加えて、いろいろまとめたので一万字超えましたが、よろしくお願いします。
あと、これを書いているうちにタイトルが「再スタート」より「夢」のほうがしっくりくるなと思い変更しました。
それでは「最終奏」スタートです。
「…………」
「…………」
西木野家のリビングでは、少々気まずい雰囲気が漂っていた。その空気の発生源は、間違いなくリビングの中心にいる二人。テーブルを挟んで向かい合っている、真姫と真二だ。
あのあと、戦いが終わったことにより位相も元に戻り、真姫もすぐに目を覚ました。意思疎通も問題なく行うことができ、後遺症といったものも見受けられない。無事に戻ってきた娘に涙する父と母。もう絶対に離さない、といった意思を感じられる母の抱擁は、きっと忘れられないだろう。
そして、その場に漂う雰囲気を利用して、リヒトが親子の会話を設けることを提案した。もともと父親と娘の間にあった齟齬から今回の事件が発生したと言える。いい機会だから、親子で話し合ってみたらどうだ、との提案に、ふたりも思うことがあったのだろう。こうしてソファーを挟み対面することとなった。
しかし、お互いに不器用な性格であるためか、なかなか会話が始まらずにいた。
その様子を、呆れた様子でリヒトは見ていた。
ちなみに希は学校があるため、すでにこの場にはいない。リヒトはこの場を提案した者として、残っているのである。
「あらあら、まだ話し出せていないのね」
リヒトが呆れながらミルクティーを飲んでいると、学校へ娘が遅刻することを連絡するために席を外していた織姫が戻ってきた。
「もうずっとこんな感じですよ」
「まったく、まさかパパの不器用さがここまで真姫に移るなんて」
そう言いながら織姫はリヒトの向かいに腰を下ろす。母親としても娘がここまで不器用だと心配になってくるのだろう、昔はもっと素直だったのに、と呟きながら自分の分のミルクティーに口をつける。
リヒトは織姫のその姿に見惚れてしまった。以前、穂乃果の家に和菓子を買いに行った時も思ったのだが、なぜ自分の周りの女性は既婚者で子持ちなのにこんなに美人なのか? リヒトの母美鈴も(リヒトが記憶喪失のため他人と見ることができるので)美人の部類に入る。また、時折神田明神で見かけることりの母親、写真で見せてもらった海未の母親も美人だ。娘が美少女であれば母親は実年齢を感じさせない美女にでもなるのだろうか? そんな風に考えながら織姫を見ていると、
「ん? どうかした?」
リヒトの視線に気付いたのか、織姫はカップから口を放す。リヒトはしばらく見惚れていたことに気が付くと「いえ」と言って照れ隠しのためミルクティーを飲む。織姫に悟られぬよう視線を真二と真姫の方へ向ければ、互いに紅茶のカップを同時に口へと持って行き、固まっていた。そして、同時に口へと運び、同時にカップを置いた。傍から見れば息ピッタリである二人に、リヒトは苦笑いを漏らすしかなかった。
「もう、二人とも早く話したら? 真姫も学校行くんでしょ?」
織姫が聞けば、二人は同時に「わかってる」と言いリヒトは呆れを通り越して笑った。声を出して笑うリヒトに二人の視線が突き刺さり、リヒトはコホン、と咳を入れ視線を外す。
しかしこのリヒトの笑いが効したのか、二人の間に会った気まずい空気はやや解消された。
そして、同時に「あの」と切り出し、再びリヒトは噴き出す。
「ごめんごめん」とリヒトは謝る。そんなリヒトの様子を見た二人は互いに見合ってリヒトに呆れた。
リヒトは二人の間に流れていた気まずい空気がなくなったのを見ると、真姫へアイコンタクトを送る。リヒトからのアイコンタクトを受けた真姫は、ふー、と一息吐くと真二を真っ直ぐに見る。真二の方も真姫の雰囲気を感じ取ったのか、真剣に向き直る。
「……パパ、私の話を聞いてほしいの」
「……なんだ?」
