三つの軌跡   作:大猫子猫

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はっぴーにゅーにゃー

遅くなってすみませんでした……
時間が出来たので3日間だけですが更新します


悠々自適

「――――でね、どこを見渡しても白ばっかりで変わり映えのしない風景が永遠と続くわけでしょう? 何時間歩いても状況が何も変わることがないからもう気が滅入って滅入って……。そんな時に初期位置に付けた目印を見つけた時なんて目も当てられない有様だったわ。軽くブチキレて気付いたら年甲斐もなく叫びながら暴れてたのよ」

「あははははは! ずっと同じ場所をグルグル回ってただけって、いくら何でもドジにもほどがあるよそれ!」

「お、お姉ちゃん。少し笑いすぎだって……ぷっ、くくく」

「あはは、いやまったくね。この年齢になって迷子よ? 後から思い出すと余りにも滑稽な姿だったもんで、自分自身に盛大に笑っちゃったわ」

 

 三人分の笑い声によって、周囲の空間が包み込まれる。

 ……いや笑い飛ばしてくれて本当に助かった。正直なところ、あの時の自分を見つめ返してみると色々とひどすぎる。

 今だからこそ笑い話として気軽に話せるけど、本当に自分でドン引きするぐらいには意味不明に喚き散らしてたから。……近くに誰もいなかったのが不幸中の幸いだっただろう。

 

「でも少しだけ羨ましい。目に映るもの全てが真っ白な銀世界ってすごく綺麗なんだろうなぁ」

「この場所は南寄りの気候だから雪なんて降らないものね。二人は雪どころか氷も見たことがないんだっけ?」

「うんそうだよ。物心ついたころからずっとこの村にいるんだもん。一番近くの村でも結構距離あるから、危ないって言って遠出なんて許してくれないし。……だから一杯服を着て寒い寒いって言いながら目いっぱい雪遊びをすることは、ちょっとしたわたしの夢」

 

 朗らかに笑いながら自らの夢を語る姿は、実に可愛らしい。

 

「まぁ、私も仕事の都合上、あまり北へ行ったことはないのだけどね。確かに最初の頃は新鮮でなかなか楽しかったけど、今じゃあ視界が悪いわ、雪で隠れた氷で足が滑るわでマイナスの印象の方が強くなってるわ。この前なんて雪崩にも巻き込まれたし踏んだり蹴ったりよ」

「雪崩……って雪の土砂崩れみたいなものだっけ。大丈夫だったの? ケガしてない?」

「もちろん、こう見えても私は丈夫なのよ。でも流されたせいでますます現在地が分からなくなって……あ、そうそう! その時に偶然洞窟を発見したのよ。とりあえず色々疲れたからそこで一休みしようと思って奥へ入っていったの。そしたら――――」

 

 会話は尽きることも立ち止まることもなく、どこまでも弾んだまま。一切止まることを知らないやり取り。何気ないような体験も、ここでは楽しいお土産へと変化していく。

 人と人との絆の繋がり。それがどんなに細い線でもしっかり繋がれ、どんなに小さいことでも大きな喜びへと成長する。

 やっていることは所詮ただの世間話なのだけれど、この全てが幸せに満ちているこの空間の中で起こる一つ一つが、私にとってもどれも掛け替えのない大切な宝物だ。

 

「……やっぱりいいなー、色んなところ旅して色んなものを見れるのは。大きくなったら北も南も歩いて周りたいなぁ」

「うんうん! この村のことも大好きだけど、お話だけじゃなくてちゃん自分の目で確認しないとね。……だからそのためにも早く大きくなって大人にならないと!」

「……おねえちゃん。大人になりたいんだったら嫌いな野菜もちゃんと食べないとだよ。いつもわたしに寄こしてるけど、そういうのもしっかり食べないと大きくなれないんだよ」

「うぐっ。……い、いいの! わたしの方が体も鍛えてるんだから。野菜食べなくても運動して大きくなるの!」

 

 妹にジト目を向けられてうろたえている姿に、さすがに私も苦笑する。

 確かに妹以上に剣を振ることに憧れを持っていて、積極的に稽古をせがんで来たけれど、まさかそれが野菜嫌いの言い訳に使われるとは。……先生として少しお説教を食らわしてやろうか。

