魔眼を持った少年   作:ハンモック

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一限目 渚の時間

突然ですが皆さんは自分の担任の印象をどう思いますか?

 

そんな質問を唐突にされたとしよう。

僕がそれに答えるならば、

・全身が黄色

・触手がいっぱい

・たこのような見た目

・無駄に速い

そんなところだろうか。

 

え?どんな担任だって?

うん、まあ信じられないよね。

 

 

 

だって、僕らの担任は人間じゃあない。

月を破壊したという未知の生物だった。

 

 

そんな先生がなぜ僕らE組の先生になったかというと、

それは数週間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

E組への進級当日のこと。

 

E組へ続く山道を少し息を切らしながら歩く。

まだ春と言えど日差しはあったかいから少なからず汗はかく。

日陰を作ってくれる木々が唯一の救いだ。

不意に見上げた空。

視界に入る昼間ならではの白い三日月に、そういえば、と昨日のニュースを思い出した。

 

 

昨晩、たまたま付けたニュースの女性アナウンサーが、

 

 

【突然ですが、臨時ニュースです。

つい先ほど、月が七割がた蒸発し、失われたとの情報が~…】

 

 

そう言った。

 

画面の下に大大と書かれている"月が七割がた消滅"という文字を見て、

自分は何かミステリー番組とでも間違えたのかと思ったがそんなことはない。

どのチャンネルに変えようとそんなニュースばかりが流れ、僕は無理にでも信じざるおえなくなった。

 

 

「月が七割方消滅なんて…そんな非現実的なこと起こってもいいのかな…」

 

本当に起こったことなのだとしても、

一体誰がなんのために、何を思って実行するというのか。

そもそも人間の仕業なのかもわからない。

 

悶々と考えているうちについに隔離校舎の入口へたどり着く。

「旧校舎」と立札の置かれた校舎は、本校舎と比べ随分とボロく、こじんまりとしていた。

 

校舎に入れば下駄箱が在り、上履きに履き替えて教室へ向かう。

物音一つしない教室へ入れば、ほとんど生徒が揃っていた。

誰が誰かもわからないし、どこかで見たような顔もあった気がする。

けれど皆、一つだけ共通点があった。

 

誰も彼もが、暗く、悪い顔色で机の上だけを見つめている。

 

きっと実感しているのだ。

この旧校舎、この教室、この席に座った瞬間、

 

自分はもう、落ちこぼれなのだと。

 

 

席に座り、教室を見回す。

 

ボロいといっても、なんとなく手入れはされているような…?

本校舎の教師がわざわざそんなことをするようにも思えないが、

それは考えてもわからないことだ。

 

 

――――キーンコーンカーンコーン

 

 

この異常に重苦しい空間に軽快なチャイムが鳴り響く。

と同時に何やら複数の足音が廊下に響いた。

 

「(ん?なんだ?この音…)」

 

靴と床のぶつかる音のほかに、なにか異様な音が付いている。

水分を含んだ何かを床にたたきつけるような、そんな音。

 

疑問に思っていれば、教室のドアがガラリと開かれる。

 

 

その瞬間、ここで初めてクラスの心の声は一つとなった。

 

 

「「「「(…なんだあれ!?)」」」」

 

 

それは僕も例外ではなく…。

僕らE組の生徒の目線の先に存在するそれ。

 

黄色い顔、つぶらな小さく丸い二つの目、弦月型の口。

そして、服はきているものの、その袖口からでいるのは手でも足でもなくて…

 

 

「触手…」

 

 

誰かがぽつりとつぶやいた言葉が、しんと静まり返ったこの空間へ消えていく。

 

その形容しがたいものの後ろから一人の男性と一人の女性が現れる。

彼らはぴっしりとしたスーツを着用し、形容しがたいものの両隣へ立った。

ざわめく教室の中、僕は男性の方を見て目を見開いた。

 

 

「(あのときの人だ…)」

 

いつぞやのお礼を言えなかったあの男性だと、一目でわかるほど、彼のまっすぐな目は変わっていない。

向こうはこちらに気付いていないようで、背筋を伸ばしたままただ前だけを見つめている。

 

 

不意に、形容しがたいものがこう言う。

 

 

 

 

「初めまして、私が月をやった犯人です」

 

 

 

 

「「「「「…………は?」」」」」

 

目が点になる僕らなどお構いなしに、触手は言葉をつづけた。

 

 

「来年には地球も殺る予定です。君たちの担任になったので、どうぞヨロシク」

 

 

(((((………まず5・6箇所突っ込ませろ!!)))))