「私は医者の道も、音楽の道も歩みたい。難しい道なのはわかってる。でも、私は患者の『心』も救う医者になりたいの。患者の体も、心も救う医者。それに私はなりたい。その為には『音楽』の力が必要なの。人の心に響く『音楽』が。だからお願い! 私に両方の道を歩ませて!!」
真姫はその拳を膝の上で握りしめ、真二の瞳を真っ直ぐ見つめながら自分の『心』を伝える。
『医者の道』と『音楽の道』を合わせ、『患者の「心」までも救う医者』になる。それが真姫の出した『夢の答え』だった。
最初は無理やりだった。真姫にとって『医者の道』と言うのは
だが、今回の一件で真姫は改めて自分の心と向き合った。
その結果、真姫にとって『医者の道』というのは『歩みたい道』に変わっていた。きっと火野茜との出会いが、一番の要因だろう。彼女のような人を助けたい、そう真姫は思うようになった。
だからこそ、真姫は悩んだのだ。二つの道で。
そして今回、真姫は二つの道を合わせ、歩むことを決めた。片方を選べられないならば、二つの道を選べばいい、両方つかみ取ればいい、何とも欲深い意思から真姫は自分の『答え』が出たのだ。
今の真姫にとって『医者の道』は
「…………」
真二は真姫の言葉を真摯に受け止めた。真姫の言葉を聞いた真二は腕を組み瞳を閉じる。
『医者』である真二は、『医者の道』がどれほど厳しいかわかっているつもりである。そこへ、さらに『音楽の道』を重ねようとしているのだ。自分が歩んできた以上の厳しい道になることは確かだった。
それ故、簡単には頷けない。
「…………」
真姫は真二からの返答がないことに、そして自分がいかに無謀なことを言っていることを理解しているのか、次第にその拳が震え始めていた。
「……私は、真姫の『夢』は応援したいと思っている。私も真姫の『音楽』は大好きだからな」
「……!」
「だが、その道は真姫が思っている以上に厳しいぞ? 医者になる以上に、とても大変な道だ」
「それはわかってるわ。だから──」
「──口では何とでも言える」
「────っ」
「人の心を救うことは、一番難しいことなんだ。ママもカウンセラーをやっていた時はいつも悩んでいた。人の心の寄り添い方に」
リヒトと真姫が織姫の方を見れば、静かに頷いていた。
「真姫は『音楽の力』で人の心を救おうと考えているのだろう。確かに音楽は素晴らしい、患者の心を救うのには有効な手段なのかもしれない。真姫の音楽の素晴らしさも、私は十分に理解しているからな。だが、具体的にはどうするのだ? どうやって患者の心を救う?
真姫の『夢』は素晴らしい、叶えばとてもすごいことだ。だからこそ、とても難しいのだ。その難しさを分かっているからこそ、簡単には頷けないのだ」
真二の言葉が重く真姫にのしかかった。真姫は自分の言ったことの無謀さ、そしてどれほど困難な道であるかを理解しているため、何も言い返せなかった。
真二の方もやや苦い顔をしていた。もちろん、先ほど言った通り真二は真姫の夢を応援したいしがんばれとも言いたい。娘の夢だ、応援したいに決まっている。
だが、それ以上に真姫の言う『夢』の難しさを分かっているからこそ、つい厳しく言ってしまう。
両者の間に再び重い空気が流れ始める。
真姫は何とも言い切れないくやしさから、真二は娘の夢を純粋に応援できない歯痒さから。
──それを見ていたリヒトは、椅子から立ち上がると、二人の元へと行く。
二人はリヒトの接近に気付き、そちらを向く。
リヒトは二人の元までやってくると、真二に向かって言う。
「要は、西木野が二つの夢を追うほどの力と実力があればいいんですよね?」
「……なに?」
「だから、西木野の音楽が『人の心にどれほどの影響を及ぼすか』と言う
「……まあ、それが出来れば、一番いいのだが……」
「なら、確かめる方法はあります」
