三つの軌跡   作:大猫子猫

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歩き出す終焉

 小鳥がさえずり、草木の揺れる音が穏やかに聞こえる。

 連日曇天の灰色の空だったが、今日はその面影が少しも見当たらず、どこまでもどこまでも広い青で染め上げられている。

 気象も穏やかで、周囲の動植物もいつも通りの賑やかさ。……うん、本日は晴天なり。

 

「んーーー! 久しぶりに日光を満喫した気がする。最近曇りばっかりだったからね」

 

 寝起きに見る景色としては十分で、とても気分がいい。全身に日の光が当たる充足感もあって、実に心地いい。

 

「身に受ける温度や色の変化程度でそこまで騒ぐことか? どうせどんな環境下に晒されたところで肉体自体が勝手に適応されるんだろ」

「……はぁ、あんたって本当にロマンの欠片もないのね。どんよりとした空間にずっといるよりは、気分というか精神的に全然違うでしょう。ただでさえここ最近は特にストレスが溜まってるんだから、日差し一つでも私にとっては十分ありがたいの」

「ストレスって、お前な……。ついさっきまで散々それを解消する行為をしてたくせに、今更何が溜まってるって言うんだか」

「なっ!? ち、ちょっと! いきなりなに言い出してんのよ!?」

 

 何でもないような風に言ってるけど、もうちょっと恥じらいとか気遣いとか持ってもらいたい。というかデリカシー全般を勉強し直せ全く。これでも私はまだまだ乙女のつもりなんだから。

 ……ちなみに、寝起きと言う割には太陽はすでに天高く上がっている。こんな時間までどうして眠りこけていたのかと聞かれると……うん、まぁ、察してほしい。

 

 とりあえず、ゴホンと咳ばらいを一つし、気分を変える。こんないい天気なんだしいつまでもこのままじゃ勿体ないしね。

 

「――――さてと、それじゃあ今日も始めましょうか」

「ん? なにを?」

「いや、なにって……決闘に決まってるでしょう。ようやくちゃんとしたコンディションで戦えそうなんだし、ここらへんでいい加減白星を出しておかないと」

 

 いい感じにやる気に満ち溢れている私を、なぜかアベルは呆れた顔で見ている。

 

「なんだ、まだ帰る意思があるのか。てっきり昨日の一件で吹っ切れて、帰還を諦めてくれたんだと思ったんだが」

 

 そんなことをぼやく声色に、どこか不満そうなものを孕んでいるように聞こえるのは気のせいではないのかもしれない。

 

「何言ってるんだか。私は組織の犬であんたは人食いの怪物。思考も立ち位置も真逆の敵対関係なんだから、明確に敷かれてある役割はしっかり守らないといけないでしょ」

「人間嫌いのくせになんの義務感だよ」

「単純な好き嫌いだけでは生きていけないのが、人間の一番残念なところだからね。……それに」

「それに?」

「……何もせずになあなあと生きているよりも、目的に向かって進んでいた方がずっといいじゃない。ほら、私たちが一緒にいる理由って雑に言うと決闘(これ)のためなんだし」

 

 ――――そう、それが私たちの繋がり。

 とてもあやふやで歪で矛盾しているものだけれども、……だからこそ、とても強固で確かな一種の〝絆〟。

 あまりにも不器用すぎる関係性だけど、まぁ私たちのようなはぐれ者にはこれくらいでお似合いだろう。

 ひねくれ者同士、ひねくれた関係で持って繋がっていく。愛の形は人それぞれ。

 

 アベルは一瞬面食らったようだが、すぐに不敵な笑みを浮かべてこう言った。

 

「それなら逃がさないよう、いつも通りに叩き潰す必要があるな。また泣き言をいうことになっても俺は知らんぞ」

「そういうのは今のうちに多く言っておくことをおすすめするわ。……いつか絶対、アベルよりも強くなって見返してやるんだから」

 

 互いに挑発を応酬し、清々しいほどのドヤ顔を送る。やがてその芝居がかった不自然さに耐えきれなくなり、一斉に笑い出す。

 