 

 

ずーん、と教室の空気が沈む。

 

それ以降、黄色いのは口を閉じ(たのかはわからないけど)、代わりに隣の彼が口を開いた。

 

「…あー、防衛省の烏間という者だ。まずは君たちにここからの話は国家機密だということを理解頂きたい」

 

彼は烏間というのか。

というかいきなりなにを言っているのだろう。

防衛省?国家機密?

別段それはそれ程驚くことではない。

月が壊されたのだというからそういった組織が動いてもおかしくないし…。

 

注目すべき点なのは、なぜそんな話を僕らにしているのか、だ。

 

 

「単刀直入に言う。

ーーーこの怪物を、君たちに殺してほしい」

 

 

今度は空気が重くなるなんてものではなかった。

 

空気が、凍りつく。

 

それはここにいる誰もが感じたと思う。

ブリザードで吹雪だ。

けれど前に立つ二人(+なんだかよくわからないもの)は平然とした顔で立ち続けている。

 

そもそも殺すとはどういうことなのか。

それこそ国がやればいい話であって僕らに話す必要などこれっぽっちもない。

そして僕らにメリットがあるとは到底思えない。

 

僕の思考を読んだが如く、烏間さんはまたも爆弾を投下した。

 

「あと、これは国からの正式な依頼だ。だから報酬も出る」

 

「報酬?因みにどんな感じですか?」

 

「この暗殺が成功したら100億、国が支払う」

 

「ひゃっ…」

 

 

―――――100億⁉

 

「そうだ。この暗殺に成功すれば冗談抜きで地球は救われる、それを考えれば妥当な額だろう」

 

騒然とする教室に、烏間さんは「何を当たり前なことを…」という顔をするが、僕たちにとって100臆など想像もできない大金だ。

けれど言っていることは正しかった。

それほど大きな働きなら、それに見合った報酬があって当然だ。

 

が、

 

何度も言うが根本的な話はそこではない。

 

なぜ一般人である僕らが、そこにいる「よく分からないものを殺して100億円を手に入れないか」という話を薦められているか、だ。

ますますわけがわからなくなって頭痛までし始めた頭を押さえていると、烏間さんはいつの間にかナイフを取り出し、それを僕らに見せる。

 

どうやらそれは本物のナイフではないらしく、ゴム製で出来たゴムナイフらしいが…。

そしてそれはあの触手にしか効果のないものらしい。

 

「…そして、君たちにはこのナイフと、もう一つこの素材で作られた弾が込められた拳銃でこいつを殺してほしい!」

 

 

びゅんっと風を切る音がして、烏間さんの手からナイフが消える。

どうやら烏間さんが触手に向かってナイフを投げたらしいが、触手はずれた位置でどこか馬鹿にしたように佇んでいた。

烏間さんの腕も相当なものだと思ったが、見る間もなく、それこそ瞬間移動のように後方に移動した触手もかなり手ごわいであろうことが伺える。

 

そんな僕たちが目を追いつけられていない内にも、烏間さんは新しく拳銃を取り出し発砲する。

 

けれど拳銃から発砲された球の先にあいつは居らず…変わり烏丸さんの後ろにのんびりと移動していた。

 

 

 

 

爪切りをもって。

 

 

 

……えっ?

 

 

 

「あなたは少し爪の切り方が甘いようですね。その証拠にヤスリを使っているのは分かりますがそれでもまだ角々しい所が残っている」

 

 

 

…え?

 

 

 

「…この通り、こいつは素早い。狙いを付けて撃ったと思って、気付けば背後に回られ手入れをされる。要するに、決して油断はするなということだ…」

 

 

何故手入れ…?全生徒がそう思う中、あいつは烏間さんの爪を切り磨き終えるその間なんと約2秒。

どこか虚ろな目をする烏間さんに同情せざるおえなかった。

 

マッハ20秒で動く怪物を倒すことなど、僕たちに出来るとでもいうのだろうか。

 

 

「では、後ほどこれらの武器を君たちに配布する。そして一つ、この隔離校舎外への持ち出しは原則として禁止する。繰り返すようで悪いがこれは国家でもトップレベルの機密だ、心してかかってくれ」

 