リヒトは不敵な笑みを浮かべると、真姫の方へと向く。
そして、不敵な笑みを浮かべたまま、リヒトは告げる。
「西木野、穂乃果たちと一緒にスクールアイドルやろうぜ」
「────え?」
真姫の表情が驚きで染まる。
「スクールアイドルだよ。知ってるだろ?」
「そ、それはわかるわよ! なんで私がスクールアイドルを──」
「──スクールアイドルをやりながら医者になるための勉強をする。つまり、スクールアイドル=音楽の道、医者になるための勉強=医者の道。な? わかるだろ?」
リヒトに言われ、真姫はハッとした表情になる。
一方、真二と織姫は訳が分からず首を傾げ、リヒトに説明を求める。
「どういうことだ?」
「音ノ木坂学院が廃校の危機に瀕しているのは知ってますよね?」
「ああ、つい最近耳にした」
織姫も頷くことで肯定した。
「俺の友人が音ノ木坂学院に通ってるんですけど、そいつは学校の廃校を阻止するべく幼馴染二人を誘って、スクールアイドルを始めたんです。スクールアイドルで学校の知名度を上げ、廃校を阻止するっているでかい『夢』を叶えるために。そして、その『夢』を実現させるには西木野真姫の『音楽の力』が必要なんです。メンバーの中に素直な詩を書く作詞者がいるんですけど、そいつの歌詞を生かすには西木野の作曲の力が必要なんです。アイツらの最初の曲『START:DASH‼』は二人の力が合わさり素晴らしい曲になっていた。それを聞いて俺は思ったんです。西木野の力が海未の作詞の力と合わされば、本当に廃校を阻止できるんじゃないかって。もし、廃校を阻止できれば、それは西木野の作った音楽が『人の心に届いた』という証明になる。もちろん、それを表現するアイツらの力も関係してきますが……」
「…………」
「だからこそ、西木野もメンバーに入る必要がある。曲だけ作って『はい、終わり』じゃだめだ。 曲を作ったからには、そこに西木野が込めた
「音楽を表現する、難しさ?」
「そうだぜ、西木野。お前だって『想い』を込めて曲を作るだろ? なら、それを自分でも表現しなくちゃ。アイツらと一緒にダンスで表現する。これって、結構難しいんだぜ? それともあれか? 自分は演奏だけで表現できるから、そんな
挑発するように、試すように言うリヒト。今まで浮かべていた不敵な笑みから一転して、憎たらしい笑みを浮かべ見下すように真姫を見るリヒト。
真姫はそんなリヒトの視線を受け、ムスッとした表情を浮かべると勢い良く立ち上が、リヒトを見返しながら宣言する。
「そんなわけないでしょ! いいじゃない、やってやろうじゃない。私には演奏以外にも『音楽を表現する力』があるって見せて上げるわ!!」
「勉強が大変になるぞ?」
「構わないわ! むしろ、そんなことで成績を落としてちゃ、私に『夢』を歩む資格なんてないもの!」
真姫の宣言を受け、リヒトはニィと笑みを浮かべる。そして真二の方へ向き直る。
「つまり、スクールアイドルとして廃校を阻止するために活動しながら、『人の心に届く音楽』を学ぶ。さらに学校の成績は落とさず定期試験では常にトップに君臨する!! そして、学校の廃校を阻止できれば、西木野には『夢』を追う力があると証明できる。どうです? これなら、何の問題もないでしょ?」
確かにリヒトの提案通りの結果が生まれれば、真姫には『夢』を歩む力があるということになる。それに、音ノ木坂学院の廃校問題はかなり深刻なことになっているため、リヒトの友人たちが初めたスクールアイドルは短期間で結果を出さなければならない。
それはつまり早期に結果がわかるということ。
真二の考えでは、半年後には廃校か否かが決まると考えている。もし『廃校』となってしまった場合、それは真姫に『力』がなかったということ。そうなれば(親としては心苦しいが)真姫には『夢』を変えてもらわなければならない。