 本当に和やかで嘘ではない時間。

 こうして笑い合えるなんて許してはいけない間柄だっていうのは分かっている。

 ……けど、人生の楽しみをようやく見つけ出せたなんだ。もうしばらくぐらいは堪能させてほしい。

 

 いずれ破綻し、壊れるのが目に見えているけれど、――――けれど、せめてこの一つの約束事だけは、ちっちりと守っていきたいから。

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

――――荒れ果てた東の大地、スタフ。

 

 

「――――アエラはまだ戻らず、か……」

「はい。報告を足ってもうすでに一ヶ月を優に超えておりますが、未だ自主帰還も救助報告の兆しもありません」

 

 不毛な荒野の岩石地帯。そこにある岩山の一帯を掘り崩して作られた広大な建物。

 蟻塚のように入り組んでいるその建造物の奥地に、十数人の男たちが集まっていた。

 皆年老いており、例外なく黒ずくめの服装で不気味な風貌をしている。その中でもとりわけ年長なオールバックの老人が、その中心に座っていた。

 

 この大陸を実質牛耳っている〝組織〟その中でも最も強大な権力を持つ長、名はリムト。

 

「〝目〟からの報告はどうなっている?」

「依然変わらずそのまま。妖気が消滅することも質が変動することもなく生存は確認済みです。ただ、その動きに大きな変化はなく、一か所に留まっているだけと思われます。さすがに精密な位置の断定は難しいですが」

「奴の感知範囲は広大だが、遠距離になるにつれ滲んだインクのように気配が大雑把になるのが難点だな。……だが、今回に限っては必要以上に近づくわけにはいくまい」

「――――リフル、ですか」

 

 部下の報告に溜息を吐き、リムトは肯定する。

 

「……そうだ、あの覚醒者集団討伐の任。レイティアの報告で出てきた最後に現れたという男の覚醒者は間違いなくリフルの子飼いだ。なぜあの男がリフルと敵対していたオリヴィエの元にいたのかは知らんが、奴がいた以上、確実に西の深淵も近くにいる」

「それに、リフルがその近辺に居住地を移動をしたとの報告もあります。時期もアエラ失踪と重なり、この二つが結びついている可能性は十分にあるものかと」

 

 No3とNo4を中心とする、通常よりも人数を増やした混成チームと、それによって討伐されたオリヴィエの一団。

 その討伐の直後に現れたダフと、殿を務めて消息を絶ったアエラ。

 そして同時期に彼の地へと住処を移動した、戦士時代からオリヴィエと因縁を持つ西の深淵リフル。

 

 全てを偶然で片付けるには些か出来すぎており、例え偶然であろうとも必然と捉えるのは仕方がないことであろう。

 

「しかし、リフルがアエラを捕らえる理由が掴めません。確かにそれなりに優秀な戦士ではありますが、それほど突出した能力を持つわけでもなく、特異な才もない。総合的に見ればダフと同程度でしょう。情報源としての価値もたかが知れており、言ってしまえばただの戦士を一ヶ月以上覚醒もさせずに放置しているようなもの。一体何が目的なのか」

「さぁな、昔から奴が頭の中は分からん。だが、かといってこのまま手をこまねて静観し続けるわけにもいかんだろう……オルセ」

「ここに」

 

 リムトが呼びかけると、連絡係の後ろで待機していた高齢の男が前に出てきた。

 

「――――No1、No2を呼び戻せ。この二名で深淵の懐へと侵入し、アエラを確保しろ。最悪、その生死は問わない」

「ほう、あの二人を組ませてよろしいので? 奴らは現時点での最高戦力であり、同時に防衛の要。それにリヒティはともかくもう片方は……」

「仕方があるまい、現状使える戦力が少なすぎる。悪戯に人数を増やしたところで深淵相手には何の意味もなく、ただ機動力を削ぐ結果になるだけだ。なら最初から最も生存率が高い二人を当たらせた方が早い」

