「――――くだらない冗談は求めてないんだけど」

「あぁ、ダメか。これが一番いい線言ってたと思ったんだが」

 

 不覚にも一瞬固まってしまったが、とりあえず拒絶の意を表する。なんというか、こう……色々なものに対して。

 すると向こうはそれを素直に受け入れ、それどころかむしろ笑っている。……なんだろう、やっぱりからかわれているだけだったのか。

 

「大体、百歩譲って私をそういう目で見てるのは……まぁ、いいとして。なんで覚醒を促さないのよ。そういう場合って同族にさせるのがセオリーなんじゃないの?」

「そうなんだがな、なんというかうまく気分がのらないんだよな。別に俺は人間大好きでも博愛主義者でもないんだが」

 

 自分でも訳が分からない、とぼやく。

 正直な話、今の印象では適当に話を受け流しているようにしか見えず、納得どころかイラつきが高まっていくだけだった。

 

「気配……いや匂いか? なんか微妙に印象に残っているんだが、お前、前に俺と合ったことがあるか?」

「なによそれ、口説いてるつもり? 生憎と今まで面識があった化け物は全てこの世にいないわよ」

 

 自慢ではないが基本的に仕事で失敗したことなんてないし、撤退戦すらこの前のが初だ。

 どう頭を捻っても完全に初対面の赤の他人。幼少期の思い出を掘り返しても欠片も断片が出てこない。

 しかしその説明をしたところで聞いているのかいないのか、めんどくさそうな目を作っている。――私の中の苛立ちが、さらに一つ高まった。

 

「……まぁ別にいいだろ、理由なんて後でいくらでも付けられる。肝心なのは今この立場だ。結果さえ確定しているんだったら過程なんてどうだっていいことだ」

 

 ――――あ――――――――。

 

「――――あぁ、そう。そういう結論なの」

 

 聞きたくなかった言葉。もう我慢の限界だ。

 

「やっぱり無理、なにからなにまで相容れない――ふざけるのもいい加減にして! 何考えてるのかも分からず、どんな扱いされるのかも予想できなくて、挙句の果てには理由なんて後でいい? さっきからなにそれ? そんな雑で無責任な奴の言うことなんて誰が真に受けて信用するか!」

 

 非常識なこの空気で、秒単位で溜まり続けていたストレスがついに爆発して勢いよく当たり散らす。

 これなら不当な扱いをされていた方がまだマシだった。理解不能の無意味な優しさを向けられているせいで、痛くて気持ち悪くて泣きそう。心のキャパシティはすでに決壊寸前だ。

 大剣は今手元にない、部屋の隅に立てかけて置かれている。しかし、もはやヤケクソに近い状態になっており、後少しでも何かあったのなら、構わず飛び掛かる衝動に駆られていた。

 

「……ふむ。お前、そんなにここに居るのは嫌か」

「当たり前じゃない! 殺す気がないんだったらさっさと帰しなさいよ! それともストレスを与えるだけ与えて、心が壊れて覚醒するまでの過程を楽しむつもり!?」

「そんな気の長いことをする趣味はない。ヒステリックに喚くな喧しい。だがまぁ、そうだな……このままってわけにもいかないか」

 

 そう言うと立ち上がり、私から視線を外し何処かへと移動する。

 不意にとった行動に一瞬呆気に捕らわれたが、それ以上に大きなチャンスだ。狭い室内だけど、対面しているよりは余程動きやすくなるし警戒の穴を付けられる可能性が上昇する。

 

 今できることは相手の挙動を逐一観察し、一瞬でも隙が出来上がったのならすぐさま大剣へと向かい、武器を確保すること。

 正直勝てるかどうか以前に、愛器を手にとれるのかどうかも怪しいが、それでも構うものか。もうこんな場所には一秒だって居たくない。高ぶった精神が可及的速やかに解決へと向かうよう突き動かしている。

 