「私は良いと思うわよ」
真二より先に賛同の意見を言ったのは、こちらに歩み寄ってくる織姫だった。織姫は真姫の隣に立ち一緒に腰を下ろす。そして、膝の上に置かれた真姫の手を握る。
「大丈夫、真姫の音楽は必ず人の心に届く。いつも真姫の音楽を聴いていたママが言うんだもの、間違いないわ」
「ママ……」
不安げに自分を見てくる真姫の頭に手を置き優しくなでる。
織姫は真姫のコンクールにいつも来ていた。真姫が初めてコンクールに出場したときから、そして真姫の最後のコンクールの時も。さらに言うならば、真姫がピアノを始めた時から傍にいてくれたのだ。そんな人物から「大丈夫」だと言われたのだ。真姫の心に安心感が広がり「うん」と小さく答えた。
真姫の呟きを聞いた織姫は優しく微笑むと、真姫の頭から手を放す。
そして、真二の方へと向く。
「パパもリヒトくんにヤキモチ妬いてないで、素直に『頑張れ』って言わないと」
「俺にヤキモチ?」
リヒトは突然自分の名前が出され驚いた様子で声を上げる。
「そう、パパは君にヤキモチを妬いているだけなのよ。まったく」
呆れたように言う織姫に対し、真二はむすっとした表情で「なぜ奉次郎さんのお孫さんにヤキモチを妬かねばならんのだ」と言っている。一応その声はリヒトたちにも聞こえているので織姫に聞こえているはずなのだが、彼女は聞こえないふりをして続ける。
「ほら、真姫が昔誘拐されかけたことは知ってるわよね?」
リヒトは頷くことで織姫の問いに答える。
「その時に真姫を助けてくれたのが君なのよ」
「え? 俺が?」
「そう。忘れちゃったかしら? 聞いた話だと『てめぇら何やってんだー!!』って叫びながら子供なのに大人二人に突撃して行ったって。頭を三針縫う大けがをしながらも真姫を助けてくれたの」
そういえば真姫と(記憶喪失後)初めて出会ったあの日、奉次郎から知っている範囲内での『一条リヒト』と『西木野真姫』のことについて聞いた際に、奉次郎がややニヤ付きながら話していたのを思い出した。
しかし今のリヒトは記憶喪失。具体的には覚えていないため、いくら『一条リヒト』が関わっていたとしても『他人事』としてしかとらえれなかった。
「……すいません、俺、今記憶喪失で。詳しくは覚えていないんです」
「そう、少し残念ね。あの時のお礼、しっかり言えてなかったから言おうと思ったのだけど」
「すいません」
「謝らなくていいわよ。それでね、私たちが駆け付けた時は警察が先にいて真姫もリヒト君も無事だったんだけど、さっきも言った通り君は頭から血を流していてね。真姫は怖かったのか、それともリヒト君が頭から血を流しているのが心配だったのか、リヒト君に『ごめんなさい、ごめんなさい』って言いながらすごい大泣きしていたの。何より驚いたのは、頭から血を流しているのに泣いている真姫を笑わせようといろいろやっていたリヒト君なのよね。真姫を抱きしめて『大丈夫、大丈夫』って言いながら頭をなでていたのを、今でも覚えてるわ」
当時の光景を思い出すかのように語る織姫。
リヒトは織姫の言ったことを想像し、若干顔を引きつらせていた。奉次郎から聞いた限り、この事件が起きたのはリヒトが七歳のこと。真姫は当時六歳だったと聞いている。そんな幼い二人が、片方は大泣きしながら、もう片方は頭から血を流しながらも泣いている女の子を抱きしめ『大丈夫だよ』と、自分が大丈夫だということを必死にアピールしている。なんともまあ、奇妙な光景であることは間違いないだろう。
「これが君との初めての出会いだったわね。私たちから見たら、真姫が泣きながら頭から血を流している男の子に抱き着いているんですもの。さすがに状況を飲み込むのに時間がかかったわ」
そりゃそうだ、とリヒトは思った。
