魔眼を持った少年   作:ハンモック

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二限目 野球の時間

水の跳ねる音が耳をつく。

 

先ほどまで教室に居たはずなのに、どうして僕は真っ白い場所に立っているのか。

けれどその感覚は主観ではなく、どこか客観的な感覚に近かった。

きっと僕には今の状況が理解できていないんだ。

 

そう結論付けたところで、足元が真っ赤に染まっていることに気付く。

これはきっと夢なんだ。

そうじゃないと、

 

――――僕の目の前に僕が倒れているなんてこと、あり得ない。

 

夢なのか、そうなのか。

なんだかフワフワしていて思考が定まらない。

考え事をしている間にも赤い液体が腰らへんまで溜まる。

倒れていたはずの「僕」も、いつの間にか立ち上がって、僕を見ていた。

「自分」の目を見て僕は思う。

 

 

なんて、怖い目なんだろう…。

 

 

青く輝く目の中には、瞳孔の輪郭をなぞる様に一つの赤い線がある。

まがまがしく輝くその目は、どこか楽しんでいるように歪んでいて…、

何故か、殺されるような気分になった。

 

 

「どうして、僕を殺したの?」

 

 

何を言っているんだろう、殺そうとしているのはそっちだろう。

 

 

言葉は声にならず、僕は赤い液体の中に沈む。

溺れる、溺れて、僕は―――――、

 

 

 

 

 

 

死  ぬ  ?

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

あまりの息苦しさに視界があける。

白くぼやける視界のまま、僕はやっと気づいた。

 

どうやら、授業中に寝ていたようだ。

そして口元にまとわりつく、黄色い触手。

 

「…ふぁにふぁっへるんへふか…」

 

「授業中に居眠りとはいただけませんねぇ、授業はしっかり聞かないとだめですよ?渚君」

 

どうやら僕を起こすために、鼻と口を塞いでいたらしい。

殺先生は意外と悪戯好きのようだ。

殺先生はどこか満足そうな顔をすると、黒板の方へ戻っていった。

「うー、」と少し赤くなった鼻をこすっていると、隣にいた茅野がクスリと笑うのが視界に入る。

 

「…なんで笑うの」

 

「ご、ごめん…。でも、渚が授業中に寝るなんて珍しいね?」

 

「…うん」

 

 

自分で言うのは何だけど、僕はまじめな部類の生徒だと思う。

授業中にお喋りなんてほとんどしなかったし、

ノートへの落書き、ましてや居眠りなんてまったくだ。

だから、こんな風に居眠りをしてしまうなんてこと、初めてだった。

 

「(しかも変な夢を見るし…)」

 

本当に、なんであんな夢を見てしまったのだろう…。

 

 

――――――……?

 

 

そこでハタと気付いた。

 

「(あれ…)」

 

僕は、どんな夢を見たんだ?

 

数秒間静止し、考える。

けれど、どんなに頭を捻っても、夢の内容がまったく思い出せない。

まあ、それほどどうでも良い夢だったんだろうな。

結論付けたところで、茅野が僕を小突いた。

 

「?」

 

「ね、渚、杉野、今朝暗殺失敗したんだって?」

 

「うん…」

 

返事をしながら、僕は今朝のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、HRの前に校舎裏の山道でくつろぐのが先生の日課だ。

僕と杉野は、そんな僕の情報に沿って、その通りにくつろいでいる先生を、木の陰から盗み見ていた。

 

「お前の情報通りだ、サンキュー。」

 

「うん、頑張ってね、杉野」

 

提案者は杉野で、そのくつろいで油断している瞬間を狙うつもりだ。

杉野が得意げな顔で取り出した野球ボールには、対先生用のBB弾が満遍なく埋められている。

何故野球ボールかと問われれば、それは杉野が野球を好きだからだ。

昔は野球部にも所属していたらしい。

 

「おう!百億円は、俺のものだ」

 

杉野が、その場で先生を狙って野球ボールを構える。

大きく振りかぶって…、

 

―――――投げた。

 

 

「おはようございます」

 

「っ!?」

「なっ」

 

投げたはずのボールが届く前に、後ろからの突然の声に僕らは息を呑む。

慌てて後ろを振り返れば、そこには先ほどまで椅子に座っていたはずの先生が何食わぬ顔で立っていた。

 

「さあ、挨拶は大きな声で」

 

「え、えぇ、えっ!?」

「お、おはようございます。殺先生」

 

戸惑う僕の目線の先にあるのは、先生よりも、先生の触手にはまったグローブと杉野が投げたはずのボールだった。

 