 

 ――と、悪戯心満載でそんなことを考えていたのだが……。

 

「――――げっ」

 

 思わず顔を歪めて声を上げる。

 感じたのはとある不躾な一つの気配。それは盛り上がっていた気分を消沈させるもので、行動の中断を余儀なくさせるには十分な異物。そして、この至福の一時の終わりを告げる合図でもあった。

 

「あー……ごめんなさい。少しお仕事に呼び出されたみたい」

「えー!? 今日早くない? まだちょっとしか遊んでないのに……」

「そんなにブーたれないの。私だってできることならずっと遊んでいたいけれど。……今度はなるべく早く会いに来るからそれで許してね」

 

 二人とも渋い顔をしているが無理に駄々を捏ねることはない。本当、素直さと気兼ねの心を両方持つとても良い子たちだ。

 私だってもちろん名残惜しいのだけれど、あまり時間をかけすぎると後々面倒くさいし、ここは模範的行動を見せてやるのが大人としての務めだろう。

 

「あ、そうだ。最後に一つだけいい?」

「ん? もちろんどうぞ」

 

 別に時間指定も事前の待ち合わせもしていないんだ。向こうの勝手でいきなり呼び出されただけ。質問の一つや二つ答えられる余裕ならいくらでもある。

 だから急用だろうとそれぐらいならどうということはない。……そう伝えると少し躊躇気味に、けれどどこか期待するような眼差しを向けて、彼女を口を開いた。

 

 

「――こないだ頼んだこと、なにか分かった?」

「っ!」

 

 

 ……思わず動揺し体がピクリと動く。心なしか動機も速くなり汗が小さくにじみ出てくる。

 けれど表情にはそれを表すことなく、必死になって想いを抑え込み、ただ首を横に振るだけに止めた。

 ――いや、それしかできなかった。

 

 幸いにも私の動揺はこの子たちには伝わらなかったようで、落胆も疑惑も持たず、ただ少し残念そうに笑うだけだった。

 

「……そっか。まぁ大陸は広いんだし、そんな簡単に解決するとは思ってなかったけど」

「ごめんなさいね。……私もできるだけ急いでみるから」

「あ! い、いいのいいの!! お仕事大変なのは知ってるし、無理だけはしなくてもいいから。わたしたちもできることなら、ってぐらいの気持ちだし」

 

 気落ちしたと思ったのか慰めるように必死になって声を上げる。逆にその姿を見て、さらに罪悪感が大きくなっていった。

 最も正しい選択は、この場で全てを打ち明けることだろう。それが最も安易で最も確実な手段だ。引き伸ばしたところで何かが変わるわけでもないし、そのせいでこの関係が壊れることもない。

 ……しかし小心者の私は、その最適解を口に出すことが出来ず、またダラダラと引き伸ばすのであった。

 

「……じゃあ待たせると悪いし、そろそろ行くわね」

「あ、うん分かった。引き留めてごめんね」

「いいわよそんなこと。私も仕事よりも貴方たちと話している方がずっと楽しいし。今度来るときはお土産も持ってくるから期待しててね」

 

 そうして広場の外へと足を向ける。いつものように手を振り笑顔で別れの言葉と、再開の約束を交わしながら。

 

「じゃあね、ルシエラ、ラファエラ」

「またねリヒティ!」

「今度はもっと早く遊びに来てよ!」

 

 終わりの時間を惜しむ気持ちよりも、次に再開した時を思い浮かべ楽しみながら、私は小さな友人たちと別れた。

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

「――――で、一体何の用なの? 今のところノルマは完璧にこなしているじゃない。……もしかしてついにプライベートな時間にも干渉してくるようになったわけ? それはそれは初耳ね」

 

 森の入り口近くに腰かけてくつろいでいた黒ずくめの男。

 休暇を台無しにされた私は、その不躾な客に冷ややかに笑いながら皮肉を飛ばす。

 先程の温かさなど微塵もない、180度違う裏の顔。こんな表情はあの二人の前では見せられないなと、軽く自嘲する。

 