「パパが君にヤキモチを妬き始めたのはその時。実は昔のパパは真姫が大好きでね、真姫は覚えていないかもしれないけど、昔は家で一緒に遊んでいた時もあったのよ」
「え? そうなの?」
「そうなのよ。真姫が立ったら周りの誰よりも喜んでいたし、真姫が魔法少女アニメにハマったときはちゃんと適役もやっていたのよ? 一緒にお風呂に入ったり、一緒のベットで寝たり、とても仲が良かったの。それに家にあるグランドピアノも、真姫がピアノを始めた日にパパがすぐに買いに行ってね。防音設備のある部屋まで作っちゃうし、ホント真姫のことになると色々すごかったわ」
『…………』
リヒトと真姫は唖然とするしかなかった。チラリと真二の方を見てみるが、とても今の雰囲気からその時の姿を想像することは難しかった。
今の真二はまさに堅物人間、いかにも生真面目な性格が感じ取られ、クールで冷静沈着な大人としてしか見えないのだ。そんな人物が、娘と一緒に魔法少女ごっこをやっている姿は……とてもじゃないが想像できなかった。
「そんな愛娘が、誘拐されかけた上に見知らぬ男の子に助けられ、しかも涙を流して抱き着いている。娘をそんな目に遭わせてしまった自分の不甲斐無さと、娘が見知らぬ男の子に抱き着いているところを見て怒っちゃったみたい。ねえ、そうでしょ?」
真二の方を見ると、真二は織姫から目をそらす。
「真姫のことを心配しすぎたパパは、真っ先に真姫のことを怒鳴りつけちゃってね。『こんな時間まで何やっていたんだ! 最近物騒だから早く帰って来いと言ったはずだ!!』って。まあ、門限を過ぎていたにもかかわらず、ピアノ教室でピアノを弾いていた真姫も悪いけど、他にも言うことがあったんじゃないの?」
そう言って織姫は再び真二の方を見る。真二は当時のことを思い出しているのか、バツが悪そうな顔を浮かべながら、織姫の視線から逃げるように顔を背けるとカップを口へと運ぶ。
ちなみに、本来ならば織姫が真姫の送り迎えをやっているのだが、その日に限って重要な案件が入ってしまい、迎えに行けなかったのだ。一応使用人を送ろうと思ったのだが、真姫が『一人で帰れるもん』と言うのでついつい迎えを出さなかったのも悪い。これ以降はたとえどんな理由があろうと織姫は真姫のピアノ教室へ毎回行き、二度とあのような事件を起こさないと誓ったのだ。
「まったく、たぶんあれで真姫はパパのことが苦手になったのでしょうね。結構大声で怒鳴っていたから。真姫は覚えてる?」
「……覚えて、ない」
誘拐されかけたことは覚えている。リヒトに助けてもらったことも。しかし、やはり人間嫌な記憶と言うのは忘れたいもので、さらに一〇年前の出来事だということもあり、少々あやふやになっているのだ。
覚えているのは、誘拐されかけた恐怖と、リヒトに助けられた時の安心感。そして、子供ながら自分を助けるために大人二人に勇敢に立ち向かったリヒトの背中だった。男に殴り飛ばされても、腹を蹴られても、地面を何度もバウンドしてもなお真姫を守るために立ち上がるリヒト。ボロボロになりながらも、その背中で自分を守ってくれたことだけは、十年たった今でも忘れていない。
なぜならそれが『一条リヒト』との初めての出会いだったから。
なぜならそれが真姫の『初恋』だったから。
『誘拐されかけた自分を助けてくれた王子様』というベタな展開。
漫画みたいな展開で惚れ、告白する間もなくリヒトに好きな人がいることを知り、結局告白できずにいる自分の『初恋』。年月が過ぎてしまったため諦めてしまった『初恋』。
もう今更リヒトに告白する気はない。今でも『好き』ではあるが、時間が経ちすぎた。それに今のリヒトは記憶喪失だ。告白するにしても、向こうは自分のことを覚えていないのだ。一度はそれを利用して『実は付き合っていた』設定を作ってしまおうと思ったが、気が乗らなかった。そんな『ウソ』をついてまでリヒトと付き合いたくはない。もし告白するならリヒトが記憶を取り戻してからにしよう。