「ああ、これはですねぇ、先生にボールが届くまで暇でしたし、直に触ると先生の細胞が崩れてしまう。

そんなわけで、用具室までグローブを取りに行ってきまし。」

 

ずががーん、と杉野に多大なショックが走る。

流石マッハ20で動く超生物。

その馬鹿にした緑色の縞模様が腹立たしいです。

 

「殺せるといいですねぇ?卒業までに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それからあいつ、すっかり元気なくして…」

 

僕らの目線の先に、重い溜息を吐く杉野が映る。

余程ショックが大きいのだろう。

 

「あんなに落ち込むこと無いのにね。今まで誰も成功してないんだから」

 

結局、そういった気持ちは、やった本人以外理解できないことなんだろうと思う。

けれど、あの先生を殺すことができる人なんて、存在するのだろうか。

 

そんなことを考えていると、殺先生がちらりと何処かへ視線を向ける。

そして、黄色い触手が教室の後ろの方へ走り抜けた。

 

「!?」

「菅谷くん」

 

低い声で菅谷を呼ぶ先生の手元には一冊のノート。

一体、どうしたというのか。

クラス全員がはらはらと緊張する中、先生は「惜しい」と軽快な声を上げる。

 

「先生はもっと、しゅっとしお顔ですよ」

 

先生が見せるノートには、菅谷の落書きに書き足された(先生曰く、)しお顔の先生が居た。

 

「どこが!?」

 

前言撤回、今にも殺せる気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、先生はいつもと違って早めに帰って行った。

なんでもニューヨークにスポーツ観戦してくるそうだ。

「先生もたまにはお土産買ってきてくれたらいいのに」と言う倉橋さんを筆頭に、喋りだしたクラスメイト達に苦笑しながら教室を出ようとすると、いつの間にそこにいたのか、いつかの烏間さんが立っていた。

 

「あ、烏間さん」

 

「どうだ、奴を殺すような糸口は掴めそうか?」

 

「糸口…」

 

一気にクラスの空気が重くなる。

 

はっきり言って、そんなものは未だに掴めていない。

確かに皆、先生を殺そうと奮闘はしているけれど、はっきり言って今の環境を楽しく感じている部分もある。

そんな僕らと違って、防衛省の人たちは殺先生の暗殺を急いでいるのだろうか。

誰もが言葉に詰まる中、ほっそりとしたガラ悪い系女子の狭間さんが口を開く。

 

「っていうか、あたし達、E組だし…?」

 

狭間さんのセリフに、磯貝くんも「無理ですよ、烏間さん」と苦い顔をした。

口々に無理だと告げる生徒に、烏間さんはああ、と頷いた。

 

「そうだな、どんな軍隊にも不可能だ」

 

そのセリフに同意を求めるクラスメイトに、烏間さんは「だが、」と言葉を続ける。

 

「君たちにはそのチャンスがある」

 

「えっ」

 

「奴はなぜか、君たちの教師だけは欠かさないんだ。

タイムリミットは来年の三月。奴は必ず地球を爆破する。削り取られたあの月を見ればわかる通り、そのとき、人類は一人たりとも助からない。

奴は、生かしておくには危険すぎる。

この教室が、奴を殺せる唯一の場所なのだ」

 

 

その一つたりとも間違いのない言葉に、僕らは言葉を失った。

殺先生と日々を共にする僕らには、全世界を救うヒーローになるチャンスが与えられている。

けれど、わからないことだらけだ。

先生が地球を壊す意味も分からない。

先生が僕らの担任をする意味も分からない。

 

 

―――――ああ、わからないことだらけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の昼休み、ふと課題を提出していなかったことを思い出した。

 

「やばい、課題提出しないと…」

 

急いで教室を出ると、廊下の窓から殺先生と杉野が一緒にいるのが見えた。

 

「…何話してるんだろう?」

 

ちょっとした好奇心もあって、二人のもとへ走る。

裏庭へ続くドアを出た瞬間、目の前の光景に目を見張った。

 

「か、」

 

 

―――――絡まれてる!?