「いや、構わんさ。お前が個人の時間をどこでどう使おうが興味がない。故に、傷心を幼子と戯れることで癒されようとするその行動は、組織に害を及ぼさない限りは我々がとやかく言うべき事柄ではない」

「……そりゃドーモ」

 

 こちらとしては今の言動含め言いたいことは山ほどあるのだが、変に突っかかってもなんの益もないのはそれなりの付き合いで分かっているので、ここはグッと我慢する。

 

「……それでオルセ。もう一度聞くけど何の用で呼びに来たの? 私は見ての通り休暇を満喫していたのだけれど」

「新しい指令だ。それによって他の任務は一時的に凍結。全ての時間を割いて最優先で執り行ってもらう。無論、休息の暇などない」

「あーはいはい。で、次はどこのどいつを始末すればいいのよ?」

 

 うんざりとした口調で雑に返す。物々しい対応ではあるがNo1()を使う時点でやることはいつもと変わらない。広範囲で被害を出している高難易度の覚醒者討伐、ピエタを襲撃しようとする覚醒者の情報を察知したのでその防衛、緊急性を出すのだったらこの辺りが妥当だろう。

 ……しかし、私の予想はどれも外れていた。

 

「いや、今回は討伐が主題ではない。……むしろ逆だ。出来る限り交戦を回避することを推奨する」

「討伐任務じゃない……? No1を使うのにそれって……ねぇ、一体何をさせようというの?」

 

 なんだか嫌な予感がする。

 その私の心情を知ってか知らずか、オルセは薄気味悪い笑みを浮かべてこう伝えた。

 

 

 

「お前は今から、深淵の者〝西のリフル〟の縄張り内へと侵入してもらう」

「――は?」

 

 

 心安らいだはずのその日。

 そんな余韻をぶち壊しにして、私の戦士人生の中でも、間違いなく最高最悪の高難易度任務を言い渡された。

 

 

 ――――先延ばしの清算がこの事態を招いたという事実を、今はまだ知る由はなかった。

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

――――――――時は少しさかのぼる――――

 

 

 深い森の中、澄み渡る青空の下、少しだけ人の手が加えられて開けた空間。

 本来であれば寂れているだけの場所。麓からは大分離れており舗装された道もなく、細々と獣道が点々とあるのみ。

 実際ここには二人の男女しか存在してはいない。そしてその二人の存在によって、周辺の空間が好き勝手に彩られ、元々の雰囲気とは大きく逸脱している荒々しく猛々しい空気を纏い、激しく自己を主張している。

 そこに他の生命が入り込む余地はなく、あたかもこの世に二人以外は誰もいないかのように、動き合い、音を鳴らし合い、ぶつけ合いながら、自分たちだけの世界を生成している。

 

 ――――キッン――――ザンッ――――ガキン――――。

 

 言葉は返さず持ち合わせているのは剣と剣。互いに触れあい周囲へと大きく鳴り響く金属の干渉音。鍔迫り合いを何重にも重ね続ける方向性の違う二つの意思。

 

 ――――カキンッ――――ザッシュ――――カンッ――――。

 

 それ以外に何者も周囲に近寄らず、動き出している影は二つだけ。刃を一人一つ手に取りながら、一心不乱に振り回す。

 

 ――――ガンッ――――ザッ――――ギィィィン――――。

 

 振り、防ぎ、躱し、受け止め合う。

 ある程度レベルが拮抗した者だからこそ続けられている時間。無駄なものを極力淘汰しているそれはどこか絵画の世界の一幕のよう。

 それを美しい、と表現するのか、それとも野蛮だ、と眉を顰めるのかは人それぞれなのかもしれないが。

 だがこれは絵画のように完璧で停止した世界ではなく、不完全で、しかし歩みを止めることが出来ない現実。よってその終わりはあっけなく訪れるものだ。

 

「――――はっ!」

 

 膠着状態に焦りを感じた女の方が行動に移る。

 勢いよく前へ前進――――のような体勢ををとるが、踏み出す寸でのところで足首を無理に捻り強制的に方向転換。無論、足首にかかった負荷は非常に大きいが、痛覚となって伝わってくる警告を全て無視。そのまま右へと力強くステップを踏み、相手の視界から外れた。