「なるほど承知しました。では、最優先で事に当たるよう二人には伝達しておきましょう」

「最短でいつ頃合流可能になる? 二人の現状はどんな具合だ」

「No1の方はすでに任務を終えており指令の更新を待つのみ、いつでも動き出すことが可能。そしてNo2は」

 

 オルセは懐から紙を二枚取り出す。

 一枚は通常の依頼状、とある村の村長の自筆で書かれており、妖魔の討伐要請が記されている。そしてもう二枚目は手のひらサイズの大きさの小さな紙で、文章ではなく単語が一つだけ書かれてあるのみ。

 

「――――現在、仕事を()()()()を遂行中」

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

 ロートレク(西部)――世間一般にはトゥルーズ(中央)に位置する一つの村。

 この村では先月から妖魔出現し、村人の内臓を貪っている。

 

 犠牲者は皆屋内で被害に遭遇。無論、最初の犠牲者が出てきた時点で戸締りの強化は当たり前で、常に二人以上離れずに生活することを義務付けられていた。

 しかし妖魔がいる以上、誰かに擬態化して隙を伺っているというのは想像に難くなく。疑心暗鬼に煽られた結果隙を見せ、そのまま妖魔に食われるという事態に陥っている。

 一人暮らしの人間には自然と誰も近寄らなくなり、友人や家族すら信用できない地獄のような毎日。

 

 そして被害者の数が五人目に突入した段階で、ついに村長は重い腰を上げ、組織に要請を出すことに決定した。

 法外な金を出し合うため、反対する者もいなくはなかったが、明日は我が身という綱渡りの毎日を理解しているのも事実で、渋々ながらも承諾。……もしくは反対意見を出すことによって、周囲から妖魔の可能性がある人間と判断されるのを避けたかったのかもしれない。

 

「クソッ! まだなのかクレイモアは!? 連絡してからもう二日だぞ!」

「おい、落ち着けよ。村長はもうそろそろだって言ってたぞ」

 

 木箱を蹴り飛ばし怒りを当たり散らす男を、隣の友人が諫める。

 密閉されたような空間内で次々に人が殺害されていくこの状況は、非常にストレスが溜まり、人の気力を擦り減らし続けていく。

 

「……ちっ、つーかよ、半分だけ妖魔の人間が本当に妖魔に勝てんのかよ。あんな大金吹っかけてきて、実際戦ってみたら大したことなかったってんならただじゃおかねーぞ」

「なんだよ、お前まだ金のことで愚痴ってたのか。確かにお前の家はただでさえ蓄え少なかったのに、徴収で貯金の八割を支払うことになったのは同情するが、命と比べたら安いもんだろ。死んじまったら元も子もない」

「それでもムカつくもんはムカつくんだよ!!」

 

 住人全てから金を出し合うにしても額が額なので、こういった様々なものに対する不信感は常に付きまとう。半人半妖の力への疑問と今後の生活に対する不安、挙げて行ったらキリがない。

 

「しかし実際のところどんな奴らなんだろうな、クレイモアって」

「あ? 知るかよ。銀眼の魔女やら銀眼の斬殺者やら呼ばれてるんだ、きっと化け物みたいな見た目なんだろうぜ」

「でも外見だけなら結構美形って話も聞くからな。見る分だけなら結構いいものなのかもしれないぞ?」

「ケッ、物好きだねお前も。妖魔との混じりもんだぞ? あり得ねぇよ」

「ま、どっちにしろもうすぐ分かることだ」

 

 そんな会話を続けているうちに、何やら村の入り口付近が騒がしくなっていることに気が付いた。

 今日は霧が濃く、何をしているのかはここからでは分からないが、最近死んだように静まり返っていた村には久しく感じる大騒ぎだ。

 何事かと二人で顔を見合わせていると、青年が一人、男たちの方へと駆け寄ってくる。

 

「おい、来たぞ! 正面門にいる今日の見張り番が、こっちに歩いているのを見つけたってよ!」

「来たって、誰が?」

「誰って、決まってんだろ――――クレイモアだ!!」

 

 青年の荒々しい叫びに少し二人は面食らう。しかしすぐに落ち着き、小馬鹿にするかのように男は小さく笑った。

 

