三つの軌跡   作:大猫子猫

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始動

「グギャアアアアアアアアァァァァァァァ!!」

 

 昼過ぎの小さな町の片隅。

たった今斬った妖魔が汚い断末魔をあげて崩れ落ちる。

 対する私は傷一つ負わず、返り血一つ付けていない。ただ何の感慨も湧かずに、事切れた肉片を見つめている。

 

「す、すげぇ! あのクレイモア、妖魔を一瞬で倒したぞ」

「あ、ああ。妖魔がこんなに簡単に……」

 

 周囲から様々なざわめきが聞こえ、それと同時に多くの視線が私に突き刺さる。

 歓喜や安堵、驚愕や狼狽。……そしてそれらを超える畏怖と侮蔑の念。

 今ではすっかり馴れ切っているそんな気持ちの悪い空気を肌で受け止め、いつもの定型文を口にする。

 

「……仕事は完了。報酬金はあとで黒服の男が現れるからそちらへ」

 

 もう何度も何度も言い飽きた台詞。

 さっさと帰ろうとする私を慌てたように住民が呼び止める。

 

「あ、お、お待ちください! もう出て行かれるのですか? 長旅で疲れたでしょうし少しはゆっくりしていってもらっても結構ですぞ! ……それにあなたが言う黒服の男もちゃんと本人かどうか確認してもらいたいと――――」

「必要ない。もし人を間違えたとしてもそれはそちらの落ち度、私には関係ない。――――それに忙しいの。ゆっくり足を休めている余裕もないわ」

「……う、あ…………」

 

 自分でも驚くほど無機質に、そして冷ややかに目線を向けると、怯えたような表情をし、それ以上何も言ってこなくなった。

 せっかくの誘いを無下にしたことか、それとも私の態度か、……いずれにせよ周りの負の感情が強まるのを感じるが、そんなのはどうでもいい。どちらにせよ好意的な感情など向けられないのだからどっちでも同じだ。

 ……私は無意識に歩く速度が速まっていることに気付く。

 次の仕事場に急いでいる、という理由以上に早くあの場から離れたかったからだろう……。

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

「――――次の目的地は、ここから大体東に四日ってところかな? ……で、次がそこらか南へ二日ほどで……いや、先にナガルの町へ向かったほうが…………あーもうっ! 頭がくらくらする!」

 

 さっきから数枚の依頼状を照らし合わせて、どの順番で仕事を行うのが一番効率がいいのかという計算で悪戦苦闘している。混乱して頭が痛くなるほど。

 そもそも、こんな複数の依頼を一度に渡す、なんてやり方がおかしい。

 通常なら一件一件に担当の男が現れて、次の仕事内容を説明する。

 こんな丸ごと一篇に渡して、あとは全て丸投げ。なんてやり方どうかしてる。

 そんな組織の雑な対応に腹が立ちつつも、心の奥では、それもしょうがないな、と諦めている自分がいる。

 忙しいのは事実なのだ。文句を言ってもどうしようもない。

 それに文句を言う相手を指すなら、それは組織ではない。……これは自分の先輩たちの失態の後始末なのだから。

 

 

 

 事の始まりは数世代前にさかのぼることになる。

 その時代、組織にとっては、まさに〝暗黒期〟とも言えるような状況だった。

 

 当時のNo1――――〝愛憎〟のロクサーヌの暴走。

 

 前任のNo1であるカサンドラにとどめを刺して、No1になった後、彼女が行ったのは、これまでと同じように特定の個人を追い求めることではなく、……自身が才を感じる者たちと交流を持つことだった。

 一桁ナンバーから始まり、才能や伸びを感じられる下位ナンバー。挙句の果てには訓練生にまで手を出していた。

 

 当時は皆気味悪がりながらも、決してロクサーヌを拒絶することはなかった。

 不気味な噂が付きまとっているといっても相手はNo1。仲良くなる利点のほうが遥かに大きいと考えていたのだろう。

 そして彼女に見初められた者は――その交流から長くて八ヶ月。

 

 わずか最長で八ヶ月後に(・・・・・・・・・・・)例外はなく皆絶命している(・・・・・・・・・・・・)

 

 証拠はなかった。現場も正確にはわからない。そもそも死体もなく、行方が分からず生死不明の者もいる。

 ただ共通することは、死んでいったのはロクサーヌが興味を失ってしばらく経ったという一点のみ。

 声を上げずとも、誰しもがロクサーヌに疑惑の目を向けていた。

 一桁ナンバーの七割が死亡、または消息不明になった頃。ついに組織が直々にロクサーヌへ警告を出した。

 だが、その時彼女は笑いながらこう言ったという。

 