不思議と恥ずかしさなどはなかった。振られるのがわかっている分、少々気が楽だったのだろう。
「無理もないわよね。あまり思い出したくないことだろうし。でも、これは覚えているんじゃない? パパに怒られた真姫が何て言ったか」
「え? 私が言ったこと?」
「そう。覚えてない? 『パパなんか大っ嫌いっ!!』って叫んでリヒトくんに抱き着いたこと」
「えっ!?」
「いつも優しかったパパに怒られてショックだったのか『パパ嫌い! あっち行って!!』って、完全にパパのこと拒否しちゃったのよね。パパそれが結構答えちゃったみたいで、娘に嫌いって言われたのと、リヒトくんに抱き着いたダブルパンチで三日は寝込んでたわね」
織姫は当時のことを思い出したのか口に手を当て笑っている。
リヒトは真二の方を見ると、眉間に皺を寄せ織姫を睨んでいた。明らかに視線が『なぜそれを言う』と語っており、完全に不機嫌となっていた。
その様子から見るに、どうやらこれは本当の話らし。
「いや、でもそれなら、時間を置けば元に戻るんじゃ」
「それがね、この人にとって真姫に嫌いって言われたことが結構トラウマになっちゃったみたいで、しばらく真姫と話すこともままならなかったの。しかも、一時期病院の方で問題が起きちゃって、そっちの方の対応にも追われていてね。結局、真姫と遊ぶ機会も減っていったの。だから、あのコンクールの日に思い切っていろいろ言おうとしてたみたいなんだけど……」
織姫の言う『あのコンクール』とは、真姫の中学生最後のコンクールのことだろう。今回の事件の中心にあるのは、この『コンクール』なのだ。このコンクールでの出来事が、真姫に大きなショックを与え、今回の事件に至った。
『闇』に囚われ、病院を破壊し、最悪『大いなる闇』復活のための生け贄になっていたかもしれないのだ。
もしそうなってしまったら……、考えるだけで恐ろしかった。
「なんでホールから出て行ったんですか?」
だからリヒトは聞いた。リヒトのみが知っていることがあるから、聞けずにはいられなかったのだ。そもそも、そこで真二が出て行かなければ、今回の事件は起こらなかったかもしれない。真姫が『闇』に囚われ命の危機に陥ることもなかったはずだ。
「なんで、
「……」
真二はカップをテーブルに置くと、腕を組み瞳を閉じてしまう。
まるで、答えたくありません、と言っているような姿勢をとられ、リヒトはわずかに眉間に皺を寄せた。
「なん──」
「私は!」
リヒトの言葉を遮るように、真二は声を張った。そして、より強く腕を組み、そっぽを向くと小さく答えた。
「……私は、次に娘の前で泣くのは、
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………へ?」
「……だから! 私が次真姫の前で泣くのは
リヒトの方を向き、半ばやけくそに叫ぶ真二。よほどこの理由を言いたくなかったのか、顔は真っ赤に染まっており、それを隠すようにカップを乱暴に持ち上げると一気に紅茶を口へと運ぶ。まだ紅茶を淹れてからそんなに時間はたっていない。本来はまだ熱いはずなのにそれを感じさせないほどに一気に飲み干す真二。
一方のリヒトは先ほどまで感じていた怒りにも似た感情を忘れ、口を開け呆然としていた。真姫もまさかそんな理由だったとは、普段から抱えている父親のイメージからは想像もできない理由から、リヒトと同じく呆然としていた。唯一この理由を知っている織姫は口元に手を当て笑っている。
「…………えっと、それが理由なんですか?」
「当り前だ。娘を生んだ父親にとって、娘の最高の舞台である『結婚式』までは決して涙を見せるな。私の父はそう言っていた。だが、そのせいで真姫にはとても辛い思いをさせてしまったみたいだな、本当にすまなかった」