「ふん! ようやく来やがったか。村がこんな有様なのに随分と余裕そうなことで」

「なに他人事みたいに言ってるんだ! ……俺はこれから村長にそれを伝えに行く。お前たちは?」

「どうする? 俺たちも見に行くか?」

「当然だろ。待ちに待った救世主様のご登場だぞ? せめててめぇの顔ぐらいは拝んでやらねぇとな」

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

「来たぞ! ……本当だ、噂通りの大剣に銀色の鎧」

 

 正面門には多くの野次馬が、恐怖と好奇心と物珍しさに触発されて、招き入れる来訪者を一目見ようと集まっている。

 待ち人は一歩、また一歩とゆっくり進み、静かな足取りで村へと目指す。

 濃い霧のせいで、シルエットと色彩が微妙に見える程度で、顔などの詳細は村の内側ではまだ見えてこない。

 村人が固唾を飲み込んで見守る中、じっくりと時間を使った足が、ようやく門をくぐり村の中へと入っていく。

 霧によってぼやけていた姿も、ついにその全体像を浮かび上がらせた。

 

「あ、あれがクレイモ…………っ!?」

 

 その姿を見た途端、熱気は静まえり返り、誰もが言葉を発するのを忘れた。

 

 妖魔と変わりない姿を想像した者がいた。伝承に聞く鬼のような猛々しい化け物を意識していた者がいた。人間とほとんど変わらない形で、人間らしさが一切見えないその姿を知っている者がいた。

 

 

 そんな考えを持っていた者たちを全て黙らせた。

 

 

 ソレには()()()()()()

 

 

 顔の全体を包帯で巻かれている。ただその処置は怪我人に対するものでは断じてない。

 目も、口も、鼻の輪郭さえ失うほどに隙間なく巻かれ、辛うじて耳が出ていること以外は、その顔面を汚れた白で埋め尽くされていた。

 当然表情など分からず、顔の造形そのものすらひた隠しにされている。

 ただ布でぐるぐる巻きにされているだけ、その頭部を言葉で表すとそれだけになる。

 

 そしてその包帯すらさらに遮るように伸ばしている無駄に長い髪。一切の手入れがされていないボサボサそれは、正体不明の不気味さを引き立てている。

 傷一つないが、至るところが汚れ切っている鎧も、見るもの全員に不快感を出させる効果があり、直視しているものは誰もいない。

 

 そんな得体のしれない何かが、村人たちに向かって歩いてくる。

 

 そこにいるにもかかわらず、気配は非常に希薄で、静かで根源的な不気味さを羽織いながら。

 一般的な戦士が妖魔のように怪物然とした存在と比喩されるのなら、ここにいる戦士は、まるで幽鬼のような不確かな薄気味悪さを持っていた。

 

「ひっ」

「う……おぇ」

 

 ある者は怯え、ある者は気持ちの悪さに吐き、最初の熱気など欠片もなく、ただただ後退る。冷やかし目的で来ていた野次馬も、そのあまりにもな光景に何も言葉が出てこなかった。

 戦士の足取りは軽い。視界が全く見えないのにも関わらず、動かす足に迷いが見えない。ふらつくことすらなく、ひたすら前へと直進する。

 ソレが歩を進めるたびに、まるで反発する磁石のように近くにいた村人が次々に離れ、自動的に道が開けていく。取り囲んでいる人間の輪は、何の強制力もなくただ二本の線を描くのみ。

 

 ――やがてその歩みは途絶え、一人の人間の正面に立つ。

 

「あ、う……わ」

「そ、村長……」

 

 出迎えのためにやってきたこの村の村長だが、腰を抜かし、全身の震えが止まらない。もはや村の長としての威厳も何もない姿になっている。

 

 戦士の目には何も映ってはいない。しかし、いかなる理由か、目の前の男をしっかりと認識し立っている。

 耳は出ているので怯えた声は聞こえているのだろうが、それに対しては完全に無視を貫く。そして、右手で腰につけてある道具入れをまさぐり一枚の紙を取り出すと、広げて村長に向けて突き出した。