『あら、どうして私を疑うのかしら? そもそも私には殺す理由もないし関係のない話よ。……ほら、好きな子が嫌いになった時ってどうでいい存在になるの。そういうのはよくあることでしょう?』

 

 関係者の不可解な死を除けば、彼女は有能であり飛躍的従順な戦士だった。

 扱いにはひどく困っているが、非常に優秀な戦士。組織としてはそんな認識。

 証拠が挙がっていない以上、簡単に切って捨てるわけにもいかず、……いや、そもそも彼女を止めることができる者など存在しなかった。

 

 結局。

 人材を死なせることは確かに邪魔にはなるが、使えるのも事実。次世代への課題を練りながら、その間だけロクサーヌを使い続ける。という結論に落ち着いたらしい。

 噂は広がっていたが、逃げようが拒否しようが、訓練という名目で剣の斬り合いをさせ、そしてそのほとんどがその場で命を落とすという〝事故〟が起きる。

 様々な人間に近付き、そしてそのたびに死んでいく。彼女はまるで死神のような存在だった。

 

 やがて興味を感じる者すべてが消え去った時。

 

 

 ロクサーヌは――――――――自分に剣を突き立て自害した。

 

 

 まるで見るべきものを失ったこの世界を見限ったかのように。なんの躊躇いもなく。

 

 組織はひどく慌てた。

 使える者は全て死に絶え、完全にロクサーヌ一点頼みだったのにも関わらず、そのロクサーヌが何の前触れもなく自害したのだから。

 急遽、下級戦士、訓練生、全てをかき集めて、編成を行った。

 しかし、才能ある者のほとんどが死んでいる中、急ごしらえで作った組み分けはガタガタ。

 結果、新編成の戦士の多くが、任務中に死亡するか、覚醒するという最悪の事態に陥ってしまった。

 そうした事態に対して、組織は一つ苦肉の策を弄する。

 

 それは――――覚醒者討伐などの高難易度任務の一時凍結。

 

 死亡率の高い任務をなくすことで、戦士の生存率を高め、その間戦士の熟練度の底上げといった育成期間に使う。

 ……それはすなわち、長期間、覚醒者及び、大量の妖魔の集団でさえ完全に野放しされるということ。

 その期間中に、黒の書も間に合わず覚醒してしまった戦士もいるが、その処理すら、命ぜられることはなかった。

 

 一、二世代前にその凍結は解除されたが、ロクサーヌ死亡からその間までに覚醒してしまった戦士の数は――――三十を有に超えている。

 激増してしまった仕事量は私たちの代まで影響が続き、時々依頼が集中してくる場合には、こうして複数の仕事を一気に渡すというやり方が行われているのだった。

 

 文句を言う対象が、顔も知らないすでに死んでしまっている相手というのは非常に困りものだ。こうして少し愚痴をこぼすことしかできないのだから。

 

 

 

「……やっぱり南へ向かうかな。少し遠回りになるけど、そのルートだと山越えも少ないから少し楽かもしれないし」

 

 なんとか向かう方向を決めた私は、さっそく歩き出す。

 遅めにつく町には、可愛そうだが我慢してもらおう。頼み込んでいるのは皆同じだ。なら平等に、こちらの手順に合わせてもらわないと。

 ――――それに、どうせどこが早くてどこが遅くても、向けられる感情に変わりはない。

 

「アエラ」

 

 不意に、一つの声に呼び止められた。

 その声はある意味では馴染み深い声で、私の担当の黒服の声だった。

 

「……どうしたの、今次の町へ向かっているところだけど。……それともなに? さっきの町の連中が報酬を渋りでもした?」

「いや、問題ない。金ならこの通り」

 

 そう言って、男は報酬袋を持ち上げた。

 

「……仕事だ。ここから西にあるコムーネという町へ向かえ」

「仕事って……今この紙の束を片付けようとしているところなんだけど」

「最優先の緊急の任だ。それらはすでに他の者へ任せてある。だからお前はそこへ行くことだけを優先しろ。早く行け」

「……なにがあったの?」

「現地につけばわかる。今は時間が惜しい。ぐずぐずするな」

 

 そう言いたいことだけを言って、男はどこかへ消えていった。

 聞きたいことは山ほどあったが。……まぁ現地へ着けばわかることだろう。

 方向を西へ変更し、そのまま進むことにした。

 

 

 

     ◇◇◇

 

 

 

 二日ほどかけてようやく町に到着。

 郊外で見つけた組織の者に連れていかれ、一件の大きな宿へ。

 結構な規模の部屋に案内され、中に入るとすでに四名の仲間がおり、さらにその中に見知った顔があったことに驚いた。

 