 

 さらに体勢を限界まで前かがみにし、なるべく自分を小さくすることで相手の視界が自らを捉えらえるまでの時間を少しでも稼ぐ。

 地面からスレスレの状況、本来であれば武器を振るうどころかバランスを崩さないようにすることで精いっぱいであるのだが、彼女はこの程度で崩れ落ちる程度の技量でも、現実的で凡庸な戦術を持ち合わせているわけでもなかった。

 

 彼女の剣が震えだす。次の瞬間、ほぼ自分の身体の向きと平行になっている地面へと向けて、まるで居合のような構えで左下から右上へと勢いよく振るった。

 当然、剣先は地面に突き刺さる。……しかしそれで終わりではない。剣はその勢いのまま地面を切り裂き、地上へと脱出し、男へ向かって攻め入った。

 常識的にはあり得ない現象。しかしそれを可能とするのがその技術の――――〝最強の矛〟の所以である。

 

 死角から来るタイムラグを極限まで短縮させた攻撃。すぐに姿を捉えることは出来たが、もうすでに回避の段階は終わっている。

 剣を構えるのには時間が足らず、肉体での防御が意味をなさない以上、せめてダメージを最小限に抑えようと体を捩じって剣から離れようと試みる。この状況下で咄嗟にその判断を実行できた。その時点で男の力量もかなりのものなのだろう。

 しかし致命傷を避けられただけで、どうあがいてもダメージは避けられない。なんとか首や胴体を切断されることは免れたが、……左肩からその先をバッサリと持っていかれていた。

 

 片腕の消失は一対一の戦闘において大きすぎる意味を持つ。

 無論、女の方はこの好機を逃さないよう、執拗に激しく追撃を加える。斬り突き裂き抉り、前へとどんどん詰め寄る。

 女の方は勝利を確信していた。状況は明らかに自分が優勢、相手は回避に専念し反撃もままならない。このまま攻め続けていれば嫌でも隙が出来上がる。

 そしてその読み通り、左脇ががら空きになる瞬間を見つけた。彼女はそれを見逃さず懐へと飛び込む。

 そして腕を失くし無防備になった脇腹へ向けて、〝矛〟を奔らせ――――。

 

「……ふむ、それじゃあ次の段階に行くか」

 

 ――――不意に、突如左肩から生えてきた巨大な杭によって、その進行はあっけなく防がれた。

 

「え!? ちょっ――――がはっ!」

 

 ……今までにはなかったリーチでの薙ぎ払い。完全に予想外の一撃により、杭はいとも簡単に女の胴体へと直撃し、そのまま後方へとノックバックした。

 大樹へと思いっ切り激突し、なかなか起き上がれないのを見て男は臨戦態勢を解除する。

 

「今日も俺の勝ち、と。……最後のはなかなか良かったが、ツメが甘いな。イレギュラーの一つや二つで一々動揺していたらやってられないぞ」

 

 少し呆れた様子で淡々と評価を下す。

 やがて女の方も起き上がり、あからさまに不満と怒りを込めて男を睨みつけた。

 

「……ちょっと、人間のまま相手になるって最初言ってたでしょう! 負けそうになったからってルール破るとか恥ずかしくないわけ!?」

「なにを勘違いしている。人型のままで戦うといったのは最初の一戦だけだ。その次の日から徐々に力を込めると伝えたはずだろう。完全妖魔化ぐらいは許してやるが、部分的な覚醒も高速再生も使用しないなんて言った覚えはない。恨むんなら人の話を正しく理解していなかった自分の理解度を恨め」

「力を込めるって、こないだの説明を聞いたら人としての力って捉えるのが普通でしょう。詐欺じゃない」

「馬鹿言え、そもそもお前のナンバーは3でこっちは元5だ。人としての力だけでいつまでも出し惜しみし続けられるわけないだろう」

 

 男はあっけらかんとしていて少しも気に留めない。

 その様子を見てますます不機嫌になり、左肩から生えた杭――――よく見ると杭のような形状をした巨大な爪――――を忌々しく見つめながら、屁理屈野郎と心の中で悪態をつく。