 紙にはなにやら文字が書かれており、村長は恐る恐る顔を近づけ、内容を読み取ろうとする。……そこには乱雑な字でこう記されていた。

 

『妖魔狩りの依頼、組織、派遣、ここで間違いない?』

 

 それを読んで、ようやく目の前の人物が妖魔退治にやってきた存在だと思い出す。

 我に返り、慌てて近くにいる者の手を借りて立ち上がった。

 

「あ……あ、ああ、そうだ! あ、あんたが依頼を受けてくれたクレイモアか? ほ、本当に?」

 

 思わず本物かどうか聞き返す。

 姿形は噂通りで、組織の手の者という物的証拠も存在しているが、心の奥底で何かが違うと警報を鳴らし続けている。

 自身が持っていた印象とは一欠けらも合致しない。恐ろしいものとは聞かされていたが、こんな不気味な気配など想像すらしていなかった。

 

 その言葉には答えるそぶりを見せずに、戦士は周囲を見渡す。

 ここには全住民の七割以上が集まっており、なかなかな規模となっている。

 だが、これほどの数が揃っていても人々の顔は誰もが同じ。自分の方向に振り向かれるたびに怯えた表情で顔を背け、人間味を極限まで薄めたようなその姿を目に映らせないように必死になる。

 妖魔以上に、目の前の人物の方がずっと恐ろしいと皆が感じていた。

 そんな恐怖に彩られた周囲を戦士が一通り眺めていると……。

 

 パンッ――。

 

 不意に、何かが破裂したような音が聞こえた。

 全員が一斉に音を発した方向を振り向くと、……集結していた住民の一人が、全身血まみれになって倒れる光景がそこにあった。

 

「う、うわああああああああ!!」

「な、なんだ、なにが起こった!?」

「手当を早く! 医者はどこだよ!」

 

 騒ぎが高速で伝達し、緊張しきった空気が急に解き放たれパニックに陥る。

 怯え、騒ぎ、逃げまどい、返り血を浴びせられて腰を抜かす。

 そんな中、男の身を案じた数名が助け起こそうと近寄ろうとする。……しかし。

 

「い、いや待て! これを見てみろ!」

 

 倒れた男の身体は別のモノへと変貌していた。

 全身の骨格が伸び、耳は鋭く尖り、至る所で血管が浮き出ている。そして大きく裂けた口と鋭い牙、金色に輝く瞳。

 

「よ……妖魔」

 

 もはや擬態化する力すら残っておらず、長い間村の中で恐怖を煽っていた存在とは思えないほど弱々しい。

 戦士は、未だそのまま。少しも触れてはいない。

 

「が、はっ、……な、なんだ、何が起きた? 何をしたんだ貴様!」

 

 戦士はそれに答えない。ただ静かに妖魔へと近づき大剣を抜刀。

 妖魔は最後の足掻きとして右手の爪を伸ばし、戦士を貫こうと攻撃をする。

 しかしその攻撃に対して、躱すことも、剣で防ぐことも、切り落とすことさえしない。

 

 歩みを止めずにただ左手を振り、装着してあったガントレットに襲い掛かってくる爪を()()()()()()()()()。たったそれだけの動作。けれど、実行するにはタイミングと位置の調整があまりにもシビアすぎる。少なくとも散歩感覚で容易く行えることじゃない。

 目が見えていないのに目が見えている以上のことをやってのけている戦士に妖魔は呆然となり、我に返った時には目の前まで来ていた。

 

「ま、待っ――――!」

 

 命乞いの言葉も聞かず、その頭部へと剣を突き立てる。

 頭が完全に二つに分離し、断面図が見えるような綺麗な切断。こうして妖魔は何もできずに簡単に息絶えた。

 

 待ちに待った瞬間の到来。しかし村人たちは、勝利に歓喜するわけでも、討伐に安堵するわけでもなく、沈黙だけが続いている。他手続きに起きた様々な出来事に、脳の処理が追い付いていないようだった。