 ……しかし、そんな決意とは裏腹に全く別方向へと現実は動く。

 相手が向かった先は、まさに私の目的物である大剣だった。――まさか反抗を予期して武器を処分する気か。

 

「ほら」

「……え? ――――わっ!」

 

 だがその予想も外れ、遠くへ持ち運ぶわけでも外へ投げ捨てるわけでもなく、あろうことか私に向かって投げ渡してきた。それも刃の部分を向けてではなく柄を向けて受け取りやすいように。

 

「……なんのつもり……?」

「お前の要望としてはさっさとここから出ていきたいんだろ? だがそれを俺は許可することはない。それにさっきの言動を見るに、今更無条件で解放したところでお前自身すんなり納得するとは思えん。……なら使うのはいつもの手段だ。外に出ろ」

 

 そう言って退室していった。私は少しだけ躊躇したが、結局そのまま後についていくことに。

 外に出て目に映ったのは一人の男――片手に大剣(・・)を携えてそこに立っていた。

 

 周囲を森で囲まれた闇夜のこの空間、何故だかわからないけど、私にはまるで決闘を執り行う誇り高い騎士のように見え、よく分からない神聖さを感じてしまっていた。

 

「一対一だ。足を切り落としてもいい、重傷を負わせて立ち上がれなくしてもいい、殺してしまっても構わん。どのような結果でもお前が俺を行動不能にさせることが出来たなら後は好きにしろ。ああ、人型のままで戦ってやるからそこは安心してもいい。それぐらいのハンデだったらくれてやる」

「つまりここから出たかったら勝て、ってこと? わざわざ捕まえたのに本気で?」

「そういうことだ。やはり交渉事など俺らの肌に合わん。最終的に行きつくのは乱暴な実力行使だ」

 

 つまりは本当に〝決闘〟しようというのか、今ここで。……いや、そんな綺麗なものなんかじゃない。こいつが言った通り、ただの暴力と暴力の衝突。自身の障害となるものは実力をもって行使する。弱肉強食の体現。こいつはただそのお膳立てをしてくれたに過ぎない――ああ、だけど。

 

「確かに、そっちの方が分かりやすくていいわね」

 

 剣を正面に構え、標的を目に焼き付ける。

 言うなればいつもの妖魔狩りとやることは変わらない。ただ戦って勝てば自分の意思を押し通すことが出来る。もしくは戦士同士の鍛錬の延長線。違いは致死量レベルのダメージを追う可能性も含まれる程度の変化だろう。

 ――やっぱりどんなに自分を皮肉っても私は戦士なんだな。

 剣を持ってると落ち着く。敵を捉えていると安心する。ごちゃごちゃ余計なことは考えず、ただ相手を切り伏せて自分は生き残ればいいだけなんだから簡単な話だ。

 

「来いよ銀眼の殺戮者。本職と何も変わらん。剣を携え暴力で押し通し、破壊によって目的を完遂させる。得意技であり一番の特技だろ」

「なんだか随分癪に障る台詞だけど……まぁいいわ。さっさと終わらせましょ」

 

 皮肉なことに三日間ゆっくり休ませてもらったおかげで、身体の疲労とダメージは完全には消えてはいないが、戦闘するには何も問題ないレベルまで落ち着いている。

 

「ところでその大剣(クレイモア)は自分の?」

「まさか、そんな物はとうの昔に紛失した。これはたまたま道端に落ちていたのを拾っただけだ。野垂れ死んだ誰かの遺品だろう。今では時々の暇つぶしに俺が扱っている」

 

 だとするとブランクはあまり期待できないか。まぁいいや、人間形態で戦うと初めにそう語った。なら正面から向かって行っても勝機がないわけじゃない。

 こいつは自分のナンバーを5と言った。私のナンバーは3。もちろん世代が違う以上数字をそのまま鵜呑みにはできないが、形式上の実力では私の方が上だ。

 互いに全力なら私の勝ち目は薄かったけど、こうして実力差を調節してくれたことに関しては感謝したい。……単に舐め切ってるだけなのかもしれないが。

 