「あれ? レイティア?」

「……アエラか。まさかお前まで来るとはな」

「それはこっちの台詞よ。……というか、もう四人集まっているのに、なんで私が呼ばれたの? 覚醒者狩りじゃないわけ?」

「そんなのはこっちが聞きたい。指令が来るまで待機、の一点張りだ。そもそも何の集まりかさえも聞かされてはいない」

 

 さすがに少し困惑する。

 通常の覚醒者相手だったら、ここにいる四人だけで十分のはずだ。

 それなのに今回集められた人数は五人……いや、今の説明からするとまだ増える可能性があるだろう。それに一桁、その中でも上位に位置する者が二人(・・)も。……一体どういうことなんだろう。

 

「アエラだと……? ということは、こいつがあの〝最強の矛と盾〟か。そんなやつを送るだなんて組織も随分と羽振りがいいな」

「……なにその恥ずかしい異名、初めて聞いたんだけど。……そういうそちらは何者?」

「ああ、わりぃ自己紹介が遅れた。あたしはシンディー。ナンバーは15だ。これからよろしく頼む」

「こちらこそよろしくね。――で、そっちの二人は?」

「……クラリッサ。ナンバーは19」

「シャーリーと言います。ナンバーは26です。因みに我々全員異常食欲者狩りは経験済みですよ」

 

 10番台二人に、20番台一人。おまけに全員が覚醒者との戦闘経験があるときたもんだ。確かに羽振りがいい。

 さて、一体これから何が始まるのやら……。

 

「顔見せは済んだか?」

 

 すっぽりとフードを被った黒服の男が入ってきた。傍らには一人の戦士を連れてきている。

 

「あら、また増えた。一体何人連れてくるの?」

「これで最後だ。以降、この六名で任務にあたってもらう」

「ほう、ようやくか。ではさっそく聞かせてもらおうかな。その任務の概要とやらを」

 

 レイティアがイラ立ちも隠そうとせずに食って掛かる。……先ほどの言葉から察するに、もしかしたら相当に日数を待たされたのかもしれない。

 いや、レイティアだけじゃない。大小の違いはあれど、他の三人も似たような心境のようだ。男から出てくる情報を、今か今かと待ちわびている。

 

 

「――――No5、カルナが死んだ」

 

 

 だがその出てきた情報は、決して無視できない衝撃を与えた。

 それは、単に一桁ナンバーが死んだというだけではない。なぜなら――。

 

「……おい、それは本当か? 降格したとはいえあいつは元No1(・・・・)だぞ」

 

 ――No1。組織の戦士最強の証。

 例え今は違ったとしても、そこに位置していたという事実はとても大きく。私たちにとっては絶対の象徴だ。

 それが敗れたという意味はどうしても受け入れがたいものとなる。

 

「確かにカルナはかつて任務中に左腕を失い、結果ナンバーを下げることとなったが、それでも元No1。その実力は確かなものとして残っていた」

「ああ、知っているよ。だからこそ不思議でならないんだ。……一体何があった?」

「……二週間ほど前に、一つの妖魔討伐の依頼が組織に提出された。調査の結果、覚醒者の可能性が高いとされ、カルナを筆頭にチームを組ませ、それを送り出した。構成は16、29、30」

 

 そこまでは通常の形式となにも変わりがない。構成メンバーもおかしなところはなく、通常の覚醒者相手だったら問題のないメンバーだろう。

 

「我々は読み違えていた。そこにいた覚醒者は一体ではなく……複数体(・・・)が群れを成して活動していた」

 

 それはまたしても予想外の情報だった。

 

「はぁ!? 覚醒者が群れを成す? そんな馬鹿な話ねーだろ!」

「だが事実だ。それも目撃者が言うには二体三体ではなく、もっと多くの個体が手を組んでいる。それによって部隊は壊滅した」

「なっ……」

 

 皆驚愕の表情をしている。私だってそうだ。立て続けに信じられないような情報を聞かされたんだ。頭の整理が追いつかないに決まっている。

 

「後の詳しい説明はこいつに聞け。今言った目撃者でもあり……今回の件での唯一の生存者だ」

 

 そう言うと、傍らに控えていた戦士が、一歩前へ出てきた。

 

「私の名はローレン。ナンバーは30。聞いての通り、先の戦いの生き残りだ」

「……群れた覚醒者といったな? それは本当か?」

「あぁ、すべて事実だ。……最初は並みクラスの覚醒者と聞かされていた。現場に着くと、確かにそいつはいた。……だが正確だったのはそこまでだ。実際には他にも複数体周囲にいて、しかもそいつらが仲間意識を持っていたんだ」

 

 ローレンの目が負の色を帯びてきた。心なしか、握っている手も震えてきているようだった。

 