 そんな空気の中でも戦士は気にせず歩き出す。そしてどうやって識別しているのか、再び村長の前に立ち、先ほどとは別の紙を取り出した。

 

『討伐達成、金は回収係に、目印は黒服』

「え? あ……はい。わ、分かりました……」

 

 なぜ妖魔が破裂したのかや、回収係の特徴が弱くないかなど、聞きたいことは多くあったが、流れるままに頷くことしかできなかった。

 

 こうしてこの村での妖魔退治は幕を閉じた。

 損傷も損害もなく、日もまだ高い。そもそもやってきたその直後に討伐が完了したんだから疲れなどあるはずもなく、長居することなくさっさと移動するのがセオリーだろう。

 しかし、どういうわけか戦士は帰る素振りを見せない。

 再び剣を抜き、村長とも妖魔の亡骸とも違う、別の方向を見ている。

 

「あ、あの……?」

 

 訝し気に感じた村長が声を掛けようとしたが、次の瞬間、――――戦士は前方へと大きく跳んだ。

 その先にあるのは一軒の宿屋。その二階にある一つの部屋、その位置に到着すると、剣を勢い良く振り木造の壁を切り裂いた。

 

「なぁっ!?」

「お、おい! あんた、俺の店に一体何を……!」

 

 突然の奇行に呆気にとられた人々が叫ぶ。そしてその声が発すると同時に、中で部屋を借りていたと思われる人影が、窓を割って外へと飛び降りてきた。

 全身をすっぽりと覆い隠すような大きなフード付きの外套を身に纏っているが、落ちた衝撃でフードが落ち、その素顔があらわになる。

 色素が抜け落ちたような白い髪に白い肌、そして外套の隙間から見える鎧に手に持っている大剣。

 目の色こそ銀色ではないが、その他の全てが、クレイモアと呼ばれる戦士に合致していた。

 

「クソッ! なんでバレた!! 薬だって飲んでたんだぞこっちは!!」

 

 悪態をつきながらも戦い素振りを見せず、距離を取ろうと逃走を図る。目指す場所は村の入り口、人口密集地帯。

 

「な、なんだ? どうしてクレイモアがもう一人?」

「お、おい! こっちに来るぞ!」

 

 ……組織のNo7エルメラは所謂離反者である。

 

 飽きもせずに毎日来る命がけの任務、討伐、任務、討伐、任務、討伐に嫌気がさして脱走した。

 事前に大金と大量の妖気を消す薬を用意し、然るべきタイミングで監視員の目を欺き、勤務地であったアルフォンス(北部)からロートレク(西部)へと移動。そこでしばらく人が多い村などに住みながら、監視の目が届かないような快適で安全な僻地を物色する予定だった。

 木を隠すなら森の中。わざわざ潜伏場所も妖魔がいる村を選び、それを静観することでここには戦士はいないという認識を作り、念には念を入れていた。……はずだったが。

 

(ちっ! ……まず今は逃げることだけを考えろ。あんな気色悪い顔は見たことないが、手際の良さを見るに粛清も命じられている可能性が高い。なら十中八九あたしよりもナンバーは上だろう。格上相手に馬鹿正直に向かっていく意味はねぇ。足の速さだけなら自信あるんだ、この人込みを盾にして逃げ切ってやる)

 

 全速力で背後を振り向くことなく駆けていく。足が自慢という自評は確かに正確なようで、速度を落とすことなく人ごみの中を移動し、たった数秒で門へと迫る。

 そしてあと一歩で門をくぐるその瞬間。

 

 パンッ――――。

 

 再び破裂音が鳴り、エルメラの全身が裂ける。

 

「ぐ、があああああああああ!!」

 

 突然降り起こった激痛に溜まらず足を止めて、膝を付いた。

 

(こ、これはさっきの妖魔と一緒? さっきは遠くから見てるだけでよくわからなかったが、なんだこれは!?)