 

 現在、軟禁生活十日目。

 

 アエラとアベルの奇妙な共同生活は未だ継続中。

 初日に敗北したアエラは、同じように相手にするのは一日一回という制限を言い渡され、今日もそのために戦いを繰り広げ、見ての通りに十回目の敗北。

 打ち解けてきたとは言い難いが、慣れのせいか当初あった険悪な空気は大分薄れてきており、こうして脱出の権利を得る為に戦いながらも、ある意味では悠々自適に日々を満喫していた。

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

「前々から思っていたんだが、技に入るときの癖、早めに治した方がいい」

 

 二日ぶりの夕食を食べている最中、何やら煩わしい声が聞こえてくる。

 なんというか、色々とイライラしてくるので無視だ無視。食事をとることが今の私の最優先事項なので、嘘つきの卑怯者の言葉なんて耳には入ってきません。

 

「なんだ、まだ不貞腐れてるのか……。そのなりを見るからにお前もそれなりの年いってるんだろう。いつまでも餓鬼の駄々みたいにシカトを決め込むのはさすがに見苦しいと思うぞ」

 

 カチン。

 

「……ねぇ、それって子ども扱いして舐められてるの? それとも年の事を馬鹿にされてるの?」

「半人半妖の時点で外見なんてほとんど意味をなしていないんだからどうだっていいだろ。それと、この程度の煽りで会話してくるんだったら最初から混ざれ。他者とのコミュニケーションは〝人間〟が生きていくうえで必要不可欠らしいからな」

「別に、あんたと真面目に話しても意味がないって悟っただけ。それ以上もそれ以下もないんでお気になさらず。……というか、癖ってなによ?」

「なんだ気付いていなかったのか」

 

 若干馬鹿にされていることには気付いているが、今はグッと飲み込むことにする。

 自分で気付かなかった弱点なら、さっさと理解した方が良い。

 

「お前のその振動によって引き起こす二種類の技、ある程度の時間妖気を込めないと振動数が実用的なレベルまで引き起こすことが出来ないだろう。まずその時点で致命的だ。例え一秒の時間だとしても瞬間的に切り替えが出来なければ、必然的に一つの交戦に一つの技しか使えない。攻撃専門と補助・防御、その二つを使い分けるという持ち味を自分で潰していることになる」

 

 それについては私も幾らか心当たりがある。

 先日のオリヴィエ戦も、そのタイムラグを突かれて苦戦を強いられたし、先ほどの戦いだって瞬時に切り替えできていれば勝敗は変わっていたのかもしれない。

 

「そしてそれ以上に言いたいことは、……お前、練り上げた妖気の震えで次にどっちの技を出してくるのかがバレバレなんだよ。初見ならともかく、一度見た後だと丸わかりすぎて対策が余裕で立てられるぞ」

「え?」

 

 なにそれ、私の戦闘ってそんなに分かりやすかったの?

 

「そもそも今まで誰からも指摘されなかったのが驚きなんだが。戦士同士で何か言われたことはないのか?」

「何もないわよ。大体、練習試合をしたところで〝矛〟は攻撃力ありすぎて軽く命中するだけで危険だし、異様な硬さのクレイモアを切り落とせるのかも不明だから、基本的に〝盾〟しか使用したことないわ」

「なら戦闘でそこを突かれたことはないのか? お前の覚醒者討伐数はどうなっている」

「こないだの戦闘除いて、この技作ってからは五体。うち、元一桁ナンバーは一体。だけど集団戦で基本的に仲間がサポートに回ってくれるから、仮に癖が本当だとしても色々と余裕がなかったんだと思うわ」

 

 それこそ、オリヴィエのような大物ぐらいだろう。複数相手に余裕で立ち回れて一人一人に深く注意を向けられるのは、それほどのレベルではないとできない。

 

「……ん? 五体は多すぎやしないか? 以前聞いた話だとお前が戦士になってまだ二年も経ってないんだろう。まさか訓練生時代からそんな高度な技使えていたわけではあるまいし。短期間で随分な量の覚醒者戦だな」

