六時間目、小テストの時間。
問題を解いている最中のクラスの皆はその音がうるさくて仕方がなかった。
その音、というのは、
殺先生が触手で壁を叩く音である。
ぺたぺたぺたぺたと…、カルマ君の騙しうちにあって落ち込んでいるというのは分かるが場をわきまえてほしい。
遂に耐え切れなくなったか、岡野さんが顔を鬼のように変貌させた。
「あああ!!もう!!ぷにょんぷにょん煩いよ!!!小テスト中でしょ!?」
よく言った、岡野さん。
「こ、これは失礼!!」
慌てて先生が姿勢を正す、
やっと静かになったかと思ったのもつかの間、後ろから寺坂とその取り巻き達の声が響いた。
「よぉカルマ!大丈夫かぁ?あの化けモン怒らせちまってよぉ」
「どうなっても知らねーぞ?」
「またお家に籠ってた方がいいんじゃなーい?」
挑発するような、馬鹿にするような声色の三人に気にした風もなく、カルマ君は首をかしげながら笑う。
「殺されそうになったら怒るの当然じゃん寺坂ぁ。しくじってちびっちゃった誰かの時と違ってさ」
「っ!!ちびってねーよ!!てめぇ喧嘩売ってんのか!?」
二人の仲裁に入る先生を見て同情を禁じ得ない…。
―――――チリ、
「っ!?」
突然目の裏に酷い痛みを感じて思わず両目を覆った。
なんだ、これ…
脳をかき回されているような酷い痛み。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいイタイイタイ痛いいたい痛いイタイいたい痛い。
頭を押しつぶされているようで、
頭を切り離されているようで、
頭が、
あた、ま
が、
いた
い
あまりの痛みに耐えきれず、僕の意識は闇に呑まれた。
「……」
ふと目を開く。
あたりを見回せば、いつぞやの保健室に居た。
心地よい風と共に赤い夕陽が室内を煌々と照らす。
「あ、目、覚めた?」
しんと静まり返った保健室で声が響いた。
横に視線をずらせば、赤い髪の少年が立っている。
―――――誰?
そう言いかけて何を言っているんだと思った。
彼は赤羽カルマ。
僕は潮田渚。
なんだ、それだけのことか。
「どうして、カルマ君が?」
「あー、俺は渚君に聞きたいことがあってさ、放課後も誘おうと思ってたんだけど、六時間目急に倒れるから吃驚したよ。
渚君ってなんか体弱かったっけ?
まあちっさい体だとは思うけど」
なんて失礼なことを言うのだろうと。
怒る前になんだか笑えて、クスリ、と笑ったらカルマ君が大分良いみたいだね、とぼやいた。
なんだか考え込んでいるようで、どうしたのか尋ねる。
「…んー、渚君って、そんな目の色してたんだな、って」
わけがわからない。
眼鏡は外れていても、目の色が変わることなんて無いはずなのに。
ズボンのポケットに入っている手鏡を取り出して、自分の顔を映す。
――――そこにはいつかどこかで見たような気がする僕が、居た。
駅に向かってカルマ君と二人歩く。
カルマ君の聞きたいこと、それは僕がメモする殺先生の弱点のことだったらしい。
特に隠す理由もないので全て教えたころ、僕らは駅のホームへ辿り着く。
タコとか言ったら怒るかな?と問うカルマ君にタコは先生のトレードマークだと教えたところで、こちらを嘲りながら話す二人の男子生徒に気が付いた。
僕が元居たクラスの、嫌な男子生徒二人だ。
「おいおい見ろよ、渚だぜ?」
「うわ、隣にいるのって赤羽カルマじゃん、
あいつすっかり馴染んでるし、もう俺らのクラスに戻るのなんて無理じゃね?」
「うっわ、マジ最悪。ほんと、死んでもあそこには落ちたくねーわ」
くすくすと笑う、彼等。
それを見てもなんの感情も浮かんでこず、カルマ君に向き直ったとき、彼はあの生徒たちの方へ歩き出していた。
その手にはいつの間に拾ったのか酒瓶が握ってある。
気付かずお喋りを続ける彼らに向かってそれを振り上げたかと思うと、
一気にそれを投げた。
――――ガシャンッ
鋭い音を立てて柱に当たった瓶が割れる。
「「ヒっ」」
「へぇ?死んでも嫌なんだ?じゃあ、
今、死ぬ?」
にこにこ笑いながら言う彼に、二人組は顔を青くして一目散に逃げていく。
カルマ君はそれを見ても面白そうに、けれどつまらなそうに笑うだけだった。
「ははっ、やるわけないじゃん。ずっと良い玩具があるのに、また停学とかなる暇ないし」