 

 足を中心に、体内の血液が破裂したかのような深い傷。筋肉だけではなく内臓にもいくらかのダメージが入り、せき込むように吐血する。

 

(毒? いいや、半人半妖に毒物は効かない。そもそも大体毒を盛られるタイミングなんてなかったはずだ。だがじゃあこの傷はなんだ? 大剣で斬られたわけじゃなく、それどころか外傷ではなく完全に中から破かれてるぞ! そもそも奴は遠距離からどうやって……っ! 奴は!?)

 

 振り返って背後を確認する。……目の前には唖然とした表情の民衆。

 姿が見えず、ほっと一息つくが、すぐに喉元に冷たく無機質な触感を感じ出した。

 

 

「え――――」

 

 

 後頭部を捕まれ固定される。

 それが何なのか目を動かして確認する前に、喉元に置いてあった白銀の刃が動き出し、そのまま喉へと押し込まれる。そして――――。

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

 戦士が一人、何もない荒野を歩いている。

 もはや喧騒も恐怖も周囲にはない。やるべきことは全て終了し、もはやあの村には用はない。村へ向かった時のまま、何も変わることなく同じ姿のまま離れていく。

 唯一変わったといえる点は、来た時と違って荷物が一つ増えたぐらいだろう。だがその荷物も、すぐに捨てることになる。

 変化に乏しく、なんの熱もない。さながら亡霊のように機械的に歩き続ける。

 やがて、大きな岩山の前に到着すると、その足をようやく止めた。

 

「首尾はどうだ?」

 

 岩肌の前に一人の男が立っている。

 黒服を身に纏ったそいつは戦士の連絡係であり、指令の伝達と達成の確認を請け負う役割を持つ。

 

 戦士に返答はない。いや、正しくは返答する術を持たない。

 代わりに先ほど増えた荷物を投げ捨てた。そこには白い髪と肌をした、まだ生気が抜け切れていない生首が一つ……。

 男はそれを見て満足そうに笑う。

 

「よろしい、金の回収もすぐに行おう。……では次の指令だ。この地での任務は一時凍結、一先ずはスタフへと戻り、そこで詳細な説明を受けろ。それと今回はNo1と合同で当たる任となる。単独任務しか行っていなかったお前にとって初のチームだが、まぁお前たち二人なら問題ではないだろう」

 

 その言葉を聞き、戦士は速やかに移動を開始した。

 仕事の達成と同時に次の仕事を言い渡される不満も、初のチームという新しい取り組みに対する不安も一欠けらも感じてはいない。

 自意識関係なく、求められたら実行し、命じられれば達成する。そのことに対する興味はなく、組織の損得も知らない。ただ在るがままへと使命を全うする。戦士の中にはそれだけしかなかった。

 

 遠ざかっていく後姿を見て、男は一種の頼もしさを感じていた。

 今まで組織が作ってきた戦士の中でも、何もかもが他とは違い、様々な意味を持つ特別な存在。

 

 どんな命令だろうと不満を言わずに実行し、無駄なく完璧に達成する。

 それでいて総合的な実力も高く、優秀な妖気感知能力を有し、また、当代で二人目の()()()()()()()()()()()()()()

 鼻と目が効かないにも関わらず、速度、力、技術、反応、任務に対する意欲に至るまで全てが並み以上であり、それ以上に特異な力も兼ね備えている。

 淡々と敵を狩り続けているその姿は、敵味方問わず畏怖の念を与え、元戦士であろうと妖魔と同様に感情なく斬り殺す。

 実際、粛清目的以外で戦士の前に顔を出したことなどほとんどなく、出会った対象は皆例外なく、文字通りの終焉を迎えることになった。

 

 それは妖魔狩りという使命を持った戦士の、ある意味完成形。

 組織にとって最も信用しており、最も使い勝手がいい、そして最も警戒している戦士。

 

 

 

 歴代最強の力と、最高の性能を持った〝組織の目〟

 

 組織の戦士No2。

 名を――――〝終焉〟のイルミルナ。

 

 

 ……その実力は、リヒティに匹敵する。

 




次はまた少し期間が空く可能性があるので気長にお待ちください

どうでもいいけど、組織の連中って絶対老衰しないようにダーエ一歩手前程度の肉体改造ぐらいは施してあるんだと思う
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