「知ってるでしょう、少し前のNo1がやらかしたせいでとても忙しいの。おかげで下位だろうと上位だろうと、戦士は皆引っ張りだこよ。今はある程度は安定してきたけど、つい最近まで殉職と昇進の頻度が凄まじかったし。私はただ、それにうまく乗っかっただけ」

「ああ、噂に聞く味方殺しの狂乱か……。まぁ、あれだけ無差別な人体実験の繰り返しなんだ。そんな狂人が生み出されるのもある意味必然だな」

 

 必然か……。確かにそう言えるのかもしれない。

 何十年も身寄りのない子供を拉致して強制的な人体改造、訓練。少女という緩すぎる条件を満たしている相手を、本当に手当たり次第やってきた。

 そんな中、生まれながらにして他人とはまるっきり違う異常な精神性を持つ者がいて、それが諸々の事情により孤児になり、組織に拾われ、訓練や戦場を生き抜き、さらに特殊な才能が持っていることが判明し、やがて最強の戦士の座へと到達する。

 それは一体どれほどの確率なんだろうか。明らかに一桁二桁の話ではない、……何百、何千分の一、というレベルの話だ。

 

 ……しかし、そんな低い可能性でも、何百、何千と実験を繰り返してきているのだとしたら、その話は必然へと変わる。

 

 そして、何よりもどうしようもないことは、そんな一大事件が起きたにもかかわらず、今なお()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ある程度の対策は立てているとは思うが、それでも以前とほどんど変わっていないということが、記録を流し読みしただけでも簡単に読み取れる。

 

 とどのつまりそういうことだ。組織にとっては多大な損失が出たとはいえ特別気にし続けることはない。……私たちの価値なんてその程度にしか捉えていないのだろう。だからこそ、根本的な問題が出てこない限り、同じ実験をいつまでも行い続けている。

 一体何のためにソレを繰り返しているのか、そんな疑問が湧いて出たのは一度や二度じゃない。

 

 だけど、いつも一瞬で消えてなくなる。どうせ考えたところで意味はないし、答えが出てくるとも思えない。それに、妖魔と戦えることができるのはどちらにせよ私たちだけ、必要とされる以上どれほど蔑まされようとも需要が消えることはない。それなら、いくら嫌になろうとも止めることなんて許されない。

 

人のための使い捨ての道具……その事実がなくなるわけじゃないのだから。

 

 

「――――おい、どうした、何をボーっとしている」

「……え? ……あ、いや、なんでもないわよ」

 

 少しネガティブな考えに浸りすぎていたようだ。アベルの言葉によって現実に引き戻される。

 

「……まぁいい、俺が言いたいのはそれだけだ。俺を出し抜きたいのならその癖をどうにかして直せ。地力ではお前の方が勝っているのに、経験値の量で容易に逆転されるのはこの十日間で思い知っただろう。能力に見合うような実力を付けなければ話にならん」

 

 そうアドバイスを締めくくって食事に戻っていく。……いや、それ自体はありがたいんだけど、なんというか……。

 

「ねぇ、なんで一々指摘してくれるの? それって私の勝率が上がることに繋がるわけで、そっちにとってのメリットはどこにもないじゃない」

 

 少なくとも言われなければ癖なんて気付くことはなかった。仮にいつか気付くことになったとしてまだ先の話だっただろう。こいつの目的は私の拘束にある以上、そんなことを教える意味が分からない。

 

 いや、そもそも今回だけじゃない。毎日行っている戦闘行為、もちろん私は本気で打倒そうと向かっている。……しかし、当の対戦相手であるアベルの殺気は薄く、なんというか、訓練生時代の鍛錬と似たような雰囲気で戦っている気がする。それもさっきみたいな問題点を指摘するかのような、そんな戦い方をだ。

 ……いくら殺すつもりがないからと言って、みすみす成長させる謂れがない。そんな視点を変えれば立派な自殺行為な行動に、さすがに怪訝となる。

 

「メリットね、そうだな――実は俺にもよくわからん。やっていくうちに自然とそうなったとしか言えようがない。……惚れた弱み、っていうことで納得してもらえるんだったら助かるんだがな」