そうして出ていく烏丸さん達。

あの触手(…いや、もう先生と呼ぶべきだろうか)と僕らだけ取り残されたこの空間。

前の人から回された武器を後ろに回しながら思ったことはこうだ。

 

 

 

 

(なんだこれ…)

 

 

 

 

―――――と、まあそんな感じで月を破壊した未知の生物は僕らの担任になったわけだ。

 

 

 

 

今ではすっかり馴染んでしまい、僕らE組の生徒は先生を暗殺しようと奮闘している。

けれど今だ成功させた生徒は居ない。

 

 

(この一年で、殺すことができるのか…)

 

 

黒板に英語の文字を綴る先生を見る。

やっぱり謎は多い先生だし、なんで先生をやっているのかもわからないし。

でもやっぱり先生を殺さないと一年後に地球はなくなってしまう。

 

結果的に言うならば殺せばそれでいいんだ。

 

 

 

――――殺せば、それで…

 

 

 

「潮田 渚君」

 

「っ!?は、はい」

 

気付けば板書をしていたはずの先生があの食えない顔でこちらを見ていた。

しまった、と思う間もなく少し怒っているらしい先生は「ちゃんと授業を聞いてないとダメでしょう」と言う。

 

 

「す、すいません」

 

 

―――――キーンコーンカーンコーン

 

僕が頭を下げたところで授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

先生は気を付けてくださいね、と笑った(?)あと、「授業はこれで終わりです」と告げる。

そして何故か窓に近寄ったかと思うと、徐に窓を開け、振り返りながらこんなことを言った。

 

 

「先生、少し麻婆豆腐を食べるために中国まで行ってきます」

 

 

突然の突風。

思わず顔を覆い、風がやんだかと思うと先生はいつの間にか居なくなっていた。流石はマッハ20。本当に中国に行って食べてくるんだ。

乾いた笑いが口をつき、僕は脱力した。

 

 

 

 

 

お昼ご飯を食べ、特にやることもなく空を見上げる。

白く存在する三日月を見て、「ああ、本当に月って七割なくなっちゃったのかぁ…」なんて考えていると、突然名前を呼ばれた。

 

振り向けばクラスの不良的ポジションに存在する寺坂竜馬―――寺坂が立っていた。

その両脇には取り巻きである村松と吉田の姿もある。

 

「どうしたの?」

 

「暗殺の計画練ろうぜ」

 

指で校庭を指す寺坂の顔はあくどい笑みが溢れていて…

 

(何か悪いこと考えてるな)

 

などと一目でわかるほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

大人しく教室を出て付いていく。校庭脇にある階段に座った三人を階段の下に居る僕は自然と見上げる形になった。

 

 

「あのタコ、機嫌によって顔の色が変わるだろう?それについて調べとけって言ったやつ、ちゃんとやったか?」

 

人を見下す目。弱者と強者を見分ける目。

彼の目がいつまでたっても好きになれない。

少しの嫌悪感を感じながら、懐のメモ帳を取り出す。

 

「…舐めてる時の顔は緑のシマシマなのは知ってるよね。生徒の答案が違えば紫、合ってれば赤色、他にも昼休みの後は…」

 

「俺は知らなくて良いんだよ」

 

 

自分で聞いておいて!?

 

口元がひくつくのが自分でもわかった。

寺坂はそんな僕に気付かないのか、階段を降りてきて対先生用ナイフを突きつけてくる。

 

 

 

 

「作戦がある。アイツが一番油断している顔の時に、お前が殺りに行け」

 

 

 

 

―――――殺りに行け。

 

 

平然と、そう口にする寺坂に吐き気がする。

漠然と、胸の中にどん、と入ってきた多大な嫌悪感。

思わずメガネに触れた僕を、寺坂は胸ぐらをつかみ上げた。

 

 

「嫌とか言うんじゃねーだろうなぁ?あ?テメーも、俺たちも、あいつを殺して100億貰うしかこれから先生きる道なんてねぇんだよ!!」

 

こうやって、逆上しているこいつも何かに追い込められているのだろうかと感じると、下手な口が開けなくなって、僕は「わかった」と頷いた。

 

満足そうに笑った寺坂が変な小包を寄越す。

「しくじんなよ」と満足そうに笑う彼等を見送った。

 

 

「…どっちにしろ、試したいことがあったし、ね」

 

 