こちらに戻ってきたカルマ君は、本当に楽しそうで…。
彼はそういえば、と目を細めた。
「俺、すっごいくだんないこと思いついちゃったんだぁ」
「カルマ君、次は何企んでるの?」
「俺さぁ、嬉しいんだ」
ちゃんとした返答じゃない、いきなりなんだと呆気にとられる僕を振り返りながら、震える声で彼はぼやき続ける。
「あいつが、ただのモンスターならどうしようかと思ってたけど、案外ちゃんとした先生で。ちゃんとした先生を殺せるなんてさぁ、ふふっ、前の先生は…」
ベルを鳴らして、風を巻き上げながら、向かいの電車が通り過ぎていった。
「自分で勝手に死んじゃったから」
彼は、夕日を背にしてどこまでも嗤う。
翌日、心配性が激しい過保護な杉野に、「具合は大丈夫か」、「学校来ていいのか」と散々尋ねられながら教室に入って、僕らは静止した。
と、いうよりも教卓の上にあるものに目が釘付けになって動けないと言った方が正しい。
戸惑う僕らにふらりと近づいてきた人―――カルマ君は「渚君」と片手をあげた。
なんとなくはわかっていたが、これは彼の仕業だろう。
「え、と、カルマ君、これは?」
「んー、あの先生タコがトレードマークなんじゃないかって言ってたじゃん。
だからさ、タコの死骸でも置いとけばどうかなーって」
口元がひくり、と戦慄いた。
教卓の上で脳天から刺されて血を垂れ流すタコを見て血の気が引くのがわかる。
碌にコメントもできず自分の席に着いて、周りを見回した。
皆自分の机ばかりを見て、教室全体の空気が重苦しく、まるで進級日当日に戻ったような気さえしてくるほどだ。
カルマ君だけは楽しそうに鼻歌まで歌っている。
そして、始業を始めるチャイムが鳴った。
ガラリ、教室のドアが開けられ殺先生がやってくる。
彼はいち早くこの教室の空気の異常さに首を傾げた後、教卓を見て動きを止めた。
「あっ、ごっめーん。殺先生と間違えて殺しちゃったー。捨てとくから持って来てよ」
明らかに挑発する態度のカルマ君。
殺先生がどんな対応をするのか気になって、黙って見ていると、
先生は溜息を吐いてタコを持ち上げた。
そしてカルマ君の席の前まで来ると、突然、触手をドリル型へと変える。
「!?」
カルマ君も、これは流石に予想していなかったのか目を見開く。
次の瞬間、先生はいつの間にか、いつかどこかで見たミサイルを持っていた。
持っているのはそれだけではなく――――、
「(あれは…)」
「見せてあげましょうカルマ君。このドリル触手の威力を。
自衛隊から奪っておいたミサイルの火力を…!
先生は、決して暗殺者を無事で帰さない」
何をやっているのか速すぎて見えないが、先生は突然カルマ君の口に何かを突っ込んだ。
「!?あっつ!」
カルマ君が口から落としたもの、それは、
「たこ…焼き…」
「その顔色では、朝食を食べていないでしょう。マッハでたこ焼きを作りました。
これを食べれば、健康優良児に近づけますねぇ。はいあーん」
何食わぬ顔でたこ焼きを差し出す先生に、カルマ君はふざけるなという顔で睨みつける。
「カルマ君、先生はねぇ、手入れをするのです。
錆びてしまった暗殺者の刃を。
今日一日、本気で殺しに来るがいい。その度に先生は君を手入れする」
「くっ」
悔しそうに唸るカルマ君は冷や汗をかいていた。
喧嘩を売ったカルマ君。
そして、今、先生は確実にその喧嘩を買った。
暴力ではなく、手入れという形でカルマ君を迎え入れると、先生はそう、断言したのだ。
―――――その通りに事は運ぶ。
例えば一時間目の数学。
板書をノートに写していると、突然先生の触手が動いた。
「あー、カルマ君?銃を出して撃つまでの間が遅すぎます。暇だったので、ネイルアートを入れておきました」
どうやらカルマ君が銃で撃とうとしたらしい。
まあ失敗に終わったけど…。
そして四時間目、家庭科。
不破さんの班の料理を先生が味見しているところにカルマ君がちょっかいをかけて返り討ちにされていた。
ハート柄のエプロンと可愛いナプキンを付けられたカルマ君は悔しそうだった。
最後に五時間目の国語
言うまでもなくカルマ君は先生を殺せなかった。
先生に警戒されている以上、初対面の時のような行動はできないし、ましてや殺すなどもっての外だ。
放課後、裏庭の崖際に生えている一本の木に座りながら、カルマ君は気が立っているようだった。