「またそれ? いい加減飽きてきたからやめてくれない? 質の悪い冗談を何度も飛ばされる身にもなりなさいよ」

「お、言うようになってきたな。……だが、別に俺にはそんな意思がないというのは確かだ。だから俺との戦いで成長したのなら、それはお前が勝手にそうなっただけだ。運がよかったぐらいの気持ちでいろ」

 

 そんな風に答えたが、私の疑問は消えることはなかった。まぁ、本人が違うって言っているのだから、これ以上詮索することはできないのだけれど。

 

「……じゃあ()()もその惚れたとかいう理由で取り付けたわけ?」

「気に入らなかったか? 確かに無個性すぎるデザインだと思うが、そういった類のセンスはさっぱりだからな。そこら辺は目を瞑ってくれるとありがたい」

「いや、気に入る気に入らないとかの問題じゃなくて!」

 

 そう言って左手の中指を突き出す。そこには無機質な一つの指輪のようなものがはめられている。

 初日に初めて負けた時、目が覚めたらいつの間にか指についていた物だ。

 

「こんなもの与えて集中力を削がす作戦とかのつもり? ゴツゴツして地味に違和感あるし、時々脈動して気色悪いんだけど」

「気色悪いとは失礼だな。一応、大昔の貴族の風習らしいぞ。女に指輪を送って指にはめさせると、それがそのまま婚約の証になったらしい。まぁ正解がどの指かまでは知らんから、そこは適当だが」

 

 ……なんだろう、そこまでして私を縛りたいのだろうか? そろそろマジな変態に思えてきた。

 

「……ちなみに、これ外すという選択肢は?」

「ない。別にそれほど邪魔になるもじゃないから構わないだろう? 第一、こういう手作りのアクセサリーを送られたら女は喜ぶと聞くが」

「いやだから、体の一部を与えられたところで気持ち悪いだけだし、集中力に影響が出るんだって言ってるじゃない! 戦い方だって少し考えないといけないし、十分戦闘に邪魔になってるわよ」

「別に気にするほどではないだろう。そんな僅かな違和感なんてすぐに消えてなくなるはずだ。……だが、確かに戦い方自体は気になるという点は同意するな。さすがに少し収まってきてはいるが、根本的な部分は最初と変わらず見ていられない」

 

 いきなりどこか意味深なことを言い始める。

 

「なにそれ? さっき言ってた経験不足のことを言ってるの?」

「違う。そんな技術的な話じゃない。もっと奥底に存在して一番重要な個所、精神面での話だ」

 

 その言葉を聞いて、無意識のうちに視線を正面に向ける。目の前のアベルは特に強い感情を込めるわけでもなく、ただこちらを直視しているのみ。

 ……なぜだかその瞳を見て、言いようのない不快感が沸き上がってきた。

 

 心臓が高鳴り、自然と不安が大きくなる。まるで説教しに来る親を待っていた子供の頃のように、逃れられない恐怖が浮き上がる。

 そんな謎の得体のしれない感情に私自身困惑するが、答えが出てくることはなく、アベルの口は続く。

 

「戦っていてずっと思ったんだが、お前の戦い方はどこか自暴自棄な感じがする。……いや、別に命知らずだと言っているわけじゃない。生き抜こうと必死にはなっているのは分かる。……ただ、俺の目には泣き叫んでいる子供が暴れている姿がお前とダブって見えている。ただそれだけだ」

 

 私の中の何かが突然警報を鳴らす。動悸が激しくなり、汗が滲み出てくるのを実感する。

 心からの悲鳴、強制的に稼働した第六感。その瞬間、疑惑は確信へと変貌していった。

 

 ――――駄目だ、これ以上は聞きたくない。

 

 本能的にそう察する。ここから先は受け入れてはいけない領域だと。

 …………しかし、耳をふさぐ前に、声を上げる前に、それよりも早く無慈悲にも相手の口が動いた。

 

 

 

「お前、本当は人間のことなんてどうだっていいんだろう?」

 




八木先生がサンデーに引っ越ししたということで蒼穹のアリアドネ読みました

とりあえず単行本を欠かさず集めることは決意
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