目の奥で、チリ、と熱い光が爆ぜる。

ぶちぶちと血管の千切れる音。

赤く、黒く、陽炎のようにゆらゆらと揺れる。

目の前の世界が赤一色になっていることで、僕は今、メガネを外しているのかと、実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは渚くん、一人でどうしたんですか?」

 

突然声をかけられ、「ぅわっ」と悲鳴をあげながらメガネをかけて振り向けば、先生が立っていた。

 

 

 

 

なぜか片手にミサイルを持って。

 

 

 

 

先生どうしてミサイルを持ってるの、などと聞く気にもなれず乾いた笑いが漏れる。

 

 

「…どうもしませんよ、先生」

 

「そうですか。では教室へ行きましょう。五時間目に遅れますよ」

 

先生の後ろ姿を追う。

っていうか、そのミサイルどうするの…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、お題に沿って短歌を作ってみましょう。ラスト七文字を、触手なりけりで占めてください」

 

五時限目、国語の時間。

 

皆からざわめきが起きる。

当たり前だ。どこの世界に触手について短歌を詠う余人が居るんだ。

戸惑う生徒たちのために、と例文を読み上げた先生は、出来た人から持ってくるように、と言う。どうやら書き終えるまで返してくれないらしい。

 

なんだ、好都合じゃないか。

この時間は先生が眠くなる時間帯。

教卓横の椅子に座って薄ピンクになっている先生を見て、目の奥が熱くなる。

きっと、先生はあの対先生用ナイフでは切らせてくれない。

なら、どうしよう。

 

 

―――――本物の刃物でいいんだ。

 

 

 

きっと効力はないんだろうけれど、少し、線をなぞれば(・・・・・・)それでいい。

 

 

ナイフを片手に席を立つ。

周りから戸惑いの声が上がるけれど、大丈夫。

なぞるだけ、なんだから。

 

――――先生の前に立って、

 

 

「おや?これはまた堂々とした暗殺ですね、渚君。

しかしそのナイフでは先生には効かないとわかっているはずでしょう?」

 

 

――――メガネを外す。

 

 

「渚君?」

 

 

先生を、先生の、先生が、先生で、

腹の底からこみ上げる何かに押されるように、ナイフを振りかぶって、それで――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ?」

 

ぱちり、と真っ暗な視界が開ける。

頭が鈍く痛む。

わけもわからず周りを見回すと、なぜか僕は保健室にいた。

 

 

「…?」

 

あのとき、僕は、ナイフを振り上げて…、それで…?

 

 

なにもわからないまま首をかしげていると、カーテンが開いた。

そこに立っていたのは先生で、いつものような何食わぬ顔でそこに立っている。

 

「おや、ようやく目が覚めましたか。体調の方はどうです?渚君」

 

「あ、えっと、平気です」

 

「そうですか、それはよかった」

 

「……、あの…先生、僕はどうして」

 

 

おそるおそるといった感じで尋ねる僕に、先生は事の顛末をすべて話してくれた。

 

 

―――あの後、ナイフが触れそうになった瞬間、すごい爆発音が響いたらしい。

先生は僕を庇うために脱皮をして助けてくれたそうだ。

何故そんなことになったのかというと、あの時、寺坂から受け取った小包には小型の手榴弾の玩具が入っていて、

寺坂はそれに対先生用BB弾を詰め込んで、それを爆発させたからなんだって。

寺坂達は怒った先生に叱られたらしいけど…自業自得だと思った。

 

 

「渚君、貴方も自分の体を大切にしなければだめですよ」

 

「…はい。すいませんでした、先生」

 

「ああ、それと、」

 

「?」

 

 

「私の呼び方は、今日から殺センセーになりましたので、ヨロシクお願いします」

 

 

「ころ、せん、せー?」

 

「はい。殺せない先生で、殺センセーだそうです。ちなみに、命名は茅野さんですよ」

 

 

茅野ってなんかずれてるよね。

ははは、と苦笑してベッドから立ち上がる。

赤い夕陽と、静まり返った校舎から、きっともうみんな帰ったのだろうと思った。

 

「――――渚くん」

 

「はい」

 

「あまり、無茶はしないように」

 

 

はい、と返事をして保健室を出る。

 

 

 

 

 

 

 

――――――今度は、いつ試そうか。




終わり方…
一日で5000文字は初執筆の私にとって苦悶でした…
でも楽しかったです。

※お気に入り登録ありがとうございました。
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