「我々はそれでも必死で戦った! その結果何体かを倒すことには成功したんだ! ……だが、一人、二人と次々にやられて……ついに私と二人だけになった時、隊長は私に逃げろと言った。……逃げろ、お前は生き延びてこのことを組織に報告しろと。……そして私を逃がすために一人で敵を引き付けて、……そのまま……隊長は……」

「――ふん。……つまり貴様は、逃げるための囮を仲間一人に任せ、自分だけおめおめと逃げ帰ってきたというわけだ。無様だな」

「お、おい! クラリッサ!」

 

 その不躾な言葉に怒ることも、言い返すこともなく、より一層、ローレンの体の震えが大きくなり、悔しさが全身からにじみ出だしていた。

 

「――そうだ。私は卑怯者だ。私のせいで隊長が死んだようなものだ。……あれからずっと考えている。もっと何か方法がなかったのかと。……もっと他のやり方がなかったのかと……」

「気持ちはわかるが、罪悪感に浸るのは今度にしてくれ。今はこちらが優先だ。……しかし信じられんな。いくら複数体居たとしても、あのカルナがやられるとは」

「……ああ、確かに数は多かったが、そのほとんどが並みかそれ以下の覚醒者ばかりだった。連携も拙いもので、対処は飛躍的楽だった」

「ならなぜ?」

「……その中にとんでもなく強い個体が二体いた。おそらく、あの連中の頭目だったんだろう。……今思えば、他の奴らは雑兵のようなもので、主となる行動すべてはその二体が行っていたように感じる」

「その二体の特徴は?」

「一体は大きな人型で、もう一体は花のような形状をしていた。人型は男。花は女の覚醒者だ」

「男……? あのすみません。男の覚醒者ってなんですか? 覚醒者って戦士の暴走した姿を指すのだから女以外存在しないと思うのですけれど」

 

 シャーリーがおずおずと質問をするが……まぁこれは仕方ない。これが初めてだとすると当然の疑問だ。

 どうやら男を相手にすることに疑問を持っているのはシャーリーだけのようだが、別に恥じることでもない。経験なかったら知りえない情報だろう。

 

「男の戦士とは組織最初期に作られた者たちだ。最初組織は男で戦士を作ろうとしたが、妖力開放と同時に来る性的快楽に男では抗いづらく。そのほとんどが覚醒してしまうという結果になり、以後、戦士は全て女から作られるということになった。……そいつらは今でも多くが生き続けていて、今回もそのうちの一体だろう。……それもおそらくは一桁か」

「でもよくよく考えたら最初期の覚醒者って、今でも生き続けてるの不思議じゃない? 何十年も経ってるんだからさ」

「案外どうとでもなるかもしれないぞ? 長く生きてる分、より狡猾になるものだからな。生き残るための手段を色々と蓄えてきているということだ」

 

 なるほど、そういう考えもあるか。

 長く生きてる分知識が増える。なんていうのは特になかなかの説得力が……おっと、危ない危ない。

 

「まぁ、これで大体が理解できた。ようするにカルナが失敗したことの後始末でしょう? 強い個体もいるわけだからそれなりに戦力を投入して」

「この人数も複数体相手にすることへの警戒からか。……だが複数の覚醒者相手だったらこの人数でも少し不安に感じるな、正確な数はどれほどだ?」

「約四、五体ほどだ。だが、ローレンが報告したように二体を除いた個体は全て小物だ。ならばこのメンバーでも達成できる可能性があると判断した」

「可能性ねぇ……。ねぇ、もし私たちが失敗したらどうなるの?」

「その場合はNo1か2を投入する。お前たちとの戦闘で幾らか数が減るだろうから容易だろう。どちらにせよ討伐は達成されるから安心しろ」

「……まったく、ありがたすぎて涙が出てくるわね」

 

 これで聞きたいことは全て聞き終わった。

 緊急の任というだけあって大ごとだが。……まぁなるようになるしかない。生き残るためには力の限り戦い抜くのみだ。

 

「もう質問はないな。では直ちに向かってもらう。場所は西の地ロートレク、ザコル山周辺だ。正確な位置は、ローレンが案内役を務める」

「みんなよろしく頼む。……仲間たちの仇を私は必ず討ってみせる」

 

 

「それではNo4、レイティア。No3――アエラ。お前たちがこのチームの頭だ。しっかりとこなせ」

「無論だ」

「了解」

 

 

 

 思えば、これがすべての始まりだった。

 水の流れは妨げられない。回った歯車は止まらない。

 後悔する気も、やり直そうとする考えもないけれど、それでも――――。

 

 それでも、もう少し違った行動をとっていたのなら、少しは違った結末になったのかもしれないと、私はどうしても考えてしまうんだ。

 




皆大好き百合百合でサイコパスなロクサーヌちゃんなら多分これくらいはやらかすんじゃないかなぁ?(適当)
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