 

殺先生の触手によって、杉野が凄いことになっていた。

いや別にそういう意味じゃないから。

 

そんなことを考えている場合ではないと急いで二人に近寄る。

 

「何してんだよ殺先生!」

 

「ヌルフフフフ…、杉野君?昨日見せた、癖のある投球ホーム。

メジャーに行った有田投手を真似ていますね?」

 

「!!!」

 

野球に詳しくない僕には何の話かさっぱりだが、杉野の顔色からしてどうやらその情報は当たっているらしい。

 

「でもね、触手は正直です。有田投手に比べて、君の肩の筋肉の配列は非常に悪い」

 

「っ…、どういう、ことだよ」

 

「君の体では、彼のような剛速球は投げられません。

どれだけ有田選手のまねをしても無理です」

 

それは、今までそうして頑張ってきた杉野への、完全な否定だった。

絶望的な顔をする杉野に、僕は思わず口を開いていた。

 

「なんで?なんで、先生にそんな断言できるんだよ。

僕らが、落ちこぼれだから?エンドのE組だから?」

 

勢いの乗った口は、止まらない。

 

 

「やっても無駄だって、そう言いたいの!?」

 

叫んだあとで、熱くなった頭から温度が消えた。

荒げた言葉に少し早い息を吐く。

 

先生は僕の言葉に対して、顔色をかえるわけでもなく、

 

「そうですね、なぜ無理かと言うと…、

 

 

 

昨日本人に確かめてきましたから」

 

 

そう言ってアメリカの新聞紙を取り出した。

新聞の見出しには、大きく有田選手と彼に絡みつく先生が映っている。

 

 

 

「「確かめたんならしょうがない!?」」

 

 

サインも貰いましたよ?と言って見せられた色紙には「ふざけんな触手!!」とだけ書かれていた。

先生涙目になってるけどそれ当たり前だよ!

そんな状態でサイン頼んでもまともなこと書いてもらえないよ!!

 

脱力してため息が漏れる。

隣から、「そっか」となんだか落ち込んだような声がして、思わず杉野を見た。

 

「やっぱり、才能が違うんだな」

 

そう呟く杉野を見て、僕はなんとなく殺先生の言いたいことがわかった気がしたんだ。

違うんだよ、杉野。

才能とか、そういう話じゃなくて―――――。

 

 

「一方で、肘や手首の柔らかさは、君の方が素晴らしい。

鍛えれば、彼を大きく上回るでしょう」

 

 

杉野には、杉野に合った、やり方があるんだよ。

「君に合った暗殺の才能を探してください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の、才能かぁ」

 

ぽつりと杉野は呟く。

けれどその顔は、まるで新しい何かを見つけたように、きらきらと輝いていた。

杉野の笑顔を見て、自分の顔も綻ぶのがわかる。

校舎に戻っていく先生を思い出して、僕は急いでそのあとを追いかけた。

 

「殺先生!!」

 

「ん?」

 

「まさか、杉野にアドバイスをするためにニューヨークへ…?」

 

「もちろん。先生ですから」

 

「や、普通の先生はそこまでしないよ。

ましてや、これから地球を消滅させようとする先生が…」

 

僕の言葉に、先生は何かを懐かしむような顔をして、なんだかいつもより穏やかな声で僕の名前を呼ぶ。

 

「渚君。先生はね、ある人との約束のために、君たちの先生になりました」

 

「え?」

 

「私は地球を滅ぼしますが、」

 

気付けば手元のノートが消えていて、高速で丸付けをする先生をみて呆気にとられる。

 

「その前に君たちの先生です。君たちと真剣に向き合うことは、地球の終わりより大切なのです」

 

「っ、殺先生…」

 

 

 

 

感動しながら手元のノートに視線を落とした瞬間言葉を失った。

 

 

 

 

「ノートの裏に変な問題書き足すのやめてくんない」

 

「にゅやっ!?」

 

「採点スピード誇示するのはわかるけどさぁ…」

 

「ボーナス感があって喜ぶかなと…」

 

「寧ろペナルティだよ…」

 

「そっ、そんなわけで、君たちも生徒と暗殺を真剣に楽しんでください?

ま、暗殺の方は無理と決まっていますがね」

 

そう言って馬鹿にした顔でペンを食べる先生に笑いしか出ない。

笑う僕に、不意に先生が「そういえば、」と声を上げた。

 

「昨日、とてもきつそうな顔をしていましたが?どこか体調が悪いんですか?」

 

「え?いえ、全然…」

 

「そうですか、ならいいのですが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――否定しながらも、視界の隅に赤が見えた気がして、僕は思わず眼鏡に触れた。




また終わり方…
今更なんですが実は私、漫画を持っていません。
アニメの二話では中途半端な終わり方なんですが気力が…
っていうかほぼ今回は変わったこと無かったですね。

※ブクマ、感想等ありがとうございました。
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