真二はソファーから立ち上がると、真姫に対して頭を下げる。突然の謝罪を受けた真姫は、父親の行動に最初は驚いたものの、すぐに笑みを浮かべると自分もソファーから立ち上がる。
「……いいのよ、パパ。パパの気持ちは分かったから」
「……真姫」
「私は大丈夫。パパの言う通り、私の『夢』はとても厳しいものなのかもしれない。でも、だからこそ挑戦したいの! 私の音楽で人の心が動かせるのか、私の音楽で学校の廃校を阻止できるのか。……私は、音ノ木坂学院の雰囲気が好きなの。あの音楽室に漂う、雰囲気が。あの雰囲気は、私みたいに音楽が好きな人ならきっとわかるわ。だから、そんな人たちのためにもあの音楽室を残しておきたい。だからお願い! 私にスクールアイドルをやらせて!」
今度は真姫が頭を下げた。深々と下げられた頭。その姿勢から、真姫がいかに本気であるかを感じ取ることが出来る。
真二は真姫へと近づくと、ポン、とその肩に手を置く。真姫が顔を上げると、そこには普段の気難しそうな表情ではなく、優しい笑みを浮かべていた。
「私は、あまり父親らしいことが出来なかった。いや、してこなかったと言っても過言ではない。だから真姫もあまりわがままを言ってこなかったのだろうな。
そんな娘が初めて自分の口から『こうしたい』と言ってきた。こんなに嬉しいことはない。真姫、お前の歩む道はとても大変であり厳しくもある。困難な壁がいくつも立ちはだかるだろう。そんな時は、周りを頼りなさい。私やママ、……それに彼や彼の言うスクールアイドルをやっている少女たちを。真姫は私に似て素直じゃないところがあるから難しいと思うが、周りを頼ることは恥ずかしいことではない。むしろ、一人で抱え込むことが恥ずかしいことなのだ。私は以前それを学んだはずなのに、今回もその失敗をしてしまった。
私が言えた義理ではないが、真姫には私のようになってほしくはない。自分の心に素直になってほしい。だから真姫、変に自分を着飾るんじゃないぞ。自分の心を素直に表現するのだ。そうすれば、きっとお前の音楽は人々の心に届くだろう」
「パパ」
「頑張るんだぞ! 真姫! 私はお前の夢を、心から応援しよう!!」
「──―ッ!! ありがとう! パパ!!」
真姫はそう言って真二の胸に飛び込んだ。突然のことに真二は驚いた表情をするが、すぐに優しい笑みを浮かべ、真姫を抱きしめる。まるで、もう離さないかのように。
そんな二人を見たリヒトは今回の件が本当の意味で無事片付いたことに安心し、笑みをこぼす。これで二人の間にあった扉は消え去り、二人の時間が動き出した。これでもこの親子が『闇』に堕ちることは決してないだろう。たとえ『闇』が二人の元を襲うと、それを覆すほどの『絆』が二人の間にはある。決して破れないほど強く結ばれた『絆』が。
「ありがとう、リヒトくん」
唐突に織姫にお礼を言われ、リヒトは気恥ずかしくなった。
「いえ、別に俺は、あくまで西木野の背中を押しただけです。後はアイツの意思で一歩を踏み出しただけですよ」
頬を掻きながら言うリヒト。織姫はそんなリヒトを見て「フフ」とほほ笑む。そして何やら不敵な笑みを浮かべ、リヒトを見上げるように見る。頬杖をついて自分を見てくる織姫に、リヒトは自然と体が緊張する。次第に不敵な笑みが妖艶な笑みに変わっていくのが、リヒトには感じ取られた。
「『西木野』だなんて硬い呼び方しないで、昔みたいに真姫を呼べばいいじゃない」
「……えっ?」
「その方が真姫も嬉しいはずよ」
「いや、その、えっと……」
「もしかして、恥ずかしかったりするの?」
ん? 首を傾げ聞いてくる織姫。人妻であるにもかかわらずその仕草が可愛らしく見えるのは、世の中の七不思議ではないのかとリヒトは考えつつ、ドギマギする心を悟られぬよう顔をそらす。