「じゃあ始めるけど、いいの?」

「いつでも」

 

 承諾の声を聴くと同時に剣を勢いよく振り下ろし、地面に突き立て〝盾〟を発動し、前方へと大きく跳躍する。

 

 狙うは速攻。反撃の隙間を与えることなく、相手の行動の選択肢を奪い去る。

 プランは至って簡単。〝盾〟を使い作り上げた爆発的な推進力によって一瞬に懐まで潜り込み、そのまま相手の武器を弾き飛ばし、間髪入れずに肉体を切り伏せて終わりだ。

 

 慢心ではなく、経験と実力を考えて、策の成功と自分の勝利を確信している。高速で接近されて即座に武装解除させられたら何も出来ないだろう。

 実際、なんの障害もなく接近することが出来た。そのまま剣を横に薙ぎ、右手に携えている大剣に刃を当てようと奔らせる。

 超振動によって作られた反発力により、どのような力で掴んでいようが触れただけで確実に弾かれ、下手すると手からも離れ遠くへ飛ぶ。例外はない。

 

 ――――パァンッッ!

 

 小気味いい音があたりに響く。

 予想通りの展開。――――しかし、私の顔に出てきた表情はきっと驚愕なのだろう。

 

 弾いたのは右腕にあった剣ではなく、寸でのところで防御をとった何もない左腕(・・・・・・)だったのだから。

 

 防がれるとは思っていなかった。仮に防がれるとしてもそれは刃は刃で防ぐものであり、何も問題を感じてはいなかった。

 予想外のことで動きを止めてしまう。その隙を見逃すほど相手は甘くはなく、がら空きになった懐へと剣を滑らせ、肉を切り裂いた。

 

「が……ぐっ!」

 

 そして私の首根っこを掴むと、そのまま地面へと叩き込める。

 

「あっぐふっ!」

「モノは悪くない。しかし柔軟性に欠けるな」

 

 完全に抑え込まれて身動きが取れない。その現実と腹部への深いダメージが、敗北という結果を嫌でも強く実感させている。

 動こうとしても、痛みと首を掴まれていることで思うように動きが取れず、じたばたと子供のように暴れるのみ。

 自信満々で挑んだ勝負の結果は、とんだ笑えるものとなっていた。

 

「はっ……はっ! あんたっ……あの場にいたのねっ……!」

「一から十までではないがな……ま、ある程度は観察していた。言ってなかったか?」

 

 あの反応速度と防御方法。あれは〝盾〟の特性を理解していなければとれない戦法だ。

 ようするにこいつはこの前の戦闘の一部始終を見ていた。……それはつまり、曲がりなりにも自分の仲間がやられていく様を何もせずにただ見ていたってことになる。……本当、最悪。

 

「なにを呆けている。情報戦は戦術の初歩だと、そう言ったのはお前だ。実際怠らなかったおかげで対策も立てられた。やはり大事だなそういうのは」

「さい……ていっ。はっ……はっ……隅から、隅までっ……反吐が出る……! ……はぁ」

「手厳しいな。まぁいい、どちらにせよ勝ったのは俺だ。……ああ、そういえば俺が勝った場合の報酬を提示してなかったな。ただ大人しくここに居ろ、というのも芸がないし、どうするか……」

 

 無駄と分かっているが、どうにかして拘束を解こうともがく。しかし首を抑え込まれていることで、うまいこと身動きが取れないどころか呼吸がしづらく集中力が散漫する。それでもなんとか右腕に妖気を込めようと集中させるが――。

 

「とりあえず、もう一度寝ててもらうか」

 

 振り下ろされる拳。

 それは私の脳天へとダイレクトに激突し、再び微睡の中へと落ちていった。

 




読み切りだったけど八木先生久しぶり
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