まあ、無理もないと思う。
暗殺が失敗するならまだしも、あんなふうにあしらわれては余計に赤っ恥をかくだけだ。
カルマ君の後ろに立って、空を見上げる。
雲が満遍なく広がり、一雨来そうな空の色。
「カルマ君。焦らないで、皆と一緒にやっていこうよ」
気付けば、そんなことを口走っていた。
「殺先生にマークされちゃったら、どんな手を使っても一人じゃ殺せない。普通の先生とは違うんだから」
「…先生、ねぇ」
何かが引っかかったのか、カルマ君はぽつりと呟いて物思いにふけってしまった。
そして何かを思いついたかのように嗤う。
「やだね、俺が殺りたいんだ。変なとこで死なれんのが一番むかつく」
言い終えたところで、突然殺先生が現れた。
「カルマ君、今日はたくさん先生に手入れされましたね。
まだまだ殺しに来てもいいですよ。もっとピカピカに磨いてあげます」
「(先生…完全に馬鹿にしてる…)」
先生のセリフを聞いたカルマ君がどんな反応しているのか、気になって彼を見ると、彼は笑っていた。
徐に立ち上がり、
「確認したいんだけど、」
と、なぜか軽快な声を出す。
「殺先生って"先生"だよね?」
カルマ君が何を企んでいるのかがわからない。
――だけど、それは何かやろうとしているときの顔つきだ。
「はい」
「先生ってさぁ、命をかけて生徒を守ってくれる人?」
―――――。
「もちろん、先生ですから」
――次のカルマ君の言葉を聞いた瞬間、僕は彼が何をやろうとしているのか悟った。
「そっか、良かった」
―――!!!!
「なら、殺せるよ」
彼が取り出した拳銃は撃たれることはなく、彼はその体制で後ろに傾く。
あ。
声を漏らす間もなくカルマ君が消えた。
いつか、どこだったか、僕はそんな光景を、見ていた気がする。
落ちたのが誰だったのか、何故落ちたのかわからないけど、
落ちて、潰された彼は、彼女は、ぐちゃぐちゃに引き裂かれて、苦悶の表情を浮かべていた。
赤く染まっていく彼を見つめながら、何をやっているんだろう、この人、と、何も理解できないままで居た。
そして、彼の死を理解した瞬間…
僕は、"彼"を、殺したんだ。
「あ、あぁ、……」
目の裏がチリチリする。
視界が真っ赤に染まる。
あかく、くろく、なにもかもが入り混じって、…
やめて、やめて、
や
め
て
・
・
・
「渚君!!!!」
「っ…」
視界が赤からいつもの世界に戻る。
あれ…僕は…
不思議に思いながら視線をあげれば殺先生と怪訝そうな顔をしたカルマ君が立っていた。
その間に先ほどの刺々しい雰囲気はなく…、いつの間に和解したのだろう?
「大丈夫ですか?カルマ君を助けて上に戻ってきたら貴方が倒れているので吃驚しましたよ」
「え、倒れて…?」
「やっぱり、体調が優れていないんじゃ?」
「…いえ、大丈夫です」
これ以上先生を心配させるわけにもいかず、首を横に振った。
それでも心配そうな顔をする先生にカルマ君が言う。
「大丈夫だって本人が言ってるんだから。
それよりも、渚君。体調が大丈夫なら俺となんかメシ食いにいこーよ」
「えっ」
「今そこでお金拾ったんだぁ」
そう言ってカルマ君が懐から取り出したのは…先生の財布だった。
途端に言い合いを始める二人。
僕はふと、あることが引っかかってカルマ君を見た。
「ねえ、カルマ君」
「ん?」
「カルマ君、自殺願望でもあったの?」
「え、はは、面白いこと言うね渚君。殺先生っていう面白い玩具があるのに俺が死にたいなんて思うわけないじゃん。俺は殺先生を殺したかっただけだし」
「…そう、だよね」
「―――って、先生は玩具じゃありません!!!渚君も納得しないでください!!」
騒ぐ二人を遠目に、僕は崖っぷちにいるような気分になった。
さっき、カルマ君に質問した時に漠然と、何の支障もなくすんなりと入ってきた考え。
―――もし、カルマ君が死にたいと願うのならば…僕が…
かき消すように二人の輪の中に入る。
いくら騒ごうと、
―――――頭の片隅に、赤い何かがちらついた。
ばっさりわけまして。
だんだんと渚君の様子がおかしくなってきてますね。
不気味さを出そうと私なりに文章と戦っているんですが…
まるで手強いです。
やっぱり国語力って大事ですよね(奥田的感想)
※ブクマ、感想等ありがとうございました!