一応、『一条リヒト』が真姫を何て呼んでいたのかは奉次郎から聞いている。しかし、その名で呼ぶのは記憶が戻ってからと決めているのだ。本来なら穂乃果たちのことも名字で呼びたかったのだが、彼女たちの強い要望により却下された。
「記憶が戻ったら、そう呼びますよ。それまでは待っててください」
「……そうね、待ってるわ」
織姫の方も何かを感じたのか、納得の意を表す。
リヒトとの会話を終えると、織姫は真姫の元へと向かい「真姫、そろそろ準備しなさい」と言って真姫を学校へ行く準備に向かわせた。結局いろいろ話しこんでしまい時間はかなり立ってしまっているが、まだ二時間目からは参加できる。真姫は自室へ、織姫も真姫にないか少しでも食べて行ってもらおうと、小さめのおにぎりを作るためにキッチンに向かった。
そして真二はリヒトの元へとやってきた。リヒトはソファーから立ち上がり真二と対面する。
「君にも一応礼を言おうと思ってな」
「礼ならもう西木野のお母さんから貰ってるのでいいですよ。あなたの礼はギンガに言ってあげてください」
「……そうだな、彼にも礼を言わないとな。しかし、彼は一体何者なのだ?」
「闇を打ち払う『光の戦士』、それが『ウルトラマンギンガ』。俺の知っているのはこれくらいです」
「そうか、いつかまた会ったとき、礼を言いたいものだな」
そう言って真二もまた仕事に向かおうとするが、リヒトに背を向けたまま立ち止まってしまった。まだ何かを伝えたいのか、何度か上を向いた後、リヒトへと振り返り右手を差し出してくる。
え? と疑問がるリヒト。
「悔しいが、君を認めざるを得ない。真姫は、君のそばではいつも笑顔でいたからな。そして今回も君のおかげで真姫の顔に笑顔が戻り、私と真姫の仲も解消できた。それに、真姫にあんな提案をしたのだ。もちろん君も真姫を支えてくれるのだろう。非常に不本意だが、ひ・じょ・う・に
「……了解、です」
そう言って真二の右手を握り返すリヒト。『不本意』と言う部分を随分強調されたが、その通りなのか若干握られている右手に痛みを感じる。
「これからも真姫のこと、頼んだぞ」
真二はリヒトとの握手を解くと最後に一言リヒトに告げ、今度こそリビングを出て行った。
「……任せてください」
リヒトは去って行く真二の背中に向け、確かなる決意を込めて言った。
世の中のお父さんは真姫ちゃんのような可愛い娘から「パパ嫌い」なんて言われた日にはかなりのショックでしょうね。
そんな発想から今回の話が生まれました。加えて、どう見ても真姫ママにツンデレの要素が見当たらなかったので、思い切って真姫パパをツンデレにしてみました。まあ真姫のツンデレは父親譲りということで……。
でも映画だと、この親子かなり仲良さそうなんですよね。行ってきますのキスをするくらいに……。うーん、不思議だ。
さて、今回で「第4話」の主な話は終了なのですが、入らなかったシーンがあるので次回に回します。一月に「第4話」を始めたハズなのに終わりが二月って、正直自分の筆の遅さを反省しております。
次回の第5話なんですが、新作を始めようと思っていることと、今度は一つ一つではなくすべてを書き終えたら投稿しようと思っておりますので、かなり遅れるかと思います。楽しみにしている方はすいません。頑張りますのでしばらくお待ちください。
それでは、次回もよろしくお願いします。
○次回予告
アイドルに憧れる少女・小泉花陽。μ’sのライブを見て以降その思いは強くなっていくが、自分の性格の故踏み出せずにいた。そんな花陽の前に「ユーカ」と名乗る女性が現れる。同じアイドル好きであるユーカと親しくなっていく花陽だったが、ユーカを不審に思った凛とケンカになってしまう。
それでも、ユーカへの不信感が拭えない凛は二人の後をつけると、思いもよらない光景を目にするのだった。
次回、「憧れから咲く花」